「なかはこんな感じか。ほんと〈煌魔城〉みたいだな」

 荘厳な雰囲気を放つ内観に、どこか懐かしさを覚えるリィン。
 煌魔城と言うのは、三年ほど前にエレボニア帝国の帝都に出現した異界の城だ。
 まさに魔王の城と呼ぶに相応しい建物で、この世界を訪れる要因の一つにもなった出来事なので、リィンからすれば思い出深い出来事だった。

「さっきも言っていましたが〈煌魔城〉と言うのは……」
「俺たちの世界にも〈異界化(エクリプス)〉のような現象が確認されていて、三年ほど前に帝国の城が汎魔(パンデモニウム)化したことがあるんだよ。その時の城が真っ赤で、まさに魔王の城と言った外観と内装をしていてな。〈煌魔城〉と呼ばれていると言う訳だ」

 この世界の〈異界化(エクリプス)〉とゼムリア大陸の〈汎魔化(パンデモニウム)〉は名前が違うだけで、仕組みは同じようなものだとリィンは考えていた。
 恐らくは外の世界(・・・・)のものを、現実世界に上書きする現象。
 それが〈汎魔化(パンデモニウム)〉の正体である可能性が高いと――
 そう考えた理由は単純で、魔王も外の世界からやってきた存在だからだ。
 そして、この世界で怪異(グリード)と呼ばれる存在もまた、外の世界――異界からやってきたものだと考えられている。
 共通点は多い。これをただの偶然と片付けるのは無理があるだろう。

「パンデモニウムですか……」
「似ていると思っただろう? 俺も根っ子は同じだと考えている」
「だとすれば、共通点を探っていけば〈異界化(エクリプス)〉の原因を探る手がかりになるかもしれませんね」

 アスカと同じことをリィンも考えていた。
 ゼムリア大陸に起きている現象について、ある程度は原因の考察が出来ている。
 しかし、あくまでそれは状況から推察したものに過ぎず、確証を得られている訳ではなかった。
 まだ幾つか疑問も残っているからだ。
 足りないピースを埋めるには、いまのままでは難しいともリィンは考えていた。
 だから、異なる視点が必要だと考えたのだ。それが、この世界だ。
 同じような現象が起きていると言うことは、二つの世界には共通する点があると言うことだ。
 それを解き明かすことが出来れば、ゼムリア大陸の秘密に――空の女神(エイドス)の正体に迫れるかもしれない。
 だからリィンはシズナと二人で〈裏解決屋〉を開業した。
 異界に関わる事件に首を突っ込んでいれば、いずれ餌に食いつく奴がいるのではないかと考えたからだ。
 まあ、最初に引っ掛かったのはアスカだった訳だが――

「……どうかしました?」
「餌に引っ掛かった方が少し気になってな」
「それって、さっき監視がどうとか言っていた件ですか?」

 迫る怪異を薙ぎ払いながら、会話を続けるリィンとアスカ。
 リィンは勿論のこと、並の怪異ではアスカの相手にならない。
 十年の修行の成果もあるのだろうが、この数日で更にアスカは成長していた。
 ここ数日リィンやシズナと一緒に迷宮を回っていたことも理由にあるだろう。
 実戦に勝る修行はないと言うが、一人で訓練しているよりも遥かに得られるものが大きいからだ。
 命のやり取りでしか得られない経験がある。もっとも、それは下地があってこその話なのだが――
 それにリィンとシズナの戦いを間近で見られるのは、なによりの修行になっていた。

「ああ、かなりの手練れだと思っていいだろう」
「それって……」
「ネメシスか、ゾディアックか。いずれにせよ、様子を窺っている奴がいるのは事実だ」
 
 自分たちを監視していた組織がいることを、リィンはアスカに明かす。
 逃走距離を確保した上での監視だ。ゲートの監視なら、あれほど離れて監視を行う意味はない。
 だとすれば、あれは自分たちに向けられた目だとリィンは感じていた。

「心当たりはなさそうだな」
「はい……。ですが、ネメシスの可能性は低いと思います。私の方にも連絡が入っていないので……」

 秘密裏に組織が動いている可能性はゼロではないが、低いとアスカは考えていた。
 と言うのも、動かせる人員が限られているからこそ、アスカが日本に派遣されたのだ。
 アスカが日本へ派遣されてから、まだ十日ほどしか経っていない。
 調査も始まったばかりの段階で、追加の人員を組織が送ってくるとは思えなかった。

「だとすれば、ゾディアックの可能性が高いか」
「……聖霊教会の可能性も考えられます」
「そう言えば、聞いたことがあるな。異界の封印を掲げている組織だったか?」
「はい。ゾディアックは異界の利用を、ネメシスは監視を目的とした組織なので協力することもありますが、聖霊教会は違います。彼等は異界の封印を目的に掲げているので……」

 実際、ゾディアックやネメシスが管理するゲートを聖霊教会が介入して、封印すると言った出来事も起きていた。
 教義のためであれば、どのような手段も厭わないことから武力衝突へと発展することも少なくないのだと、アスカは説明する。

「やり方は強引ですが、彼等の力は侮れません。ゾディアックの実行部隊やネメシスの執行者を凌ぐ戦闘集団を聖霊教会は保持していますから……」

 ――クロノス=オルデン。
 刻印騎士団とも呼ばれる聖霊教会に所属する武装騎士団。
 そこに所属する刻印騎士の実力は、ネメシスの執行者にも匹敵するとアスカは話す。

「母も以前、騎士団の隊長格と剣を交えたことがあるそうですが、決着がつかなかったと……」
 
 レイラと互角に戦えるレベルの実力者がいると聞いて、リィンも少し驚いた様子を見せる。
 シャーリィに手傷を負わせる善戦を見せたのがアスカの母親のレイラだ。
 遊撃士のランクで言えば、Aランクに相当する実力をレイラは有している。
 そのレイラと互角に戦える実力者が複数いるとなると、侮ることは出来ない。

「ふーん。おもしろそうな話をしてるね」

 怪異の首を刎ねながらニヤリと笑い、会話に割って入るシズナ。
 戦闘に集中しているフリをして、聞き耳を立てていたのだろう。
 実際、迷宮に徘徊する程度の怪異では、シズナの準備運動にもならない。
 そろそろ飽きてきたのだろうと言うことは、リィンも察していた。

「ねえ、リィン」
「却下だ」
「ええ、まだ何も言ってないのに……」
「どうせ、監視してる奴等と戦いたいとか言うつもりだろう?」
「ダメ?」
「相手の出方を窺うのが先だ」

 少なくとも自分たちの方から仕掛けるつもりは、リィンにはなかった。
 アスカと行動を共にしているとはいえ、別にネメシスの味方と言う訳ではない。
 それはゾディアック相手にも言えることだ。だからアスカの話を鵜呑みにするつもりもないし、聖霊教会を敵と判断するのは早いと考えていた。
 無闇矢鱈と敵を増やす意味もないからだ。それに――

「聖霊教会の目的が異界の封印にあるのなら、俺たちの正体がバレると面倒臭いことになりかねない」

 聖霊教会の狙いは分からないが、彼等が異界の封印を目的に掲げている以上、その対象に自分たちも含まれる可能性はあるとリィンは考えていた。
 異世界からやってきた人間など、見方を変えれば人型のグリードだと言われても仕方がないからだ。
 話の通じる相手ならいいが、教会を名乗る組織と言うのは面倒臭い奴が多いと言うのが、リィンの実体験に基づく感想だった。
 そのため、出来ることなら関わり合いになりたくないと考えているのだろう。

「でも、情報を持ってるかもしれないよね?」
「確かに、その可能性は高いが……」

 七耀教会のような組織なのだとすれば、ゾディアックやネメシスも掴んでいないような情報を持っている可能性は高い。
 とはいえ、敵に回すとなれば、覚悟を決めて相手をする必要があるだろう。
 正直、憶測で動くには、リスクの高い相手だとリィンは感じていた。
 そのため、

「相手の目的を探ってからだ。それまでは手をだすな」 
「了解。でも、その時は譲ってもらうからね」

 ここらが落としどころだと考え、リィンはシズナの言葉に頷くのであった。


  ◆


「こんなにも距離を取る必要があったのかい?」

 ビルの屋上から双眼鏡を覗き込む男。
 紫色のスーツを着た男の隣には、フード付きの白装束に身を包んだ怪しい人物の姿があった。
 目元以外の部分はローブで覆われているため、表情を察することが出来ない。
 背格好から男らしいとは思えるのだが、はっきりとしたことは言えなかった。
 ただ、腰に提げた十字架(ロザリオ)から教会の関係者と言うことだけは分かる。

「これでも足りないくらいだ。実際、気付かれていたぞ」
「はあ!? この距離で気付いたって言うのかい!」

 白装束の言葉に、信じられないと言った様子で驚くスーツの男。
 異界化(エクリプス)が発生した場所まで、凡そ五キロは離れている。
 この距離で監視に気付く人間がいるとは、俄には信じがたい話だった。
 しかし、聖霊教会の刻印騎士(・・・・)が言うのであれば、話は別だ。
 教会のことを完全に信用している訳ではないが、刻印騎士の力は信頼していた。
 ゾディアックが何度も辛酸を舐めさせられてきた相手でもあるからだ。
 ここまで言えば察せられるかと思うが、紫のスーツに身を包んだ男はゾディアックの人間だ。
 名は御厨(みくりや)智明(ともあき)
 ゾディアックの傘下、御厨グループの御曹司で組織の未来を背負う幹部候補の一人でもあった。
 そんな人物が刻印騎士と一緒にいるのは、ゾディアックと聖霊教会の関係を考えれば奇妙に感じるだろう。
 しかし、これには理由があってのことだ。

「本当に大丈夫なんだろうね? 長年練ってきた計画を取り止めてまで、キミたちの案に乗ったんだ。これで、なんの成果も上げられなければ、僕の立場が――」
「安心しろ。これから、それを証明してくれる。あの者たちが自らな」

 白装束の言葉にまだ少し納得していない様子だが、一先ず引き下がるトモアキ。
 聖霊教会の協力がなければ、計画の成功はないと自覚しているからだ。
 だからこそ、刻印騎士の案に乗ったのだ。
 天使を餌に、より大きな獲物を釣り上げる計画に――

(特徴は一致する。彼等が教会の探している人物なのだとすれば……)

 遂に使命を果たせるかもしれないと、刻印騎士は静かに結果を見守るのだった。




後書き

軌跡シリーズの新作が発売するため、来週の投稿はお休みさせて頂きます。
次回の更新は10月9日(水)です。



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