『お疲れ様でした!』
少女たちの快活な声が響く。
ここは、アクロスタワー。北都グループの協力によって三年前に竣工したばかりの杜宮市のランドマークだ。
SPiKAのデビュー三周年を祝うライブが、このアクロスタワーの二十階にあるシアターで近々開催される予定となっており、その練習と準備に少女たちは忙しく奔走していた。
「あー、疲れたー。アキラ、一緒に私のドリンクもとってくれる?」
「はい、リオン先輩」
SPiKAのために用意された楽屋でだらしなく机に突っ伏し、アキラに自分の分のドリンクも取って欲しいと頼むリオン。
それを見て、黒髪ストレートの知的な印象を受ける少女ハルナは呆れた様子で、リオンを注意する。
「ダメよ。疲れているのはみんな一緒なんだし、後輩をそんな風に使ったら」
「あの……ハルナ先輩、別に気にしていないので……」
アキラとワカバはこの一年の間に〈SPiKA〉に加入した二期メンバーで、学年でもリオンたちの一個下の後輩だった。
短い髪のボーイッシュな印象を持つ少女がアキラで、髪を左右に分けた短いツインテールの可愛らしい少女がワカバだ。
「ほら、本人もこう言っている訳だし、少しくらい大目に見てよ」
「はあ……アキラも余りリオンを甘やかしたらダメよ。この子、私生活が結構だらしないから……」
「ちょっと! それと、これは関係ないでしょ!?」
隠していた私生活のことをハルナにバラされ、慌てて止めに入るリオン。
可愛い後輩にだらしない人間だとは思われたくないのだろう。
それならそれで、普段からもっとしっかりとすれば良い話なのだが――
「でも、これからは一緒に生活するのよ。いずれ、バレると思うけど……」
「ぐ……」
リオン以外の四人は都内の学校に通っていて、朱坂にある事務所近くのマンションで共同生活を送っていた。
しかし、北都グループの傘下に入ることになり、事務所が杜宮市に移ることになって四人も転校の手続きと引っ越すことが決まったのだ。
それを機に、リオンも四人と一緒に生活することが決まっていた。
グループの結束を高めるためと、最近は顔や名前が売れてファンも増えてきたことから、まとまって行動した方が護衛や送迎がしやすいというセキュリティ上の理由からだった。
「ハルナが正しいわね」
「そう言うレイカだって、ワカバにお世話されてるじゃない」
「う……こ、これはいいのよ。私が頼んでいる訳じゃないし……」
「はい。私が好きでやっていることですから」
リオンの指摘にたじろぐレイカを見て、すかさずフォローを入れるワカバ。
ここ最近、ワカバは甲斐甲斐しくレイカの世話を焼いていた。
勿論、リオンやハルカの手伝いもしてくれるのだが、ワカバが一番懐いているのは誰かと問われると、恐らくレイカだろうと言うのがメンバー共通の見解だった。
例えるなら、仕事は出来るけど私生活はだらしない姉の面倒を見る妹のようなポジションだ。
「い、一応、私も料理くらい出来るし……」
「レイカ先輩のカレー。とても美味しかったですよ」
「え……アンタ、料理なんて出来たの?」
「殴るわよ? まあ、ワカバに手伝ってもらったのは否定しないけど……」
レイカが料理をする姿がイメージできないため驚くリオンだったが、ワカバが手伝ったと聞いて納得する。
家庭的なイメージが一番あるのが、ワカバだからだ。
実際、ワカバの料理の腕はなかなかのもので、寮でもよく全員分の食事を作ったりしていた。
ただ、誤解の無いように言って置くと、レイカも料理ができない訳ではない。
ワカバに手伝ってもらったとはいえ、あのリィンが褒めるくらいのカレーを作ったのだから――
「ワカバとアキラは、二学期からの転校なのよね?」
「はい。転校は二学期からですが、テストが終わったらこちらに引っ越してくるつもりです」
「もう手続きは終わってる。北都の人たちが、やってくれたんだけど……」
ワカバとアキラの二人も、二学期からリオンが通っている杜宮学園に転校することが決まっていた。
そして、
「レイカが転校してきた時には驚いたけど、ハルナは明日から通うのよね?」
「ええ、部屋に荷物も届いているはずよ」
「なら、荷解きを手伝ってあげるわ。一人じゃ大変でしょ?」
疲れてたんじゃ……と思いながらも、ハルナが了承すると――
「私も手伝います」
「あ、それじゃあ、ボクも……」
「仕方がないわね。私も手伝ってあげるわ」
ワカバ、アキラ、レイカの三人も手を挙げ、結局は全員で行くことになるのだった。
◆
「……ここが、引っ越し先?」
事務所の車で案内され、到着したのは見覚えのあるビルだった。
さんさんロードにあるリィンの事務所が入っているビルだ。
「リオン先輩、知らなかったんですか?」
「前のオーナーが使っていた住居があるらしくて、そこを使わせてもらえるって話です」
後輩二人の話を聞き、初耳だと言わんばかりに驚くリオン。
この反応は本当に知らなかったんだと、ワカバとアキラは察する。
ビルの最上階には、このビルの前の所有者であるオーナーが使っていたペントハウスがあった。
リィンがビルを買い取った際、いつでも使えるようにと準備してあったのだ。
そこを〈SPiKA〉のメンバーに貸し出すことになっていた。
「まあ、ここ以上に安全な場所もないしね……」
みんなに聞こえないくらいの小さな声で、ボソリと呟くレイカ。
マンションを引き払った訳ではないが、リィンとシズナもここ最近は事務所で生活していた。
ある程度の事情はレイカも聞いているため、察したのだろう。
「なんか言った?」
「なにも。それより、さっさと――」
荷解きを済ませちゃいましょうと、レイカはリオンを急かすのだった。
◆
「え……」
驚きの余り硬直するリオン。
エレベーターを降りるとすぐに、大理石が敷き詰められた玄関が五人を出迎える。
ビルのフロアが丸々家になっているとだけあって、なかの広さも尋常ではなかった。
最新式のシステムキッチンに、三十畳を超えるリビング。
百インチの大きな壁掛けテレビに、ゆったりとした大きなお風呂とトイレが二つも備えつけられていた。
しかも、部屋の中に階段まであって二階にも個室があるのだ。
テレビでしか見たことがないような豪邸に、十代の少女が圧倒されるのも無理はなかった。
「ほ、本当にここ? 間違ってない?」
余りの場違い感にリオンが戸惑う中、
「わあ! すごく広々としたキッチンですよ」
「お風呂も凄く大きかった。みんなで一緒に入れそう」
「荷物も無事に届いてるみたいね。私の部屋は、どこかしら?」
ワイワイとルームツアーをするをワカバ、アキラ、ハルナの三人にリオンはなんとも言えない顔になる。
驚きよりも好奇心が勝ったのだろうが、幾らなんでも順応するのが早すぎると呆れたのだ。
「ハルナの部屋は二階の奥よ。荷物を運ぶの手伝うわ」
「ありがとう。助かるわ」
「あ、私たちも手伝います」
リビングに積まれたハルナの荷物を手分けして、部屋にまで運ぶ少女たち。
だが、荷物を運ぶ途中で、ふとしたことにリオンが気付く。
「レイカ。アンタなんで、ハルナの部屋の場所を知ってるのよ?」
どうして、レイカがハルナの部屋を知っているのかと疑問に思ったのだ。
「ハルナの部屋の隣が、私の部屋だからよ。もう荷物も運び終わっているわ」
いつの間に……と、レイカの話に驚くリオン。
しかし、よくよく考えれば、レイカが杜宮学園に転校してきたのは先週のことだ。
引っ越しが既に完了していたとしても、不思議な話ではなかった。
「ハルナ先輩は今日からここに住むんですよね?」
「ええ。よかったら、みんなも泊まっていかない? 明日は日曜日だし、学校も休みでしょ?」
「いいんじゃない? 近くにコンビニやスーパーもあるし、足りないものがあれば買いに行けばいいしね」
ワカバの問いに対してハルナが折角だから泊まって行かないかと提案し、レイカも賛同する。
「なら、腕によりをかけてお料理しますね」
「それじゃあ、スーパーにいく? 泊まるなら買っておきたいものもあるし」
「そうだね。先輩たちはハルナ先輩の荷解きを手伝ってあげててください。私たちで、買い出しにいってくるので」
トントン拍子で話が決まって行き、いつの間にか自分も泊まることになっていることにリオンが気付いた時には遅く、こうして〈SPiKA〉のお泊まり会が実施されることになるのだった。
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