「シンフォギア世界の一つのIF」編 5
(ドラえもん×多重クロス)
――黒江は会談の後は、買い出しに出ていたマリアと合流し、『ギア姿のままで』外で食事をしていた――
「あなた、ギア姿のままで食事を?」
「普通の服を買えるほどの金はないからな。それに、逃げる時に着てたのも、体格的に小さくなっちまって、入らなくなった」
「なるほど」
「しかしだ。この世界は平和でいいよ。あの怪物が出る以外は。俺の故郷は戦争中だし、仕事で行ってる先も疫病が流行ってて、空気がギスギスしてるんだよ」
「疫病?」
「スペイン風邪以来の大流行でな。2019年の冬に某国で確認されてから、一年ほどで世界的大流行に陥って、世界中が不景気に陥ってる。陰謀論も最初から出るくらいの感染力と変異速度だ。世界的に見て、かなりの医療体制のはずの日本でさえ、都市部の医療体制が限界に近づいてるほどだ。だから、こういう普通の雰囲気は久々なんだ」
黒江は故郷では戦線の先鋒を務める身であるし、21世紀日本でも、自衛隊の高級幹部として、疫病対策を政府に進言できる立場にある。つまり、ここのところはずっと有事下にある世界に身を置いているため、シンフォギア世界の日本は『ノイズが災害と位置づけられている』以外は平和を謳歌している。そのため、平時の空気を味わうのは数年ぶりである。
「あなた、あの戦い方はどこで?」
「俺はスーパーロボットにも乗ったことがある。それもキワモノじゃなく、ゲッターロボやマジンガーといった、超大物にな。そのパイロット達の戦い方を間近で見てきたし、手ほどきを受けた。アニメファンが聞いたら、感涙にむせぶだろうよ」
ニヒルな物言いの黒江。黒江は転生後はニヒリズムな物言いが増加している。転生を繰り返した故の哀愁も込めていた。調の姿で言うので、マリアは不思議な感覚を覚えた。
「その姿だと、あの子が大きくなった感じがしてしょうがないのだけど?」
「しかたねーさ。あのガキの物言いから察するに、この姿の元の持ち主が『乗っ取られた』って思ってるみたいだ。そうなったなら、体格まで変わるわきゃねーだろうに。俺だって、こうなるなんて、思いもよらなかったんだぞ?」
「切歌をどうする気?」
「あの流れだと、間違い無しに闇落ちだ。いざとなれば、無線連絡を断った上で、サイコキネシスとテレポテーションを組み合わせた技で何処かにすっ飛ばすしかあるまい」
「なにそれ」
「ある世界で軍事利用された新物質を使えば、電子機器の作動に悪影響を及ぼせるからな。21世紀までの原理での長距離無線通信や、レーダーとかな。それであいつのギアの通信機がしばらく使えないようにばら撒く。効果は時限式だが、こっちが対策を講じられるだけの時間は稼げるだろう」
黒江はM粒子を切歌を転送する直前のアナザーディメンションの空間に一定濃度で散布し、通信を絶つという黒江流の念入りの対策を考案し、今後のために用意していた。さしあたり、小笠原諸島の『父島』あたりに
「大丈夫なの?」
「人がいるところには飛ばすさ。気づいたら見も知らぬ場所にいることになる
腰抜かすだろうよ」
「かなりアバウトね」
「細かい座標の指定をする時間はないだろうからな。ところで、聞きたかったんだが、ノイズってのは誰が出している?」
「おそらくは、ドクターウェル。マムの身体の治療をさせるために見逃してはいたのだけど……危険な男よ。英雄願望がバカみたいに強い男でね…」
ウェル博士。史実では功罪入り交じる存在という表現が当てはまるマッドサイエンティスト。(とは言え、その度合は生前の兜十蔵や早乙女博士、はたまた敷島博士に比べれば、子供のようなものだが)ネフィリムという聖遺物や、英雄になることに固執し、自身のためなら、仲間を平然と切り捨てるような危険思想者だと、マリアは言う。
「あなた、私達のことをどれだけ知っているの?知っているのなら……」
「さっきに言ったろ?チラっとしか見てないし。面倒見てるガキのスマホゲをいじってみた程度なんだ。そこについては力になれん。だが、そいつが何かやれば、俺が止めてやる」
黒江はこの後、ウェル博士からは『イレギュラー』とされ、興味深い観察対象と見なされる。切歌は結果的に、思い込みを正す事もできぬままに精神が破綻状態に陥っていく。遂には完全に狂気に染まってしまい、(ウェル博士が嘘を吹き込んだ事も大きい)周囲を顧みない戦闘を行い、何の関係のない一般人を虐殺してしまう。これが彼女が正気に戻った後に巡り巡って、自分の運命に極大な悪影響を及ぼしてしまうのだ。
「こちらからもいいかしら。貴方のその力は転生の賜物なの?」
「単純な転生じゃねぇから、説明しずらい。それに、俺はお前等のいう完全聖遺物を普段から扱ってるようなもんだし、この世界の人類とは存在そのものが違うようだし」
シンフォギア世界の人類は他の世界と違い、先史文明(後の記録で言うシュメール文明と思われる)が猿を意図的に改造して生まれた存在であるため、他の世界より人為的な面が強い。(未来世界もプロトカルチャーが似たような事をしたが、決定的要因はそれを促すゲッター線の存在である)
「シュメール神話の元になった宇宙人が家畜か何かを意図して生み出したのがこの世界の人類なら、俺達はゲッター線という進化を促す宇宙線が進化に関わってる。ゲッターロボのエネルギーになってるあれだが……。ロボットさえも有機体のように進化させられる効果がある」
「なっ、そんな事……ありえるの?」
「あるんだ。マジンガーZのプロトタイプ……エネルガーZを、マジンカイザーという最強のマジンガーにまで進化させ、ゲッターロボGを真ゲッタードラゴンってスゲえ奴に進化させる効果が確認されてる
「……機械さえも進化させる宇宙線……。そんなものが存在するというの……」
「だが、どんな力であれ、扱う奴次第で善にも悪にもなる。鉄人28号の歌詞にもあるように」
「ずいぶん古いわね」
「俺にとっちゃ、20年くらい後の漫画だけどな。1940年代の20代だから、俺」
「その割に、現代の暮らしに順応していない?」
「言ったろ?平行世界を行き交ってるせいだって」
「あなたの世界、どうなってると思う?」
「仲間は俺を探してるだろうが、その前に人事的意味の騒動待ったなしだろう」
「何それ」
「今の部隊の上官が年下な上、俺とダチの昔の活躍を知らないっぽくてな。その彼女の上官にあたる将軍たちは大騒ぎだろう。日本で指折りのエースパイロットで鳴らして、世界的にも名声得てたから、俺とダチ」
「そんな事ありえるの?」
「戦時中の座学が省略された時の世代には、ままあるんだ。特に、俺ら魔法使いは本来、サラブレッド並に世代交代が早くてな。俺とダチ共みたいに、恒常的に力を使えるのは特異体質に入る。世代につき、一人か二人いればいいほうらしい。それが上官の運命を決めたようなもんだな。今頃、将軍たちに怒られてるかもな。国際部隊だったから、余計に不味いんだ」
「だいたい想像つくわ」
「おまけに、その運の悪い事に、ドイツ人でなぁ」
「あー……」
黒江は1945年当時に22歳前後(戸籍上)。ウィッチの常識では、既に『ロートル』とされる年齢だが、普通の常識では『青二才』である。その齟齬が45年当時に騒動となり、ミーナは下士官への懲罰的降格さえも俎上に載せられるわけだが、その問題が表面化するのは、黒江の帰還後の事である。それに関連し、この頃は、ウィッチ世界でミーナの冷遇が発覚した時期でもあり、江藤が一度目の退役前に上申していたはずの未確認戦果を記した1930年代に書かれた書類の一式が1945年、残務整理中の陸軍参謀本部の人事部の粗雑に重ねられていた書類の山から発見され、現地から伝わる情報に憤慨した昭和天皇が江藤を皇居に呼び出し、真意を問いただした時期でもあった。江藤敏子(黒江たちの元上官で、初代64F時代の隊長であった)は人事部のミスであり、彼女には非はなかったため、艦娘・陸奥の執り成しで懲罰を免れたが、ミーナは事態を把握したロンメル、次いで、扶桑との外交問題の処理に当たっていたモントゴメリーから強く叱責される羽目となるのである。予測通り、ミーナは二回もブリタニアの連合軍前線司令部に呼び出され、『扶桑の外務省が公式に抗議をカールスラント帝室に申し入れた』事、黒江たちは純粋に『助力』で派遣されていた事を告げられる。ミーナは感情的にこう論陣を張った。
『20歳超えの魔女のどこが助力なのです!?助力なら、もっと若い世代を回すのが普通なのでは!?』
彼女は査問の場でこう述べたが、ロンメルはこう返す。
『彼女らは特異体質で、現在でも第一線級の能力を保っているのだが?扶桑最高のエースだというのに、貴官はそれを戦力外というのかね?』
……と言い返し、冷酷な一言で突き放した。ロンの相方のモントゴメリーも続いた。
『これは人種差別問題にもつながる問題なのだ、中佐。扶桑海事変の英雄を君ほどの将校が冷遇したことは既に、扶桑の世論を沸騰させている。私達にヒステリックに喚き散らすよりも、素直に公に向けて謝罪するほうが先ではないのか?』
……と。
『人事記録を見たまえ。彼女達が如何に偉大な存在であるかがわかる』
と続けた。
『君、例のファイルを』
『ハッ、ここに』
モントゴメリーにファイルを手渡す秘書官。よく見てみると、軍帽をかぶり、軍服を着用しているが、『スタートゥインクルプリキュア』のキュアコスモこと『ユニ』である。彼女は転移者かつ、転生者であるが、最も早い段階で圭子たちと接触し、その秘書として軍務についている。彼女の転生先は『プラウダ高校戦車道部でナンバー2の実力者』ノンナ。プリキュアとしての記憶の覚醒は彼女が最も早く、圭子達との関係も最初に持った。覚醒後は『ユニ』としての技能を生かし、圭子の私設秘書を早い内から勤め上げている。なお、ユニ/キュアコスモとしての姿を取っている時だけだが、は現役時代と同じように尻尾が生えるという。
『見給え。扶桑陸軍のA級軍機に属する人事ファイルだ』
ミーナに突きつけられた人事ファイルには『扶桑海七勇士』、『ウィッチ黄金時代の礎を築いた英雄』という文字、自分が子供だった時期に、大物怪異を倒す事例を作った世代であることを示す写真。この査問以降、ミーナは次第に言動に狂気を帯びていき、正気を失っていき、扶桑に責任転嫁をする形での『自己保身』へ走りだす。知らず知らずの内に、仲間からの人望を失っていく。七勇士出身者達が隊の主導権を握った状態で『二代目(現)64F』に取り込まれるわけだが、その流れは査問の結果と関係無しに、既に決まっていた。そのため、後世の人々の同情をミーナ・ディートリンデ・ヴィルケは買うことになる。
「あの時代のドイツ人は、極端なナショナリズムに毒されてる阿呆が多いと聞いているけれど」
「俺の世界はマシなほうだ。第二帝政が存続しているからな。それでもいるが。ドイツの科学力は世界一ィィィィ!!って感じのアレな台詞を宣うバカが」
「ドイツ人はなんでも、『何かに優れている』っていう事柄を誇る民族だから。まぁ、日本人も独創性に欠けるというけど」
「八木アンテナとかの事はやめてさしあげろ。あれは笑えんかったが、日本人は思い込みが強くて、舶来コンプレックスがあるんだよ」
黒江はどの民族にも古今東西に陥りがちな固定観念は多分に心当たりがあるので、苦笑混じりになる。そこでホットドッグを食べ終わる。
「あなた、元の世界では魔法使いなのに、普通にパイロットなの?」
「機械の箒で空を飛ぶと言ったが、普通の飛行機で飛ばないわけじゃないぞ。俺はテストパイロットもしてたから、なおさらな。そうでないと、テストパイロットなどはやってられんよ。陸軍出身だが、空母に着艦することも多かったからな」
黒江は陸軍出身だが、空母に着艦する技能を新兵当時から訓練されていた最後期の世代にあたる。更に、黒江は夜間飛行技能もある『技能甲』に分類されるので、1945年の時点では『扶桑屈指の実力者』である。
「日本軍は統一した空軍はないのよね?それは同じなのね?」
「いや、別の世界と接触したんで、作る動きが活発になってる。1930年代に海軍の高官ががクーデター未遂をやらかした世界だから、陸軍主体になるな」
その動きは黒江の帰還からすぐに具体化するが、主導権を取れなかった海軍航空隊の将校らが不満を持ち、1946年以降にクーデターを起こす。結局、扶桑海軍は空母航空隊の再建に多大な時間と手間を要してしまうこととなる。その間にレシプロ軍用機の時代が終焉してしまい、ジェット機の時代の黎明に突入するという機種変更での混乱も起こり、扶桑海軍は『艦隊は花形なのに、航空隊がシッチャカメッチャカ』という有様に陥った状態で太平洋戦争を迎えてしまうのだ。
「あなたも元に戻ったら、戦争に?」
「史実と違う形だが、結局はアメリカと戦うからな。史実と違って、日本に大義名分がある分、マシかもしれんが。同盟国が英国だし」
「貴方の軍階級は?」
「今は大佐だが、お上……天皇陛下のことだが……から将官昇進の内示はもらってた。航空兵出身では初だよ」
「ドイツじゃ、その時代にはもういたでしょ?日本には?」
「お得意の前例がないってやつだ。陛下は少将への昇進を約束してくれたが、お偉方が反対してんのよ。国家元首たる天皇陛下を嘘つきにできるわけがないから、妥協案を考えるだろうよ」
……と述べたものの、すぐに中将へ更に昇進してしまう(自衛隊で空将になっていたための兼ね合いでもある)ので、短期的に見れば、黒江が准将の階級であった時間は短く、人事部的には『徒労に終わった』が、長期的観点からは『ウィッチ出身者が将官になれる道を切り拓いた』ため、その後の時代のことを考えれば、大いにその意義はあった。将官になれれば、士族出身者でも『子爵』以上の爵位が得られる機会がある(それまでは平民出身者は『国家近代化の功労者の一族』以外は男爵が上限であった)ことを知らしめる機会ともなる。扶桑の華族は過去の日本における華族と大きく意味合いが違っていたこともあり、廃止を免れる。(ウィッチの安定供給元の一つでもあるためと、国家功労者への名誉的意味合いが強いため)制度確立時の特権は時代に合わせて縮小・改変が進むが、義務は課され続けるため、爵位の授与は(主に永世華族が)減っていくが、何かかしらの形で名誉を授与する事は続けられる。扶桑では功労華族のほうが多くなっていたからでもある。
「帰ったら、やることは多い。だが、この世界の動乱を収めるのが先決だろう。俺の副業はそういう仕事だ」
「だからって、シンフォギアを普段着代わりにするの?」
「仕方ないだろ。元の『こいつ』(調)より背が高いから、服がないし、金もない」
しょうもない理由であったが、黒江はシンフォギアを普段着代わりに使っている。小宇宙でシンフォギア特有のエネルギー反応を抑え込んでいる事もあり、二課に探知される事は滅多に無い。二課も常に状況の把握をしているわけでは無いこともあり、黒江との接触は黒江が自分から接触しない限りは『極めて難しかった』。また、マリアはこの頃に黒江に色々なことを頼み込んでおり、それが後々の『調の出奔』への伏線となる。マリアは表向きは有名アーティストであることもあり、ある程度の変装をしているが、黒江はギア姿を通している(そのままバイトをする事もあり)。この時期の経験が調本人に伝えられた結果、調もギア姿を通す事が多くなる。また、調は後に、のび太への思慕という心象の変化が『マフラーの追加』として表れるため、師弟関係になる『二人』のシンフォギアの姿が完全に同じであった時期は実は短い。ちょうど、この時期が偶然にも、『二人のギアの大まかな姿が同じであった』時期にあたるのである(後々に細かい点の差異が生まれていくため)。
「さて、今日はどこで風呂入っかな」
「いい加減に、ビジネスホテルくらい借りなさいよ。私の表向きの顔を使えば、ビジネスホテルくらいは楽に泊まれるはずよ」
「カード持ってきたのか?」
「服のポケットに入れてたのを思い出したのよ。これでも、表向きは売れっ子歌手よ?」
マリアはドヤ顔だ。テロリストまがいのことに現在進行形で加担している割に、世俗っぽさが残っている。これはマリア達の良心が完全な悪道に徹することに罪悪感を感じるからで、ある意味では、彼女の考えも『偽善』に近い。その自覚があったのも事実なので、マリアは黒江に加担することで、死んだ妹『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』への贖罪をしたかったのである。
「それに……あなたには、これから色々と世話になりそうだから」
「そういう気がしてたよ」
黒江は微笑った。そういう予感がしていたからだろう。マリアはネット喫茶への寝泊まりに飽きているようだが、意外に資金は持っていた。表向きの『歌手』という仕事を考えれば、当然のことではある。黒江もマリアがカードを持っていたことで、活動資金の心配が消えたため、この日は市内の『ちょっと寂れた』ビジネスホテルに宿泊することにする。
「ホテルに予約入れるわよ」
「二流くらいのホテルにしとけ。お互いの立場もあるんだし」
「わかってるわ。で、どうするの?」
「今日はバイトはオフだから、観光でもするよ。なぜかエンカウントすると、バトっちまうからな、俺」
「向こうはそのつもりで来るから。最も、これからは切歌もでしょうけど」
「ここんところが濃密すぎたからな。あ、カードあんなら、フード無しのコートを買ってくれ。頭は無理だが、それを羽織れば、胴体のところくらいは隠せるだろ?」
「その上に羽織るの?」
「人波に紛れてても、衛星カメラとかを使われるとバレるだろ?最も、向こう(二課)も常にチェックはしていないだろうが」
マリアはあっけに取られた。シンフォギアは一応は装甲服の体裁を取っている。その上に普通のコートを羽織るという考えはなかったからだ。このような事はこの後、黒江の線から、現れていく『歴代のプリキュア』達にも広がっていくのだ。
「これで、俺が『敵じゃない』というのを、あのガタイの良いおっちゃんには知らせた。後は、マリア。お前が離反するタイミングを図るだけだ。懸念材料は緑のガキ(切歌)だが……
「あの子はあなたが姿を借りている元の持ち主に強い愛を感じているの。それが狂ってしまわないか……」
「間違いなく狂うさ。強烈な愛は憎しみに転化するのも早いからな。仕事柄、そういう事は見てきてる。俺だって、好きでこうなったわけじゃないんだがね」
黒江は黄金聖闘士でもあるため、常に完全聖遺物を使っているのと同義の状態であった。そのためか、シンフォギア世界の人間では『適合者』であっても負担になる、『長時間のギアの展開維持』も何ら苦ではない。それを聞かされた後、改めて考えて見て、ふと考えてみるマリア。
「そのギア、私が見ていた時とカラーリングが違うわよね?どういう事かしらね?」
「お前やこの姿の持ち主みたいに、『後ろめたい気持ちがねぇから』かもな」
「一つ、いいかしら?あなたは元の世界で日本軍にいたのよね?」
「ああ。ただ、史実通りの日本軍じゃないが」
「もう一度聞くわ。あなたは魔女なの?」
「元々はな。今は別の存在に転じた。俺の世界では、魔女ってのは『時限付きの才能』だったんでな」
「時限付き?」
「ほれ、2000年代辺りから、漫画で出てきたろ。10代の内にしか振るえない力ってのが。俺の世界での魔法はその類だった。怪物を退治するのに必要だから、公の立場が約束されただけの儚い存在だがな」
黒江は転生を繰り返しているため、自分を『魔女であった者』と述べた。転生を繰り返したので、元々の才能であった魔法にあまりこだわらなくなった。それが様々な力を得ることを続ける原動力でもあった。
「俺は転生ってのを何回か既にしてるから、元々の技能に執着が無くなったところもある。1920年代前半生まれだから、普通に生きてれば、2010年代に生きてる可能性は低いだろ?別の時間にいると、それを考えさせる。
「そうね、日本人が長寿といっても…」
黒江は1921年の生まれ。普通に歳を重ねていた場合、『2010年まで生存している可能性は低い』。その自覚もあるため、魔女は半ば『肩書』にしていた。マリアからすれば、目の前の人物は一見すると、シュルシャガナを纏った調そのものだが、背丈が10cm以上も違うし、目つきが鋭い。そこが識別のポイントだ。
「あなた、仕事柄だと思うけど、目つきが怖いって言われない?」
「そりゃ、10代前半で正規ルートで軍隊に入ればな。士官学校も出てるから。これでも、ガンクレイジーなダチよりは温和って言われてるほーだがね」
黒江は同期いわく、『とっつきやすい方』である。黒江の期は事変開始時に下級将校に任官されていた世代なので、実戦本位の思考回路の士官が多いからだ。
「命がけの商売してるから、目つきが悪くなるのは職業病みたいなもんだ。魔女とパイロットを兼ねてれば、尚更だ」
黒江はそこでハンバーガーを食する。空自で食べているのと、連邦宇宙軍でも食べているため、自然と買うようになっていた。公園のキッチンカーで売られているハンバーガーをマリアに買ってもらい、それを食する。
「こうやって、ハンバーガーなんて食うのも、ある種の職業病かもな」
「え?日本軍にハンバーガーなんてあったかしら?」
「行った仕事先の世界で覚えた。俺は1940年代に20代を迎えるんだから、本当は軍隊でもハンバーガーには縁は薄い。アメリカに駐在してないとな」
扶桑軍はブリタニア経由で洋食を取り入れた都合上、ハンバーガーはリベリオン軍の台頭と共に伝わったが、扶桑軍の正規食料品としては加えられていなかった。だが、日本連邦化後は、日本経由で様々なアレンジが入り、正規のリベリオン軍人だったシャーリーに『羨ましい』と言わしめるほどに豊富な種類のハンバーガーが供給されるようになったのである。
「異世界の交流様々だよ。それがなきゃ、飽きが来る食事ばっかだったかもしれん」
「そう考えると、軍人は幸せなほうなの?」
「1940年代にゃ、洋食は滅多に食えるものでもなかったぞ。ちょっと前……1930年代の前半だが……は不景気でな。都会のホワイトカラーのリーマンでも、白米にソースかけて済ましてた。昭和恐慌って聞いたことあるか?それは俺がガキの頃にあった話だ。今の所属先の部隊の部下に、診療所の娘っ子(芳佳)がいるんだが、洋食の教育には苦労した。洋食はカロリー高いってんで、部隊に外国人もいるのに、納豆を出そうとしてな…」
覚醒後は(角谷杏としての記憶からか)カロリーの高い洋食を好むようになるが、それ以前は(診療所の娘であるため)積極的に和食を作りたがるのが芳佳なので、それを諫めるのに苦労したとぼやいた黒江。(なお、実際には干し芋が増えたが)
「1940年代の一般人なら、普通はそうなるわね」
「別の世界で空自の幹部だから、21世紀の人間で通じるだけの知識はあるが、こういう事態は初めてだからな。連中に単刀直入に言ったら信じないだろう。おっちゃんも半信半疑だろうし」
「切歌は信じないでしょうね」
「『こいつ』の声が俺のガキの頃の声色と同一っていう、ものすごい偶然もまずかったな」
黒江が苦労を強いられた原因の一つがこれ。偶然の一致で、黒江と調の声の特徴が完全に一致してしまっていたのだ。
「軍隊で喉潰したから、本当はこれを低くしたような声だったんだが、入れ替わったせいで、声帯が昔の状態に戻ったらしい」
「確かに。フィーネは意識を乗っ取ると聞いたから、ますます、思い込みを強めるだけでしょうね……」
「俺は本来、この世界と縁もゆかりもない。だから、見捨てる事は簡単だ。だが、こうなった以上、もう一つの仕事のほうの使命を果たすさ」
「もう一つの仕事?」
「ああ。神の闘士としての、な。だから、こいつを使うのに問題は起きない」
シンフォギアは聖衣にある意味で近しい存在だが、五感を強化するわけではないため、『遺失技術でのパワードスーツ』の粋を出ない。聖衣には五感を強化し、それを超える領域の力を使いこなすための媒介の機能がある。正規の聖闘士との間に、どうしても差が生まれるのはその機能の有無にあると言っても、過言ではない。とはいえ、拳と手刀を武器にする黒江は聖闘士の中では『分かりやすい』ほうである。
「俺はその中では、まだ『常識的なほう』だ。説明できないパワーで五感を奪う奴も複数いるからな」
「常識的って……」
「徒手空拳と剣を振るうからだ。サイコキネシスの応用で、相手の動きを止めるのができないわけじゃないけど。もっと強い奴は『サントスピリト語』を言うだけで、相手の五感を奪って、一瞬の内に廃人状態にできるぞ」
「何よそれ」
「俺達の界隈でも、その領域に達したのは『神に最も近い者』って認定される。俺なんて、まだまだ青二才の下っ端だよ。」
歴代の乙女座の黄金聖闘士はその領域に達しているため、代々に渡り『神に近い者』と称される。ギリシア神話の神の守護者でありながら、仏教徒であることが許容されるほどの特異な星座だが、意外な事に、最高権力者である『教皇』を出していない星座でもある。(蟹座はあるという)
「そんな領域の力を持つんじゃ、貴方にとって、シンフォギアはなんなの?」
「悪く言えば、拘束衣に近い。最も、負担をかけなければ、機能異常は起きないようだが」
黒江はシンフォギアを使いつつも、小宇宙を高め、ギアの機能が異常を来さないラインで『力を発揮できないか』という実験をしていると明確に述べた。身体保護には充分な性能がある事は確かめたようだ。
「RINKER無しには、ギアを纏う事もままならない私達からすれば、助走をつけて殴りたくなる話だわ」
「仕方ねぇよ。俺は聖闘士の更に最高位の位にある人間だ。お前らとは比較対象にもならないくらいの差がある。むしろ、健闘してるほうだぜ、お前らは」
「装者を歌なしに圧倒できる人間は何人かいるようだけど、貴方のようなケースは前代未聞よ。ギアのポテンシャルを発揮していない状態で『フルポテンシャルの装者を圧倒する』なんて……」
この時期、黒江は特異なケースとして、ウェル博士や二課側に記録されていた。『装者のようだが、歌を歌う事がないのにも関わず、他の装者を苦にしない力を持つ』ところそのものがイレギュラーだからだ。マリアが年甲斐もなく(20歳を迎えたばかり)拗ね出したのは、黒江の圧倒的な戦闘力の根源が別世界にある異能を拠り所にしている事、シンフォギアを普段着代わりに使い続けても、なんら問題が発生しない理由が『普段から、神話時代からの完全聖遺物と言える代物を仕事着にしているから』と聞かされ、互いの差を痛感したからである。
「ほれ、元気出せよ」
「も〜!こんな話されて、拗ねないほうがどうかしてるわよッ!」
不機嫌になるマリアだが、差し出されたスイーツはちゃっかりと食べる。なんだかんだで貧乏生活が長かった故だろう。とはいえ、黒江を見ると『調が大人に成長したら、こうなるのだろうか?』という仮定が現実になったようで、なんとも言えない気持ちになるのか、この頃から、黒江に心を開いてゆくのだった。
※あとがき 今回の話は私がハーメルンに掲載中の『ドラえもん対スーパーロボット軍団 出張版』にて掲載中の『回想〜シンフォギア世界改変編』をシルフェニア向けに再編集と校正を加えたものとなります。
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