外伝その42
――史実太平洋戦争の経緯は多少差異があるものの、大まかには大日本帝国海軍同様の陣容であった扶桑海軍を震撼させた。特に大鳳が初陣の一発の被弾で轟沈した事は、最善と信じた閉鎖式格納庫はレキシントン、平行時空における大鳳自身の経緯で否定されたからで、緊急で加賀、土佐を始めとする空母群の格納庫を順次、開放式へ改装するなどの対策がなされた。特に大鳳の喪失原因である『ガソリンタンクの破壊』は史実で信濃が施された対策が改良されて適応された。しかしながら、根本的な問題が浮上した。それはジェット化による滑走距離の増大である。
――1945年 ロマーニャにティターンズが侵攻する数日前
芳佳がテストパイロットに就任して、試運転されているジェットストライカー『震電改』。これは試作中止されていた局地戦闘脚『震電』の発動機を国産のジェットエンジン『ネ130改』に換装し、ジェット化させた機体である。格闘能力は黎明期ジェット機同士の空戦では充分に優良に入る部位で、速力も第一世代ジェット機にしては標準的な時速1000キロ台を記録した。テストの舞台である、地球連邦宇宙軍戦闘空母「フォレスタル」ではデータ採取が行われていた。
「震電改の上昇率はMiG-15とほぼ同レベルです。ストライカーとしては充分に海軍次期主力になるでしょう」
「米軍製が他国機を圧倒しだすのは第二世代以降だからな。セイバーは海軍機として使うには、海軍の面子がゆるさんのだろう」
「メンツ論というのは嫌なもんですな」
「ああ」
坂本を501へ送り届けた黒江はその足で芳佳を伴って、連邦軍の空母「フォレスタル」の戦闘指揮所にいた。メーカー側たっての願いということでテストを監督した。芳佳がテストパイロットに選ばれたのは、母体の震電が元々は芳佳の魔力量を想定したレシプロ発動機を積んでいたからという事だ。震電改はジェット艦載機の有力候補ではある。だが、ジェット機を乗り回す黒江としては、飛行特性が乙戦(日本・扶桑軍用語で迎撃戦闘機の事)そのものである震電に格闘戦至上主義の風潮が強い海軍航空隊に受け入れられるか不安であった。再編で海軍航空隊=空母航空隊となるのは確実。芳佳らなどの名だたるエースの多くは空軍への移籍が内定している。だが、彼女らがいなくなれば、海軍航空隊は声だけ大きい古参が幅を利かせている。震電のような乙戦が『次期甲戦』として配備されるのを受け入れられるのかを源田実は電話で心配していたが、黒江も同じ気持ちであり、芳佳の感想が気になっていた。
「どうだ、宮藤」
「感触はいいです。格闘戦じゃなくて一撃離脱をメインにしないと失速しそうになりますね」
「まあそこはしょうがない。元々はB-29や36迎撃に使うための機体だし。着艦して整備に回しておけ」
「了解です」
――震電改は原型機からして、迎撃戦闘脚として設計されている。運動性が低いのは芳佳としても驚いたらしい。それでもユニットであるので、戦闘機としての震電より自由度は高い。この機体では『格闘戦はメインに出来ない』と感じる辺り、天性の才能が大きいのが伺える。整備に回される震電の様子を芳佳は黒江とともに確認した。
――10分後 格納庫
「うーむ。こりゃオーバーホール必要だな」
「はいな」
メーカーの技術者がネ130改エンジンを確認すると、タービンブレードはヒビが入り始めていた。飛行時間で言えば、直前のオーバーホールから120時間程度でクラックが入ったので、初期のネ20シリーズからは飛躍的な進歩である。だが、それでもブリタニアのダーウェントなどには到底及ばない水準である。ネモ004が数年前に辿った道に追いついただけである。黒江は整備兵から報告を聞くと、微妙そうな表情を見せる。ネ130のタービンブレードの耐久性は到底、実用性に欠けるものだからだ。ジェットエンジンの祖である、ホイットルの試作したものよりも遥かに短い。これはタービンブレードの取り付け方や素材の耐久性に由来する欠陥で、扶桑のジェットエンジン関連研究の遅れを妙実に表していた。だが、ネ20の寿命数十時間に比すれば飛躍的に寿命は伸びているので、メーカー側としては喜ぶべき報告だった。
(120時間でタービンブレードにクラック発生か……ダーウェントとユモが去年に通った道じゃねーか。まっ……奴さん喜んでるし、良しとするか)
黒江としては、『他国の後塵を拝している』と喜べないが、ネ20系からの進歩に喜んでいるメーカー側に水を差すのも悪い(今の扶桑のジェットエンジン技術の未熟さ故の限界であるので仕方がないのだ)ので、その場は黙っていた。後で芳佳に聞かれると、心境を告白した。彼女としては、技術的にはもっと上の次元で喜ぶべきであり、120時間の運転時間で壊れるのでは、海上での実戦運用に耐えうるものとは言えないと、本音を漏らした。技術者らがいなくなったあと、二人きりになったのを見計らっての言であった。
「うーん。面と向かって言うべきじゃ?」
「言ったら連中が落ち込むだろ。一応は進歩してるわけだし、時には言わざる時もあるって事だ。それに後世のような高性能を今の技術者に求めるのも酷だしな……。上の連中はどこも自分達の理論が後世に否定されて震撼してるから、無理難題を兵器開発部門に押し付けてくるらしいしな」
「どんな風に?」
「蒸気カタパルト作れ、やい三次元レーダー作れやら、無茶言うようになったそうだ。この当時の技術レベルだと、油圧カタパルトだってやっと作れるかどうかだぞ」
「未来の軍備見て、いくつか実物貰ったから欲が出たんじゃ?」
「あるな。艦政本部は超大型空母貰って始めて、自軍空母のヘボさに気がついたそうだしな。リベリオンがエセックスやミッドウェイを作ってるのを知って、対抗心まるだしなんだろ。小学生かよ……」
「前に本で見ましたけど、今のコンピュータ技術はまだ初歩中の初歩で、まだENIACとかができるかどうかじゃ?」
「ああ。あれの完成と実働は来年だし、EDVACも理論実証段階だ。後世のようなOSなんて、普通に行けば、あと十数年しないと出ないはずだ。三次元レーダーとかの機器なんて無理なんだよ。マジで。カールスラントのウルツブルグのコピーに手間取った程度の電子技術だってのに」
――扶桑軍は後世の電子技術の飛躍的進歩と高性能ぶりに羨望し、戦前と打って変わって、技術を奨励した。扶桑海事変中の『ある』出来事がきっかけで、半信半疑で電子技術を推進したら、最終決戦で被害の低減に成功したのをきっかけに普及は始まっていたが、空母や戦艦などの大型艦中心の配備であった。駆逐艦への配備は1944年からで、名目とは裏腹に、水雷戦の補助目的であった。しかし、ティターンズが駆逐艦からフリゲートに高度な電子装備を載せて、『艦隊防空の要』として運用しているという情報(イージス艦)、未来装備を与えられた艦艇の活躍に気を良くしたのか、自国で製造を目論んでいた。だが、理想と裏腹に現実は非情である。必要とされる基礎技術レベルが違うのだ。1940年代はコンピュータそのものがまだ黎明期。真空管やパンチカードが最新技術の時代だ。後世で普及したOSなどの概念もまだ確立されていないし、キーボードなどの入力デバイスも影も形もないのだ。正に無理難題であった。
「私達は未来行ったから、キーボードや投影ディスプレイも使えますけど、バルクホルンさんはダブルクリックを理解するのも一週間かかりましたし、いきなり電子機器与えられても困る人多いと思うんですよ」
「そうだろ。山本閣下や小沢長官に意見具申しようと思ってんだ。性急な配備を抑えるように。全員が電子機器を使えるようになるとは限らねーからな」
「人によりますよ。ハルトマンさんやシャーリーさんはかる〜く講習受けただけで、キーボードを場面見ないで打てるようになってますし、ミーナ隊長もなんとか追い付いてきてますよ」
「中佐の場合は必要になってるからな。連邦軍や管理局、銀河連邦警察との折衝にどうしてもPCが必要だしな。23世紀にもなると、目にやさしいディスプレイができてるから、やり過ぎで視力落とす事も無くなった。楽だぜ」
「20世紀後半からパソコンとかのやり過ぎで近眼になる人多かったですからね。その辺は技術の進歩ですか」
「パソコンの形が整ってきた1980年代頃に事務作業とかに導入され始めた頃は酷いもんだそうだ。場面に線は入るわ、見づらいやら……それで視力が半分以下に低下した人多いそうな。それに比べりゃ天国さ」
「ネットショッピングやってます?」
「私か?釣り用品やDVD、ゲーム買うのに使ってる。未来行ってても、軍務についてるとおちおち買い物も行けないからな」
未来に送られる資格を得た者は、機械に造形がある者が優先的に選抜されている。これは生活における機械の導入率が遥かに進んだ時代においては、機械操作が出来なくては、その時代に溶け込めないからである。芳佳は未来の住人に、未来に行った後の黒江達と出会い、『電子機器があるのが当たり前』な生活に慣れたために、あらかたの家電や電子機器を動かせる。意外な特技である。(これは芳佳の本来の志望である医療現場に必要だからで、23世紀の最新医療現場では、医療機器も大分機械化されてきている)
「でも、未来がこうだからって、同じモノ欲しがるのはなんだか子供みたいですね」
「軍隊ってのは、ある新兵器が有効性を示すと、それを後追いする性質があるんだ。ローマのファランクス、ドイツとイギリスの飛行機に戦車、戦艦、潜水艦、ジオンの人型機動兵器とか……。電子装備もそうだ。まあこっちじゃ核は史実通りの発展は見せないだろうから、戦艦が存続するだろうな。単位あたりの破壊力と引き換えに環境汚染じゃ釣り合い取れないし、核への恐怖を知った大衆が認めんだろう」
「その代わりに、大和サイズの戦艦がバンバン造られるんですか?」
「戦艦は維持費だけで陸軍の一個師団食わすより金かかるから、そうは行かないだろう。下手な装甲の戦艦がビーム一発で轟沈する時勢だからなぁ。だが、40cm砲級から42cm位へ平均レベル上がるのは確かだろうな」
「46cm砲じゃないんですか?」
「あれは攻撃力と引き換えに砲身命数が短くなってるって艦政本部から聞いた。元々、大砲は大口径になればなるほど砲身に切られてるライフリングの摩耗が早くなるんだよ。うちは他国への示威や、一発あたりの攻撃力が切実だったから、デメリットに目をつぶって載せたけど、外国は船の単体戦闘力よりも量産性や運用上の利便性を選んだ。モンタナがその最たるもんだ」
――そう。リベリオン軍が大和型が46cm砲を搭載している事を知ったのは、モンタナ級建造中の事だ。用兵側は46cm砲開発を切望したが、当時のリベリオンは軍拡中であり、真剣に試作検討されたものの、アーネスト・キング海軍長官が『必要性は低い』と判断した結果、見送られた。投射重量は40cm12門の方が46cm9門を上回るからという判断からのもので、実際にモンタナの高い防御力と投射重量は扶桑皇国を震撼させ、重量砲弾である『SHS』の採用に繋がった。運用上の利便性を重視する上層部が用兵側を抑えこみ、少なからず単艦戦闘力に影響が生じたモンタナ級であるが、その存在は他国に影響を与えた。今やモンタナは40cm砲搭載艦最右翼とさえ謳われているが、それは紀伊型を撃沈した実績が高く評価されている表れでもある。
「モンタナって、紀伊を倒したあの大きい戦艦の事ですよね?」
「ああ。装甲で初期の大和型とタメ腫れるバケモンさ。あれに当たるには、大和型でも二隻一組で当たれと通達されている。紀伊は長門よりも新式のポストユトランド戦艦なんだが、それを数回の斉射で仕留められたのに艦政本部は喧々諤々。それで三笠型を依頼する契機になった」
「黒江さんって坂本さんより詳しいですね」
「アイツのほうが本当は詳しくなきゃいけないんだぞ?私は陸軍、たぶん来年から空軍か……の軍人、あいつは本職の海軍軍人なんだから」
「そうですね。私も似たような感じだし……」
「お前は入隊一年だから、しょうがないが、坂本の奴は入隊から八年近いんだぞ?全く、アイツは航空艤装しか興味ないんだから……」
――黒江がここまで詳しくなった背景には、地球連邦軍の人員不足がある。時にはラー・カイラムの砲撃手をやらされたため、砲術を勉強せざるをえなくなり、仕方なく覚えた。そのために専門でないにしろ、ある程度は講釈をたれられる程度にまでになったというのが本当の所。坂本は航空畑な上に、空母航空隊として常勤した経験は浅く、陸上航空隊の一員であったほうが長い。空母や戦艦のウィッチ運用に提言がある一方で、水上艦艇には疎い。その点が激しいため、黒江を呆れさせたのだ。
「まあまあ。坂本さんもここ一年は343空や横空で猛勉強してますし、最近はそうでもなくなって来ましたよ」
「あいつはあいつなりにがんばってるからな。後輩たちはそこわかってねーからな。あいつの意固地な所を認めてやらんことには進まんからな」
坂本の一本気なところは戦闘ではいい方に作用したが、これからの人生ではマイナスに作用してしまう。そこを心配する黒江であった。歳を取って、後輩への老婆心が芽生えたのを自覚した彼女は芳佳に「歳食ったなあ、私」と漏らした。芳佳は「そんな事ありませんよ」となだめたとか。
――扶桑海軍 南洋島東部
ここでは黒江が呆れているように、扶桑海軍が空母の改造と艦載機の整備を進めていた。空母で比較的艦齢が若いものを中心に艦載機の世代交代を進めていた。艦載機補充のために本国に帰投した翔鶴型航空母艦は旧式化した零式艦上戦闘機五二型と初期型紫電改を降ろし、代わりに烈風一一型を積み込む。烈風は未だ生産ラインの立ち上げが遅れていたものの、なんとか翔鶴型の定数を満たせる数が揃ったのだ。ここで烈風のこの世界での性能を記す。
――烈風艦上戦闘機一一型(A7M2)
全長・全幅は史実より多少小型だが、紫電改より大柄である(カタパルトの実用化で史実ほど離着陸性能を考慮にいれる必要がなかった)
・離昇出力2200馬力(ハ43-11型ル)
・最大上昇限度、12000m
・最大速度730キロ(扶桑レシプロ機最速だが、ブリタニアがシーフューリーを作ったために一歩出遅れた)
・武装 翼内5式30ミリ機銃四門&爆装は任務によって選択式
・単座戦闘機初のレーダー装備
烈風は紫電改よりも大型機ながらも、カタログスペックでは同機を超えるポテンシャルを持つのが伺える。レーダー装備については賛否両論であったが、世界がレーダー装備を単座戦闘機にも与え始めた時世故、扶桑も乗り遅れまいと与えられた。量産機では、試作機の集合式排気管から推力式排気管へ改められたため、速度性能が多少向上した。しかしながら零戦系列では最高の機動力を確保しており、単純な旋回半径は零戦21型には及ばないが、総合的に見て、ベアキャットにも対抗可能である。しかしながら配備数は紫電改系列に比べると、生産ラインや機種運用の都合上、紫電改を消耗した部隊の代替用としての数しか出回っておらず、事実、補助戦闘機扱いであった。だが、用兵側には零戦の素直な操縦性を受け継いでいると好評であったため、配備数は当初予定より遥かに増やされ、ジェット機を積めない旧型空母が完全退役する1950年代後半頃まで、空母艦載機として一定数が稼働していたという。
――扶桑海軍はこのように、艦載機の世代交代を進めつつ、空母の改装を進めていた。空母のアングルドデッキ化、光学着艦装置の改良、格納庫の構造改良などの大がかりなもので、対空レーダーの換装、CIC導入も行われた。艦齢の若く、高練度兵が多い瑞鶴は優先的にアングルドデッキ化と飛行甲板の船体との一体化(翔鶴型航空母艦以前は戦前期の空母設計の名残で、船体と飛行甲板が別になっている)の処置を受けた。大規模近代化改修である。そのため、工事中の瑞鶴は飛行甲板から上が外され、船体部のみが船台に載せられている。これは設計が旧式である瑞鶴がアングルドデッキを導入するには、飛行甲板の構造そのものを改造しなければならないからで、改装後はエセックス級の最終型相当の姿となることが確定している。これはジェット機が急速に導入・大型化される事で、大戦前の『大型空母』であった30000トン級ではジェット機の運用と発展に追従不可能となるのが確定しているからで、扶桑海軍は造船所への建前、1950年代前半まで大鳳までの旧来型を改修して使いつつ、戦間期建造の天城・加賀型を連邦軍から超大型空母の龍鶴型を追加購入して、その場を凌ぐという施策を実行している。これは扶桑自体の空母建造技術がまだ60000トン以降の超大型空母を作るのに充分ではなく、自国で作れるようになるのが1960年代初頭頃と見積もられているからであった。
「瑞鶴をこれからどういう風に改造するんだ?」
「こんな姿だそうだ」
「ん?なんじゃこりゃ」
「なんでもブリタリアが発明した新方式だそうだ。ジェット機を集中運用するのにはこれじゃないといかんそうな」
「変な形だなぁ。艦首の紋章も桜から皇室の菊花紋章に変えられるし、いったいどうなってるんだ?」
――彼らは扶桑そのものの変革に直面していた。1945年までに軍艦の艦首紋章は桜から菊花紋章へ一律変更され、戦闘旗も旭日旗へ統一されたのだが、旭日旗を戦闘旗として扱っていなかった(そもそも旭日旗を戦闘旗として扱う文化は扶桑にはなく、士気高揚案として1941年に考案された程度であったのを地球連邦軍が陛下の裁可を得る形で1944年度より推進させた文化である)歴史が長い彼らに取って、地球連邦が旭日旗に拘るのは疑問だったのだのだ。
「旭日旗は奴さんにとって特別なんだよ。こちらではもう無い、ある国が向こうの我が国に植民地化されていた事を槍玉に挙げ、旭日旗をそのシンボルとして祭りあげた。21世紀頃に、革新派は軍事強国であった時代を暗黒期とし、その勝利の象徴であった旭日旗を追放せんとしたそうな。だけど、我が国の軍隊の象徴だったものを追放するわけにもいかず、保守派が巻き返して没になった。向こう側じゃ戦争に負けて、非武装平和主義なんて、きな臭い考えが蔓延した時代があったそうだから、軍隊は嫌われ者らしいが、それでも強国だった時代のシンボルを捨てられなかったらしい」
「非武装ねえ。ここじゃ通じない考えだってのに、向こう側じゃ人同士が常に殺し合ってるから出てくるんだな。馬鹿な考えと思うんだけどなあ」
「それで旭日旗じゃ無いと日本の軍隊じゃないと言って、陛下の裁可得て強引に戦闘旗の規定を変えたのさ」
――この世界ではネウロイという脅威が定期的に現れているせいか、どんな小国であろうと軍備を持っている。未来世界では戦争のしすぎで嫌気が差した人類は完全平和主義を支持し、脅威の出現でそれを放棄した歴史があるが、『力があるのに、何もせずにじっとしている方が怖い』という考えがウィッチを中心に存在するために、非武装主義は影も形もない。これは女性までも戦争の中心にいる時代が長い世界故の違いとも言える。平和主義という考えが、未来世界でますます衰退する原因は、『力があるのに、何もせずにじっとしているのはもっと怖い』というウィッチ世界の思想が伝わったためであった……。日本の軍隊の心の拠り所である旭日旗がウィッチ世界で使われるようになったのは、実のところ地球連邦の支配者である日本人らが持ち込んだのがきっかけであったのだ。
「それで飛行機の国家標識が日の丸になったんだな?変な感じだよ」
「国旗も八重桜旗と日章旗が併用されるようだし、本当、奴さんの影響が強くなってるよ」
「しゃーない。向こうには似たような体制がリベリオンに徹底的に潰された歴史があるんだ。それで完全な立憲君主制に仕立てあげようとしてるんだよ。皇室の軍事的権限も来年には完全に内閣に委譲するらしい」
「なぜ内閣に?」
「議会が弱体なせいで破滅的な戦争を止められなかったという経緯が由来らしい。議会で軍を締め付ける事で、軍閥を根こそぎ潰す狙いがあるらしい」
「議会が軍事的決定権を持っていいのか?」
「ブリタリアやリベリオンでは当たり前のことだそうだ。そうでないと我が国は前時代的だそうだ。あと、華族の存続は決定された。廃止してしまうと皇族の存在が特別視されるのを嫌うものが出てくるかららしい」
――地球連邦政府の中枢を支配する日本人らは、扶桑の『扶桑皇国憲法』を21世紀中に改定された『日本国憲法』とのキメラにし、扶桑を戦後日本に近い体制にする腹づもりであった。これを政治的植民地化と取る者は多数おり、それはこの時の秋にクーデター事件として顕現する。それは過去に『軍の暴走で国土を破滅させられた者達』と『別の歴史と同一視されては困るし、我々はその歴史とは違う』と独自路線を志向する戦前の価値観を持つ者達の衝突と言えた。しかしながら地球連邦から齎される科学技術が、大陸領土を失った自らの中興に役立つとする改革派閥がその後の扶桑で実権を握った事もあり、軍部強硬派は衰退し、それに加担した華族も財産と爵位剥奪がなされたという。(流石に地球連邦も史実のように華族を廃止するわけにはいかなかった故の折衷案。そのため、他国のように功績で任命され、その後の子孫に華族の地位を約束するものとした。剥奪された者の代わりに、今時大戦で功績を上げた者の一族が代わりに華族に任じられたという)これは未来世界における21世紀後期頃に、皇室への侮蔑やその子弟へのいじめを止めるためと、後継の不足による断絶を避けるべく、女性宮家を創設したりしたが、それでも間に合わず、困窮した日本政府は、国家統合の象徴かつ、事実の世界唯一の同一の一族による皇室の保全という至上目的を達成させるため(その頃には皇室の空気を嫌う者が増えていたために、民間から皇室に入る者が減っていた)に、止むに止まれぬながら、この頃まで残っていた旧華族の内の一部を廃止時の爵位で復権させたり、国家に多大な貢献をした者を任じたりする方法で華族をある程度復活させ、皇室を保全したのがきっかけである。(これは来るべき地球連邦時代に、ヨーロッパ各国の貴族達が身分の廃止を拒むのを考慮に入れ、それらとの釣り合いを取るための政治的決定でもあった)そのために23世紀の地球連邦には日本含め、旧各国の貴族階級がある程度生き残って、力を有している。議会制民主主義を国是とする地球連邦であるが、殆ど旧各国時代からの慣例で『表向きは無いが、貴族たちの身分は存続していた』。その身分の重要性を知っている故、廃止をしなかったのだ。(皮肉にも、この旧貴族の存在がコスモ貴族主義の正当化に使われた)こうした施策は扶桑皇国の『近代化』に寄与し、ユーラシア大陸領土をほぼ失った扶桑皇国の中興を招来する。そのために、軍部強硬派は扶桑皇国が豊かになるにつれてその大義を喪失、衰退していくのであった。
――地球連邦のもたらした科学技術は扶桑皇国の兵器開発に革命をもたらした。元々、大日本帝国の数倍以上の国力と開発リソースを持っていた彼らだが、大日本帝国同様に『古い手法』が艦艇建造で使われていた。これは1944年次まで存命であった『平賀譲』技師が新手法を嫌っていた故で、新手法と旧い手法が入り混じった構造の船が多数存在した。そこへ地球連邦が技術を提供してきたので、予想以上に造船技術は進歩。一年間で史実の5年間分の進歩を見た。彼の事実上最後の作品と言えた大和型戦艦は1・2番艦については当初は元設計通りに竣工後、改装を受けたが、3番艦の信濃以降は徐々に未来技術導入具合を増加。集大成である5番艦は当初から姉妹艦らが受けた改装後の姿で竣工の予定であった。他にも武蔵は超大和型戦艦のテスト艦として、試験的に51cm砲を積んだが、航空戦艦化が俎上に載せられており、後部艦砲を撤去し、艦尾を延長した上で飛行甲板を設置する案が検討されていた。短距離離陸垂直着陸機を水上戦闘機及び水上偵察機の代替に添えるもので、水上戦闘機出身者などから要望が高い。これは水上戦闘機の陳腐化で教育課程が廃されたが、その教育を受けた人員が余る事からの要望であった。これは1946年度に通り、試験的に武蔵と上部構造物が大和型戦艦に酷似した姿となった紀伊型戦艦『尾張』、『駿河』がその改装を受けたという。結果、紀伊型戦艦の残存二隻はその後半生を『航空戦艦』として過ごす事となる。
――1945年 艦政本部の南洋島支署
「紀伊型戦艦の近代化?」
「そうだ。長門までの戦艦は来年一杯で退役、大和型戦艦と超大和型戦艦で戦力を統一する。紀伊型戦艦は艦齢は新しいが、予想以上に陳腐化しているので、大規模近代化を施すことが決議された。来年度には開始の予定だ」
「どういう風に?」
「上部構造物を大和型戦艦型の塔型艦橋とマスト、煙突に全取っ替えし、主砲もワンランク上に、機関も今の大和型戦艦と統一し、整備性を均一化する」
「ずいぶん大がかりだな?」
「ティターンズがロマーニャに宣戦布告しそうというのを聞いただろう?奴らは数年の内に我が国にも手を伸ばすだろう。奴さんにはアイオワ級戦艦とモンタナ級戦艦を始めとするリベリオン海軍主力の半分が手の内にある。それらに紀伊型戦艦の今の性能では歯がたたんのだ。去年の今頃の紀伊の損失は聞いたろう?」
「ああ、悪夢だったな。数回の直撃で艦がまっ二つに割れて轟沈するとは。不運が重なったとは言え……モンタナに一矢報いる事しか出来なかった。あれで諸外国に長門以前の陳腐化を知らしめてしまった……」
――紀伊型戦艦の舷側装甲は305ミリ(当初予定より10ミリ増圧されていた)、砲塔は前面305ミリ、天蓋は最大152ミリであった。それをモンタナ級戦艦の主砲弾は容易く貫いた。しかも天蓋に二発も直撃弾であったため、紀伊は弾薬庫誘爆で史実のフッドの如き悲劇的最期を遂げてしまった。艦政本部は紀伊の損失で、大和型を除く戦艦がモンタナ級戦艦の出現で陳腐化し、デモイン級重巡で甲巡の陳腐化を実感した。リベリオンらしい堅甲な船の出現で自国主力戦艦、巡洋艦の殆どが陳腐化してしまった扶桑海軍の焦りが妙実に現れている会話と言えた。長門以前の戦艦群は既に金剛型の内、比叡、榛名、霧島を喪失し、扶桑型はすべてを、長門と伊勢型のみが無傷であった。それらを1946年度にまとめて退役させ、超大和型戦艦と大和型を増勢することで戦艦戦力の世代交代を済ませようというのが伺えた。しかし旧式艦より大和型は巨大である分、維持費が高額であるのが難点である。
「大和型の維持費は旧式艦より高いぞ?」
「大陸領土が消えた分、いらない陸軍を削減すればいい。空軍もできる以上、リソースの割り振りは再考せねばなるまい」
そう。いくら扶桑皇国の軍事的リソースが大日本帝国比数倍といえど、陸海空軍でわけ合えば予算分布は考えなくてはならない。ユーラシア大陸領土をほぼ喪失した扶桑は1946年以後、機械化と引き換えに、陸軍歩兵師団数を削減して、それと引き換えに空軍と海軍の整備に力を注いでいくのであった。
――さて、そんな艦政本部の混乱もつゆ知らぬ黒江と芳佳は震電改のテスト内容をレポートしていた。震電改は今までの『甲戦』として使うのは困難である事、戦法を『速度を活かした一撃離脱戦法』主体にすべきとする芳佳の見解を黒江がまとめた。
「よしっと。こんな感じでいいか?」
「OKです」
「まあ震電改は迎撃用の転用だしな。錬成が必要だ。当面、部隊配備は見送ろう」
「紫電改で当面は大丈夫と思いますけど、私の魔力を受け止めきれるかどうか…」
芳佳の魔力量は日に日に増大し、もはやなのはやフェイトと比べても遜色ないほどのものであった。それを紫電改のハ43エンジンが受け止められるか不安になっていたのだ。黒江もそこは不安要素で、紫電改のエンジンをハ43-23型(長島の試作発動機ハ44を引き取って、ハ43の馬力増大型として再設計したもの)に換装した『芳佳専用機』を作るように要請を出す腹づもりだ。
「山西にお前専用の紫電改を制作してもらうように要請を出した。それまでは五二型で我慢しろ。火器もヒーロー達に頼んで製作してもらっている」
「はい。でもいいんですか?」
「菅野の奴のおかげで火器の砲身の替えがなくなるからちょうどいい。MSを相手にせにゃならんだろうからな」
「黒江さんって対策早いですね」
「備えあれば憂いなしっつーだろ。MSは戦車より遥かに前面装甲が厚いんだ。しかも特殊合金製。ネウロイもそれに対抗しようと装甲を強化したり、ジェット機型を増やしてくるだろうから、急いだんだ」
「でも、どんなのをオーダーしたんですか?」
「リボルバーカノンに、キャノン型とかだよ。リーネの対装甲ライフルじゃ限界がある。メーカーのは中佐が弾の消費を懸念して、当面は使用許可出さんだろうから、エネルギーカートリッジ式を頼んだ。奴さんと規格合せてあるから、兵糧の心配はないぞ」
「ミーナ隊長って意外に慎重なんですね」
「あの人は兵站をよく理解してる。だから欧州の基準弾だった13ミリを使わせていたんだろうが、重爆迎撃には火力が必要だ。私と穴拭で明日にでも説得するつもりだ」
――ミーナは兵站の重要性を理解している。そのために20ミリ弾や30ミリ弾などの欧州での調達が難しいものは使用を避けていたが、用兵側の切実な要望と、上層部の指令で大口径弾の使用を検討していた。兵站面からミーナは解禁を悩んでおり、折しも、黒江が解禁を求めるように進言すると行っているのと同じ時刻にガランドに電話で相談していた。
『と、いうわけなのです閣下』
『ウィッチ全員に大口径砲と弾の使用を許可すべきかとは、貴官はずいぶんみみっちい理由で悩むのだな』
『笑い事ではありません。既にリベリオンが堕ちた以上、大口径弾を供給するにはリスクが高すぎます。特に扶桑の20ミリ弾は規格が違います』
『それを言うなら私達の薄殻弾頭などどうするのだ?他国からコピー不能とされているんだが』
『それはわかっております』
『貴官は小口径銃信仰者か?重爆に7.92や12.7ミリで挑めというのか?それこそ死ねと言っているような物だぞ。扶桑海事変で示されているのだぞ、その手の教訓は。補給の問題なら心配するな、私が手を回す。中将に昇進したから、大将達も文句言えんからな』
ガランドはこの時期、ミッドチルダでの動乱の戦功で中将へ昇進していた。皇帝の信任も厚いため、カールスラントで逆らえる者は大将・元帥クラスのみ。しかも元帥や大将達はガランドに好意を持っているため、ガランドの一言で事実上、空軍が動くと言っても過言ではない。補給の問題で新装備の使用を渋るミーナを説得する。更にミーナが驚いたのは、ガランドと会談していた人物が、地球連邦軍の高官であったと判明したからだ。
『君がミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐かね。私は地球連邦宇宙軍・太陽系連合艦隊司令長官、山南修である。ガランド中将から話は聞いた』
『!?☆☆※!?み、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケち、中佐であります!閣下…』
ミーナにとっては驚天動地ものであった。何せ、地球連邦軍の本星(と、言っても範囲は太陽系だが)直掩艦隊の最高指揮官が直接、電話に出たのだ。ミーナにとっては雲の上のお方に等しい差(山南は大将である上に、地球連邦軍でも超エリートの証である太陽系直接部隊の司令長官である)の人物が電話に出たのだから、さしもの彼女も動揺を隠せないようで、噛みまくっている。山南は自分の権限で501へ食料などの物資を送ることと、ISや特種装備(レーバテインの事)の予備部品や弾薬から、扱いに熟達したメカニックを送り込むと確約し、場合によればMSやスーパーロボットも追加配備させると告げた。ミーナはなぜ一部隊にすぎないはずの自分らを厚遇してくれるのかと問う。すると。501がロマーニャ防衛の砦であるという軍事的理由と、ハルトマンやシャーリーが支援を懇願したということを回答した。ミーナはあの二人がそこまで高いレベルで接触していたということに関心しつつ、二人の行動力に驚嘆した。
『と、いうわけだ。既にミデア輸送機編隊をそちらへ向かわせた。数時間以内にそちらへつくだろう』
『ありがとうございます』
『私よりもハルトマン中尉、いや大尉と、シャーロット少佐に礼を言ってくれ給え。あの二人が土下座してまで私に懇願してきたのだ』
『二人は昇進したのですか?』
『バルクホルン大尉も同時に昇進辞令が出ている。明後日にもそちらに届くだろう。佐官教育は貴官に任せる』
『ハッ』
三名が昇進する事を通知されたわけだが、同時に兵站上の心配が無くなったミーナは黒江たちやラルに補給書類をこしらえてもらおうと決意した。翌日、黒江が進言に来たのを先読みする形で書類を渡し、ほしい武器を聞きまわって来るように指令を出した。同日、501の連絡機機材は地球連邦軍製へ更新され、地球連邦軍が使用するデッシュ連絡機(コスモタイガーの部材で近代化改修された)が3機ほど配備されたという。
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