外伝その252『イベリア半島攻防戦1』


――イベリア半島の攻防戦は元々、同地が山間の地形である事から、機械化歩兵や機甲部隊は進出し難く、航空戦力中心の小競り合いから始まった。ドラえもんがインフラ整備に駆り出されていたのもその関係で、暗黙の了解で遺跡類の攻撃は避けられている(遺跡を壊そうとしたのが、フランコ政権崩壊の理由なので、これ以後、如何な国の皇室や王室であろうと、世界遺産級の国宝にはその保全や復元以外に手出し不可能になり、戦争でも遺跡への攻撃はご法度として定着していく)エディタ・ノイマンはその犠牲者にされたわけだ。彼女は『怪異を撃滅するためには、昔の遺物の一つや二つを犠牲にしてでも…』と釈明したが、却って批判が強まり、二等兵まで降格させての不名誉除隊まで実際に検討され、彼女は批判に耐えかね、遂には鬱病を発症してしまった。現在は軍病院を出ているが、療養を兼ねて、僻地での飛行隊司令に甘んじている。ウィッチ界隈での強い擁護もあり、階級は一階級の降格で事が収まったものの、出世コースからは完全に外れてしまった。ラルがガランドの事実上の後継者となったのは、そういう政治的事情が大きい。そのため、ラルはこの時点で中将へ特進している。人材の排除が予測されたため、比較的に名が知られ、政治に興味がない者を昇進させて温存するという妥協策が取られた。ラルはハルトマンのつてを使い、ドラえもんズに依頼し、鏡面世界収納と空間位相化で被害を建造物が受けない様に世界遺産、もしくは未発掘遺跡の保護を行うようにさせ、また、法学者になった同期の引退者に依頼し、『当時無かったルール(法律)は適用出来ないが、戒めとしての最低限の降格は必要ではある』と回答を出してもらい、それ以上の追求を封じた。更正中という公式回答を用意し、とりあえずの問題を封じ込めたラルだが、多忙になりつつあった。扶桑から次なる依頼が来たからである。扶桑軍にとっての機材的誤算は四式戦闘機の配備が性能特性があまりにも実状に合わなくなった事でのつまずき、その補助の位置づけの五式戦闘機が日本の後押しで実質として主力に収まったことだろう。連合軍高官として、扶桑の航空行政の混乱は避けるべきことであるので、連合軍の高官としての身分で扶桑の問題に介入し、扶桑の現場向けの回答を扶桑の当局に代わって考える事となった。ラルは、予定が狂って混乱状態で、なおかつ熱り立つ四式戦受領予定だった戦隊の隊長を宥めるため、自ら電話で説得をし、長島飛行機からの見解を伝えた。長島飛行機としても、性能が実情に完全に合わなくなり、数ヶ月で改良型を作れという無茶に困惑していた。ラルは同位企業にあたる中島飛行機の後身であるスバル(富士重工業)に連絡を取り、史実キ84の設計図を提供するように手配させた。それを元に再設計が行われたため、史実と大差ない性能に落ち着くが、プロペラ周りは改良されており、加速力はアップしていたという。また、日本の提供するパーツによる総合性能向上案が提案されている。パワーウェイトレシオが飛躍的にアップすることから採用されるが、レシプロ戦闘機の性能向上に防衛省の一部が消極的な事から承認に手間取り、その間に百舌鳥が普及してしまう悲哀もあった。五式は速度性能こそ落ちるが、機動力は隼以来の水準であり、義勇兵が好んだ事で一気に主力に躍り出た。実質として、最後のレシプロ戦闘機として、レシプロ戦闘機、ひいては陸軍飛行戦隊の掉尾を飾る主力の座を得た事になる――




――ヒスパニアに集結しつつある扶桑軍機は旧世代機も多かったが、紫電改/烈風/五式戦も姿を見せていた。旧日本軍系の戦闘機はとかく低評価されがちだが、扶桑でのそれらは設計陣が想定した通りの能力を引き出せる。また、経験がある義勇兵の操縦という事もあり、絶頂期とされる1942年前半期の水準のパイロット達の類まれな能力もあり、より高性能なはずのF8Fなどに乗る新米パイロット達などは敵ではなかった。これは日本軍機の『能力の低さ』を論って嘲笑していた評論家にとっては、信じられない事実であった。これは史実と違い、リベリオンにはこの時期に米軍が確立させていたはずの戦術ノウハウはまるっきりない(ウィッチ戦術としては出来上がりつつあったが、それも分裂で失われ、通常部隊には啓蒙されていなかった)状況、味方側に航空自衛隊の培ってきたノウハウが黒江からのルートで伝わり、急いでその普及が図られた事、再訓練が行われた百戦錬磨の太平洋戦争の生き残り達がその雪辱に燃え、扶桑軍生え抜きパイロットにない異常までの闘志を発露した事が大いに関係しており、それは左派勢力の予想を覆す大戦果という形で表れた。






――ヒスパニア マドリードまでの高速列車の車内――

「戦闘機部隊の活躍が報じられてるわ。若い子達はこれに不満を抱くでしょうね」

「仕方ねぇよ。ガキ共は対戦闘機訓練なんて積んじゃいねぇんだ。それに炸裂弾も無い12.7ミリで米軍機、それも戦争後期の高性能機が落ちるかよ」

黒江は二度の人生で散々見てきた光景なため、この当時の若手から中堅世代の不満には冷淡である。今回は後輩も自分への迫害に加担していたため、前回以上に自分を擁護しなかった事変当時の高官の長老達への不満があった。

「貴方、不満そうね」

「記憶の封印されていた時期の仕打ちを考えりゃ、当時の長老達に愚痴りたくなるさ。だが、連中は殆ど墓に入った。生きてるのは岡田の爺さんや寺内の爺様くらいだ」

米内光政も死期が迫っているこの時期、陸軍最長老の寺内寿一元帥は殆どその影響力を喪失していた。親の七光りで元帥府に列せられたと揶揄されていた上、日本から同位体の数々の愚行を口実に『元帥を罷免させ、三階級下げた少将に降格させてから退役させる』人事案まで出された。だが、扶桑の元帥は元来は天皇の軍事顧問の大将の持つ称号であったので、結局、元帥の権威と希少性を相対的に下げる方法が取られた。つまり、元帥の階級運用が反対を押し切って再開されるのである。元帥府の形骸化を大義名分にしての当時に生存している元帥達の影響力を無くそうとする日本の思惑も絡んでいたりするが、元帥という称号/階級はそれに相当する階級のない自衛隊から厄介な代物と見られた証拠でもある。寺内は同位体と違い、父親の『寺内正毅』元帥の七光りで元帥になったことを自覚しており、意外にもレイブンズの真の戦果に肯定的だった。当時はいくら長老であっても、当時は東條と階級では同格かつ、対立していた(扶桑でも維新を牽引した長州閥の領袖だった父を持つ彼と反長州で鳴らした東條の関係は微妙であった)ため、レイブンズの事で影響力は行使できなかった。(後に、東條が永田鉄山から継いだ統制派と敵対する皇道派は日本の介入で壊滅し、その代わりにY委員会が台頭し、以後の扶桑を統制していく)東條は西洋文化を嫌ってはいないが、難点もあった。ナショナリズムを煽るための手段として、レイブンズの戦果を使いつつ、黒江のエクスカリバーなどの西洋風の技名は全て公表時に言い替えさせた。それが『失策』であったのを最も認識していた高官であった。

『東條は何を考えておる。なんでも訳語を充てりゃ良いってもんでもあるまい。聖剣抜刀とはなんだ!』

これが寺内のコメントであり、結局、東條のしたことはウィッチの世代間抗争の火種を残し、その火種がよりによって、ダイ・アナザー・デイ中に燃え上がろうとしている。寺内を含めた軍高官は東二号作戦に鎮火の望みを託していたが、日本の思い込みで潰されてしまった。日本がレイブンズとGウィッチの特権授与に特段、口出しをしなかったのは、勘違いで扶桑に燻っていた火種に火をつけてしまった罪の意識があったからである。それだけの事をしたという自覚はあったのだ。因みに、事変中、エクスカリバーを『選定ノ剣』と言い換えたのは東條の意向で、『ブリタニアにおもねる名は避けるべき』という政治的配慮だったが、激怒した黒江と反東條派が『選定ノ剣は『カリバーン』じゃ!ボケ!!理解できない固有名詞まで無理に訳そうとすんな!!』と非難し、新聞に声明を出した事で、そこから東條内閣の崩壊が始まったという。

「寺内の爺様は七光りで出世したって自覚がある分、彼の同位体や、東條さんよりマシさ。あの人はお上のお気に入りだが、如何せん、敵対者には娘婿だろうが、ドSの権化になっちまう悪癖があったから、石原のおっさんとは犬猿の仲だ。あの人の不幸はイエスマンしか周りにいなかった上、日露戦争の頭で国家総力戦に臨んだっていう陸士や陸大の悪いとこを煮詰めたようなオツムな上、前田侯爵も言ってたが、人の上に立つ器じゃなかった事さ」

黒江は冷凍みかんを口に運びながら、武子にいう。黒江は自衛隊の幹部自衛官としてのエリートコースを優秀な成績で修了した、自衛官としても超エリートに属するため、扶桑海事変で失脚した東條英機には冷淡な評価であった。昭和天皇のお気に入りであったが、東條の頭は日露戦争時代で止まったままであった。無論、業績はあるにはあるが、実にミニマムかつ些細なもので、一官僚軍人としては優秀な部類だが、才能はあくまでも官僚の範疇に収まる事が不幸と言える。かの木戸幸一が公職追放で失脚する羽目になったのは、東條英機が功績で爵位を得たかった(ひいては自分の父親である英教の悲願を果たそうとした)と発言した一方、同位体が日中戦争の泥沼化と東條の台頭の要因を作ったからである。東條英機や木戸幸一、松岡洋右などの、45年に存命であった史実の高級官僚や陸海軍高級軍人の一部は同位体の罪を背負わされる形で自主退職を促され、そのお抱えであったウィッチ達の多くがクーデターに加担する事になる。(東條はイエスマンしか興味がない男への対応とは真逆に、ウィッチにはかなり寛容であり、かなりのウィッチを財政的に援助していた。これは同位体が零部隊を作ったのと同様であり、東條の実父へのコンプレックスも大いに関係していたのかもしれない)

「東條閣下、ウィッチにはかなり受けがいい人なんだけどね。やっぱり同位体の罪は背負わされる、か」

「向こうの日本を破滅に追い込んだ責任はあるからな。罪を背負わされるのは仕方ねぇよ。それだけのミスを彼はした」

「私、姉が死んだ時、当時に佐官だった彼に会ってるのよ。彼、当時はまだ少佐くらいだったかしら。姉が夭折した時、まだ小さかった私に声をかけてくれたのよ」

「気配りはできたからな。だから、人気はあったんだよ。連隊長やそのくらいまでならなぁ…」

東條は一軍の統帥は不可能だが、連隊長までは無難にこなしていた。そのため、同期である前田侯爵の言うことである『東條は軍の統帥をする器ではない。あれでは国が滅ぶ』という苦言は本当である。彼はウィッチ世界では存命なので、この時点では陸軍予備役大将である。(太平洋戦争で現役復帰)また、前田侯爵は黒田の件で黒江にある『貸し』を作っており、その関係で黒江と懇意である。この時点では、Gウィッチの支援者に名を連ねている。

「東條で思い出した。その同期の前田侯爵には黒田の一件で貸しがあるから、それを返さねばならんぞ。黒田の当主就任に圧力かけてくれた恩がある」

前田侯爵(陸軍大将)はレイブンズに好意的な高官の一人だ。黒田の当主就任を後押しさせる声明を出す事で、黒江に恩を売っている。その関係で黒江は彼の自分達への後援を交換条件として引き出しており、ある種の取引をしていた。彼も大名系(豊臣秀吉が権勢を奮った時代、五大老の一人であった前田利家の末裔)華族であるので、その身分の剥奪は避けたかったのだ。華族は扶桑では昭和初期までに特権の殆どは無くなっている。だが、義務は引き続き課せられる、危うい身分であったが、旧時代の支配層の温存も華族の目的であったため、存続に反対する意見も多い。皇室に問題が飛び火する事だけは国民全体が恐れたのもあり、結果として存続している。また、史実より勲功華族が多く、女性当主も当たり前であるため、日本ほど悪感情が一般層に無かったのも関係している。日本が戸惑った要因は関東大震災が無く、浅草に老朽化しつつあるとは言え、凌雲閣がまだある事だった。(1890年のものなので、半世紀近くが経過し、相当に老朽化していたが、奇跡的に現存していた)関東大震災が起きなかったため、東京の下町は史実江戸期の風情が残っている事でもあり、国土交通省が大いに困惑した。そのため、再開発事業は史実新宿区などから始まり、浄水場の新設を伴う、23世紀の技術も使ってのオフィスビル街化のモデルケースとされる。また、郊外の再開発も始まり、予算獲得の方便に東京五輪が使われたというのも不思議な巡り合わせであった。南洋島で実験をしてからの建設となったので、一時(戦争中)は軍事面の需要もあり、新京都市圏が東京都市圏より賑わったという。


「貴方、取引したのね」

「彼の五大老の子孫っていうネームバリューを使わせてもらう。うちも華族の端くれになるから、政治的後ろ盾は必要だろ。それに、黒田の家が新京の重工業事業を新しく興すとか言うから、出資を頼んだんだよ」

黒江は華族としての後ろ盾に前田家を選んだ。これは前田が比較的裕福であったこともあるが、21世紀でも人気がある武家であるからだ。騎士爵に過ぎない黒江は新参者として見下される事を悟っており、有名な武家の後ろ盾が家に必要であったからで、黒田に迷惑をかけないために前田家に取り入ったのである。前田侯爵もレイブンズを俊英と気に入っており、彼自身も黒江の持つ人脈と黒田家とのコネを今後のために必要としたため、取引を行って黒江、穴拭、加東の三家の後援を引き受けた。そういうところで前田家は用意周到な血筋であった。新参者の三家の信頼を勝ち得るため、前田家は黒田家と対照的に統制の取れた行動を見せ、レイブンズの後援者という印象を強く一般層に印象づけようとした。伊達に加賀100万石を誇ったわけではなく、黒田家への財政援助も行うなど、華族の中でも戦国大名時代のノウハウの継承が上手くいった故のしたたかさで扶桑華族に君臨するようになる。

「前田に取り入ったの?」

「向こうも華族の身分の消滅を恐れていてな。利害が一致したんだ。日本と違って、女性当主も爵位得てるし、内親王が国家緊急権行使してるのに、向こうは男性優位社会ってフェミニスト連中が叩く。ゼントラーディとメルトランディの不毛な戦を教えたいぜ」

扶桑華族は日本の旧華族より欧米の貴族に近い存在であり、皇族軍人もお飾りではない。それが知れ渡ると、日本の強硬な華族廃止論は一気に萎んだ。ノブリス・オブリージュの体現がなされているからで、その否定は欧州貴族の存在否定だからで、流石に国際問題になるし、現にウィッチ世界の貴族社会は大いに混乱している。また、ウィッチの存在で、かなり女性当主も多いため、日本よりむしろ女性の地位が高い。レイブンズが軍の英雄である事からして、女性は同時代の日本帝国よりよほど(義務を果たせば、だが)開放された地位にいると言えよう。

「宇宙戦艦ヤマト、厳密に言えば、そのパワーアップバージョンだが…まで参陣してる戦なんだぜ、これは。馬鹿らしいくらいだぜ」

黒江は容姿は変えたままだが、一貫して毒舌である。調の可愛い声色で毒舌を吐くので、ギャップがある。黒江は仕事で変身はめったにしないが、義理の娘との区別のために変身している。

「IS世界ほどじゃないが、呆れるぜ、向こうの日本の連中にはよ」

「愚痴るわねぇ」

「日本には多すぎんだよ、男女問わず、義務を果たさないのに、権利だけ喚くクレーマー。だから、のび太んちで小遣い稼ぎやってるわけだ」

「あなた、注文が入ってたわよ」

「マジか?内容は?」

「これよ」

「あとで、シンフォギア姿で撮影するか」

黒江は小遣い稼ぎの写真撮影に熱心であった。ストレス解消も兼ねているためだろう。調も途中から加担しており、小遣い稼ぎにしている。それは風鳴翼が苦言を呈する理由の一つだが、SONGから調も離脱したため、なんとも言えない気持ちである。切歌は当初、離脱を考えたが、ナーバスになるだろうクリスを気遣い、SONGへの在籍は続ける方向になる。クリスは元々、調の離脱には反対し、引き留めようとしていたのだ。また、最近は精神不安定が顕著である(なのはの行為や、ガングニールの力にリミッターがかかった現状もあって精神不安定が表れ、赤松が戦闘復帰可能な程度の精神状態に戻している)響の事もあってのことだった。黒江の行為はシンフォギア装者からは苦言を呈される事も多いが、調を鍛えた恩義もあり、年長組が折れる形で承認しているのである。

「言ってる傍から…」

「いいだろー。あいつ、今はマドリードで忙しいんだぞ、広報の撮影で」

「智子がぶーたれてるわよ」

「仕方ねぇよ。あいつはあん時の人気が今や仇になってるんだ。広報も俺にいい若手で、名が知られていない者を依頼してきたから、調を紹介した。肉体年齢は宮藤やイリヤと似たり寄ったりだから、向こうの要求にもピタリだった。昔の智子よりあどけない顔だが、今の時代はそれのほうが受けるそうだ」

智子は凛々しげな顔つきだが、かつての人気はその若々しさと強大さへの反感に代わり、のび太にも同情されるほどに後輩から妬まれた。また、広報からも『今では扱いづらい』とされ、広報関係には呼ばれる機会が減った。その代りに、弟子筋で、次世代とされた調が重宝され始める。その関係で、智子はぶーたれたのだ。(この時期に正式に名字を本来の『月読』から、元は師のうろ覚えと勘違いを由来とする『月詠』へ改名し、他世界の自分自身の枠から開放されしGウィッチとしての道を歩みだす調。覚醒後は黒江達やのび太、ドラえもんに強い家族愛と親愛を持つようになっている。特にドラえもんとのび太とは、精神的にSONGの面々に罪悪感を抱いていた時期からの付き合いであるので、自分が孤独と罪悪感(主に先立たれた孤独や、SONGの面々に背を向けるような形で出奔してきたため、罪悪感があった)にさいなまれていたのを受け入れた上で、新しい生き方を示してくれた事から、それ以来、兄のように慕っている。そののび太は意外にも、生来の優しさを理解する者にはモテモテという属性があり、そこに『大長編ドラえもん』補正がかかれば、更に顕著になるため、たとえ小学校時代が周囲から酷評の嵐であろうとモテる。のび太の人徳もあるだろう。のび太は意外な事に、メンタル面は弱いようで、亡き祖母が死没の数日前に言い残した『ダルマさんは偉いね、泣かずにひとりでおっきできるもんね。のびちゃんもそうなってくれると、おばあちゃん、とっても安心なんだけどな』という最後の遺言とも取れる一言を行動原理とし、祖母との思い出を引き金に奮起するなど、目を見張るほど強い面も存在する。その強さと優しさの同居を調は思慕し、のび太が家庭を築いても傍に居続けている。元々の家族の記憶がない調にとって、野比家や古代ベルカでの日々が真の意味で安らぎ(傷の甞めあいでない意味で)を得られた時間であり、野比家を守るという使命を自らに課した真の理由でもある。

「あいつはのび太の優しさに心底惚れた。たとえ、静香と結婚することが分かってても、傍に居続けてる。オリヴィエを守れなかった後悔からだろうな」

「オリヴィエ・ゼーゲブレヒト、古代ベルカ最後の聖王ね」

「ユーノに調べさせてるが、どうも調の奴、聖王の宿命を知ってから、かなり思い悩んだ末に修羅になって、俺の姿でだが、国をマジでいくつか滅亡させてるみたいだ。その時にエクスカリバーが目覚めている」

「本人に自覚は?」

「その時は無かったらしい。ただ、ベルカ戦争時代の記録には『高エネルギー放射と、雷を操る聖王の側近の斬艦刀使い』との記述が残ってる。知らず知らずに撃ってた可能性はある」

「で、ベルカ戦争後に実権を握ったミッドチルダの統治が次元世界に及ぶにつれ、忘却されていったと」

「らしい。だが、それだけじゃ、のび太の傍に居続けてる理由には弱い。恐らく、オリヴィエとの約束を守るためと、擬似的にしろ、家族と信じた者を失いたくないんだろ。鉄也さん(剣鉄也)もそうだが、本当の家族の愛を受けられなかった者は家族と信じた者との関係が壊される事、その環境を壊される事に怯え、それ守ろうと必死になる。あの鉄也さんも例外じゃなかったからな」

「だから、鉄也さんが可愛がってるのね」

「妹みたいな感覚なのさ。あいつも昔の鉄也さんと同じだ。のび太との交流で得た安らぎを壊されたくないんだよ。たとえ、それが切歌であっても」

剣鉄也は孤児であるコンプレックスが原因で、ピンチを度々招いたが、それと似ていると説明する黒江。調がこの時期、聖闘士になる前の切歌と疎遠になったのは、のび太との擬似的な家族関係を壊されるのを恐れたためである(切歌は実際にのび太に襲いかかった事がある)。ある意味、切歌が聖闘士になる要因はその自分が立ち入れない、擬似的な家族関係に気づいたからで、切歌も相当な試練の時期を迎えていく。響が不満に思ったのは、それまでの仲間(切歌、マリア)を切り捨てたも同然に出奔した事であり、そのあたりをひっくるめてのバトルが必要と睨む黒江。その調の姿でいうので、妙に説得力があり、武子も唸ったという。



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