カンカンと甲高い音が響く中、慌ただしく奔走するスタッフの姿があった。
ここは東亰都、杜宮市、北都グループの協力によって三年前に竣工したばかりの杜宮市のランドマーク〈アクロスタワー〉だ。
その二十階にある劇場で〈SPiKA〉のデビュー三周年を祝う記念ライブが三日後に開催されようとしていた。
いまはライブに向けて、最終調整と準備で大忙しと言う訳だ。
スタッフたちが忙しそうに機材の確認やステージの設営を行う中、〈SPiKA〉のメンバーの姿もあった。
今日は五人揃って、プロデューサーから本番当日のスケジュールや注意点などの説明を受けているようで、真剣な表情で話に聞き入っている。
その仕事に打ち込む姿は普段の年相応な姿と違って、まさにプロと言った顔をしていた。
打ち合わせを終え、プロデューサーが他のスタッフに指示を出しに行くのを見送って、緊張を解くようにリオンが大きく息を吐く。
「プロデューサー気合い入ってるね」
「それはそうでしょ。〈北都〉に移籍してから初の大きなライブになる訳だしね。〈NiAR〉のトレンドも急上昇して世間からの注目度も上がっているもの。市長も観に来るらしいわよ」
市長も観に来るとレイカから聞いて、ちょっと微妙そうな顔を覗かせるリオン。
アイドルとしてどうかとは思うが、余りそう言う偉い人とは関わり合いになりたくないというか、苦手なのだろう。
リオンが苦手意識を持っているのは、ここ最近の出来事も理由にあるのだが――
北都と御厨グループの問題。そして先日の国防軍の件など、政治的な話に巻き込まれるのは既にお腹一杯だからだ。
市長の思惑もなんとなく察せられる。
このイベントは〈SPiKA〉のデビュー三周年を祝う記念ライブであると同時に、アクロスタワーの竣工三年を祝うイベントでもあるからだ。
ようするに街興しの一環で、〈SPiKA〉の人気にあやかって若者にアピールしたいのだろう。
ちなみに〈NiAR〉と言うのは、メッセージのやり取り以外にも不特定多数とチャットを行えるグループ機能や、マップ検索から情報の管理など、様々な機能が統合されたアプリだ。
老若男女問わず、〈サイフォン〉を持っている人で使っていない人はほぼいないと言われるくらいの人気アプリだった。
当然レイカたちも活用しており、スケジュールの管理や情報のやり取りは、ほとんど〈NiAR〉で済ませている。
「うう……緊張してきました」
「だね……こんなに大きなイベントは、はじめてだから……」
緊張した様子で、武者震いする後輩の二人。
ワカバとアキラは〈SPiKA〉のメンバーになって、まだ一年と経っていない。
そのため、こう言った大きなステージは、まだ余り経験したことがないのだろう。
収容人数自体はそこまで大きなステージではないのだが、世間の注目度と言う点では、これまでの比ではないからだ。
しかも、当日にはライブ配信の他、野外シアターも設けられると聞かされていた。
まさに街をあげてのイベントと言う訳だ。これで緊張するなと言う方が無理がある。
「気持ちは分かるけど、もう少し肩の力を抜いて気楽にいきましょう。練習通りにやれば、大丈夫よ」
そんな二人を励ますのは、ハルナだ。
リオンやレイカと同じ初期メンバーの一人で〈SPiKA〉のリーダーを任されていた。
最近は俳優業にも力を入れていて、ドラマや舞台などで活躍中の人気アイドルだ。
世間の知名度と言う点では、五人の中でハルナが頭一つ抜けていると言っていいだろう。
その見た目どおり性格は温厚でお淑やか。しかし、ここぞと言う時には大人が相手でも引くことなく意見できる芯のある少女で、しっかりもののお姉さんと言った立場をユニット内で確立していた。
「ハルナの言うとおりよ。それに、このライブが終わったら温泉が待っているわ。ご褒美があると思えば、頑張れるでしょ?」
ワカバとアキラにやる気を出させようと、温泉を餌に励ますレイカ。
実際、ワカバとアキラも温泉を楽しみにしていた。
ミツキが旅館を貸し切りで、予約してくれていると聞かされていたからだ。
さすがは〈北都〉のお嬢様と驚かされたくらいだった。
「最近ずっと、その話ばかりだもんね。この前も水着選びに何時間も付き合わされたし、やっぱり憧れの人と一緒に旅行は楽しみだよね」
「な、なにを言って――」
リオンの言葉に、顔を真っ赤にして慌てふためくレイカ。
誰とは口にださないが、その反応を見れば明らかだった。
しかし、
「リ、リオンだって、親しげに名前で呼び合ってる男の子がいるじゃない。コウくんだっけ?」
レイカも負けじと反論する。
リオンが最近、コウと親しげにしているのを知っていての発言だった。
「コウく――彼とは、そういう関係じゃ……」
「そんなこと言って、時間のある時は欠かさず空手部の練習を見学に行ってたじゃない」
「そ、それを言うならレイカだって同じでしょ! タオルやドリンクを差し入れたり、マネージャーみたいだって噂になってたわよ?」
周囲の目も憚らず、口論をはじめる二人。
何事かとスタッフの視線が集まる中、ハルナの口から大きな溜め息が溢れるのだった。
◆
同じ頃、歓楽街にリィンとシズナ、それに私服のミツキの姿があった。
居酒屋やクラブが建ち並ぶ杜宮で一番大きな歓楽街で、〈鷹羽組〉もこの歓楽街の裏手に事務所を構えていた。
見覚えのあるゲームセンターを見つけて、リィンの視線が止まる。
「どうかしたの?」
「いや、少し懐かしく思っただけだ」
シズナの問いに答えながら、ここでエイジと会ったんだよなと懐かしむリィン。
そして、ふと頭に過ったのは、シャーリィが拾ってきた少年の顔だった。
生意気な子供ではあったが、ランドセルを背負っているような年齢で中学生五人を相手に喧嘩をしたりと、なかなか見所のある奴だと感心したのを覚えている。
そのくらい勝ち気な方が、猟兵には向いていると思ったからだ。
実際、戦闘のセンスも悪くなかった。
シャーリィのように化け物染みた天賦の才がある訳ではないが、鍛えればそれなりに戦えるようになるだろうと思える程度の才能はあったのだ。
なにより根性があった。
負けて腐るのではなく、勝つための努力を続けられるなら強くなれる。
あれから十年だ。あのまま成長を続けていれば、アスカほどではないにしてもコウと同じくらいに成長していても不思議ではないと、リィンが考えていると――
「ここです」
雑居ビルの一角で、足を止めるミツキ。
そこには『ジェミニ』と書かれたクラブハウスの看板が掲げられていた。
「話は通していますが、出来ることなら……」
「安心しろ。相手の出方次第だが、こちらから仕掛けるつもりはない」
心配するミツキに、暴れるつもりはないことをリィンは強調する。
ミツキにここまで案内してもらったのは、ワカバとアキラに絡んでいた不良たちがたむろするクラブが蓬莱町にあると聞かされたからだ。
その不良グループのまとめ役と連絡がついたとのことで、こうして足を運んだと言う訳だった。
だが、ミツキが心配するようなことをリィンは最初からするつもりがなかった。
そもそもリィンから見れば、一般人が恐れる不良グループも少し粋がっているだけの悪ガキに過ぎないからだ。
そのため、最初にレイカたちが絡まれているのを助けた時も、特に気にも留めていなかった。
しかし、少し気になることがあった。
不良たちが身に付けているお揃いのジャケットに記された焔のエンブレムが、〈暁の旅団〉の太陽のエンブレムに似ている気がしたからだ。
普通なら、ただの偶然と考えるのが自然だ。この世界に〈暁の旅団〉は存在しないのだから――
だが、リィンの勘がなにかあると訴えていた。
「賑やかなところだね」
シズナの言うように、クラブハウスの中は軽快な音楽が鳴り響いていた。
天井に設置されたミラーボールが虹色の輝きを放ち、色とりどりのネオンでホールを彩っている。
そんなホールの中心で若者たちが踊る中、入ってすぐ正面に見えるバーのカウンターにミツキは足を向ける。
そして、カウンターに立つ店員に声を掛けようとした、その時だった。
「おいおい、凄い可愛い子ちゃんを連れてるじゃないか。それも二人も――」
「そんな男、ほっといて俺たちと遊ぼうぜ。良い思いさせてやるからさ」
黒いジャケットを着た男たちが声を掛けてきたのは――
焔のエンブレムを見て、〈BLAZE〉のメンバーだとリィンは察する。
しかし、
「なになに? 私と遊びたいの?」
どこか愉しげな笑みを浮かべるシズナを見て、リィンはやれやれと肩をすくめる。
一方でミツキはそれどころではなかった。
心配している傍から厄介事が向こうからやってきたからだ。
不良たちの首が物理的に離れる光景を幻視したところで、
「おい、お前等。なにしてやがる」
「高幡くん!? はやく彼等を止めてください! でないと大変なことに――」
「は? なにを言って……」
カウンターの奥から髪を金色に染めた長身の男が現れ、ミツキは助けを求めるのだった。
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