「バカな! 奇襲が失敗した挙げ句、先行部隊が壊滅しただと――」
甘く見たつもりは一切なかった。
だからこそ、まだ試験運用中の新型機を投入し、奇襲を仕掛けたのだ。
幾ら強いと言っても相手は二機だ。最悪の場合でも撤退は可能だと考えていたのだろう。
しかし、蓋を開けてみれば逃げる暇も与えてもらえず全機が撃破され、更には投降を促すために向かわせた先行部隊が壊滅したとの報告が指揮官のもとに寄せられたのだ。
焦るのも無理はない。
「敵襲です! 〈暁の旅団〉が攻めて来ました!」
「バカな――」
百歩譲って先行部隊が壊滅した報告が事実だとしても、相手から攻めて来ることはないと共和国軍は考えていた。
数の上では、まだまだ圧倒的に共和国軍の方が上なのだ。
守りに徹するのならともかく、攻めて来るなど正気の沙汰とは思えない。
これが国家間の戦争なら、それが普通の考えなのだろう。しかし、彼等は大事なことを忘れていた。
彼等が喧嘩を売ったのはクロスベルではない。〈暁の旅団〉だと言うことを――
「応戦しろ! 相手は所詮、猟兵だ! 数では圧倒的にこちらが有利のはずだ!」
「そ、それがアンデッド系の魔獣が現れたと報告が――」
「こんな時に魔獣だと!?」
暁の旅団だけでなく魔獣まで現れたと聞いて、声を荒げる指揮官。
幾らなんでもタイミングが良すぎるが、魔獣を放置する訳にもいかない。
ましてやアンデッド系は、『時』『幻』『空』の属性が作用する場所にのみ出現する危険な魔獣だ。
物理的な攻撃が利きにくいばかりか、同じ高位属性のアーツでなければ有効的なダメージを与えることが出来ない。
遺跡の調査を妨げる原因ともなっている幻獣種に次ぐ厄介な魔獣の一つだった。
「報告します! 十分前に敵機と交戦に入った空挺部隊及び戦車部隊から撤退を求める通信が――部隊の半数が損耗!? 深刻な被害がでているとのことです!」
『撤退がダメなら早く応援を! くそっ、なんなんだ、こいつら! 動きがはやすぎ――や、やめろおおお!』
「……通信途絶しました」
オペレーターの悲痛な声と共に、通信の途切れたザーと言う音だけが司令部に響く。
ありえない……と、呆然とした声を漏らす指揮官。
交戦に入って僅か十分で前線の部隊が壊滅するなど信じられなかったのだろう。
それも当然だ。共和国軍の主力兵器は機甲兵ではなく戦車や軍用飛空艇だと言っても、どれもラインフォルトの製造した最新の兵器に性能で見劣るするものではない。
それが前線には、百機以上配備されていたのだ。
「騎神というのは、それほどなのか……」
信じたくないと言う気持ちの方が大きい。しかし、現実として認めざるを得なかった。
クロスベルへと侵攻した共和国軍を、たったの二機で退けた騎神。
その力を理解していたつもりでも、まだ認識が甘かったのだと痛感させられる。
クロスベルへの侵攻に反対した者たちは、これを危惧していたのだと察せられた。
しかし、今更後悔したところで時は既に遅い。
賽は投げられたのだから――
◆
「張り切り過ぎだろう。俺の出番がねえじゃねえか……」
そう言ってヘクトルの操縦席から戦場の様子を見守るのは〈暁の旅団〉の副団長ヴァルカンだ。
クマのように大きな身体をした男で、歴戦の猟兵をにおわせる貫禄すら漂っている。
とはいえ、戦闘能力だけで言えば、彼は団長のリィンだけでなくシャーリィやフィーにも及ばない。
最近、入団したリアンヌやオーレリアにも遠く及ばない。
他にもヴァルカンと同等か、それ以上の猛者が〈暁の旅団〉には数多く所属している。
そんななかで彼が副団長という地位を任されているのは、長年培った猟兵としての経験と、猟兵団を率いたことのある能力を買われてのことだった。
ある意味で、リィンが最も信頼を置いている男と言ってもいいだろう。
個々の実力は高いが協調性がなく、まとまりのない団員が多いからだ。
実際、この戦いも先走ったデュバリィと、それに乗じた二人の騎士たちが起こしたものだった。
『苦労をかけます。あの三人には、あとで厳しく言っておきますので……』
「いつもはシャーリィの奴が先走ることが多いんだが……お互い、苦労するな」
通信で部下の不始末を謝罪するリアンヌに、この場にシャーリィがいたら先に手をだしていたのはシャーリィだっただろうとヴァルカンは話す。
それがフォローになっているのかは分からないが、互いの苦労を察するには十分だったのだろう。
リアンヌの口からクスリと笑みが溢れる。
「そんな風に笑えるんだな。アンタも」
『自分でも驚いています。きっとイシュメルガの呪縛から解放されたことが大きいのでしょう。彼には感謝しています』
そう話すリアンヌの気持ちが、ヴァルカンにはよく理解できた。
彼自身、リィンに拾って貰ったことで救われたと感じている部分があるからだ。
いや、きっとそれは自分だけではないと考える。
スカーレットも、帝国解放戦線の元メンバーは全員がそうだ。そして、恐らく〈暁の旅団〉に入団することを決めた者のほとんどが、リィンの人柄に惚れ、救われた者たちばかりなのだと察せられる。
だからこそ、こんなにも個性的な連中が集まったのだと――
それだけに苦労も多いのだが、いまの生活をヴァルカンは楽しんでいた。
ずっと復讐のために生きてきた十年は空虚なものだった。
死に場所を求めて生きているかのような、そんな人生だったからだ。
しかし、いまは違う。生きていると実感できる場所。生き甲斐を見つけたと言ってもいい。
もう一度、機会をくれたリィンには感謝している。
だから先の戦争からずっと考えていたことがあるのだ。
「ああ、俺も感謝している。だから、あいつ一人に背負わせるつもりはない」
リィンは団の看板と共に、すべての悪行を自分一人で背負おうとしている。
騎神の起動者となった時から、その覚悟を決めていたのだろう。
空の女神が広く信仰されるこの世界で教会を敵に回すと言うことは、世界を敵に回すも同義だからだ。
だから、人々の悪意と恐怖を態と自分に向けさせているのだろう。
しかし、それはリィン一人で背負うものではなく団で共有すべき責任だとヴァルカンは考えていた。
そのためにも〈暁の旅団〉はリィン・クラウゼルだけではないと言うのを証明する必要があった。
「鋼の聖女……いや、リアンヌ。アンタにも、しっかりと働いてもらうぜ? この世界に〈暁の旅団〉の名を響かせるために――」
『元よりそのつもりです。この命は彼に救われ、この剣は彼に捧げたものです。故に――』
為すべきことは決まっていると、リアンヌとヴァルカンは共に戦場を駆けるのだった。
◆
「二人とも大人気無さ過ぎだろ……。聖女だけでなくヴァルカンまで……」
前線で大暴れするアルグレオンと黒いヘクトルを空の上から見下ろしながら、オルディーネの操縦席で溜め息を漏らすクロウの姿があった。
はじめてとは思えないほど息の合った連携を見せる二人を見ていると、相手が可哀想になってくる。
リアンヌの実力は訓練を受けたクロウが一番よく分かっているからだ。
そのリアンヌの動きに合わせられる時点で、ヴァルカンも普通ではなかった。
リィンやシャーリィのような怪物染みた強さはないかもしれないが、戦場を俯瞰することで状況に応じて瞬時に対応できるのは、経験と相応の実力がなければ出来ないことだ。
今更ながらリィンがヴァルカンを副団長に任じた理由がよく分かる。
実際、帝国解放戦線のリーダーをしていた頃、クロウもヴァルカンによく助けられていた。
彼とギデオンがいなければ、組織をまとめることは難しかっただろう。
「――させるかよ!」
味方の援護に駆けつけた軍用飛空艇との間合いを一瞬で詰め、すれ違い様に手に持ったダブルセイバーで両断するオルディーネ。
リアンヌには遠く及ばないかもしれないが、以前よりもキレのある動き。
クロウも少しずつではあるが確実に成長していた。
実際、同じリアンヌの弟子と言うことで、デュバリィとは良いライバル関係になりつつあった。
模擬試合の戦績は今のところデュバリィの方が勝っているのだが、それは弟弟子に負けてなるものかとクロウが見ていないところで必死に鍛練に励んでいるからだ。
そのデュバリィはと言うと――
「おいおい、突出しすぎだろ……たく、世話が焼ける」
敵陣深くに突っ込みすぎて孤立したデュバリィを見つけて、クロウはオルディーネと共に救援に向かうのだった。
◆
「本当に世話の焼ける〈筆頭〉さんね」
「でも、助けがきたみたいです。もう、大丈夫そうですね」
スナイパーライフルのスコープ越しにオルディーネの姿を捉え、支援の必要はなしと判断した黒髪の少女は次のターゲットを探して移動を開始する。
彼女の名はマヤ。帝国の元軍人だった父親と共に〈暁の旅団〉に所属するスナイパーだ。
そして、もう一人――
「良い腕ね」
「それほどでも……むしろ、この距離を弓で狙える方が凄いですよ?」
銀色の鎧に身を包んだ騎士のような格好した長い青髪の彼女の名は、エンネア。
魔弓の二つ名を持つ鉄機隊の隊士だ。
「私はちょっと特殊な能力を持っているから」
「異能と言う奴ですか? リィン団長のような――」
「さすがに彼と比較されると、かすむような能力だけどね」
謙遜するエンネアだが、マヤの目からみれば十分に規格外な能力だった。
なにもないところから弓を取りだし、補充の必要なく力の続く限り矢を放てると言うだけでも便利だと言うのに、矢の軌道を変えて障害物に隠れている敵に命中させたり、機関銃のように矢を速射できるというありえない能力を持つのだ。
射程距離ではスナイパーライフルの方に分があるが、それでも汎用性の面では太刀打ちできない。
同じ狙撃手として、マヤが羨むのも当然の能力だった。
しかし、
「私からすれば、あなたたちの装備の方がありえないのだけど……」
エンネアから見れば、マヤたちの使っている装備の方が異常だった。
そのなかでも特に戦術オーブメントの拡張ユニットとして開発された〈ユグドラシル〉の機能は〈結社〉の技術力すら超えていると思える代物だ。
身体能力の強化だけでなく、光学迷彩をはじめとしたサポート機能に中でも特に〈空間倉庫〉を名付けられた収納機能はエンネアからすれば原理すら理解できないものだった。
そういう能力を持つ武器や道具は存在するが、どれもが古代遺物に分類されるもので量産が可能な代物ではない。
そんなものを団員に装備として配っている〈暁の旅団〉はエンネアから見れば、結社と同等かそれ以上におかしな組織だった。
「便利ですよね。これ」
「便利の一言で済ますような代物じゃないのだけどね……」
すっかり団に馴染み、まったく違和感を覚えていない様子のマヤに呆れるエンネア。
いや、このくらいで驚いていては、きっと〈暁の旅団〉ではやっていけないということなのだろうと察する。
「スカーレット隊長から通信です。D3地点――アイネスさんの援護に回って欲しいと」
「了解したわ。筆頭のしたこととはいえ、不始末の責任は取らないとね……」
先に共和国軍に攻撃したのはデュバリィでエンネアは巻き込まれただけなのだが、鉄機隊としての連帯責任があると考えていた。
それに〈暁の旅団〉をテロリストと呼ぶだけでなく、アルグレオンを指さしてリアンヌのことを蔑み、傲慢な態度で投降を促した共和国の軍人にはエンネアも殺意を覚えたのだ。
デュバリィが先に手をだしていなければ、矢を射っていた自信があった。
暁の旅団に所属したつもりも、リィンの下に就いたつもりもない。
しかし、リアンヌが決めたからには鉄機隊として付き従うだけだ。
それだけに――
「虎の威を借ることしか出来ない愚か者たちに、誰を侮ったのかをしっかりと分からせてあげましょう」
エンネアはそう言って、クスリと笑みを漏らすのだった。
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