「今日で、一学期も終わりです。みんな、夏休みだからってハメを外しすぎないようにね」
「よっしゃー! これで晴れて自由の身だ! コウ、久し振りにゲーセンにでも寄って帰ろうぜ」
「こら、そこ! 言っている傍から――」
「ああ、悪い。トワちゃん……」
「九重先生でしょ! もう!」
生徒たちの明るい笑い声が教室に響く。
レイカが転校してきてから凡そ一ヶ月。夏期休暇を迎えようとしていた。
ホームルームを終え、やれやれと溜め息を吐きながら教室を後にするトワ。
教室に残って、友人と夏休みの計画を立てる者。早速、放課後どこに遊びに行くか相談しながら教室を後にする者もいれば、夏と秋には大会が集中していることもあって部活に精を出す者も少なくない。
そんななか――
「悪い……これから、ちょっと用事があって……」
「今日も空手部か? 最近、付き合い悪いな」
先程、トワに叱られていた青年と、コウの姿が教室にあった。
明るい髪をした青年の名は、伊吹凌太。コウと同じ杜宮学園に通う二年生で、腐れ縁と言う名の小学校からの幼馴染みだ。
その軽薄な見た目からは想像も付かないが、これでも剣道部に所属していた。
勉強や部活よりも遊びを優先する性格でなければ、全国も狙える才能があるのにと顧問からも嘆かれるほどの腕前だ。
実際、真面目にやればリョウタが凄い奴だと言うことは、コウも知っていた。
だから、尋ねる。
「お前こそ、部活にでなくていいのか?」
スポーツ系の部活動はこの時期は特に活動が盛んで、強制参加ではないとはいえ、夏休みに合宿を計画する部活も少なくはない。
コウが練習に参加させてもらっている空手部も大会を控えているとあって、合宿を計画しているという話を聞いていた。
コウも参加を促されたのだが、誘ってきたのが男子ではなく女子の空手部と言うことで遠慮したのだ。
ソラは残念そうにしていたが、さすがに女子の中に一人だけ男子が参加する勇気はコウにもなかったのだろう。
「俺は別にいいんだよ。全国を狙ってる訳でもないしな」
「そんなこと言って、春の大会は良い成績を収めてたじゃないか」
都大会三位という好成績をリョウタは収めていた。
ほとんど真面目に部活動に参加していないことを考えれば、破格の成績だ。
本人はこういう性格だから彼女もなくモテないと思っているみたいだが、実は隠れファンがいるという噂もある。
そのくらいリョウタはやれば出来る人間だと言うことを、コウは知っていた。
まあ、そのやる気が本人にないのでは、どうすることも出来ないのだが――
「お前まで、そんなこと言うなよ。大会にでれば練習試合をすっぽかした件は目を瞑ってやるとか言われて参加したら、今度は『練習をちゃんとしてれば優勝できたはずだ。一緒に全国を目指そう!』とか言って、顧問と部長が毎日のように声を掛けてくるんだぜ……」
俺にその気はないって言うのに……と、うんざりとした口調で話すリョウタ。
嫌がっているのは見れば分かるのだが、コウは首を傾げる。
「なら、どうして剣道部に入ったんだよ……」
そこが、疑問だった。
リョウタは昔から運動神経がよくて、コウの祖父が師範を務める道場にも通っていたことがある。
本人は遊びの延長だったのかもしれないが、決してお世辞を言わないソウスケが才能はあると評価するほどだったのだ。
まあ、結局は飽きっぽい性格と遊ぶ時間が減るからと言う理由で、すぐに道場には来なくなってしまったのだが……。
そんなやる気のないリョウタが部活に剣道を選んだのが、コウは不思議だったのだろう。
「伊吹って、運動神経だけは良いからね」
「だね。これで、性格がもう少し真面目なら彼女の一人も出来たんだろうけど……」
「余計なお世話だ!」
残念そうな目をクラスの女子たちから向けられ、憤るリョウタ。
しかし、反論できない的を射た言葉なだけに、リョウタの肩を持つようなことは出来なかった。
そうなのだ。もう少し真面目にやれば、女子にモテるポテンシャルはあるのだ。
なのに残念キャラが定着しているのが、リョウタたる所以だった。
「時坂くんが知らなかったのは意外だけど、こいつ一年の時に体育系の部活から勧誘を受けててね」
「あれ、凄かったよね。剣道部だけじゃなく、バスケ、サッカー、水泳、陸上まで運動部勢揃いって感じで」
「空手部からも勧誘があったって話だよ。男子は女子と比べて、パッとしないしね。時坂くんは格好いいけど」
「うんうん、リィン先生との組み手を見たけど、凄かった! 映画みたいな動きしてて!」
黄色い声でキャッキャとコウとリィンの話題で盛り上がる女生徒たちを見て、「どうしてコウばかり……」と机に突っ伏すリョウタ。
心底悔しがっていることが見て取れる。
「それで、勧誘合戦に勝利したのが剣道部って訳。伊吹は最後まで抵抗してたみたいだけど」
「ぐ……学年主任にまで呼び出されて、他に手がなかったんだよ。それに、幽霊部員でも構わないって話だったし……」
だが、実際にそういう訳に行くはずもなく、現在に至ると言う訳だった。
リョウタとしては、帰宅部で悠々自適に高校生活を送りたかったのだろう。
だが、それを周りが許してはくれなかった。
中学の時にも似たようなことがあったなと思い出し、コウは納得する。
ちなみにコウが知らなかったのは、放課後は道場とアルバイトで忙しかったからだ。
「時坂くん、今日もこれから空手部に顔をだすの?」
「あ! なら、差し入れを持って応援にいくね。実はクッキーを作ってきたんだ」
「いつの間にそんなものを――ちょっと、抜け駆けするつもり!?」
「あ、いや……俺は……」
クラスの女子たちの勢いに圧倒され、後退るコウ。
助けを求めようと、アスカに視線を向けるが――
(――柊!?)
鞄を持って振り返ることなく教室を後にしてしまう。
見捨てられたことに、コウがショックを受けていた、その時だった。
「コウくんいる?」
リオンが教室に顔をだしたのは――
いや、リオンだけではなかった。
その後ろにはレイカと、転校してきたばかりのハルカの姿もある。
「リオン!? それに、ハルカとレイカまで!」
真っ先に反応したのは、リョウタだった。
無理もない。彼は〈SPiKA〉の大ファンで、デビュー当時から彼女たちのファンをやっているのだ。
曲はすべて買っているし、しっかりとファンクラブにも加入している生粋のファンだった。
だと言うのに――
「放課後、部室に呼ばれてるんでしょ? 迎えに来てあげたのよ」
「いや、だからって、なんでお前たちが……」
「リィンから頼まれたのよ。逃げないように、アイツを連れてきてくれって。まあ、あれは明らかに悪巧みをしている顔だったけど……」
リオンに続いてレイカが、コウの疑問に答える。
レイカの話を聞き、嵌められたことに気付くコウ。
リィンの悪い笑みが頭に過る中――
「うおおおおお! どうして、コウばかりモテるんだ!?」
リョウタの悲痛な叫びが教室にこだますのだった。
◆
「持つべきものは親友だな! 心の友よ!」
「さっきと言っていることが違うぞ……」
調子の良いリョウタに呆れるコウ。
二週間後。SPiKAの周年ライブが終わった後、打ち上げを兼ねて温泉に行かないかとリィンとミツキから誘われたのだ。
友達を誘っても構わないと言う話だったのでリョウタに声を掛けたところ、この反応と言う訳だった。
「でも、コウが生徒会長とも顔見知りだったとはな。シズナ先生といい〈SPiKA〉のことといい、お前の交友関係どうなってるんだ?」
どこか羨ましそうな訝しげな視線をコウに向けるリョウタ。
さすがに、なにかがおかしいと気付くくらいコウの交友関係は凄いことになっていた。
コウもその自覚はあるのか、頬を掻きながら冷や汗を流す。
リョウタのことは親友だと思っているが、さすがに異界のことを説明できないからだ。
「ちょっと……アルバイトでな」
だから、言葉を濁す。
コウがいろいろとアルバイトをしていることは、リョウタも知っているからだ。
とはいえ、少し無理のある説明だとはコウも思っていたのだが――
「まあ、それならそれでいいけどよ」
あっさりとリョウタは引き下がる。
コウがなにか隠していることには気付いているが、無理に聞き出すつもりは最初からなかったのだろう。
「それより、残念だよな」
「ん? なにがだ?」
「ジュンのことだよ。家庭の事情とかで急に転校しちゃっただろう? 挨拶もなしに水臭いよな」
ジュンと言うのは、コウやリョウタと仲の良かったクラスメイトのことだ。
一年生の時に同じクラスになったことを切っ掛けに仲良くなり、よく三人でつるんでいたのだが、いまから一ヶ月ほど前。家庭の事情を理由に、なにも告げず急に転校してしまったのだ。
「丁度、レイカが転校してきた時期くらいだよな。勿体ない。SPiKAと同じ学校に通えるチャンスだったのに……」
「……そうだな」
ジュンはアニメやサブカルに強く、アイドルオタクのリョウタとも話の合う青年だった。
線が細く大人しい性格をしていて、母性本能をくすぐられるタイプと言うことで、女子の受けもよかったのだ。
しかし、どこか陰のある青年だった。
深入りすることはなかったが、少なくともコウはそう感じていたのだ。
(レイカが転校してきた時期と重なるってことは……)
リィンとシズナが杜宮学園にやってきた頃とも重なる。
ただの偶然か? と、上手く説明できない疑念と不安が、コウを襲うのであった。
あとがき
リョウタのスペックが原作よりも上がっています。
原因はコウが道場を辞めずに真面目に修行を頑張っていることもあって、リョウタも原作よりも少し真面目に剣道をやっていることが理由です。
そもそも原作でも適格者でないのに怪異と多少なりとも戦えている時点で、リョウタのポテンシャルはかなり高いですからね……。
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