「悪かったな。知り合いとよく似ていたもんだから」
「気にしないでください。でも、凄い偶然ですね」

 リィンに対して気にしていないと言いつつも、驚きを隠せない表情を滲ませるトワ。
 顔が似ていると言うだけならまだしも、自分と同名の人物がいると聞かされれば、この反応も当然だ。
 しかし、

「トワ姉……」

 そんな話を信じるのかよ、と言った呆れた視線をトワに向けるコウ。こちらの方が普通の反応だった。
 コウが心配するように、そんな偶然滅多にあるものではない。
 少しは怪しむところなのだろうが、トワは自分でも驚くほど素直にリィンの説明を受け入れていた。
 初対面のはずなのに、どう言う訳か? 余り他人のような気がしなかったからだ。
 それに――

「大丈夫。この人は嘘を吐いてないよ」
「……その根拠は?」
「女の勘かな?」

 あの北都グループの会長が直々に案内をするような人物だ。只者とは思えない。
 それほどの人物が、こんなにも分かり易い嘘を吐くとは思えなかった。
 しかし女の勘≠ニ聞いて、益々胡乱げな視線をトワに向けるコウ。
 たまに小学生と間違えられる従姉の言葉を信じられるほど、コウは素直な性格をしていなかった。

「コウちゃん? 言いたいことがあるなら、はっきりと言って欲しいな?」
「な、なんでもねえよ……」

 トワの迫力に気圧されて、何も言えずに顔を背けるコウ。
 そんな二人のやり取りを眺めながら、リィンの表情も緩む。
 二人のやり取りが、あちらの世界のトワとクロウと重なって見えたからだ。

(並行世界って奴か。まあ、予想はしていたけど……)

 ベルの望み通りに虚神となったキーアの件もある。並行世界が存在することは、あらかじめ分かっていた。
 だとすれば、キーアのように同姓同名の人物がいたとしても不思議な話ではない。
 実際、最初に飛ばされた世界で、リィンは並行世界のエリゼと出会っている。
 そうと分かれば、今更驚くほどのことではなかった。

「まったく、なかなか中へ入って来ぬと思ったら、道場の前で何を騒いでおる」

 そんなやり取りをしていると、呆れた様子で溜め息を漏らしながら袴姿の男が姿を見せる。
 眼鏡を掛けた白髪まじりの初老の男性。見た感じ、セイジュウロウと年齢は然程変わらない様子だ。
 この神社の宮司と言ったところだろうと当たりを付けつつ――

「へえ……」

 隙の無い佇まいにリィンの口から思わず感嘆の声が漏れる。
 かなりの手練れであることは雰囲気からも察せられるが、何より死線≠潜り抜けた者にしか分からない強者の気配を感じ取ったからだ。
 エイジもなかなかの覇気を纏っていたが、明らかに目の前の老人と比べれば見劣りする。
 ゼムリア大陸と比べれば平和な世界だと思っていただけに、まさかこれほどの使い手がいるとはリィンも思っていなかったのだろう。

「儂に会わせたい男がいると言うのは、そこの小僧か。また、とんでもないのを連れてきたみたいじゃの」
「爺さんこそ、只者じゃないな。相当やるみたいじゃないか」
「御主と違い、まだ人≠ヘやめておらぬよ」

 互いに牽制とばかりに言葉を交わすリィンと初老の男。
 只者ではないと思っていたが、一目で隠している力にまで気付かれたことにリィンは内心驚かされる。
 そこに気付くと言うことは、少なくとも見抜けるだけの力を持っているということだ。
 ならば――と、リィンはソウスケにだけ分かるように抑えていた気配を解放する。

「リィン・クラウゼルだ」
「九重宗介。この神社の神主をしておる。孫が世話になったようじゃしの。茶くらいはだそう」

 しかしリィンの威圧をものともせず、そう言って道場へ案内するソウスケ。
 そのブレない態度に食えない爺さんだと、リィンは苦笑を漏らすのだった。


  ◆


「――ちゃん、コウちゃん!」
「ん……ああ」
「さっきから、ぼーっとしてるけど大丈夫?」

 気の抜けた返事をするコウを心配するトワ。
 リィンたちを見送った後、コウは神社の裏手でトワに稽古を見て貰っていた。
 とはいえ、やっていることと言えば、型のお復習い程度だ。
 まだこれしか教わっていないのだから仕方がないのだが、何千回と反復を繰り返してきた基本の型だけに、いまなら半分寝ていても動きを間違えることはない。
 とはいえ、

「慣れてきた頃が一番危ないんだからね。ちゃんと集中しないとダメだよ?」
「ああ、悪い……」

 二人がやっていることは、仮にも武術の鍛練だ。
 組み手などの危険なことはしていないと言っても、油断をすれば大きな怪我に繋がりかねない。
 そのことは理解しているのか、トワに注意されて素直にコウは頭を下げる。
 実際この場にソウスケがいれば、この程度の注意では済まない。
 怒鳴り声と共にゲンコツが飛んでくるところだ。

「気になってるのって、さっきのこと?」

 コウが何を気にしているのかを察して、そう尋ねるトワ。
 リィンとセイジュウロウのこと以外に、思い当たるようなことがなかったからだ。

「今日訪ねてきたガタイの良い爺さんって、ジッちゃんの友達なんだよな?」
「うん、北都征十郎さん。北都グループの会長さんだよ」

 只者ではないと思っていたが、あの北都グループの会長だと聞かされて、目を剥くコウ。
 そして、

「ジッちゃんって何者なんだ?」

 孫として純粋な疑問を口にする。
 まさか、そんな大物が祖父の知り合いにいるとは思ってもいなかっただけに驚きが大きかったのだ。
 それに――

「一緒にいたアイツも普通じゃないみたいだったし……」

 セイジュウロウと一緒にいた黒髪の男――リィンも普通には見えなかった。
 コウはまだ道場に通い始めて数ヶ月と言ったところだが、それでも祖父――ソウスケの実力はよく知っている。
 そんなソウスケとあの若さで対等に渡り合えている時点で、只者ではないと察することは容易だった。
 更に言うなら話の流れから察するに、ソウスケに会わせるためにセイジュウロウが連れてきた客というのが、リィンであることは疑いようがない。
 北都グループの会長が気に掛けるほどの人物。そんな人物が自分の祖父にどんな用があるのかと、コウが気にするのも当然だった。

「そんなに気になるなら、お祖父ちゃんに直接聞いてみたら?」
「うえ……」

 トワの提案に心底嫌な顔を浮かべるコウ。
 ソウスケに聞いたところで、正直に教えてくれるとは思えなかったからだ。

「トワ姉、分かってて言ってるだろ?」
「お祖父ちゃん、余り昔のことを話したがらないものね」

 はぐらかせるのがオチだ。
 それどころか、たいした理由もなく詮索しようとすれば、祖父の怒りを買う可能性の方が高い。
 相手が子供と言えど容赦をしない祖父の厳しさを知っているだけに、とてもではないが興味本位で尋ねる気にはなれない。

「トワ姉は気にならないのかよ?」
「うーん。そう言われると、確かに気にはなるけど……」

 コウの言うように、気にならないと言えば嘘になる。
 それにコウが気にしているのとは別の意味で、トワはリィンのことが引っ掛かっていた。

(リィンくんか)

 本当はリィンの方が年上なのだから『くん』付けで呼ぶのはおかしいと自分でも思う。
 だけど、何故かその呼び方がしっくりとくるのをトワは覚えながら、自分でもよく分からない感情に首を傾げるのだった。


  ◆


「――爺さん、何者だ?」

 先に口火を切ったのは、リィンの方だった。
 ある意味で予想していた質問だったのか、特に動じた様子もなくソウスケは鼻を鳴らす。

「それは、こっちの台詞だ。御主こそ、何者じゃ?」
「質問したのはこっちが先なんだが……さっきも名乗ったが、俺の名はリィン・クラウゼル。こっちの人間にも分かり易く言うと傭兵≠フようなことをやっている」
「こちらの、か。やはり、御主……異界≠フ関係者じゃな?」

 思いもしなかった答えが返ってきて、微妙に話が噛み合ってないことを不審に思いながらリィンは質問を返す。

「俺も答えたんだ。爺さんにも答えてもらおう。異界≠ニは、なんのことだ?」
「それほどの妖気を纏っておきながら誤魔化すつもりか? いや、ちょっと待て……」

 何かに気付き、セイジュウロウに視線を向けるソウスケ。
 リィンも「そういうことか」と察した様子で溜め息を吐きながら、セイジュウロウに視線を向ける。

「セイジュウロウ。御主、最初から儂に説明させるために小僧を連れてきたな?」
「まあ、そういうことだ。もっとも、私では確信を持てなかったのでな。お前に引き合わせることにした訳だ」

 まったく悪びれた様子もなく、堂々と白状する親友にソウスケは呆れる。
 セイジュウロウは大きな身体をしてはいるが、ソウスケのように武術の達人と言う訳ではない。
 多少は腕に自信があるが、それでも普通の人間の域を超えるものではなかった。
 だからこそ、親友の目を信じてリィンの正体を確かめようとしたのだ。
 異界の子――彼女≠ニ面識のあるソウスケなら、リィンの正体も見抜けるはずだと考えて。

「で? 確信を得たってことは、少しは信じてもらえたってことでいいのか?」
「ああ、少なくともキミたちがこちらの世界≠フ常識に疎いだけでなく、何処の組織≠ニも繋がりがないと確信が持てたからな」

 そう言ってニヤリと笑うセイジュウロウを見て、やはり試されていたのだとリィンは確信する。

「異界、それに組織ね……。そう言うってことは、アンタも裏の組織≠ノ属しているってことか?」
「ご明察だ。改めて、名乗らせてもらおう。私は北都グループ会長、北都征十郎。そして――」

 ――ゾディアック≠フメンバーだ、とセイジュウロウは名乗るのだった。


  ◆


 世界の経済・産業を主導してきた十二の巨大企業からなる連合組織。それが、ゾディアックだ。
 北都グループもゾディアックに参加する企業の一つなのだと聞かされ、リィンは合点が行ったという様子を見せる。
 となれば――

「疑っていたのは、他の組織との関係か」

 そういう事情なら、突然現れた非常識な力を持った人間を警戒するのは無理もない。安易に信用できないのも当然だ。
 ソウスケと引き合わせたセイジュウロウの行動に納得した上で、リィンは質問を続ける。

「ゾディアック以外には、どんな組織があるんだ?」
「異界に関わる組織は様々だが、なかでも特に大きなものは〈ネメシス〉と〈聖霊教会〉の二つだな」
「ネメシスと聖霊教会?」
「ゾディアックを含め、裏の三大勢力に数えられている組織だ」

 教会と聞いて、微妙に嫌な予感を覚えるリィン。
 宗教に対してと言うよりは、教会というものにリィンは余り良いイメージを持っていない。
 特に教会を名乗る組織でこの手の裏社会に通じている組織というのは、面倒な思想を持った連中が多いことを身を持って知っているからだ。

「それらの組織は対立しているのか?」
「はっきりとそうとは言い切れないが、目的や理念の違いもあって教会とネメシスは余り友好的な関係とは言えない。ネメシスが異界の管理≠主張する一方で、聖霊教会は異界の封印≠目的に掲げているからな」
「……なるほど」

 セイジュウロウの話を聞き、面倒な方の予感が当たったとばかりに嫌な顔を浮かべるリィン。
 更に言えば、セイジュウロウの答え次第では彼との付き合い方も考える必要があると考え、リィンは質問を重ねる。

「なら、ゾディアックは?」
「異界の利用を目的としている。正確には異界よりもたらされた技術や資源を有効活用する方法を模索していると言った方が正しいだろう」

 実に企業らしい目的を聞かされ、リィンは納得する。
 だが、その一方でセイジュウロウの思惑に気付かされ、リィンは一つ大きな溜め息を吐く。

「写真の武器に、最初から見当が付いていたな?」
「すまないが、その辺りも含めて試させてもらった」

 リィンが本当に写真の武器の持ち主なのかどうかを含め、試していたと言うことだ。
 嘘を吐かれたことに思うところがない訳ではないが、それだけで不快に思うようなことはない。
 元より信用されていないことは分かっていたからだ。それよりも確認しておきたいことがあった。

「異界と言ったな? サイフォンに使われている技術も、そっちから得たものか?」
「そうだ。基礎となる技術を開発したのは我々ではなくネメシスだがな」

 サイフォンに使われている技術の基礎を築いたのは、ゾディアックではなくネメシスだとセイジュウロウは話す。
 サイフォンはネメシスよりもたらされた技術をゾディアックが発展させ、一般に普及させたものだ。
 だとすれば、彼等の話す『異界』と言うのは――

(この世界の外側。俺たちの世界で言うところの外の理≠ンたいなものか)

 この世界に導力≠ェ存在する事情が、ぼんやりとではあるが見えてくる。
 聖霊教会は別として、異界を管理したいと考えるネメシスと異界の利用を目的とするゾディアックはある意味で利害が一致している。
 だとすればサイフォンの件以外でも、協力関係にあると見ていいだろう。
 政府や軍に協力しながら、もう一方で〈十三工房〉との繋がりが疑われる組織。
 やっていることは、ラインフォルト社とよく似ていると感じたからだ。
 なら――

「間怠っこしい話はなしだ。ゾディアック(おまえたち)が俺たちに求めるものはなんだ?」

 企業連合と名乗る以上、彼等を動かすには相応の対価が必要だと分かる。
 そうした組織との付き合い方を、リィンはよく心得ていた。
 猟兵にとって企業というのは、貴族以上に付き合いの深い得意先でもあるからだ。
 そうと分かれば、いつもと同じように仕事≠フ話を進めるだけの話だ。
 猟兵の顔付きに変わり、ビジネスの話を振ってくるリィンにセイジュウロウは――

「あの武器の持ち主と見込んで頼みたい。怪異(グリード)に対抗できる唯一の武器――ソウルデヴァイス≠フ実験に協力して欲しい」

 と、真剣な表情で深々と頭を下げながら答えるのだった。



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