艦むす奮戦記
第一話
――かつて、大日本帝国海軍の艦艇は全て海の藻屑となるか、賠償艦となるか、解体される運命を辿った。その無念の想いに神が答えたか、艦としての記憶を保持したまま『少女』として転生していた。人はこの前世が戦闘艦であり、その装備を纏って戦う少女らを『艦娘』と呼んだ。
――とある別世界の21世紀中頃の日本
大日本帝国海軍が敗戦によって縮小、改組されて『日本国防海軍』となって久しいこの世界に現れた『艦娘』という存在。軍はこの存在の扱いを考えあぐねており、調査のために幕僚監部から一人の若手士官が派遣された。この人物が『私』だ。可も不可でもない成績で海軍兵学校を出た私が面倒を見ることになったのは……。
「ヘーイ提督、何してるデスカー?」
「金剛か……」
この巫女装束を纏った16歳程度に見え、どこかで聞いたような外国訛りの日本語を喋る少女が『金剛』。かつての大戦中に台湾沖で無念の最期を遂げた金剛型戦艦一番艦の転生した姿であり、私が最初に出会い、そして最初に確認された艦娘である。前世がイギリスで発注され、建造された最後の戦艦で、唯一の超弩級戦艦だったためか、イギリスかぶれである。国防海軍は彼女の存在に戸惑った。調査で装備は戦艦に相応しい威力を持っていることが確認されたものの、総合戦闘力は第二次大戦当時の艦艇の水準を出ない事も確かめられた。そのため国防海軍は身柄は引き取ったものの、扱いに困っていた。そこで私が新設艦隊と称して面倒を見ることになったのだ。今は金剛が秘書だ。特徴の一つに、空母の前世を持つ者は状況に応じて艦載機を出せるものがいるが、それは第二次大戦当時の航空機でしかなく、艦載機の載せ替えが急務とされている。
「書類の整理だ。お前以外に生まれ変わってる艦艇が数人くらい発見されたと言うから、その前の確認だ」
「そうデスカ。でも納得できまセーン!生まれ変わっても何で私の活躍の場が無いデスカー!高速戦艦なのにぃ〜!」
「戦艦の時代は大和が坊ノ岬で沈んだ事で終わったからな。お前の艤装、前の大戦の時のままなのが不味くて、エレクトロニクスになった今の時代には出せないんだ」
「エレクトロニクスデスカ……あの変なレーダーとか噴進弾を思いきり積んでる船デスネ?肩身狭いデース……」
「お前はまだいいほーだぞ金剛。この間来た赤城なんて今じゃ軽空母以下だ。思いきり落ち込んでるんだから」
「アカギはあの時は十分に正規空母だったのに、この時代じゃヘリコプター積むのでアップアップだからネー……」
そう。空母が前世である艦娘が必ず通る道が『ジェット化された艦載機を積めない!』という道である。赤城はその最初の受難者である。彼女ら用の艦載機は新規製作となる予定だが、飛行甲板が前世同様のそれであるのが難点で、ヘリコプターを積むので精一杯であるのが確認されている。(彼女らは艦載機を積めるが、どういう原理で積んでいるかは不明。式神化しているとの事なので、恐らくジェット機もいけるとは思われるが、未知数である)
「ちょっと赤城の様子を見に行ってくる」
――私は無情な宣告をうけた赤城の様子を見に行った。ジェット戦闘機の世では赤城は格納庫その他が小さすぎて本格攻撃空母としての任は果たせないという事を知らされた赤城の部屋に入ると……
「赤城、入るぞー……ってうわっ!?」
「て、提督……」
「なんだその血涙は」
「そりゃそうですよ。せっかく生まれ変わったと思ったら『攻撃空母にはなれません』ですよ?泣きたくなりますよ」
「そりゃお前、あの時の時点で相当無理してただろ。零戦世代で66機じゃん」
「改装空母に無茶言わないでくださいよ〜〜!殆ど実験艦なんですから。それに翔鶴差し置いて旗艦だったんですから〜!」
「まぁ、うん。そうだけどなぁ」
赤城は転生後の姿はさながら弓道をやっている人のように見える姿をし、肩に近代化後の飛行甲板を盾のように纏っている。これは脱ぐこともできるという。そういう点は人間に近いと言えるが……。
「まったくお前ら元・一航戦は…。何故五航戦を馬鹿にするんだ?お前らがいなくなった後の海軍支えたの翔鶴と瑞鶴なんだぞ?」
「私はそんな事ないですよ?むしろそれは加賀のほうが強いですよ。ほらあの子、支那事変で最初に実戦経験してるでしょ?それでなんです」
「確かになぁ。買い物から帰ってきたら叱っておくか」
――加賀は後輩だった翔鶴と瑞鶴を侮る発言をする。赤城は旗艦だったおかげか、協調性に優れるが、加賀は自身が日本空母中最高の実戦経験を持っていたせいか、自分は凄いと思っている節がある。年齢的外見が17,8歳の割には妙に子供っぽいところがある。あとで叱っておくか。
――この時、国防海軍は10代後半以後の外見を持つ艦娘しか世間に公表していない。元が駆逐艦であった艦娘は外見が小学生程度である故に極秘扱いである。これは戦後日本のみならず、先進国となった国が少年兵を問題視している風調に配慮してのもので、本人たちの意志にも関らず、公表できないというジレンマを国防海軍は抱えていた。かと言って隔離するわけにもいかないので、艤装を外せば通常の人間と変わりないのを利用して地域の小学校に潜り込ませている。そんな中、空母を前世に持つ艦娘の中では赤城に次いで着任した加賀は買い物に出かけていた。艤装を多少つけていても見かけが普通の人間と変わりないのが幸いし、違和感なく買い物できていた。
(私達があの時に信じてた大義が敵に否定されて幾星霜……悲しいわ。あの時は少なくとも国民が『正義』だって信じていたのに……)
加賀は内心で国や軍の体制が敵であったアメリカの手で変えられて久しいこの時代に寂しさと悲しさを感じていた。何とか軍隊は存続に成功したものの、残存装備はかなり処分され、賠償艦になったり、国土復興の資材にされて生涯を終えた艦もかなりに登る。しかし戦争の『大義』を否定されたことと、戦後にあの戦争は『間違っていた』と断定された教育がなされた事はどうしても納得がいかなかったのだ。
(勝てば官軍負ければ賊軍って言うけれど……敷島さんが言いそうね……人はこうも変わるものなの?でもそのきっかけはあの忌々しいミッドウェー……勝てる戦のはずだったのにっ…)
加賀はかつて、海軍に在籍していた艦の中では最古参の一つであり、あの時点で既に練習艦として隠居していた敷島型戦艦一番艦『敷島』の事を思い出す。船であった時はあまり目にした事はなかったが、戦闘艦として引退しても、練習艦としてなおも奉職する姿に憧れていた。自分もいつか『ああなりたい』と願ってもいたが、自身が艦齢15年の1942年、ミッドウェーに果てたためにその夢は叶うことはなかった。転生後も、聞かされた『帝国海軍の敗北』に打ちのめされた。ミッドウェーに自分たちが果てた後の帝国海軍は坂を転がり落ちる如く敗北を続け、遂には降伏に至ったと。加賀は自分たちが負けたばかりに帝国が消滅するきっかけを作ってしまった事への自責の念を感じ、買い物ついでに、戦史ものの本を給料(人間に近い存在なので、給料を払う必要があるとの結論に達した海軍は艦娘にも給料を支給している)で買っていき、電車で横須賀地方隊(戦後に組織改編に伴い、鎮守府から変更)の近くへ帰る時に本を読みふけった。ミッドウェー後の悲壮な海軍航空隊の戦いを。(軍が存続しているこの世界においても、大体は我々の知る歴史と同じような経緯を辿った。ただし沈没艦が多少少なくなっており、国防海軍にも在籍できた軽巡も少数存在するのが違い)
(ミッドウェーの後は坂を転がり落ちるみたいに大きい戦いで負け続け、マリアナ沖海戦で空母部隊が体をなさなくなり、レイテ沖で水上打撃部隊もほぼ壊滅……!?)
加賀は帝国海軍が坂を転がりおちるように敗北し続けた1942年7月以後の記録を知り、愕然とする。顔から血の気がなくなり、周りから心配されるほどに憔悴した。勝ち戦しか知らない彼女には残酷だったのだ。ソロモン沖に多くの艦が消えたこと、マリアナ沖で栄光の機動部隊に完全に引導が渡されたこと、坊ノ岬に最強であったはずの大和が果てた事……。勝ち戦で順風満帆な時勢のうちに沈んだ彼女には思いもよらない出来事の連続であった。
――横須賀地方隊
「ただいま帰投しました……」
「お、帰ってきたか……って!なんで泣いてるんだお前!?何かあったのか!?」
「……っ」
「ああ〜知っちゃったか。お前がいなくなった後の負けっぷり。ありゃ悲惨だったからな……」
加賀は私に一冊の本を見せる。自費で買ったらしき戦史本だ。タイトルは『太平洋戦争で帝国海軍はどうして負けたか』というもので、内容に目を通すと、一般向けにしては戦闘の様相や敗因が後世から見たものとは言え、よく書かれていた。加賀は今にも泣き出しそうで、金剛は加賀よりも生き残った年数が長かったため、負け戦を知っている。そのためか慰め役に回っていた。
「OH〜加賀サン、泣かないノ〜。ミッドウェーはきっかけだったんだし、ワタシが沈んだレイテに比べばまだいい方デスヨ〜」
「でも金剛……あなたはレイテの時にもう艦齢が32年だったからたった二本の魚雷で沈んだって……普通なら耐えられたはずの……!こんなのって……」
「確かにワタシは大正に入る頃に完成、計画は明治の、あの時点ではいいロートル艦のデシタ。新造時なら耐えられた本数の魚雷で沈んで、本土に帰れなかったのは残念でしたけど、これも天命だと思ってマス。だけど、こうして生まれ変わって逢えたのデスカラ、そんなに泣くことはナイデスヨ加賀さん」
金剛はなんだかんだで、大戦時の実戦で使われた戦艦の中で最古参であった故の意外な側面を見せる。軽めでノリがいい性格の割には意外に面倒見がいい。もともと四姉妹の長女であった関係もあり、加賀を慰める。自身も妹の比叡や霧島が自身より先に艦として生涯を終えた記憶を持っているせいか、加賀の気持ちはわかるようだ。
「ありがとう金剛……」
「いえいえ、これも姉の勤めデスカラ〜!」
――金剛の慰めで加賀も平静を取り戻したようだが、叱るのはお流れにして、上から言われた予定を言っておこう。
「そうだみんな、元・一航戦と二航戦の連中が全員揃ったら上の連中からの要請で、ジェット機を式神化して積み込めないかテストしたいと連絡が上から入った。いっぺんやってみせろという指示だ。期日は二週間後、技術屋の連中が呼んでるから明日にでも行くぞ」
「……この時代の超音速機ですか?やってやれないことはないと思いますが、プロペラ機に比べて大きいんですよね?」
「加賀、お前にできるのか?この時代のは大型で折りたたんでも97式艦攻よりかなりデカイぞ?」
「かなり搭載可能機数は減ると思いますが、積めないことはないでしょう。私達正規空母の艦娘は弓で打ち出しますから、赤城さんもやろうと思えばできるはずです。問題は甲板に耐熱処理ものほかをしないと運用できないと思いますので、期日までに何か考えておきます」
「頼む」
艦載機の大型化は空母をもとうとする国々の共通の悩みで、大戦中のような大規模機動艦隊はアメリカでも無い限り運用不可能になってしまい、当のアメリカでさえおいほれと使用不能の兵器になってしまった。日本国防軍も超大型正規空母の保有は不可能としており、ようやく中型空母(と言っても排水量65000トンを超えるが)二隻の保有をするようになった程度である。これは今世紀初頭に作られた日向型(軍があるので漢字表記)ヘリ空母の代替艦で、通常動力空母として建造された新鋭艦。軍の要望にようやく国が答える形で旧型駆逐艦を数隻まとめて除籍させた後にその代価で装備した。国防軍は帝国時代の反省で軍事予算は代々少なめにされる傾向が続いたが、21世紀に入って、ソ連に代わって仮想敵国となった中国の軍拡に対抗するために軍事予算が増額されたので可能となった。ジェット機搭載空母保有は『帝国時代の栄光を取り戻す手段』として模索されており、60年代あたりに旧軍時代の遺物である『隼鷹』と『葛城』が退役した後は運用費用の高額化を理由に運用を取りやめてから100年近く経過した今日にようやく悲願を達成した。しかし空母のしわ寄せが戦闘艦艇の更新に来てしまっており、2010年代前半に作られた艦艇がそろそろ退役を迎え始めるのを解決手段を見いだせずにいた。艦娘達の出現はまさに渡りに船。『彼女らの意志を尊重する』という大義名分のもとに国防海軍へ編入したのだった。
――この時期は大変な時期だった。艦隊設立から間もない時期だったのと、艦娘と言っても普通の少女とほぼ変わりないので、年頃の娘と同様に接する必要に迫られ、当時は海軍兵学校を出てそんなに経ってなかった若手の一士官にすぎない私は金剛によく助けてもらっていた。この時期に艦隊に配属済みの艦娘は以下の通り。
戦艦娘 金剛、伊勢
空母娘 赤城、加賀、蒼龍、隼鷹、飛鷹(後日、飛龍が参加)
巡洋艦娘 羽黒、那智、足柄、高雄、愛宕、摩耶、鳥海(旧重巡)、川内、神通、那珂、球磨、多摩、能代、天龍、竜田(旧軽巡)
駆逐艦娘 暁、響、電、雷、吹雪、初雪
巡洋艦であった娘たちは姉妹がすぐに着任する事が多く、この時点では一番の大所帯であった。駆逐艦勢は外見が子供なので、世間に知れると、戦後にアメリカなどから入ってきたものほかの思想との兼ね合いで問題を巻き起こすので、存在は公式には伏せられている。(特に女性からの反発が予想されるので)
――空母艦載テスト前のある日
「ハイ、秘書の金剛デース……ハイ……分かりました。伝えておきますネ」
「どうしたの金剛」
「今は同盟軍になってるアメリカ軍主催の環太平洋合同演習に我が艦隊からも参加してくれと上から連絡が来たデース」
「駆逐艦の子達は存在伏せられてるから出せないから、行くのは軽巡以上の子になるわね」
「何か嬉しそうデスネ伊勢。上の決定次第でも駆逐艦の子らも行くラシイですよ」」
「あら本当。でも、行くのは私。当然でしょ?あなたは秘書だから離れられないから、当然行くのは私になるでしょ?」
「戦艦、もういませんヨ?アメリカに」
「うぅ……そりゃ分かってるけどさぁ〜デーンといれば目立つでしょ?」
伊勢は戦艦だったが、前世では対空戦闘に明け暮れたので、生まれ変わったら敵に艦砲を撃ちまくりたいという願望を持っていた。現在艦は大戦時のような35ノットを優に超える高速艦は大型水上艦にはいないと聞いているので、自分たちにも目立つ機会があるのではと期待していた。そして自分たちを圧倒しうる戦艦であるアイオワ級はもう退役しているので怖いものは潜水艦のみである。
「でも今の空母、大和よりも大きいデスよ?」
「うっ!」
この時期の米空母は世代交代が進んでおり、ジェラルド・R・フォード級がニミッツ級初期建造艦に代わって第一線空母の任についていた。全長333mの超巨艦で、大和型戦艦は愚か、超大和型の最も大型案よりも13mも巨大である。伊勢は水上で力を発揮する時の全長が前世同様に208.1m、違う意味では目立つが、大きさは100m以上の後れを取っている。
「うぅ〜おのれアメリカ……生まれ変わっても私の邪魔をするかぁ〜〜!」
伊勢は妙にノリがいい側面があるらしく、地団駄を踏んで悔しがる。しかしある意味空母よりも目立つので、ある意味では勝っているが。膨大な燃料を消費していた前世と比べると人間の食糧も当然ながら食べられるために遥かに燃費が上がっているので、戦艦娘の出撃は比較的容易である。
「ただいま〜!何してんだ伊勢」
「あ、提督〜上から連絡が来てますヨ〜!」
「何?金剛、内容は?」
この時の指令は『艦娘の数も確保できたので、我が艦隊からもリムバックに何隻か派遣せよというモノであった。私はくじ引きで艦娘を決定させた。そのほうが公平だったからだ。この時に行くことになった艦娘は伊勢、隼鷹、愛宕、天龍、響の5隻(人?)。翌日、艦娘の出港は極秘裏に行われた。駆逐艦もいるからだ。米軍は日本側からの通達が艦隊司令部に伝わっていたが、まさかの展開に司令部は揺れていた。
――太平洋艦隊司令部
「日本が例の艦娘とやらも参加させるようです」
「例の我々が海の藻屑にしてやった帝国海軍艦艇の生まれ変わりというアレか?うぅーむ。なぜ我々にもこないのだ!?順風満帆な艦生だったからか!?」
「提督……落ちついてください。若い者達が見ておりますぞ」
「儂が若い頃から日本アニメのファンなのは君も知っとるだろう?」
「はぁ。ですが今回のリムバックと何か関係が?」
「ハッキリ言って、ない!……だが、これはいずれ我が国にも艦娘とやらが来ることの表れでは無いのかね?」
「は、はぁ……」
この時期の太平洋艦隊艦隊司令官は日本びいきであり、日本アニメの大ファンでもあった。そのため、日本に艦娘が表れたという報に大いに悔しがったという。しかしアメリカの第二次大戦当時の艦艇は勝者側である都合上、かなりの数が残存しており、第二次大戦当時の全ての艦艇が揃うか微妙なのだが。
「いいか?今回のリムバックで恥ずかしいところは見せられん。絶対に勝利するように」
「アイアイサー」
太平洋艦隊司令官は変なところで張り切りを見せた。艦娘の存在が国際的にお披露目になる演習。アメリカなどに根回しを行い、駆逐艦娘の存在を認めさせるように根回しを行った軍はリムバックがニュースで取り上げられるのに合わせて、駆逐艦娘の存在を明らかにした。
※解説 敷島型戦艦→日露戦争で活躍した戦艦三笠の艦級。三笠はその末妹。太平洋戦争時には記念艦となった三笠除き、ワシントン軍縮会議によって一線から離れ、練習艦や工作艦へ転身していた。加賀が目にしたというのは、ネームシップにして、練習艦となった敷島。
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