外伝その178『戦場に戻って』
――智子は転生を繰り返す内に、黒江を当初、『自分の名声』の復活に利用した事へ罪悪感を持つようになっていた。今回の歴史では、レイブンズの名声でスオムスでの功績も公表されているが、転生前は機密処理され、智子はウィッチとしての後半生を飼い殺しにされ、お情けで大尉になる予定だった事を未だに恨んでおり、それも軍広報部を困惑させていた。智子は、黒江が最初に歴史改変を行った際には、自分の名声を昔通りに戻す事を第一に考えていた。つまり、黒江をいい出汁に使ったのだが、黒江の内面を転生を繰り返す内に知ったことで、次第に罪悪感を強め、今回の転生の際、圭子にその下心を見抜かれ、黒江を利用したことを咎められ、基地を凍らせるほどの喧嘩を起こした際に、黒江に情が移っていた事を自覚している。そのため、今回は打算抜きに親友であるし、『家族』である。そこがドラえもんとのび太が影響を与えた面であった――
「智子、お前。今回は綾香を利用していないな?」
「今回はね。あの子を見てる内に、自分がどんなに下衆だったかを思い知ったのよ。あの子、シャイだけど、内面はピュアなのよ。あの子の内面が表に出た時、あたしは自分の馬鹿さ加減を思い知った。だから、今は禊と考えてるわ。坂本と同じように」
「あの人格は、あいつのピュアな面の具象化みたいなものだったからな」
それは『あーや』の事である。坂本がそれを知ったのが前史の事件であり、激昂した菅野が坂本を殴打し、終いには『失せろ!!』と吐き捨てたことでも、Gウィッチの間では有名である。坂本がGウィッチになれたのは、黒江を裏切った事への強い罪悪感と後悔の念があったからだが、そのためにGウィッチの序列で言えば、坂本は下位であり、最後まで仕えた菅野より下である。智子は圭子以外には当初の下心を見抜かれておらず、黒江の精神衛生のためもあり、圭子が秘密にしたが、圭子は『いいか?あいつを裏切ったら、アタシが眉間をぶち抜くぞ』と脅している。圭子はゲッター線の使者でもあるため、たとえ親友でも、裏切りには必ず制裁を加えるという苛烈な面を持つようになっており、智子へ制裁を加えている。そのため、知らぬは本人だけであると言わんばかりの裏事情をレイブンズも抱えていた。そのため、赤松によって、序列が明確にされると、智子はGの序列では、レイブンズで最下位となる序列四位(黒江を利用した事が咎められたため)に定められている。その上に、黒江に生涯尽くした黒田が位置づけられているのは当然であった。黒田は下心無しに、黒江に仕えた事が評価され、Gウィッチの序列では智子よりも上に位置する。序列は今回までの行いの積み重ねも大きく影響するため、智子は現在の献身でかなり挽回した方である。序列と言っても、若松の私的な理由もあるので、一種の目安のようなものである。黒江と圭子が列外なのがその証拠だ。これは山本五十六には『Gウィッチとして与えるべき権限の大きさ』の目安として伝えられている。ベースになるのは黒田と武子のもので、智子は黒田にはある権限の内の一つがない程度である。
「まぁ、序列は目安みたいなもんだから、功績次第で上がるから、私もウィッチから聖闘士へ移行し始めるつもり。あの子には悪い事してたし」
「ウィッチの枠を超えるつもりか」
「それくらいしないと禊にならないでしょ?今回は不死だし、時間をかけて禊をする予定よ」
智子はこの時、仮面ライダーディケイドに永い時をかけての『禊』をする事を明言した。それが自分の贖罪だと。今回、智子は同じような目的の坂本と親友になるが、同じ目的で意気投合したのだ。
「今回は仲間を増やしたか?」
「後輩が覚醒め始めたけど、精神が別の人物になるケース(西住まほ化したミーナ)、別の姿を手に入れて、それを人格の基本にするケース(イリヤ化したサーニャ、美遊になる事を選択したリーネ)が出てるわ」
「ふむ。だいたい分かった。後者は、元のままだと踏ん切りがつかなかったんだ。だから、別の姿になることで割り切ろうとしたんだ」
「そういうもの?」
「お前らがこれからするのは、血みどろの戦争だろう?だが、人間ってのは、理屈では分かっていても、行動できない時がある生物だ。お前の後輩連中はそれに対応するに、元々の姿ではいられないって考えたんだろう」
ディケイドはリーネやサーニャの葛藤を、そう分析した。実際にリーネは、前史での少尉任官から間を置かずに退役を申し出て、周囲を混乱させ、芳佳が太平洋戦争に出陣していて、その応援に行くことが結局できずにMATにいった事に強い罪悪感を感じており、しかし、前史と同じように、姉に軍務を押し付けることは避けたいという葛藤の末、魂魄の記憶にその身を委ねた。それが美遊になった最大の理由である。リーネは変身後、元々の自己犠牲精神もあり、セイバーのクラスカードを駆使し、戦闘を繰り広げているが、それは芳佳への強い罪悪感の裏返しでもある。サーニャは、エイラが自分への強い思いで不死鳥を制御した事へ負い目を、祖国がウィッチを裏切ったことへの強い怒りが交錯して、イリヤ化した。イリヤ化した後は、元より感情をはっきりと表に出し、同じく、セイバーのクラスカードを使い、戦っている。その姿が可愛いので、ジーグさんに基地まで無理矢理運ばれたエイラは、その場で盛大に鼻血を吹き出して気絶していたりする。因みに陸上自衛隊はこの光景に大歓喜であり、援護のため、わざわざ空挺団在籍経験者を選び出し、空挺降下で援護に向かったという。
――戦場――
「ようやく休憩か……」
「怪人はざっと400くらい倒したから、暗闇大使の命令で別働隊の合流を待ってるんだろうよ」
「軍隊でも、兵力の三割やられたら撤退するから、妥当な判断だな」
「戦闘員はどのくらい倒しました?」
「戦闘員は数えるのが馬鹿らしいくらいさ。万はいくよ」
戦場では、黒江達の攻勢で敵が一旦、退却したため、実に8時間ぶりの休憩にありつけていた。
「しかし、参ったぜ。俺の宝具がまるで効かねぇ」
「君の兜は再構築できるが、魔力がもったいないから、当分は止した方がいい。ここは君のお母様に任せておくんだ」
「ちぇー!」
「しかし、エクスカリバーをいくら撃っても物量の底が見えないとは。恐ろしい限りです」
「それがバダンだ。気を引き締めるように」
本郷猛はすっかり場を取り仕切っていた。英霊たちすら従うあたり、アルトリアすら上回るカリスマ性を備えているのが分かる。
「本郷さん、敵はこことここに攻勢をかけているようです」
「そこには超電磁兄弟を向かわせたが、敵本隊の位置が掴めんな」
野戦設営の駐屯地で甲冑姿で地図と向き合うジャンヌだが、本郷はいつもの革ジャン姿なので、なんとも言えないシュールさも感じさせる。ジャンヌは元々、戦術は満点だが、戦略は生前からあまり改善されていない(ルナマリアも戦略面では才能があまりない)ため、大局的見地の判断はすっかり本郷がしていた。軍事統帥の才能もあるのは、流石に城南大学始まって以来の秀才と謳われた事はある。
「味方の彩雲が飛んでるはずッス。だけどまだ連絡はないです」
「仕方あるまい。イタリア半島を南下中の機甲師団を各地の彩雲で探すというのは、砂漠の中で釘を見つけるようなものだ。気長に待とう」
「新司偵が使えればなぁ」
「ああ、地獄の天使と言われた偵察機か」
「日本が欲しがった上に、陸軍が性能の露呈と、極端な損失を恐れて、殆ど寄越さなかったもんだから、連絡機にしか使えなくて」
「彩雲も悪い飛行機ではないが、如何せん艦載機だ。偵察精度が落ちるのは仕方ない。空母から下ろしたから、稼働率は上がったが、ハズレの個体も多くて、エンジンの精度が良くないからな」
彩雲はM動乱から生産されたが、生産数の少なさや戦線に届く予備パーツの少なさから、陸上運用できる数は限られていた。更に当時は彩雲より早い戦闘機が出ていた事もあり、偵察は慎重になりがちで、効率が悪かった。それでも、ウィッチ世界で用意できる最高級偵察機の一つであることには変わりない。未来の専用偵察機の多くはウィッチ世界で運用するにはコストが掛かるものばかりで、彩雲のような戦術偵察には向いていない。かと言って、バルキリーの早期警戒管制機仕様をいちいち駆り出すのも馬鹿らしい。しかし、彩雲の多くの個体は誉エンジンのハズレ個体を持つため、空母運用時よりはいいが、良好とは言えない。
「おー!そうだ!のび太、ドラえもんズの誰かに連絡取れるか?」
「エル・マタドーラなら捕まりますけど」
「エル・マタドーラにコピーミラーで空自のファントムの偵察機仕様をコピーさせて、もってこいと伝えてくれ。こっちは日本の無知な連中が運用に口出しをしてくるから、戦闘機の偵察任務使用ができねぇんだ」
「ああ、防衛省が文句言ってますよ、それ。あいつら、常識が太平洋戦争で止まってるんですよ」
「どんな?」
「え〜と、2018年の保守系のニュースのコラムなんですけど」
2018年のインタ―ネットで載った、保守系ニュースのコラム。題名は『何故、野党は戦闘機の偵察運用に口出しししてくるのか』とストレートである。そこでは、扶桑がちょくちょく行う、戦闘機での偵察を文民統制の名のもとに差止めを求める割に、扶桑に機材を融通する事を批判する者達への批判の意が込められていた。実際、黒江は非公式にVFを使って偵察させたり、米軍に依頼した事も一度や二度ではない。そのため、防衛省は偵察機の派遣を何度も行おうとしたが、野党が潰す事が続いた。
「当たり前だ。40年代に偵察衛星なんてあるかよ」
未来人のおかげで忘れられがちだが、偵察衛星が影も形もない時代なのだ。M粒子散布下では、偵察衛星そのものが用いられることは少なくなり、その多くは防衛用の戦闘衛星に置き換えが進んでいた。
「連邦のアイザックやEWAC(イーワック)ネロは馬鹿高いんだぞ、連邦軍も強行偵察に使うのを避けてるくらいに。あれはおいそれ出せないんだ」
「エル・マタドーラにメール打ちます」
「頼む」
このコラムの反響は凄く、やがて窮した市民団体や野党が押し黙ったことから、黒江も愚痴った『新司偵』の改良型が急遽作られ、配備される事になるが、数が出揃う頃には、ダイ・アナザー・デイは終わっていたのである。その真価は皮肉にも、太平洋戦争で発揮されるのである。黒江達は非合法的手段も含めて、なんとか偵察機を調達する事になる。これは北ロマーニャを踏破しつつあった機甲師団主力を捕捉するためで、ヒスパニア方面とは別働隊に位置づけられていた。その主力は当時としては高性能とされるM46パットン戦車。当時の他国戦車では、ケーニッヒティーガーでようやく対抗可能と目される戦車である。当時としては前倒しできる戦車の範囲内である。
「敵はエンジンを強化したM46を持ってきてるみたいです。ロマーニャ軍のどんな戦車もイチコロですね」
「そりゃ、ティーガー絶対殺すマンの戦車なんだから、P40だって雑魚だぞ」
「こっちの戦車は?」
「ヒトマルとかを用意してるそうだ。連邦のロクイチはオーバーだから、いざという時のために後衛だ」
「21世紀の日本に戦争を教えるには良い塩梅だな?」
「モーさん、そりゃ戦後直後の戦車を21世紀の戦車で迎え撃つなんて、戦いになるかどうか」
「誰がモーさんだ!クソ、テメェだと、怒るに怒れねぇ」
のび太相手だと、子供でも青年でも、調子が狂うらしいモードレッド。私服姿だが、21世紀のセンスに追いついたラフな格好である。そこが母親(生前は『父親』)のアルトリアと違う点だ。陸自の対戦車戦闘の実力を示す相手が冷戦の極初期に使用された戦車というのもオーバーな気がするが、陸自は張り切っている。つまり、バルジ大作戦もかくやの大戦車戦など、昨今は起き得ないと考えられたが、この世界においては起きるのだ。21世紀のハイテク戦車がどこまで乱戦に耐えられるのか?それは軍事関係者が興味をそそられる事項だ。損失は日本国民がうるさいので、ドラえもんズがコピーしたものを使用することでその問題はクリアしたらしい。
「陸自は大忙しだそうです。イリヤさんと美遊さんの援護に中隊が、戦車大隊は戦車戦の準備なんですから」
「あそこも張り切ってますね」
「なにせ、始まって以来の実戦での実力を見せられる機会だしな。老人連中から戦争ごっことかバカにされてるしな、自衛隊」
「貴方がそれいいます?」
「るせぇ!」
のび太にモードレッドは翻弄されていた。のび太相手ではきりきり舞いのモードレッド。ペリーヌの肉体を借りている状態なので、体力・魔力共に、この時期はペリーヌのステータスに縛られ、生前の五割程度しか実力を出せない。それ故のイラつきものび太には通じない。まして青年ののび太には。ペリーヌの限界に縛られている現状に苛ついているらしいが、生前以上の能力値になったアルトリアに比しての劣等感も大きいのだろう。
「モーさん、苛ついてるな」
「どうして?」
聖衣を脱ぎ、とりあえず軍服(ロンド・ベルのもの)姿の調がのび太に問う。すると。
「ペリーヌさんの限界に縛られているんだよ、今のあの人は。生前の五割出せればいいほうだろうね」
「あー。なるほど」
モードレッドはこの時点では、ペリーヌの意思がモードレッドの戦闘狂とも言える性分を抑え込もうとしているため、フルポテンシャルは封印されてしまっている。体は一つだが、ペリーヌの意思と共存した故に起こった抵抗反応とも言えるので、ペリーヌの意思の強さが伺えた。
「あ、空見て」
「あ、シャーリーさんだ」
『逃がすかよ!』
二人が空を見ると、シャーリーが『紅蓮聖天八極式』をデザインモチーフにしたIS『武天八極式』のエナジーウイングで逃げ回る加速技能持ちの敵ウィッチを追い詰める。瞬間加速能力を持つウィッチなので、加速力ではシャーリーを瞬間的には超えていたが、基礎ポテンシャルが違いすぎたため、遂にシャーリーは敵を捕捉する。そして、ISの右腕の『輻射推進型自在可動有線式右腕部』を使い、蒸発させる。
『弾けろぉ!!』
人間相手に使うにはオーバーキルも良いところだが、そういうところはG化で容赦がなくなった面を示す好例である。
『止められない、もう、誰にも!』
「シャーリーさん、ノリノリだなぁ」
青年のび太はそうコメントするが、スイッチが入ったシャーリーはモチーフ元の機体のパイロットそのままのセリフをスラスラ言うので、黒江は大笑いである。シャーリーは機体特性の都合上、射撃戦主体から一気に近接格闘の鬼になったらしく、射撃戦武装が少ないか、現地調達の必要があることも特に気にしていない。機体のパワー、スピード、防御力共に、第四世代ISの基準を満たしていると言えるため、真田志郎の技能のほどがわかる。
「どーだ、のび太!今の見たかー!」
「見ましたよ―!でも、シャーリーさんがやると、そのまんまなんで、今頃、ネットは祭りじゃないかな」
「マジかよ!」
シャーリーはご機嫌である。機体はモチーフ元を小型化されたISに上手く落としこんだ姿であり、装甲服の体裁も持つISはストライカーユニットの戦術を応用できるため、シャーリーは高い適正を見せた。そのまま降り立つ。
「大人のお前も来てたのか」
「入れ違いになりましたけどね。この姿だと。20代後半になります」
「大きくなったな」
「ウチのカミさんには頭上がんないんですけどね」
「そりゃ傑作だ。そいや、ケイさんがブルらせたガキンチョいたろ?」
「ああ、クリスちゃん」
「戦線に復帰したぞ。コミケに誘ったらビミョ〜な顔してた」
「だろうなぁ」
「シャーリー君、そのまま戦線に参加してくれ。今は便宜上、俺が指揮を取っている」
「アンタが直接出張るなんて、珍しいなー。本郷さん」
「今はそれだけの戦いということだ」
「なるほどね」
シャーリーも本郷の指揮下で戦う事になり、そのまま戦線に加わる。野戦設営のテントで、様々な時代の服装の者達が一堂に会し、地図を机に広げて、情報が記された地図相手に睨めっこする。シュールだが、ある意味では豪華極まりない光景である。第二次世界大戦の時期には全ての戦線で行われてたが、電子技術や通信技術の発達で、21世紀には過去に成りつつあった。が、ミノフスキー粒子散布下では、また見られる光景になっていた。つまり敵味方ともにミノフスキー粒子を用いた場合、最前線での作戦会議は第二次世界大戦までと大差ないレベルになるのである。本郷猛は仮面ライダー一号であるが故、この戦域のリーダーシップを便宜的に執っている。一癖も二癖もある者達を纏め上げるその統率力は流石である。本郷、一文字を中心に、各メンバーが作戦会議に出ているが、ジャンヌやアルトリアなどの真面目な英霊組、アストルフォのちゃらんぽらんな英霊、黒江、調の聖闘士(調は候補生)組、各ヒーローなどのすごいメンバーに青年のび太が混じっている辺り、彼の凄さを感じさせる。ディケイドと智子も合流予定であるので、豪華極まりない戦と言えるのが、このロマーニャ戦線だ。
「腹が減っては戦は出来ぬ、のび太くんが北風がくれたテーブルかけを持ってきたから、今のうちに食事と洒落込もう」
本郷の一声で、一同は食事にありつく。皆、体力を消耗していたので、やっと訪れた食事タイムに皆が歓喜する。アルトリアやジャンヌなどは即応組に入るので、自主的に軽いモノを取り寄せたが、それでも、生前よりはよほど豪華な内容であった。つかの間の休息だが、こんな光景が見られた。
「日本のパンは柔らかくて甘いですね?」
「確かに、慣れると昔のパンは食べにくいですからね」
パンで済ますアルトリアとジャンヌだが、生前から時代が大きく進み、パンのレシピも大きく進化したので、生前の記憶にあるパンより甘く、美味しい。これは作り方、材料も時代が進んで変化しているからで、21世紀以降の日本で流通している日本のパンは、二人の生前の時代より遥かに甘く柔らかい。たとえ、のび太がバターをつけて、朝に食べている食パンでも、生前の記憶のパンより美味しいのである。比較的現在に近い時代の英霊のジャンヌは、フランスパンを常食にしていたが、日本のパンは柔らかいという印象が余計に強いようだ。特にジャンヌは、元々が最下層の農民の出であるので、生前はライ麦パンや混ぜパンを食していたからだろう。現在のような小麦を使ったパンは時代的に貴族などの上流階級のものだったのも関係しており、新鮮であった。
「私より先に覚醒めてたのなら、パンくらい食べた事あるのでは?」
「それがですね、シンが御飯と味噌汁で済ましちゃう仕事でしたし、私も軍に入っても、シリアルフードで済ませていたので、パンは食べた事が」
「なるほど」
「だから、お互い様ですよ、アルトリア」
時代と立場を超えた会話である。生前は違う時代を生きた人間であったが、一皮剥くと、その本質は年頃の少女である。生前の立場、英霊としての立ち位置を超えた交流が見られるので、自衛隊の連中がいたら、絶対に冷やかしが入るところである。アルトリアはブリテンの近代風習が根付くはるか以前の時代が生前なので、アフタヌーンティーの習慣はない。そのため、艦娘金剛には不満がられていたりする。(ちなみに、アフタヌーンティーを始めたのは、エリザベス二世の高祖母にして、大英帝国時代のシンボルのヴィクトリア女王である)曲がりなりにも、元・イギリス人であるので、その辺りを言われる事も多く、意外に苦労しているアルトリア。かと言って、今更、ドイツ人のようにビールというのも、気が引けるのも事実。その間を取り、最近はノンアルコールビールを飲んでいるらしい。
「元・イギリス人だからと、紅茶を飲まないのかと言われるのには参ってまして、最近はこれで済ませてます」
「なるほど、ノンアルコールビールですか」
「これからはカールスラント人ですからね。形だけでも気分を味わおうかと」
涙ぐましい努力をするアルトリア。ハインリーケの衣鉢を受け継いだ故の苦労は並大抵のものではないらしく、また、一度は王位についた者のプライドもあるのか、こうした努力は惜しまない。ジャンヌは転生しても、とりあえずは『平民』なのに対し、アルトリアは『王家の係累』であり、相変わらず上流階級であるが故、気苦労も多いのか、ノンアルコールビールでストレス解消をしている。アルトリアはエールを飲んでいる時代の人間だが、酔うとオルタになりやすい(悪酔いする)らしく、どちらかというと、下戸らしい。その対策もあるのか、ノンアルコールビールは重宝しているらしく、日本のメーカーからポケットマネーで箱をダース単位で買ったらしい。いつもの甲冑姿でノンアルコールビールのカンを持つのはなんともシュールさを醸し出すが、ジャンヌも甲冑のままでパンを持っているので、お互い様であった。
「なんだか、映画のロケの食事みたいだな、一文字」
「うーん。一枚撮っておくかな。珍しい構図だし」
一文字隼人お得意の瞬間撮りである。圭子も持つ技能だが、一文字の場合は更に疾い。本郷は意外だが、バイトでスタントマンをかなりこなしており、ロケの風景を知っていた。一文字もロケのバイトをするのも多いため、アルトリアとジャンヌの食事光景をそう形容したのだ。英霊である二人にすら気づかれない疾さで正確にシャッターを切る一文字。圭子が羨ましがるほどの疾さであり、一文字曰く『俺はプロだぜ』と自慢する。圭子のそれより速くできるため、一文字は『ケイちゃんはまだまだだな』との事。
「相変わらず手際いいな」
「なーに、慣れた奴なら、体が覚えてるよ」
一文字は世にも珍しいスナップの撮影に成功する。この点はプロのフリーカメラマンの面目躍如、圭子にカメラワークのイロハを教え込むなど、かなり親身になって教えている。圭子も一文字に好意を持つらしく、口は悪いが、慕っている。ジオラマ撮影のノウハウを『三感』と評し、凝った一枚を撮ろうとするなど、ホビー撮影にも造形がある一文字は本郷には無い気さくさを持つ年長者であり、あの圭子が明確に好意を持つ点でも、一文字は意外にモテモテであった。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m