短編『異聞・扶桑海事変』
(ドラえもん×多重クロス)



――扶桑海事変は最終決戦へ近づいていた。工廠では新兵器が続々と開発段階に入っていた。特に機甲戦力の数量・質の不足ぶりは三羽烏の手により、陛下に上奏され、陛下は陸軍参謀総長などを、朝っぱらから呼びつけて激昂した。

「いたいけな女子を無為無策で死なせ、多くの兵を失った責任は君たちにある!」

がなりたてる陛下。側近らのなだめもほぼ効果なく、杉山元参謀総長(史実より早く参謀総長についた)は言い訳せず、『陛下のお怒り御尤も。私の権限を以て、砲兵力、機甲戦力の改善を指示させます故、平にご容赦を。この杉山の軍人生命をかけてお約束いたします』と明言し、その通りに、兵器や砲弾・銃弾製造設備を大拡充しつつ、既存施設をフル稼働させて砲弾・銃弾の生産数を戦前比5倍相当に引き上げた。更に海軍との航空燃料やリソース統合も行われ、エンジンやネジ、電機類の規格などが陸海共通になったため、航空機生産数も倍以上に進展した。ただしこの時は、操縦系の規格についてだけは現場の反対があり、見送られた。海軍も大神海軍工廠の工事を急がせる一方、新鋭空母『蒼龍』『飛龍』に試作段階の『十二試艦上戦闘機』、『十一試艦上爆撃機』、『十試艦上攻撃機』を実地試験の名目で配備させ、陸上基地にも試作機を送り込んだ。これらは本来なら仕様策定途中の機体群だったが、黒江が詳細な設計データと軍の要求仕様を意図的に宮菱などに流した結果、早期製作が叶ったのだ。中には根本的にエンジン母体や寸法が違うようになったエンジンがある。史実で『プラット&ホイットニーR-1690 ホーネット』が母体であった金星発動機は『ライト R-1820』母体となり、試験的に数機の艦戦・艦爆・艦攻・陸上攻撃機などにに積まれた。


――ウラジオストク 前線基地

「こりゃすげえな。本当に積んじまったのか、ライトR-1820……」

「黒江ちゃん、やりすぎ。エンジンベースまで変わってるじゃん」

「メーカーが勝手にやりやがっただけだ。確かに過給器搭載が望ましいとは書いたが、『将来的』にって注釈つけといたんだよ!まさかマジでやらかすとは……宮藤の親父さんは何しやがったんだ!?」


零戦本来の精悍なシルエットからは離れた『頭でっかち』な機体があった。『十二試艦上戦闘機三型』との名を与えられた、零戦ベースの改造機である。機銃は黒江の現地改造にヒントを得て試作された『試製九九式二号二〇ミリ機銃』二門、13.2mm機銃二門に変えられており、史実五二型後期相当の武装と防弾装備を備えていた。これはエンジンパワーに余裕がある故だが、この当時の搭乗員には受けないこと間違いなしの『ツッコミがいいだけの鈍亀』(後の五二型甲程度の旋回性能だが)という評判から、後の記録では『扶桑海事変には数個の個体が使われたに過ぎないが、後の紫電や雷電などの重戦達の礎になった』とされ、紫電系や雷電、烈風に影響を与えたとされる。この機体を目の当たりにした黒江は開口一番、唖然としてしまい、圭子に突っ込まれた。

「やあ、君がウチへレポートを出してくれた将校かね」

「!(え!?ま、マジで宮藤の親父さん!?若っ!?)み、宮藤博士!?」

「確かに私が宮藤だ。現地確認のために、社から技師たち共々派遣されたのだ」

「ど、どうも」

(まさか存命中の親父さんに会うとは……戻ったら宮藤のやつに話してやるかな。でも、この声、どう聞いても装甲騎兵ボトムズの主人公だよなぁ)

宮藤博士は史実での堀越二郎博士のポジションを担っている存在でもあり、この世界での宮菱系戦闘機の多くは彼が行方不明になるまでに残したアイデアを元に、腹心の曽根嘉年技師がまとめ上げ、宮藤博士の作として送り出すものだ。

「君のレポートのおかげで過給器付きエンジン購入の大義名分が立った。この戦闘機は私の理想からは少しばかり離れているが、時勢がかつてのような軽戦闘機万能でなくなりある以上はこれが最適解だろう」

「メッサーシャルフをご存知なので?」

「本国で既に解析が進められているからね。川滝では液冷エンジンを積み込む新型機を計画しているとも聞く」

「なるほど……(飛燕だな。あれ、未来世界の連中から酷評されてるんだよなぁ、あれ)」

黒江は後々の出来事との帳尻合わせと言える、宮藤博士の一言に頷きつつも、後々に未来世界の連中に『鈍重な戦闘機だから、生産中止!即刻、空冷型に全生産ラインを切り替えろ』と酷評され、現場でも不具合が多い事もあり、同社のエンジン部門や生産工場の感情なしで、空冷型である五式の全力生産(それが川滝の一部がクーデターに加担する要因ともなるが)が決議されたという結末を迎えることを考え、なんとも言えない気持ちになるのであった。

「あの、防弾装備はどうなされたのですか?」

「元々、この機体は防弾鋼板を積むように設計しなかったから苦心したよ。栄や瑞星では重量にエンジンパワーが追いつかず、性能低下が起きるから、設計を変えた金星を積むしかなかった。それでも防弾鋼板を貼り付けられないから、複層アクリル板を各所に取り付け、防弾ガラスを開発して積んである。燃料タンクも自動消火装置を取り付けたかったが、小型化が間に合わなくてね」

零戦が最新鋭機の時代、航空機に防弾鋼板を取り付ける考えは扶桑海軍にはなかった(陸軍はこの事変の戦訓で方針転換)。だが、後のティターンズの台頭で一気に重戦闘機に傾倒、零戦後継機の烈風でさえも重戦闘機化が進んだ設計であった。零戦が彼の亡き後に泥縄的に防弾が取り入れられていく事を考えれば、この試作機は先進的と言えた。ただし、軽戦闘機重視であった時勢ゆえ、扶桑海軍の理解はこの当時には得られず、再評価は栄搭載型の改良が限界に達した44年を待つ必要ががあった。他にも、ブリタニア最新鋭のハーキュリーズベースの空冷エンジンを積む機体が試作されたが、当時の軍部が製造工程の複雑化に難色を示したために、これも却下。結局、その後の歴史においては、リベリオン系の空冷エンジンベースのエンジンが主流を占め、1945年を過ぎると、ジェットエンジン時代に移行したため、ブリタニア系空冷エンジンは少数機に積まれるのみに終わった(過給器関連の配置は参考にされた)。




「制式採用されますかね?」

「無理だな。軍のお偉方は90式以来、軽快な動きで敵を抑えることに傾倒している。コイツは搭乗員への受けも悪いだろうからね」

それは宮藤博士の発した皮肉であった。世界で重戦闘機が持て囃されるようになった時勢にも関わらず、軽戦闘機を信仰する上層部、それに追従する搭乗員らへの。黒江はこの邂逅での事を後々、坂本へ告げ、1944年から45年にかけて問題児化していた坂本が矯正するきっかけを作ることになる……。(青年期の坂本は武士道にかぶれていたため、それが周囲との衝突の原因でもあった。宮藤博士の真意を知ってからは改善されてゆく)




――同時刻 

「あれ?新型戦車?もう完成させたのね」

智子はウラジオストク基地に集積された新兵器の中に、史実で一式中戦車と呼ばれる事になる車両が混じっている事に気がついた。戦局の切迫で急遽、緊急で生産された試作車両であると技官から説明を受けたが、カールスラントがこの後に続々登場させる車両群に比すれば、玩具同然の性能だ。

「九七式が物の役に立たないことに顔面蒼白になった上が急遽、試作させた車両です。九七式より全ての性能で上です」

「全て、ねぇ」

智子は既にチヘのスペックを存じているため、技官の説明を「どんぐりの背比べ」と考えていた。実際、この世界では作られなかった『新砲塔チハ』よりは防御力に優れるが、所詮はチハの小改良にすぎない程度で、すぐに更なる改良型のチヌ車、根本的に新型のチト車、チリ車へ取って代わられた事からも戦力価値はその程度であったと分かる。

「この戦車がもっと早くあれば、緒戦で負け続けるなんて事はなかったんですが……」

「あれはスポンジだもの。カールスラントじゃ、88ミリ砲積む化けもんが作られ始めたそうよ」

「は、88ミリぃ!?」

技官にビックリ情報をわざと流す智子。当時、88ミリ砲を積む重戦車のティーガーは計画にも挙がってもいない。だが、ネウロイ侵攻の阻止のために、ここより2年後の40年頃に緊急量産され、名を馳せるからだ。この情報流しは扶桑陸軍の危機意識を爆発的に増大させる効果を生み、扶桑陸軍が急激に戦車をMBT化させられる上での土台作りに貢献したのであった。

「参ったな……試作砲戦車で75ミリ砲だってのに……海の向こうじゃ88ミリなんて……」

この技官は多大なショックを受け、機甲部隊整備の必要性を改めて痛感した。智子から容易に分かるほどに顔面蒼白になっている。

(これでチヌは数年早まるかな)

と、考える智子だが、そうは問屋が卸さないのが世の常。騎兵の活躍を夢見る騎兵閥の妨害により、チヌの登場は戦車で史実比一年ほどの速さに留まり、ストライカーに至っては頓挫寸前に陥る。その報いはティターンズの登場でなされ、騎兵閥の発言力はそれを期に縮小していくのである。





――扶桑海事変の最終決戦準備は決して万端では無く、戦艦加賀と土佐(加賀は後に、根本的に新型である大和型の増備と、烈風以上を多数機発艦が可能な大型空母の不足で、史実同様に、正規空母化が検討される)がドック入り中であるという不幸があり、紀伊型戦艦の半数を臨時で第一艦隊第一戦隊に配属させるなどの措置を講じ、前倒しで朝潮型駆逐艦の次段階『陽炎型駆逐艦』を緊急建艦する、阿賀野型巡洋艦の建艦、雲龍型航空母艦の計画を増大などの対策を取ったが、扶桑海事変に間に合った大型水上戦闘艦は皆無であり、戦局に寄与したのは航空戦力と機甲戦力のみであった。カールスラントから50両のV号戦車が届けられたが、戦線配備は20両のみとなるなどの派閥抗争も見られた。最終決戦前の御前会議に江藤敏子・北郷章香以下も六四戦隊が列席したのだが、ここで江藤敏子も驚愕の事件が起こる。


―― 本土 東京 御前会議

「殿下。このような小娘の戯言を信ずるおつもりで?殿下ともあろうお方が、こんな航空士官学校を出たての少尉分際の立てた作戦を承認されるので?」

軍の派閥『皇道派』の重鎮である軍令部次長『堀井』海軍大将は武子が立案した作戦案を聞くまでもなく、立案書をライターで燃やしてしまう。そして、こう言い放った。

「貴官は頭がド低脳なようだな。奴等は海を渡れんのだ。そんな杞憂を考えて何になると言うのだ?」

「言葉が過ぎるぞ、堀井!」

あからさまにバカに仕切った態度で『ド低脳』と武子を断じる彼。同席していた軍令部総長『伏見宮』親王も不快感を露わにする。

「だいたい、御前会議の場に少尉なんぞ、ケツの青い新米の案を審議にかけるのが場違いなのだ。これだから陸ガッパの脳筋は……」

と、陸軍を平然と脳筋とまで言い放つ、この大将は皇道派に属しているとはいえ、海軍主体での再編を目論んでおり、陸軍を侮蔑していた。だが、その言動は御前会議の場にも関わらず度を越していた。

「次長、トラブルというのは、予想した最悪の斜め上からやって来るものでありますが?」

「君は?」

「ハッ、加東圭子『少佐』であります。」

圭子は皇室に至るまでの根回しで『未来』での階級で御前会議に列席していた。軍服も佐官として相応しい見た目になっており、この時期の武子とは一線を画していた。

「君かね?あんな馬鹿げた案を出すのを承認したのは?」

「検討に値する案と、小官は判断しました。閣下はどうも楽観的に物事をお考えになられるようですな」

「なんだと?」

「奴等の一団が既に、ウラジオめがけて進軍中と、部下より報告が入っております。ウラジオの防衛線はまだ盤石とは言えない以上、戦線が一つでも突破されれば、我が国は大陸領を完全放棄に追い込まれるのは必定。しかも、空から爆撃機型や超大型が進軍を開始したとも報告されております。閣下はこれでもまだ何ら対策をお打ちになられないので?それに、ろくろく見もしない作戦案を具体的な指摘もなく、“馬鹿げた”と言えるのは未来をも知っておられる全知を誇っていらっしゃるのか、単なる尊大なだけの阿呆か、どちらなのでしょうね?」

「小娘め、言わせておけば!!」

圭子は煽る。堀井は顔を紅潮させ、軍令部次長に相応しくない態度を見せ始めている。

「内親王殿下、このような戯言をお聞きになられるのはお体によろしくありません。さっさと解散いたしましょうぞ」

「黙れ、この不忠者めが!」

「次長の職にありながら、目に余る態度だぞ!」

宮内大臣、国務大臣、総理大臣などが次々に怒鳴り始め、御前会議は子供の喧嘩の如き様相を呈し始める。

「黙れ、このノータリン共めが!陸ガッパのノータリンはウラル以下、神君信長公以来、辛苦を賭して得た領土を守護できずじまいだ!何が『怪異などは数ヶ月で屈服させてご覧に入れましょう』だ!ボケナスめ!此度の失敗の責任は陸にあると言っていい!」

「そちらこそ黙れ!!今日まで戦線を支えたのは、陸軍将兵なのだぞ!」

杉山参謀総長がいきり立って怒鳴り始め、会議はもはや子供の喧嘩であった。内親王は呆れつつも調停に動くが、武子に作戦案を問うべく、口を開いた瞬間だった。凶弾が内親王を貫いた。

「内親王は御乱心なされたようだ!」

「貴様!」

「杉山、貴様こそ、我が国への反逆者だ!」

南部十四年式拳銃が一瞬のうちに、その場にいた高官らを撃ち倒す。それを合図に、近衛師団所属の大隊が乱入し、会議場を占拠する。

「貴様ら、これが目的だったのか……!」

「そうだ。我々は昭和維新を断行し、陛下の親政でこの国を立て直すのだ!」

と、史実二大クーデターの帳尻合わせとも言うべきお題目を掲げ、クーデターを宣言する堀井。だが、その直後だった。体調不良を理由に出席していなかった天皇陛下が到着し、開口一番、怒鳴った。

「これはどういう事だ、堀井!」

「これはこれは陛下……」

「うぬの行い、朕は既に存じておる!!なんという不忠者め!黒江少佐、朕が勅を降す!直ちにこの不埒な悪党どもを成敗せよ!」

「なっ!?」

「ハッ、お任せあれ、陛下」

と、陛下に随行していた黒江は、太時代的なお許しを得、クーデター軍を皆殺しにかかった。その手には、コルトガバメントが二丁握られていた。俗にいう『ガン=カタ』である。

「ヒガシ、みんなを退避させろ!私が時間を稼ぐ!」

黒江はのび太から教わっていた『ガン=カタ』をここで初披露し、兵士を次々となぎ倒す。コルトガバメントは1911年採用であり、この時代には『最も入手がし易いオートマチック拳銃』であった。弾も黒江のこの当時の給金で買える値段であるため、事象発生直後から少しづつ買っており、その備蓄を今、消費していた。

「フッ!」

この当時において、ガン=カタは常識はずれの戦法であり、江藤や北郷を始めとする殆どの面々が「銃で刀持ちに正面から接近する奴がいるか!?」と悲鳴を上げるが、黒江は『後々』に彼女自身が会得する技能の片鱗が開花しつつあるのもあり、不思議に兵士が乱射する三八式歩兵銃、南部十四年式拳銃の銃弾は弾丸自体が黒江を『回避』しているかのような様相を呈する。コルトガバメントが二丁で火を吹き、複数の敵を一瞬でなぎ倒す一方、魂の影響で潜在能力が発揮され、肉体の能力値が未来での身体能力値となっている都合、一瞬で死角に回りこむことが容易になっている事で、『銃口の向きから弾道を察知し死角から攻撃する』ガン=カタに必須の技能が最大限に活かせるという相乗効果で、一瞬で大隊の内、30人が眉間なり、心臓を撃ち抜かれて死亡する。

「な、何なんですか、あの戦い方!?じ、銃で接近戦を行うなんて?!」

御前会議の当初予定で発言予定があったため、北郷に同席していた坂本が驚愕しきった表情で圭子に問う。圭子は悩んだ。ガン=カタはそもそも、『21世紀初頭のアクション映画で考えられた、設定上の戦法』。要は架空のモノだ。だが、未来世界にはのび太を始めとして、実際に『再現し、身につけた』超人が幾人もおり、地球連邦軍が23世紀初頭の人手不足で採用し、遂に現実の物となったが、そんな複雑な経緯なため、説明がややこしい。

「う〜ん。よ、要するに世界は『広い』って事!分かった?」

「は、はぁ……」

圭子にしては、かなりいい加減な説明だったが、現状、そうとしか言えない。圭子自身も、未来世界で身につけた『空手』などで敵をなぎ倒していく。銃がない都合が大きかったが、案外、様になっていた。徒手空拳を用い、相手にラッシュを与えるその様は、坂本の後ろに隠れている幼少期の竹井にあらぬ影響を与えたとか。

「ドラァ――ッ!ドララララララ……ドラァ!」

事象が起きる直前、シャーリーから借りて読んでいた漫画の主人公を連想させるラッシュの掛け声なため、黒江には後で爆笑されるなと、心の中で肩を落とすが、純粋に憧れの目で坂本や竹井は見ているため、複雑な気持ちだった。



――二人の活躍でクーデター軍兵士は『千切っては投げ〜」の要領で倒れていく。これはロンド・ベル隊に籍を置くことで、常人を超越するレベルの戦闘力に達した表れであった。

「お、おい!加東!お前、いつの間にそんな強くなったんだ!?」

「言ったでしょ、隊長。色々あったって。ドラァ!」

圭子はそう返事しつつ、相手の局部を蹴り上げ、悶絶させる。ラッシュで顔の骨を折られたり、全身への打撃で動けなくなって気絶したもの、「お母ちゃん〜!」、「おっ母〜!」と、これまた情けない悲鳴をあげて大泣きしているもの、局部を蹴られて泡を吹いている者と、十人十色だった。



江藤も流石に、圭子の大暴れぶりに突っ込みたくなったらしい。圭子は元来、ナイフ術と狙撃で定評があったが、ウィッチは徒手空拳の訓練は必須事項では無いため、芳佳がそうであるように、腕っぷしに関しては、士官学校時代に多少は訓練を受けている程度の素人だった。だが、今の圭子は『1945年の加東圭子』である。『地球連邦軍で格闘術をばっちり訓練され、個人的に光戦隊マスクマンや五星戦隊ダイレンジャーや、ガンダムファイターと親しい』という、濃厚すぎる体験を経た後であるため、もはや、扶桑陸軍の兵士が束になってもパンチ一つ通せないほどに戦闘力に大きな差があった。

「北郷さんと隊長は、坂本たちを連れて、智子の待ってる外へ!あの子が手引きして、ジープを回してます!ここは私と綾香でどうにかします!」

「わ、分かった!」

江藤は北郷とアイコンタクトし、坂本らを連れて、外へ逃げる。兵士は既にこの時、死亡者は200人、怪我人は40人を数えていた。陛下直々の勅で、兵士を殺しても罪に問われない『お墨付き』をもらったため、黒江と圭子は水を得た魚のように、情け容赦なく兵士をなぎ倒していく。

「おっと、弾切れか。なら、こっちも行くか!オラァ!」

黒江のほうが圭子よりも長身である都合上、格闘戦におけるリーチが長い。銃をしまい、徒手空拳に戦法を切り替え、とにかく殴りまくる。



「オラオラオラオラオラオラ!オラァ!」


兵士の顔面を『とても見れたものではない』ものへ変えていくパンチのラッシュ。二人のパワーであれば、充分に『撲殺』可能なので、瞬く間に虫の息へ変えていく。

「ひ、ヒィィィイイ………化物だぁああああ!」

兵士の若手たちの一部の臆病者らが銃を捨てて、一目散に逃げていく。お約束通り、将校らに射殺されるセット付きだ。

「……どのうちテメーらはお上の裁可で、処刑確実だが、その前に『死より恐ろしい苦痛』を与えてやる!!」

黒江は怒りが完全に爆発し、将校の一人に無我夢中で『手刀』を見舞った。だが、この手刀は本人も予想外の威力を見せ、なんと、その将校の体の一部を綺麗さっぱり『斬り裂いた』。

「……なぁ!?な、なんじゃこりゃあああああ!?」

黒江自身も、某刑事ドラマで殉職した刑事さながらの驚きっぷりだ。これは彼女の体に眠る『小宇宙』の才能の一端であり、後に彼女が生涯をかける運命の暗示でもあった。

「く、黒江ちゃん……なんか、体から黄金のオーラ出てるわよ……?」

「ほ、本当だ……」

この時が、黒江に眠る小宇宙が『発現』した瞬間だった。この時はまだそれが、小宇宙とは理解できないが、その後の戦いで小宇宙であると確信し、後に山羊座の黄金聖闘士に任じられる事になる。

「クソ、このままでは不利だ、閣下をお連れし、転進だ!」

クーデター軍は大尉級の指示で堀井を伴って、転進していく。

「少佐、ご苦労であった。」

「ハッ。陛下はどうなされるのです?」

「朕自ら、残りの近衛師団を率いて鎮圧する!皇道派の者共め、生かして返さんぞ!」

陛下は近衛師団を自ら率いての鎮圧を宣言し、息巻く。総理大臣以下が負傷し、指示を出せない状況故の判断だった。陛下は当時、まだ30代後半。後(昭和45年頃)に「あれは若気の至りだった」と告白する事になる、一大決断だった。近衛師団から反乱軍に加わった者が多数出たという未曾有の不祥事もあり、師団長は香月清司中将へ交代し、彼が部下へ指示を通達する役割を演ずる事になり、ここに『扶桑近代史初の陛下、御出陣』という前代未聞の出来事が招来された。飛行64戦隊も前線から呼び出され、その上空援護に駆りだされ、東京に錦の御旗が翻る。陛下指揮下の新鋭戦車『試製チヘ車』『試製ホニ車』を伴った、扶桑軍史初の諸兵科連合となった近衛師団は進撃する。奇しくもその日は1938年の8月15日であった……。



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