短編『別れと未来』
(ドラえもん×多重クロス)



――ウィッチ世界の大海戦の最中、坂本は黒江の大姪達の参陣に伴い、自分に子や孫が出来ることを察していた。だが、一言も『子に関する事を言われなかった』のが気になっていたが、それは子と自分が不幸な確執を持ってしまう事を、それを経た、死の間際に悟った。そして……

――西暦2000年

「坂本!!」

坂本が入院した病院の病室に、かつての陸軍軍服姿で駆け込んできた黒江。齢を重ねても老けこみを知らないため、往時と変わらぬ姿のままだ。

「おお、久しぶりだな……黒江……」

医療機器につながれた姿を晒す坂本。当時は70代後半。全く老けこまない黒江と違い、白髪、肌にシワが刻まれた相応の姿だ。(年齢より多少若々しいが)

「やっと、お前の行方を掴めたってのによ……こんな姿に……」

「……私とて、こんな無様な姿は晒したくは無かったさ。特にお前にはな、黒江……」

坂本は遅かれ早かれ、死の床につくのが明白な状態だった。だが、坂本は少しだけ往年の覇気を取り戻したか、言葉を発した。

「去年の武子さんの葬式に参列したかったんだが、体がもはや言うことを聞かなくてな……」

「バーロー……人の道飛び越えてる相手に見栄張るんじゃねぇよ……」

「そうだったな……。遅かれ早かれ、私は死の床につく。その前に、お前や百合香に言い残しておきたい事がある。神は、そのくらいの時間を私に与えてくれたようだ…」

坂本は語り始める。子の美優との確執で失意の後半生を送った事や、数十年も姿を消していた事での、かつての自らの弟子や、友への懺悔を。黒江は老いさらばえた坂本の手を握りしめ、いつしか涙を流していた。

「お前達にはすまないと思っていた……。数十年も私を探していたとは……。だが、分かってほしい。私は、自分の老いさらばえた姿を晒したくはなかったんだ……。お前らの記憶にある、若々しい、『扶桑のサムライガール』と謳われていた頃の私の姿を汚す事をしたくなかったんだ……」


坂本は、自らが『絶頂期』と自負していた青年期の頃の勇姿を汚したくないという考えを持っていたのだ。

「バーロー!!ウィッチだって年取るんだから、お前のロマーニャの師匠みたいに、堂々と年寄してりゃ良かったんだ!!それをどうして……!」

「お前らを見ているとな。お前らは40代に入っても老け込なかった。私が老け込み始めたのは40代だったろう?」

「美優の親不孝者が、お前を罵ったせいだろ!?お前の子でなければ、私が無理矢理にでもぶん殴って……!」

坂本が急速に老いを見せ始めたのは、40代になったあたりである。それまでは20代以前の容姿を保っていただけに、黒江は愕然としたのを覚えている。その原因が、当時に反抗期に入っていた、坂本の子『土方美優』にあると分かった時、黒江は烈火の如く怒った。『親孝行したいときには親はなし』を地でいった黒江にとって、坂本の娘『美優』は許せない人種であったからだ。


「あいつは、私や『土方』に反発していた。それがあそこまでだとは読めなかったよ、正直」

「だったら、なんであいつを止めなかったんだ!?」

「若い頃の私に似ていたからさ、あいつが。だから、好きに生きさせた。だが、変に似たもんだから、周囲との接し方を知らん。あいつは10代の頃から、親の介入を嫌っていたからな……」

坂本は子の教育が上手く行かなかった自覚がある反面、若き日の自分に似たことへの嬉しさも入り交ざる感情を見せる。そして……。

「軍時代の晩年、お前が私の名誉回復に努めてくれていたのは知っていた。あの本は、大方、ケイさんにでも出させたんだろう?フフ、そのくらいは分かるよ。何年、同じ釜の飯を食っていたと思う?」

「知ってたのか……」

「46年のあの記事から、私は若い奴等に反感を持たれるようになったし、先輩達から顰蹙を買った。お前らが頑張ってくれたが、そう易々と噂は消えないものだ。特に悪い噂はな」

坂本は、終生、1946年の旭新聞の虚偽記事の影響を受けていた。それを知った黒江の目からは、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

「すまねぇ……もっと私が早く、手を打ってれば……」

「いや、お前達はよくやってくれたよ……。あの時に出来た最善をお前らはした……旭の影響力が私らの予想を超えていただけだ……。あの記事も間違っていない面はある。私はあの時、超重爆の迎撃よりも敵護衛機を始末する事に重きを置いていたのは事実だしな…」

坂本は航空指揮管制官時代の初期、超重爆の迎撃には熱心でなかった。飛行高度が10000mを超える上空の爆撃機を、ウィッチで迎撃するのは、当時のユニットでは困難が伴っていたからだ。


――実際、高度10000でまともな空戦が可能なユニットは太平洋戦争初期には、精鋭部隊にしか配備されておらず、実際の迎撃は連邦軍に半ば委託の状態だった。無論、当時のレシプロストライカーの最終世代には、機械式スーパーチャージャー(過給器)はついていたが、日本は自らの戦訓から、排気タービンを採用するように強烈な圧力をかけた。扶桑の発動機関係者は『スーパーチャージャーがまるで役立たずな物言いだ』と憤慨したが、実際、日本に於ける局地戦闘機は高高度性能の不足で、全国の主要都市が焼かれた記憶があるため、そこを突いた攻撃に、扶桑は当時、対応に困窮した。国民も混乱し、暴動が起こったために、ジェットへの転換を急がせたため、レシプロで太平洋戦争中に一線に残れた機種は最終世代の機体に限られた。中期以後、政治的配慮もあり、残置していたレシプロストライカーと戦闘機は低空の戦闘爆撃任務に回されたからであった。(一部のウィッチは鍾馗で高度12000mのB36を迎撃してみせたが、高度なエースしか出来ないことだと切り捨てられた)坂本は、その行為を『ウィッチの気概を見せた』と賞賛したが、日本や旭新聞からは『精神論信仰』と批判された。その時の記事で、若き日の娘にも言われたとも、付け加える。

「私は、戦前に受けた教育で、子や教え子を育てた。が、いつの間にか、周囲の流れに取り残されていた。戦前の教育を受けた世代の者たちが、あの時に言っていた。『合理的に動く事だけが、ウィッチではない』という言葉は、その通りだと思う。現に、私やお前は、そうしてきた……。美優の不幸は……周囲の後ろ指に反発するあまりに、自分の生き方を固定してしまったことだと思う……」

坂本は、子の不幸をそう評した。美優は母を嫌うことに固執した結果、仕事こそ、そこそこの成功を掴んだが、家庭面では恵まれていない。その事を指したのだ。

「私の跡継ぎは、孫の百合香に託している。美優が継がなかったのは残念だが、あの子、百合香は、先生と私の遺伝子を継いでいる。いいウィッチになれる。お前、あの子の後見人になってくれんか……?葬式は先生に頼んであるが、これ以上、先生のお手を煩わせるわけにもいかなくてな。本家に迷惑をかけたくないんだ」

「おう。お前の頼みなら、引き受けてやるよ」

――北郷百合香。坂本の実の孫であり、当時10代に入ったばかりの幼子である。その後見を、長年の友人であった黒江に託すあたり、母親の美優を百合香が軽蔑している事を知っていたのが分かる。その遺言で、美優は決定的に歪み、ついには哀れな最期を遂げる事になる。が、それはここより未来の話である――

「坂本!!」

「おお、お前らも……」

「おせーよ、お前ら!」

「道路が混んじゃって。久しぶりね」

「20数年ぶりだな……、穴拭、加東」

智子と圭子も到着する。お互いに、かつての陸軍軍服姿だ。

「お前らもその格好とはな。今じゃコスプレにしか見えんぞ」

「陸軍の軍服が自衛隊式になったからね。旧帝国陸軍式のこの軍服は忘れ去られたも同然だけど、式典にはこの服で出るように通達されててね」


黒江達は正確に言えば、生え抜きの空軍ではなく、前身組織からの移籍組である。この時代にもなると、陸軍飛行戦隊所属経験者は減ってきており、スリーレイブンズはその生き証人であるので、式典の際には、前身組織の軍服で出席するように、要請が出されていた。空軍の出自が『海軍と陸軍の寄り合い所帯』に等しかった故、初期に活躍した者たちは伝説視されているが、スリーレイブンズはそれ以前からのエースであるので、前身組織の軍服を着る権利が現在もある。黒江らの同期も生存者がだいぶ減ってきているため、この時代になると、スリーレイブンズのトレードマークになっていた。

「お母さん、お茶買って……!?あなた方は……まさか!?」

「挨拶しろ、美優。私の戦友達だ」

「戦友って……お母さんの現役時代から何年たったと思ってるの!?それに、あの人達なら、今はもう……」

「その口ぶり、ガキの頃から変わってないな?美優」

「黒江……綾香さん……なんですか!?本当に!?」

「ガキの頃に遊んでやったろ?ったく、覚えてねーのか?」

「黒江ちゃん、突っ込むのそこじゃないって」


黒江はこの時、長じた後の土方美優と初めて対面した。当時は30後半から40代ほど。生年月日は1950年代頃。坂本が軍を休職していた時期に生まれた子である。若き日にウィッチであった名残か、歳の割に若々しく、20代後半から30前半の容姿だ。

「それじゃ、あなた達も!?」

「久しぶりね。『大きくなった』わね、美優ちゃん」

「で、でも、あの時と少しも変わってないなんて!?あれから20数十年も経っているのに!?」

黒江達は、素で容姿を保っている。同期らが生存し、彼女達も現役の頃は周知の事実だったが、退役から20年近いこの時代になると、だいぶ記憶が薄れているのが分かる。

「たしか、お母さんよりだいぶ年上なのに、なんでそんなに若々しいんですか!?どう見ても20代、いや、10代後半にしか!?」

「そんなに驚くな。失礼だろう。この三人はリウィッチだ。それに加え、超人的な力を身につけている。だから、老年になっても容姿を保っているのだ」

壮年から老境に差し掛かる頃に、それまで若々しい容姿のウィッチが衰えを見せることは多い。坂本は壮年のうちに衰え始めたが、これは病気と、若かりし頃に魔力を酷使した影響が出たためだ。若かりし頃に、生命力が特別に強まっていたり、気をコントロールする術を身に着けたり、小宇宙に目覚めるなどの理由で、三人は往年の容姿を、80代前後でも保っているのだ。そのため、普段の服装も外見相応か+5歳程度の若々しいものだ。

「昔は猫も杓子も知ってると思ってたが、そんなに驚くことか?」

「お前、退役してからもう20年近いんだぞ?当然だろう?ましてや、美優は私達と別の世界にいるんだぞ」

「そ、そうか」

坂本は、軍に行かなかった美優がスリーレイブンズが老けていない理由を知らないのは無理はないと補足する。美優は軍の広報雑誌にそれほど目を通さないクチだったので、スリーレイブンズの現役時代の活躍は殆どが口伝と写真でしか知らない。そのため、若かりし頃には優秀な軍人であるか、疑問視していた事もある。

「あなた達は、お母さんといつから関係が?」

「お前のお袋さんが、12くらいの頃からだ。当時に新兵として配属されてきて以来だから、もう60年か?」

「そうだな……1937年くらいだしな。あの頃は私も若くて、子供子供してたな……」

坂本は、1937年の、今や縁戚筋となった師のもとで剣術に励んでいた頃を思い出す。当然ながら、スリーレイブンズの歴史改変後の出来事である。別の自分ほどには、12歳の頃は活躍しなかったが、クロウズと謳われてからが本番であった。

「それじゃ、お母さんのあの話は……」

「誇張でもなんでもない。私とて、絶頂期には『クロウズ』と謳われた一人だ。年寄りの昔語りとでも思っていたのか」

坂本は病室に飾ってある、14歳頃の自分たちクロウズの写真を手に取る。文字通り、リバウ戦線を支えたのは自分達だと胸を張れる撃墜スコアを残した。一時は黒江と智子を上回る撃墜ペースでスコアを残した(未確認も多く、公式撃墜数は、本人の記憶よりだいぶ少ないが)。

「だって、お母さんの友達二人とのトリオ、リバウ戦線を守れなかったじゃないの」

「その頃には、私は転出していた!いたら、奴等の好きになどさせてはいない!!」

坂本の語気が強まった。リバウ時代は自身の絶頂期であり、いれば、全ての将兵を無傷で送り出せたと自負していた坂本にとって、この一言は我慢ならなかったらしい。

「落ち着け、体に障るぞ。美優、リバウ戦線は敗北する運命の戦だったが、坂本達がいれば、少しは良くなっただろうが、それは結果論だ。それでこの期に及んで、揚げ足を取るんじゃねーぞ」

釘を刺す黒江。リバウ戦線の撤退戦の事はかつて、雁渕孝美から聞いており、自分たちがいたとしても、どうにもならないレベルの負け戦だったのは知っている。

「は、はい」

「お前が一番活躍した時期だったのも事実だったな、坂本」

「ああ。501時代はまとめ役になることが多かったし、あの時は前線に出た事は、お前達がいた頃含めても、少なめだったからな」

坂本は前線でバリバリに戦った回数は、501時代は実のところ少ない部類に入る。これは折衝が増えたのと、初期はスカウトもしていたからだ。

「宮藤は竹井がスカウトして、お前が引き取ったんだっけか?」

「この世界ではな。私が調査報告聞いて、私が誘った世界もあった。初期メンバーは私も、『あいつ』も殆ど覚えていなかったしな」

「懐かしいな、Bの事か」

「あいつとは何度か話してな。やはり設立当初の事は覚えていなかったよ」

「あいつもか。やっぱりなぁ」

501の設立当初の事は坂本Bも覚えておらず、黒江が興味を抱いていた事項の解明はならなかった事が判明した。設立当初のゴタゴタで、ミーナはこの世界においては、終生、上層部に不信を抱いていた。Bの世界では、そうではなかったというので、ミーナの精神状態にも、世界ごとに差があるのが分かる。

「死ぬ前に知っておきたい。あいつもこの世の住人でなくなってるからだが、ミーナはなんで、45年に精神不安定になったんだ?」

「ミーナが死んでるからなぁ。この際だから言うが、ミッド動乱、知ってるか?」

「ああ、管理局の世界の動乱だろ?それは知っている」

「その時からだな。あの人が精神不安定になりだしたの」

「黒江ちゃん、タイムテレビ。ドラえもんから借りて来たわ」

「おお、サンキュー!えーと、ダイヤルを『1945年の初め頃』に合わせて……」



――タイムテレビの映像――

『いったいどうなっているのよ!』

『ミーナ、落ち着きなよ!!近頃どーかしてるよ!」

ミーナは酒を飲んでいるのか、酒乱であった。それにうんざりなハルトマンの様子が写る。ミッド動乱に参戦中の時間軸で、ハルトマンはミーナの酒乱に、素手で牙突を叩き込み、鎮める。よほど嫌だったのだろう。

『ったく、ミーナに酒はダメだなー、酒乱になる。後で黒江少佐に言っとこ』

ミーナを鎮め、ベットに運び込むハルトマン。この頃には既に牙突を覚えていたのが分かる。ミーナを運んだ後、シャーリーと会う。

『ハルトマン、中佐に手を焼いてるなぁ』

『近頃、ガランドに反発するわ、リウィッチに難色示したりとさ。喧嘩売っててね。特に、リウィッチに対して、坂本少佐ほど露骨じゃないけどさ、なんかこう……』

『こう?』

『摂理に反する事をしてるって言って、それでガランドと揉めたんだ』

「うーん。あいつも私と同じか……私らの世代は、引退した時のお前らを見ている事もあるから、自分達でどうにかしようって気持ちが強い。あいつも例外でなかったか。今頃、墓の中でくしゃみしてるだろうな」

坂本は笑みを浮かべる。それは、若き日のミーナが、自分と同じような考えを持っていたことへの笑みだが、ガランドに楯突いたことには眉を顰めた。

「あいつが閣下に楯突いたとはな……珍しいな。従順そうに見えたが」

「ガランド閣下と、敵を殲滅するかどうかで揉めたんだっけ?」

「そそ。ミーナは敵を全て無慈悲に倒すことに異を唱えてさ。それでサボタージュまがいの事もしたのよ」

「相手は無慈悲なテロリストだ、あいつの理屈は通用せん。それを思うと、あの時代に生きるには優しすぎたのかもな」

「だな。あの人は怪異と戦う分には一流だが、ガチで戦争する兵士としては、二流だったからな」

ミーナは優しすぎた。それが大戦の時代では裏目に出てしまったところが大で、死後の後世では、『ヒステリックな面も持つ事が露見したため、その暴発性が将官への出世の壁になってしまった』との人物評を頂いてしまった。それは年端もいかない内に、高い地位を得てしまった事による歪みの象徴でもあった。そのため、この時代になると、20以降もウィッチであり続けられるため、佐官への昇進は20に入ってからである。

「そのためなのよね、戦後に、佐官への昇進が20以上に上げられたのは」

「そうだったのか」

「ええ。戦中までに大尉で、戦地任官が出来た世代までが幸運な代よ。今じゃ、私達でも20で佐官に到達するか否かって感じだし」

「……その要因の一つがミーナのヒステリックさとして、ロマーニャ戦後に研修に行かされたのは、それが?」

「わかってるわね。それよ。空軍総監にするには青っちょろいと判断されて、ラル少佐を抜擢したのよ、閣下は」

「あの時は、流石に困惑していたものな。もろに狼狽えた顔だったし」

「若返ったから、私達のの知り合いにクソリツな声だったしなぁ」

「エディータ・ロスマン大尉が皆に教えてるのは見たことがないが、お前らを手伝っていたのか?」

「ああ、あいつはやることが概ね、『新人教育』だったし、エースを大集合させた『統合戦闘航空軍』じゃ、必要性は薄いから、私らの補助をやってもらっていたよ」

ロスマンは『その後』、皇帝の勅諭で特務大尉にまで昇進した事が分かる。彼女は士官学校入校を頑なに拒んだ。教育係曹長を天職と思っていたからだが、業を煮やした皇帝自らが勅諭を出し、直々に説得した事で折れた。それまでには、皇帝自らが実家にまで来訪したと聞き、顔面蒼白になり、親からは叱責を受けたという。これが特務士官任官を認める原因であった。最終的にはリウィッチとなり、ウィッチ教育総監を勤めたという。

「あの子、家に皇帝陛下が御自ら来て、親に言ったもんだから、実家に帰省した時に、皇室信仰者の親父さんに折檻されそうになったって」

「本当か?」

「本人から聞いたから、間違いないわ」

「私が慌てて仲裁に行ったもの。電話で助けて下さい!って泣きつかれたわ」

「あの時はカミーユのZを借りて、ぶっ飛んで行ったものな」

「慌ててたもの、あの時は」

「でもさ、プラスのCかDを使えば、もっと速く飛べたぜ?」

「そこまで考えが行かなかったの!手近にあったのがプロトだったし」

Zプラスの登場後、オリジナルのZガンダムタイプを指して『プロトZ』と呼ぶ隠語が定着した。圭子が言うのはその意味でのプロトだ。

「どんな感じだったんだ?」

「あの子が家を飛び出して、親父さんが血相を変えて追い掛け回そうとして、お袋さんが止めようとしたところに変形して降りたのよ。ご両親が腰抜かしちゃって」

「そりゃそうだろうよ。ウェーブライダーから一瞬で変形すれば、誰だって腰抜かすわ!」

「確か、あの時、『ハイ、ヤメヤメ!大人しくしないと、60mmぶちこんじゃうよ?』とか煽ったような気が……」

「お前、そんな事したのか……?」

「親父さんが折檻しそうだったし、荒療治しかなくてね。これがコロニーなら、ハミングバードで脅かしたんだけど」

「お前なぁ。大尉はその時、腰抜かしたろ?」

「青ざめてたわねぇ。変形を見たらしくて。一瞬、ティターンズかと思ったそうな」

「あの時代に変形できるの持ってたの、連邦軍とティターンズだけだもの。だけど、肩のマーキングでわかったらしく、安心したそうな」

「そうだよなぁ。だが、ゼータで行く事なかったろ?コスモタイガーで行けば良かっただろ」

「言ったでしょ、そこまで考えつかなかったって!第一、あの時は出払ってたし」

――大戦中、新501の護衛を務めていた連邦軍航空部隊の機種は、この当時にはコスモタイガーの後継機『コスモパルサー』に機種転換していた。連邦軍はウィッチ世界が2000年を迎えてなお、駐留を続けており、数十年の間に機種も次世代機になっており、戦闘機はコスモパルサーとなっていた。本来は、ウィッチ世界の1980年代終わりに機種転換が予定されていたが、リベリオンのティターンズ政権がソ連をなぞるような結末を迎えたため、必要性が薄れ、機種転換が伸ばされた。そのため、ウィッチ世界駐留軍はこの時点で機種転換の最中にある。

「あの部隊も、今はパルサーに機種変更されてる途中だっけ」

「冷戦が終わったから、予定がパーになったからな。お前がもう10年遅く退役してれば、乗れたかもな」

「そうか。だが、その時には、どの道、私は50代くらいだ。で、ヨイヨイだ。ジェット戦闘機のGに体が耐えられんよ。お前らのように、10代の頑健な肉体を持っていたわけではないからな」

「何言ってんだ?世の中にはな、第二次、朝鮮、ベトナムを搭乗員として過ごしたのだっていたんだぞ?50代なんて軽い軽い」

――未来世界の過去の歴史においては、本当にそのような経歴を辿った者がいる。デビューは大戦後期世代レシプロ、引退時は第三世代ジェット戦闘機という者は多かった。連邦においても、ジムで新兵、引退時はジェガンという者が多い。そのため、坂本は弱気なのだと言う。

「弱気、か。私はあの時に大量の魔力を吸い取られた。あれがなければ、『もう二年は飛べた』と思う。」

「お母さん、昔の摂理があった時代なのに、20超えても飛ぶつもりだったの?」

「あの時は確かにそういうしきたりだったが、飛ぶやつは意外に多かったからな。リウィッチとなる方法がなければ、黒江達だってそうだった」

「そうだな。あれは正に天佑だったよ。願いが叶ったしな」

「そうだ。美優、お前の代は『昔の摂理』に私達よりも拘ったから、ベトナム経験者しかリウィッチになってないんだぞ?今となっては軍が苦労しているがな」

子世代のウィッチは大戦以前の摂理に『先祖帰り』を起こした者も多く、ベトナム戦争従軍経験者以外のウィッチは20で退役していったため、この時代で言う『中堅世代』の層が薄いというのが軍の悩みどころであった。そのため、大戦世代がぎりぎりまで前線勤務だった経緯もある。

「私達の世代は、権力に与するのを良しとしなかったからね。それが私達世代のアイデンティティよ」

美優の世代は反権力的風潮が強く、国家権力を裏付けとする仕事を選んだ美優も、『反権力』思考を持っていた。当人は気づいていないが、その事自体が両親との確執を引き伸ばした原因である。

「お前、国家資格取得してんのに、何言ってやがる。寝言は寝て言え!」

至極当然の指摘である。公僕でありながら、反権力を一応の旗印にしたエゥーゴの例がないわけでもないが、エゥーゴは後に官軍化している。そのため、美優の考えは鼻持ちならなかったのだ。

「私達が若い頃は、そうだったんですよ!あなた達の世代が『国家に奉仕する』事を最大の幸福としたように、私達は親世代に反発した。『自分達は軍隊で鍛えられたから、若者と違う』?ふざけないで!戦後は私達が支えてきたんですよ!」

「団塊世代のテンプレをかましてんじゃねーぞ!そういうの聞き飽きてんだよ、私たちは!」

黒江は、21世紀日本で、あるいは大戦中の時、23世紀で、『若者をだらしないと怒る老人』がいつの世もいて、自分達の青年期を美化する傾向がある事を見てきた。特に戦後日本を支えた世代である『団塊世代』が老人に差し掛かっていた21世紀初めの時が最も面倒であったと話しており、野比家での下宿の時も、買い物にいって、面倒に巻き込まれた事も多かったし、沖縄に行ったら基地反対派のデモに巻き込まれ、バイクをベコベコにされたので、正当防衛でライトニングプラズマをかまし、泣かせた事もある。

(あーもう、旅行で沖縄に行った時を思い出しちまった。せっかくチューンしたバイクをベコベコにしやがったんだよな。あの後、茂さんに泣きついて、直すついでにもっとチューンしてしてもらったけど、ムカついたぜ……あれ。大泣きもしたし)

その時は、その場は気丈に振る舞ったが、ホテルについて、部屋に入ってから大泣きし、電話で城茂に泣きついた。彼は沖縄まで出向き、苦労してチューンしたバイクをボコボコにされ、泣いている黒江を慰め、『しゃーねぇ。こうなったらもっとチューンしてやんよ』と宣言、その結果、ハヤブサ級の速度を持つバケモノが生まれたという。21世紀初頭時点では、普通に300キロに到達可能なバイクが市販されており、ライダーマシンの優位性も薄れていた。(特に改造サイクロン以前の形式)そのため、仮面ライダー達はマシンスペックの底上げを図っていた。(仮面ライダー達は緊急性が高い『仕事』をしているので、戦闘員のバイクを悠々と振り切れないと不利になる)その時の会話は以下の通り。

「おし、慣性制御装置と重力制御装置持ってきたぞー」

「ファ!?ライダーマシンにでもするつもりですか!?」

「そうでないと、300キロ以上の速度なんてよ、レーサーでもないと制御できないぜ。光太郎のロードセクターを思い出してみろよ」

――ある時、RXがアクロバッター、ライドロンの双方を損傷させられた際、ロードセクターを再び呼び出した事がある。ロードセクターはオンロードバイクとは言え、歴代でもハイパワーの部類に入るので、RXの操作もいつもより慎重になっていた事がある。

「光太郎さん、ロードセクターにしばらく乗ってなかったからって、慎重になってたっけ。あれ、900キロ出るんでしたっけ」

「そうだ。結城さんのバイクだって、相当チューンされてるけどな。あれだって250だからな。900が如何にバケモノか分かるだろ」

仮面ライダー達は平均で最高速度500キロ超えのマシンを平然と操るが、それでも900キロは高スペックになるかというのが分かる。最高速度はスカイターボが上だが、パワートルクはロードセクターが圧倒的に上だ。

「結城さんだって言ってたろ?『250はバイクとしての限界に近いから、仕方あるまい。ロードセクター?あれはバイクの様な何かだ』って」

「そう言えば……」

ロードセクターのトルクは歴代ライダーマシンでもトップレベルに属し、オンロードに限るが、改造サイクロンや新サイクロンがへばるような大重量を余裕で牽引できる。トルクは歴代ライダーマシンで見落としがちなスペックだ。ちなみに旧サイクロン系統は、後発のマシンと比してパワーにあまり余裕がなく、改造サイクロンでないとビルを飛び渡る事は出来ないのは有名。

「旧サイクロンの時は試行錯誤だったらしくてな。フレームが重めだったのもあって、ビルを飛び越えられなかったそうだ。そこで改造サイクロンの時には、フレームを軽量化したそうだぜ」

「改造サイクロンって、まだあるんですか?」

「歴戦の傷が凄くてな、保存してるけど、今は足回りがガタガタだから、使用出来ないぞ。まだおやっさんが生きてた頃、見せてもらったが、使い込みが凄くてな。本郷さんがネオショッカーの時に使ったのを最後に、最後の一台が用途廃止だったぞ」

――スカイライダーの時代、一号用の新サイクロンがオーバーホール中だったので、ネオショッカーとの戦いでは改造サイクロンを使っていた。二号の個体は南米のショッカーとの死闘で傷つき、ガタが来ていたため、一号の使用していた個体のみを現役復帰させたという。その戦いで本郷の個体も傷つき、ZXの登場する時代には再度、新サイクロンに乗り換えていた。が、23世紀のクライシスとの戦闘で酷使気味であるので、最近はエンジンをハリケーンの予備エンジンに載せ替えたという――

「新サイクロンもオリジナルエンジンがダメになってな、この間、ガテゾーンとバイク戦して退けた後、エンジンがエンストして、俺が運ぶ事になってな。店でエンジンみたら、経年劣化でエンジンがイカれてた」

新サイクロンも流石にエンジンが経年劣化していたらしく、ガテゾーンとのバイク戦の後にエンストを起こし、茂が店まで運び、本郷と共に点検したが、エンジンが逝っていた。厳重に保管されていたとは言え、製造から数百年経過していたためだった。ライダーマシンの心臓の修理は容易でなく、オリジナルエンジンの再生はさしもの本郷でも無理難題であった。そこで、次善策として、新サイクロンとほぼ同じ構成のハリケーンの予備エンジンを流用して載せ替えたという。

「そこで、結城さんからハリケーンのエンジンを取り寄せて取り付けた。そうしたら性能上がったよ。メーターもハリケーン用のに変えたしな」

ハリケーンと同等スペックに向上した新サイクロン(改造型)。これは23世紀から24世紀まで使用され、後に立花藤兵衛最後の遺産『ネオサイクロン』へ更に代替わりするのだ。が、それは未来の話。

「――美優、権利ってのは、義務果たしてから初めて言えることだぞ。自由と身勝手を履き違えるんじゃねぇ!」

「私が義務を果たしていないと?」

「そうだ。お前は若い頃、軍は愚か、あん時に出来たばかりの自衛隊にも入る事しなかっただろうが!」

「若い頃から飽き飽きなんですよ!お母さんは偉大だったって、いつもいつも比べられて!親父も若い頃のお母さんを私に投影してた!!うんざりなんですよ!誰も彼も『クロウズの子』って色眼鏡で見て、おべっかを使ってきた!ウィッチにならないって言った途端、友達も離れていった!」

美優は、自らの再来を望んでいた坂本が、自分に若かりし頃の自ら投影していると思い込み、更に周囲の強烈な手のひら返しにあった事で、ねじ曲がってしまっていた。これを言い放つ事は、死期を迎えつつある母親へのあてつけでもあり、屈折した青年期を送ったことへの、彼女なりの復讐でもあった。だが、それは黒江の怒りのボルテージを上げる事でもあった。

「お前らは親子で似てるんだから、親父が昔を思い出すくらい多目に見てやれよ、愛しい女房の若い頃思い出すくらい、本当に似てるんだし。お前がどう思ったところで似てたんだから」

黒江の語気が強まった。坂本は若かりし頃の経験から、黒江がキレ始めていると悟り、アイコンタクトで智子に止めるように指示を出す。

(お、おい穴拭!黒江を抑えられるように準備しろ!これは若い頃から変わってないな……)

(分かってる!)

「なんだ、友達なんていねーんじゃん、よかったじゃねーか、変に集られなくって」

黒江は煽る。親不孝を重ねている美優に、猛烈に腹が立ったからだ。

「あなたに何が分かるんですか!何も失った事もなく、ウィッチとして終生、畏敬の念を持たれてるような人に………!」

美優は激昂し、黒江にビンタを見舞う。それに坂本は青ざめる。若い頃の経験から、キレた黒江は『神でもまっ二つにする』と知っているからだ。だが。

「ほう。弁護士ってのは、実力行使が仕事なのか、ええ?」

と、坂本に取っては意外な反応を見せた。

「弁護士なら、口で言い負かせるのが仕事だろ?今のはなんだ?口より手が先か?」

(口で反撃しただと!?)

坂本は驚く。かつての黒江は菅野の上位互換のようなウォーモンガーであり、かつてであれば、確実に手が出ていたであろう場面だからだ。感情的になっていたとは言え、本職の美優を圧倒するほどの口撃を見せたのだ。美優の不幸は続く。

「おかーさーんはおばーちゃんの事、そんな風に思ってたの?」

「ゆ、百合香……」

11歳ほどの女の子が入ってきた。北郷百合香。美優の実子である。坂本と北郷の特徴を受け継いだらしく、11歳にしては長身だった。

「この子があなたの?」

「ああ。孫娘だ。遅くに出来たんで、あまり構ってやれなくてな……」

「どうしてあなたが……学校じゃ?」

「私が連れてきた。今日は魔力検査だったのでな」

『北郷さん!』

「先生…!」

百合香を連れてきたのは、当時に北郷家の長老となっていた北郷章香であった。リウィッチであるため、昔年の若々しい姿のままだ。

「あなたは本家の……!な、なぜここに!?」

「曾孫の付き添いだ、問題ない。百合香が『目覚めた』事をお前に報告しようと思っただけだ、坂本」

「そうか、お前もついに……!いや、何も言うまい、私がどうこう言う立場では無いからな……」

坂本の目が潤む。孫(北郷にとっては曾孫)が覚醒したという事は、これで思い残しが無くなった事でもあるからだ。

「うん。ずっと、おばーちゃんやひーばーちゃんみたいになりたいって思ってたんだ、私」

百合香は美優と異なり、父親の教育(北郷の妹の茂子の子)の賜物で天真爛漫な性格の子供であった。屈折した母と異なり、曾祖母と祖母に純粋に憧れており、軍が販売している祖母と曾祖母のフィギュアを持っていたりする。

「良かったじゃないの、坂本」

「ああ……。昔の私と先生にとてもよく似ている……。百合香……、そうか、だがな、自分に何が出来るかよく考えて、自分に出来ることを精一杯やれば良い。 誰かみたい、ではなく、“私に出来ること”を見つけなさい。これが、お前におばーちゃんが言えるただ一つの事だ」

「おばーちゃん……」

「本当は、お前が立派になる姿を見たかった。だが、私の体がげん……かいに……なったようだ…」

坂本の意識が途切れ途切れになり始め、もはや気力でなんとか持たせているに等しい状態に急変する。誰もが、坂本の死が間近になっているのを悟る。


「先……生。弟子の……私が先に逝くことを許して…ください……」

「ああ……。お前の分も見守るさ……。……師匠より先に逝く奴があるか……」

「坂本ぉ……」

「スマンな……、黒江。お前を残して逝きたくないが……。武子さんに、あの世で詫びなくてはな……」

「バーロー……、フジがそんなんで怒るかよ……」

「だろうな……」

「私を置いていかないでくれよぉ……、フジの時は別れの言葉も……だから、だからぁ……」

「泣くな、『魔のクロエ』だろう……?」

微笑を浮かべる坂本、坂本の手を握り締めて号泣の黒江。昨年末の武子の突然の死が堪え、それを未だ引きずっているのが分かる。黒江と智子の共通の親友であった武子、更には長年、会いたいと願ってきた坂本が死を迎える。黒江にとっては、この時代は長年、『家族』と思ってきた者達が次々と世を去る、辛い時代でもあった。

「穴拭……、加東……、黒江を頼む……こいつは強いようで、脆いところがあるからな……」

「大丈夫、黒江ちゃんは私達三羽烏が家族としてついてるから」

「頼んだぞ……」

「おばーちゃん……」

「百合香……、お前を残して逝くのは、心残りだが……」

「美優、葬式の事は本家に頼んである。何も心配するな、お前の好きに生きろ」

「はい、お母さん」

淡々とした美優。母との今生の別れというのに、感慨も何もないのだろうか。それが智子には薄ら寒く感じた。

「あ、坂本」

「なんだ?」

「ちょっとズルだけど……」

智子は1枚の写真を見せ、耳元で何かを囁く。そして、坂本は最後の一言を言う。

「おやすみ」

それが坂本がこの世で最期に発した言葉だった。微笑を浮かべながら、安らかな最期を迎えた。黒江は坂本の死を感じ、その場で一番に泣きじゃくった。実子の美優が冷めた反応であったのとは対照的であり、坂本に対しての想いの違いを見せた。




――その時に美優がボソッと『やっと死んでくれた……』という言葉に、智子と圭子が怒りを見せ、圭子は『死んだ親を粗末に扱うなんて、あんたそれでも人間!?』、『親をそんな風に扱うのなら、今度はあんたがその報いを受けるわよ。覚悟しなさい。』と冷たく言い放ち、智子も『親を大事にしないなら自分も同じ扱い受けるわよ?覚悟しておきなさい』と告げ、泣きじゃくる黒江を、北郷、圭子と共に、部屋の外へ連れ出す。トドメは百合香の『おかーさん、最低。おばーちゃんを家族って思ってないんだね』という、怒りと呆れが入り交じった言葉であり、美優はその場に立ち尽くした。これにより美優は、決定的に歪んでしまう。この頃から狂ったように、日誌に自己弁護と、精神的安定を兼ねた言葉、『自分を、坂本美緒の娘でなく、土方美優という個人として見てほしかったのよ!!』を書き綴り、精神に少しずつ異常を来していく。自分のアイデンティティを弁護士という職業に求め、仕事にのめりこむ一方で、スリーレイブンズに罪悪感があったのか、百合香が入隊した前後に初めて、彼女は今際の際の母親の言葉の真意を理解したか、かつて罵った黒江たちへ詫び状を書き、百合香に持たせるという、以前と矛盾した行動を見せていく。そして、2007年。百合香が入隊して一年が過ぎようとしたある日。

『事故だ!!救急車を!』

美優は仕事帰りに、暴走車に衝突された。即死でなかったが、死は避けようがないダメージを負い、薄れいく意識の中、最期に見た光景は、子供の頃に自分を褒めてくれた母の姿と、それに嬉しそうな幼少の自分、少女に成長しつつあった頃の自分であった。若き日の母の海軍軍服姿の背中の幻影に問う。

『お母さん、どうして、どうして……自分の道を選んだ私を褒めてくれなかったの……?』

……と。それは彼女が青年期以後、本当に欲しかったモノであり、坂本が気づけなかった、娘の気持ちそのものの発露であった。その言葉を言い終わると同時に事切れる美優。彼女自身の葬式は、百合香が簡素に執り行い、葬式の外部からの参列者は儀礼的な者達だけで、坂本の葬式が、ほぼ国葬に等しい規模で行われたのと対照的であり、智子と圭子の言った事の因果が回ってきたのだ。

『母のことは人間として軽蔑しています』

それが美優の末路を妙実に示す言葉となった。弁護士としての業績も数年後には忘れ去られ、死後は長じた実子にさえ軽んじられるという結末は、ウィッチ達の間で都市伝説として語り継がれるのだった。



「――これで心のしこりは無くなりましたね?」

「ああ……。ありがとう、ドラえもん、のび太。これで心のしこりが無くなったよ」

「坂本少佐の墓前に剣を手向けておきましょう」

「ああ、花と一緒にな」

黒江達はタイムマシンで歴史を変えており、坂本の死に目に立ち会った、としたのだ。武子の最期を看取れなかった黒江が言い出しっぺであり、泣きながら懇願する黒江に、ドラえもんも快諾し、今回の事となったのだ。百合香の写真は、2007年以後の時間軸の二代目スリーレイブンズの面々から借り、坂本に安らかな最期を迎えさせたのだ。それは実子に疎んじられていた坂本への手向けとして出来る、黒江、圭子、智子なりの鎮魂だった。黒江は坂本を見送った後、組織のスピーチで取り乱し、号泣。周囲の涙を誘った。坂本と黒江の友情の最後の証明は、黒江達の大姪による追悼飛行によりなされ、坂本に対する周囲の誤解が完全に解けるきっかけとなったという。また、当時に生存していた501初代メンバーの多くが参列し、エーリカ・ハルトマンは、『自分たちをチームとして纏めたのは、坂本少佐、いや、最終階級は大佐だったね……だった。あの人は501を草創期から終期までよく支えてくれたよ』と述べ、遺体が運ばれた際は、敬礼を以て見送ったという。ハルトマンはミーナとバルクホルンの死後、坂本と共に、501メンバーの最古参になっていた。そして、その坂本が世を去った後、寂しそうに坂本の墓前に花を手向けるハルトマンの姿が目撃されたという。



――北郷百合香は、坂本の魔眼とカン、北郷の高い戦闘能力を受け継いでいるウィッチとなり、その後に二代目スリーレイブンズの護衛小隊長、更にその後継者の三代目スリーレイブンズの教官となる。智子が最期を迎える坂本に見せたのは、二代目スリーレイブンズの護衛として奮戦する姿を捉えた写真。それで坂本は、安心して永遠の眠りにつけたのだ。やがて、百合香は自らの子を生む。その子に祖母の名を借りて、祖母と字違いの『美央』と名付ける。その子が更なる次世代のエースになり、同世代の4代目スリーレイブンズと切磋琢磨する仲になるが、それは遥か未来の話――



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