外伝その49


――扶桑は大和をベースに、以後の新戦艦を設計していった。未来技術で防御方式をも変えられるほどの改装を経て、速度は30ノット以上、並の攻撃ではびくともしない装甲を獲得した大和型の各艦は戦線に積極的に出されたが、それは秘匿した果てに戦没させた大日本帝国海軍の姿を反面教師にしたからでもあった。


――1945年 8月

「三笠型を練習航海代わりに派遣すると?」

「そうだ。折角作って貰ったのだ、死蔵していては何もなるまい」

「しかし、大臣。56cm砲の弾の生産は捗っておりません。今、投入されるのは早計では?」

「馬鹿者!!向こうの世界でそう言った結果、大和と武蔵を優勢時に使えず、徒に失わせたという最悪の事態を見よ!!後世に世界三大馬鹿だの言われて、君たちは悔しくはないのかね!」

「……」

「これで決定したな、総長?」

「うむ……」

山本五十六は史実の大和と武蔵の悲劇的結末を引き合いに出して、三笠型の欧州回航を渋る軍令部幹部らに迫る。ここのところの軍令部は未来情報によって立場が悪化しており、改革を進める山本五十六らに抵抗する手立てを失っていた。彼らが不沈と豪語した大和型も、強大な航空攻撃の前に屈したというのはショックな情報であり、大和型を温存する言い訳を失った。更に自分らの建てた作戦が尽く裏目に出たのが太平洋戦争の顛末であることで、軍令部、特に作戦担当の第一部・第一課はその無能さをなじられ、徹底的に面目を潰された。山本五十六にまともな反論が出来ないのは、軍令部総長の豊田副武含めて、太平洋戦争の敗戦によって皇国を潰してしまったという負い目が、彼らに強烈な罪悪感を埋めつけたためだ。山本五十六は辞任までに、『海軍大臣』という職を超えた影響力を振るったために、事実上初の「国防大臣」との呼び声を後世に於いて獲得するに至る。








――こうして山本五十六の強引な説得もあって、欧州へ回航された三笠型二番艦『富士』。500m級故に、機動性を半分捨てて、装甲と火力に能力を割り振った『大和型の形をした移動要塞』である。主砲は大和型のヴァイタルパートを一撃で貫く56cm砲を15門(砲塔が増やされ、火力を強化された)、戦後型ミサイルランチャーやCIWSをハリネズミのごとく装備した姿は、艦橋基本デザインが大和のそれでなければ、『大和の一族』であると一目では判別不能であろう。501に、出迎えの護衛任務が下されたのは、8月も中頃を越えようとした日だった。

――執務室

「扶桑がモンタナ級戦艦対策で、超大和型戦艦と超甲巡を護衛空母とともに回航させるそうです」

「ああ、連邦に頼み込んで、作って貰った移動要塞っすね。超甲巡は趣味だな……」

「しかし、大きいな……ビスマルクとティルピッツがまるで駆逐艦だ」

「ここまで行くと、整備できる港湾は欧州にはありませんよ?」

「スーパー戦隊の基地で行うそうよ。諸元はおおよそだけ通達されてるけど、500m超えるわ」

「ご、ご、500m!?なんでそんな大型に!?」

その巨大さに、竹井も度肝を抜かれる。500mと言ったら、長門を二個並べてもまだ余る長さだ。そんな途方も無い大戦艦を、ピザ感覚で作ってしまう地球連邦の造船能力(地球連邦軍はヱルトリウム級を造船できるため、500m級艦艇程度は、極言すれば『プラモデル』感覚で作れてしまう)に圧倒されたようだ。

「なんでも、艦政本部がモンタナ級戦艦に戦慄して、それを圧倒し得る戦艦を欲しがったのが原因だそうよ」

「もう、地球連邦に頼ってませんか、それって?」

「しょうがないといえばしょうがないのも事実ですよ、竹井少佐。呉は壊滅状態で、他の工廠や造船所は空母や海防艦などでアップアップだそうです。だから、地球連邦に造船依頼が盛んに出されているとの事です」

「まるで40年前の戦みたいですね……あの時はブリタニアから買ってましたけど、今度は未来世界から買うなんて……。」

「呉がやられた事で、造船能力は大きく減退したはずだし、なりふりかまってもいられないんでしょうね。特に扶桑本土で、大和型を整備可能なドックを有するのは長崎、呉、横須賀、大神だけど、あそこの完工は今年の秋くらいと聞いています」

「ええ。まさか呉で失った数が膨大と言っても、他国に頼み込んで補填してもらうとは……」

「そりゃそうだ。この時代の科学力じゃ一年で戦艦や空母を完工することなんて不可能だし、松型駆逐艦でも数ヶ月かかるって、真田さんから聞いたことがある。地球連邦軍の生産力は一年で1000隻近いサラミス級巡洋艦をポンポン送り出せるし、大和を短期間で宇宙戦艦化させられるくらいだから、500m級の水上艦を作るなんで、朝めし前だ。戦争に恥も外聞もないからな」

「中佐は割り切ってるんですね」

「ああ。向こうの世界では、ドイツと結ぶために親米英的動きは封殺されたけど、結果的にすべてを失ったし、卑怯だと、一部の上層部が吹聴した電子装備に軍隊は完膚なきまでに敗北したわけだしな。割り切らないとおかしくなりそうだった」

黒江は竹井にこういった。割り振ったと。いくら平行時空での出来事とは言え、皇国と軍の破滅はショックであった。そのショックを黒江は軍改革に費やすエネルギーに転化させ、戦争への考えを現在人に近いものへ変えた。そのために、三羽烏がこの中で一番、『戦争には恥も外聞もない』と割り振っていた。太平洋戦争の完膚なきまでの敗戦は、根っからの『職業軍人』である彼女にとっては、如何にショックであったのが窺える。そのため、地球連邦軍に造船を依頼するなど大したことではないのだと暗に竹井に示す。

「昔からあなたはそうでしたね」

「ああ、この世界で出世するにゃ、お偉方のケツを舐める覚悟がいるからな。割り振らないとやってられねーよ」

竹井は黒江のこの言葉に頷く。504を運営する際に、闇で物資調達する事もあったし、上層部の機嫌取りも必要だったからだ。扶桑海事変の際の黒江達の動きを覚えていたため、どこか懐かしげでもあった。

「失礼します」

「来たか」

そこにドアを開けて、執務室に一人のウィッチが入ってきた。その人物は黒田那佳だった。

「申告します。第506統合戦闘航空団・A部隊所属、黒田那佳中尉であります。黒江綾香中佐の副官兼、ミーナ大佐の秘書として着任しました」

「黒田さん!?どうしてあなたがここに!?」

「お久しぶりです、竹井先輩。未来世界で黒江先輩の秘書してるんで、呼ばれたんです。506が活動休止状態なんで、宙に浮いてる状態だったんですよ」

――506統合戦闘航空団『ノーブルウィッチーズ』は貴族ウィッチを中心に編成されていたが、隊長の最有力候補のペリーヌが固辞した事で人選が混乱。ようやく隊が動き始めた矢先にスパイ騒ぎが起こり、活動自粛に追い込まれた。給料もカットされかねない状況であったため、守銭奴な黒田は対策を黒江に相談。黒田の戦闘能力などを持て余しているのはまずいと判断した黒江がアイゼンハワー司令官に直訴、戦闘技能の維持など理由をつけて呼び寄せたのだ。

「いいんですか、それって」

「アイクのおっちゃんも了承ずみだ。こいつは秘書としても有能だぞ?」

「ははは……未来世界で鍛えられたもんで」

似た髪型のせいか、傍からすると姉妹のように見える黒江と黒田。圭子曰く、『釣りマニアが綾香、守銭奴が那佳』と見分けるとのこと。

「はぁ……これで編成をまた考えないといけないわね」

竹井は頭を抱える。竹井は気質的にはミーナ寄りの生真面目なほうであるため、各統合戦闘航空団の寄り合い所帯に等しくなった部隊をどう纏めるか、ミーナと共に頭を悩ませていたからだ。更にストームウィッチーズの編入も内定しているため、人類中の最高戦力の過半数を集めたに等しく、機材の調達などの苦労が大きくなるからだ。

「竹井少佐と穴拭少佐は後で加東中佐とブリーディングルームへ。ラル中佐やサーシャ少佐にも声をかけるように」

「了解しました」

「黒江中佐は坂本少佐と皆の訓練飛行に」

「了解」

「バルクホルン少佐はISが届いたそうだから、フィッティング作業に移って」

「了解」


幹部級隊員の数の増加が窺える一幕だった。本来であれば各戦線の底上げを担う存在であるエースパイロットをほぼ一箇所に集める事は、常識では愚とされる。しかしアフリカとリベリオンを喪失した連合軍にはもはや後がなく、徒に人材を遊ばせておくよりも、『最強の部隊』を編成する事で、ロマーニャの失陥だけは防ごうとする思惑が働いたのだ。後世に於いても、『後にも先にも、この時の501JFWほどの平均練度と実績を伴う部隊は現れていない』と評されたと記録されている。同時にミーナなどの部隊運営責任者の胃が複数、神経性胃腸炎にかかる事でもあり、この8月に重要物資として、強力無比な胃腸薬が大量に調達され、上層部の経理責任者を困惑させたという。



――この人事は506が活動休止に追い込まれるスパイ事件が起きたという不祥事を隠すためでもあり、それは黒江にも通達されていた。黒田は調査して『犯人を突き止めた』一人であるため、なんとも歯切れの悪い顛末となった事に無念さを感じていた。そもそも506自体が復興後の地位を確保したいガリアの無理難題に振り回された感があり、部隊間連携がなっていないという問題が浮き彫りになった。それらを山本五十六などの上層部に問題視された結果、506は活動休止に追い込まれたのだ。黒田はその優秀性がアイゼンハワーの目にとまった事と、仕事が増えて秘書を欲しがった黒江の要請で、『出向』の形で501に籍を置く事になったのだ。


「失礼します。あれ、那佳さんじゃないですか?どうして501に?」

「黒江先輩に呼ばれたのと、506が活動休止状態でさ。それで」

「それで着任を?」

「そう。いい給料稼ぎになるよ」

「ハハ……」

メカトピア戦争後、黒江が黒田を私設秘書としてアルバイトさせていた関係で、フェイトと黒田は面識があった。彼女は二天一流を習得済み(当初は知らなかったが、ドラえもんがのび太が師になってしまった宮本武蔵に会いに行った際に、当人から手解きを受けた)フェイトに手ほどきをした事もある。分家であるとはいえ、戦国武将であった黒田官兵衛の血を受け継ぐ正統な子孫故の本能により、剣技の才能を見え隠れさせる。

「さて、先輩達にさっそく押し付けられた事務作業片付けるか。手伝って」

「はい♪」

黒田は秘書として呼び寄せられた都合上、さっそく事務作業の処理を押し付けられたらしい。黒江たちの『事務作業いや〜!』という本音にため息を付きつつ、割がいいアルバイトな事務作業を、フェイトと共に精を出すのであった。



――黒田は坂本と竹井と同年代だが、幼年学校卒の『純粋培養』の職業軍人である。それ故に初陣は二人より遅く、後輩に当たる。そのため、坂本や竹井を『先輩』と呼んでいる。分家出身である彼女は、本家からは疎んじられていたが、本家の息女は魔力の素養が無かったというオチにより、本家に君臨する現当主(と言っても、官兵衛嫡流の子孫は黒田宣政が子を成さなかったために絶えており、那佳は2つほどある分家(秋月黒田家でない)の出とは言え、一族中では、黒田長政の血統を色濃く受け継いでいたために養子になった)の意向で養子となった。彼女はその後、運悪く本家の息女が治療の甲斐虚しく、1947年に夭折(重い結核を発症してしまった)したため、当主の臨終の際に、嫡男の廃嫡(ウィッチになれずに終わった娘をゴミ扱いする発言を臨終後にするなどの身勝手な振る舞いの自業自得であった)が言い渡され、序列をぶっ飛ばして、那佳が後継者に選ばれた。奇しくも黒田長政の血統が本家で復興したわけで、彼女は不本意ながらも『侯爵』の爵位を持った状態で大戦に従軍したとのこと。

「那佳さん、何か考え事ですか?」

「うん。本家の息女さんの具合が悪くてね……どうも結核らしいんだ。

「ええ!?この時代にBCGありましたっけ?」

「ありゃ予防用だよ。この時代のワクチンはストレプトマイシンしかないし、しかも発見されて二年も経ってない『新薬』だ。リファンピシンとかは影も形もない。あれじゃ耐性菌には効果ないしなあ」

「私のツテでどうにか手配してみます。細かい段取りは頼みます」

「わ〜!ありがとう!」

――この時の黒田は安心した顔だった。時空管理局や地球連邦の治療薬ならば、友人となっていた本家の息女を救えると確信に溢れていた。その後、フェイトに結核の治療薬を手配してもらうなどの善後策を講じた。だが、運命は残酷だった。息女の父親である本家嫡男が『治療薬などあてに出来ぬ!とにかく療養!』の選択肢(どこの馬の骨とも知れぬ治療薬が有名でないこの時代ではベターだったが)を選んでしまったために空振りに終わってしまい、結果的に救えなかった(未来の治療薬の投薬さえすれば助かったため、本家当主と嫡男は殴り合いになったとの事)ため、彼女のその後(1948年以後)の人生に少なからず影響を与えた。この悲劇は黒田家全体にも暗い影を落とし、思い上がっていた彼ら黒田本家への戒めとして機能していくのであるが、いささか未来の話になるので、これ以上は割愛する。







――訓練飛行を率いる黒江と坂本は、部隊の平均練度が高い事を話し合っていた。


「ふむ。やはり熟練度たけーな。これならジェットへの移行に伴う再教育は多少で済むな」

「数十時間もあれば適応できるだろう。あとは機種の細かい選定だな」

「F-86だが、履いてみてどうだ?」

「いい感じだ。ただ、スロットルのレスポンスに不満はあるがな」

「しょうがない。ジェットエンジンはスロットルをいきなり開けるとストールしちまうんだ。アフターバーナーが開発されるのを待つしかねーよ」

「武器の火力は更新で上がったからいいが、どうもなぁ」

「急加速はこの時代のジェットには酷だ。メッサーの262を見てみろ。ストールして落っこちて、テスト機全損なんて珍しくもなかったんだ。それに比べりゃ天国だ」

「ウルスラ中尉も大変そうだが、まさか後発であるリベリオンのほうがいい機体つくるとはな……」

「瓢箪から駒とはよく言ったもんだよ。シューティングスターが思いのほか良かったから、こいつもその流れを組んでいるが、こいつはメッサーで取り入れた後退翼を本格的に採用してる。だから高性能化に成功したんだ」

「カールスラントの技術者達、悔しがってるだろうな」

「でも、その後の各国のジェット機の基本技術を確立させたのは元ドイツの科学者たちだし、お相子さ」

「ふむ……。みんな、機体の癖はよく掴んでおけ。これからはこいつで出る機会が多くなるぞ」

「了解!」

――皆から心地よい返事が届く。F-86への慣熟訓練は良好だ。一息つく黒江と坂本だった。



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