外伝その71


――白熱する決戦。艦隊戦も第2段階に突入する。応急処置を終えたルイジアナ、無傷のモンタナを基幹にした艦隊が再度の艦隊決戦を挑む動きを見せる。ドラゴンをゲットマシンに分離させ、補給に入った圭子や黒江達は、先に補給に入っていた竹井や坂本らと雑談に入っていた。

「あの時のこと、覚えてたのかよ?」

「当然だ。あの時の模擬戦は、私たちにも、江藤さんや先生にとっても信じがたかったんだぞ?加東、お前。あの時は江藤さんに絞られたそうじゃないか?」

「まーね。あの時はタネを話してなかったし、黒江ちゃんと智子の二人がかりでとは言え、北郷さんと互角に剣戟したんだから、問いつめられてね」

――1937年

当時、逆行して間もない黒江は、智子の提案に賛同し、圭子と代わる形で模擬戦に参加。前宮藤理論型空戦ストライカー『九五式戦闘脚』を使用しながら、宮藤理論型ストライカー『九六式艦上戦闘脚』を履く北郷、坂本、若本に優位に立つ。

「ふふふ。こちとら、ゲームで言う所の『強くてニューゲーム』なんだ。お前らの動きは『ツルッと丸通し』だぜ!」

黒江は悪どい笑いを浮かべ、最も技量が劣る竹井を攻める。実際の空戦でのエースの常識である。ただ、この一言は微妙に間違っていたので、後で突っ込みを入れられた。

「き、きゃあああ〜!」

小学校5年の竹井は、後々よりもオクターブが高く、あどけなさを残していた。そのため、青年期の『リバウの貴婦人』としての彼女とは、あらゆる意味で隔絶していた。そのため、弱い者いじめの感が強く、憤慨した若本が突進してくる。

「テメー!!醇子から狙いやがって!!正々堂々と勝負しやがれ!!」

と、怒った顔を見せ、刀を抜く。

「なるほど、そう来たか。だがな、実戦じゃそうはいかねー。勝ち負けに仁義なんてねぇんだ!」

黒江は刀を抜く。使う技は、この時には習得済みであった『横一閃』である。

「若本!わりぃが、落ちてもらうぜ!!」

戸隠流の印を結び、ポーズを取る。刀に魔力が宿る。そして、若本の飛行高度より僅かに下から刀を滑らせ、若本の刀をへし折った上で、吹き流しを切断する。

『秘伝!!横一閃ッ!!』

その速さは雷光の如し。若本はすれ違った一瞬で刀を折られ、吹き流しを切断された事が信じられず、呆然となる。

「何だ……俺は今、何をされた……!?」

この有様である。若本は講道館で将来を嘱望されるほどに剣技に自信があった。成長後は扶桑最強の筆頭に名が上がるほどの若本だが、この時点の技量では、百戦錬磨の黒江には到底及ばなかったのが分かる。


「穴拭、坂本はテケトーにあしらっておけ。フジ、北郷さんを抑えてろ。」

「おう!」

「わ、分かったわ」

智子と黒江は未来世界では、ペアを組んで飛ぶ事が多いので、アイコンタクトだけでほとんどの事は伝わる。この時の北郷達には足りない実戦経験も二人は豊富な状態であったため、食い下がる坂本をあしらいつつ、それで北郷と対等に渡り合えるほどの空戦機動を見せた。それは味方側である武子も驚かせた。まるで『実戦慣れした』かのように相手の動きを先読みして高度や射撃位置の占位を巧みに行う様は、それまでの二人とまるで別人のようだったからだ。(百戦錬磨の状態になっているので、機体の性能差を帳消しにできるカウンターを仕込み、そこから攻め立てるため)

「へへーんだ!誰かの言葉だけど、『機体の性能差が戦力の決定的な差でない』ことを教えてあげるわ!」

「なっ!?ふ、振りきれない……!?」

坂本は後々の技量がない状態なので、性能差が有るはずの機体の追撃を逃れる術を知らなかった。智子にしては珍しく、冗談交じりに戦う姿を見せるので、武子は目を丸くした。

「何、目を丸くしてるのよ、武子」

「あ、い、いえ……な、なんでもないわ」

――嘘……智子が模擬戦の最中に、冗談を言うなんて……。それに、これが初めて編隊組んだ二人の動き?まるで昔から……!で、でも……綾香は、隊長や圭子の僚機をやってたから、智子の動きを見るのはこれが初めてのはずなのに……?どうして?――

そう。この時間軸の時点では、智子は黒江と編隊を組んだ事はない。この頃のバディといえるのは圭子だ。圭子の護衛を任じられていた事があるからだ。この頃はロッテ戦術の普及前なので、編隊編成はケッテ(三機編隊)が当たり前である都合も大きかった。だが、黒江はそんな時間軸ガン無視で、ロッテ(二機編隊)戦法を使う。智子とアイコンタクトでタイミングを図り、坂本を追い立てた。

「く、ぅうう!」

若き日の坂本はこの二機編隊による攻撃をいなせる技量が無いので、逃げる事しか出来なかった。だが、ここで幸か、不幸か、機体の左エンジンが不調を来し、左の飛行魔法が不安定になり、右の回転トルクがあるために、大きく回転しだす。

「坂本!……こんな時に、発動機の不調か!?」

北郷も焦るが、坂本はやぶれかぶれで、そこから立て直し、偶然にも『捻り込み』を行う。

「ツ……」

「『捻り込み』!!」

「え……?」

武子はここで初めて、違和感を覚えた。黒江と智子の両者が、坂本が取った機動を『捻り込み』とハモる形で叫んだのだ。本来なら『ツバメ返し』と言うべき所を、海軍用語である『捻り込み』と叫んだのだから、当然だった。

「武子、なんとか対応しなさい!あたしのを見てるから、対抗する術はわかってるわね!?」

「え!?き、急に言われても!?」

「つべこべ言わない!やれるか、やれないかを聞いてんのよ!」

「わ、わかった!な、なんとかやってみるわ」

武子は智子から強い口調で指示された事は初めてだったので、混乱した。いつもは自分が指示する側だったのもあって、効果倍増だった。

「大丈夫、あなたならやれるわ」

と、この頃の智子であれば言わないような台詞を言ったので、武子は混乱する。だが、智子のおかげで対処する手立てが考えついた事もあり、坂本の起死回生のペイント弾は、武子の機体に当たらず、逆に坂本が撃墜判定をもらう結末となった。これはそもそも、抑えに来られたから他の敵方を巻き込んで逃げようという戦術であったが、エンジントラブルから危ない状態になったのだ。立て直して突っかかったら返り討ちにあったというわけだ。


「――あの時は起死回生だったんだぞ?穴拭がフォローしてなければ、落とせてたと思うぞ」

「まぁ、歴史変える前はそれでお前らが勝ったんだけど、穴拭の奴がフォローして、歴史変えたんだよ」

「何ぃ、お前らなぁ……あれは私の見せ場だったんだぞ?」

「ハハハ、スマンスマン。北郷さんとやり合いたかったんから、お前には落ちてもらったんだよ。『前の歴史』だと、北郷さん、負傷で半身不随になって、リウィッチになるまではやりあえない体になっちまったからな。それで、な。それと、十分に良い見せ場だったぜ、あれで墜ちなかっただけでもえれーよ、つか、アレやれって言われたら、今でも三回に一回は墜ちる自信が有るぜ」

「そうか、それを聞いて安心したよ」

「でも、あの時の江藤中佐、思い切り腰抜かしそうだったんですよ?」

「マジか?」

「ええ。――……」

――オイオイオイ!!章香とまともに戦えるだって!?アイツらいつの間にそんなに腕を上げやがったんだ!?聞いてないぞ!?

江藤は自分以外に、北郷と対等に戦える者はいないと自負していたため、若い二人が、二人がかりでとは言え、北郷と互角に渡り合える驚きは一塩であった。その顔にはこう書いてあった。

――私以外のウィッチに落とされるんじゃないぞ、章香!――

と。


「本気で行きますよ、北郷さん!!」

黒江は刀への魔力の注入を左手を使って行う。黒江は知るよしも無いが、その動作は奇しくも、かつて、向こう側の地球を宇宙最大の犯罪組織『不思議界フーマ』から守りぬいた『最後の地球担当宇宙刑事』である宇宙刑事シャイダーが、必殺のレーザーブレードにエネルギーを注入するのと同様の動作だった。

「せ、先生!」

「坂本、撃墜判定をもらったのなら、下がってなさい。この子達とは私がやる」

「で、でも……」

「なあに。安心しなさい。そう簡単に負けるつもりはないさ。若、坂本を頼む」

「は、はい」

北郷は、智子と黒江の二名を自分一人で迎え撃つ状況となったが、二人の前に立ちふさがる。二人も武子に断りを入れて、ある程度戦ったら、北郷と決闘する準備を整える。

――そして、その時は訪れた。


「おおおおおおっ!!」

「ちぃぃぃ!」

北郷は戦間期が主な活動時期だったとは言え、陸海軍最強のウィッチの名を欲しいままにし、『軍神』の異名を誇った。当時は19歳を迎えつつあり、減衰期一歩手前だった。だが、当時に新進気鋭の『剣技を得意とする』若手を殆ど意に介さないほどの技量を持っていた。だが、未来で鍛えられた腕を保持して逆行してきた二人は、当時にはない『実戦での間合い』、『どんな苦境でも諦めない闘志』、『信じる者達への思い』で以て、北郷と戦った。


「準備はいいですか?」

「フフフフ。まだまだ私も若い子に遅れは取らないつもりだよ?」

北郷は、撃墜判定をもらい、地上に戻る途中ながら、鬼気迫る様子の智子達の剣に怯える坂本を落ち着かせる。そして、二刀を鞘から引きぬいてそれぞれの刃を輝かせる。そして96のエンジンを全開に吹かし、智子と黒江に挑んだ。そしてここからは達人たちの技と技のぶつかり合いだった。


――先に仕掛けたのは智子だった。大上段から振りかぶって一撃離脱の要領で一気に斬りかかる。

「はぁぁっ!!」

「甘いっ!!」

智子の刀を一方の刀で受け止め、もう一方の刀で反撃を返す。二刀流であり、剣術の免許皆伝という彼女のパーソナリティが二人の手練との互角の戦いを可能とした。ただし彼女は大日本帝国では剣道の総本山であった修道学院が扶桑皇国では存在しない都合上、講道館がその役割も引き受けている節があり、『講道館剣術』なる流派がある。彼女はそこの免許皆伝であった。


「おっと!」

智子は北郷の剣を体を仰け反させる形で回避すると、95式戦闘脚の『マ9』液冷エンジンを吹かし、上昇させる。後々のマ45など、高出力エンジンを使った高性能機と比べると全てに於いて非力であるが、現状ではこれで我慢するしかない。いい高度まで上昇ると、今度は急降下してそのまま刀を構える。

「飛天御剣流・龍槌閃ッ!!」

ここで、智子は独自の鍛錬で触りの部分だけではあるが、フェイトが送っていた飛天御剣流の資料から、いくつかの技をモノにしていた。これは智子の剣の才覚が可能とした芸当であった。この時点の肉体では、戦闘時の身体強化を前提にしなければ使用できないのだが、威力は十分。そもそも飛天御剣流そのものが殺人剣なので、対人戦では敢えて狙いを逸らしている。そのため智子は北郷の刀めがけて技をかけたのだ。――最も飛天御剣流の正当な使い手である“緋村剣心”という男なら逆刃刀という特殊な刀で殺さないようにできるのだが。

「!!……ッ!!」

――ガキィィィン!と盛大に刀同士の切っ先がぶつかり合い、北郷は体に来る衝撃が自分の知るどの剣戟よりも遥かに大きいことに驚きを露わにする。そして見たことも聞いたこともない剣の技へも。

「い、今のは……?」

「これは実戦本位の剣術なんで本気でやったら人くらい平気で殺せちゃいます。だから狙いは外したんです。」

「なんだって……!?そんな流派聞いた事ないぞ!?」

「あたしもさわり程度しか知らないんで、使える技は少ないんですけどね」

智子はそう言って不敵に微笑う。飛天御剣流。それはそもそも一子相伝のような形で伝わる剣術であるが、ある程度の高い才覚があればいくつかの技は体得可能である。智子はそのケースに分類される。

「す、凄い。あんな技が……剣があったなんて」

坂本はそんな技を使って見せた智子へ憧れを見せる。剣術の心得がある者なら、この光景が如何に凄いものか理解できるからだ。若本もこの光景に目を白黒させているが、智子が実行したのはそれほどの所業だった。

「まずはこちらからいきますよ!」

智子は弧を描くように、刀を回転させる。円月殺法である。ノリノリである。北郷はこの動きに戸惑いつつ、(眠狂○郎の発表は1956年の事)迎え撃つ。智子の一撃は北郷の脇腹に命中するが、すぐに払われる。

「くうっ!さすがに軍神、これに対処できるなんて」

「君の太刀筋は悪くないが、踏み込みが甘いよ」

北郷は、智子の成人後までの経験値を加味してもなお、その差を埋めるには至らず、智子の剣を退ける。

「綾香、任せる!」

「がってん!」


――智子からバトンタッチした黒江は、マシンの性能差を腕でカバーしつつ、北郷と刃を交わした。北郷に刀を抜かせること自体が、当時の彼女らの腕からすれば、十分に功績になる。だが、『今』の黒江からすれば、『血肉踊る』戦いだ。

「いっけぇえええええっ!!」

「!」

黒江は九五式戦闘脚のエンジンをオーバーブーストさせ、一気に限界高度の11300mにまで上がる。機体のエンジンが悲鳴を上げるが、これしか北郷に一太刀浴びせる手段はない。そう判断し、そこから一気に急降下する。一気に急降下したので、機体の強度限界を超え、機体が空中分解し始める、撃墜判定と引き換えにでも、一太刀をという想いで、黒江は高度6000mまで行ったところでオーバーヒートしたエンジンを脱ぎ捨て、刀を構えるポーズを取る。それは……

「う、『雲耀の太刀』!?あんた、それヤバイって!」

智子が止めるほど、黒江はヒートアップしていた。目つきが、未来での本気モードである『狂奔モード』になっているので、地上からそれを見つめる江藤は思わず瞠目する。

「おい、黒江!!お前、何をするつもりだ!おい!!」

江藤は呼びかけるが、黒江には届かない。狂奔モードに入った黒江は攻撃を決めるまで、周りの音は耳に入らないのだ。

隣で模擬戦の様子を確認していた圭子は、「あちゃ〜マジになってるわ……」と頭を押さえた。それを江藤は見逃さなかった。

「かぁと〜ぅぅぅぅ〜!」

「は、はいぃぃぃぃ〜っ!!」

「お前、あの二人が、特に黒江が急にああなった理由を知ってるな?」

「いや、その、あのぉ……」

流石の圭子も、上官である江藤には弱かった。江藤の追求を躱せず、冷や汗をかきまくっている上に目も泳いでいる。こうなってしまうと吐いたほうが楽だと判断し、江藤を連れだして、耳打ちする形で、事の真実を告げた。


「――あの時は本当、一刀両断しかねない勢いでしたよ?黒江さん。地上に戻って、様子を見に来たら物凄い事になってたから、本当に先生が斬られるんじゃないかって、ハラハラドキドキでしたよ」

竹井が笑いながら言う。大人となった今となってはいい思い出だが、当時はハラハラドキドキだったのだ。

「私もだ。あの時のお前、鬼気迫る勢いだったから、私も気が気でなかった。徹子に至っちゃ、完全に呆然としてたぞ?刀身を魔力で伸ばすわ、高度11000m以上から急降下して、豪剣を振り下ろすなんて、普通は考えつかないからな?お前」

「受けられるって分かってたから、やっただけだぜ。あれが示現流の極意だよ、極意。(本当はゲームやってて、気になったから、その再現をしてみただけなんだけど。かっちょいいから実験してみたんだよ。示現流の使い手としては黙ってられないかんな)」

そう。『雲耀の太刀』は某シミュレーションRPG登場のスーパーロボットの必殺技である。黒江の腕ならば再現可能なので、それを実際に行ったのだ――




「チェェェストォォォォ!」

黒江は北郷に『雲耀の太刀』をぶちかました。鬼気迫る表情、視線、何よりもストライカーを犠牲にしてまでも放つ奥義。北郷はシールドと二刀で受け止めようとした。だが、受け止めた衝撃波は凄まじく、シールドは意味をなさず、大地をも割った。飛行魔法を全開にしているのにもかかわらず、一瞬で数千mもの高度を急降下させられるほどの衝撃が北郷を襲う。

「ぐああああああ!!」

北郷は飛行魔法を全開にしているのにもかかわらず、急降下しているという状況、受け止めた腕が悲鳴を上げた事、何よりも、この豪剣は下手を打ったら一刀両断されていたという事実に蒼白となった。そして、髪の一筋を切られた事に気付く。そして、不意に手元が軽くなる。刀の刀身が砕け、宙に舞ったのだ。

「なっ……!?」

北郷は信じられないという表情を浮かべ、江藤も呆然としていた。黒江は一太刀を浴びせられた達成感からか、爽やかな表情を浮かべると、そのまま落下する。

「綾香!!」

智子が気づき、途中でキャッチするが、こらえきれず落下する。そこを武子が助ける。

「あ、すまねーな……ブフォ!?」

不意に、武子のビンタが黒江を襲う。武子は涙目だった。

「なんてことしたのよ!!機体を空中分解させてまで一太刀浴びせようなんて!一歩間違えれば、あなた死んでたかも知れないのよ!?そんなこと、そんなこと……!」

「バッキャロー!模擬戦で命賭けるわきゃねーだろ!シールドと受身で何とかなる高度だからやったんだよ!!」

「そういう問題じゃないでしょ!?こっちは心臓がバクバクいったのよ!!」

と、叱責される。模擬戦は武子が撃墜判定をもらい、負けとなった。だが、事実として、二人がかりで一太刀浴びせた。これに北郷は『役者が変わる時が来たのかも知れない』と漏らした。ここに至るまでに、模擬戦は、智子と武子の連携で今一歩まで追い詰めたもの、死中に活を見出した北郷の剣の一撃で逆転されてしまい、黒江の一撃でも落とせず、史実同様に模擬戦に負けてしまった。

「……分かった。これでお前らの事は認めてやるが、こっちから吹っかけて負けてきたのは別だぞ。罰として、基地を20週してこい!」

「そ、そりゃないですよ隊長〜!」

「つべこべ言うな。これでチャラにしてやるだけありがたく思え。お前らにとっちゃ、『久々』だろう?体を鍛え直せ。あ、加東。お前もな」

「はいぃ……」

「ち、ちょっ……あたしもですか!?」

と、いうわけで智子と黒江に巻き込まれ、圭子もウラル基地を20週するハメに陥った。基地の整備士や幼少時の坂本らに応援される。懐かしくもあり、ほろ苦い光景であった。

「――あん時はフジにビンタされるわ、隊長には事情を話して、その上で基地を20周させられた。まぁ、初心に帰れたし、清々しかったよ」

「ハハハ、なるほどな。江藤さんは厳しいからな。タネが分かると、おかしいもんだ」

「だろう?あの時だってそうだったぜ。ガキの頃のお前の面倒を見てやった事あるだろ?ほら、お前らが休暇を取って、ウラジオストクの市街地に出かけてた時――」



――1937年 ウラジオストク

休暇でウラジオストク(扶桑名・浦塩)鎮守府を訪れた北郷達。当然ながらその予定を知っていた黒江と智子は、後の上官である源田実や、山口多聞とのコネを作る目的で、浦塩鎮守府を訪れた帰りに、三人を尾行した。未来でスパイスキルを鍛えた後であるので、尾行は容易だった。そこでちょうど……

(あ!あの子、アルコール入りのサイダーなんて飲んじゃって!大丈夫なの?)

(んなわけあるか!アイツはおちょこ一杯の酒でも酔っ払うくらいの下戸なんだぞ。……あ〜〜!)

二人は、大量にアルコール入りのサイダーを飲んだため、酒乱状態に陥った坂本を目撃した。若本を空瓶で殴って気絶させると、『アッハハハ!!』と奇声を上げながら、泥酔状態で走り去ってしまう。

「み、美緒ちゃんがおかしくなっちゃった……!」

と、半分パニックな竹井。と、そこに偶然を装って、二人は姿を見せる。

「お〜い、竹井!」

「あ、陸軍の……」

「任務でここに用があってな。何があったんだ?」

「美緒ちゃんが、美緒ちゃんが……出店のサイダー飲んだらおかしくなっちゃって……これです」

空き瓶を差し出す。二人はラベルを確認する。すると……。

「あー……見て、綾香。これ」

「あ〜〜!こりゃまずい。完全に酔っ払ったな。おっちゃん、代金はいくら?」

「試供品だから、代金はいいよ。こっちにも非があるしね」

「分かった。穴拭、若本と竹井を頼む。私は、あの酔っぱらいヤローを追う。竹井、坂本はどこに行った?」

「あっちです!」

「おっしゃ!」

黒江は得意の忍者スキルを活用し、建物の屋根を走ったりして、坂本を追う。忍者そのままの動きなので、竹井は見とれた。



「――よしてくれよ。その時のことは。覚えてないんだぞ?私は」

「ほんと、お前。意外に足速いんだなと思ったぞ?すばしっこいから、捕まえるのに苦労したぜ」

「あの時の美緒、本当に暴走してたわよ。『私は扶桑一の魔女になるんだ〜!!』とかいって。でも、黒江さん。あんな忍者みたいな技能、どこで?」

「未来世界に行った時、戸隠流の門戸を叩いてな。宗家やその師匠さんから直々に仕込まれたんだよ。ってな訳で、由緒正しい流派仕込だ」

「忍者やれますよ、それ。凄いですね。その向上心。私も見習らないと」

「良ければ、紹介状書くぜ。」

「私もそろそろ減衰期に入るから、お願いします。それに、子供の頃からちょっと憧れてたんです。忍者に」

「あ、抜け駆けだぞ、醇子!」


――黒江は、忍者スキルで坂本(少女期)を追う。だが、子供時代なためか、青年期よりもスタミナがあるらしく、坂本はスパ○ダーマン張りの動きで建物のてっぺんに登る。

「なぁ!?あいつ、スパ○ダーマンかよ!?」

その建物は、某大手デパートの浦塩支店であった。6階建てほどの建物で、日本橋付近にある同店舗と似たようなデザインの建物だ。

「どいて!通ります!」

人混みをかき分け、その店舗の前に立つ。すると。

『私は扶桑一の魔女になるんだー!!』

と、屋上で高笑いしながら、歩を進める。だが、その先には。

「危ない!!」

「落ちるぞ―!!」

と、一般大衆の悲鳴や怒号が響くが、泥酔状態の坂本には届かない。案の定、坂本は足を踏み外し、落下する。

「あーもう、しゃーねー!!」

黒江はコートを脱ぎ捨て、軍服姿で跳躍する。忍者じみた跳躍だったので、周囲からどよめきが起こる。そして――。

「あらよっと!」

坂本を受け止め、受け身を取って着地する。周囲の大衆からは歓声が沸き上がる。

「坂本!」

「美緒ちゃん!」

智子と竹井の通報で、事を知った北郷が人混みをかき分けながら駆けてくる。顔はちょっと青ざめている。

「く、黒江少尉(当時は中尉になる前)……、坂本は……?」

「大丈夫、疲れて寝てるだけですよ」

「うぅぅん……おねーちゃん……」

と、うわ言を言う坂本。黒江の腕のぬくもりが、実家の姉を思い出させたらしい。

「すまない。君達をとんだ事に巻き込んでしまった」

「いえ。こいつの意外な面が見れましたから。面白かったですよ」

「そうだ、坂本が目覚めるまで、面倒を見てくれないか?私は鎮守府に用事があってね」

「了解」



「――ってな事があってな。実家の姉貴の夢でも見てたんだろうなと思ったぜ?」

「う、わわあああああっ!宮藤や菅野、下原には言うなよ!?絶対言うなよ!?」

「美緒ったら。それほど恥ずかしいことでも無いでしょう?」

「そうそう。子供の頃は家族が恋しいもんだし」

「お、お前らなぁ〜〜!」

笑い合う一同。空母の乗員の様子が慌ただしくなる。

「おい、どうした?」

「敵の戦艦部隊が再攻撃をかけてきたんです。甲板に上がれば、様子が見えますよ」

「何、敵の戦艦部隊が?」

一同は甲板に上がる。すると。戦艦部隊が砲撃を開始したのが見えた。

「凄いな。ここまで衝撃が届くなんて」

「近代の戦艦同士の砲撃戦はよほどの事でもない限り、相手の艦がはっきり見えるくらいの距離でドンパチするのはあり得ないからな。基本、20000mから30000mまでのところで撃ちあう。だから、敵弾があらぬ方向から飛んでくることがある。ほらな」

敵艦を有視界に捕らえての戦闘が、戦艦の真骨頂である。ぼんやりとしか敵艦は見えないが、近代装備抜きでの砲撃戦を行うあたりは、彼らに、未知の近代装備よりも、扱い慣れた砲を信仰する乗員が多かったためだ。

「あ、大和型に着弾しなかったぞ?」

「夾叉はしてる。いい腕よ、敵の砲手」

「向こうにはSHSがあるからな。次あたりで当てんと弾頭投射量的意味でヤバイぞ」

遠雷のような大和型の砲撃音が響き、46cm砲弾が宙を飛ぶ。装填速度は熟練度や、機構の改良で。以前よりも早まったとは言え、平均で35秒ほどであり、米戦艦に比べると、依然として不利である。これが後に『速射砲』化される要因となるのだ。

「あ、敵弾が当たるぞ!」

ガインという音が響き、砲弾が弾き飛ばされる。大和型の強化されたバイタルパートに当たったためだ。負けじと、大和型『甲斐』も撃ち返す。弾種は徹甲弾だ。

「良いコースよ。この分だと、数発は当たるわ」

固有魔法で弾道を観測する。甲斐が放った砲弾は、数発は海に落ちたが、数発は敵艦の装甲を穿つ。

「サウスダコタ級に当たったわ。船体に穴が空いたようよ」

「流石、お前の超視力は凄いな」

「未来には、何の訓練も無しに、しかも眼鏡で600mの距離をピンポイントで普通に当てる子がいるから、このくらいはどーって事ないわ。その子には超視力を併用しても勝てなかったし」

「信じられん。扶桑海の電光と謳われたお前がか?」

「ええ。見たら多分、腰抜けると思うわ」

圭子がこの時に言及したのは、のび太の事だ。素で圭子を上回る射撃の精度が(訓練なし!)あるため、密かに、射撃の精度だけでも、のび太に追いつこうと秘密特訓中なのである。(この時の特訓が実を結び、メルボルン五輪での栄冠に繋がるのだが、それは未来の話)圭子が狙撃で勝てないと言及したのは、のび太と、デューク東郷だけであり、彼らの技能が卓越したモノであるかがわかる。


「凄いな。あの対空砲火。隙がない」

「CIWSと、補助武器の75ミリ砲も近接信管入りだから、プロペラ機じゃ蜂の巣よ。ジェット機でも容易に近づけない弾幕よ」

「なんでそこまで強化したんだ?」

「単艦で350機以上の航空機の反復攻撃に晒されて沈むのが通例だからよ、大和の。だから、ハード・ソフトの両方をグンと強化したのよ。汎用艦に仕上げあげられたから、対潜戦闘も可能よ」

――近代化された大和型の防空力は史実のこの時期の米軍空母機動部隊の平均的な空母であるエセックス級の艦載機を全機まとめて叩き落とせる程度の処理能力を持つ。そのため、砲戦をしながら、防空戦闘もこなせる。また、防御力も度重なる改造で、ルナチタニウム合金がバイタルパートに使用された(後に、更なる強度の硬化テクタイト版に換装)ため、この時代の武器では、艦橋部を徹底して破壊して沈黙させるか、後は拿捕しか方法はない。

「しかし、どこで整備するんだ?未来技術入れまくったら」

「浮きドックや大神、横須賀、南洋島の最大工廠のみよ。この時代の設備じゃ能力不足だもの」

「うーむ……。ん?なんだあの艦。リベリオン艦のマストじゃないぞ?」

「ん?あれはガリア艦だ。MACになってる……えーと、なんだっけ」

坂本は高能力双眼鏡と魔眼、圭子は超視力を限度いっぱいまで用いて、敵艦の中に、妙な艦が混じっているのに気付く。

「どうした?」

「ガリア艦が混じってるのよ。それも新鋭艦らしい艦が?」

「リシュリュー級か?」

「いや、主砲配置がオーソドックスな形に落ち着いてる。もしかすると、その後継型?」

「馬鹿な、そんなのがいるとは聞いてねーぞ?」

首をかしげていると、作業中の空母の甲板要員らら口を挟む。

「もしかして、アルザス級じゃないか?完成していたのか……」

「アルザス級?」

「フランス最大最強の戦艦だよ。リシュリューの発展で、日本で言えば超大和相当の未成艦さ。確か、四連装砲塔が三基、もしくは三連装砲の三基のはずだよ」

「うーん。ここからじゃ、そこまでは……」

「英艦は下がらせたほうがいいんじゃないか?」

「そうだな。記憶が正しけりゃ、三連装なら、40cm砲プランで、フランスの最高艦砲の貫通力、長門型戦艦の舷側装甲板を易易と貫通できるはず。ライオンじゃ無理だ」

「いや、リベリオン本国に曳航させて、アイオワ砲載っけたかもしれないぞ?寸法違うけど」

「ああ、それはあり得る?」

「なんで?」

「規格が違うのがあったら、兵站の負担になるだろう?リベリオンの国力なら、バーベット抜いて作りなおしてでも載せるのはあり得る。そうなると、SHS使えるから、やっぱりライオンじゃ無理だ」

「ブリタニアが聞いたら怒るわよ?」

「厳然たる事実さ。1941年度の設計で造られた場合のライオン級は、所詮はKJXの火力強化にすぎないしな」

甲板士官らは言う。それなりに戦艦についての知識はあるようで、ライオン級を酷評した。ライオン級も史実の1942年度設計であれば、48000トン級の強力艦だが、1941年度案であるため、大和型・アイオワ級に比して力不足な艦となってしまっている。

「お、おい、加東。デューク・オブ・ヨークの主砲が沈黙したぞ!」

「何!?まずいぞ、故障か!?」

「戦艦の主砲は精密機械だ、特別な改装を受けていない場合は壊れる可能性はつきまとう。案の定だな」

連邦の甲板士官らは冷ややかだった。戦史を知っていれば、ビスマルクとの追撃戦の際のプリンス・オブ・ウェールズの主砲は故障しまくったという記録が残されていたからだ。デューク・オブ・ヨークまで改装を施すだけの余裕はブリタニアに時間的になく、それが仇となった。そして……。

「ああっ!」

両用砲に主砲弾が命中し、大爆発が起こる。両用砲に装填された炸薬が誘爆し、砲塔がぶっ飛んだからだ。

「デューク・オブ・ヨークが燃えてるぞ!ダメージコントロールはどうしたんだ!?」という悲鳴が上がる。ブリタニアの誇る新鋭艦の一角が一撃で大ダメージを被ったからだ。そして、追撃と思われる砲弾がデューク・オブ・ヨークを夾叉する。

「主砲塔にトラブルがあったのか!?何故撃たない!」

「イギリス艦の四連装砲塔は、砲塔の戦闘室は一つだ。故障が起こればダメだ。それに、欠陥があるんだよ。あれを見な。第二、第三砲塔が上部構造物に近すぎる。俺の先祖の手記によれば、射角は左右35゚しかないそうだ。だから、元から米の新鋭艦には不利なんだ」

40代の英国系の士官が言う。自国の兵器ながら、KJXが微妙な戦艦であるのを、先祖の手記からか、認めているらしき辛辣な発言だった。

「うちの先祖の手記にあった。『こんな欠陥戦艦作りやがって!』ってな。やれやれ」

「でも、『アイオワは長すぎてキールが捩れるから斉射は出来ても斉発は出来ない』という話もありますぜ。ってことは、その改良型の『モンタナ級も同じ症状持ってる』可能性が高いっすよ」

「と、いうことは、そういう点だと大和型が優位だな。問題は時間あたりの投射量だな」

士官らの話を、圭子と坂本らは関心して聞いている。本職でないのに、詳しいからだ。

「あなた達、本職じゃないのに、詳しいわね」

「ああ。宇宙戦艦で研修受けたりする都合上、嫌でも詳しくなるさ。宇宙戦艦だと、臨時で砲手やらされることもあるし」

「お、大和型が撃ったぞ。当たるか?」

「大丈夫、このコースならいけるわ!」

圭子は大和型の放った一式徹甲弾の弾道を観測する。モンタナ級『モンタナ』へ向けて突き進む。徹甲弾はバイタルパートに突っ込むが……

「駄目だ、弾かれた!」

「入射角度が浅かったか!傾斜装甲に弾かれたんだ!」

「あ、モンタナと僚艦から砲火が!」

モンタナがお返しに放った、SHSがバイタルパートに命中する。これも弾く。艦隊戦の実況中継と化する空母の甲板であった。空母艦隊は砲撃戦には加わらないので、傍観者の立場なのも大きかった。

「お、戦艦隊が変針するぞー!」

「何、小沢さんは何を考えてるんだ?」

「小沢さん、大和型で東郷ターンでもする気か!?」

「おい加東、なんだそれは!」

「未来世界の過去の日露戦争で、かの東郷平八郎元帥がやった戦法よ!教えておいたけど、小沢さん、大和型と三笠型ででやるか!?」


――圭子の言う通り、小沢治三郎は富士と護衛艦らを率いて、肉薄交差戦から同航至近距離射撃へ移行させる。ネルソン提督の使ったネルソンタッチと、東郷平八郎の東郷ターンを複合させた戦法を見せる。モンタナ座乗のティターンズ海軍提督は『東郷の後裔め!ネルソンタッチと東郷ターンを使うか!面白い!』と、小沢治三郎に挑戦する。ここに、海戦最大の見せ場である、最強の艨艟達が雌雄を決する戦いが生起する。史実で成し得えなかった『大和型戦艦対モンタナ級戦艦』。造船科学が生み出し最強の海獣がぶつかり合う――



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