「引き分けと言ったところか」

 ソウルデヴァイスを維持できないほどに霊力を消耗し、レイラは右手に大きな火傷を負ったが――
 シャーリィも武器ごと腕を凍らされ、早く治療を施さなければ後遺症が残るレベルの深刻なダメージを負っていた。
 これが殺し合いなら、それでも余力のあるシャーリィが勝っただろうが、これはあくまで模擬戦だ。
 互いに戦闘の継続は困難と見なして、引き分けが妥当なところだろうとリィンは判断を下す。
 シャーリィも特に依存はないようで文句を言ってくる様子はない。それだけレイラとの戦いに満足したのだろう。

「シャーリィ。腕の方はどうだ?」
「うーん。まだちょっと違和感はあるけど、特に問題はないかな? 三日もあれば、元通りに動けると思うよ」
「……普通は、そんなに早く快復しませんからね?」

 リィンとシャーリィの会話を聞いて、思わずツッコミを入れるエマ。
 普通なら腕を一本失っていても不思議ではないレベルのダメージを負っていたのだ。
 治癒術を使ったと言っても、ゲームのように一瞬で怪我が完治すると言ったことはない。
 基本的には肉体の治癒力を高めることで、怪我の治りを早くすると言った程度の効果しかないのだ。
 三日で完治などするはずもないし、違和感があるだけで問題ないと話すシャーリィは例外中の例外と言ってよかった。

「ええ……でも、リィンも瀕死の状態で動き回ってたし、翌日にはケロッとしてたよ」
「お前と初めて戦場でやり合った時のことか? 確かにあの時はちょっとやばかったな」

 シャーリィと初めて戦場で出会った時のことを思い出しながら、そんなことあったなと遠い目を浮かべるリィン。
 シャーリィはどう思っているのか知らないが、リィンからすると本気で死を覚悟したほどのギリギリの戦いだった。
 満足にアーツや戦技が使えず、オーバーロードや〈王者の法〉さえも自由に発動することが出来ずにいた未熟な頃の話だ。
 しかもエマが誘拐された教団事件から二週間ほどしか経っておらず、無茶な力の使い方をした反動で〈鬼の力〉すら満足に発動できないような状態でシャーリィの足止めをしたのだ。
 無我夢中だったのでよく覚えていないが、あれでよくシャーリィに勝てたものだとリィン自身、不思議なくらいだった。
 挙げ句、戦場で殺し合った翌日に何故か〈赤い星座〉と酒盛り≠することになり、シャーリィの言うようにケロリとしていた訳ではなく宿で休んでいるところを拉致され、親バカどもに強制参加させられたのだ。
 思えば、あれからだ。シャーリィがしつこく付き纏うようになったのは――
 その所為でシャーリィを溺愛しているザックスには目を付けられるし、リィンとしては余り思い出したくない散々な記憶だった。

「あれから、もう四年ほど経つのか?」

 四年前と言えば、シャーリィの年齢は十二、三歳くらいだ。
 そんな年端も行かない少女に殺され掛けたのだから、あの頃からシャーリィがどれほど異常な存在だったかよく分かる。
 その上、いまも足踏みすることなく成長を続けていると言うのだから驚くほかない。
 リィンも少しずつ成長している自覚はあるが、ここまで強くなれたのは〈鬼の力〉や〈王者の法〉と言った異能の恩恵が大きいと考えていた。
 そう言う意味で、戦いの才能は間違いなくシャーリィの方が上だとリィンは考える。

「本当に呆れた回復力ね。私なんて、こうして立って歩くだけでも辛いって言うのに……」

 隣の医務室で治療を受けていたレイラが、そう言って顔をだす。
 そんなレイラの感想に、まったくですと言った顔で同意するエマ。
 あれほどの死闘を演じて動けるだけでも凄いのだが、シャーリィの場合は『もう一戦』と言いだしかねないほど元気なのだから呆れるのも当然であった。

「こんな姿を見せられたら、引き分けだなんて胸を張れないわね」
「そんなことない! ママは負けてないもの!」

 自分の負けを認めるようなレイラの言葉を否定するアスカ。
 彼女の中では、レイラは憧れの存在であり最強の執行者≠ネのだろう。
 そんな母親が負けるはずがない。そう叫ぶアスカの気持ちが、リィンには分からない訳ではなかった。
 リィンにとってもルトガーという人間は、いまも目標とする最強の猟兵≠ナあり続けているからだ。
 あんな風に強くなって、フィーを――家族を守れる男になりたい。
 それがリィンが強くなるために努力を続けた原動力だった。

「ああ、そうだ。お前の母親は強かった。元気そうに見えるが、シャーリィも危険な状態だったしな」

 リィンにそう言われて「でしょ?」と言った顔で瞳を輝かせながら、満足そうに胸を張るアスカ。
 嘘は言っていない。あのまま戦闘を続けていれば、腕が一本使い物にならなくなっていた可能性はあるのだ。
 圧倒的な力の差を感じつつも、レイラがシャーリィをそこまで追い詰めたことは事実だった。
 むしろ、実力的には勝てて当然の相手にここまでダメージを負わされたのだから、シャーリィの負けと言っても良いだろう。

「お前は油断しすぎだな」
「ええ……」
「戦いを楽しむのも程々にしとけ」

 不満げな表情を浮かべるシャーリィに釘を刺すリィン。
 強くなるために相手の力を引き出し、自身を追い込むという考えは理解できなくはないが、死んでしまえば意味がない。
 格上を相手に手を抜くような真似はしないが、相手が同じくらいか格下の相手だと分かると、戦いを楽しもうとする傾向がシャーリィにはある。
 四年前の戦い。リィンが能力を制限されている状態でシャーリィに勝てたのも、そうしたシャーリィの悪癖に助けられた点が大きい。最初からシャーリィが油断なく全力で攻めてきていれば、あの頃のリィンでは勝てなかった。戦場で命を落としていた可能性が高いだろう。

「余裕を見せるのは、せめて俺に一度でも勝ってからにしろ」

 そう言われてはシャーリィも何も言い返せず、渋々と言った態度ではあるがリィンの言葉に頷く。
 まだ自分の方がリィンよりも弱いという自覚があるからだ。
 シグムントが『文句があるなら俺に勝ってから言え』というタイプの人間なので、シャーリィも強者の言うことには素直に従う。
 力の伴わない言葉など、戦場では何の価値もない。戦闘力が重視されるのは、猟兵の世界では当然と言えるからだ。

「……やっぱり、あなたの方が彼女より強いのね?」

 シャーリィから話を聞いても、まだ半信半疑だったレイラはリィンにそう尋ねる。
 それも当然だ。シャーリィの強さは明らかに人間の限界を超えている。
 人の姿をした怪異だと言われても、驚かないほどの強さをしていたのだ。
 そのシャーリィよりも遥かに強いと言われても、簡単に信じられないのは無理もないだろう。

「少なくとも、まだ一度も負けたことはないな」

 はっきりとそう答えるリィンと文句一つ言わないシャーリィを見て、嘘では無いと悟ったレイラは小さく吹き出す。
 そして、声を上げて笑う母親の姿に戸惑うアスカ。

「降参よ。でも、私もこのままで終わるつもりはないから。それに――」
「……ママ?」
「この子の才能は私以上よ」

 アスカの頭を撫でながら、そう話すレイラ。ただの親バカで言っているのではないだろう。
 霊力を使えない者であれば低位の怪異でさえ手に負えないと言うのに、この年齢で戦えるというのは規格外と言っていい。
 才能だけなら確かにシャーリィに匹敵するかもしれないと、リィンもアスカの潜在能力を認めていた。

「任せて! ママの仇は私が討つから!」

 アスカも母親に認められてやる気になったようで、挑戦的な目をリィンとシャーリィに向ける。
 そんな娘の態度に「私まだ死んでないんだけど」と、レイラは苦笑を漏らすのであった。


  ◆


「アスカは僕の後を継いで、研究者になるんだよね?」
「ううん。私、ママみたいになる!」

 娘にそう言われたナオフミがショックを受けている頃、リィンたちはヤマオカに呼ばれて彼の研究室を訪ねていた。

「キミたちに依頼した実験だが、こちらが想定している以上の成果をだすことが出来た。まずは礼を言わせて欲しい」

 そう言って、リィンたちに感謝を伝えるべく深々と頭を下げるヤマオカ。
 機材の故障などのトラブルもあったが、シャーリィがレイラの力を限界以上に引き出してくれたことで、ソウルデヴァイスの実験と言う意味では大成功と言っていい結果をだすことが出来た。
 これで異界の研究は、更に前進することになる。開発中のソウルデヴァイス専用のアプリも、これでようやく完成するだろう。
 それに対する素直な感謝の気持ちだった。

「そういう契約だしな。礼はいい。それよりも――」

 リィンが何を言おうとしているのかを察し、ヤマオカは手元の端末を操作する。
 すると奥の壁が左右に開き、透明なガラスの向こうに実験室と思しき隠し部屋が姿を現す。
 大小様々な機材が並ぶ中、その中央に設置された台座に目的≠フものがあった。
 この世界へリィンがやってきた目的。ずっと探していた養父の形見。ルトガーのブレードライフルだ。

「やはり、この武器がキミたちの探していたもので間違いはなさそうだね」
「ああ、これを何処で?」
「確か、杜宮市内の公園だったかな? ゾディアックが回収して、この研究所に持ち込んだのが二週間前と言ったところだ」

 詳しくはセイジュウロウに確認を取って欲しいとヤマオカに言われ、リィンは前から感じていた違和感を確信に変える。
 武器について知っていそうな人物に心当たりがあると言っていたが、この研究所に目的の武器があることを最初からセイジュウロウは知っていたのだろう。
 嘘は吐いていないが、本当のことも話していない。
 さすがに一筋縄で行く相手ではないな、とリィンは溜め息を吐く。

「この武器は返してもらうが、構わないな?」
「正直に言えば少し惜しいが、キミたちがその気なら抵抗しても無駄だろうからね」

 奪おうと思えば、簡単に奪えるだけの力をリィンたちが持っていると言うことは既に確認した。
 ならば下手にごねるよりは素直に渡して恩を売った方が利口だと、ヤマオカは考えていた。
 リィンたちを敵に回すくらいなら、せめて協力を得られるくらいには良好な関係を築いておきたい。
 それが、ヤマオカのだした答えだった。

「それに八割方、解析は終わっているからね」
「へえ……」

 調査のために持ち込まれたのであれば、解析くらいは試みているだろうと思っていただけに特に驚きはない。
 しかし、異世界の武器――それもゼムリアストーンを用いたブレードライフルを完全ではないとはいえ、解析して見せたネメシスの技術力にリィンは感心させられる。

「技術的に参考となる点は幾つかあったが、そもそも普通の人間に扱えるような重量の武器ではないからね。仮に同じような武器を造ったところで、使いこなせる人間がいるかどうか……」

 それもそうか、とヤマオカの話にリィンは納得する。
 形見のブレードライフルはリィンが使っているものと同様、オーソドックスな片手剣タイプのものだが、それでも結構な重量がある。片手で振り回せるような人間など、そうはいない。そもそも同じサイズの剣と比べれば明らかに重すぎて取り回しが悪いし、銃の性能も専用のライフルには及ばない。
 猟兵でさえ、基本的にはライフルとは別に近接武器を使い分ける者が大半だ。
 こんな武器を使うのは、武器に振り回されないだけの自信がある凄腕の猟兵か、変わり者くらいだった。

「一番、興味を惹かれたのは武器に使われている材質だが、こちらに関しては迷宮で時折発見される鉱物に近い性質を持つという以外はよく分からなかった」

 ゼムリアストーンのことを言っているのだと察するリィン。
 迷宮で発見されるという鉱物に少し興味はあるが、恐らく七耀石のようなものだろうと想像は付く。

「出来れば今後も研究に協力してもらえれば……と思っていたのだが、少し難しいか。ならせめて、レイラくんと戦っていた時に使っていた武器を見せてもらっても構わないかな?」

 リィンの態度から技術的な協力は得られないと察して、妥協案を提示するヤマオカ。
 恐らくは最初からそっちが狙いだったのだろうとリィンは察するが、あれだけ激しい戦闘をしたのだから既にある程度のデータは取られてしまっているはずだ。
 それならば、とシャーリィに確認を取るようにリィンは視線を向ける。

「構わないか?」
「うん。そのくらい別にいいよ。エマ、お願い」

 シャーリィに頼まれ一つ小さな溜め息を吐くと、手に持った杖を掲げて魔術を発動するエマ。
 すると、空中に展開された魔法陣から〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉が落ちてくる。
 それを床に落ちる前に両手で受け止めるシャーリィ。
 一度目にしているとはいえ、エマの魔術の腕にヤマオカは驚かされる。

「さっきも実験の前に使っていたが、それは召喚の魔術かね?」
「え、はい。それが分かるってことは、この世界にも同じような魔術があるのですか?」
「キミほどの使い手はそうはいないが、ネメシスはそもそも魔術結社を前身とする組織だからね」
「ああ、なるほど……」

 ヤマオカの話を聞いて、それならば魔術に詳しいのも頷けるとエマは納得する。
 人を転位させる魔術と比べれば、物を召喚する魔術は簡単な方に入るが、それでも誰にでも使えるようなものではない。
 エマのように触媒もなしに杖だけで魔術を行使できる使い手は、ネメシスは勿論のこと聖霊教会にも少ない。
 なかにはエマと同じか、それ以上の魔術を使える者がいない訳ではないが、そういうのは本当に一握りの人間だ。
 この世界の魔術師と呼ばれる術者たちの平均的な力量を知るが故に、ヤマオカがエマの腕に感心するのも無理はなかった。

「これも、あれと同じタイプの武器なのかね?」
「分類上はそうなるな。シャーリィの〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉は、かなり特殊だが……」

 シャーリィのものはライフルとしての機能以外にも、火炎放射やチェーンソーと言った凶悪なギミックが仕掛けられている特殊な武器だ。
 その複雑な機構の所為もあって、一般人であれば大人でも一人では持ち上げられないほどの重量がある。
 分類上はブレードライフルと言うことになっているが、完全に別物の武器と考えた方が良い代物だった。
 ヤマオカに武器のことを説明しながら、ふとリィンは疑問に思ったことをシャーリィに尋ねる。

「普通に使ってたから気付かなかったが、なんでこの武器≠ェここにある?」
「……? どういうこと?」
「こっちの世界へ来る前に派手な技を使って、ぶっ壊してなかったか?」

 リィンが何を言っているのかを理解して「ああ!」と納得した様子で声を上げるシャーリィ。
 紅き終焉の魔王と戦った時のことだ。その時に奥の手とも言える技を使って〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉は壊れたはずなのだ。
 なのに、それがどうしてここにあるのかとリィンが疑問を抱くのは当然だった。

「直ってないよ?」
「……は?」
「取り敢えず使えるようにカタチだけは組み立てたけど、クォーツが欠けてて火炎放射は使えないし、銃身が歪んでて弾も撃てない。チェーンソーも動かないんだよね」

 そう言われてレイラとの戦いの中でも、その手のギミックは一切使っていなかったことをリィンは思い出す。
 ゼムリアストーンで作られた本体は無事だったが、内部の仕掛けは無事では済まなかったのだろう。
 しかし、

(やっぱり、シャーリィはシャーリィだった……)

 殺傷力の高い攻撃を使っていなかったのは、実戦ではなく模擬戦だからだと思っていたのだ。
 ようやくシャーリィも手加減を覚えてきたかと感心していただけに、真実を知ったリィンの落胆は大きかった。

「あ、そうだ。ここって研究所なんだよね? 直せないかな?」

 リィンが肩を落としている横でシャーリィにそう尋ねられ、ヤマオカは顎に手を当てながら逡巡する。
 そして、

「完全に元通りにとは行かないと思うが、それでも構わないのなら……」

 シャーリィの質問に対して、ヤマオカはそう答える。
 ヤマオカにしても〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉の修理に関われると言うことは、貴重な研究データを得る重要な機会だ。
 そうした打算があってのことだと言うのは、明らかなのだが――

「リィン……」

 シャーリィに物欲しそうな顔で見詰められ、微妙にたじろぐリィン。
 元より〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉はシャーリィの得物だ。持ち主のシャーリィが納得しているのであれば、リィンにとやかく言う権利はない。それに自分の得物を可能な限り万全な状態にしておきたいと考えるのは、猟兵であれば当たり前のことだ。仮に使える武器が手元にない状態ならシャーリィと同じ決断をしただろうことを考えると、リィンもダメだと強く言うことは出来なかった。
 仕方がないと頭を掻くと、リィンはヤマオカに条件≠付ける。

「期限は一週間、それ以上は待てない。あと迷宮の攻略と異界に関する資料の閲覧を許可してくれるなら、俺たちに分かる範囲でだが修理に必要な情報も提供しよう」

 リィンのだしてきた条件に、少し渋い顔を見せるヤマオカ。
 しかし、メリットとデメリットを瞬時に比較して、自身が最良だと思う答えをだす。

「……分かった。さすがに重要機密までは開示できないが、それでよければ研究所で使えるIDを渡そう。迷宮の攻略はネメシスの人間を同行させてもらえるのであれば許可すると言うのでは、どうだろうか?」
「まあ、そんなところか。だが迷宮に同行する人間は、自分の身くらいは自分で守れる程度の奴を用意してくれ。お守りは勘弁だからな」
「それは勿論だ」
「なら、交渉成立だ。しばらく、よろしく頼む」

 そう言ってリィンの差し出した手を、ヤマオカは小さく苦笑しながら握り返すのであった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.