外伝その17.5
――地球連邦軍は新コスモタイガーを各戦線で続々と生産、配備していた。そのためウィッチたちも見慣れた未来戦闘機となっていた。坂本はブリタニアから帰還し、原隊が343空から横須賀空に(この異動の決定には諸説ある。坂本を嫌った343空のある士官の策略による厄介払い、または坂本の魔力減退を知っていた、菅野ら飛行隊長級の進言とも後年の人々の間で囁かれているが、真相は闇の中)に異動する際にはコスモタイガーが使われた。横空は当時、将来予定される空軍設立の研究も行なっていた。援助の一環でコスモタイガー部隊がその手本として出張し、各種指導を引き受けて駐留していたためだ。
「あれが新型の甲戦か?」
「ええ。筑紫飛行機の作った震電改の改善型ですよ。大鳳に積んでた初期試作機は欠点が多くて使えなかったんで……」
「コスモタイガーがその手本というわけか……大鳳からなぜ発進しないんだと思ってたが、そういうわけか……烈風しか使わなかったのは」
大鳳は新型機優先配備の優遇を受けている艦齢の若い空母である。が、いざ本国から持ってきたはいいが“新型機”と言っても試作機に過ぎない故に、ティターンズの繰り出す未来戦闘機に比べて性能不足なために出撃は見送られたと説明を受ける。同じく積まれていた烈風の試作機がデータ収集も兼ねて使われていたのとは偉い違いだ。
「ええ。航空会社は国産の震電改を採用するように動いてますが、絶望的ですね」
「なぜだ?」
「リベリオンが後退翼ジェットの新型であるXP-86をロールアウトさせたからですよ。要するに噂のF-86です」
「リベリオンはセイバーをもう完成させたのか?」
「そうです。思ったより早く完成させたんですよ。空軍ができた暁にはこれを導入するそうです」
「先進技術を導入する目的でか……」
「少佐は空軍に転属なされないのですか?」
「いや……私は海軍軍人として人生を全うするつもりだ。それが先生への恩返しになるし、宮藤のやつを置いていけんさ」
坂本もこの時期のウィッチの例に漏れず、設立予定の空軍へ誘われているらしいが、北郷への恩返しと、芳佳を海軍軍人として育て上げたい一心から、転属を断る腹積もりらしい。その決心が伺えた。
「あなたらしいですね。そういえば陸軍の穴拭大尉や黒江少佐、加東少佐は空軍へ転属されるそうですよ」
「あいつらは昔から空軍設立に積極的だから。未来で苦労してるのもあるんだろうが……」
坂本は芳佳、みっちゃんなど通して智子や黒江、圭子らが未来世界で連邦宇宙軍の軍艦に乗艦して戦ったというのを伝え聞いた。そこで“若き日”から説いていた空軍の存在の重要性をますます確信したらしく、空軍設立の嘆願を行う上で、陸軍ウィッチの旗振り役となっている。そのため空軍設立は陸軍のほうが俄然乗り気だ。このぶんだと陸軍飛行戦隊が地滑り的に空軍化する可能性が高い。そうすると海軍としては面白くない。坂本はそういうところでも派閥争いがあるのには呆れ果てているのだ。
「そうだ。私に烈風は届いたのか?」
「残念ですが紫電改で我慢しろと航空本部から通達が」
「……この間の東南海地震か?」
「そうです。アレで宮菱の主力工場がやられたので他工場での生産ライン立ち上げに時間がかかると」
「おのれ!地震め……よくもっ!」
歯噛みして悔しがる坂本。彼女は若き日から宮菱重工業製のストライカーユニットで戦ってきたため、同メーカーの機体に愛着がある。自身が開発に携わった零式の正統発展型である烈風を欲しがるのは自明の理であったが、如何せん天災が相手ではどうしようもない。
「制式量産型のA7M2の生産準備完了目前の出来事でしたからね……戦線では新型機を切望してまして、それで紫電改が代打に」
奇しくもそれは史実の大日本帝国海軍の航空行政のグダグダっぷりの再現でもあった。紫電改は戦線の要望にバッチリ合致しており、試作機は夏ごろには既に完成していた。が、海軍航空行政の中枢に食い込んだエクスウィッチ勢(あがりを迎えたウィッチ)が烈風を推して論争になったため、生産開始が予定より数ヶ月遅延した。そのため震電シリーズ共にストライカーユニットよりも戦闘機の方が早く完成(ただし震電の方はストライカーユニットは試作中止)配備されたという経緯がある。東南海地震で生産力を減退させられた国の現状から言って、主力工場が無傷だった山西航空機にお鉢が回ってくるのは当然。戦線の要望に合致した紫電改が緊急量産されるのも、だ。天災は烈風の登場を“またもや”阻んだのである。
「あのような二流企業がぽっと出で作ったやつなんぞ信用できるか!」
「お気持ちは分かりますが……」
兵士が引いてしまうほどの紫電改のメーカーへの蔑視ぶり。最も山西は飛行艇専門メーカーであったので、戦闘機分野ではぽっと出である。坂本は水上機専門メーカーが陸上機分野で一流になれるはずが無いとタカをくくっているらしい。
「お前……何バカやってんだ」
「その声は……義子?帰って来てたのか」
“あちゃー”と頭かかえながらやってきたのは西沢義子だった。彼女は紫電改の受け取りと、先行量産型烈風の制式量産型への改修を頼むために帰国していたのだが、坂本の声を聞いて思わず諌めたくなったのだろう。
「ああ。お前のその物言い、どーにかしろよ。ドン引きされてんじゃねーか」
西沢は魔王の異名を持つ。元来の性格や性質は未来人に近いため、大人になっていくにつれ頑固な一面を見せるようになった坂本を心配していた。頑固かつ喧嘩っ早いのでは上層部に疎まれやすいし、若手から反感を買う。343空でも、負け戦を経験した若手から煙たがられていたと菅野から聞いている。
「紫電改を使うハメになったんだぞ?当然だ」
「お前なぁ。黒江さんからも諌められてんだろ?これ以上偉い人たちに反感買われるなよ。ただでさえ退役間近なんだから。それに若い奴らから陰口を叩かれてるんだぜ?お前」
「!」
これには坂本は堪えたようだ。あくまで自分は若手を未熟なままで出したくない一心で鬼教官として振舞っていた。が、負け戦を知る若手撃墜王達からは“勝ち戦しか知らない老いぼれ”と陰口を叩かれている。これは残酷だが、現実だ。
「馬鹿な……嘘だろ義子?」
「カンノから聞いた事で、あたしがいろいろ聞いてみて裏を取った。事実だろ?最近の負け戦をお前は経験してないのは。扶桑海の時にしか負け戦を見て来なかったって言うのが若い連中から見りゃ反感を買うのには十分なんだ。ましてやお前はリバウの三羽烏で、501の英雄の一人だからな」
本国で若手から煙たがられていた事をここで初めて知らされた坂本は愕然とし、半分涙目になってしまう。
「ほら、泣くなよな?お前ってガハハな性格なくせに泣き虫なんだから」
「義子……私は間違っているのか?」
「お前は巴戦に傾倒しちまう癖がある。育てる側としちゃよくやってるが、もうちょい一撃離脱戦法に慣れないとな。まぁ零式じゃできなかったせいもあると思うが」
西沢も坂本の教官としての手腕を高く評価しているのがわかるが、個人単位での戦闘はドックファイトに傾倒している嫌いがあるのを諌めたいのだろう。ちなみに坂本が紫電改を認めるのはここから半年後の45年夏である……。
「今日はお前にジェット戦闘機同士の空中戦を体験させようって事で、コスモタイガーに乗っけてGを体感させる。あたしがセッティングしといた。」
「何ィ―――ッ!!」
と、言うわけで西沢から戦闘機用のメットと対Gスーツを渡された坂本はコスモタイガーで空中戦時のGを体感することになった。
「しっかり捕まってろよ少佐」
「一度乗った事はありますが……空中戦だともっとすごいのですか?」
「当然だ。思い切り飛ばしていくから覚悟しておけ」
コスモタイガーの双発のエンジンが唸りを上げる。これに乗るのは二度目だが、今回は陸上戦闘機として配備されている機体なので、艦載機用装備がいくつか省かれている空軍仕様となっている。模擬空戦の相手は旧型のブラックタイガーである。滑走路から飛び立ったコスモタイガーは瞬く間に音速など目じゃない速度に加速していく。
「そんじゃ存分に荒っぽくやってください」
「了解した、中尉」
地上の管制塔から西沢がコスモタイガーのパイロットに坂本に地獄を見せる勢いでやってくれといたずらっ子のように頼む。パイロットも示し合わせに答え、突然に強引な超高機動を行う。マッハ4以上の速度で機体を横滑りさせ、更にそこから高機動バーニアを併用して急旋回するのだが、坂本は後部座席でこの超高速での機動に必死に耐えていた。
――うっ……くぅ……ジェット戦闘機の高機動はこんなにもきついのか!?黒江達はこんなのを……!
先輩たちがジェットに体を慣らして、乗り回していると聞いてはいた坂本であったが、戦闘を行うことが肉体的にハードなことを知り、それをこなすにはそれ相応のトレーニングや訓練を積んだのであると理解したのである。しかもこれはほんの序の口である。高度30000mまで一気に上昇し、そこから仮想敵の虚を突くために一気に垂直に近い角度で急降下させたため、後部座席に座っていた坂本はこれ以上無い位のGを味わっていた。
「のわぁぁぁ―――……!」
シートに体が押し付けられ、意識が遠のく坂本。これでもかなり機内のGは緩和されているはずだが、荒っぽい操縦をされているために体感的には緩和されているという感覚はない。ストライカーユニットだとどんな機動をいかなる速さで行なっても殆ど感じることは無かったので、戦闘機という乗り物に乗って戦闘を行うことが如何にハードかを思い知ったのである。
「さて、始めるか」
模擬弾が装填されたコスモタイガーの機関砲が発射される。それをブラックタイガーが華麗に避ける。意識がようやくはっきりした坂本は相手のブラックタイガーも見事な空戦機動を見せることに感心する。座っているのが後部座席なので、見ていることしかほぼできないのが歯痒い。(本当は補助レーダーなどの機器があるのだが、エレクトロニクスと去年までほぼ無縁であった坂本には何が何だかわからない)
「少佐、もしかして君……電子機器とかに触った経験ないのか?」
「はい」
操縦手の中佐が聞いてみると、坂本はコクリと首を縦に振る。動かしてみた時もレーダーなどのアビオニクスには降着装置以外は触れていないのだとも付け加える。精々、いじれるのは映像機器と音響機器くらいなものだ。
「こりゃ参ったな……」
彼はため息をつくと、坂本にガラス越しに見張りをしろと命令を発する。コスモタイガーのキャノピーは21世紀以降の戦闘機の例に漏れず、有視界でも十分に視界を確保できるので坂本にはそっちの方がむしろ向いているからだ。
――地上の基地管制塔では二機の動きを逐次、西沢に伝えていた。
「どーっすか?」
「荒っぽくやっとるよ。少佐はなんとかGに耐えているようだ。乗るのが二度目のウィッチにしてはよく持つほうだよ」
駐留する、連邦軍の管制官は坂本をそう表する。彼はこの一年間で可変戦闘機などに試乗していったウィッチを見てきており、そのまま適応できたウィッチとそうでないウィッチには戦闘機なり爆撃機などの乗り物に乗った経験の有無、機械に関してある程度の知識があるかないか、元来のGへの耐性などの差があると説明する。
「例えば陸軍の黒江少佐は一度目の現役時代にストライカーユニットが出撃不能な時、戦闘機としての隼や鍾馗に乗って空戦した経験があるっていうし、カールスラントのルーデル大佐も同じような経験持ちだ。501のシャーリー大尉はバイクでの世界記録保持してるからできた。そういうことだ」
「ふーん」
「まぁ中には根性でどーにかしたのもいるけどね。これは努力で何とかしちゃった例だ」
「努力、ねぇ」
思い当たる節があるらしく、苦笑いする西沢であった。
――クライシス帝国は仮面ライダーBLACKRXを筆頭とするヒーロー達に作戦を阻止され続け、戦力に大きな打撃を受けていた。そこでジャーク将軍はまだヒーロー達の手が及んでいないであろう並行時空の地球に目をつけ、第一陣を送り込んでいた。が、それも虚しく、既に仮面ライダーBLACKRXに察知されていた。
「クライシスめ!また何かを企んでいるな……」
「お前のカンは当たるとは言え……漠然としてるぞ」
「俺には分かるんです、村雨先輩。元々世紀王だったせいもあるんだろうけど」
「フム……確かにな。よし行ってみるか」
と、言うわけで南光太郎は先輩である仮面ライダーZX=村雨良と共にウィッチ達の住む世界へ赴いた。
――1944年12月 扶桑皇国 明野航空士官学校
「少佐、大尉。あなた方にお客様です」
「何?私達にか?」
黒江と智子はこの時期、陸軍上層部の命で後輩達の教育に携わっており、特別講師として全国を回っていた。そこに客が来たという報に、二人は兵士に言われるままに足を運ぶ。応接間には光太郎と村雨がいた。
「やあ二人共、久しぶり」
「光太郎さんに村雨さん!どうしてここに!?」
「光太郎のやつがクライシスの動きを察知したみたいでな。それで俺がついでにきたのさ」
「クライシスの奴らがこの世界にやってきたと?」
「確証はないが、光太郎のいう事は当たるからな。たぶんそうだろう」
村雨が言う。世紀王として改造された光太郎には、自身を含む10人の歴代仮面ライダーとは一線を画するところがある。そのところが今回の訪問の目的らしい。
「そういえばライダーマシン持ってきたんですか?」
「ああ。アクロバッターにヘルダイバー、それにロードセクターをまた借りてきた」
「ロードセクターを?」
「ああ。バダンやクライシスと戦うのにアクロバッターだけだと傷を負わされた時に不利だからね。オンロードならロードセクターに追いつけるのはスーパー1先輩のVジェットやスカイライダー先輩のスカイターボくらいなものだし」
ロードセクターとは南光太郎がブラック時代に使っていたスーパーマシンである。かつての戦いの際にはゴルゴムの最期を見届けた、第二の相棒である。終結後にロードセクターは開発者の遺児の大門明へ光太郎が返却したが、クライシスの侵攻後、大門からロードセクターを使ってくれとの手紙が届き、光太郎はそれを受け取り、仮面ライダー1号=本郷猛の手でRXとなった光太郎に合わせる形でチューニングアップが施されたという。
「シャーリーが聞いたら喜びそうだな」
「そうだね。あの子はスピード狂だからね」
黒江達はこの時期にはシャーリーと面識を持っており、その性質も理解していた。なのでそう言ったのだ。
「今は講師をしてるんだって?」
「はい。上からの命令で」
「大変だねぇ。上から無理難題言われたりするんだろ?」
「海軍よりは楽ですよ。厳格な海軍航空隊と違って規律も自由ですから」
「そういう点も一緒か……」
「だから空軍の母体はこっちが主流になりそうなんです。時流は編隊空戦ですから」
それは巴戦を1943年まで推奨し、重視してきた海軍航空隊の教育への疑問を黒江が持っていることの表れであった。扶桑海事変の教訓を曲解する海軍航空行政部を揶揄してもいる。そのために坂本が巴戦に傾倒してしまった事を残念に思っている。
「ゼロ戦の栄光を忘れられないベテランと実情を知る若手との世代間対立、かい?」
「そっちでもあったんですか」
「その道では有名な話さ。証言も残されてる。若手は紫電改や雷電とかの新型機を望んでたが、ベテランはゼロ戦を望んだ。それでベテランの一部には負け戦を知らないものがいるから、問題になったって」
村雨が言う。確かに未来世界での過去の太平洋戦争(大東亜戦争)末期にはベテランと若手の間には見解において大きな差があり、それが紫電改や雷電、疾風などの次世代機を望む一部ベテランやエースに若手と、ゼロ戦の栄光を引きずる大多数のベテランが対立した。その結果、戦争の無残な大敗北が待っていたと。
「戦後もそれで日本軍は馬鹿にされてたからね。航空分野や戦車分野では特に。俺が生まれた時代はそれが強かったな」
村雨は1984年当時に大学生であった世代の人間である。彼が子供の時代には、旧日本軍の評価は低かった。特に陸軍にその傾向があったのは有名な話である。
「陸軍が再評価されるのは2000年代以降でしたからね」
「そうだな。あの戦争は負けるのは必定だったが、25倍の国力差がある国に戦いを挑む状況に追い込んだアメリカの策略、国内のマスコミに国民が乗せられた側面もあるからね。どれが悪いなんて安易には言えんよ。なんたら悪玉論なんて風潮は俺はちゃんちゃらおかしいと思うよ」
村雨は子供の頃、何度か親戚の人々から戦争体験を聞いた事がある。村雨が小学校の頃にはまだ明治後期生まれ、大正初期生まれが壮年期から老年期の年代で生き残っており、当時に軍部の上級将校だった者の話を聞いた事がある。彼らの言い分、20世紀末以降の研究で判明したことを総合すると、安直な、人々の間にいつの間にか出来上がった陸軍悪玉論というステレオタイプの見方はちゃんちゃらおかしく見えるのだろう。
「さすが戦後数十年以内に生まれた先輩ですね」
「逆に言えば俺は君等に比べりゃジイさんって事さ。改造人間でなければとっくに天国行きさ」
村雨はそう自嘲する。サイボーグとなった事で永遠の若さと命を与えられたが、それ故の孤独と永遠に付き合わなければならない事を差しての事なのだろう。光太郎もこの孤独に向き合っていかなければならない。BLACK時代には数万年という範囲でだが、寿命が存在した。が、RXとなった事でそれも無くなったに等しい。そんな彼らに智子と黒江は彼らに課せられた使命の重さを実感し、俯いた。
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