「――見つけた」
そう口にすると、ヴァリマールの腕から飛び降りるシズナ。
その好戦的な笑みからも、敵を発見したのだと察せられる。
実際、敵と思しき気配はリィンも察知していた。
しかし、リィンはシズナを追うのではなく、
「上か」
アロンダイトを空に向けて振る。
甲高く響く金属音。アロンダイトの剣身が弾いたのは、一本の剣だった。
いや、それだけではない。
「まさか、千の武器」
剣だけでなく槍や斧までも、無数の武器が雨のようにヴァリマールに降り注ぐ。
こんな真似が出来る存在は一つしか思い浮かばない。
そう、千の武器の異名をを持つ魔神。
「緋の騎神――いや、紅き終焉の魔王か」
嘗て、剣を交えた相手。倒したはずの〈紅き終焉の魔王〉だと、リィンは察する。
しかし、それはありえないと分かっていた。
魔王の力は〈緋の騎神〉と同化し、シャーリィが完全に御しているからだ。
目の前の魔王が〈緋の騎神〉というのも、ありえないとリィンは判断する。
「オーバーロード――集束砲形態」
雨のように武器が降り注ぐ中、リィンは集束砲の狙いを魔王に定める。
そして、少しの迷いもなく引き金を引いた。
響く轟音と、迸る光。天に立ち上る一筋の閃光が魔王を呑み込む。
「やはり、偽物か」
光の中に消えた魔王を確認して、リィンは確信する。
千の武器も、そのほとんどが実体を伴わない幻影だとリィンは見抜いていた。
しかし、
「この気配……どういうことだ?」
空間に漂う魔王の気配が偽物だとは思えなかった。
幻影にだせるような威圧感ではないからだ。
だとすれば、この空間には確かに魔王が存在すると言うことになる。
「考えても仕方ないか。答えは知っている奴に聞けばいい。なあ――」
そうだろう?
と、先程シズナが飛び降りた場所の更に奥の空間へと視線を向けるリィン。
その視線の先には――
「ああ、待っていたぞ。リィン・クラウゼル」
コートをなびかせ、不敵な笑みを浮かべるアルマータのボス。
ジェラール・ダンテスの姿があった。
◆
「やっぱり一番の大物は団長に譲らないとね」
猟兵らしい気遣いを見せながら刀を抜くシズナ。
その視線の先には、巨大なハルバードに全身鎧のアーティファクトを身に付けた〈庭園〉の管理者の一人。〈鏖殺〉のアリオッチの姿があった。
「ククッ、俺は前座ってところか。随分と舐められたものだ」
「いや、キミもなかなか強そうだとは思うよ。でも、キミ――人間じゃないだろう?」
そういうのを調伏するのは得意なんだと、シズナは笑みを漏らす。
人間じゃないと言われても、少しも反論する素振りを見せないアリオッチ。
彼自身、既に自分が人間という枠から外れてしまっていることに気付いているのだろう。
アリオッチは今から百三十年以上前に滅亡したイスカ神聖皇国の〈皇家〉に仕えた西方の一族の生まれだった。
即ち、最低でも百三十年以上は生きていると言うことになる。
人間の寿命を考えれば、まずありえないことだ。その理由は彼の身に付けているアーティファクトにあった。
――羅睺の牙。彼の一族に代々受け継がれてきたアーティファクトだ。
彼はそのアーティファクトの呪いによって死ぬことを許されず、生かされ続けていた。不死者となって――
そのことをシズナは知らないが、分かる者であれば一目で分かるほど彼の身体からは禍々しい瘴気が溢れていた。
少なくとも人間ではないと、確信できるだけの力が――
(この空間が彼に力を与えていると言ったところかな?)
アーティファクトだけの力ではない。
恐らくは空間に漂う得体の知れない力が、アリオッチに力を与えているのだとシズナは察する。
リィンが魔王の気配と疑っているものだ。
「そう言えば、キミだけかい? お仲間は一緒じゃないみたいだけど」
アリオッチの姿しか見えないことを疑問に思い、シズナは尋ねる。
メルキオルを追って、トリオンタワーまでやってきたのだ。
なのに実際にいたのはジェラールとアリオッチだけという状況に疑問を持っていた。
「俺一人じゃ相手に不足ってか? 随分と舐められたものだが、まあいい。簡単な話だ。あいつらには、まだ早いってことだ」
答えになっているような……なっていない説明をするアリオッチ。
しかし、シズナは気にした様子はなく「そっか」と一言、短く反応する。
アリオッチの言いたいことが、なんとなく理解できたのだろう。
「もう、いいだろう? そろそろ、はじめようか」
アリオッチの身体から禍々しい闘気が解き放たれる。
A級遊撃士に匹敵――いや、それ以上と思われる存在感を纏っていた。
もしかすると、シャーリィに迫るほどかもしれないとアリオッチの力を感じ取りながらも――
「いいね。思ったよりも愉しめそうだ」
シズナはどこか楽しげな笑みを浮かべるのだった。
◆
ヴァリマールから降り、ジェラールの前に姿を見せるリィン。
「良いのか? 騎神を使えば、俺程度は簡単に殺せるだろう?」
「不要だ。俺の流儀に反するからな」
その不遜な態度にジェラールは鼻を鳴らす。
しかし、舐められているとは思わなかった。
そう言えるだけの実力がリィンにはあると分かっているからだ。
「なら、ついでに得物も返してもらうか。そのくらいはハンデにもならんだろう?」
そう言ってジェラールが正面に手をかざし、
「我がもとに来い――聖魔剣アペイロン」
その名を口にすると、リィンに渡したはずの剣が現れる。
聖剣にして魔剣。嘗て、カルバード王家が秘蔵していたとされる聖魔剣――アペイロンだ。
「驚かないのだな?」
「そんなことだとは思っていたからな。それ、持ち主を選ぶタイプのアーティファクトだろう?」
騎神と同じで契約者を必要とするタイプの古代遺物だと、リィンは見抜いていた。
一応、ユグドラシルの空間倉庫に仕舞ってあった訳だが、ヴァリマールも召喚が可能な時点で無駄だと悟っていたのだろう。
実際、いまのヴァリマールであれば、世界を跨ごうとも召喚することが可能だ。
同じく空間を超越する類の古代遺物なのだと察せられる。
「さすがに聡いな。ああ、この剣は持ち主を選ぶ。使える人間は俺しかいなくなってしまったがな」
「曰く付きの剣ってことか。待てよ? アペイロンって名はどこかで……」
アペイロンという名から、なにかに気付いた様子を見せるリィン。
どこかでその名を目にした記憶があったからだ。
「ほう、この剣のことを知っているのか? 博識だな。教会以外にこの剣のことを知る者がいるとは思ってもいなかったが……」
そう言えば、とリィンは思い出す。
黒の工房のデータのなかに聖魔剣の名があったことを――
根源たる虚無の剣を完成させる過程で、恐らくは参考にしたとされるアーティファクトのなかにアペイロンの名があった。
しかし、実物は――
「そうか、お前……教団の残党だな?」
そのことからリィンはジェラールの正体に気付く。
アペイロンは〈黒の工房〉に保管されていなかった。当然だ。〈黒の工房〉が手に入れたアペイロンの資料は、グノーシスの製法と同様に〈教団〉から手に入れたものだったからだ。
リィンがアペイロンの名を知っていたのも、そのためだった。
グノーシスの一件もあって教団については優先的に調べさせ、リィン自身も気に掛けていたからだ。
「なるほど、そっちの線から足がつくとは盲点だった。如何にも、俺は教団の元司祭だ。そして、滅亡したカルバード王家の末裔でもある」
教団の司祭の話はともかく、王家の末裔と聞いて驚くリィン。
しかし、合点が行く。
「その剣を使えるのは、それが理由か」
「ああ、そうだ。この剣は正統な資格を持つ者にしか使えぬ」
ジェラールがアペイロンを所有している理由。
契約者である理由は、カルバード王家の末裔だからなのだとリィンは察する。
とはいえ、そんなことは正直どうでもよかった。
リィンが敵の誘いに乗った理由は別にあるからだ。
「なるほどな。事情は理解したが――」
ジェラールの行動はどれも腑に落ちないものばかりだった。
最初はライ家を利用して〈黒月〉の力を削ぐことが狙いかとも思ったが、勢いがあるとはいえアルマータは中堅のマフィアに過ぎない。〈黒月〉を相手に抗争を仕掛けるには時期尚早だ。
少なくとも機を見られない相手だと、リィンは思っていなかった。
だから〈暁の旅団〉の傘下に加えてくれと言ってきた時、最初は自分たちを売り込むことが狙いだったのではないかとも考えた。
そうであれば、これまでのアルマータの不可解な行動にも合点が行くからだ。
しかし、そこから続く今回の事件。今度は騒ぎに乗じて〈暁の旅団〉に濡れ衣を着せようとしたり、何をしたいのかが読めない。
だからジェラールには、何か別の思惑があるのではないかと、ずっと考えていた。
そうしてリィンが行き着いた答えが、
「どうして俺に拘る?」
ジェラールの目的は、最初から自分にあったのではないかと言ったものだった。
ライ家の件だけではない。もしかすると〈斑鳩〉の件ですら、ここに繋がる布石だったのかもしれないとリィンは考えていた。
最初から試すことが狙いの一つだったのだと――
そう考えれば、これまでのアルマータの行動にも一定の理解ができるからだ。
仮にそうなのだとすれば、なにがジェラールをそこまでさせたのかが気になる。
少なくともジェラールと面識はないし、リィンの方に心当たりはないからだ。
「恐怖だ」
ジェラールの答えに、眉を顰めるリィン。
「お前も知っているはずだ。帝国は闘争によって長き繁栄を得た。それは急速な技術の発達の裏に戦争があり、その根底に恐怖があったからだ。恐れを抱くからこそ人々は力を求め、今日がある」
ジェラールの話を否定するつもりはなかった。
彼の言うように、そのことはリィンもよく理解しているからだ。
猟兵が必要とされているのが、ゼムリア大陸の実情をよく現している。
しかし、
「世界のためだとでも言うつもりか?」
「そのようなつもりはない。はじめた切っ掛けは退屈凌ぎであったしな」
嘘は言っていないようだが、それだけではないとリィンは感じ取っていた。
退屈凌ぎなどと言っているが、ジェラールの言葉には確かな信念を感じたからだ。
狂気じみた信念ではあるが、成し遂げたいことがあるのだと察せられる。
「アルマータのボスになったのも、そのためだ。だが、気付いたのだ。アルマータも、黒月も――いや、帝国と共和国の覇権争いですら、究極の恐怖の前には児戯に過ぎないのだと――」
そう言って笑みを浮かるジェラールを見て、まさかと言った表情を見せるリィン。
ずっと感じていた嫌な予感の正体に気付いたからだ。
「他者を寄せ付けない圧倒的な力。十万の兵を容赦なく、一切の慈悲なく殺せる精神性。戦場で生まれた恐怖の象徴。まさに魔王の名に相応しい――」
お前こそ、究極の恐怖そのものだ――
と、興奮を隠せない様子で話すジェラールを見て、うんざりとした表情でリィンは溜め息を漏らすのであった。
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