短編『異聞・扶桑海事変』
(ドラえもん×多重クロス)
――扶桑海での戦いは本格的に勃発し、ここで各艦艇に配備されていた、当時、採用間もない『九六式二十五粍高角機銃』の能力不足が早くも露呈し、各艦は苦しい対空戦闘を強いられていた。当時はまだ三式弾も零式通常弾も開発される前であり、防空の要と言える高角砲と機銃だけでは小型怪異はどうにかなっても、中型以上には火力不足は明らかだった。
「各ウィッチ隊は艦艇の護衛も密に!航空攻撃には船は無力です。なんとかして守ってください!」
智子が指示を飛ばす。当時の艦艇の対空能力は無きに等しい。戦艦であろうとも、空母であろうとも、有効的な弾幕は張れない。その為、ウィッチ達は艦艇護衛も強いられ、消耗を強いられる。
「くそっ!キリがねー!」
若本は湧いてくる小型相手に奮戦するが、機銃の弾が尽き、刀を抜こうとするが、敵が一撃離脱戦法を取り始めた事もあり、当てる機会が見つからない。そこに。
「徹子、横から来るぞ!」
「何ぃ!?」
若本は新たな敵機に挟み撃ちされる。この機動は奇しくも、史実で言う『サッチウィーブ』を思わせた。
「やべ、挟まれた!」
敵は旗織りのように、互いにクロスするようにS字の旋回を繰り返す。若本を確実に落とすために。これに気づいたのは、圭子だった。
「サッチ・ウィーブだと!?奴ら、あの戦術を使ってきたのか!?クソ、覚えるの早いぞー!」
サッチ・ウィーブ。史実では米軍に使われた、対零戦戦術。この時には三羽烏しか、その存在を知らないはずだが、怪異は三羽烏に圧倒された戦訓を反映させたのだ。圭子はすぐに若本に連絡を取る。
「若本、一人で戦うな!ソイツらは相互援護でお前を追い込むつもりだ!」
「あんたらの助けはいらなーよ!ここはオレがどうにかする!」
「バカ野郎!!相手はお互いにカバーしあってるんだぞ!それに対抗するには、こっちも編隊で戦うしかない!いいか、今から言うタイミングでクイックターンしろ!それで離脱して、私と合流しろ!いいな!一人で戦う阿呆は死ぬぞ!助けてやるからあんたも助けなさい!」
「わ、分かったよ!」
「いい?合図でクイックターン左よ!合流して叩く!」
「お、おう!」
「1…2…3!」
若本は圭子が牽制射撃をしながらの合図で、クイックターンする。圭子は強い語気で若本を説得すると、トマホークを片手に、援護に向かう。若本はバレルロール途中からのクイックターンでその場を逃れるが、そこで追撃の銃撃を、別の敵機から食らわせられる。
「うわっと!くそ、速力が負けてる!追いつかれ……!?」
「おおおおおおおっ!!」
若本が追いつかれようとした瞬間、圭子が全速力で急降下しながら、トマホークを構え、斬り裂く。
「な……に……!?」
「ったく、お前は突っ走りすぎだぞ。もうちょっと連携プレイを学べ。そうでないと生き残れないわよ?」
「お、おう……。」
若本は意外と素直に従う。圭子のトマホークを見て、何かを本能的に悟ったのだろう。
「援護は私がする。あの二機を仕留めるぞ!」
「分かったぜ、ええと……」
「……ケイ。そう呼んでくれていいわ」
――圭子はこの時、若本を完全に掌握した。後に、西沢への菅野の場合と同じように、『ケイの姉御』と呼ぶようになる。この二人の再会は1947年まで無かったため、若本にいらない混乱を招かずにすんだと述懐するのであった。
――黒江は、99式20ミリの弾切れに伴い、ISのウェポンセレクトを瞬時に行い、数丁のゲッターマシンガンの一個を召喚する。(武装のみの召喚)
「さて、こいつを使うか……テメーらの大嫌いなゲッター線弾頭だ、喰らいやがれぇえええ!」
ゲッターマシンガンを連射し、怪異を瞬時に粉砕する。ゲッター線が弾頭に詰められた弾頭だった事もあり、数発の連射だけで、小型怪異は自己崩壊を起こす。(中型相手でも4発で充分)。黒江はゲッターマシンガンを手にすると、戦法を完全に一撃離脱戦法へ切り替え、ヒットエンドランの模範を示す。それは当時の第一航空艦隊司令であった細萱戊子郎少将(後、予備役)を双眼鏡越しに唸らせるほどだった。
「うーむ。見たかね、参謀長」
「はい」
「あのウィッチは誰か?」
「飛行第64戦隊の黒江綾香中尉とのことです」
「ああ、噂に聞く山本次官のお気入りの娘か。口八丁だけではないらしいな。それにしても……なんだね、ウチのウィッチの体たらくぶりは」
細萱少将は黒江の姿に、自隊所属ウィッチの体たらくぶりを嘆いた。この当時の航空艦隊には、史実でエースとして名を馳せた『板谷』少佐、淵田中佐らはおらず、平均技量は1941年12月以降の時と比すれば『劣る』。その為、黒江の戦技無双ぶりが羨ましかったのだ。この願いは、後任者の南雲忠一や小沢治三郎の代になって結実し、山口多聞が引き継ぐ頃には名実ともに『世界最強』を自負するまでに成長を遂げるが、それは未来の話。
「……確か、この時の司令は南雲さんの前の人だっけ?五十六のおっちゃん、後で『南雲君は参謀つければ制御し易いから、南雲君にしただけなのに、小沢君にしなかった事を責められる。心外だが、それで多くの世界での皇国の敗北の序曲を奏でてしまったのなら、責められるのは仕方がない』って漏らした事あったな。気にしてるんだよねえ。M1作戦の采配ミス。あ、い号作戦もそうだっけ。あれらは自分の責任でもあるし。まぁ、ミッドウェーは暗号の管理のミスが原因と言えるが、後でならいくらでも言えるしな。」
黒江は、山本五十六が後に、史実の自らが犯したミッドウェー作戦やい号作戦の戦略的失敗を気に病んでいたのを思い出し、同情の一言を呟く。山本は1944年以後、相当に人事面に腐心するようになり、1946年以後、山口多聞が海軍司令長官に任じられた時、空母艦隊に角田覚治を推したのはそのためである。
「さて、下の連中にヒットエンドランの模範を示したことだし、後はっと……ん?あれは……黒田じゃねーか?あいつ、もう入隊してたのか?ミッド動乱で15くらいのはずだったから……おい、ちょっと待て……この時はまだ一桁のガキじゃねーか!?」
遠目に子供時代の黒田を視認し、ミッド動乱から逆算した、この当時の年齢に腰を抜かし、思わず智子に問い合わせる。
「お、おい!穴拭……今、ガキの頃の黒田を見たんだが、あいつ、この時いくつだ!?」
「えーと、動乱で15だから……はぁ!?まだ小学1、2年生じゃない!?上の連中、ローティーンどころか、プレティーンの子まで駆り出してたの!?嘘でしょ!?」
智子も、黒田がプレティーンの頃から軍にいるという事実に腰を抜かした。まだ幼い子供といえる、プレティーンの者まで軍に駆り出すという事実は、未来人が聞いたら愕然とするのは間違いなしだ。
「確か、未来で始めて会った時、面識があったような口ぶりだったから……この時には『会っていた』事になるのかしら?」
「マジかよ!やっぱり声かけておこうか?」
「それがいいわね……上手くやってね」
「お、おいっ!」
これには黒江も頭を抱えた。子供の頃の黒田に声をかけるべきか。後々に『舎弟』に近い扱いにするのは分かってはいるが、まだ子供であるため、ここは抑えた接し方をした。
「おーい、そこの君〜!」
「あ、はい。なんですか〜?」
当時、小学低学年程度だった黒田。後の青年期と変わらぬ底抜けの明るさを持つため、性格の雛形は既に出来ていると考えていいだろう。顔つきの幼さはあるが、紛れも無く、黒田当人だった。
「君はどうして、こんな所を単機で?」
「隊長が負傷なされたので、空母へ送り届けたところだったんです」
「なるほど。よし、君の名前は?」
「はい。黒田那佳軍曹、原隊は33Fです」
「あの隊か。青木隊長とは知り合いだ。後で私から理由を言っておくから、私の僚機についてくれ」
「分かりました」
この頃は幼さ故か、青年期のパーソナリティである見せる『がめついところ』と『どんがらがっしゃん』なおっちょこちょいさは感じさせない黒田。(後にからくりを知ってからは、脅されて映画に連れて行かれるハメになるが)黒江は彼女との縁を自ら作り、黒田が黒江の個人秘書を引き受けたのも、この時の縁と恩義が最大の理由だったのだ。
「あれ?なんですか、それ」
「ん、まぁ。私が自前で用意した武器だ。君も一個持っておけ。火力が必要になるだろうからな」
「あ、は、はい。(ん?なんだろう?この感じ……前にも使ったことあるような……?変だなぁ)」
この時、黒田が感じたデジャブは本物だった。彼女の青年期の自我が、ゲッターマシンガンに満ちるゲッター線によって、時空を超えて呼び覚まされつつある証だった。そして、共に戦っていく内に、数十分は経っただろうか。黒田を不意に光が包む。ゲッター線の光だ。その光は黒田の魂に刻まれた記憶を呼び覚ましていく。
「なっ、これはゲッター線の……!?」
黒江は光に包まれた黒田の肉体が急激に成長を遂げていくのを目撃した。目録で12、3歳程度にまで急成長し、背丈も青年期とほぼ変わらぬくらいになる。光が晴れた後、思春期の姿となった黒田は開口一番、こう言った。「迎えに来ましたよ〜先輩」と。
「お、お前……まさか!?いや、マジでそんな事があり得るのか!?いくらゲッター線と言っても……ほ、本当に私が知ってるオメーなのか……?」
これには黒江も驚天動地ものだった。理論上は自分らに起きた事が、黒田に起きないはずはないのだが、『そう都合のいいことはないだろう』と考えもしなかったのだ。
「ゲッター線はなんでもありですから。さて、先輩達と違って、時間は無いですけど……手当てを稼がせてもらいます!」
口調がすっかり青年期以降のそれに変化し、金にがめついところが表に出たため、黒江も黒田が『やって来た』事を実感する。それは直ぐに他の二人に伝えられ、驚きの声が黒田に届く。
「細かい説明はできません!とにかく、先輩達の背中は私に任せて下さい。坂本さんたちはどうします?」
「若本と坂本は戦線に出していいが、竹井はまだ技能が開花していないからなぁ。フジは事情知ってるから、言っておく。」
「加藤隊長、この時代でも変わんないんですねぇ」
「ああ。相変わらずだよ。……フジか?私だ。今から重大なことを伝える。実は……」
「なぁ!?そんな事あるの!?」
「私だって信じらんねーよ!とにかく、黒田がいれば、私らの背中は安全だ!」
「ちょっと待って。黒田って……もしかして、あの黒田侯爵家の息女なの?」
「いや、分家の方だ、本家にウィッチが産まれなきゃ養子になるはずだがな」
「なるほど……。」
「ヒガシ、黒田に得物を渡してくれ!」
「OK!那佳!」
「先輩ッ!」
圭子から武器の予備を受け取る黒田。彼女は叫ぶ。未来で得た力を。
『ゲッターァァァァ……ランサー!』
黒田が持つボールペンが瞬時に鋭い穂先を持つ槍へ変形する。黒田はどちらかと言うと、槍術に長けるため、扶桑号やゲッターランサーを用いる事が多い。今回もそれだ。かつての槍の名手『母里太兵衛』(黒田家臣)を思わせる槍さばき。それは否応なく、周囲の注目を浴びる。だが、外見年齢が成長しているため、華族専用の袴を着るそのウィッチが黒田である事は、この時は事情を知る者以外には知られなかった。
「はああああッ!」
黒田の槍さばきは見事なモノで、コアを突いたり、振り下ろして、叩き割るように斬ったりと槍使いの面目躍如だった。銃撃もゲッターマシンガンで対応し、きちんと落とす。後々の技量を発揮しているため、参戦したウィッチで随一の回避術を見せ、武子を唸らせる。
「あの子、凄い……智子や私でも避けられないわよ、あんなタイミングで」
「アイツは回避に定評があるからな。しかも両足で違うユニット履いてても可能だっつーから、アイツの技量は相当なもんだよ。だから、私も宛にしてるんだ」
「わかるわ。出来るものなら、部下に欲しい人材ね」
「だろ?」
武子と黒江は敵を落としつつ、会話する。黒田の技量は武子も認めるほどの高さを誇る事が証明された格好である。武子がミッド動乱で、黒江が黒田を呼び寄せる時に反対しなかったのは、この時にその技量を垣間見たためだったのだ。
「凄い……なんだあの人は。槍であそこまで戦えるなんて……」
「あの袴……華族のものだが、華族の出で、あの年齢のウィッチがいるなんて聞いていないぞ?誰なんだ……あの子は」
北郷は槍を片手に奮戦する、華族専用の紫の袴を着こむローティーンの若手ウィッチの正体を訝しむ。彼女は竹井退役少将(竹井の祖父)のラインで、ウィッチの情報を手に入れられる立場にあるため、この時に参戦したウィッチの詳細は把握していた。だが、彼女の知る限り、華族のローティーンのウィッチで実戦に出れる練度のウィッチがいるのは把握していない。いれば、上層部がプロパガンダに用い、旧家自体が自家の宣伝に使うはずだからだ。
「先輩、なんか私、注目されてますよ?」
「しゃーない。お前のその袴は華族専用のものだしな。しかもその家紋が問題なんだよ。黒田藤を袴につけてるんだし、侯爵家の人間って、まるっとお見通しな状態だ。分家のなんて、遠目からは見えないし」
無線を聞いていると、袴についた家紋『黒田藤』が判別できた者らが『え!?まさか……あの家紋は黒田藤!?』とか、『で、でも侯爵家の当代にはウィッチは生まれてないって……』、『それじゃアイツは誰なんだ!華族の家紋を勝手に使ったら問題だぞ!』とかの混乱が耳に入る。この当時、家紋の使用は緩和されていたが、華族が存在するため、使用人の家系などしか主家と同じ紋を使えない暗黙のルールが存在した。黒田の着ている袴についている家紋は、正確には分家の使用する丸付き藤紋だったのだが、パッと見や遠目には、丸が判別できなかったため、宗家と勘違いした者も多く、戦後に黒田宗家に問い合わせが殺到したという。陛下も勲章を与えたいため、たまたま園遊会に出席した黒田宗家の嫡男に設問したため、彼は答えに窮した。それが当時、ウィッチとしての覚醒期を迎えるはずの黒田宗家の息女への重圧となり、それが後の悲劇の伏線となってしまうが、無論、その事はこの時の黒田は知る由もなかった。
――彼女らの奮戦で、ウィッチ隊の優位に戦況は傾き始めたが、そうは問屋が卸さなかった。数日前に発生した台風が空域を覆う進路を取り、黒江らの知る規模の数倍の勢力で襲いかかったのだ。これは三羽烏も予想外の出来事であった。集中豪雨が瞬く間に降り注ぎ、暴風と高潮を伴う大嵐が長門型戦艦を含む連合艦隊を襲う。ウィッチ達の中には、常軌を逸した暴風に吹き飛ばされ、そのまま立て直せずに海面に衝突してしまう者、横合いからの高波を受けて転覆する駆逐艦に巻き込まれて死んでしまう者、敵の攻撃を受けようとしたところに暴風を受けて、バランスを崩して胴体を弾に切られた者も生じる。
「クソ……台風が直撃するとは……何故、誰もそれを報告しなかったのだ!ええ!?」
連合艦隊旗艦「尾張」の艦上で、吉田善吾司令長官はヒステリックになったとも取れる怒声を参謀や操艦要員にぶつける。誰も彼に答えられない。堀井一派に与していた事がバレれば、怒れる陛下のお叱りを受けるだけでなく、ヘタすれば家族にまで迷惑がかかる可能性が大だった。軍令部にかなり彼のシンパが多く、恨みを晴らすために連合艦隊主力をすり潰す判断をした可能性が大きかった。だが、良心の呵責に耐え切れなくなった、ある参謀が吉田司令長官に密告をした。それを聞いた吉田司令長官は思わず激昂し、部下の前にも関わらず、その若い参謀を殴打した。その参謀は顔がひどく腫れ上がる程に殴打され、みっともないくらいに泣き喚いた。その結果、潔かった当人とは別に、その部下らが暴走し、連合艦隊を地獄への道連れにしたのだということが判明した。この事はウィッチ隊にも通報され、黒江は思わず、『あんのクソ野郎共ぉぉぉ!』と怒りを露わにする。前の歴史では、そこまで冷酷非道な手段は取らなかったからだ。
『本土の山本から連絡があった。山本や米内閣下、井上君のラインが堀井一派の残党を憲兵を使って拘束したそうだ。私はこの戦いが終わったら、進退伺いをする。兵士らを死地へ追いやった責任を誰かがとらなくてはならぬ。ウィッチ各員はこの通信を聞いたら、雲の上に出られたし』(山本、後を頼む……)
(吉田さん……)
吉田は連合艦隊司令長官を辞任する決意を固めたと表明しつつ、生き残ったウィッチ達に雲の上に出るようにと通告する。それに従い、ウィッチ達は雲の上に出る。嵐が嘘のように静寂に満ちた空である。敵はその真上から、大編隊で襲いかかる。100機や200機ではない。400機を有に超える。
「嘘だろ、これほどの数だなんて……」
「こっちはもう30人もいないっつーのに……」
如何に4人の奮戦があろうとも、大局的には影響は殆どなく、ウィッチ隊の消耗は激しく、この時までに、陸軍第二戦隊、第三戦隊などは死傷者続出で戦線から離脱、海軍の航空隊も複数が丸ごと離脱する損害を生じ、もはや無傷なのは64F、47F、50Fといった陸軍精鋭、海軍の旧舞鶴飛行隊、横須賀航空隊などしかいなかった。しかしながら、それら人員も大半は消耗しており、空母に着艦しようにも、大嵐で熟練者でも着艦が困難なほどの横風が吹き、着艦に失敗する者も出ており、補給は殆ど望めない状態だった。武子もこれには打つ手が無かった。幸いにも、第4艦隊事件後の連合艦隊は嵐に耐えられたが、吉田善吾大将は第二艦隊が堀井の密命で出撃していて、軍令部はウィッチ諸共に怪異を撃滅するBプランを実行していた事が、本土の井上少将から緊急電され、吉田大将はますますヒートアップし、『赤レンガの肥溜めどもめが!』と怒鳴り、周囲を恐怖させる。
(ええい。軍令部の阿呆どもは連合艦隊を賽の河原に行かせてまでも、自分らの野心を満たす事とメンツが大事だというのか!)
憤る吉田大将だが、座乗艦の尾張が空撃され、その爆撃が彼のいた第一艦橋を直撃したのだ。尾張の艦橋を爆炎が包む。同時に艦橋は地獄絵図と化した。航海長・高射長など准士官以上10名を含む58名が戦死するという最悪の事態となった。防空指揮所甲板、第一艦橋甲板を貫通して爆発したせいであり、その場にいた幹部の大半は粉々となって死に、肉片が壁に張り付くわ、脳髄の残骸が床に張り付くという地獄絵図で、吉田大将も肩に重傷を負ってしまい、意識を失う。
――連合艦隊は指揮中枢を痛打されたおかげで、すっかり統制を失い、直後の大空襲で陸奥が第三砲塔喪失と火災を、日向が後部炎上という醜態っぷりを晒す。ウィッチ隊を引き離した上で、本隊による大空襲を行うという、怪異の頭脳プレーが功を奏したのだ。僚艦が次々と被弾する中、長門は奮戦する。
「連合艦隊の指揮は以後、本艦が取る!尾張も陸奥も被弾した以上は序列的には本艦である!」
「しかし艦長……」
「非常時にお伺いを立てる暇があるか!発光信号、急げ!!」
しかし、運命の女神は無慈悲にも、長門にも暗黒の運命を与えんと、次の一手を撃つ。
「敵機、第三波来ます!」
『アー!中型が次々と小型機を射出してきます!!信じられない、小型機の速度は目測で800キロを超えてます!!しかも一直線に突っ込んできます!!』
伝声管から悲鳴のような報告が伝わる。その様子を目撃した三羽烏も顔面蒼白で急降下していく。
「あれは……あれは!!間違いねぇ、あの怪異の形は『バカボム』!!各員まだ弾がある者は私に続け!!長門に触れさせるなぁぁあああ!」
普段は冷静に指示を飛ばす黒江の尋常ではないほどの顔面蒼白ぶりと、悲鳴とも取れる叫びが事態の最悪さを表していた。連合艦隊の本隊の惨状と、仮に『バカボム型』とも呼ぶべき特攻怪異の登場により、連合艦隊とウィッチは最大のピンチを迎えた。
――その怪異はある物を三羽烏と黒田に連想させた。『桜花』。それは大日本帝国海軍が生み出した狂気と言える『人間爆弾』である。機首に大型爆弾を組み込み、人間が体当たりさせる正気の沙汰ではない代物である。その能力を持つ怪異が現れた。これは三羽烏の記憶にもない、全くの新型だった。しかも、迎撃に成功しても、何かに触れたら、諸共に吹き飛ぶ大爆発を引き起こすという特性を備えており、長門に触れさせないようにしたいが、怯える者が生じ、『撃てませんー!』と悲鳴も響く。必然的に弾幕が薄くなってしまう。その為、バカボム型の内の一個中隊がオーバーブーストで弾幕を突破し、長門に命中弾が生じる。箇所は艦橋、第2砲塔、前部甲板である。瞬く間に長門は炎に包まれる。
「あ、ああ……長門が……」
誰かが絞りだすような声で言う。連合艦隊の象徴である長門の炎上=国の滅亡を連想させたからだ。
「ちくしょぉぉぉぉぉ!!」
この絶望的な光景に、誰もが心が折れかけ、黒江に至っては悲痛な叫びを挙げる。目には涙を浮かべていた。それは自らの微力さを痛感させられたからでもあった。
「ちくしょう……何も変えられないのか、何も……アイツらの運命も……!」
ギュッと拳を握りしめ、運命の女神を呪わずにはいられない黒江。頭に芳佳や菅野などの次世代のウィッチの姿がよぎったからだ。
『諦めないでください!』
不意に、戦場に声が響く。あどけなさを残しつつも、凛とした声が。そして。
『全主砲、薙ぎ払え!!』
『ドォン』と戦艦級の主砲の発砲音が響き、ややあって、空中で弾子が拡散し、バカボム型の次派を母艦ごと薙ぎ払う。
「あ、あれは『三式弾』!?』
智子がその主砲弾の正体に気づく。次いで、圭子が長門と尾張の方角に振り向いて、その『何か』に気づく。長門を守るかのように、未知の超弩級戦艦が『そこにいた』。その戦艦は巨大だった。全幅はほぼ39m。全長は263m。タライのような艦型で、16インチを明らかに超える主砲塔が三基、副砲も二基。多数の高角砲と機銃、中央にそびえ立つ塔型艦橋と斜めに傾斜した集合型煙突……。艦首の菊花紋章、はためく旭日旗とZ旗……。その戦艦は本来、この場には『いないし、生まれてもいない』はずの代物だった。
「あれは……大和!?」
圭子も驚きのあまり、絞りだすように声に出す。その戦艦の名を。史上最大最強を誇りつつも、悲劇的な最期を遂げた超戦艦の名にして、国の別名『大和』を。長門や陸奥、尾張の乗員らも、突如として現れた超弩級戦艦の威容に息を呑む。
「なんだ、あの戦艦は……!?」
「味方の、味方の戦艦なのか……!?」
尾張で、運良く難を逃れた将兵らは未知の戦艦の登場にざわめく。同時に第二艦隊からの観測機もそのあまりの巨大さに圧倒される。同時に、圭子が漏らした『大和』という言葉に無線士が反応する。
『奴らは、あのデカブツを大和と呼んでいます!』
『馬鹿な!一号艦は、一号艦は……呉でまだ竜骨の組み立て中のはずだぞ!?』
彼らが一号艦と呼んでいるモノこそ、後の大和である。その実物が眼下で、その勇姿を見せているのだ。狼狽えないはずがない。そして、大和の主砲が動き、仰角を整える。
『大和型戦艦一番艦、大和。推して参ります!』
辺りにに響く女の声で、大和は吠える。その主砲斉射が終わったと同時に、大和の船体が光を発し、再構築されていく。船体各部が人間サイズの武装と化していき、その中央部には、均整の取れたグラマラスな女性の肉体が表れる。これには誰もが呆気にとられ、不気味なほどに静寂になる。全てが完了し、現れた存在は……。
「大和、大和だ!!」
「よっしゃあぁあああ!これで逆転勝利の目が出た!」
「勝てる、勝てますよ〜〜!」
「これで勝ったも同然だわ!!待ってたわー!」
と、大歓喜の四人。黒田と圭子に至っては、ハイタッチし出す始末であった。同時に艦隊の方も、大和のシルエットを目の当たりにしたため、兵士達のほぼ全員が異常なほどの歓喜に包まれた。それが戦艦の化身であると悟った幹部らも納得の表情で、頬が緩む者もいた。同時に船は女と証明されたため、北郷と隊列を組んでいたガランドは、祖国にいる『軍艦は男だろ』との持論を展開する提督に言ってやりたい衝動に駆られたという。
「で、でもいくら凄くても、たった一人じゃ……」
と、負傷者を運び終えて、戻ってきた竹井が言うが……。
「安心してください。私は一人でここに『来た』わけではありません」
大和がそう返す。すると。
『そうだ、戦艦は大和だけではない!』
別の声が響く。長門の第一砲塔の上に、『もう一人』がいた。大和より筋肉質な体付きをし、『精悍』な印象を持つ少女が。
『この長門、まだまだ新入りには負けん!』
長門だった。砲塔の真上で仁王立ちと腕組みのコンボで現れたので、威圧感たっぷり。後世で、同じポーズをするガンバスター張りのド迫力に、黒江もガッツポーズを取ってしまう。
「行くぞ、大和!」
「はいっ!」
「主砲全基、零式通常弾を装填、仰角、45度、プラスマイナス20……」
二人は対空射撃で三式弾よりも効果がある零式通常弾に弾を交換し、空から迫る別の大型怪異に一発を見舞う。
「『全主砲、斉射!て――ッ!!』」
二人が同時に主砲を放つ。46cm砲が9発、41cm砲が8発の大盤振る舞いである。しかも零式通常弾である。榴弾とは言え、人類史上最高レベルの艦砲によるキルゾーンである。これを食らって無事なのは神様か、スーパーロボット位なものだ。凄まじい火力で怪異を消し去る姿は圧倒的ですらあった。戦艦の乗員からは割れんばかりの歓声が響く。ここ最近は航空閥に『置物』とさえ揶揄される砲術の誉を見せた事が嬉しいのだ。だが、やはり制空権は欲しいため、大和と長門は念じ、宇宙戦艦時代の艦載機を模した式神を召喚する。大和はコスモタイガーUを、長門はMS搭載型マゼラン級の時代に積んでいたジムVを式紙から具現化し、使役する。これに、当時は連合艦隊参謀長に在職し、運良く難を逃れた高橋伊望少将(後、予備役。1947年没)は『船の化身は皆、陰陽道を心得ておるのか?』と感心したりであったという。
「これは……お前の国はわからんよな、北郷?」
「私にもわからん……。だが、言えるのは一つ。船は『女』だ……」
「って、突っ込むのはそこか―!?」
と、ガランドはこの時に大和を目撃し、戦後に報告するが、カールスラント海軍は大和に対抗心を抱き、Z計画を立案するが、怪異の本土侵攻で頓挫。地球連邦軍に建造を委託するのである。
「お、ヌーベルジムVか。ん?お前、ヌーベルは呼べるのか?」
「ヌーベルの初期型までなら積んでたしな。ジェガンが出る頃には主力戦艦級に変わったから、今のところはそこまでだ。EWACネロも索敵で使役できるぞ」
「あれは便利だしな。機影を捕捉したら教えてくれ」
「了解した」
「よし、皆、聞いたわね?索敵は大和と長門が行ってくれます。私達は新たな敵に備えます!(これでいいわね、綾香?)」
(上出来だぜ、フジ。連合艦隊の立て直しは大和達に任せよう。私達は私達の『戦場』をいこう)
長門の意外な能力は、電探も無く、索敵魔法がこの時代には体系化されていない扶桑軍の救いとなった。連合艦隊は二大艦娘の直接指示で態勢の立て直しを始めた。黒江達は希望を取り戻し、強力な援軍を得たのだった。
ちなみに、当時の平均的な少女の身長は150台前半、悪いと130cm台すらいたので、大和と長門の身長は思い切り目立った。大和で180、長門で176前後はあったためで、この当時の基準では『大女』と言われるほどであった。後に大和らの存在が明らかとなった後、艦娘としての人気は大和と長門で二分されたという。
――そして、智子は。
(なんだろう。この、心が熱くなる感じ……血潮が燃えたぎるっつーか……)
それは智子の魂が、懐に忍ばせていたジャパニウム鉱石と共鳴し始めた証であった。そのために、内に秘める熱い側面が騒ぎ出し始めたのだ。それは『皇帝』が智子の魂に語りかけてきているからかもしれない。
――そう。この時だったわ……未来の鋼の魔神の意志――アイツが始めて、私に力を貸してくれたのは。守りたい何かがあるのなら、時間の壁も、次元も関係ない。そう教えられたのは――
――そう。思えば、19歳の時に初めて見たはずの未来の兵器にどことなく既視感を感じていたのは、この時の体験からかもしれない。『あれ』の正体に気づいたのは、ここから随分と後になってしまった――(坂本美緒著『大空のサムライ』から抜粋。昭和47年初版)
――この本を出版した当時、坂本は公演で全国各地を渡り歩き、一方、ベトナム戦争後も軍に残った空軍三羽烏は、江藤敏子や北郷章香らの世代と入れ替わり、彼女らがそれまで担っていた軍の中枢ポストにつき、多忙を極めていた。坂本は343空の結成当初、源田実とウィッチの育成カリキュラムで対立した過去があった事から、『喧嘩されると困る』との理由で周りが意図的に、その腹心であった三羽烏と会わせないように動いていた事から、三羽烏と会話を交わす機会を失ってしまう。また、家庭的にも、母の業績を過剰に意識してしまった、実娘の反発に遭うという不幸により、坂本の後半生は、けして幸福とは言いがたいものではあったが、孫の誕生が心の救いであり、その孫が12歳を迎える頃に波乱万丈な人生の幕を下ろすのだった。
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