――未来地球に滞在したウィッチの多くは戦闘に駆りだされているために若返りの措置を受けており、その中でも幸運に恵まれた結果、魔力減衰の心配が無くなった者も存在する。横須賀でゲリラ戦を指揮する黒江もその一人であった。
「おい、弾持ってこい、弾!」
「はい!」
彼女はいち早く未来世界に馴染んだ結果、口調がすっかり元のそれから変化。兜甲児や剣鉄也などに影響された江戸っ子的な喋りとなっていた。この変化は元の口調を覚えている者達には大受けで、元上官や先輩たちからは大いにからかわれていた。
「おい、黒江。欧州にいた頃はもうちょい真面目な性格じゃなかったっけ?」
「んな時に昔のこと言わないでくださいよ、神保先輩〜!」
「ハハハ、47戦隊でお前を可愛がってやったろう?これくらいでガタガタいうな」
「は、はあ」
さすがの黒江も、自身の慕う先輩には頭が上がらないのが分かる一幕だった。改変直後、事変後半部の記憶が『すっぽり抜けた』黒江は一時、何がなんだかさっぱり分からず、上層部の冷遇と相なって、軽い鬱状態に陥った。その際に面倒を見たのが『神保大尉』である。彼女は黒江を立ち直らせ、有数の鍾馗乗りに育てあげた、言わば『第二の恩師』である。その関係は黒江の性格が変化した現在でも変わっていないのが窺える。
「お前と始めて会ったのは、1939年頃だったな」
「はい。ちょうど私が上から疎んじられて、栄転の形を借りた懲罰人事で鬱ってた頃ですね」
「その時のお前、混乱気味だったからな。まあ、今のお前がやったことのせいで、『過去の自分』がとばっちり食らった形というのは、皮肉だが」
――皮肉にも、黒江は過去の自分への影響そっちのけで(と、いうより、過去を変えたい一心で改変したので、過去の自分らへの影響は考えていなかった)歴史改変を行ったがために、黒江は欧州の最前線中の最前線に送られ、『20歳まで生きるか死ぬかの激戦を経験した』という風に経歴が変化してしまった。元の経緯では『19歳で前線を退いた』事になっていたので、より過酷な戦場に送られた事が分かる。
「しかし……お前。若返ったおかげか?肌ツルツルだぞ」
「私は10代前半まで若返りましたから。おかげで苦労もしましたけど、楽しんでますよ。数年で身長は元の身長に近くなりましたし、肌も綺麗になったんで」
「若返りの年齢設定をもう1歳若くすりゃよかったな」
数年が経過した現在では、身長はほぼ『元来の身長』に達している。23世紀の食事の効果で身長の成長が促進されたためだ。神保は若返りの年齢が15歳なので、黒江に比べると身長が伸びる期待値は低い。(成長期ではあるが)そこを残念がった。
「ハハ。あんま若返っても、今度は大変ですよ?だから10代中頃が一番良いっすよ。のび太のところに行って、誤魔化すのも楽でしたし」
「それもそうだな」
黒江が野比家に初めて行ったのは、外見年齢14歳に達した時である。元から大人びた容貌であったのが幸いし、1999年時点で高校2年で、大学受験を1年後に控えている』と方便を言ってもそのまま受け取られた(老け顔なのは気にしているが)。以後は2001年に行くと『大学1年』との方便を通している。(2000年では高三。なので、実際に通って見せている。戸籍や経歴は連邦が偽装している)
「お前は口が回るからな。昔もキ44の部品をメーカーからちょろまかしてたな?」
「は、はは……」
「そいや、色々な部隊のやつがMSとか持ってくるから、機種がバラバラなんだって?」
「ええ。ジェガンだったり、ジャベリンだったり、ジェイブスだったりで大変なんですって。可変機もギャプランだったり、Zプラスだったりでバラバラなんすよ」
パルチザンには続々と有志が集まってきているが、部隊本来の装備でない機体で合流してきた部隊も多く、旧ティターンズ系の機体を持ってきた部隊もかなりに登っている。主にアッシマーやギャプランなど(一般にはアッシマーはティターンズ系と認知されている)である。その場にあった機体を持ってきた故の苦肉の策であった。
「規格とか違うだろ?整備班が死ぬぞ?」
「ロンド・ベルの整備班さえ拾えれば楽になるんですがね」
「ああ、お前がいる『連邦軍最強の部隊』か。整備班もかなりの練度と聞くが、本当か?」
「ええ。真ゲッターやマジンカイザーを軍隊で無条件で整備できるのはあそこだけですよ。他の整備班の手に負えません。今は居合わせてる整備班の中でも練度のいいのを選んで、ガンダムタイプに就かせてますが、ロンド・ベルのに比べると腕は落ちます」
黒江はアストナージ以下のロンド・ベルの整備士達を高く評価しているのが分かる。ストライカーユニットさえ一目見て、完璧に整備してみせた故だ。ロンド・ベルの整備士達は地球連邦軍トップレベルの手腕を誇るからだ。
「なるほど。私達の世界も、ここ最近の急転直下で呉が壊滅して、その代替が横須賀と大神になるとは思いもしなかったな」
「ありゃ呉を狙うことで大和型を整備・建造できるドックを減らす目的だったんでしょう。実際に大和型を改造するのに、横須賀を拡張する必要が出ましたし、大半はミッドチルダで行わざるを得なかった。結果、呉は事実上の放棄。歴史は結果的にこの世界の過去に近づいた。帳尻合わせですよ」
「帳尻合わせ、か……」
神保は、呉が壊滅した事はこの未来世界で起こった呉軍港空襲との帳尻合わせであるという黒江の言葉に納得した。損害度の程度なども似通っているからだ。
「つまり私達の世界は違う流れになりつつあったのが、ティターンズと地球連邦が現れた事で、こちらでの史実に近づいたということか」
「ええ、奇妙なくらいに。太平洋戦争が起こったのもその帳尻合わせですし、地球連邦が史実におけるGHQの役目を結果的に果たしているようなもんですしね」
――地球連邦は扶桑皇国を史実戦後日本に近づける施策を行っている。結果的には史実GHQの役目を果たしている事は地球連邦も自覚している。違うのは華族の廃止をしない(地球連邦の支配層である日本が、21世紀頃から皇室の維持で苦労し、彼らが共産主義者、アナーキストなどから昭和天皇の責任論を根拠に疎まれた事、戦後の資本主義で国民の間に生じた格差は資本主義では解消不能であり、それを自然に納得させるために、また、国家統合の象徴であった皇室を維持するために、一部の元華族と旧皇族を急遽、戦前の地位で復権させた経緯があるため。扶桑も未来世界での皇室の経緯には恐怖しており、皇室の円滑な維持には戦前の規模を保つ必要性を理解した)事、軍隊の文民統制の徹底くらいである。(皇室はこれで完全に軍部の統帥権を内閣に移譲する事になった)黒江はそれらを指して『帳尻合わせ』と言ったのだ。
「さて、お喋りはここまでだ。突撃だ!商店街を確保する!」
「はいな!」」
階級は逆転したものの、黒江自身が神保を強く慕っているので、敬語を使っている。とある商店街を奪還すべく、神保は配下の一個中隊を突撃させた。
――同時刻 パルチザン移動本部(ペガサス級)
「雑多なMSをよくまぁ、ここまで集めたもんだ」
「一年戦争の時の陸戦型ガンダムまであるじゃないか。しかも完品で。博物館から持ってきたのか?」
パルチザンの保有するMSは新式・旧式・エゥーゴ系、ティターンズ系が入り混じる『雑多』なものであった。新式はジェイブス、旧式は陸戦型ガンダムまで遡れるほどの種類の多さで、整備班は頭を抱えていた。合流したジュドーはアムロとともにMS部隊の中核を担うとされたが、さすがに形式がバラバラなのは、二人としても悩みのタネであり、武子も加わって、実像部隊の編成に知恵を絞っていた。
「えーと、アムロ少佐達を始めとしたガンダムタイプを除いた機種は……ジム系だけで30近く、ティターンズ系はバーザムやバイアラン、ギャプラン、エゥーゴ系でZプラス各種、ネモV、ネモU……。多いわね」
「ジム改以後のジム系は一通り揃ってると思っていいだろう。なるべく近い年式ので組ませるほうがいい。性能差が激しいからな」
「確かに、スペック表を見ると、戦間期に造られたジム改とグリプス戦役の頃に造られたネモUとでは性能差が大きいですからね」
「小型機になると、更にそれが顕著になる。ヘビーガンとジェガンとさえ、機動力に差がある。あの辺りは入れ替わり激しかったからな」
「なんでそうなったんですか?」
「当時は第二次ネオ・ジオン戦争が終わって、アナザーガンダム達の活躍で大きな戦乱に一区切りついた頃でね。軍解体も視野に入れられていた頃で、警察組織への譲渡を視野に入れて、MSにあまり高性能を求めなかったんだ。ところがそこにクロスボーンバンガードやらザンスカール帝国の蜂起が起こった。ジムVやヘビーガン、ジェガンJ型では全く対抗できなかった。そこでジェムズガンとジャベリンが計画され、場繋ぎでR型が生産された。ジャベリンとジェムズガンは白色彗星帝国戦役には少数しか参加してないから、実質的にはジェガンR型で切り抜けたようなもんだ。軍縮を叫んだ者達の殆どは有事に対応不能で失脚していったから、そこは哀れですらあったよ」
――地球連邦軍の主力機の選定に纏わる混乱は軍縮の機運が齎したが、軍縮を叫んだ者達の多くは『万が一の有事がよってかかって地球滅亡級だった』事で失脚していった。無論、戦争など無い方がいいのだが、『備えは万全を期すべき』という論調が主流となり、軍部は復権した。白色彗星帝国戦役で浮き彫りになった『有事』という言葉。その意味を知る者達以外の、口だけの平和主義者は支持を失って消えていったのだ。
「政治屋というのは自分の事しか考えてないんですか?全く……」
「宇宙では地球やバード星のような『成熟した民主主義国家』のほうが珍しいのさ。それを身を以て味わったから、地球連邦政府は『向かってきたら完膚なきまでに薙ぎ倒す』方針になっていったんだ。話し合いの余地がない国家のほうが多かったからね。彼ら政治屋こそ、戦争の本当の被害者なのさ。人々の気まぐれで立場を追われていったからな」
――そう。白色彗星帝国やガミラス帝国は話し合いの余地など無しの暴虐非道の国家であった。殆ど生存競争と化した戦争は人々の意識を決定的に『目には目を歯には歯を』にしてしまった。二つの帝国との戦いの最中でも、平和主義者の多くは話し合いを提唱したのだが、それが通じる相手ではなかった故に、人々に排斥されてしまったという悲劇がある。それは地球圏の人々の罪といえる。それ故に軍人の多くはむしろ、平和主義者に同情的であった。双方ともに、立場を追われた、あるいは追われそうになった故だろう
「脱線してしまったな。話を元に戻そう。小型機は小型機で、大型機は大型機で組ませた方が編隊速度を統一できる。大型機は速度はあるが小回りは落ちるからね」
「私達の世界の新型機の多くが旧式のものより小回りが効かないのと同じ理由ですか?」
「それとは多少違う。MSの場合は大型機をマッハ2で飛ばす推進装置を小型軽量の機体に付けて、従来機以上の機動性を持たせたのが小型機隆盛の起源になる。だが、それはそれで問題が発生した。航続距離だよ」
「あ、そうか。小型機は必然的に燃料搭載量が少なく……」
「そうだ。惑星間航行や恒星間航行において航続距離が短い事は致命的だった。大型機がそれで見直されたのさ。君達の世界で言うと、小型化したF8Fベアキャットがその問題に突き当たっている」
「リベリオン本国軍が使っているあの?」
「そうだ。あれは戦闘時の高性能と引き換えに戦闘行動半径が小さいという問題点がある。レシプロ機の極限級の性能だったベアキャットも戦闘爆撃機としての能力があったコルセアに駆逐されたからな」
「搭載量……。それが明暗を分けたのですね?」
「ああ。以後のグラマンの凋落の序章にもなった。以後はF9Fまではグラマンが勝っていたが、F11FがF8Uに負けたのが決定的になり、最後の輝きで『F-14』が主力を担ったのを最後に檜舞台から降りた。君達の時代がグラマンの最盛期だったのは疑いようのない事実だ。搭載量は空母にとって切実な問題だからね。一部には、かつての先進国の車の傾向の変化に擬える者もいるがね」
――グラマンの盛衰は地球連邦軍における大型MSと小型MSの関係に相似する。ヘルキャットの方向性は成功していたが、零戦とFw190に完膚なきまでに勝利するというお題でベアキャットを軍の要求で作ったら、『ジェット戦闘機』の前の徒花となり、それ以前のF4Uに駆逐された。空母に求められるものが変わった20世紀後半以後は汎用性を求められるようになり、F8Fは徒花として歴史の闇に消えた。それと同じで、MSも、小型機が大型機を駆逐しきれない理由は戦略級の航続距離の小ささ、(恒星間航行では、逆に大型機のほうが有利である)小型機故の装甲の厚さの限界に起因する『被弾への脆さ』などが特務部隊に嫌われたためだ。そのためジェスタを始めとした次世代特務用MSは旧式扱いのはずのジェガンがベースになっている。
「さて、リストを作ろう。なるべく新式を指揮官機にし、数が多い物を一般機にするように」
「分かりました」
――数十分後、纏められたリストでは、もっとも数が多い機種だったジェガンとバーザム(意外にも、沖縄に解体予定だったバーザムが数十機あり、それをMS大隊がほぼ全機持ち込んだ)を一般機として、作業機代わりにジム改やジムU以前の旧型機を、直掩機として高性能であるジャベリンとジェイブスを使用、突撃部隊には可変機を与える事を明記した。
「リゼルやアンクシャがあればいいんだけど、あれは日本にはまだ配備されてないからねぇ」
「贅沢言うな。Zプラスのほうが年式は古いが一応は高性能なんだぞ?アンクシャはガルダ級に優先配備されてるから、まず手に入れられんだろうな。リゼルは確か……ついこの間、いい加減に旧型になったセイバーフィッシュの代替で航続距離を伸ばした型が、硫黄島だかに配備されていたはず。連絡が取れれば合流してくれるはずだが……あそこの部隊は旧・カラバ系列だったはず。あとでモールスで連絡入れてみる」
「ありがとう」
Zプラスは高性能であるが、ピーキーな特性が原因で、ティターンズ出身者を始めとした一部将兵には嫌われ者である。なので、アッシマーに乗り続ける者も多い。しかしティターンズの印象が強い同機の使用に難色を示す政府・軍部高官らは老朽化するアッシマーの初期生産機の代替にアンクシャを開発する一方で、ZUの量産型であるリゼルを開発させ、ロンド・ベルを始めとした部隊でテストさせていた。双方は好評であり、本格生差に入ろうとした矢先にこの戦争である。アナハイムの工場では、納入予定であった両機がだぶついていたりする。
「ビーチャたちがネェル・アーガマで補給物資を運んでくれる事になってはいるけど、敵の妨害で遅れるって連絡が入ったそうだ。それでインダストリアル7付近に身を潜めるって」
「何?インダストリアル7だって?」
「どうしたんですアムロさん」
「あそこはアナハイムのコロニーで、確か、ユニコーンガンダムのテストをしていると前にオクトバーから聞いた事がある。嫌な予感がする。ユニコーンはフルサイコフレーム機で、ネオ・ジオンも欲しているはずだ……彼らとの火種にならなければ良いが……」
アムロの懸念はその後、的中した。奇しくもかつての彼同様、ガンダムに乗り込んだ少年『バナージ・リンクス』の手に渡り、ネオ・ジオンがそれを欲した事からネオ・ジオン戦争が再燃する。それに呼応して再来する紅い彗星。並行時空では『シャアの真似をする紛い物の男』であったそれは、シャア・アズナブル本人の手によってなされる事になる。アムロの懸念はそこにあった…。
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