短編『次元震パニック』
(ドラえもん×多重クロス)
――太平洋戦争が開戦し、しばらくたった後に起こった次元震パニック。それで現れた、圭子に当たる存在。彼女の名は『加東桂子』。圭子が前史でのBと融合して転生を遂げた後、B世界がその代替存在として生み出した存在。容姿や使い魔は若き日の圭子と瓜二つだが、辿った道は大幅に異なっており、戦間期にジャーナリストになっていない、マルセイユと出会っておらず、現役復帰後は北方で教官任務についていたなど、大きな差異があった。その縁で、逆にブレイブウィッチーズと深い縁があったという――
――64F 基地――
「うーむ。そうなったか。そうなると、マルセイユと出会わない世界線になるな」
「貴方が私のえーと、そもそもの『派生元』さん?」
「平たく言えばそうなる。あたしは『圭子』だしな、名前。お前は私の派生存在になるつーわけだ」
二人は細かな差異が多く、武器も銃(斧、槍、鎌)と日本刀、好戦的、穏やかな性格、現役復帰後の赴任地など。全てが対になっていた。周囲の関係は転生前の圭子がベースであり、黒江との関係は薄い。(逆に言えば、圭子と黒江の今の関係は数度の転生で培われたとも言えるため)
「それで、貴方はどこにいたの?」
「アフリカだ。そこで隊長任務についていた。お前は教官として北方にいたんだろう?そうなると、智子とは会ってるな?」
「ええ、43年にあの子が現役を退く時に再会したわ。私らが『三羽烏』だった事は、若い子達は知らないけれど。貴方はそうでないのね?」
「現役バリバリだしな。それに、色々と功績挙げたから、今や『レイブンズ』は扶桑最強のウィッチチームの名だ」
片方は圭子が辿ったであろう流れの可能性の一つの具現化。もう片方は黒江が転生してまで、色々と変えた結果の産物。それを考えると、色々とややこしい。新・B世界では、扶桑海三羽烏の存在は歴史の片隅に消えた過去のもの(改変前本来の組み合わせなので、黒江はメンバーではない)だが、レイブンズはA世界では、『生ける伝説』、『無敵の英雄』という箔がついている『現在進行形で活動中のチーム』だし、メンバーに黒江がいる。それが最大の違いだった。
「どうしてそうなったの?」
「綾香が鍵だ。アイツが色々とやらかして、神を守る闘士にまで上り詰めたから起こった『奇跡』のようなもんだ。だから、お前はいずれ死ぬが、あたしらは『未来永劫、何かと戦い続ける宿命にある』」
「未来永劫って」
「不老不死になったんだよ、神様になったって奴でな。肉体は現世で行動するための器にすぎないし、生きたまま冥界にも行けるぜ」
存在の位が『人間』である桂子と、英霊となり、不滅の存在となった圭子。二人の違いは、神と人間の差であるとも言えるが、圭子は神になろうが、人間であった時の人間性を保っている。これはレイブンズの他の二人も同様だが、黒江は本来、持っていたはずの大人びた性格は、転生を繰り返した末に喪失している。今は、良く言えば『青臭い』性格、悪く言えば10代の少女そのままの子供っぽい性格である。それ故、黒江は精神面では差異が大きいと言える。
「どういう生き方してるのよ」
「血と硝煙の匂いが漂う戦場を渡り歩いたしな。お前と違って、第一線のウィッチだ」
圭子は、自分の代替存在である桂子を改めて観察する。容姿などは若き日の自分と同じで、アフリカへ行かなかったためか、髪と瞳は黒い(アフリカに行き、茶へ変化したため)ままだ。また、雰囲気が穏やかであるように思える。恐らく、環境の違いが大きいだろう。
「貴方、タバコを?」
「喉の薬だ。喉を前に痛めたんでな」
元の姿でも、薬は吸う圭子。そこが分かりやすい差だった。桂子より背が高く、プロポーションもいい。21世紀から見ても『端正なボディ』をレヴィ化の影響で得たらしいのが分かる。
「お前、智子とはどうやって再会した?」
「あの子の部隊に教習で行った時ね。だいぶ世代交代が進んで、あの子も本土へ帰国する予定がたった時期になる」
「あいつがあがりを迎えるくらいか」
「ええ。それでお互いに本国に帰って、江藤隊長の喫茶店で同窓会があるから、そこに行くはずだったのよ」
「そいつは災難だったな。しかし、江藤隊長ねぇ。こっちじゃ呼び戻されて、参謀だよ、今や」
「隊長、そっちじゃ復帰したの?」
「復帰したけど、ウィッチ出身の参謀系将校が不足してるから、そっちに抜擢されたんだ」
「参謀?隊長が?」
「仕方がねぇよ。隊長の世代の人達はみんな、ウィッチ訓練校の校長か教諭に天下ってたしな。とはいうものの、実戦部隊の隊長格も不足しててな。前線に戻されるかもな、隊長」
「どういう事?」
「詳しいことは言えんが、ウィッチも長い戦争で不足してるんだ……って、アイツ!」
「どうしたの?」
「私の部下なんだが、お菓子を大人買いしやがった!しかもビッ○ワンガムかよぉ」
と、圭子が面食らったのは、ドアの前のビッ○ワンガム(食玩の元祖で知られる有名なガム)の箱を抱えているなのはの姿だった。復刻版と書かれており、なのはの時代に再度の復刻がなされたらしい。
「おい、なのは!なんだその、ビッ○ワンガムは?」
「高校の後輩が送って来たんですよ。プラモ部の。『高校のプラモ部の今の部長がビッ○ワンガムのモデルを古いとかいうから、先輩にあげます』とか」
「うわ、なんだそのもったいなさ」
「ガムも美味しいのにねー。最近の若いのは、ガンプラに慣らされてるつーか」
「塗装が楽しいんじゃないか。全く、2000年代以降のガキは。あののび太でさえ塗装できるつーに」
「ビッ○ワンガムは塗装出来ないし、プラの性質からモールドダルいけど、子供向けの安全基準でそうせざるを得ない中で頑張ってるんだけど、そういうところを評価してないんだよね。模型雑誌で再販がトピックスになってる意味解ってないんですよ今の部長くん」
「ん?お前の高校、女子校じゃ」
「女子プラモ部ですよ」
「その割にはディープだな、おい」
「まー、あたしがいた頃はガチ勢だったから」
「で、どうするんだそれ」
「綾香さんとこに置いときますよ。今は部下連中率いて、アラート任務中でしょ?」
「お前も空自だっけ?」
「あたしの頃には、F-35が配備されてますけどね」
なのはは自分の地球で航空自衛隊に就職し、F-35の搭乗資格を取っている。動かしてみた感想は『ヘッドマウントディスプレイの初期段階のものだけど、慣れれば簡単』との事。VFに比べれば『古い技術の産物』だが、それがOTMという爆発でヘッドアップディスプレイとの複合型へ進化する事を考えると、感慨深いらしい。
「あれはパッシブステルス全盛時代のものだから、動きがちょっと重いんですよ」
「まぁ、VFとかコスモタイガーと比べんなって」
のび太の世界の自衛官も言っているが、VFが飛行機としてはオーソドックスな形状なのが多いのは『アクティブステルス』のおかげであるのだ。可変機構との兼ね合いで、可変翼が採用されやすい傾向もあるが、VF-17は特務機であるので、パッシブステルスが重視されている。また、のび太世界の日本のマスコミにその姿が目撃された際には『F-117を投入か?』とも報じられた事もある。(ダイ・アナザー・デイ作戦中のことである。報道は米軍がすぐに否定したが、軍事に無知な、あるジャーナリストのブログ記事であったので、頓珍漢な記事を連発。ある、イラストが書ける軍事評論家に、図解付きで『見分け方はバランスと尾翼周りです。F-117に制空戦闘を行える機動性があるはずがない』と指摘されたという)
「動きのタルさは有るけどそれを補う長所に成り得る所も有るんだけどな、35。VF乗った後だと、頭使いますよ」
「ガウォークとバトロイドが画期的なのが分かるだろう?」
「ですね。VFだと、三形態を駆使すれば、旧型でも最新式とやりあえますからね。35は目が良い分、ドッグファイトになる前に仕事は大体終わるのが最大の長所かも。物足りないけど」
「M粒子使われたのが、そうした戦術が廃れる理由だしな。それとボタン戦争嫌う論調。M粒子を使うのは、連邦の長距離ミサイルやらを封印させるのが目的だしな」
「あと、トレーズ・クシュリナーダの思想でしたっけ?」
「あの御仁、エレガントだからか、死んでも人気はすこぶるあるからな。だから、コスモレーダーや干渉波計が充実して、昔のような奇襲効果は見込めなくなっても、M粒子は使われるんだよな」
「それと東方不敗の伝えられた言葉ですよね。それがモビルドールのBC兵器扱い、ゴーストの開発規制に」
「だよな」
東方不敗マスター・アジア、トレーズ・クシュリナーダの両名は生前に共通して、無人兵器の台頭を否定するスタンスの発言を行っており、その影響は大きかった。モビルドールのダイ・アナザー・デイを名目にした処分や、ゴーストの開発規制、アンドロメダ級や主力戦艦級にマンパワーの介在する余地を増やさせた理由にもなっている。これは地球本星の人手不足とは矛盾する思考である。その矛盾を移民船団と移民惑星から糾弾されたのもあり、ゴーストは厳しい規制があるが、開発や使用は続いている。本国部隊が末端の移民惑星などの救援に赴くには、色々と政治的ハードルがあるからだ。
「まあ、度重なる戦争で人手不足だから、それを無人兵器で補いたいんだろうけど、今の連邦軍じゃ、それ言うと出世コース外されるしな」
「連邦軍は政府の都合で主力が動けない事多いですからね。たしか国交結んでたプロトカルチャー由来の王国が連邦軍の末端の動きに怒って……」
「本国の人間はヴァールシンドロームに耐性があるから、本国部隊が鎮圧に動く事もあり得る。そうすれば、あそこは星系ごとぶっ飛びかねないぞ。最悪、ゲッターエンペラーが介入して、惑星を握り潰すかも…」
「エンペラー、地球を滅ぼす可能性がある敵性文明は根絶やしにする傾向強いですし、あれみたら、あそこの連中、逃げ出すんじゃ?」
圭子は『ウィンダミア王国』がゲッターエンペラーの怒りを買い、宇宙から星系ごと消されかねない事を懸念している。ゲッター線は地球に友好的な宇宙人以外は根絶やしにする事も躊躇ないため、ゲッターエンペラーがゲットマシン状態で有無を言わさずに惑星を挟み潰す行為は自然な事だ。エンペラーは『無敵』である。文字通りに。あのマジンガーZEROですら赤子に見える鬼神であるため、圭子はその干渉を恐れているようだった。
「ケイさん、エンペラーを恐れてません?」
「マジンガーZEROですら赤子の手を捻るように倒せる究極のゲッターだぞ?過去への干渉すらやってのける」
「エンペラーのそもそもの母体はなんなんです?」
「ゲッタードラゴンだ。それが長い年月で進化を重ね、真ゲッターと融合合体して生まれる存在だ。ゲットマシンのビームで月が吹き飛ぶからなーあれ」
「おっそろしい」
「完全体なら惑星を指が掠めただけで砕けるぞ。おっと、私に当たる奴を待たせてあるから、ガムは綾香んとこに置いとけ。喜ぶぞ」
「わかりましたー!」
圭子が部屋に戻ろうとすると。
「桂子、桂子なの?」
「あん?お前が相方か。あたしは『圭子』のほうだよ。ホテルにいたんじゃねぇのか?」
「桂子が来たって聞いたから。あなたがこの世界の桂子なの?」
「ややこしいから、あたしのことは『ケイ』と呼べ。いいな、智子B?」
「Bって何よ!!」
「そりゃ、どっちがどっちだがわかんねーからだろうが」
「って、貴方。めちゃくちゃ荒くない?」
「色々あってな」
「木へんの無いほうの『けいこ』って、こんな荒いキャラなの?子供の教育に良くない」
「るせぇ!あたしからすりゃ、カツラって呼びてぇよ、あいつは」
「それでいいんじゃない?」
「お前、嫌なら2号とかダッシュとか…」
「酷くなってない!?」
「同じ人間が二人もいればそうなるだろ?お○松くんかよ」
「つーか、貴方。髪と瞳の色が茶なのね?」
「アフリカに赴任してたからな。おかげで親父に朝まで質問攻めだ」
「紫外線で色素が抜けたのね」
「そういうこった。親父に朝まで質問攻めされた時は、綾香に説明してもらったぜ」
圭子は今回も、本土帰還時に帰省したら、明治生まれの父親に誤解されてヒステリーを起こされ、急いで口八丁が出来る黒江を呼び出し、ようやっと許しを得たというエピソードを持つ。
「綾香が『お父さん、漁師が髪の色抜けるでしょ?それと一緒なんですよ。カラー写真もあります』って親父に図解付きで説明してくれた。いやあ、助かったぜ。部屋ん中にいるから、挨拶しな」
圭子は自分の部屋に智子Bを入れると、自分は基地を彷徨く。中は広いので、20分ほど歩いていても、隊舎の出口は見えない。
「よぉ、ケイ」
「マルセイユか。こんなところで酒飲んでるのか?」
「子供の教育に良くないからな」
「ほー。アフリカじゃ、真美の前でガボガボと浴びるほど飲んでたのにか?」
「ここは扶桑だろう?私もそれくらいは弁えてる。それに酔えなくなったから、いいだろう?」
「やれやれ。ほどほどにしておけよ?」
マルセイユと別れると、ようやく外に出る。外に出ると、南洋島特有の常夏の陽気が照りつける。その陽光の下で、VF-19Aに率いられた混成編隊が訓練中なのが見える。黒江の中隊だ。黒江は19を好む傾向があり、新型機が登場した後も普段使いに使用している。新型機は大気圏内での空戦性能で言えば、29以外は19に及ばないという点もある。これは模擬戦で判明した事だが、前進翼を採用した事で、大気圏内においては、29以外の追従を許さない小回りの良さを未だに持つ。イサム・ダイソンがADVANCEパックで証明した事だ。黒江はじゃじゃ馬である19Aの改良仕様である『A2型改』(EXギア対応なので、モンキーモデルのものを取り入れたとも言えるが)に乗り換えており、普段使いに重宝していた。黒江の機体は智子に貸し出される事もあり、智子も使い込んだS型から乗り換えていた。これはメカトピア戦から使っていた個体が使い込む内に、色々と不具合が出てきたからと、新型機の機種転換訓練中にアラート任務が通達された際に備えての措置だ。
「今日もアイツ、ガキどもをしごいてんな。11で19をロックするのは、訓練中の連中にゃ至難の業だぞ」
黒江の中隊は攻撃的なので、熟練者が多い。しかしながら、勝手が違う可変戦闘機に苦戦中のようだ。飛行機を動かすという事に無縁だった世代の者が大半なので、11の飛び方は殆どが覚束ない。華麗に飛ぶ、黒江の随伴機である19EF/A(黒田)とは対照的だ。恐らく、黒江は理論整然と飛び方をコーチング(自衛隊で統括官になる前の職は教導隊幹部である)しているのだろうが、中隊の者の悪戦苦闘ぶりが想像出来る。飛行機に触ったのが始めての者も多いのを考えると、11の素直さがわかる光景だ。
「あ、あの動きは菅野。11は素直だから、コツを掴んだな。追っかけまわし始めた」
黒江とまともに渡り合える動きを見せたのは、菅野だった。イスカンダル救援時に経験があるからだろう。だが、マシンの性能レベルの違いが出、11と19とでは隔絶した加速性能があったのもあり、11が限界推力ぎりぎりで逃げたのを、19は鼻歌交じりに追いつく。菅野はなんとか逃れようと、黒江とペイント弾装填のガンポッドを撃ち合いつつ、駆け引きを見せる。それなりに経験があるからだろう。黒江に食い下がるあたり、菅野もVFに慣れてきた証拠だ。圭子から見ても、目を見張る駆け引きぶりを見せる。
「あ、あいつ、雲の中へ逃げたな。アイツも考えたもんだ」
――当時、扶桑軍は旧日本陸海軍と違う事を日本国民へアピールすることが主題とされていた。太平洋戦争はもっぱら内陸持久戦が推奨され、水際撃滅は捨て去られ、空軍と海軍は飽きるほどの訓練が行われていた。これは日本側が水際作戦が米軍相当には全くの無意味である事や、内陸持久戦が予想以上の効果を見せた(硫黄島、沖縄)のが日本側の陸上自衛隊などが示した事で、扶桑陸軍は地下要塞を築き、そこから抗戦する事を選んだ。ウィッチの中には、市民の保護の観点から反転攻勢を唱えた者も多いが、当然ながら相手にされていない。米軍相当の軍隊が本気でその火力を向ければ、扶桑の歩兵師団は瞬く間に蹂躙されるのがオチだからだ。また、市民を疎開させ、無人地帯となった街も多く、それらは軍部の偽装拠点となっていた。(国宝級の宝も本土へ疎開させている)扶桑軍はその人数の多さから、統合幕僚会議の防衛省背広組からは『自衛隊員を死なせないための捨て駒』と見なされており、意図的に扶桑軍人ら、特に旧大陸駐留軍の在籍経験者が極秘に『捨て駒』と見做されていた。これは防衛省内部の反戦自衛隊員や警察官僚らの派閥が『関東軍』の同位軍と見なし、大陸領奪還を諦めさせる事を目的に仕込んでいた事柄だった。この策謀は扶桑の強大な陸軍力を過剰と考え、合法的な減少を目論でいた事もあるが、過剰な領土は軍人に要らぬ野心を抱かせるという彼らのエゴの強いものであった。この策謀はウィッチ世界の都合を顧みぬものであるため、亡命リベリオンの追い出しと消滅を懸念した米国が、かのゴルゴ13に依頼してまで、日本の防衛省高官の暗殺を実行したほどだった。
――ゴルゴ13こと、デューク東郷。彼には秘密があった。21世紀までに彼自身のクローン人間を育成し、代替わりしていたのだ。全ての能力は同一、記憶も持つので、誰も代替わりには気づいていない。便宜上、『初代』のデューク東郷の生い立ちは不明であるが、日露混血の線が濃いとされている。二次大戦中の連合国諜報組織の四人のトップが老年期を迎えていた頃に青年期から壮年期に移行するくらいの年齢だった事から、1930年か、1920年代末の生まれだと推測されていた。(1960年代後半当時)かのロマノフ王朝の末裔、もしくは226事件で自決した青年将校の子息ともされ、冷戦期を通して世界の闇で暗躍していた。二代目は、その彼が壮年期の頃に組織が培養していた『彼自身』のクローン細胞を育成し、組織の技術で自身の全てを受け継がせたもう一人のデューク東郷である。その事を知っているのが、2017年のインターポールなどに重大な影響力を持っている、元FBI高官『滝和也』。かつて、本郷や一文字と共に戦った捜査官の老年期の姿である。彼は既に孫もいる身であり、2017年では70代に突入していたが、ショッカーとゲルショッカーに関わった経験から、上の世代がいなくなった冷戦末期からFBI内で重宝される身となり、高官に上り詰めた後に引退している。本郷と一文字との付き合いは続いており、21世紀に入っても、情報提供者であり続け、90年代半ばの立花藤兵衛の葬式にも参列している。在職中にゴルゴ13(二代目)と付き合いができ、その縁でゴルゴへの依頼を担当していた。
――2017年――
「しばらくだったね、Mr.東郷」
「用件を聞こうか……」
「日本の防衛省のとある派閥が連邦を組んでいる扶桑軍人の『間引き』を極秘に行っている事が分かったのだ」
「間引き?」
「彼らは600万人いるとされる、扶桑の陸軍軍人を疎んじているのだ。かつての日本軍の陸軍軍人は550万とされているが、それよりも多い。日本防衛省の中には、自分達よりも圧倒的に多い扶桑軍人達を間引きし、人数的劣位を軽減しようとしているのだ」
滝和也は老いても、往時の勇敢さは損なわれておらず、そこがゴルゴ(二代目)の眼鏡に適い、引退後も友人関係を保つ理由となっていた。言い方が雑なのは、青年期の名残りであり、本郷と一文字からも『気だけは若々しい』と言われている。
「扶桑とは度々、外交問題になっているはずだが?」
「そうだ。扶桑が我が国に度々愚痴っているように、日本には、大日本帝国と扶桑を同一視し、戦後の繁栄を起こさせるために、『戦争に大負けさせよう』という論調が存在しているのだ」
「戦中の日本の暗部が扶桑に存在していると?」
「彼らはそう思っておる。扶桑は迷惑この上ないと愚痴っておるがね。扶桑は日露戦争以前のリベラルな気質を保ち続けておる。それを『軍国主義』と糾弾するなど、ちゃんちゃらおかしいことだよ、Mr.東郷」
「……この人物がそうか?」
「防衛省の反戦派の重鎮『山下キミハル』。警察系の大物で、祖父は旧日本軍の関東軍参謀で、父親が少年期に関東軍が開拓民そっちのけで撤退してゆくのを目の当たりにしてから、徹底的に反戦教育を受け、青年期に警察官僚となり、壮年期に入る頃に出向で防衛官僚となり、高官を歴任したものの、現場からの人望はなきに等しい」
ゴルゴのターゲットとなる人物は、2010年代後半当時の防衛省の中で『反戦派』に属する者達の中でも急進的な派閥の長であった。自衛隊の拡大に反対し、軍備更新が遅れているのは、彼自身が自衛隊内でかつて権勢を奮った、『自衛隊は守るというポーズを取っていれば良い』とする旧内務官僚の流れを汲んでおり、自衛隊の装備計画を遅らせていたからであるが、米国から『亡命リベリオンの存続に異議を唱える危険人物』とされたのである。扶桑にはヘンリー・ウォレス政権を『傀儡』と断じ、南洋に間借りしている亡命リベリオンがいるが、山下は『彼らを送り返し、反逆者として処刑すべき』と公言したので、それが米軍の怒りを買い、隠居中の滝にゴルゴへの依頼の話が舞い込んだのだ。
「山下は警察出身で、防衛庁時代から強権を振るいたがる割には無能で知られているが、自身が祖父や父から暴力を振るわれた事から、臆病な性格になった。これが彼が私事で使う車だ」
「…防弾車か?」
「特注品だ。日本で裏ルートで入手出来る大抵の銃弾を弾く構造になっている。おまけにC-4爆弾にも耐えられるという強度を持つ」
「その車の予想される防弾板と防弾ガラスの強度は?」
「ドアは44マグナムの接射に耐える強度で、ガラスも7.92ミリ弾の射撃程度であればびくともしないというデータを得ている。それ以上の口径の銃弾は恐らく、想定していまい」
「防弾ガラスはタイプV相当だろう。日本では、戦闘ヘリなどのレベルの防御は過剰だとされている」
日本はおおよそ、重機関銃相当の弾丸で撃たれる事例が無いことから、防弾ガラス車の防弾ガラスの強度はNIJ規格のタイプV相当が最高であるとする推測を立てるゴルゴ。(実際はタイプVA程度であったが)
「Mr.東郷」
「やってみよう」
デューク東郷は依頼を承諾すると、直ちに馴染みのガンスミス『デイブ・マッカートニー』の職場に行った。2017年になると、彼も白髪混じりになり始めた年齢になっているが、ゴルゴが謝意を述べる数少ない人物であり続けている。彼の腕は超一流であり、冷戦期には、米国の軍事衛星の狙撃に使用する『宇宙でも撃てる銃』を作って見せた事もある。ゴルゴが二代目に入れ替わってる事はもちろん知らない。
「あんたかい。今度もまた面倒な依頼じゃろう?」
「……厚い防弾ガラスを一発で貫通出来る貫通力を持つ銃弾、それを発射出来る銃を頼む。足がつかないよう、前科のない銃をベースにしてくれ」
「それだけか?」
「それだけだ……」
「……へ、へへ。そうか。このくらいの事は近頃の機械の進歩で、そこらのチンピラでも出来るが、このワシの正確無比な仕事を求めてるってわけだな」
「いつまでに出来る?」
「一時間もあれば充分だ」
デイブは前の仕事の時と同じような台詞を言い、上機嫌で仕事に取りかかる。滝がデイブに予め送っていた、アフガニスタンで紛失扱いの『M24 SWS』狙撃銃』をベースに改造し、貫通力を強めた銃弾を短時間で完成させる。その仕事ぶりから、いつの時代もゴルゴが信頼するのだ。ゴルゴとは、冷戦期にヘンメリー・ワルサーの改造と超ロングマグナム弾の製作を依頼されてからの腐れ縁で、ガンスミス業界では、その名を知らぬものはいない大物となっている。
「滝から道具が届いとる。後は調整だけだ。 『俺達は見ているぞって意思表示にも成るから現場に置いてきても良いぞ』と伝言付きでな」
と、伝言を伝えるデイブ。デイブはこの時期には、成人したのび太も常連客に加わっており、『ワシは妙な東洋人に縁がある』とボヤいている。しかしながら、彼の仕事ぶりは『冷戦期からデューク東郷が常連客である』という評判により、繁盛している。出来上がった弾丸を受け取ったデューク東郷は日本に飛び、山下をスナイプするポイントを探した。
――都内 某地――
防衛省背広組には一定の影響力を持つ山下は、腹心の部下から『デューク東郷が自分を狙っている』事を知らされ、怯えた。みっともないほどの狼狽ぶりであった。
「な、なぜ私がゴルゴに狙われるのだ!?」
「貴方はこれまで制服組の多くの計画を潰して来られ、米軍との約束も反故にした事がある。それで制服組か米軍がゴルゴに」
「死んでたまるか、例の車で移動する!」
「はっ」
山下は『同志』との密会に防弾車を使った。移動先でその同志を拾い、車の中で密約を話し合う。扶桑に『新学校』を作りまくり、反戦思想を現地に埋めつけ、軍縮の機運と、皇国の転覆を起こす事だった。それは彼の父の代からの悲願であった。大日本帝国が満州の開拓民を見捨てた事に憎悪を持つ彼の父が、彼に託した『復讐』とも言えるそれは親子の妄執だった。彼らは木更津から飛行機で移動の予定だが、そこまで防弾車で移動しているので、安心しきっていた。だが、彼が安心したその瞬間、正面の窓ガラスが割れ、運転手の額を撃ち抜いた。倒れ込んだ運転手はそのままアクセルを踏み続け、車はガードレールをぶち破り、そのまま海へ向けて突っ込む。山下は間一髪、ドアを開けて脱出するが、そこを狙われ、死亡した。二段構えの狙撃だった。その為、山下は死ぬ瞬間に痛みは感じぬまま、顔の半分を失っていた事になる。ゴルゴは見事に依頼を果たしたのである。こうして、扶桑への『新学校の大量設立』の野望は首謀者とバックホーンがいなくなった事で潰え、前史のような思想テロの可能性は潰えた。扶桑への渡航制限も扶桑の戦時突入を理由に行われ、一般人の渡航は扶桑での『47年晩夏』から制限された。黒江達がパニックに遭遇したのは、そんな状況下でのことだ。ゴルゴの活躍など露知らぬ黒江は、VFで菅野を相手に危険なチークタイムを楽しんでいた。
――話は戻り、南洋島上空――
「菅野め、雲の中に逃げ込みやがったか。あいつもイスカンダル救援でイロハを覚えたな?」
黒江は菅野の11の位置を計器ではなく、自身の能力で感知し、雲の中に逃げた菅野を捕捉する。黒江は2012年あたりから2016年前後まで飛行教導群に属していたため、菅野機の後ろ、真横、真下に位置し、翻弄する。菅野は業を煮やし、バトロイドに変形して、黒江に接近戦を挑むが、11越しの銃剣は付け焼き刃感が強いもので、接近戦のエキスパートの黒江にはかわされる。
「11の銃剣は三十年式銃剣の感覚で使うなよな、菅野。長さが違うんだぜ?」
「ぐぬぬ!くそぉ、なんであたんねーんだよぉ!」
「経験が違うぜ!ピンポイントバリアパァンチィ!!」
銃剣のカウンターでピンポイントバリアパンチを右拳で食らわし、かなり強引に撃墜判定を出す黒江。19は接近戦においても歴代随一の能力があるからだ。(最も、模擬戦ではPPBを実際に張らず拳のガンポッドリンク用レーザー回線使って位置情報の処理で済ますが)
「殴るこたぁねーだろ!?」
「お前、接近戦だと無茶すんからな、早めに済ませた」
「ちぇ!イスカンダルの時はそれに乗ってたのに」
「私のはリミッターカットされてる本国仕様のエースパイロット仕様だぜ?ガキにはまだはえーよ」
菅野も19系には搭乗経験があるが、今回はF型とS型で、廉価量産版である。黒江は熟練者であるので、VF-19A系のリミッターは全カットされており、実のところ、慣れていないと飛ばすのにも苦労するのだが、黒江は飛行教導群で鍛えられたのもあり、それを御する事ができる。黒江は飛行教導群に属した時期が同部隊の思惑より随分と遅くなったが、これはブルーインパルスを退いた後に引き抜いたからだ。黒江は元から高い技能だったが、ブルーインパルスや飛行教導群で揉まれ、教導群のパイロット達も目を見張る操縦を1年目の後半には身につけ、2年目からは同隊きってのエースパイロットに成長した。教導群を退く頃には将待遇の将補になっていたのもあり、ダイ・アナザー・デイ作戦時にはその権限を活用した。地球連邦軍のVFを乗りまわしている事は、同作戦に従軍した自衛隊員には知られ、色々と小突かれたり、質問攻めにもあっている。また、黒江が気さくな人柄であるので、統括官になっても人気は絶大で、扶桑出身でなければ、統合幕僚長にもなれたと惜しまれている。(内規が作られたのは、ユキヲ政権時の組織防衛策なので、連邦化に伴い、内規の有名無実化が次第に行われるが、扶桑出身者の通過儀礼的な慣例として残ったという。黒江の統括官在任期間は17年から27年までの10年。その期間には、のび太の子であるノビスケの進学などが含まれている)黒江は元の世界で太平洋戦争に従軍しつつ、自衛隊の高官として勤務するという二重生活を続けるのである。
「こんな事してていいのか?」
「訓練は大事だぜ。即席パイロットに制空権の維持は不可能だし、多くの戦訓がそれを証明してる。うちらが出しゃばるのはもっと後になってからだしな」
「敵さんがこっちと渡り合える機体を作れるのに、どのくらいいる?」
「半年もあれば、F-100が現れて、その数年後にF-4が出て来る。この辺りは技術加速さえ起きれば、生産は容易に出来る。今の機体は半年から二年ほどの制空権は約束してるが、それ以降はわからん」
「あいつらはなんで機体を次々と更新しないんだ?」
「したくてもできないんだろう。奴らもウィッチを抱えてるが、質のよくて開明的なのは亡命側にいるし、口ばかり達者なトーシロー連中が多いのが本国側だ。そのせいで向こうは通常兵器の更新速度が遅いんだ。ウィッチの軍事的優位性は、60年代末から70年代水準の兵器が実用化されれば完全に消え失せる。それを向こうは自覚していないのさ」
黒江は自衛隊でも働き、地球連邦軍にも勤務しているため、ウィッチの現時点の『素養に左右される』要素を含んだ軍事的能力では、70年代水準の兵器が実用化されれば、その利点が帳消しとなり、前線で運用する意義が消え失せるという事を知っている。黒江達はウィッチ兵科の近い将来の消滅を知っているために『特技』として、ウィッチの存在が認められるようにすることでの『生き残り』を図る事を既定路線としている。その為、つぶしがきくように、パイロットとしての教育も全員に施している。ウィッチ装備は、次世代の魔導理論が出現しない限りはそろそろ魔導エンジン出力の限界に突き当たるからだ。
「魔導理論は改良宮藤理論の登場待ちだ。魔導アフターバーナーとかの実用化がされないと、あと5年で進歩は頭打ちになる」
「宮藤の親父さんの理論の改良か。ジェット時代に対応できんのか?」
「要はアフターバーナーとかの装置と、背部武装フレームの実用化だ。既に翼や麗子を使って、見本をメーカーに送ってある」
「実用化に何年だ?」
「合金素材の開発、ガトリングガンの小型化やミサイルの実用化、小型魔導レーダーの実用化とかの課題が多い。ラボに送って研究させているが、今すぐの実用化は無理だとさ」
背部フレームにアームを付けて機種を模したユニットに魔導レーダー搭載でナイトウィッチ以外でもレーダーによる夜間哨戒を可能にするという装備が第二世代宮藤理論型ストライカーである。第三世代型になると、背部に銃撃武装内蔵装備を備え、機動力重視の設計となる。第二世代宮藤理論機は固定武装がつく初の世代で、ジェット戦闘機で言うところの第二世代機から第三世代機に相当する。第三世代機相当でレーダーの固定装備化、ミサイルの固定装備化などの革新が起こったが、レトロフィットで第二世代相当も改造できたため、ストライカーに於いては、第二/第三世代は曖昧である。
「ラボにウルスラ入れたんだって?」
「Gになったしな。ハルトマンと智子、さんざ愚痴られたみたいだが」
「ああ、あの人達、散々にからかったりしたから、自業自得だぜ。黒田さんに他の連中の相手させてていいのか?」
「あいつの腕なら、11のヒヨッコ共は相手にならねぇよ。回線を開いたが、こんな感じだ」
『ほら、ダンスのエスコート出来る子はいないの?』
「あいつ、未来でも付き合わせてたから、VFにも慣れてな。今じゃプロフェッショナルだ」
「何するんだ?」
「ヘッドオンで変形から銃剣攻撃する11をスレスレで回避して全速で11の右側(左へ旋回)へ抜けて衝撃波で吹き飛ばすんだろう。プロなら出来る芸当だ」
「アンタ、何に付き合わせてたんだよ」
「ほんの、はぐれゼントラーディ狩りに、ジオン残党狩りに、ベガ星連合軍狩りだよ」
「それが『ほんの』ですむかよ!」
「はぐれのゼントラなんぞ、奴等の標準指令映像通信にポルノの一本も流しゃ勝手に沈黙するんだがな。ジオン残党が一番苦労すんだよ。VFだと、空は有利だが、バトロイドじゃ不利なところ多いし」
「あいつら、時々、どこから持ち込んだ的なモビルアーマーだが、重MS持ち出してくるしな」
「『今日はまだ1度も立ち上がって無いんだけど』」
黒江と菅野の機に聞こえてくる黒田の無線通信。黒田は隊の若手(と、言っても、ウィッチとしては中堅に入っている者達で、雁渕姉や下原を含めている)をしごく。黒田はこの当時でもまだ17歳。一桁当時から軍歴がある上、黒江の相棒として死線を越えてきた事もあり、隊の序列ではトップ5に君臨している。階級も大尉となっており、古参幹部としての風格を備えた。ある意味では、他世界より戦闘向きに素養が現れていると言える。最も、元々は事務向きの性格であるので、前々史で事務方として呼ばれたのも頷けるのだが。
「あの人、前々史だと、リーネとかと同類だったって聞いたけど、変わるもんだなあ」
「まっ、あいつもなんだかんだで前史以降の記憶はあるし、黒田家を束ねていりゃ、割り切るさ」
「あんたも色々と大変っていうか、やってんだな」
「人生を二度もやり直せばな。あいつ曰く、レイブンズに付いて行けば食いっぱぐれ無いですし、その為に腕を磨いてたら、怖いけど行き抜けられるって実力が有ること解ったんで余裕がでました……ってさ。わらえるよな?」
「あの人らしいや」
菅野も黒田の事は実力で敬服したらしく、あの人と言った。面と向かっては『邦佳さん』と呼んでおり、今回は黒江の継承者と目されていた時期がある黒田へ敬意を払っているのが分かる。黒田も今回は武勇で名を立てた事は自覚しており、斬艦刀を黒江の覚醒後に拝領し、それを槍に次ぐウェポンにしている。黒江は公的には、赤松/若松の両名の系譜に位置し、黒江や黒田はその系統の中興の祖とされる。黒田はその内のポールアームの使い手であるとされている。その為、今回のやり直しでは、圭子の「アフリカ」に呼ばれ、そのまま数年ほど在籍、ティアナが赴任してくるのと入れ違いにノーブルウィッチーズへ赴任したとされる。そこから501に異動となるので、レイブンズとの縁は切れておらず、キャリアの殆どでレイブンズのいずれかに仕えている古参という事になった。その為、今回においては、ガランドやラルもセットで扱っており、レイブンズにクロダは外せないと言わしめた。その為、今回においてはレイブンズをどのタイミングで、全員を集めるかに苦心しており、坂本が前史での事を引きずって、心労で神経性胃炎になったほどだった。ティターンズにより、統合戦闘航空団の有効性に疑問が呈されるタイミングでレイブンズを切り札として使う。これはラルやガランド、そして彼女たちの政治的バックホーンである山本五十六の考えであった。統合戦闘航空団は大尉時代のミーナがガランドに提出した案が素案となるため、それを一つにまとめるのは、ミーナ自身が反対する。それを考慮したガランドは、最終的なタイミングを黒江へ委任した。
「今回の時のあんたの501赴任はどんな感じだったんだ?」
「ああ、閣下に委任されたから、YF-29で赴任してやったよ。ど肝抜いてやりたくてさ、YF-29を受け取って、そのまま赴任してやった」
――二年前 501 ロマーニャ基地――
「新しい増員が来るの?去年みたいな一時的なメンバーでなくて?」
「私には通達されている。お前には黙っているようにと、ガランド閣下から厳命されててな」
「閣下が?私に通達されないで、あなたになんて」
「お前が知らなければ、大将連中に嘘を言わなくて済むからな。間もなく来る頃だ。土方ー、整備の連中にいって、輸送機/爆撃機着陸用の滑走路を開けとけ。編隊で来るからな」
「ハッ」
「美緒、何故輸送機や爆撃機用の滑走路を?それも、ここ一週間で大きく拡大させるなんて。まるでメッサーのシュワルベでも……」
「うーむ。似たようなもので来る。連邦軍製のものだが」
「連邦軍のジェットで?」
「ん、噂をすれば」
坂本が空を見上げると、轟音が響く。ジェットエンジン特有のエンジン音である。事情を知らない者達はパニックだ。
「あれは連邦軍の戦闘機!?それも三機!?」
「今回は第一陣だ。お前を立ち合わせたのは、理由がある。今回の戦で先任中隊長を引き受けてもらうために、私がガランド閣下に具申して呼び寄せた奴を紹介したくてな」
「貴方が呼び寄せたの!?」
「そうだ。私より格上のウィッチになる」
「あれにそのウィッチが同乗を?」
「いや、自分達で操縦してるんだ。未来世界にいっていたウィッチの中でも腕っこきだ」
着陸する機体。一機のYF-29、二機のVF-19Aのキャノピーが開き、連邦軍のVFパイロットの最新装備に身を包んだ三人が降り立つ。その内の一人がヘルメットを脱いで、素顔を見せる。坂本の表情が変わる。
「久しぶりだな、黒江」
「ああ。7年ぶりだな。坂本」
「美緒、知り合いなの」
「元・飛行64戦隊の撃墜王、黒江綾香陸軍少佐。レイブンズって聞いたことは……、お前の世代だと無いか?」
「戦訓学習にあの時の状況の話は載せらんねーって戦史室のオッサンが嘆いてたな」
「だろうな」
「扶桑海事変で活躍した部隊でしょ……待って、その世代だと」
「ああ、その事は心配いらん。Rウィッチ化の処置を受けているので、こいつの力は往時に戻っている。私よりよほど強いぞ」
「坂本、あたしを忘れちゃ困るわよ。扶桑海の巴御前の穴拭智子様を」
「お前ら、昔からセットだったからな。いやー、スマンスマン」
「危うくガチペドロリコンの餌食になりかかったらしいんだ、実は。おかげでリウィッチの処置が確立されたんだぜ?」
「そりゃ災難だな」
「あたしもいるぜ?」
「おお、加東。アフリカが負けそうって聞いたが、こっちに行っていいのか?」
「マルセイユが頑張ってるからな。モンティのおっさんから、こっちに行けと言われてよ、アフリカはもう持たんだろうな」
「そこまで悪化してたとはな…」
「あの、美緒?」
「ああ、紹介しよう。この三人は扶桑海での私の先輩で、当時の扶桑で最強を誇っていた撃墜王トリオ『レイブンズ』だ。お前は知らんだろうが、当時を知ってる連中から見れば、神様みたいな連中だ」
「公式記録には残ってねぇけどな」
「お前ら、一応、官姓名を名乗っとけ」
「扶桑陸軍少佐、黒江綾香」
「同じく、穴拭智子大尉」
「同じく、加東圭子少佐」
挙手の敬礼を取る三人。かつての栄光を坂本が紹介する辺り、坂本が顔を立てるほどの先輩である事は理解できた。
「チッ、チッ、チ(人差し指を左右に振る)みたいなじゃねえ、あたしらは神域に届いた神様そのものだぜ?」
「それは分かっとるよ、お前らなら何でもありだ。特に加東。お前は悪童と言われた女だしな」
「トゥーハンドと呼べよな。悪童っていうには年取ったしよ」
「そうか、お前。もう25だもんな」
「戸籍上の年齢だがな」
「よく言う。あの時は扶桑の狂気とか謳われただろう」
圭子は今回、赴任時にレヴィのキャラを見せる事でのインパクト勝負に出ていた。坂本が顔を立てるのもあり、第一印象のインパクトを強める。それが三人と坂本の作戦だった。
「それにまっつぁんが来たら、ウィッチ皆一纏めに小童扱いだからあんまりその辺突っ張っても意味ないぞ?」
「あの方が来られるのか!?」
「ああ。山本大臣直々のご達しだ。若さんよりは楽だぜ」
「あの人はカタイしな」
圭子と坂本は示し合わせた会話を行う。赤松の存在を早めに教えることを。ミーナを黙らせるには、立場がより上、レイブンズよりも上の立場を持つ者の権威が必要だとした山本五十六が送り込む扶桑ウィッチ最長老。
「最長老のあの方が来られるとは。今度の戦はよほど大事になるな」
「最長老?」
「ああ、北郷先生の従卒だった経験を持つ海軍特務士官、こいつらが新兵当時の古参下士官でもある最長老ウィッチ。赤松貞子大先輩だ」
規定事項ながら、ぬけぬけという坂本。ミーナの暴走を抑える役を仰せつかっている坂本は、わざと赴任者が自分より格上である事を強調する。坂本がそのような事を言うのは、ミーナには始めてであり、扶桑ウィッチ社会の縮図を見た気がした。
「……!?なに、この機体は!!四発のジェットなんて、燃料代どれだけかかるのよぉぉぉぉ!」
ここでようやくYF-29に気づき、案の定の絶叫である。当時はジェット推進そのものが黎明期であり、レシプロ機と比較し燃費が劣悪だったのだ。当時の実用化間近のメッサーMe262でさえ、航続距離は1050kmほど。わずか30分の作戦でも全燃料タンクを活用する必要に迫られて、合計で3100リットルの燃料が一回の飛行で消えていた。扶桑のデッドコピーでは更に燃費が悪いため、ミーナが絶叫するのも無理からぬ事だった。
「反応物質一握りで数ヶ月燃料補給要らないぞ」
「……え?」
「23世紀最新最強のバルキリーだぞ?熱核バーストタービン(ステージU熱核タービンとも)を四発積んでも、大気圏内じゃ燃費気にしないでいいぜ?数ヶ月にいっぺん、反応物質を入れればいいだけだし」
「宇宙に出るなら別だが、空気の有るところなら空気を燃料に出来るようなもんだからな」
「弾薬は連邦軍持ちだしな」
「スーパーパックもだとさ」
「整備は?」
「ああ、私が予めメーカーに頼んどいた。23世紀の兵器の整備はこの時代の人間には荷が重いからな」
「メンテフリーだが、予備部品の取っ替えなどは専門知識がないとな」
「翼はV字型なのね?」
「大気圏内じゃ、この翼型が一番運動性が引き出せるからな。可変翼だけど、基本的に前進翼だよ」
「今の時代の技術だと、まだ作れないな」
「ああ。最低でも60年代くらいの素材技術が必要だしな、前進翼つけるのに」
当時の技術では、本格的な前進翼を機体につけられるほど素材技術が発達しておらず、その最新到達点とも言えるVFは未来の象徴だった。しかも当時のレシプロ戦闘機の倍の大きさを持つのもあり、いつの間にか人だかりが出来ている。当時、ジェット機はまだ実験段階の機体であり、カールスラントが一番進んでいるとされていたからだ。
「坂本、機体を格納庫に入れといてくれ。整備の連中にも通達頼む」
「分かってる」
「美緒、貴方、操縦できるの?」
「去年に講習は受けていたのでな」
――と、言うことである。VFの配備はこうしてなし崩し的に求められ、ルーデルがVF-25で着任したのもあり、公的に機材としての運用が開始された。この時代を超えた機体の運用は、扶桑にジェット戦闘機の可能性を認識させるためのもので、それは日本連邦結成で加速している。扶桑は日本との接触もあり、それまでの方針を急転換。ダイ・アナザー・デイ作戦時には次期主力戦闘機はジェット推進が前提とされた。結局のところ、扶桑は保守性が強いので、実例を以てして黙らせるしか方法がなかったというところだ。扶桑には、急激な未来情報流入で自分達の努力を否定される事に憤慨する者達がかなりおり、当時、扶桑の長島飛行機では、『キ99』なるキ番号の和製サンダーボルトというべき機体が試作されていたからだ。これは日本のとある有名マンガ家がある作品で創作した架空機を扶桑の航空技術で具現化させたというべき機体だった。当時のレシプロ機の最新技術を詰め込みまくった新鋭機と期待されたが、レシプロ機の高性能化に限界がある事を知っている日本側の圧力で開発中止が指令された。スペックは当時のレシプロとしての限界を極めてはいたが、構造があまりにも当時の現場の整備力を超えていたからだ。ハ44エンジンをタンデムで二基搭載、二重反転プロペラ装備、推力式単排気管完備であったが、エンジンをタンデムで配置と言うのは、量産向けの構造ではなかったのだ。この機は当時、ジェットまでの場繋ぎの陸軍(空軍)主力の座を川滝が生産しているキ100と『五式戦闘機』の座を争っていた。キ100はカタログスペックでは速力が劣るため、長島の技術者は勝利を確信していた。しかし、軍部は最終的にキ100を選んだ。これは存在意義が場繋ぎでしかないため、新機軸を詰め込んだ99は如何にレシプロの範疇で究極でも、ジェットの前では徒花でしかない事、黒江と智子の推薦があったからである。そのコンペの敗北を不服と見た開発主任はテストパイロット共々、クーデター軍に与した。持ち出された機体は亡命リベリオン軍のP-51、P-47、扶桑正規軍のキ84/烈風/紫電改と言った当時の実用最新鋭機を全て圧倒した。その場に居合わせた黒江はVF-19に乗っており、とっさに急降下で分解させる選択を取った。急降下制限速度はレシプロとしては驚異的なもので、P-47が空中分解を起こす数値でも持ちこたえた。だが、彼の機体の計器で音の壁を超えた1225km/でとうとう空中分解を起こし、テストパイロット共々、空に散った。彼の機体が空中分解を起こす一瞬、黒江はテストパイロットが敬礼をしながら死んでいくのを目の当たりにし、彼の情熱に敬意を表し、彼へ敬礼した。元・テストパイロットとしての性だった。メーカー側も高性能と引き換えの整備時間の増大をクーデター事件でのキ99の最期で認識し、以後はジェット機に軸足を移してゆく。この話の顛末は後年、日本の某有名漫画家が『衝撃降下90度』というタイトルで扶桑向けにも発表。黒江の甥っ子達もそれを読み、好評を博したという――
――次元震パニックが起こった47年になると、64Fのメンバーにも出撃要請が出されるようになり、かつてキ99が打倒目標としていた機体群が敵として飛来するようになった。64F基地はニューレインボープランの秘匿の意図もあり、海岸線に通じる前線から沿岸の外縁部に置かれていた。その為、上陸作戦後に整地された臨時飛行場から飛来する敵機が現れるようになった。基地の東部はかなり大きい崖になっており、そこにニューレインボープラン用のドックが満潮時70mほどのゲートが隠されている。基地上空に飛来した敵機を、同隊のキ100が撃墜する光景が見られるようになったのも、ここ数週間の話だ。戦闘が終わり、不時着した敵機から敵兵を引きずり出すのももはや日常であった――
「これって戦争なんだよね?」
「時代がかってるけどね」
調Aは、事情を知りたがったBの求めに応じ、しばしの間、彼女を基地に泊めることにした。これは色々と事情が絡んでいる。Bが足手まといとされるのを嫌がったからだ。また、この頃、日本からの旅行者の一部が敵パイロットに暴行を加えたり、空襲のトラウマが蘇った認知症の老人が金槌で殺害する事例が生じたため、日本連邦公式声明として、『政府広報:敵航空機搭乗員を発見した場合、ただちに軍、もしくは警察に通報すること。集団リンチ等を行った場合、暴行傷害の刑事事件として扱われる事とする。暴行現場を警務隊及び警察が発見した場合、状況により即時の射殺を許可する』とする声明を発表した。敵味方問わず、暴徒化した住人に殺されていた例は多いからだ。扶桑軍搭乗員の服装に日の丸などが縫い付けられたのも判別のためだ。また、扶桑軍が敵味方の判別のために、敵味方識別装置の艦艇・航空機への配備を急いだのも、近代化改修途上の武蔵が飛行中の紫電改を誤射してしまい、日本側マスコミがスキャンダラスに報じ、当時に武蔵に着任した松田千秋艦長の責任問題にされたからである。結局、訓告と減俸が艦長と砲術長、射撃指揮者が戒告と再教育が決定され、敵味方識別装置の全面的導入を行った。艦艇側の『警戒航行隊形にある進路に無断侵入するものは敵味方問わず撃墜が当然』という松田艦長や砲術長の申し開きが日本側に理解されたからだが、40%の減俸が半年ほど科されたという。また、『味方識別バンクや上下運動をしたが止むことはなかった』という事をスキャンダラスに報じられたため、航空隊や艦隊のこれ以上のイメージダウンを恐れた海軍は艦娘の全面的運用を開始したという。唯でさえ、二度のクーデターでイメージダウンした海軍は政治的には天皇陛下に信頼されていると言っても、国民からは白い目で見られており、人員補充に支障をきたすのが恐れられたのだ。敵味方識別装置の導入は何ほどもかからなかったものの、艦隊運用を自粛する空気が日本のマスコミによって作られたため、外洋にいる通商破壊艦隊しか動いていない週ができてしまったという。これは扶桑軍としては致命的である。しかし、海防艦を大量に買い込んでいた民間軍事会社の走り『海援隊』がそれを補っていた。ウィッチ世界では暗殺を免れた坂本龍馬の一族が興した民間軍事会社であり、この戦争で始めて、歴史の表舞台に立った。ウィッチから水兵に転じれなかった者達の再就職先でもあり、元ウィッチであるが、もはや軍事から抜け出せなくなった者達の受け皿となっていた。ウィッチ世界で日本の海保が勢力を持てなかったのは、本来、海保が担うべき役目は殆ど、海援隊が担っていたからだ。海保は海援隊の解散と、海保への吸収を迫っていた。人員の雇用確保と船舶の破格の値段での譲渡を餌にして、だ。これは民間軍事会社である海援隊が国家治安維持を担っている状況を良しとしない海上保安庁長官が強固に推し進めていた事だった。しかしながら、海上保安庁長官は海援隊の当時の総責任者であり、坂本龍馬の直系の子孫である『才谷美佐子』(先代の責任者『才谷美紀』の娘。坂本龍馬の孫に当たる)の声明や、海軍の経理関係者から『軍との業務契約で海軍予備員として動員可能となっていて、だから、海軍から海防艦落ちした旧式駆逐艦を払い下げてもらえていたし、契約を切ると人件費や艦艇維持費、警備業務の増大などマイナスが多すぎて話にならん』と言われ、困惑した。海援隊を解散させて、海援隊を海保に組み込むと言うのはこの時点で破綻していた。海援隊は扶桑海軍の領海警備戦略に組み込まれており、既に海軍に深く組み込まれていたのだ。海上保安庁長官は怒り狂い、安倍シンゾー総理と吉田茂総理、そして才谷美佐子を前にして、海援隊を批判する暴挙に出、二人の総理の前で『竜馬の血筋である事しか誇れない小娘』と罵倒し、事もあろうに全力ビンタをしてしまうが、ビンタの腕を取って引き倒して極める。
『民間軍事会社ごときに領海警備を委託などあり得ん!!そんなだから、商船警備に無関心なのだ!大伯父は海軍のせいで太平洋の藻屑と消えた!!無能!!無責任!』
極められながらも、自分の大伯父が太平洋戦争のとある商船に乗っていて海の藻屑と消えた事を叫ぶ見苦しさを見せ、これが安倍シンゾーの逆鱗に触れ、その場で彼は警務隊に拘束された上で、長官を更迭される。
「クズが!女に手を上げるとは。商船保護に無関心なら海援隊の活動すら認めんわ!払い下げとは言え軍の装備を引き渡すものか!!」
「黙れ!あんな大正期の払い下げの旧式で、米軍相手に何が出来る!陽炎型も夕雲型も有象無象の如く沈められ、秋月型駆逐艦の増備に無関心だったくせに!!」
彼は史実の情報で罵倒する。確かに史実であれば、艦隊型駆逐艦は対空能力が当時の水準からすれば旧態依然であり、米軍には何も出来ない例が多かった。だが。
「そもそも怪異相手だから、引き渡し時に高角砲に積み替えたりしてるから艦隊型より防空能力は高いと聞いてるが?」
「近接信管もレーダー連動射撃指揮装置もない艦に何ができる!バカヤロー解散したハゲのアンタに言われたくない!!」
「オレはまだやってねーよ!別世界の別人と一緒にするな!」
確かに、扶桑の当時の制式高角砲は長10cm砲に切替られつつあった時期だが、近接信管は当然ながら、ミッドチルダ動乱経験の艦艇の改装時に積まれ始めて、その普及途上だったし、レーダー連動射撃指揮装置は『旧型』(従来型艦隊型駆逐艦の残存艦)用の開発が行われている途上であった。海援隊用の艦は確かに当時の米艦の水準からは立ち遅れていたが、それ以外の国では、むしろ防空重視と評価されている。彼の言うことは太平洋戦争で肉親を失っている者の怨嗟であるため、厄介であった。しかしながら、彼の言うことも的外れではない。海援隊の艦艇では、リベリオンの最新鋭装備には及ばないところも多い。その為、海援隊用の船も当時の最新水準にレベルアップが図られた。これは通商破壊を集中的に行うリベリオン対策が大きく、逐次、当時の最新装備に更新する契約が交わされた。海援隊もこれは思わぬ出費となった。船を全部取っ替えろというのは、無理難題に近い。この事は三者に装備の近代化を強く意識させ、日本はこの賠償も兼ね、FCS-1(72式射撃指揮装置1型)の現物と設計図を扶桑海軍に提供し、退役艦から外した機材の現物提供を行う。海保の不手際からの提供なので、海保はかなり立場が危うくなり、交代した長官が海援隊に陳謝するハメとなったという。また、美佐子が『海保にタービン扱える機関士居るの?』と言ったのもトドメになった。学園都市が起こしたロシアとの戦争で巡視船が大量に失なわれ、扶桑海軍の登場で政治的立場が悪化した海保の再建に海援隊を利用せんとした彼の野望はこうして潰えた。海援隊の存在が明らかとなり、扶桑海軍が正面装備に傾倒していた理由がこれで解けたが、未来人の介入で海軍装備バランスが是正されたが、海援隊もまたパニックに見舞われ、海自に人員を大量に研修に出すハメとなったという。また、才谷美佐子は母の美紀の青年期の頃の容姿に瓜二つであり、眼帯をしているのも、若き日の美紀に瓜二つであった。1947年当時は25歳。軍にいれば、黒江と同期であった。彼女は立場上、軍には行けないが、実は小学校時代に、黒江のクラスメートだった経験を持つ。彼女はシールド適正がなく、家業を継ぐことになった。黒江との面識が出来たのは、黒江が小学校時代の同窓会に出席した2年前の秋からだ。黒江も身近に海援隊の跡取りがいた事に驚き、以後は互いに軍事に関わる仕事についているのもあり、親交を持っている。また、小学校時代の呼び名でもある『あーや』呼びをなし崩し的に認めていたりする。また、黒江は小学校当時は調と同一の高めの声色だったのもあり、声変わりに驚かれたという。
「声変わりか?ガキの頃の声だと、周りになめられると思って、声色は変えたんだ。今でもその気になれば、あの頃の声は使えるぜ」
「私は転校生だったから、貴方にとりたてての印象はなかったわ。大人しめの優等生って感じで。それがどこをどうしたら『魔のクロエ』、『ミスティ』、『扶桑最強』の異名持ちになったのよ」
仕事で鉢合わせし、公園で語らう二人。卒業時に同級生であったので、二人は図らずも縁があった。黒江も前史では気づかなかった縁であり、今回が正真正銘、始めての語らいだった。
「神様の気まぐれってか?」
ウインクする黒江。黒江は現在の人物像と、小学校時代の人物像が違うのは自覚しているようである。小学校時代は調から百合要素を抜いたような大人しめの子供であり、その事も、調との同調に繋がったと自覚している。
「変わってるけど変わってないわ」
ウィンクするときにやたら瞑った目の側の口角がつり上がる癖が子供の頃から変わってないため、美佐子はケラケラ笑う。
「貴方も色々と大変な事に巻き込まれてるよね」
「まーな。ガキの頃からは想像もできなかったよ。まさか別の道を辿った自分に会ったり、別の世界からガキ拾って育てたりよ。お袋、知ってるだろ?」
「ああ、あの教育ママだった」
「今でも女優になれって五月蝿くてよ。親父の癌治療で疲れてる時に……」
「貴方をやたら女優にしたがってたわね。それは同情するわ。貴方のお母様、過干渉型だったって近所でも噂だったし」
「マジかよ……お袋め」
黒江は『あちゃー!!』と額を抑える。小学校最後の年の転校生にバレるあたり、自分の母親は恥を近所に晒していると。
「あー……。どうしよう。同期の奴が書いた本の映画に出るんだけど、兄貴の会社がスポンサーで降りれない」
「まぁ、そこは『親孝行したいときには親はなし』っていうし、出ときなさい」
前史では、47年の公開だった圭子の著書の映画は、今回は戦況の都合もあり、制作年度が遅れていた。主演予定の黒江が父の癌治療に奔走していた都合もあり、それどころではなかったからで、47年の秋からクランク・インが予定されている。
「うー……お袋の機嫌取るの嫌だけど、しゃーないか」
「それで義理立ては済むし、戦後になったら広報で必要なスキルも磨けると思うわよ」
「秋からクランク・インで数週間の日程で撮影だってんだけど、お前のお袋さんは元気か?」
「ええ。家で隠居してるわ。貴方のことは伝えてあるから、家にいらっしゃい。母が若い頃、東郷平八郎元帥閣下から拝領したモノを渡したいとか」
「え!?」
いきなりの話に、流石の黒江も浮足立つ。美佐子の母『美紀』は若い頃は海援隊の大佐であり、存命時の東郷平八郎の配下であり、『三笠』の艦長でもあった。その時期に拝領したものなので、流石の黒江も浮足立った。
「私は貴方みたいに、個人の武勇で身を立てるタイプじゃ無いから、母が若い頃に使っていたモノは無用の長物でね。母はね、貴方達の武勇を高く評価していてね、『ウチで雇いたいくらい』って言ってたのよね」
「まじかよぉぉ!」
「今度、新京にあるウチの別荘にいらっしゃい。母はそこで隠棲生活送ってるから」
「お、おう」
黒江もこれには内心の動揺が大きく、鼓動が早まる。東郷平八郎から拝領したものといえば……。別れた後も動揺は大きく、動きがカチンカチンだったとは、目撃した芳佳の談。
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