艦むす奮戦記
第二話
――伊勢達がリムパックへ出発したのを見送った私は技術研究本部(戦後に軍が改組された時に旧軍時代にバラバラだった研究施設を統合・再編し、一般産業へ転出した技術者らとも連携を行うために生み出された組織。旧軍時代の反省から、技術に邁進した国防軍の誇る組織でもある)に正規空母娘達を連れて来ていた。艦娘用の装備の生産体制を整えると同時に、空母娘達の艦載機を近代化させられないか模索を行っていた。
――技術研究本部 技術企画部
「君たちが持っている艤装に付属している艦載機は前大戦当時のものだ。正直言って、この時代では博物館の資料的価値しかない。そこで正規空母であった君たちの内、赤城君と加賀君にジェット戦闘機の艦載テストを受けてもらう。蒼龍君と飛龍君は艦時代のサイズがこの時代の水準では如何せん小さすぎる。大戦当時に君たちの妹分だった雲龍型が攻撃空母運用が戦後短期間で打ち切られたのも、艦載機が急激に大型になって、ジェット戦闘機を発進させられるだけの力をカタパルトを使っても無理になったからだからね」
「どうして私達がダメなんです?」
「この時代の最新型はカタパルトを使っての射出に必要な甲板の長さがだいぶ短くなったんだが、それでも最低で赤城や加賀クラスの飛行甲板が必要なんだ」
「そうなんですか……」
蒼龍と飛龍はガクッと肩を落とす。この時代の最新型ジェット戦闘機を発艦させるにはサイズが小さすぎるというのは予想にはしていたもの、面と向かって言われると『来る』らしい。そのため彼女達は対潜&哨戒などの任務主体のヘリ空母娘に転職する事になったのだが、その夜、横須賀のどこかの定食屋でやけ食いする二人の姿があったとか。
――攻撃空母から転職を強いられるのがショックだったらしく、その時の食費は私のサイフを泣かせるお値段だった。どれだけ肉とか食ったんだ?蒼龍と飛龍……。
蒼龍と飛龍と対照的にギリギリではあるが、ジェット戦闘機空母としての合格ラインをクリアした赤城と加賀は技術研究本部の艦艇装備研究部へそのまま出張し、飛行甲板の耐熱処理を委託した。
「それではお願いします」
「うむ。大昔のことだが、隼鷹や葛城を当時に改装した時のノウハウは残っている。数ヶ月で仕上げるよ」
「そんなにかかるんですか?」
「アングルドデッキの増設と、カタパルトの装備、制動装置の換装もついでに行うからね。ジェット戦闘機時代には必要なんだ」
艤装の一部を技術研究官に手渡す加賀。渡したのは肩についている飛行甲板。その甲板は戦争開戦当時の塗装となっている。彼女の左肩部に備えられている艤装の一つで、加賀が艦であった当時の飛行甲板を模している。海に出れば巨大化し、空母当時のサイズと同一のそれとなるが、人サイズの内に弄れば大きい模型程度のサイズなので、改装も模型を改造するのと同じ感覚で行える。赤城と加賀は飛行甲板を技研に手渡すと、その足で市内の大食いチャレンジが行われている定食屋に赴いた。
――定食屋
「お嬢ちゃん達がウチのメガカツ丼に挑むって?よしな、腹壊すぜ?ハハッ」
「問題ないわ。私達大食いなので」
「弓道ってそんなに体力使うのかい?」
「ええ。まぁ」
「お願いします」
「死んでも知らんよ〜」
赤城と加賀は地方隊へ帰投するついでに、大食いチャレンジの定食屋に引き寄せられていた。と、言うよりは腹が減った赤城が『腹が減っては戦はできないでしょ』とばかりに、加賀を引きずって定食屋に連行していったのである。赤城と加賀は店主のおっちゃんご自慢の、これまで大食い自慢の老若男女を退けてきた通常の7倍の量を誇るメガ盛りカツ丼を頼んだ。30分以内に食べ終わるチャレンジ付きだ。前世が帝国海軍きっての大飯食らいであった正規空母な彼女らにとって、カツ丼など朝飯前。店主がギョッとするほどの凄まじい早さでカツ丼が減っていく。
「ば、馬鹿な!油でたんまりこんがり揚げたカツがみるみるうちに減っていくだとぉ!?」
引き締まった体のどこに入っていくのかと思わせるほどの赤城と加賀の食いっぷりはこの時に同席していた客の全員を驚愕させた。店主はもはや目が点になっている。カツ丼がどんどん減っていく様はもはや異次元空間に引きずり込まれていくようである。そして食べ始めてから僅か7分で完食した。しかも二人は爪楊枝で歯の掃除をする余裕すら見せている。店主は完全に茫然自失である。
「そ、そんな馬鹿な〜〜!」
店主の悲鳴が響き渡る店内だが、客達は歓声を挙げる。この時に赤城と加賀は謎の『大食い弓道少女』としてその界隈で名を馳せる事になる……。
――この時期に国防海軍は独自の航空隊整備を再開しており、独自開発に成功した第6世代ジェット戦闘機であるF-5(番号的にはF-4だが、それではかつてのファントム戦闘機と被るための措置)を主力機とし、久方ぶりに海軍航空隊を復活させていた。短距離離陸垂直着陸機である同機は数十年に及ぶ技術研究発展の成果で、米海軍が2020年代より運用を続けているF-35Cや海兵隊のB型とは段違いの性能を発揮する。機体形状は2010年代以降に流行したステルス形状重視のそれから逆行する形、つまり第4世代機を思わせる形状であるが、アクティブステルス技術を実用化した事で過剰なほどに機体形状に縛られる事が無くなったためである。それでいて技術的発展が進み、エンジンと機体の大型化の流れがストップし、逆に空母の運用費を下げるために艦載機の小型化が始まった。F-5はその流れの中で生み出された機体で、例えば、F-35が15m級なのに対し、14m級である。エンジン推力と燃費は数十年間の技術発展によって劇的に向上しており、第二次大戦中の赤城や加賀クラスの空母からでもスキージャンプ甲板無しで発艦が可能となっている。そのため、赤城と加賀が同機を積むための実験艦に選ばれたのだ。技研はおよそ数ヶ月で赤城と加賀の飛行甲板をアングルドデッキとカタパルト装備に改装、後日、二人がテストを行い、艦載機を式神化させてみた。やはりレシプロ機を搭載していた時より搭載機数は減ったが、それでも往年の第4世代ジェット戦闘機より小型化されているおかげと式神化した影響で思ったよりは多く積み込めたそうである。
――対照的にヘリ空母娘に転職を命じられた蒼龍と飛龍は当初、攻撃空母という花形から離れてしまうことを私に愚痴りまくったが、現在戦でのヘリ空母の重要性を説いてなんとか納得させた。サイフも泣きを見たが……。
「提督、ヘリ空母ってそんなに重要なんですか?」
「ああ。そうだ。21世紀の初め頃に建造された日向型ヘリ空母だって、現役期間中は色々な任務に使われた。同時に正規空母が就役するまで国防海軍の象徴だった。山口提督もきっとわかってくれるさ、飛龍」
飛龍はミッドウェーで自分とともに天国に旅だった名将『山口多聞』提督の幻影を追っている。攻撃空母の任を果たせなくなった自分を許してくれるのかと心配する彼女を私は執務室のソファーに隣り合わせで寝てやった。安心したようで、その寝顔は穏やかだった。だが、翌日に金剛に紅茶のティーセット一式を予算で買わされる羽目に陥り、当面の間、金剛の買い物などに付き合わされた。ああ、早く来てくれ、比叡、榛名、霧島……。
――環太平洋合同演習に通常艦艇部隊とともに派遣された伊勢達はハワイ真珠湾基地に投錨した。通常艦艇部隊旗艦は駆逐艦『秋月』(4代。2010年代に建造された同艦の後継)で、伊勢達はそれを護衛する形で入港した。
「ようこそ、バトルシップガール『イセ』ご一行、我が真珠湾へ」
「伊勢以下、第一戦隊、ただいま到着しました」
アメリカ空母、ジェラルド・R・フォード級航空母艦三番艦にして、アメリカの象徴となったビックEの名を持つ『エンタープライズ』の停泊する泊地で行われた式典はアメリカ軍が『艦娘』の存在を認知し、通常の人間同様に扱う事のアピールも兼ねたもので、各国のマスコミもこぞって取り上げた。
―その一、英国の場合
「日本は旧時代の艦艇が転生した『艦娘』の存在を初めて公式に認めました。通常艦艇同様に区分があり、その戦闘力は少女らが受け継いだ名を持つ艦艇と同様であり……」
その二、カナダの場合
「日本海軍が演習に送り込んできたこの少女達は一見、普通の少女らに見えますが、実は旧帝国海軍時代に存在した艦艇の魂が転生した姿であり……」
その三、国内の場合
「国防省と海軍は帝国海軍時代の軍艦が転生した少女達の存在を公式に明らかにしました。現在のところ、戦艦・空母・巡洋艦・駆逐艦といった前世を持つ少女達が軍に在籍しているとのことですが、この駆逐艦『響』の前世を持つ少女の年齢は小学生程度であり、左派政党は『この少女が軍籍を持つことはジュネーブ条約に反する事だ』と反発しています。軍と国防省はこの反発に対し、以下の様な声明を発表しました……」
その他の各国でもだいたい似たような報道がなされた。外国よりもむしろ、国内での対応が一番大変であった。総理大臣、国防大臣、与党幹事長、官房長官らの心労は大きく、官房長官は円形脱毛症にかかってしまったとの事。これは敗戦後に国内で芽生えた反戦活動や反軍思想から来る問題で、左派政党は政権批判の材料としたが、隣国達の軍拡が進み、戦争の危険が大きくなっている時勢では逆効果であり、この年に行われた衆参同日選挙で防衛力強化を公約にした政権与党が一人勝ちするのを助けてしまう結果を生む。アメリカの世界的有名雑誌の表紙をアイドルのようなぶりっ子ポーズで写る伊勢が飾る様は世界の軍隊の内、第二次大戦に参加経験がある国の海軍は『うちにも艦娘来ないかな〜』とワクワクするところが大半だが、ドイツは『ナチの艦艇が来るのやだ〜』と複雑な気持ちを浮かべたというが、若者らはむしろナチでもなんでもいいから着てほしいと願ったとか。
――伊勢は演習で奮闘した。人型で海上を疾駆できる利点は大きく、現在艦との速力差はそんなにない事も手伝って、35.6cm砲の演習弾を撃ちまくった。この時代では絶えて久しい戦艦主砲弾の砲撃がSFロボットアニメ張りの様相を呈する艦娘から模擬弾とは言え、撃ち込まれるのは21世紀の軍人たちに海軍軍人として原初の恐怖を呼び起こした。
「SHIT!日本のあのガールはバケモノか!?これが実弾なら俺達は死んでるぜ!」
「だが、戦艦の砲撃が当たる確率なんて10%以下だって俺のご先祖が残している!ビックガンも当たなけりゃ虚砲だ!CICは何しているんだ!」
アメリカ海軍のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦最終ブロック艦の一隻「DDG-130 ハルゼー」は伊勢の人型故の利点である三次元機動に翻弄され、最新電気機器を用いた照準を活用出来ずにいた。何せ200m級の巨体が24ノット以上の速度で三次元運動をするのだ。的がでかいと言っても、照準ロックが完了する前に飛ばれたりすればミサイルも撃てないし、駆逐艦の主砲の照準も合わせられるか微妙である。そんな彼女を『敗北』せしめたのは奇しくもエンタープライズ所属の艦載機のF-35C。着地する瞬間にミサイル照準を合わせられたのだ。伊勢は無線で『敗北』認定をもらった事を知らされ、ご立腹であった。しかし戦果は駆逐艦撃破判定4隻と華々しいもので、初日から注目を浴びていた。(この時に艦艇がら彼女らの下着を見た水兵らの談義に華が咲いたという。
その日の夜、陸上に上がって人間サイズとなった艦娘達はハワイは真珠湾の様子を観察していた。船であった時はこの場にいた者達は真珠湾奇襲には参戦していないので、ハワイを見るのは初めてであった。しかし、太平洋艦隊司令官からは『結果的に真珠湾奇襲はアメリカの大義名分に利用された上に、見かけの戦果の割には大勢に影響を大きく与えうるものでは無かった』と聞かされ、落ち込む者も多かった。
「私の祖父はあの時の真珠湾、そして戦争の形勢が逆転してゆく様を見てきた。イセにジュンヨウ君、ヒビキ君。君達なら知ってると思うが、ヘルキャットやコルセアが配備され、対抗策と防空システムが進化した結果、ZERO達は狩られる側に変わり、遂にはカミカゼになったと」
「そーだねぇ……中盤から後半の戦はうちら側の後継機がとうとう出なかったからバタバタ落とされたし……思い出したくは無いね。マリアナは」
太平洋艦隊司令官自らハワイを案内しながらの歓談に応じる隼鷹。その姿は60年代まで運用された際の姿を連装する服装で、飛行甲板は巻物状ではあるが、アングルド・デッキ装備であるらしく、日本で留守番する飛鷹のものより大きい。
「末期の主力機になった紫電改はあの時の私じゃ発艦させられなかったから載せられる事なかった。カタパルトがあれば一矢報いられたんだけど」
「アレは祖父が言ってたが、もしも、ちょっと早く実用化されていれば『我々の最大の敵となっただろう』という評価だ。ZEROの後継者になり得ただけに惜しい機体だよ」
「司令官自ら案内っていいんですか?」
「最近は我が国も財政難でね。私達の世代が要職についた時には昔のように、紛争に自分から首を突っ込んで行ける余裕はなくなっていた。どうせ明日も艦で報告を受けるだけの生活だから骨抜きにいいさ、アタゴ君」
そう。この年代のアメリカ合衆国は経済的に冷戦時のような余裕を失い、最近は海軍の維持のために減退気味の軍事予算をつぎ込んでいるのだ。
「アメリカも昔の余裕が無くなったんですね」
「ナム……1960年代のベトナム戦争に事実上負けてからケチがついて、戦闘で勝てても戦争自体に負けるのが続いてね。名ばかりの覇権とアカの連中から言われるわ、国民からは政府の惰弱を批判されるわ、いいところなしな状態なのが今の合衆国なのだ。昔日の面影を求める国民は多いよ」
東西冷戦中から21世紀に入って名もない頃のアメリカは自由民主主義陣営の盟主として君臨し、名実ともに超大国だった。だが、ソ連の後継者としてアメリカの対立陣営を率いるようになった中国の台頭とアメリカ自体の相次ぐ失策はアメリカの単独覇権の失墜を国際社会に強く印象付けた。そのためアメリカ政府は往年のような権威回復の機会を密かに伺っており、今回の演習は例年より大規模なの
も、アメリカの威信の回復を兼ねているのは公然の秘密だ。
「この演習が例年より大規模なのは軍事力の健在をアピールする目的も兼ねている。中国の台頭に釘を刺しておかなければ第三次大戦すら起こりえる。あの頃の……君らが艦だった頃の分裂し、衰退していた国家などではないのだよ、あの国は。日本に取って代わってアジアの盟主に返り咲こうとする『赤い龍』なのだ」
「……!」
中国は大日本帝国の滅亡後に当時の日本軍部上層部が恐れていた通りに赤化統一され、戦後に経済を自由化する事でソ連崩壊の際の共産政権瓦解の波も乗り越え、ソ連に代わる共産主義国の盟主にならんと台頭してきている。一時の勢いが無くなりつつあるものの、その軍事力はアメリカや日本をも脅かすレベルに達しつつある。
「次の大戦が起こるとすれば、彼らが起こすか、我々が起こすかだろうと学者共は言っている。極東の100年近くの平和は砂上の楼閣になりつつある」
――日本の戦後の平和がいずれ終わりを迎えるかもしれない事を司令官は察していたかもしれない。この時の私達は日本が今後迎えるであろう歴史の荒波を私達が気づくことはここからずいぶん後の事だった…。
伊勢が後に私にこう語ったが、日本がこの時期に起こった『歴史の荒波』に飲み込まれるのはここからそうそんなに時が無かった。その荒波の名は……。
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