さんさんロードの表通りにある大きなスーパーで、食料品や日用品の買い出しをするアキラとワカバの姿があった。
カートをアキラが押し、ワカバが買い物籠に必要な物を次々に放り込んでいく。
「これで必要なものは大体揃ったかな。あとは……」
替えの下着だけだと口に仕掛けて、言葉を詰まらせるワカバ。
頬を赤く染めて言い淀むワカバを見て、アキラは「ああ……」と察する。
急にお泊まりが決まったこともあって、着替えなどを用意していなかったのだ。
「それじゃあ、ボクが会計を済ませておくから、ワカバは上で買い物を済ませてきなよ」
このスーパーは一階が食料品、二階が薬局と雑貨などを取り扱っている日用品売り場になっており、三階で衣料品を取り扱っていた。
一階と二階はレジが共通になっているのだが、三階はレジが別になっていた。
三階は若者向けのセレクトショップなどが入っているため、そんな風になっているのだろう。
「いいの?」
「うん、ボクのもついでに買ってきてくれる? 見立てはワカバに任せるから、サイズは――」
「ア、アキラちゃん!?」
慌ててアキラの口を塞ぐワカバ。
こんな周囲に目と耳があるところでスリーサイズを口にするなど、乙女として見過ごせるものではなかったのだろう。
しかし、
「冗談だよ、冗談。ワカバなら大体わかるでしょ」
「もう……うん、分かった。適当に見繕ってくるね」
からかわれたのだと気付き、頬を膨らませながらもワカバは了承する。
アキラに悪気はなく、むしろ気遣ってくれているのだと分かるからだ。
エスカレーターに向かうワカバを見送って、自分はレジで会計を済ませるアキラ。
休憩用に設けられたイートインスペースに荷物を置き、先輩たちに連絡を入れておこうとサイフォンを弄っていると――
「ちょっといいかな? キミかわいいね。いま一人?」
軽薄そうな男二人に声を掛けられ、アキラは眉間にしわを寄せる。
アイドルをしている以上、アキラも自分の容姿が目を引くことは理解している。
こんな風に外で声を掛けられることに、良くも悪くも慣れていた。
しかし、少し観察すれば、誰かと買い出しに来ていることは察せられる。
アキラの傍には、先程買い物した大量の買い物袋が置かれているからだ。
それに周りには、他の買い物客の目だってある。こんな場所でよくやるものだと呆れ、
「ひとりじゃありません。友達を待っているので」
素っ気なくあしらう。
これで素直に引き下がってくれれば、楽なのだが――
「じゃあ、その友達も一緒に遊ぼうよ。俺たち、良い店を知ってるんだ。奢るよ」
引き下がる様子のない男たちに、アキラの口から溜め息が溢れる。
正直、相手にするのも疲れるのだが、ワカバが帰ってくる前にどうにかしたいという考えがあった。
ワカバは男の人が苦手だ。アイドルとしてそれはどうかと思うのだが、そういう引っ込み思案な自分を変えたくて応募した〈SPiKA〉の第二期メンバーを募集するオーディションで合格したという経緯があった。
最初の内は男の人を前にするとガチガチに固まっていたワカバだったが、最近は少し苦手意識も克服しはじめ、緊張しながらもファンと交流できるくらいになってきたのだ。
そんな風に頑張っているワカバの邪魔をして欲しくなかったのだろう。
「結構です。邪魔なんで、話し掛けないでもらえますか? 警備員を呼びますよ」
だから少し強い口調で拒絶の意志を示したのだが、それが良くなかった。
男たちの態度が豹変する。
「優しくしてたら、つけ上がりやがって!」
「おいおい、俺たちが誰か知らないのか?」
そう言って、もう六月も終わりだと言うのに羽織った黒いジャケットをこれ見よがしに見せてくる男たち。
その背中には、炎のエンブレムと共に『BLAZE』の文字が描かれていた。
目を瞠るアキラ。ジャケットに描かれているマークに見覚えがあったのだろう。
「理解したみたいだな。だったら大人しく――」
ついてこい、とアキラに手を伸ばそうとしたところで、男の手が止まる。
アキラの腕を掴むよりも前に、誰かに腕を掴まれたからだ。
「な――があああああ!」
そのまま腕を捻られ、絶叫を上げて床に崩れる男。
それを見て、もう一人の男が仲間の腕を掴んでいる人物に殴りかかるが、
「は?」
指一本で拳を止められ、男は呆然とする。
そして、
「ぐあ――」
額にデコピンを受け、床を転がるように弾け飛び、壁に衝突して意識を失うのだった。
◆
「この街には、こういうバカしかいないのか?」
呆れた口調で溜め息を漏らす男。アキラを助けた人物の正体は、リィンだった。
そうこうしている間に、ミツキとアスカが警備員を連れて駆けつける。
警備員に指示をだし、不良たちを連行させるミツキ。
その手慣れた様子からも、こうなることを予想して先手を打っておいたのだろう。
「どうやら彼等は〈BLAZE〉のメンバーのようですね」
「ブレイズ?」
聞き慣れない名前に首を傾げるリィン。
そこにアスカが口を挟む。
「以前、レイカたちに絡んでいた不良のこと覚えていますか?」
そう言えば、とアスカの話を聞いて思い出すリィン。
あの時は気にも留めなかったが、 レイカたちに絡んでいた不良グループも同じ黒いジャケットを着ていた。
炎のエンブレムが描かれたジャケットを――
粋がってはいても所詮は子供のお遊びだ。
放って置いても問題ないかと思っていたのだが、
「面倒なことになる前に、潰しておいた方がいいか?」
物騒なことを口にするリィンに慌てたのはミツキだった。
「ま、待ってください! これには、きっとなにか事情があるはずです! 確かに最近の〈BLAZE〉にはよくない噂がありますが、彼等がこのようなことをするはずが――」
「彼等? なにか知っているのか?」
しまった、と言った表情を見せるもリィンに睨まれ、観念した様子で肩を落とすミツキ。
確かにミツキは〈BLAZE〉のことを知っていた。
三年前、とある事件で行動を共にしたことがあったからだ。
だからチームの中核を担うリーダーの青年とも、面識があった。
それだけに、最近よく耳にする〈BLAZE〉の噂はミツキにとっても信じられないものだったのだろう。
「はい……以前、ちょっとした事件で協力をお願いしたことがあって……」
言い淀むミツキを見て、大凡の事情をリィンは察する。
となると、問答無用で潰すと言うのは、北都との関係を考えると避けるべきかとリィンは考える。
それに、彼等の着ていたジャケットが、リィンは気になっていた。
炎のエンブレムを描いた黒いジャケット。どことなく太陽のエンブレムを描いた〈暁の旅団〉の制服に似ているからだ。
ただの偶然だと思うが、もし偶然でないのだとすれば――
「知り合いなら丁度良い。そいつらのリーダーに会わせてくれ」
リィンのお願いに驚きながらも、ミツキは頷くことしか出来ないのだった。
◆
「さっきは助けて頂き、ありがとうございました」
深々と頭を下げるアキラに「気にするな」と素っ気なく返すリィン。
それよりも――
「いないと思ったら、その大量の買い物袋はなんだ?」
「上でワカバとあってね。私も新しい服が欲しかったら、一緒に選んでたんだ。それにほら、これ!」
そう言って買い物袋からヒラヒラとした布地の少ない衣装を取り出して、リィンに見せるシズナ。
それは水着だった。
「……それ、どうするつもりだ?」
「勿論、着るつもりだけど?」
もう夏だしね、と当然のことのように言うシズナに、リィンは溜め息を吐く。
次の台詞も察しがつくからだ。
「だから――」
「海に行こうとか、言うんだろう?」
「さすが、リィン。察しが良いね」
察しが良いも何も、普段のシズナを見ていれば予想できない方がおかしい。
今回の思いつきも、どうせテレビや雑誌に影響されただけだろうとリィンは思っていた。
「それでしたら、皆さんで温泉に行きませんか? 杜宮市の外れに〈神山温泉〉と呼ばれる温泉地があるのですが、ちょっとしたツテがあるので、いまからでも部屋の予約は可能だと思います。海ではなく山ですが、近くに川もありますし。水遊びも楽しめますよ?」
二人の話を聞いて、ミツキはそんな提案をする。
いいね、とミツキの提案に気分を良くするシズナ。
そして、
「ワカバたちも当然いくよね?」
「え? 私たちもですか?」
「うん、みんな一緒の方が楽しいでしょ? レイカたちも誘って、みんなで行こうよ!」
キラキラと期待するような眼差しをシズナに向けられたワカバが、助けを求めるようにアキラの方に視線をやるも――
(アキラちゃん!?)
(ごめん……諦めて)
首を横に振るアキラを見て、観念するのだった。
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