外伝その64


――大海戦はもはや混沌とした様相を呈し始めていた。連邦軍空母では、ひっきりなしに艦載機が補給・再出撃していく。海戦は近代戦としては異例の二日目の夜を迎えていた。

――連邦軍空母「飛龍」

「いっつ……」

「軽い打撲だ。痛みがあるなら、2日くらいは戦闘は避けた方がいい」

「マジですか?参ったな……」

「最低、二日は休んでおくように。戦闘復帰は三日後か四日後だろう。経過を見るから、ここ数日は昼と夜に医務室へ寄るように」

「了解っす」

黒江は医務室で手当を受け、最低、二日ほどの休養を勧められた。歯噛みして悔しがるが、パワータイプのウィッチに殴られたため、結構堪えており、検査を受けていた。骨と内臓に異常はないが、何ヶ所かの打撲により、胸から腹の辺りにかけて包帯を巻く事になった。不満気だが、この戦いは一日や二日でケリはつかなさそうなので、その辺は安心だった。

「さて、暇だし、格納庫で情報聞いていこう」

格納庫に行き、知り合いのパイロット連中に戦局を聞く。彼ら曰く…。

「この戦は思ったより長引くぞ。敵はレシプロ機を中心にひっきりなしに投入してきてる。こっちも空軍と海軍に増援を要請したよ」

「重装型(ZZの事)が必要になってきてる。もう200機は落としたが、味方の数が足りねー」

「こっちの戦闘機の稼働率も65%にまで落ちてきた。損傷機が時間ごとに増えるんだから、溜まったもんじゃない」

「ああ、重装型がありゃ……」

「なんで重装型を?」

「こういう大規模戦じゃ、重装型の火力は重宝すんだよ。一機で通常TMSの数倍の火力投射量だからな」

「重装型の今月の新期配備分は新型MS戦闘空母に回されたそうだけど、こっちにも回してほしいもんだぜ」

「新型のMS戦闘空母ぉ?なんすかそれ」

「ギアナの官僚に悪友がいて、そいつから聞いたんだが、元々は波動エンジンを手に入れる前後の時期、ちょうどラー・カイラムと同時期に計画された超大型戦闘空母だよ。波動エンジンの登場後は、従来型のジェネレータ駆動というのが有効性を疑問視されて、長らく凍結扱いだった船だよ。軍縮の機運もあったから、10年近く立ち消えの状態だったが、波動エンジン搭載に機関部設計を改訂し、主砲をショックカノンに変えて積んた第二期設計で承認されたんだ」

「へぇ〜〜」

「確か、ベクトラとか言ったな。衛星軌道上で建艦に入ったはずだ」

ベクトラねぇ。そこに回されちゃったんすか、ZZ」

「ああ。援軍が持ってくるのを祈るしかないさ。弾も凄い勢いで減るし。平時の10倍は使ってるはずだ。財務省のお役人が見たら泡吹くぜ」

この日だけで、連邦軍第一航空艦隊は一個艦隊が平時の数ヶ月の訓練で使う量の弾薬を使い果たした。その為、財務省の役人が見たら泡吹くのは確実であるとジョークが飛ぶほどだ。

「んなに使ったんですか!?」

驚く黒江。士官たちは頷く。

「マジなんだよ、これが。敵がどんどん来るんで、ビームライフルもバルカンも、ミサイルも、ビームサーベルも切らして帰ってきたのが多いんだ」

「第二波の迎撃の時は無我夢中で皆が撃ったからな。俺も全ての弾薬が空になったぜ」

「俺も。ダブルゼータさえありゃ、三、四回のハイメガキャノンでみーんなぶっ飛ぶってのによ」

「財務省が発狂しますよ?」

「奴らは俺らが頑張らないと、今頃は頭の上に輪っかがついてるんだ。文句は言わせねーさ」

と、笑い合うパイロット達と黒江。この大海戦は連邦政府財務省を大いに号泣させた戦となるのであるが、それはまた別の話。


――ZZの新期配備先となった新造戦闘空母の名は『ベクトラ級宇宙空母』である。元々はグワダン級超大型戦艦をタイプシップに、ラー・カイラムまでの連邦軍系のラインで再構築した設計であったが、時代の流れで元設計に、波動エンジン艦たる『アンドロメダ級戦略指揮戦艦』の流れを取り入れたデザインをし、艦型はラー・カイラムとグワダン、アンドロメダの三者の折衷的なものとなった。最終的な設計では、かのヱクセリヲン級を上回る全長と全幅、宇宙戦艦ヤマトやアンドロメダを上回る艦火力と装甲、バトル級に比肩する搭載能力を持つとされたものの、元設計の都合で波動砲搭載は見送られた。これは旧ティターンズ派が連邦軍太陽系連合艦隊内の地球近衛艦隊の旗艦に、旧ティターンズの象徴とも言えた『ドゴス・ギア』級を推し、予算が承認され、建艦していることに不快感を示した旧エゥーゴ派の提督がその対案として凍結されていた設計を引っ張り出して提案し、レビル将軍が後援して建艦にこぎつけた。これは財務省が大いにぶーたれるが、これはまた別の話。



――黒江の代わりに、前線指揮を引き継いだ圭子は大いに奮戦し、敵ウィッチや戦闘機を蹴散らす。

「行っけぇ!ゴッドハンド!」

気を纏った正拳突きを食らわせ、敵を内から『破壊』し、倒す。圭子はオーラパワーを会得後は武道派な一面が強まり、得物にトンファーが加わるなどの変化があった。今回はトンファーは持ちあわせていないが、素手でウィッチを倒せると言わんばかりの『鉄拳』を披露。坂本を大いに唸らせていた。

「う〜〜〜む。おい、加東。昔から思ってたんだが、お前って意外に武道派なんだな……」

「あ、あはは……。ま、まぁね。空手は割と最近に始めたんだけど」

「護身術の講義をしたことある割には、謙遜するな?」

「あれはまた別よ。ストライカー履いてると、足技は使えないし、戦略の組み立て、結構大変なのよ」

「なるほどな」

「言っとくけど、今は私のほうが階級が上になったから、公の場では気をつけなさい?」

「わかってるさ。これでもTPOはわきまえてるつもりだ。以前はミーナや黒江に迷惑かけてしまったが…」

「まぁ、反省して、次に活かしなさい。今後の為にも」

「ああ。「今後の為にも』……か。それを聞くと、自分が年寄りになった気分になるよ」

「黒江ちゃんから聞いたけど、貴方は後方に退くそうね?」

「ああ。北郷先生に憧れていたってのもあるが、ウィッチ本来の摂理に反することはしたくないしな」

坂本は『ウィッチ本来の摂理』を大事に思っているのが窺える。坂本のこの一本筋が入った性格は、昔からその片鱗があったため、圭子は懐かしく思うのであった。




―― 同時刻 各方面

「動かせる機体はなんでもいい、動かせ!この際だ、一年戦争の時のポンコツでも構わん!」

「セイバーフィッシュでも、コアファイターでもか!?」

「そうだ!数が足りんから、使えるのは全部載せとけ!」

「わ、分かった!」

ある方面では、空軍が未だ有していた旧ジオン軍のガウに旧式戦闘機を載っけて発進させ、またある部隊はガルダ級にMSや戦闘機部隊を載せられるだけ載せて出した。そうして、欧州へ向かった部隊は連邦軍駐屯部隊の過半数に達した。



――ウィッチ世界各地に駐屯している地球連邦空軍と海軍、宇宙軍の三軍部隊は、現駐屯地から持ち込んでいた全ての機動兵器を文字通りにフル動員した。今やコスモタイガーシリーズの登場で一線級と見なされなり、練習機として残っていた『セイバーフィッシュ』、『TINコッド』などの旧式機も戦闘装備され、連邦軍の有する空中空母『ガウ』(ジオン軍から接収したもの)、ガルダ級『アウドムラ』、『ガーウィッシュ』で新型機共々、戦場へ大量輸送された。連邦軍を戦場で率いる提督は、現地での最高司令官のシナプスからの連絡を受け、援軍が送られる事を知った。

「なんと、旧式機も動員したと?」

「そうだ。セイバーフィッシュやTINコッドも動員した。数時間もあれば到着の見込みだ」

「まだ、あんな骨董品が残っていたのですか」

「うむ。練習機の名目で残置していた機体だ。実戦装備はまだ可能らしい」

「役に立つので?」

「分からん。とにかくやってみるしかない」

「他にはどうなのです、閣下」

「士官らから要望があったZZ型だが、空軍の第323重MS師団が保有する機体を持って来るそうだ」

「分かりました。ありがとうございます」


――高性能なTMSを多数有する第一航空艦隊だが、Zタイプは火力投射量が不足なため、前線指揮官級の士官達は、火力が一般的Zタイプの数倍を誇る重装タイプTMSである『ZZガンダム』タイプの投入を望む声が多かった。ZZはフレーム構造に脆いところがあるが、概ね重装甲と大火力を有するため、乱戦では重宝される。FAZZの追加生産・改良機やジークフリート、オリジナルZZの同型機などがそれに当たる。ZZの同型機は、強化型に生産の主体が移っており、デザリウム戦役前後の時期には、ジュドー機以外には、なのは機を始めとして、大隊に数機の割合のエース用としてであるが、軍にそれなりの数が配備されていた。兵士達からは『砲台』とも揶揄されてはいるが、その火力が買われていたのだ。





――数時間後 ティターンズ海軍旗艦『モンタナ』

「レーダーに反応!エゥーゴの援軍です!」

「何、数は!?」

「大型の反応が各方位より多数!ガルダ級二、ガウ級が三十!ミデアが四十!その他も続々と後続の見込み!」

「この世界にいた方面軍の全稼働機を動員したか!MS隊はスクランブル!戦闘機隊はミデアやガウから落とせ!」

ティターンズもこれには大慌てし、急ぎ対策を講じる。死闘は第二幕を迎えたのである。ティターンズの虎の子の現在形空母からは、MSが多数ベースジャバーに乗っかって射出され、同じく彼らも有するガウと、政府内のティターンズ派から送られたガルダ級『メロゥド』からMSが発進していく。双方共に主力部隊の過半数が、欧州はイタリア半島近海に集結した事になる。





――ウィッチ隊の内、圭子・坂本・リーネのケッテは、この援軍の内、アウドムラと出くわした。

「お!?なんだ!?このバカでかい飛行機は!?」

「待て、坂本、リーネ!あれは味方よ」

「何!?」

「ガルダ級超大型輸送機……実物は初めて見るな。ここまででかいとは」

『そこのウィッチ!所属を述べよ!』

『こちら第501統合戦闘航空団所属、加東圭子中佐です。戦闘で消耗しています。着艦して補給の許可を』

『了解した。ハッチを開ける』

アウドムラに着艦する三人。機内の格納庫はは数十機単位の可変MSとコスモタイガー、VFで占められており、一個師団級の部隊をそのまま空輸していると過言ではない搭載量に、坂本とリーネは圧倒される。

「零式や百式輸送機が子供のおもちゃに見えるな……。凄い搭載量だ」

「あんな大きいMSを数十機も積んで、飛行機や物資までたくさん積めるなんて……信じられません」

「確か、ほぼ10000トンの搭載量を持つはずよ。これ一機で軍隊の一個師団から軍団を優に食わせられる量の物資を運べるし、スペースシャトルの打ち上げだって出来るわよ」

「うへぇ……正に空中空母、いや、空中要塞って言ってもいいくらいだな」

「そんな凄い飛行機を、どうやって飛ばしてるんですか?」

「熱核ジェットとスクラムジェットの併用。それでこの巨体を飛ばしてんの。ただ、こんなのを運用できる基地は限られてるけど」


ストライカーを脱ぎ、ひとまずの休憩に入る三人。ガルダ級の居住性は良好で、軍用機としては坂本やリーネの知る人員輸送機の遥か上の次元に達している。艦内の自動販売機で缶ジュースと缶コーヒーを買い、それを飲む。

「しかし、時代が変わると、こんなものが出てくるんだな。缶入りのコーヒーとは。加藤さんが見たら文句言いそうなもんだ」

「ああ、それなら、武子の奴、ミッドチルダでぶーたれてたわよ?『コーヒーは豆を選んで焙煎するのが通よ、通!缶に入れたコーヒーなんて邪道よ、邪道!!』とか言って」

「本当か。あの人はなんでそんなに拘るんだ?」

「あの子、カメラマニアだけど、コーヒーマニアでもあるのよ。わざわざ未来世界からキリマンジャロとかブルーマウンテンの豆取り寄せて、自分で作ってたもの」

「それは凄いな……」

坂本は武子のコーヒーマニアぶりを圭子から聞かされ、多少引いてしまった。武子のコーヒーマニアぶりは周知であるが、こだわりに磨きがかかっているからだろう。

「ん、おいしいです。凄いですね、こんなのが作れるなんて」

「まぁ、未来の科学力って奴よ。サンドイッチも店に行けば買えるし、ハンバーガーもチェーン店で買えるのが23世紀よ」

「へぇ。坂本少佐は行かれたんですよね。どうでした?」

「なんと言おうか、リベリオンにいる気分になったよ。全体的にリベリオン文化に感化されてるからな、未来世界の日本も世界も」

坂本は20世紀末の日本と、23世紀地球を『リベリオン(アメリカ文化)文化に感化されてる』と評した。それは200年近く、アメリカが世界の覇者であったという証拠と同時に、それが及ぼした世界的影響が莫大だった事の表れであったが、坂本は戦前生まれらしく、どことなく違和感を感じるらしい。

「しょうがないわよ。向こうの世界じゃ、1945年から22世紀前半までアメリカ合衆国が世界最強国として君臨してたし、その名残りが23世紀になっても残ってるもの。そういう歴史なんだから、愚痴っても意味ないわ」

坂本はアメリカ文化に感化されたように見える戦後日本へ違和感が拭えないようだが、根本的に異なる歴史を辿った世界に愚痴ってもしょうがないと、圭子は諌める。それは坂本のみならず、留学を経験した扶桑ウィッチの多くが懐く思いだが、未来世界と自分達の故郷はあくまで別の歴史、別の世界であるのだから。

――その後のウィッチ世界で、亡命リベリオンが謙虚に振る舞うようになる背景には、未来世界に留学した扶桑人の視線を多分に意識しつつ、史実アメリカを反面教師にしたと思われる側面があると、後々に圭子は推測するが、それは別の機会に語るべき事だ。





――戦場に到着する二隻のガルダ級。その圧倒的威容に、味方のウィッチも唖然とする。

「なんだ、あのバケモノのようなジェット機は!?」

「落ち着け、ご両人!あれは連邦軍の最大級の輸送機だ!」

「輸送機だと!?このデカブツが!?」

この日、菅野は504出身のドミニカ・S・ジェンタイル、ジェーン・T・ゴッドフリーと隊列を組んでいた。ニパがマシントラブルで早めの帰投を余儀なくされたため、三機編隊の『ケッテ』となってしまっていた。その輸送機『ガーウィッシュ』からの通信で着艦するのと入れ違いに、同機に格納されたMS師団が発進していく。ZZ、ドダイに乗ったファッツを含む重MS師団だ。

「あれが連邦軍の援軍か。ごついのが、えらくどでかいの担いでたな?」

「ああ、あれはハイパーメガカノン。あれなら敵の戦闘機なんて母艦ごとぶっ飛ばせる。何せビーム兵器だからな」

「ビーム兵器、か。こっちは敵のコアを利用しないと無理だったのが、向こうは余裕で造れる。つくづく技術力の差ってやつを思い知らせてくれる」

「向こうは宇宙戦争もしまくって、軍事分野が異常発達した世界だからな。だからあんな人型兵器も余裕で造れる。火力がちげーんだよ、火力が」

「それをどうにかできないのか?」

「方法はある。連邦軍のIS用の試作兵装をストライカーを纏った上で持っていく方法だ。ただし、かなり重いから、ジェットの出力じゃないといけねーが」

「いいじゃないか。みんなはそれを?」

「もうしてるぜ。皆、武器の予備の枯渇とかを理由にしてる。そうでないと、ミーナ中佐が五月蝿いからな」

「あの人は石橋を叩いて渡るタイプだからなあ。あの御三方みたいなバケモノでもない限り、この戦いでは生き残れない。事後承諾してくれるだろう?これだけ大人数でやってたら」

「確かに。行くぜ、大将さん」

「おう。行くぞ、カンノ、ジェーン」

「了解です、大将」


三人は紫電改とP-51Dからジェットに履き替え、試作兵装にサイドアームを変えて再出撃する。護衛に、連邦空軍のコスモタイガー、ブラックタイガー、セイバーフィッシュ、偵察機代わりのワイバーンがつくという大仰な編隊だったが、それは連邦軍との共同戦線を象徴する光景でもあった。




――空を引き裂く、ジェットエンジンの快音。次世代の空の支配者がなんであるかを妙実に示す光景。この時、戦場の主役は紛れも無く、レシプロ戦闘機でも、レシプロストライカーでもなく、ジェット戦闘機とジェットストライカーであった。ガルダ級から発艦する、連邦軍の歴代の主力戦闘機。かの、フェーベ航空決戦と同等、いやそれ以上の大空中戦の狼煙はこの時、確かに上がったのだ。



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