外伝その222『勇壮9』
――2019年になると、続々と日本連邦関連法令が整備され、軍事のみならず、警察や各種行政でも一体化が進められた。警察は当初、連絡機関が置かれる程度であったが、警察は内務省系閥の中でも復興欲があるため、妥協点を見出し、なんとか協調しての動きが取れるようになった。当時は扶桑との兼ね合いで内務省の復活がまた取り沙汰されていた。内務省はGHQ指令で廃止されたため、その復権を目論む動きが絶えずあった。しかし、戦前の風潮復活を危惧する声で潰されてきた。その内務省が必要になったのは、ひとえに扶桑の内務省のおかげである。総務省の権限拡大という形での改称が有力なのは、内務省の復活色を弱めるためである。警察庁は庁であるため、旧内務省の一部門である扶桑の警察とは同じ内務省閥ながら、無意味な派閥抗争に明け暮れていた。しかし、軍部が統合されたため、軍部の押さえ込みを意図した日本警察が妥協し、軍隊に遅れること二年で、実質的な統合を成し遂げた。しかし、組織形態の違いでのしがらみだけははどうにもならなかったため、警察の法的統合までの数年ほど、無意味な派閥抗争で組織力をすり潰す事になる。ちなみに、扶桑の爵位の取扱いは結局、日本では『他国爵位と同様に扱う』ことで落ち着いた。現地での法律では華族の身分は有効だし、現地で『ノーブルウィッチーズ』を死産に追い込んだことでの批判もあったため、日本は最大限配慮した文面で、扶桑華族を遇することとなった。(元々、戦後でも旧華族が上層社会にいるのには変わりは無かったため、旧華族にも配慮した)また、これより戦時に突入するため、自衛隊史上の初の将官への慰留がなされた。若年定年制は平時の制度であり、戦時向けではない。そのため、戦時という事の特例として、2019年時の幕僚長などが慰留された。これは将官の数が違いすぎるための特例である。また、扶桑の新憲法に評議会による統制かつ、有事になれば『事後承諾で出動できる』事の一文を入れさせた(但し、国家緊急権での近衛連隊の出動命令の権利は天皇に残された)。この時にウィッチ軍人の比率がクーデター前より大きく下がっていた事もあり、ウィッチを『兵科』でなく、『特技』にする事も検討されたが、速成教育の世代はウィッチになることに特化した教育課程を経ていた事が大きな障害となり、兵科としては当面の間、存続が決まった。その兼ね合いでウィッチ兵科は『W兵科』というコードネームが与えられ、MATとの差別化もあり、レンジャー部隊化を押し進めていく。空挺訓練が必須になったりしてゆくため、入隊のハードルがグンと上がってしまったので、新規志願数が数年は落ち込む事になった。(Gウィッチ依存と後世に至るまで陰口を叩かれたのは、この時の特殊部隊化の決定が性急だったためでもある)
――皮肉な事に、ダイ・アナザー・デイでの黒江達の血みどろの死闘は海軍中堅層の血気に逸る層の動きを決定的にさせた。彼女たちは元々は艦隊派に属し、信濃の空母化を支持していた。海軍ウィッチ世界でも艦隊派と条約派の対立はあり、坂本は前史と違い、条約派に属していた。この時代では条約派=山本五十六と井上成美の派閥であるのと同義だが、坂本は戦艦の増勢に理解がある。坂本と対立関係にあった彼女たちは前史で坂本が陥ったように、現役ウィッチの力を過信していた。今回、信濃と甲斐の戦艦としての完成は不可抗力であり、艦政本部も『大和型として、もう70%も出来上がってるからなぁ』ということで、そのままFARMさせて完成させた経緯がある。それを誤解してクーデターに走った者もいた。扶桑本土ではそんな状況であるが、現地では、ハルトマンがVF-1EXを失敬して、若手をシメていた。
「ふふーん、どう、ウルスラ。可変戦闘機の威力」
「姉さま、可変戦闘機使わないでくださいよ。ハルプのウィッチがグダってます」
「ウィッチは機動力が武器だよ?ジェットになって、み〜んなズームアンドダイブになると思ったら大間違いさ」
ハルトマンは地上でメッサーシュミットMe262のデータ収集部隊『ハルプ』で仕事をしている妹に通信越しで勝ち誇る。第一世代宮藤理論式の限界とも言える速度を持つMe262だが、VF-1EXの前では翻弄されるのみで、ウィッチ達を精神的に叩きのめしている。また、主翼下ポッド式のエンジンゆえの機動力の限界もあり、VF-1EXのファイター形態にすら翻弄された。
「いいやん、ウルスラ。あたしが第三世代型纏ったらさ、若い連中が進退伺い出すよ。可変戦闘機は軽いジャブだよ」
「姉さま、第三世代型を大尉の娘さん方に持ってこさせないでくださいよ。技術者連中が士気だだ下がりですよ!」
「あ、今は准将だよ。智子さん」
「…は?」
「扶桑が叙爵とレイブンズとしての功績の累積で昇進したんだ。スオムス白バラ勲章もグレードアップしたしね」
「上がりすぎじゃ」
「黒江さんが准将だから、それに合わせて。人型の事が開示されたから、それで少佐から一気に」
「何階級上がったんですか」
「一気に三階級だな。少佐から准将だもの。人型のことが知れ渡ったから、昇進させないわけにもいかなくなった上、白バラ勲章の受賞者だ。昇進させないと、担当者が日本に島流しされるしな」
「島流し?」
「左遷だよ。日本は何か問題があると、今の担当者をクビにするか、左遷させようとするんだよ」
日本式組織の弊害だが、前任者の行いを現任に押し付けることで問題の解決させようとする。過去に遡って、当事者を裁けない故の妥協だが、外国からは奇異に見られる文化だ。智子の昇進は機密指定が解かれた途端に、矢継ぎ早に行われたものであるため、クーデター派の大義名分に使用されたが、智子の公称撃墜数は事変中の19機のままであり、江藤のスコア訂正の具申と智子の人事のタイミングが重なったため、『陸式は私らを愚弄している!』と血気に逸ったのだ。このクーデター確実化の報が陸奥からケイに伝わると、ケイは激怒し、『この落とし前、どうつけてくれるんだ、えぇ、モンティよぉ…』と殴り込んでいる。モントゴメリーは圭子を生涯恐れたが、扶桑のクーデターの遠因が自分自身にあることで後ろめたさがあったからだろう。
「モンティなんて、ケイさんに殴り込まれすぎて、最近はアフタヌーンティーが落ち着いて飲めないとか」
「えぇ…」
「しゃーない。扶桑のクーデターの遠因はあのおっさんなんだ。悪いけどさ、そのツケは払ってもらうっちゃないね」
「ケイさん、昔から過激っていうけど、ここ最近はド派手じゃ」
「素を出してきてるからなー。若い頃の性格が今、ウィッチ界隈で話題のアレだよ、アレ」
「二挺拳銃、ですか」
「ああ。智子さんの本気はあの時に見たろ?ケイさんは二挺拳銃こそが本気モードだよ。口調も荒くれ者になるし」
「姉さま、喋りながら器用に着陸しますね」
「空母着艦できるし、陸上の着陸は軽いもんだ」
VF-1は元々、着陸支援プログラムが組み込まれているが、ハルトマンはマニュアルで可能である。20世紀末の戦闘機より小型で、制動距離も比較的短いため、メッサーシュミットMe262用の滑走路であればファイター形態で着陸可能だ。
「宇宙で戦闘中に回避機動中の敵艦に強行着艦するよりはどんな所でも散歩気分さ」
「姉さま、サラッと言わないでください」
「向こうじゃ必須技能だよ、これ」
キャノピーを開き、降り立つハルトマン。EXギアの未来的パイロットスーツなので、ハルプのウィッチたちからも注目される。ヘルマ・レンナルツは特に圧倒されたため、最新鋭のユニットと試作兵装『リボルバーカノン』を以てしても、当てられずじまいなことにぶーたれた。
「なんで、大佐の機体には一発も当てられなかったんでありますか!」
「お前は速度の読みが甘いぞ、ヘルマ」
「う〜、頭をガシガシしないでください〜」
ハルトマンはヘルマとの縁が同位体はなく、自分としても縁がそれほどない(バルクホルンも同位体は接点がなく、自分を憧れにしているという点でしか接点がないヘルマの事は扱いあぐねている)ため、当たり障りのないように接する。頭を撫でる事はシャムではご法度だが、扶桑文化では子供などを褒める時にやる行為である。欧州でもその影響があるため、問題はない。当時、弱冠13歳のヘルマはハルトマンからすれば『子供』であり、その扱いも周りから見れば当然だ。
「まー、お前みたいな若いのは今や希少だ。ヘルマを大事に扱えよ、エルフリーデ少尉」
「は、はっ、大佐殿…」
扶桑では憲法改正もあって、この時期からは見られなくなった10代前半のウィッチ。カールスラントでは、扶桑との教育課程の違いを理由に、従来制度がこの頃はまだ生きていた。ヘルマは任官が改編前に間に合った最後の世代に当たり、ジュネーブ条約の規定で若年ウィッチが規制される前に任官された。扶桑のウィッチ平均年齢が以前より6歳以上も高齢化し、一部古参とGが戦線の要であると言われる現状に比べれば、カールスラントはまだウィッチの平均年齢が若い。
「姉さま、機動や戦闘法を教える時、なぜスパルタなのです?」
「前史の戦後に未亡人製造機の教官したことあってね。それ以来、トゥルーデとスパルタをバトンタッチさ」
「あー、F-104G…。合点がいきました」
ハルトマンはF-104の教官を務めた経験から、スパルタ特訓型の教官になり、それ以来、バルクホルンとアメとムチの役割が入れ替わっている。バルクホルンは転生後は人格者になり、若き日の怒りっぽいところが鳴りを潜め、現在では単なるシスコンに近いほどに丸くなっている。対照的にハルトマンは普段は天真爛漫だが、スパルタ特訓をやらかしたので、元504、506出身者に恐れられている。これはF-104をガランドとラルが前史で採用したためで、ストライカーとしても寡夫製造機だったため、ラルは今回、ハルトマンに頭が上がらない。(超音速ストライカーとしては、F-104以外に選択肢がない)
「だから、隊の若い連中がブルってね」
「わかるんですけど、未来のストライカーは反則です。」
「いいじゃん。招来の目標見せてやってるんだよ」
「技術者が泣いてるんですよ。魔導オグメンタなんて…」
「日本財務省にはアフターバーナーで通してる。日本向けにはそう言いな。そうでないと予算通らないとか言うし」
日本で一般化している用語でないと、財務省が即座に予算をカットするため、一般化した用語が対外的には用いられている事を示唆するハルトマン。技術的観点の話だが、この頃には扶桑海軍機で一般的だった『スロットルレバーに機銃のトリガーをつける』事はジェット化と義勇兵の参戦で取り止められ、全ての海軍戦闘機は現代式の操縦桿上部にボタン方式に変わった。(手が一本無くなっても搭乗できるように、という隻腕のエースであった森岡寛大尉の逸話が伝わり、そのことで扶桑海軍のパイロットの数の確保の思惑に合致した。レシプロと違い、スロットル操作を頻繁には行わないジェット機が配備され始めるのも機運となった。HOTAS概念が伝わったため、操縦桿に機能を集約させる必要が生じたのもある。)義勇兵は軍歴を持っていても、戦後に自衛隊に入って再訓練された者も多いため、スロットルレバー方式はやりにくいと感じる者が多い。その兼ね合いで現代式に統一された。従って、この時期になると、扶桑海軍レシプロ戦闘機のコックピット周りは史実米軍機とほぼ同様のレイアウトになっている。(速度が九九式と零式より遥かに高速になった上、生え抜きパイロットの技量の平均が史実の1944年6月よりはマシ程度だったためもあり、機材の洗練度を上げる必要があった。)
「どこの国も予算、ですか」
「そうだよ。新京条約はウチの海軍艦艇や航空機・戦車の保有制限に関わる。ナチス化を防ぐために、合法的に陸海空軍の数に枷を課そうって話だけど、ウチは最前線だし、軍の外征能力を抑える代わりに人員の質を高めることで妥協されるんじゃないか」
「妥協?」
「ワイマールの失敗は失業軍人の対策をしなかった事でもあるからね。元・東ドイツ軍人が裏社会に流れた失敗もあるし、軍人は減らさないと思う」
ハルトマンの予測どおり、ドイツ領邦連邦に提案された新京条約の実際の内容は大型艦艇の保有制限と陸軍の人数に上限を課すものであった。
「元々、侵略戦争を完遂出来る戦力が維持できる国では無いからね、うち」
「姉さま、辛辣ですね」
「元々が陸軍国家だから、前の皇帝が前大戦で海軍の維持に興味無くしたのが悔しいんだろうけど、ウチは本土戻っても、大陸国家でしかないさ」
「では、姉さまは海軍の空母保有には?」
「ゲーリングのモルヒネデブを排除しないとまともに計画できないだろうさ」
グラーフ・ツェッペリン級は史実では海軍と空軍で食堂が別というトンデモ設計で、日本は空軍でその愚を犯しかけた。日本は軍事費削減として、空母戦闘団を空軍の仕事にさせる事を意図したが、航空幕僚長の働きかけで頓挫した。その頃には601空も空軍に移籍させられており、実質的に64Fの隠れ蓑に使われる予定であった。坂本が芳佳のために規則づくりに奔走したのもダイ・アナザー・デイの時期で、坂本は芳佳を『私に免じて、海軍に留まってくれ。私が規則を作らせるから、な?』と強く慰留した。坂本は前史での強引な移籍には不満があり、『芳佳を海軍軍人として独り立ちさせたい』願望は残っていた。そのため、処方面に頼み込み、64Fに『海軍に籍を残して在籍可能』という規則を設けてもらったのである。武子に土下座までして。結局、この努力はある参謀の行為で水泡に帰することになるが、運良く諸兵科統合が押し進められる時代になったので、所属の意味が兵種に関連する管理都合以外ほぼ無くなっていくことにはなったが、坂本はショックで一時的に酒浸りになってしまい、しばし黒江と智子の手を患す事になる。(そのため、娘の出産が数年遅れたらしい)
「ん、智子さんからメールだ。『芳佳のことで坂本が動いてる。多分、留学の事だろうから、ガーデルマン大尉とルーデル大佐に話しといて』かぁ。あれは不可抗力だと思うんだけどなあ」
「ああ、宮藤中尉の」
「あれさ、海軍のティターンズに軽空母沈められた参謀が命令書偽造で戻しちゃうんだろ」
「ええ。前史の記憶だと、あれで連合艦隊の参謀がかなり査問されたとか」
「千代田だっけ?その参謀の乗艦」
「私は祥鳳と聞いてます」
「せっかく、甲児がゴットマジンガーで守ってくれたのにってなって、連合艦隊の司令部が犯人探しに躍起になったんだよな、その後」
「今回も似た出来事になるでしょうから、話を通しといたほうがいいですよ、姉さま」
ハルトマン姉妹は芳佳の留学が頓挫する出来事は今回も起こると踏んでいたようである。なんともドライだ。つまり、その参謀はティターンズのテの字を聞いただけで命令書を偽装してしまうような肝っ玉の持ち主ということになる。
「どうする、ウルスラ。宮藤は空軍に行きたがってる、少佐は奮闘してる。どの道、その参謀はバカやる…」
「ラル閣下に話しておきます。今回は坂本少佐の顔を立てつつ、宮藤中尉の願いを叶えるように」
「あたしは甲児に話しておこうっと。ゴッドでもカイザーでもいいから、芳佳の留学の護衛についてって」
こうして、芳佳は一年後、ハルトマン姉妹の手助けで坂本の顔を立てつつ、合法的に空軍に移籍に成功する。海軍航空隊は堅苦しい空気があり、海軍航空隊出身のG達は皆、移籍の機会を伺っていた。それは西沢(クロウズの一人)も例外でなく、転生で得た指揮官技能を『向いていないという先入観で周りに邪魔されて、その技能を発揮できない』鬱憤が溜まっていたためと、陸軍式戦闘服へのあこがれがあり、空軍移籍を早期に表明している。西沢義子は同位体の要素が強まったのか、転生前は適正無しであった教官・指揮官適正と激しい闘志を持つようになったが、覚醒が遅めであるので、坂本も『お前、今覚醒しても、大勢に影響は与えられんぞ』と言い、怒られている。覚醒がリバウ航空戦の後期であり、もはや大勢は覆せないと坂本は思っていたからだが、西沢は『バカ野郎!そういう場合かよ!』と怒っている。
「思い出したけど、義子さんが覚醒したけど、少佐って意外にデリカシーないとか怒ってたな」
「ああ、クロウズ三番手の」
「リバウ航空戦の後期の覚醒らしくて、それで少佐と殴り合いしたとか」
西沢は自由奔放そうな外見は維持したものの、内面は闘志あふれる西澤広義中尉(彼女の同位体たる、大日本帝国海軍指折りのエースパイロット)にだいぶ近づいている。そのため、坂本も予想外の反応でビンタの張り合いに発展した事も多い。また、坂本が腰を抜かしたというのが若本との戦術論議で、『敵が来る時は退いて敵の引き際に落とすんだ。つまり上空で待機してて離脱して帰ろうとする奴を一撃必墜する。そうすりゃ反撃の意思がないから楽に落とせるぜ』と若本が言うと、『途中で帰る奴なんか、被弾したか、臆病風に吹かれた奴でしょう。それじゃ(他機との)協同撃墜じゃないか』と反論したように、若本と違い、西沢は根っからのドッグファイターであるのが分かる。その性分は菅野にも伝染しているので、若本はどちらかと言うと、ズームアンドダイブ主体に成長し、西沢はドッグファイト主体の成長を遂げたウィッチと言える。
「ん?今度は徹子さんだ。『今だから言うけど、穴拭さんの覚醒、オレのより強力やん』…?知るかぁ〜!」
ハルトマンはその性格上、折衝役になることが多く、若本や西沢のメールアドレスももらっていた。若本は西沢と共にダイ・アナザー・デイに参陣しているが、特に若本は転生前、扶桑歴代最強のウィッチの評判を欲しいままにしていたためか、智子が自分の完全上位互換の能力を数度の転生で得た事に対抗心丸出しである。
「智子大尉、いえ、准将閣下は今や全ウィッチ最強の一角だけど、張り合おうとするのは多いんですね」
「徹子さんに、智子さん秘蔵の一枚でも送ってやろうっと…」
それは智子がドラえもんに頼んで撮影してもらった、事変のベストバウトの一枚であった。『勇者エクスカ○ザー』のグレートエクスカ○ザーがグレートカイザーソードを召喚、形成するのを真似て、剣と弓と一つの巨大な剣に再構成して構えた一瞬。格好は普段の戦闘時の姿だが、勇者立ちで剣を構えるのは、智子にはベストバウトと言えるポーズである。その場には覚醒前の江藤と武子が居合わせ、ものすごく江藤からは『戦場でカッコつけるな!』と怒られたが、お構いなしで行った。その時に元ネタよろしく、竜の幻影が一瞬浮かんでの突撃を敢行したのだが、その一瞬を捉えた一枚だ。
「あ、ついでにあーやの写真も添付しとこ」
若本は黒江達の事変時の戦いの全ては見れたわけではないので、ハルトマンはそれを楽しんでいる。黒江の写真は事変の未確認スコアが激増した要因の一つ『サンダーボルトブレーカー』を撃つ時のカッコいい一枚である。雷雲が晴れ、腕に雷を収束させ、凝縮させた一瞬の一枚だ。当然、黒江のスコアにならなかったが、伝説を彩る一瞬にはなった。その真価を扶桑軍がわかったのは、今の今の事である。『マジンガーの力を持ってるやん!』と日本側に扶桑軍が詰め寄られる珍事が起こっている。現在進行系で。その様子はというと。
――江藤が皇居で上奏した日――
「なぜ小官が今になってマスコミの批判を覚悟しろと言うことに?陸上幕僚長」
「事は君が思ってる以上に深刻なのだ、大佐。君は部下のスコアを過少申告している。これでは連中に攻める名分を与えたも同然だ。統括官の苦労を知っとるのかね」
「ええ。彼女は自分の元部下です。ですか、自分はきちんと報告書を提出しております」
「統合幕僚会議が参謀本部に調べさせたが、そのような報告書はないそうだ」
「そんな馬鹿な!」
「今、金剛秘書官が当時の大陸方面軍参謀をあらかた吐かせたが、その内の一人がその報告書を決裁済み書類の束へ捩じ込んであるのが見つかった事が通達された。不味いぞ、これは下手すれば君の責任問題になる。聖上には私からも口添えするが、君は会見でどういい繕うかを今から考えて起き給え」
幕僚長は天皇陛下には口添えできるが、マスコミの前では擁護が困難だと伝える。江藤は困惑し、『自分は義務を果たしています!そんな理不尽な…』と言った。幕僚長はなんとも言い難い表情であるが、愕然としているのは見て取れる。
「聖上には誠心誠意で言い給え。それこそ、小田原参陣の時に伊達政宗が言い訳したように」
「そちらだと太閤殿下でしょ?こちらは神君・信長公です」
江藤はこの時、天皇陛下の前はともかくも、マスコミの前で吊し上げを食らうのは目に見えていた。そのため、幕僚長は伊達政宗を引き合いに出したのだ。江藤はこの後、天皇陛下の前で冷や汗をかきまくりつつも、陸奥達のとりなしで難を逃れたが、記者会見の場で吊し上げに近い質問の嵐を浴びせられ、泣き出してしまう。江藤はこの時の泣きが切実な本音をさらけ出したためもあり。若者達の同情を買い、若者達から擁護論も出たため、その世論との兼ね合いで結局、最前線送りで処分は済んだ。覚醒の要因はこの時の極度のストレスであるため、ある意味、順風満帆な人生であった江藤の人生に影が差した唯一のケースがこの騒動なのも皮肉である。ただし、事務仕事やお茶くみから開放された事も意味するため、『当時は合法だったことで非難轟々なのに納得できない』本音と、部下の英雄視を喜ぶのに板挟みであったのは確実である。江藤はこの日の事を圭子に『こんな騒動に巻き込まれるんなら、教官(若松)や先輩にも言ったみたいにスコアを全面的に公表するべきだった)とぼやいているが、江藤は良かれとした事が後輩たちの対立の火種になった事を後悔している。
「上の手抜きで面倒ひっかぶるとか、冗談じゃないわ!」
「仕方がねーって。姉御達も言ってただろ?今更言ったところで状況は変わんねーんだ。今は敵を倒すことだけ考えたらどうだ、隊長?」
「お前、素はそういうキャラなのか…」
「最初は演じてる意識あったけど、今じゃこれに慣れたから、素も同然。前史じゃお母さんキャラで通ってたけど、飽き飽きしてたからな」
「だからって、そんな裏社会の荒くれ者みたいな格好をだな」
元の容姿でもホットパンツとタンクトップを着て、タトゥーを薄くはしているが、維持するようになっているため、圭子が一番落差が激しい。圭子は意図的に荒くれ者として振る舞うことで、前史でのお母さんキャラを返上し、姉御肌の荒くれ者というポジションを手に入れた。それが定着したため、『扶桑陸軍の狂気』、『血塗れの処刑人』などの渾名を得た。『電光』の渾名と別に得た渾名が『狂気』、『処刑人』なのが圭子の振る舞いを表している。(戦闘中に前髪の生え際を切って血を流しながら満面の笑みで帰還した(怪我に気が付いていなかった)というエピソードがあり、それが補強となった。)黒江は第一次現役時代が『魔のクロエ』、復帰後は『電光の魔女』、『求道の聖剣保持者』、『聖剣士(セイントソーズメン)』渾名を頂く。黒江は山羊座の黄金聖闘士でありつつ、獅子座・射手座に適正があるため、扶桑は『電光の魔女』、日本は『閃光の魔女』と呼ぶ。聖闘士の最高位に登りつめつつ、公の仕事に就いている事、聖剣を持つことからそう呼ばれる。また、対外的プロパガンダに積極的でない軍部は事変当初は国内向けに『電光三羽烏』を使用したが、三人の復帰後は欧州からの逆輸入の『レイブンズ』を使用し、それが定着した。クロウズとの対比、出戻りでありつつ、往時の神通力を保つ存在としての八咫烏。それがレイブンズの存在意義であり、その神通力の維持が皮肉にも、扶桑ウィッチ組織を割る内乱に発展する事になり、この時の反乱側の言い分こそ、MATが定着するきっかけとなるのであった。MATはレイブンズのような戦士になれない者達の拠り所であり、ある意味、『ウィッチは人を守るための力であって、殺すための力ではない』とする考えの各国ウィッチの駆け込み寺の役目を果たす。黒江は作戦の合間、設立間もない頃のMATを総括し、こう言った。『能力があっても精神が伴わなきゃ軍人は出来ないから篩にかけなきゃ駄目なんだ。戦士になれないなら、猟師をやってもらうさ』と。代替服務として認められたのは1950年代の終わり頃であるが、21世紀でも細々とは存続しており、この時代が勃興・爛熟期なのは確かだった。MAT設立の功労者である宮藤芳佳は軍に残り続けたのを批判されることが後世にあるが、飄々とした態度で『あたしは居場所づくりをしただけさ。戦争の時代で戦争に行けないウィッチのための、ね』と批判を一笑に付している。こうした事により、芳佳は後世、覚醒前の『一途で一本筋の態度』よりも、飄々としてのらりくらりとする態度で名を残し、アニメの人物像からわざとずらしたキャラで後世の歴史に名を刻んだという。
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