――箒はミッドチルダで、おそらく人生で初であろう戦車戦に立ち会った。おおよそ元の世界では絶対に起こりえぬ組み合わせでの戦闘と、故郷では二線級兵器として新規開発が縮小されている『旧時代の兵器』扱いの戦車の戦闘を目の当たりにしたのだ。
「敵戦車、発見。ソ連製のT-34です」
「やはり鹵獲兵器を使用するあたり、二線級の師団ですな。舐められたもんです」
「どうします閣下」
「制空権はこちらにある。チリUの射程には入るのだろう?ならば先手必勝だ」
宮崎中将は先手必勝を期すため、機先を制する事を無線を通じて通達する。指揮車の105ミリライフル砲を高速徹甲弾で装填させる。護衛や中隊の各車も砲塔を指向させ、攻撃態勢を取る。(五式改二型は改善型の砲塔バスケットが採用されているために、チトを含めた従来型戦車よりも戦車として『完成』されている)そして一斉に火を吹く。戦後型の105ミリライフル弾の複数による一斉射撃の轟音は上空にいる箒が耳を塞ぐほどのモノである。ライフル砲弾は数秒後に2000m先のT-34を粉砕してみせる。
「よし、各個、小隊に分かれよ。ここからは市街戦だ」
二番車の車長を務める、参謀に選任された池田末男大佐が事実上、戦車隊の指揮を取っていた。彼は史実においては占守島で戦死したが、『戦車の神様』を謳われた名指揮官である。扶桑陸軍の伝統により、宮崎中将が前線に立っているが、これは兵たちへのパフォーマンスである。これは彼は師団長に任命されたものの、歩兵科であるので、戦車戦はド素人である。なので、出撃の際には池田大佐が事実上、指揮をとる事を通達しておいた。
『池田くん、戦車戦は君が頼りだ。私が了承するから、好きにやっとくれ』
『ハッ』
宮崎中将は基本的に歩兵科である。砲戦車は砲兵の要領で動かせるが、中戦車が縦横無尽に動き回る機甲戦は彼の候補生時代にはそれ自体がなかった事もあり、苦手である。それ故、師団の撤退などの重要な判断以外は池田大佐へ一任した。それは師団の全員の知る所。彼は師団長公認で戦車隊を縦横無尽に操る。
――ミッドチルダの廃棄都市区間は『何故、廃棄されたのか』と分からないくらいに損傷が少ないものも多い。箒はなのはに聞いてみる。
「ミッドチルダは何故、こんなに廃棄都市が多いんだ?首都近郊のはずだろう?」
「ミッドは結構治安悪いんですよ。旧時代の残党やら、他世界から流れ着いた犯罪者やらがテロ攻撃仕掛けたり、大災害でポンと捨てたりでこういう都市区間がポンポン……震度5強が来ようものなら大パニックです」
「ここの住民は災害に耐性ないのか?地球なら他愛のない地震やら火災で街を捨てるなど」
「ええ。そもそもここ100年は戦争とは無縁でしたし、大震災級の災害も何十年に一度あるかないか。平和ボケって奴ですよ」
「戦後日本にいる私達が言えたものではないがな……」
「そうですね」
箒もなのはもそもそもは『太平洋戦争後、有事とは無関係な時代が50年以上続いた』日本の住人だ。箒は姉が『白騎士事件』を、なのははユーノ・スクライアと出会うまではそれぞれ『自身の環境を変える出来事』とは無縁だった。しかし、ISや魔法という力と出会い、普通ならばありえない事を互いに経験した。今では双方とも『地球連邦宇宙軍の士官』という立場である。なのはは管理局で立場を盤石にしているが、あくまで自分は『地球人』という気持ちから、『地球連邦の軍人』としての誇りや帰属心のほうが強い。箒も二年もの月日(ただし宇宙で戦ったりしているため、肉体的には数ヶ月ほどの年齢しか重ねていない。更になのはの修行に付き合ったりしたので、肉体の若さを保てるようになるという副産物を得た)を未来世界で過ごしているため、戦うという事に恐怖や、取り繕った虚栄心を持つことは無くなった。だが、戦後長らく有事と無縁だった戦後日本に生まれし身としては、自分が身を置いている環境が特異であると感じるのだ。
「まさか旧軍とドイツ軍の戦車戦に立ち会うなど、夢にも思わなかったぞ。私の世界だとISが国防の中心になっているから、戦車など旧時代の遺物扱いだからな」
「あたしだってそうですよ。まぁ漫画の中のヒーロー達やスーパーロボットが実在してる世界にいるんですから、旧軍とドイツ軍の戦闘なんてかわいいもんじゃないですか」
「そういうものか?まったくお前というやつは小さい頃から変わっていないな……」
楽天的な様子を見せるなのはにため息をつく箒。自分達が今いるこの場所は本当の戦場だ。銃弾や砲弾が飛び交い、銃剣突撃も見られる『血で血を洗う』場所なのだが、なのはといると、そのようには感じない。なのはの持ち前の明るさのおかげだろうか。二人は地上にに降り、側面に配置されていた敵砲兵陣地に突入する。二人を阻止せんと、MG42、MG34がたんまり火を噴く。ドイツ軍の弾幕は二人に火器と魔法を使用する隙を与えない。独特の発射音とともに吐き出される7.92mm弾が掠めていくというのは、二人には冷や汗ものだ。
「クソッ!これでは火器を使う暇がないぞ!」
「とにかく飛び込みましょう!そうすれば敵から奪えます!」
「よし!」
二人はそれぞれ陣地に飛び込むと、白兵戦に持ち込んで兵士を回し蹴り(箒はIS越し)で倒して火器を奪う。StG44とMP40である。箒は火器認証をマニュアル(歩兵用の機関銃なのと旧式なのでISの恩恵はそれほどない)で行い、目視で当てずっぽうに乱射する。元からなのはは射撃が得意なため、そちらはちゃんと当たっているが、箒は訓練を受けたとは言え、まだまだリロードなどで苦戦していた。
「ドイツ製のマシンガンはどうも勝手が違うな、ええいくそ!」
地球連邦軍の小火器は基本的に旧米軍の流れを汲んでいる。そのために箒はやり方を覚えるのに一苦労していた。ドイツ製の火器、それも第二次大戦中の火器は独自色が強いために、リロードを一から覚える必要があった。この経験が後に赤椿が火器を自己生成するのに役だったのは言うまでもない。
「小型化したのが功を奏したな……。あのままでは航空兵器同様にしか動けんしな」」
小型化と歩行機能の付加により、地上での戦闘法の増加と行動の自由度が増し、宇宙刑事ら同様に地上戦が可能となった。これに感謝すると、空裂を左手にもち、薙ぎ払うように振るう。エネルギー刃が放たれ、ある一定の距離を破壊し尽くす。だが、サイボーグ兵であるドイツ軍兵士らの中には腕が千切れようとも、足が無くなっても突撃してくる『戦闘狂』が多く、思わず臆してしまう。
「そ、そんな姿で来るなぁ〜!お前らは妖怪変化かぁぁ〜!」
完全に語尾が震えてしまっている。しっかりと倒しているが、やはりサイボーグなので首が斬られようとも動ける不死身さには怯えている。そこが幼いころにゲッター線を浴びた影響で、戦闘になると阿修羅のごとく立ちまわるなのはとの違いと言えた。
「こうなれば穿千で薙ぎ払ってくれる!」
穿千のウェスバータイプを使う。このタイプは使い勝手が元来のクロスボウ型よりもいいため、機動戦では専らこちらを使用している。照準補助にスラスターを軽く吹かして安定させ、放つ。威力は度重なる性能強化で本家と比較しても遜色ないほどになっており、一直線に破壊していく。
「なのは、こちらは片付けた。そちらはどうだ?」
「こっちはアハトアハトをディバインバスターでなぎ払いました。制圧完了です」
制圧は数分で終わった。だが、なのはと比べると箒のスコアは少なく、課題が残った。しかし陸戦においての改修型ISの有用性は示すことに成功した。これは銀河連邦警察の技術提供が大きく、人工亜空間でも行動可能で、展開時間は一ミリ秒である。ここまでいくともはや『ISのガワを被ったコンバットスーツ』と言えるのかもしれない。鈴の甲龍もこの仕様へ改修を受けており、形状に多少変化が生じている。これは人型兵器が成熟している世界故の違いと言えた。
――戦車戦は扶桑側が指揮の妙技となのは達の側面援護で優位に立っていたものの、実のところは扶桑もドイツ軍を笑える状況ではない。それは定数を揃えるために試作型も動員した結果、主砲口径が分隊によってバラバラであった。内訳は初期型の75ミリ砲+副砲(扶桑が1943年に試作した型)型、後にブリタニア製20ポンド砲を載っけた第二次試作型、連邦製105ミリ砲を載っけて、車体も改良した制式採用型が入り混じっているのである。試験連隊を師団に組み込んだ弊害で、これをホリの支援で補うのが戦法であった。一方のドイツ側は指揮官が交代したおかげで緒戦の混乱から立ち直りつつあった。
「総員傾注!私がこれより指揮を執るヴァルター・ネーリングである。部隊は直ちに後退。日本軍の側面を狙う!」
ヴァルター・ネーリング大将。かつてアフリカ戦線や西部戦線、東部戦線で戦功を上げた名将の一人である。彼は無用の長物と思われた対戦車ライフルをビルの上層階に配置させ、更にブービートラップを各所に配置。市街戦ならばの戦法を指示する。その動きに扶桑側は翻弄され始める。
――市街地に入ったホリ砲戦車隊だが、そこで思わぬ攻撃を受ける。天蓋装甲を狙われ、撃破される車両が出始める。
「なんだ?!」
「周りのビルからの対戦車ライフルだ!天蓋装甲は薄いから貫通されるぞ!気をつけろ!」
ホリ隊の右往左往ぶりは戦場に不慣れな扶桑陸軍を象徴していた。それを見かねたなのはと箒は虱潰しに打って出たのだが、それがまたまた大問題であった。
「あ、箒さん!そのピアノ線に触れちゃ……」
「へ?」
その瞬間、ビル室内に設置されたフリーガーファウストが一斉に発射される。ブービートラップである。第二次大戦中から敗走する軍隊などが多用した手段だ。特に敗走していくドイツ軍や日本軍、更にはベトナム戦争で使われたので、著名だ。これには箒は思わず目が点となる。
「な、な、何ぃ!?」
「ブービートラップですよ、ブービートラップ!」
「昔、ベトナム戦争でベトコンがよく使ったとかいうあれか!?ちぃッ!」
バリアを展開し、爆発を防ぐ。ISやバリアジャケットがなければ二人共、粉微塵になっていてもおかしくないほどの爆発である。それを使っていることに二人は改めて安堵する。そして次に狙撃手を発見し、追う。サイボーグであるので足は早い。空から追うが、なんと驚きの装置を使用した。
「加速装置!」
ずばり、サ○ボーグ009でお馴染みの加速装置だ。アイデアそのものは古典的なもので、日本のアニメでは8マンも使っている。仮面ライダー達のうち、戦闘用改造人間として開発された者も保有している。スィッチは奥歯の奥で、そういうところも同じである。速さが一気に極超音速にまで加速する。衣服は特殊繊維で作ったドイツ軍軍服なためか、摩擦熱でも燃えない。二人も負けじと加速する。
「加速装置だと!?ずいぶん懐かしいものを!」
「あれ、箒さん。009知ってるんですね」
「姉さんのせいだ。あの人はそういうの大好きだからな……とにかくこちらも追うぞ!」
増速し、追う。こうなると通常の攻撃は通じない。ビーム兵器かレーザー兵器でないと命中しない。しかし敵のチャフでレーダーを撹乱され、付近に設置された魔法妨害装置でそちらでの探知も潰され、パンツァーファウストによる煙幕で逃してしまう。
「くそ、探知手段を潰すとは……考えたな。加速装置を使われてはもう追えんぞ」
「しょうがない。他のビルに行きましょう。他のブービートラップを解除しておきましょう」
「ん?ちょっと待て!また私が罠との接触役か!?次はお前の番だろう!?」
「バリアジャケット、手榴弾とかの至近距離での爆発を防げるわけじゃないんで〜」
「なんだそのテヘペロ顔は〜!なんか無性にムカつくぞ……」
なのはの声は篠ノ之束によく似ている。そのため、箒は無性にむかっ腹が立った。なのはもそれを知っていて、わざとやったフシがある。しかしISは防御力は高いのは事実だ。しょうがないので、箒はその後もブービートラップにわざと引っかかっていった。
「おわぁぁ〜!!」
糸で繋がれた手榴弾の誘爆でフロアがぶっ飛ぶのを、バーニアを吹かして脱出したり……、
「火事だぁ〜!逃げるぞ!」
「ふにゃ〜!?」
部屋にばらまかれたガソリンに火種が巻かれ、燃え上がって、火事になったビルから強引に脱出したり……、また別のビルでは戦闘ヘリから機銃掃射を受けるなど、正にジョン・マク○ーン張りの出来事が二人を襲った。
「せ、戦闘ヘリだと!?しかもあれはアパッチか!?」
「いや、あれはハインドで、ソ連のですよ!」
「ソ連だと!?」
「ソ連邦は崩壊までに裏でバダンにかなりの兵器を横流ししてたって、前に村雨さんに聞いたことがあります!その時に得たんでしょう!おわっ!!」
ハインドのGSh-30-2が火を噴く。ナチスのアイアンクロスが描かれたその機体は、独ソの戦前期の関係を忍ばせる。残党軍にしては高度な兵器である。30ミリ弾がビルの床や置物などを無差別に破壊しまくる。第二次大戦型兵器でない近代兵器があるということは、ミグ15や17レベルの戦闘機はいつでも用意可能かもしれない表れである。しかもハインドにはS-13ロケット弾が装填されていた。徹甲弾頭なので、ビルのフロアはやすやすと貫く。それを撃たれればピンチだ。
「クソ、赤椿の武器は威力がありすぎて、フロアをぶっ飛ばしてしまう!」
「それなら、さっきガメておいたフリーガーファウストがあります!」
「いつの間に……まぁいい。無誘導弾だが……やるしかないか!貸せっ!」
「はいっ!」
箒はフリーガーファウストをなのはから受け取り、ロケット弾を装填する。9門の発射口からロケット弾が一斉に飛び出す構造で、後世の携帯ミサイルの始祖の一つと言える。原始的構造なので、ISの補助はいらない。殆ど当てずっぽうであるが、近距離で撃つので問題はない。引き金を引く。コレにはハインドヘリも不意を突かれ、撃破される。この時になのはが鹵獲したフリーガーファウストは後に扶桑陸軍の手に渡り、84mm無反動砲などの開発の参考にされたという。なんとかピンチを潜り抜けた二人は、戦車部隊の援護に戻る。その戦車隊は五式改部隊に損害が生じていた。独軍が史実レオパルト1相当の性能を持つ次世代型を援軍で投入し、優良装備部隊が戦線に加わったせいであった。
「対戦車兵器を持ってる奴らを優先的にやれ!他はどーでもいい!」
扶桑陸軍はパンツァーファウストなどの対戦車兵器に苦慮し、既に戦車隊の30%に何らかの損害を被っていた。しかし幸いにも司令官搭乗車両含める指揮部隊は健在であり、そこに戦後型105ミリ砲搭載車を配置していた事もあって、なんとか攻勢を凌いだ。市街地戦故、進軍速度は双方ともゆっくりである。夜を迎えると、不思議な静寂がやってきた。なのはと箒は戦車部隊に合流し、酒を一杯飲む。これは箒も実質的には19歳相当になるまで未来世界に滞在しているからで、お互いに下戸ではあるが、一杯口に運ぶ。
「まさか、酒飲める年齢になるまで別の世界にいるなんて、思いもしなかった」
「あたしなんて、もう年齢的に20に差し掛かってるんですよ?しかも縁遠かった武道や銃器の扱いになれちゃうなんて、子供の時は考えもしませんでしたよ」
「お前、前に、『20になったら親御さんに軍に入ったことを報告する』とか言っていたな?覚悟はできてるな?」
「ええ。多分、一発や二発はお父さんに殴られるでしょう。親の願いを反故にするような商売してますからね。お父さんやお母さんは末っ子のあたしにだけは『戦いと縁がない平穏』を願ってますから……。それが職業軍人で、しかも将校じゃねぇ……」
なのはの両親は子供達には比較的寛容だった。父親の士郎は自分の療養生活が、子供達に苦労をかけたという負い目もあって、なのはが時空管理局に入ることを許した。だが、今回ばかりは事情が違う。軍隊に志願し、しかも将校の身分を持ってますなんて、親は納得してくれるのか。それが11歳の頃から持ち続けた悩みだ。しかも戦功上げてますなど……。戦功を挙げた事は人殺しに慣れていることを意味する。両親への報告を躊躇するのは、自身が軍人として功を成した状況が両親の願いと相反するからであった。
「話せばわかってくれるさ。私も姉さんと腹を割って話すのは久しぶりだったが、どうにか許してくれたからな」
「赤椿の事はなんて?」
「千冬さんがぶーたれた姉さんを抑えてくれたみたいで、パテント料を取る代わりに自分もプロジェクトに参加するって言い出した。それについては真田さんと千冬さんが協議中だ。姉さんもさすがに、バイオセンサーやサイコフレーム、バイオコンピュータに魅力を感じたようだしな」
23世紀地球が生み出した超技術。それらを自分の技術に反映できるかもしれないという技術的野心が束にもあったようだ。普段なら、自分の発明を無断コピーされたと知れば、テロやらかすと絶対に思っていた箒はその反応に思わず『姉さん、頭打ったんですか?』と真顔で言ってしまった。普段は飄々としている束も妹のこの言葉には思わずガックリしてしまい、織斑千冬に『普段の行動がそうだから、お前は信用してもらえんのだ』と言われたそうな。それに伴って、束に開示された地球連邦軍製ISとミノフスキー物理学の情報は魅力的で、赤椿の第二改装後のスペックに逆に驚いたという。
「お前もそんなに気にするな。家族ならわかってくれるさ」
箒も束に姉としての情がまだ残っていたことに安堵しているように、なのはも家族が自分を信じてくれることに賭けた。
――ミッドチルダの星空は明るい。だが、その下では兵士の死体が転がり、墓標もある。第二次大戦さながらの戦場だ。この前に行った『別のミッドチルダ』とは、やってることは全く違う。だが、この場所、この戦いが今のなのはの存在意義だ。彼女は小銃を片手に眠りに落ちる。それは銃弾飛び交う戦場の束の間の休息であった。
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