短編『異聞・扶桑海事変』
(ドラえもん×多重クロス)



――人の作りしモノは幾多の世界で同じものが造られるうちに、使った人々の思いを吸収し、やがてその集合体として、ある世界のそれに宿り、遂に自らの意志を獲得し、ある時にその意志が実体を持ち、器となったモノと別の存在となるケースがあった。それはウィッチ世界で改大和型となった大和だった。1991年頃に映画撮影に使われた後、退役した戦艦大和。その船体に他世界で坊ノ岬に散った自らと乗員の記憶の集合体のような光が、モスボール保存されている同艦へ降り注ぎ、大和の航海艦橋の中で、思春期の少女の外見の実体を形成し、改大和型の最終的な能力を併せ持つ『存在』が誕生する。それはウィッチ世界の人々が大和を『守護神』と崇め祀る内に起きた奇跡でもあった。『大和』とも呼ぶべき少女は実体を持ちながらも、存在の各付は神格に等しいため、自らの基になった船が生まれる時間軸をも超え、それ以前の過去にも姿を見せていた。ちょうど事変の改変中の黒江が本土で軍令部とやり合ってきた帰りのことだった。

「あの、黒江綾香さんですね?」

「君は……?(なんだ、この感じ……どこかで会っていたような……?)」

黒江は、突如として現れた少女を警戒しつつも、奇妙な感覚を覚えた。デジャヴともいうべき既視感である。その少女の服装は『どこかで見たことがあるような』ほどに軍艦の特徴を備え、服の首元には『菊花紋章』が輝いていた。その少女は微笑みと共に、黒江にあるビジョンを見せる。それは黒江が今後、『彼女にどう関わるかの未来と、宇宙戦艦ヤマトが波動砲を放つビジョンとも言うべきものだった。黒江は一瞬の出来事ながら、ゲッター線に関わったためか、それを理解し、遂には驚愕した。少女の正体が何であるかを悟ったのだ。

「し、信じらんねー……ま、まさか……君は大和……いや『ヤマト』に携わった人々の思念をゲッター線が増幅して生み出した『存在』なのか!?」

「私の事は『大和』と呼んでください。最終的に宇宙戦艦になった未来があっても、元は日本海軍の『軍艦大和』ですから」

『大和』は名を名乗った。宇宙戦艦ヤマトに至るまでの記憶を持つ身であるが、元々の出自を大事にしているとも付け加えた。

「し、しかし……まだこの時代は、君が『生まれる』よりも数年前だぞ?なんで存在できるんだ?」

「この姿を得た時点で、私は元々の『軍艦』とは別個の存在となりました。九十九神とも言うべき存在に。なので、今が軍艦としての私が生まれる時間軸よりも前の時間であっても、存在できるのです」

「なるほどな……」

自分は今や、軍艦としての戦艦大和とは独立した存在となったため、1938年の扶桑に存在できると説明する。別の時間に、『明確な意志を持って干渉する事ができるという』説はドラえもんによって実証され、今まさに自分らが実行している。大和もそうなのか。

「で、どうするつもりだ?時間を超えてまで、『歴史を変えるな』とでも言いに来たのか?」

「いえ、その逆です。あなた方を助けるために姿を見せたのです。貴方がたには、宇宙戦艦になった後にも色々と縁がありましたし、その恩返しです」

大和は戦艦大和の時代以外にも、『宇宙戦艦ヤマト』としての記憶も保有しているようた。未来世界での今後、黒江がヤマトに乗る運命が待ち受けているのが、これで示唆されたわけである。

「そいつはありがたいが……その口ぶりからして、私は宇宙戦艦のほうのヤマトにも乗ることがあるんだな?」

「ええ。それも近いうちに」

「マジかよ……で、一つ聞いていいか?なんで、そういう姿なんだ?まるでPCのブラウザゲームの擬人化キャラだぞ?」

「この姿のほうが怪しまれないからです。コスプレに見えますからね。やろうと思えばまったく別の姿も取れますよ。これでも九十九神ですので」

「お、お!?待て、その姿は……某SF漫画のほうじゃねーか!?声色までバッチリ変わってるし!」

大和はそう言いながら、別の姿を見せる。変身した後は黒髪ロングに、白いドレスを纏う20代前半ほどの成人女性の容姿で、21世紀頃のSF海戦漫画に登場する際の姿と瓜二つであった。しかも幼さを感じさせる先ほどまでと異なり、黒江の未来での部下である、ティアナ・ランスターをちょっと年を取らせたような感じの声色となっている。

「この2つのイメージが強かったのか、どういうわけか備わってたんですよ。この2つの姿への変化」


「その姿だと、まんまア○ペジオだなぁ……。ん?その姿なら使えるのか?ええと、なんだっけ、超重力砲?」

「波動砲なら撃てますけど、あいにく超重力砲は……」

「なんでだ〜!波動砲のほうがエネルギー重点とかの難易度は高いはずだぞ〜!」

「私に言われても……」

困り果てた表情の大和。これについては、宇宙戦艦ヤマトとしての必殺兵器が波動砲であり、幾度と無く活路を開くために使われている故の産物で、大和としてもなんとも言えないからだ。

「言ったでしょ?私は思念やイメージの集合体でもあると。多分、人々が私がSFのような兵器になった場合につけられるモノのイメージが波動砲で統一されていたからだと……」

「確かに。それでどうするんだ?どっちの姿でこの時代にいる?」

「こっちのほうで。こちらのほうが『本来の自分』といえるので」

幼い方の姿が、大和が殆どの場合で辿った儚い生涯の具現化とも言えるらしく、振り返りながら、姿を元に戻す。

「なるほどな。それで、これからどうするんだ?長門や陸奥が同じようになるのを待つのか?それとも武蔵か?」

「武蔵や長門がくるのを待ってはいられませんので、私単独で動きます。察しの通り、戦闘もこなせるので」

そう。神格である大和は自身が辿った艦生で持った全ての武装を召喚し、扱える。主砲も最終的な最強形態であるショックカノンまでのバリエーションを持ち、波動カートリッジ弾も撃てる大盤振る舞いぶりを見せ、多世界の大和の思念の集合体である事を妙実に示していた。

「五十六のおっちゃん達が見たら腰抜かすぞ、こりゃ……でも、なんて多くの世界の思念がこの世界に集まったんだ?」

「それは恐らく、この世界における私は多くの他の世界と違って、円満な艦生を送れたからだと思います。多くの場合、私は坊ノ岬で沈められますから……」

――そう。多くの場合、戦艦大和は一億総特攻の魁という名目で沖縄へ突っ込み、敢え無く撃沈される運命を辿る。ウィッチ世界のように、史実のアイオワ級のような円満な艦生を送れた例はそれほど多くはない。そのため、その無念さを滲ませた。

「坊ノ岬での無念か。そうだろうな……」

「そうです。せめてこの世界だけは起こしたくはないのです。国の滅亡を。特にこの時の戦いは、選択を間違えれば、滅亡へ一直線ですし」

「だよなぁ。長門は参戦してるはずだから、長門から聞いたのか?」

「長門と尾張からです。90年代には記念艦ですから、双方ともに」

「なるほど。その二つは生き延びるというわけだな?冷戦も」

「はい。」

「そうか、それを聞いて安心したよ。そんじゃな、やることがまだあるんでな」

「あ、待ってください。私もついていきます」

「はぁ!?みんなにどう説明するんだよ。まさかそのまま言えってか?無理だぞ、いくらなんでも」

「現地でスカウトした私設秘書という事で。それなら違和感ありませんよ」

「う〜ん……」

黒江はしばし考えた後、秘書が欲しかった事もあり、大和の提案を受け入れる事にし、黒江が元々、向かうつもりだった長島飛行機の支社に行き、そこで次期戦闘機の構想を抱いていた小山悌技師へ、キ44-U、キ84系の設計概念とおおよその姿を描いた絵(実機、ストライカーの双方)を渡し、次に発動機部門に行き、この当時には構想段階だった誉の改善設計(どのみち、連邦軍によって生産中止になる運命だが、設計技師たちの悔し涙に同情していたため、多少なりとも改善してやり、花道を用意してやろうと思い、配線レイアウトなどを改善した設計図(黒江は機械に詳しかったのと、その方面を未来でかじったため、書ける)を流した。その帰りに、迎えに来た圭子と智子にも事情を話し、大和を紹介した。これにはさすがの二人も腰を抜かして驚いたが、三人とて、ずっと後の時代以降は大和と同格の存在として存在する未来が待ち受けているのだが、当然ながら、当人達は知る由もない。


――私は後日、大和の他に、同じような存在が現れていないか調査した。この時点で確認できたのは、加賀、瑞鶴、吹雪、長門の四人だった。加賀はこの世界では戦艦として生まれているが、他の世界では空母になっているため、双方の能力を使える事、長門は五十六のおっちゃんの影響か、甘党の10代後半の嬢ちゃん、吹雪は13、4くらいの子供だった。瑞鶴についてはツインテールで、未来世界の手で改装を受けた後の能力を持っていて、ミニサイズのファントム戦闘機を式神のように召喚、行使できる事が判明した。

――天城の士官個室

「今のところ現れていたのは、これだけか」

「何よ、これだけって。もっと感謝してほしいわね。正規空母よ、正規空母!それもジェット使えるのよ、誰かと違って」

「私は空母としては瑞鶴に劣りますが、戦艦としては長門より上位の存在です。どちらでも構いません」

「せっかく生まれ変わったのだから、五十六司令長官に挨拶しておきたいものだが、無理か?」

「あのなー。長門、よく考えてみろ。五十六のおっちゃんはこの時、まだ海軍次官だぞ。連合艦隊司令長官は吉田善吾大将のはずだ」

「え!?そ、そうだったか……。やばい、吉田大将のこと忘れていた。印象が薄かった人だしなぁ」

「お前なぁ……」

巫女装束と小具足にツインテールの外見を持つ瑞鶴が膨れた表情を見せる。未来世界での改装を受けた後が反映されているためか、口調は21世紀以後の女子高生に近かった。加賀は物静かそうではあるが、瑞鶴に比べて、空母としての能力が劣る(足が遅い、艦載機が烈風以前のレシプロ機)のを若干ながら気にしているらしい。長門は18歳前後の黒髪ロングの容姿で、若干筋肉質の体型。縁があった山本五十六大将に会いたがっていて、その前任者の吉田善吾大将を忘れているという、吉田善吾大将が聞いたら号泣ものの発言をズバッと言ってしまう。これに黒江は頭を抱える。

「あのー、中尉。駆逐艦で、なんで私が最初だったんでしょう。雪風ちゃんや島風ちゃんと違って、取り立てて活躍したわけじゃないのに」

「うーむ……。ありえるのは……ほら、お前の艦型、駆逐艦のスタンダードを確立させた形式っていう技術的功績、その跡継ぎの未来世界のほうが白色彗星帝国の本土決戦をくぐり抜けてるから、そっちの功績もあるんじゃね?」

「そ、そういうものですか?」

「なんとも言えないな、今のところ」

駆逐艦はこの時は吹雪一人。後続が出てくれないと隊列が組めないので、黒江は駆逐艦は他の艦が出てきていないため、おおよそ、大和、長門、加賀と瑞鶴の4人で隊列を組ませる事にした。

「出せるとすれば、お前らだけだなぁ。せめて他の奴が来てくれればいいんだが」

「だな。私たちの事はどう説明した?」

「同じように改変しようとしてるダチには真実を言ってあるが、部隊の上官たちには言ってない。この時代、仮想戦記があるわけでもないから、艦魂とかの類を理解させらんねーし」

「確かに。せめて陸奥が来ればいいんだが……編成が楽になる」

「うーん……あいつが来たら第三砲塔が危ないしなぁ……知ってんだろ?」

「扶桑型から話は聞いているが、いくらなんでもそれはないだろうが…うーん」

長門としても、陸奥の最期は流石に庇いきれないようで、唸ってしまう。

「宇宙戦艦のほうはいるのか?」

「長門、お前はマゼラン級戦艦が引退した後に主力戦艦級がいるぞ。陸奥は……うん、いない。縁起悪いし」

「や、やはりそうか……。横須賀では人気だというのになぁ、陸奥は。と、なると私はショックカノン使えるわけか。これで思う存分に撃てるというものだ」

「おいおい、いきりたつなって。お前らの参戦はよほどのことじゃないとない。次の海戦には、今の時点での連合艦隊の主力がまるごと参陣するはずだしな。それにネウロイは空から来るんであって、海からこないぞ」

「な、ナヌ!?」

「だから、本音としては秋月型駆逐艦に来てもらいたいんだよ、私は。吹雪の能力は対艦船向けであって、宇宙艦としても対空戦闘に不向きだし」

「そうですねぇ。私もその気になればコスモタイガーを使えますが、長門さんは艦載機積めない設計の艦隊戦用の宇宙戦艦ですし」

「ぐ、ぐぬぬ……!」

この時のメンバーは全員が宇宙艦としての艦生の記憶も持つ故、宇宙戦艦時代の事も混じる。宇宙戦艦としての能力も考慮に入れると、大和を筆頭になるのは仕方がない。長門は宇宙戦艦としての能力は量産型の一隻なので、乗員込み含め、ワンオフ高性能艦の大和には及ばない。そこが艦隊を率いたい長門の泣き所であった。

「お、そろそろ定期パトロールだ。いってくる」

黒江は哨戒任務のため、格納庫に向かう。彼女達は留守番であるため、それぞれ、秘書なり、格納庫で出撃前のウィッチ達と会話をする、艦内一周でトレーニングを積むなどして過ごす。瑞鶴は快活さ故、服装を整備員のそれに変えたりして、ウィッチ達と普通に会話をする。

「え?新型機の能力ってそんな感じなの?」

「そそ。だから、今にもっと早く飛べるようになるから、それへの愚痴は我慢しなさいな」

「ありがと、それじゃ行ってくるね」

ウィッチーズを帽振れで見送る瑞鶴。誰も彼女がまさか、数年後に竣工するはずの新鋭空母の化身であるとは思わない。自分の出番を待ちつつ、空母ウィッチの無事を祈る瑞鶴であった。



――この時に発進した空母ウィッチの中に坂本、若本、竹井も含まれており、黒江は江藤から『未来での経験を買われ』、編隊の指揮を取っていた。

「各機、敵はいつものラロスだ。落ち着いて、いつも通りにやればいい」

「了解です」

「坂本、北郷さんから言われていると思うが、功を焦って深追いするな。目の前に来た奴を落とせばいい。私達の任務はあくまで民間船の避難の補助というのを忘れるな」

「り、了解」

「それでいい」(江藤隊長が私の指揮能力を見極めるために、海軍含めての指揮やらせてるのは分かってる。だったら見せてやるぜ。伊達にロンド・ベルやS.M.Sの猛者共に揉まれてきたわけじゃねー。圧倒的な勝利ってモノをお見せしますぜ、隊長…!)

「綾香、敵を視認!敵はまだ気づいてないわよ」

「よし、穴拭とフジは敵編隊に突っ込め。横合いから突っ込め。連携を忘れるな。坂本と若本は私に続け。眼下の民間船を護衛する。みんな、相互支援を忘れるな」


黒江は内心で江藤の本心を悟っていた。この時代、扶桑で陸軍将校が海上空中指揮を取った例はないし、その航法もない。江藤が直接、指揮しない要因の一つに、推測航法をまだ江藤自身が習得していないし、母艦や空中指揮管制機による空域への無線誘導という手法もまだ確立されていない事が大きい。だが、黒江にはそのノウハウがばっちりある。それ故、この時代の常識ではありえないほど迅速に戦域へ到着し、戦闘に入る。民間船含めた護送船団の陣容は、当時の連合艦隊が艦隊決戦至上主義ドクトリンに傾倒していたため、護衛艦の陣容は貧弱この上なかった。この時期でさえも旧式化した艦を充ててる始末で、護衛すら満足に果たせないような貧弱ぶりで、防空は殆どウィッチに依存していた。

「若本、あまり船から離れるんじゃねーってんだろ!敵を落とす事は主任務じゃないんだぞ!」

「敵を落とせば船は守れるさ!臆病すぎんだよ、アンタは!」

若本は当時12歳という幼さ故、敵を落とすことを優先してしまった。これは彼女の闘争心と、護衛に対する考えがこの当時の海軍航空隊の考えそのままだった事が要因であった。

「バーロー!守るべき対象をほっぽり出して、何が護衛だ、クソッタレ!!」

黒江は若本の独断専行に憤り、思わず口をついて罵声が出てしまう。これは黒江としては極めて珍しい事だった。案の定、護衛の穴となったところから、敵爆撃機が突っ込み、民間船に至近弾が生じ、傾斜する。その時に手すりに掴まっていた一人の幼い少女が投げ出されてしまう。

「あ、言わんこっちゃない!若本のヤロー、後で修正だな」

黒江はこれに気づき、すぐさま駆けつけ、海中に沈む寸前で救出する。片手間にちゃんとラロス(1930年代後半時のネウロイ軍の主力種。この当時はまだビーム攻撃はしてこない)を撃墜しながら。

「……あれぇ?」

「ふう。もう大丈夫だ。手すりからあまり体を乗り出すんじゃねーぞ」

「うん、ありがとー、ウィッチのおねーちゃん〜」

と、落ちた子供を助け、貨客船のプロムナードデッキまで運んで下ろす。駆けつけた母親は号泣し、頭をペコペコ下げながら礼を言っている。黒江は長年の経験から、こういう場合の身の振り方は慣れている。まずは子供の頭を撫でながら、子供へ軽く微笑む。次いで、母親と二、三事ほど会話をし、戦闘に戻る。黒江当人は後に知るが、この子供が後々の飛行審査部時代に、自らへのいじめの首謀者であったウィッチの一人の実の妹であり、それが黒江へのいじめが終息に向かうきっかけを作るという、運命の悪戯のような出来事が起こるのだが、それはまた未来の話。

「すみません、中尉。徹子は喧嘩っ早い性格なので……」

「あいつの意気込みは買うが、民間船を危険に晒してまで撃墜スコアにこだわる必要はない。分かるか?坂本」

「は、はい」

「この戦闘が終わったら、若本をこってりとシメてならんとな。穴拭、そっちはどうだ?」

「こっちは極めて快調。ルーチンワークみたいなもんよ」

「そうか。ならいい。船団を無傷で行かせろよ。こっちは若本がポカやらかしやがったから、終わったら船長に詫びを入れにいかないと。野郎、血の気が多いやつだ」

「スイッチ入ったら、妖怪首おいてけになるアンタも人のこと言えるの?」

「うっ……スイッチ入れるタイミングはわきまえているつもりなんだがなぁ」

黒江は黒江で、戦闘民族たる薩摩人の血が騒ぐと、敵中突破を平然と実行し、大将首を挙げる事に執着するようになる、かの島津豊久のような『狂奔』の気質が目覚める。こうなると完全に『妖怪首おいてけ』状態となり、理性よりも戦闘本能が優先される。その状態は任意でスイッチを『入れられる』と自負するが、感情が昂ったりすると、その片鱗が見え隠れする。未来世界に行ってからはそれが顕著になっており、彼女自身の諢名の由来を自分で生み出したと言ってよかった。

「まっ、それは置いといて。武子に言って、帰ったら始末書用意させとくわ」

「頼む」

戦闘は三羽烏の圧倒的な強さに敵う敵機はおらず、ものの14分ほどで制圧された。

「船長に侘び入れに行くぞ、若本も来い」

「う、ウス」

黒江は若本を連れて行き、貨客船のブリッジに入り、船長以下の船員に詫びを入れた。船長は人格者であり、若本を責めはしなかった。そのことが若本に命令違反で船と、乗客を危険に晒した事の重大さを悟らせ、彼女はバツの悪い思いで一杯だった。若本も船長に詫びの言葉を述べ、頭を下げた。ブリッジを出ると、先程の子供が『おねーちゃん、ありがと〜!』と手を降っていた。黒江は笑顔で手を振り返してやり、若本に言う。

「なんであの子にお礼言われたか解るか?お前が命令を守ってたなら、お礼言われる様な状況は無かったんだがな?」と

「そ、それは……」

「今回は助けられたからいいが、必ずしも同じ状況になるとは限らない。自分の選択一つが多くの人の運命を左右するかもしれないんだぞ。軍人なら、そのことを頭に入れとけ。決断を迫られる時は必ずあるからな。……必ずな」

言い終える時の黒江の声色は若干哀しげで、自らを自嘲しているようにも取れた。それは未来で教え子を失った悔恨がにじみ出たからかもしれない。若本はその時の黒江の表情や声が印象深かったようで、若本自身が成長するきっかけの一つとなったという。


――その頃の天城

「あーーーー!何してんのよ、夕張!」

「久しぶりね、瑞鶴。まさか貴方も現れてるなんて思わなかったわ。」

瑞鶴は知り合いが整備員に紛れていた事に気づき、部屋に連れ込む。この時代ではありえない、オレンジ色のツナギを着込んだ彼女の正体は夕張型巡洋艦『夕張』であった。

「な、な、なにしてんのよアンタ!」

「見ればわかるでしょ?整備員よ」

「だ・か・ら!どーやって潜り込んだのよ!?」

「普通に偽名使って、軍港から乗り込んでだのよ。それがまさか赤城の姉さんとは思わなかったけど」

「え?赤城さん、いるの!?」

「加賀さんがいる以上、遅かれ早かれ現れるでしょ?貴方の姉さん、そう。翔鶴も近いうちにくるかも」

「翔鶴姉かぁ……大丈夫かなあ?被弾率高いし、宇宙空母になっても。大鳳ほどじゃないけどさ」

「大鳳が来たら泣くわよ、それ」

「あの子と隊列組んだのマリアナ沖海戦の時だけだし、よちよち歩きのまま逝っちゃったから、心残りあるのよね。宇宙空母としては強いんだけど……」

夕張の一言で、今はまだ見ぬ姉を思い出した瑞鶴。姉との日々は苦闘の歴史でもあったが、逆に瑞鶴の誇りでもあった。そして、姉と、妹たる大鳳のことも思い出し、ちょっとセンチメンタルになったのだった。彼女ら艦の化身、艦精(艦の精霊)の事は極秘事項とされ、戦後はそれぞれに縁があり、史実で共に戦った提督らの秘書官のような形で職を得、暮らしていく。後に空軍司令となる源田実のもとには、加賀が転がり込むことになる。以後は表向きは源田の養子という形で暮らしつつ、空軍設立の際にも暗躍し、黒江らを裏で手助けしていくことになる。



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