外伝その138『舞台裏2』


――野比家はいつしか地球連邦軍/連合軍(ウィッチ世界)の指定宿舎扱いになっていた。西暦2000年時点の野比家は、再開発で10年以内に立ち退くことに合意していた(のび太に伝えられるのは6年後)なため、両親もとやかく言う事が無くなり始めたからだ。そのため、アルトリアは休養のため、野比家に滞在していた。


「まだご挨拶していませんでしたね。私はアルトリア・H・P・ツーザイン・ウィトゲンシュタインと申します」

「外国の方ですか?」

「ドイツから参りました」

「ドイツの方ですか。てっきり英国の方だと」

「先祖にイギリス人がいましたので、イギリスの血も入っています。ですので、それは間違いではないですよ」

のび太の両親に挨拶を済ます。ハインリーケの立場を受け継いだため、公のフルネームは『ツーザイン・ウィトゲンシュタイン』をそのまま使っている。ウィトゲンシュタイン家はノイエカールスランドへの空襲で、一族の殆どが死に絶えているため、幸いにもアルトリアの隠れ蓑として機能する。どの道、アルトリアは今回も王家の係累という立場に置かれたが、王をしていた生前よりは遥かに気楽なため、今回はブラウス姿を見せた。

「さて、のび太が本棚に置いたという『ハインリーケ』の資料でも見るか」

自我は完全にアルトリアになっているため、ハインリーケの事は『別人』と認識している。そのため、のび太が青年期の頃から取り寄せた『ワールドウィッチーズ』の設定資料を読み漁ったりして、ハインリーケを『演ずる』ための補強としていた。人柄は『独善的で性格に癖がある』のがハインリーケだったが、アルトリアは全く別の誠実な人柄であるので、共通点は殆ど無い。彼女はハインリーケから引き継いだのは実のところ多くはない。立場は受け継いだものの、立ち振る舞いなどはほぼ完全にアルトリアのそれとなったため、全くの別人であると言って良い。同僚のアドリアーナが祖国奪還に熱意を持つ事に賛意を見せ、騎士道精神を見せた事で、ハインリーケ要素はだいぶ薄れている事が分かる。

「なるほど……。しかし、私の質ではないな。この立ち振る舞いは」

ハインリーケは独占的な振る舞いが多かったが、アルトリアは紛いなりにも王位についていたのと、円卓の騎士を束ねていたため、協調性を重んずるところもある。そのため、ハインリーケを必ずしも全て演じきることはないと考えていた。だが、ハインリーケから受け継いだ要素は黒田への好意という形で表れており、黒田も『ハインリーケが融合前に遺した気持ち』と解釈し、アルトリアか黒江の護衛を引き受けている。それが黒田の黒田家当主就任決定の大義名分ともされた。黒江の武勇は既存の華族にも轟いており、その圧倒的な武勇に憧れる青年華族は多かった。事変での実像を掴める立場の華族ほど、黒江家を武門の名門と見做していたからだ。黒江家は確かに戦国時代は武士だったが、黒江の父の代で財を成したにすぎない士族であった。綾香の三人の兄達もそれなりの地位にいたが、なによりも、彼女の圧倒的な武勇が家を盛りたてる一番の要因だった。事変での武勇で一躍、地元の名士になったし、今回は映画にも出演に乗り気である事から、母親とも一応の和解に成功している。審査部での冷遇に最初に抗議したのも、黒江家の地元であった。智子が地元で名士扱いになった後に、軍内では『お局様』と冷遇されていた事例も噴出したのは、陸軍航空初の大失態として記録される。黒江が審査部でトラブルに巻き込まれていた僅か数年後のことであるのも、天皇陛下の逆鱗に触れてしまった。

「確か、こちらの記録での45年の初夏頃だったか。空軍設立の裁可が下る際、陛下が人事に物申したのは」

アルトリアが思い出したのは、カールスラントの新聞にも報じられた、扶桑空軍設立決定時のゴタゴタであった。空軍の実働部隊に陸軍系の人員が多い一方、首脳陣は源田実などの海軍系人員で固められている事は天皇陛下の意思も関係している。陛下は首脳陣を陸軍系人員を多くすることに明確に反対の意を示した。理由は公には、『陸軍は政治に口出し多いし、扶桑海で増長したので、ここらで力を削ぐ』とされたが、裏の理由としては、黒江と智子への冷遇への報復がある。真の忠勇なる者と評価していた二人を冷遇した事は天皇陛下には許せるものではなく、陸軍軍人では極めて異例と言えるほどにお気に入りなレイブンズを活用しようとしなかったのが、陸軍初の政治的敗北だった。(二人は転生により、自分を陸軍軍人とは思っておらず、『空軍軍人(航空宇宙軍)』と思っているのもあり、海軍軍人である源田を天皇陛下へ推挙している)

「言っていたな。扶桑海の時、うっかり海軍式の艦艇内の敬礼をしてしまって、それを当時の先輩達に見咎められて、殴り合いの大喧嘩になり、最終的に鯖折りされそうになったから、ダイヤモンドダストで凍らせたとか」

今回の事変中、レイブンズはトラブルメーカーとして名を轟かせており、江藤は他部隊との交流の度に殴り合い起こす三人に頭を抱えていた。特に二人は聖闘士の技能があるため、相手を凍らせた事も一度や二度ではない。従って、江藤の統制は効いていたか疑問である。また、三人は当時の時点で、周りから『浮いた存在』であり、戦後に疎んじられたのも無理からぬことである。アルトリアはその経緯を鑑み、三人もけして、そのキャリアで成功ばかりではないことを実感する。三人からは連邦軍の軍服も送られているが、当分の間は着る機会はないだろう。よく見てみると、『航空宇宙軍』とある事から、地球連邦宇宙軍の成り立ちが前史とは微妙に違うことが分かる。




――『今回』においての地球連邦宇宙軍は『航空宇宙軍』とも言われ、元来は航空自衛隊の宇宙部隊からの移行だったので、設立時は空軍色が濃かったのだが、宇宙艦艇の区分の整備と共に、海軍軍人の移籍が多くなり、海軍色が濃くなった組織である。23世紀においては当初の空軍時代の名残りはあまりない(一年戦争で完全に海軍化したので)が、ハンバーガーを常備している点でその名残りがある。『空軍』から、いつしか一般人に至るまで、『宇宙は海』の概念が広まったがために、『新時代の海軍』へと、その役目を変えた地球連邦宇宙軍。その為、宇宙艦を大型航空機と見做す者も長老にはいたりする。空軍軍人の黒江達が違和感なく馴染めたのも、空軍要素があるからだ。意外な事に、ペガサス級などの操舵士には航空機操縦資格が必須なのも、空軍要素の名残りと言える。また、海軍に比すると、航空部隊やMS部隊の現地指揮官の裁量権が大きいことや、隊長のカリスマ性で班を引っ張る要素は空自の要素である。空海軍の新たな進化系が宇宙軍である証明である――

「行く時にもらった青い騎士服に階級章をつけておくかな?少佐の階級章は取り寄せてあるし」

騎士服に階級章をつける形で勤務しようかと考えるアルトリア。連邦軍士官は基本的フォーマットさえ崩さなければ、ラフな格好での勤務も許容されている。(一年戦争後)規定の改定でかなり自由度が高くなっている。これはジオン軍の士官軍服がかなりファッション性のあるドイツ風のものだったのに対抗してのものだ。地球連邦軍の軍服はかなり不評であった事から、ロンド・ベル設立前後から自由度アップの方向へ傾き、旧エゥーゴの規則が採用されていたりする。

「ふむ……。どうりで、アドリアーナ大尉が驚いたはずだ。それと『ハインリーケ』はカールスラントの王位継承の可能性もあったのか」

本を読みながら、アルトリアは勉強していく。ハインリーケと融合したとは言え、全ての記憶を正確に受け継いだわけではないので、その辺りは誤魔化すしかないが、アルトリアにとってはこれから生きていく上では必要な事だ。立場を受け継いだ者としての責務であるのだ。

(私はこの子の肉体を依代に現界した。それと引き換えに、この子の立場を受け継ぐ。日誌などを読み、思い出すようにして、脳の記憶を引き出すしかないな……)

アルトリアの現界時、ハインリーケの肉体は、記憶の消去を防ぐため、記憶に強力なプロテクトをかけていた。その名残りにより、アルトリアが引き出せる現時点のハインリーケとしての記憶は大まかでしかない。黒田に言って、ハインリーケの私物を送ってもらうが、それで細かい記憶を思い出せるのか不安はある。第二の生はアルトリアに取って、前途多難な船出と言えた。

「この時間軸が2000年で良かった。2007年以降では、アキバなど行けたものではないからな……色々な意味で」

のび太の本棚には共有物も増えており、アルトリアを苦笑いさせた『モノ』もあった。のび太は青年期を迎えないと、PCなどは買い揃えられないため、それは主に漫画版で忍んでいる。いずれもタイム自動販売機で買い揃えた漫画だ。その辺りはのび太のストライクゾーンの広さを窺わせる。

「のび太。彼のストライクゾーンはかなり広いな……。恐らく、大佐たちの私物もあるだろうが……あれやこれやを全て知っていたのはズルいな…。しかし、ここまで合っていると不気味だな」

生前のことはピタリ合っているが、それ以降は自分は少なくとも違う。恐らく、そうなる前にZ神が魂魄を確保していたのだろう。つまり漫画でいうところの『聖杯戦争』にいたる可能性は、少なくともウィッチ世界と未来世界においては、Z神が魂魄の確保に奔走していたがために消えたと推察すべきだ。(あるいはその舞台になる地が存在しないなどの要素、魔術的な阿頼耶識へのアクセスをZ神が封じていたなどの神的要素)

「あのお気楽極楽の十二勇士が言っていた事も、嘘ではないという事か。ジャンヌの事を調停者と呼んでいたのもこれが由来だな…。しかし、私の空似が多すぎないか?」

アルトリアは変なところが気になった。自分の空似な人物が実に多い。髪型だけで言うなら、少なくとも3人が該当する。モードレッドはアホ毛がないが、ある意味では該当する。アルトリアは苦笑交じりに本棚の本を読み漁る。しかしながら、自分は俗に言う『リリィ状態』を経験している世界線なので、漫画での自分とははっきりした差異がある。ブリテンの滅びは漫画では、モードレッドの反乱がトドメになったとされるが、アルトリアがいた世界線では、そこに至る流れが緩やかなものであった。どの道、モードレッドと相打ちであったが、アルトリアがリリィ状態を経ていた事が和解が容易であった要因であろう。

「私が修行であの姿でなかった場合、ブリテンは急速に滅亡へ向かう、か。なんとも複雑だが、私は強き王という虚像に踊ろされていたかもしれないな……。Z神へ感謝せねば……」

実感するは、第二の生への感謝と、自分が辿り得た別の可能性を知れた事だった。ハインリーケの立場を得たが、気質がドイツ人では無く、英国人なので、そこも苦労するところだ。(ドイツ人のように、ビールを飲む習慣もないし、ジャガイモが主食ではない)

「はっ!?い、いかん!!ジャガイモを用意されても、どのようにすればいいのかわからん!!ビールもあの時代にはブリテンにはない!!」

アルトリアは英国人。ハインリーケはドイツ人であるが故の意外な齟齬。それに気づき、しばらく悩んだ末、しずかに連絡を取った。

「と、いうわけで……」

「そういうところは受け継いでないんですか?」

「私はイギリス人でしたので……。それと、生前は食事には無頓着でして」

アルトリアは生前の時代もあるだろうが、後世の基準から見れば『極めて雑』な食事を取っていた。モードレッドから見ても雑であったとの事で、ビールのようなポップ飲料も英国(ブリタリア)に伝わったのは15世紀の中世。アルトリアの在世中は影も形もない。しずかもこれには困った声を出す。

「ワインは無かったんですか」

「上流階級でしたので、飲んだ経験はあります。円卓を囲んで飲んだ経験もあります。ビールの類は遥か後の時代なので…」

「私の家に来てください。ちょうどジャガイモ料理をのび太さん達への差し入れで作ってたたから」

「ありがとうございます、静香」

静香はダイ・アナザー・デイ作戦には殆ど関わっておらず、のび太らへ食事などを差し入れる役割を負っていた。これは男性陣が静香を最前線に置くことに悩んだ事などが要因だが、しずかも『やる時はやる』性格である。のび太は届ける時の護身用という触れ込みで、スーパー手袋を渡しているが、これはアフリカの冒険の際にゴリラをそれでボコボコにした経緯を鑑みたセレクトだが、基本的な性格は戦闘向きではないが、針が振り切れると、男性陣顔負けの勇気を示す事もある。徹底的に追い詰めると、窮鼠猫を噛むの如く、信じられない勇気を出すため、単なる臆病者ではない。これは黒江も智子も、レヴィ(圭子)も一目置くところだ。黒江たちの弟子筋の調、箒、美琴の三者も、静香を軽んじていないのは、自分たちとは違った形で勇気を示す事を知ったからである。



――アルトリアは静香の家に行く前に、ドラえもんが管理委託されている兵器群のチェックを行う。地下空間には、デザリアム戦役までに持ち出される兵器もかなりあり、ドラえもんがかなりの数の機密兵器の管理を委託されているのが分かる――

「これは……。デザリアム戦役の時の最新兵器……。こんなところにストックさせていたのか。ジェイブス、フリーダム……。こちらはVF-31、VF-25、YF-29…」

デザリアム戦役直前までの時間軸の最新兵器が中隊規模でストックされていた。中には量産型グレートマジンガーの第二期生産型もあった。ドラえもんが幾重のプロテクトで守っているのも窺える。デザリアムとの接触で持ち出された機体もあるようで、格納庫には空きが出来ている。

「そう言えば、イスカンダル救援の時にいくつかVFを持ち出したとか。しかし、量産型グレートマジンガーなど、誰が使うのを想定しているのだ?」

量産型とは言え、フルスペックのグレートマジンガーを動かせるパイロットは早々いない。ドラえもん組ではジャイアンが志願しているが、ジャイアンは操縦が下手であるので、候補としては微妙なところである。鉄也としては、兜シローの成人と共に、一機を与えたい思惑があるようだ。フルスペックのグレートマジンガーが量産された背景には、ガンバスターの量産型『シズラー』のいくつかがティターンズ系残党に横流しされた事が判明したので、テロ抑止の意図も含まれている。当初の計画では、マジンガーZの量産が意図されていたが、設計図が残っていないことなどの理由で断念され、グレートマジンガーが選定された。量産型グレートマジンガーの科学要塞研究所直轄管理モデルは概ねフルスペックであり、性能面も完成時のオリジナル版と同じだ。これはマジンガーZならば『MSと整備インフラが共用出来る』はずだったが、MSが高性能化で大型化したので、むしろ、グレートマジンガーのほうが適していると判断されたからだ。(あとは操縦性の問題か)

「本家より改良されているようだが、アトミックパンチやGブースターとの合体がオミットされている。地味にコストダウンされているようだな」

グレートマジンガーは本家の最終時スペックから削られた機能も多いため、相対的に本家をそのまま量産するよりは低コストである。初期生産型が駄目になったのは、リ・ガズィと同じ理由である。第二期生産型でスクランブルダッシュが復活しているのはそういうわけだ。装甲強度その他はオリジナル版に準じているので、性能面での劣位はない。なお、早乙女研究所亡き後に、ゲッター関連の資産管理を受け継いだネイサーでも、ゲッター軍団計画は進んでおり、デザリアム戦役には間に合わずとも、ボラー戦役までには整備したい思惑が見える。

「デザリアムまでには配備と訓練は間に合わないだろうが、量産初期段階にまでよく持っていけたものだ。感心する」

デザリアム戦役直前の段階までに、軍に引き渡された量産型グレートマジンガーの数は少なく、デザリアム戦役の大勢には大きな変化は与えていない。これは地下勢力の混乱をも引き起こす。まさかグレートマジンガーをそのまま量産するなど、普通では考えつかないからだ。(弓弦之助がマジンガー量産の反対論者である事は有名だったからだ)

「ん?2017年のニュース?何々、扶桑もそれなりの対策と言おうか、報復を日本にしたな」

アルトリアのタブレットに入って来た2017年におけるニュースだが、扶桑の気象情報、地震予測などの当時の『軍事機密』が21世紀日本により、一般に『公開』されてしまったため、扶桑が何らかの報復をしたらしいのが報じられた。これは日本にとっては、扶桑の大半の軍事機密は過去の遺物であり、また、彼らの常識においては『公開するべきモノ』とされていたので、善意から民間予報会社が公開したのだが、扶桑軍には寝耳に水の出来事だった。軍部の要請を受けた気象庁が、予報業務の許可取り消しをカードに脅し込みで説教、扶桑の機密保持関連法で家宅捜索により、扶桑での業務が出来なくなるというのが気象関連の顛末だが、扶桑の一般国民の嘆願と焼き討ちも起こったので、互いの気象庁の協定で、週間予報は発表せず、毎日三日後まで予報を出す事で決着した。日本と扶桑の考えの相違で思わぬ被害が出た例だが、偵察衛星が飛び交うようになったので、地図については機密指定から外された。(衛星でバレているので)また、日本側の要請で、表現の規制などは見送られた(日本側が史実の敵性語運動を引き合いに出し、内務省やマスコミの過激派を屈服させた)ので、扶桑は扶桑海事変時のような戦時体制の構築は失敗する。日本から流れてきた反戦風潮も戦時体制構築の失敗の要因の一つだった。その結果として、扶桑軍部は戦時とも平時とも言えないような態勢で戦争準備期間を過ごすことになる。池田勇人や岸信介が『戦備には不足』と言った背景にはその予算の中途半端さにあった。1945年の8月頃に日本連邦として提示された軍事予算は中途半端なものだったが、扶桑軍部の思惑を無視し、自衛隊と同感覚で提出した日本側の見識を窺わせた。扶桑の直接戦備整備はこれで殆どが変更を余儀なくされ、代わりにインフラ整備が急務とされ、揃えきれない直接軍備は亡命リベリオン軍の近代化と増勢で補うとされた。それに伴い、補給関連業務を司る輜重兵科の地位が大幅に上がり、作戦構築に重大な役割を担うとされたり、海軍特務士官の地位が兵科士官と同格と明記されたりした。45年秋のウィッチによるクーデターは、ウィッチが一つの兵科と見なされなくなった事への反発であり、この時の厳しい処分が原因で、今度は空母ウィッチ部隊の形骸化を引き起こす。ウィッチは全体として新規志願が減勢であるのと、中途退役者も二年の間に三桁に到達していたので、航空ウィッチ分野で言うなら、ウィッチ部隊の前途はダイ・アナザー・デイ作戦の段階で、G/Fウィッチに託されていたと言っていい。これは扶桑のウィッチ達の素養発現率が不思議な事に、45年8月からグンと下がっている事(8月15日を境に)、エース達の大半の高齢化(計算すれば、あと4年で大戦前期までのエース達は上がりを迎えるはずであった)の問題が航空ウィッチ分野に重く伸し掛かっていたからだ。戦時を控えたこの時期に、航空ウィッチの新陳代謝が起こった場合、リベリオン軍の前に扶桑軍の敗北は必至である。そう考えた吉田茂。ウィッチの存在意義の確保のため、黒江達に考えられるだけの特権を与えたのも、この思惑のためだ。その黒江達の補助として、戦える教官級を送り込むのが、潰された『東二号作戦』の真の目的である。黒江達は人外級に強いが故に、その軍生活で反発を買い続けている。それを不憫に思い、三人の戦果の突出を防ごうとした陸軍航空関係者は、黒江達の補助という名目で、大量にダイ・アナザー・デイ作戦に従事させる予定のウィッチを明野航空学校から送り込もうとしたが、日本側に誤解で阻止された。しかし、これは日本側の重大な判断ミスであった。その人員の内、主力を載せた『あきつ丸』は既にセイロンを通過しており、日本連邦軍戦略会議は紛糾した。また、命令にウィッチらが反発し、黒江らを慕う一部の古参は独断で発艦し、欧州行きの空母に向かった事も通達された。黒江らと接点があった世代は高齢化もあり、45年当時では少数派だったが、古参の更にリーダー格の人物らが『義勇兵でいいから』と、発艦していったので、大問題になった。


――2017年 日本連邦軍戦略会議――

「どうするつもりです?あきつ丸は既にセイロンを通過しており、補給物資を大量に積んでいる。前線では切望されている機材も積んでいる」

「前線ウィッチの交代要員も乗船していたと言うのに、それを今から本土へ返せと?無茶苦茶だ」

「黒江達だけで前線を死守せよというつもりか?無茶もいいところですぞ」

扶桑皇国軍高官らが口々に日本側参加者へ愚痴る。これが俗に言う、『あきつ丸問題』だ。東二号作戦の取り消しはされたが、既にあきつ丸はセイロン島を通過しており、次の寄港地はアデン。多くのウィッチが不満を述べており、黒江達を特に慕う古参中の古参(到着の暁には大隊長に着任予定だった者で、教官級のトップに君臨していた層)達が独断で辞表を出してグループぐるみで離脱していった事も通達された。黒江達は扶桑海事変経験者や第一次現役時代中に部下だった者達から慕われており、辞表を出して離脱していったのは、黒江達が第一次現役時代の際、黒江達の率いる中隊に属していた経験がある古参中の古参。現時点では至宝と言える練度のウィッチ達だ。当然、ウィッチという存在への理解が足りていない日本側は答えに窮した。黒江達は扶桑では国家英雄扱いであった事を遅まきながら理解したからだ。ウィッチは費用対効果は薄く、地球連邦軍の協力でようやく育成費用回収のめどが立ったというのに、これで離脱されたのは痛手である(事を理解した者達は即座に現地のG機関に合流、エージェントという形で黒江達の下に馳せ参じる事になる。作戦後、辞表は不受理処理され、設立された空軍に改めて雇用され、64Fに配属されたと言う)。

「君たちはウィッチについて無知なのは分かるが、もう少し、現場の状況を見たらどうだね?」

大西瀧治郎海軍中将が遺憾の意を示す。山口多聞の同期であり、ウィッチ世界では、山口多聞と並び、黒江達の支援者であったが、リンチ事件で軍病院に半年ほど入院していて、復帰後初の仕事だった。その為、日本側には『特攻の発案者』という色眼鏡で見られがちである。しかしながら、ウィッチ世界では、黒江達の支援者であったため、史実より聡明であるところを見せており、日本側を圧倒していた。

「現場では黒江達が活躍しとるが、それは多大な負担を強いておる上での事だ。普通なら後方で指揮していい階級だが、前線指揮をしているのだよ?負担を軽くしてあげようという気は無いのかね?」

「しかし、交代要員がいるのでは?」

「それを送っとるところだったのだ!」

大西の憤る声に、日本側の防衛省背広組の関係者は顔面蒼白だった。ウィッチはパイロットと違い、交代要員が確保しにくいのだ。予想外の扶桑側の猛抗議に顔面蒼白で言い訳に終止する背広組、制服組(黒江の息がかかっている者)の参加者は『だから言ったんだ』と呆れ顔だ。

「これを見給え」

扶桑側の最上位参加者である畑俊六元帥がプロジェクターを用意させ、映像を見させる。それは黒江達の激闘ぶりだった。リン・ミンメイの如く歌って、将兵を鼓舞したり、MSや戦闘機へ乗って、殆ど休まずに出撃する姿だった。交代要員が部隊にいない証明だった。黒江達が超人であるから成立する事だが、見ている方が気の毒になるくらいの多忙ぶりだ。畑元帥は静かに言う。

「我々の本来の意図がお分かり頂けたかな?彼女たちは我が国最強のウィッチだ。交代要員も相応の人員でなければならないが、彼女たちは現時点では陸軍所属のウィッチだ。それ故、教官をしていた者達の中でも精鋭を選んでおったというのに……」

「それについてはお詫び致します、元帥……。我が国から自衛隊と義勇兵を増員するよう、総理に進言いたしますし、物資も次の便では倍に増量致しますから、何卒ご容赦を〜!!」

「この不始末はどうつけるつもりかね?防衛省の見解を聞きたいのだが」


「申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません……」

「言い訳は結構」

畑俊六は孫くらい年齢が離れているだろう防衛省高官を責めてみる。日本人は責められると言い訳に終止する癖があるのか、『申し訳ございません』を繰り返すばかりだ。

「我々は解決策を聞いているのだよ、君」

田中静壱陸軍大将も続く。防衛省側は彼らの毅然とした態度に圧倒される。単なる官僚では、実戦経験のある大将や元帥級の軍人達の前に立つには役者不足なのが分かる一幕だった。見かねた制服組の一人が言う。

「閣下、私達の責任をかけて総理を説得し、必ずや、我が自衛隊の派遣を増員いたします。それと、ウィッチらを離脱させたのは、こちらに非があります。彼女たちの責任は問わないようお願い致します。前線は我々の力の及ぶ限り支援致します、騒ぎの始末は外務省、内閣府が鎮圧にあたっております」

「それが聞きたかった。手配は済んでおる。あとは君ら次第だ」

戦略会議は防衛省背広組の無関心からの失態を制服組が庇う形となり、背広組と制服組の温度差も明らかになり、代替案が決議された。離脱したウィッチ達の責任は『無かった』事にされ、元々、上がり寸前の『老兵』だったのを良いことに、Rウィッチ化して馳せ参じ、黒江を驚かせたという。また、事を聞いた黒江が、『統括官』としての権限で指名し、呼び寄せる形で、帰国途中だった者の内の数割は呼び戻す事に成功する。レイブンズの誰かかしらの部下だった経験がある者達が呼び寄せられたので、実年齢が19歳から20代の老兵の年齢層なのは否めないが、実力は確かである。最後にニュースはこう綴られていた。『日本側の誤解は解けたものの、被った実害の大きさに、扶桑軍は思わぬ受難を被ったのだった』と。これは2017年の2月頃のニュースである。正に、タイムマシンが為し得た業である。黒江は将補からの昇進は嫌だと言っているが、日本側は平成時代の今上天皇の手を借りてでも、黒江を将にしなければならない。功績には相応の賞がなければならないと、総理大臣、はたまた平成時代の今上天皇から昭和天皇へ伝えられたという。黒江の我儘に、防衛大臣も、人事局も困り果て、総理大臣も困り果て、天皇に上奏し、そこから更に昭和天皇に話が伝わり、平成の今上天皇と協議が行われたのが流れだった。黒江がロスマンに空将と言ったのは、作戦中に実質、空将待遇になっていたからである。

「メールで伝えておこう。『大佐、貴方は自衛隊で将になった模様です。これは陛下直々の辞令だそうです』と」

別のニュースで黒江の空将昇進が報じられていたので、それをメールで伝えるアルトリア。黒江はこれに『お上直々じゃ断れねぇ……。親父に知れたら大事になっちまうじゃねぇかよぉ』と、半分震え声風の文面で返してきた。お上のお手を煩わせた。やはり皇国軍人として、天皇陛下と聞いたら、いっぺんで畏まる習性がついているらしい。しかも子爵への昇爵もセットであり、さすがの黒江もこれには平伏した。『天皇玉璽と日扶の国璽が並んでる辞令なんだぜ?堪らんわ。ああ、官報に載るから、親父と兄貴達、目を回すぞ…』とますます震え声の文面であった。しかも戦闘中に返してきているという器用な真似をしている。黒江の父は今回、綾香の懸命の努力が実を結び、ガンの早期治療に成功、事なきを得ていた。母親は子供の頃の経験により、今回も好いていないが、父は心の底から敬愛しており、黒江の空将昇進を最も喜んだ。その父から作戦後に電話で祝いの言葉を述べられ、ホロリと涙し、智子と圭子にも黒江父から『娘をよろしくお願いします』との言葉をかけられた(圭子としては転生時の経緯故、気持ちは複雑だが、父の存命は黒江が望んでいた結果であるので、黒江父にその事を内緒で伝え、父はそれを受け入れ、圭子と智子に改めて娘を託したという)

――アルトリアが後に記録したところによれば、黒江の父は愛娘の最大の秘密を、綾香の兄達の中では最も親しい仲であった三男にのみ継承させて、その数十年後、天寿を全うしたという。そのことが黒江の義理の娘であり、三兄の孫娘である『翼』が後に、黒江家の次期継承者とされた根拠でもある。圭子は彼の願いを汲む形で、綾香当人にはそれを伏せておく。自身は転生時の償いも兼ねて、今回はずっと黒江の側にいる事になる。それ故、レヴィ化する事が常態化してゆく事になる(色々と気苦労が多いためでもある)のである。そんな圭子の気苦労を紛らわすのが『レベッカ・リー』として過ごすという選択である。アルトリアは黒江と圭子の双方に仕える事になるため、圭子(レヴィ)の話し相手になったり、黒江の面倒を見るのが生活の一部となっていくのだ――

「さて、出かけるか」

アルトリアはタブレットを見終え、静香の家へ向かった。休暇中の何気ない日常だが、黒江に纏わる『最大の秘密』が、敬愛する実の父親に明かされる流れを作る出来事が起こるなど、けしてなにも起こらないわけでは無い。黒江が掴んだ幸せ。そこに至るまでの苦労を伝えるのも、ゲッター線の使者としての役目だと圭子ならば言うだろう。静香の家へ歩きながら、圭子の気遣いに思いを馳せるアルトリアだった。



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