外伝2『太平洋戦争編』
行間『坂本Bの散策』
――坂本Bは1947年の転移時からしばらく、扶桑各地を回ったが、『自分の次元と似た出来事は起きているが、経緯が違う』事を認識するのに、そう時間はかからなかった。扶桑海事変の立役者が文字通りに『陸軍三羽烏』(スリーレイブンズ)であり、そのメンバーが黒江、穴拭、加東である事、自分たちはリバウ撤退戦以前の段階で転出し、撤退戦には関係していないこと、また、501の功績に深く関わったのが連邦軍であり、芳佳が『空の宮本武蔵』の異名を誇るいっぱしの撃墜王になっていて、戦闘面でも名を馳せているなどの違いに驚愕した。
「宮藤が……空軍の撃墜王だと!?ど、どういう事だ!?」
「あー、坂本のBよ。少しは落ち着けよ。ガキみたいだぞ」
「し、しかしだ、義子。私の弟子が大成したのは嬉しいが、あいつが撃墜王だなんて、ギャップが」
「そもそも、宮藤の奴の育ち方からして違うしな。プロの戦闘集団の中で揉まれて、501も連邦軍の庇護下でブリタニアを戦ったから、解散命令はすぐに撤回されてるし、宮藤も不名誉除隊からの再入隊にはなっていないから、今や中尉だぞ」
「何ぃ!?」
「マロニーのクソ野郎の命令がガランドさんの着任で取り消しになったからな」
「本当か?こちらでは、閣下は後釜にはなってくれたが、それは無理だったぞ?」
「そもそも、ガランド閣下も扶桑海事変に最後まで関わったから、ウチラにとびっきり好意的だしな。黒江さんと懇意で、黒江さんが連絡入れれば、ルーデル大佐をよこしてくれるよ」
「どうしてそこまでしてくれるんだ?」
「聞いた話だけど、ガランド閣下が大尉時代、こっちに観戦武官として来てた時、カールスラントへの飛行ルートが潰された上に、乗ろうとしてた飛行機が爆破されたんだ。お前らの目の前で。で、三羽烏の皆さんが大暴れしたんだけど、後の祭りでな。結局、閣下が帰れたの事変が終わった後で、帰国してすぐにカールスラントの攻防戦だったから、扶桑に迷惑をかけたと思っていてな」
ガランドは1937年に観戦武官として着任してから、交通の安全が確認された戦後の1939年まで、扶桑に留まっていた。が、帰国後すぐに大戦が始まり、ノイエカールスラントに疎開せざるを得なくなった。そのことから、ガランドは自分に親身になってくれた扶桑に感謝すると同時に、扶桑に馴染んでおり、1948年現在は退役の予定を立て、『孫達』とゆっくり隠居するための家を、扶桑に買っていたりする。(隠居出来ないのだが)
「親扶家なんだよ、彼女。こっちだとな。隠居する暁には、軽井沢かどっかに買った家で、孤児院から引き取った養子さんとゆっくり暮らす予定らしいから」
「ガランド閣下が隠居?それじゃ閣下の後釜はだれが?ルーデル大佐が?」
「グンドゥラ・ラル少佐が抜擢される手筈だそうだ」
「502のあの人が?」
「そうらしい。ミーナ中佐だと誰もが思っていたんだが、ラル少佐を選んだ。ミーナ中佐、ロマーニャでヒステリー起こした事が結構あってな。ロンメル将軍やパットン将軍もミーナ中佐のストレス耐性の高さは評価したんだけど、追い詰められると、ヒステリー起こすのがマイナス点になったんだ。それで危うく聴聞委員会ものだったし」
「ああ、あいつは特に私が傷ついたりすると、極端な反応を見せる。が、ここじゃ聴聞委員会になりかけたのか……」
「ああ。三羽烏の皆さんが501に来たのと、戦局が厳しくなるのと、お前が上がりを迎え始めるのとが重なってな。合理的判断を下す黒江さんにヒステリー起こすことも度々あってな。特にお前を前線から引き離そうと進言した時は怒り心頭、怒鳴ったそうだ」
「信じられんな、ミーナらしくもない」
「これはバルクホルンやエーリカの推測なんだが、中佐はお前を含めた501を『家族』と思っていてな。その関係を三羽烏の皆さんに壊されるんじゃないかって怯えていたらしいんだ。言わば、あの人達は途中でやって来た余所者、それも年齢見ればエクスウィッチなわけだし」
――ミーナのヒステリックな一面が軍上層部に露呈したのは、エーリカの通報がきっかけである。黒江達は連邦軍で再教育を受けているため、合理的判断を下すだけだが、坂本の事や、規則違反になるような事をすると、ヒステリックな面が顕著に現れる。また、西沢の口からは、ある日にアフリカから連れてきた金子主計中尉と親しげに話す真美達を咎めたのがきっかけで、フリーダムな隊風であった圭子と揉めた事、本意ではないにしろ、アフリカを愚弄してしまい、キレた圭子に『修正』を受け、圭子によって謹慎処分を逆に下された話が聞かされた。
「加東を怒らせるだと?」
「ああ。こっちじゃ、あの人、完全にブチ切れると前後の見境どころか、理性がぶっ飛んで攻撃性を顕にする性格でな。中佐が男に惚れこんでた反動の男恐怖症で、ケイさんがアフリカから連れてきた主計中尉に仕事を回さないで、邪険に扱ってな。件の主計中尉がケイさんに泣きついた事で判明してな」
――その時の様子は以下の通り
「主計とのコミニュケーションは部隊の補給を左右する死活問題なのに、円滑な連絡もままならないろくでもないルール作って、なに考えてるんですか!」
「わが隊に配属された以上、我が隊のルールに従ってもらいます、少佐」
「それは理解しますが、補給は戦いの要ですよ、その担当者が男だからって、邪険に扱うことないじゃありませんか!!」
圭子の剣幕。ミーナは上層部の差し金で配属されてきた一人である圭子を警戒しており、その圭子が連れてきた金子主計中尉を邪険に扱っていた。それを知った圭子が怒鳴り込んできたのだ。エーリカは黒江から、『切れたら基地を破壊しかねない』圭子のゲッター線モードの存在を聞かされており、なんとか事を穏便に収めようとしたのだが、ルールに固執するミーナと圭子の話し合いは平行線で、圭子が切ったカード『サボタージュとして上層部に報告』に対し、ミーナが圭子の矜持を愚弄する一言を本意ではないにしろ、口をついて放ってしまった。エーリカはこの時、顔色が一気に青ざめた。
『アフリカくんだりまで飛ばされるくらいだから大した能力有るわけでもないでしょ?』……と。その時、圭子の中で何かが切れた。瞬間、高濃度ゲッター線の赤いオーラが発言し、拳で壁を思い切り凹ませる。
『こちらハルトマン、緊急事態発生!繰り返す、こちらハルトマン!!緊急事態発生!!空中勤務者は空中退避!!地上要員はスーパーバルカンベースへ避難されたし!これは演習ではない!繰り返す、これは演習ではない!』
エーリカは咄嗟に、隊内放送のスイッチを入れ警告を発する。切れた圭子の破壊力を知っていたからだ。そのため、隊は大パニックとなった。
「……アフリカの地の涯で部品供給率九割維持できる主計を無能扱いとは、大層なものですね……?」
圭子はゲッターに魅入られた後は、切れると攻撃性が遥かに増す。瞳からはハイライトが消え、普段の大人しさと打って変わっての攻撃性を見せた。能面顔ながら、纏うオーラだけで床や壁を凹ませるその姿に、ミーナは自分のした事の愚かさを悟った。
「中佐殿には、トブルクではなく出先の前線基地で、ここの主計に何にもない所からストライカー4機を2週間作戦行動をさせる物資を2日で手配出来るだけの力量が有るのですね?ぜひ拝見させていただきたいものですよ」
圭子はミーナを煽るが、ミーナは反論できない。自分の配下には、そこまでの事が可能な主計要員はいないからだ。
「……我がストームウィッチーズが、補給事情の苦しいアフリカの地で、どんなに奮闘したか。どんなに苦労したか。それを知りもせずに、よくもまぁ、『『アフリカくんだりまで飛ばされるくらいだから大した能力有るわけでもないでしょ?』などとぬかしてくれましたね!?ええ!?」
圭子は切れているため、途中からは喧嘩腰になっていた。エーリカはミーナに『謝れ!』とアイコンタクトを送る。これ以上、事態が深刻化すれば、ミーナは軍病院行きが確定するからだ。だが、ミーナは引っ込みがつかなくなったらしく、発言の撤回に躊躇した。だが、その一瞬の内に、圭子が手に持っていた持っていたペンが破裂音立てて粉末状になる。これは怪力の固有魔法のウィッチでも不可能な芸当だ。しかも、指三本でつまんでるだけなのに、である。金属製の万年筆が一瞬でガラクタ以下になる。これは恐怖を煽るのに充分だった。
「……ヒッ……」
ミーナは恐怖し、咄嗟にワルサーPPKを圭子に向ける。圭子の目は冷たかった。恐ろしい目である。戦鬼の目だ。自分達の持つことがないであろう目だ。腕がガタガタ震え、引き金に指をかけられない。
「ミーナ、銃を下ろしなよ、ミーナ!!」
ハルトマンの怒鳴り声も恐怖で耳に入らないミーナ。圭子は万年筆の欠片を指弾にし、PPKを弾き落とす。
「覚悟もないのに、銃を抜いてはだめよ?」
この時はいつもの口調に戻っていた。オーラは出たままだが、その目はいつもの温和なものへ戻っていた。へたり込んで泣き出すミーナ。子供のように泣きじゃくる。圭子はパシーンと戒めのビンタを見舞う。俗に言う修正だ。
「これからは気をつけなさい。仲間を守りたいのは分かったけど、自分の殻に閉じこもってないで、回りを見なさい。あなたには仲間がいる。そうでしょう?」
圭子は戦士属性の他に、母性属性も持つ。ミーナは自然に圭子の母性に安らぎを感じる。
「(ちょっと脅しがすぎたかなー?)で、主計や整備員と話も出来ないんじゃマトモに作戦行動なんて出来ない状態になるんだけど。 まぁ、節度は必要だけど、今のルールはやりすぎじゃない?」
「は、はい……」
「ロンメルやパットンも言ってたでしょう?分かった?『ミーナ』」
圭子は最後に、微笑う。優しいいつもの笑顔だ。
「少佐、どうする?」
「坂本と黒江中佐、それとDに連絡取って。中佐には始末書を提出を……」
「いえ、自主的に謹慎します。始末書は後で提出するわ。……ちょっと、心の整理をつけます。少佐、先程はごめんなさい。心にもない事を言ってしまって……」
「分かっていただければいいんですよ」
――この日からしばらく、ミーナは謹慎し、隊の指揮は黒江が代行。作戦はラルと圭子、竹井との合議制が取られた。ハルトマンはその調整役として働き、その功績もあり、皇帝から勲章を授与されたという――
「――そんな事があってな」
「私の世界にも似たような事はあったが、そんな事になったのか」
「ミーナ中佐は、とかく上層部から隊を守ろうとするあまり、きっかけがあると暴発しちまう危険性が公になって、経歴に傷がついた格好になってな。再教育のために、今日から2年は未来世界に異動になったそうだ」
「帰ってくるのは、1950年か。この世界のミーナはなぜ?」
「お前が心の拠り所だったんだろうな、ぶっちゃけ。で、仕方がないけど、お前はこの世界だと、三羽烏に、おっと、あたし達の世界じゃ、陸の三羽烏を『スリーレイブンズ』、海の三羽烏を『クロウズ』と呼び分けてるんだ……で、スリーレイブンズに恩義があって、頼りにしている。それで『家族関係』を壊されると怯えたんだろうな」
西沢の心理分析は、かつての剣鉄也に近いものだった。剣鉄也も、兜甲児の帰還で『家族を奪われる』恐怖を抑えきれなくなり、最大のピンチを招いた。騒動の時にエーリカが止めようとしたのは、想い人の鉄也が犯してしまった過ちを、ミーナにはしてほしくなかったのだ。
「ハルトマンはなぜ、止めようとしてくれたんだ?」
「こっちのあいつには、想い人がいてな。決して実らないのを自覚してる上での。その人が過去に犯した過ちと、ミーナ中佐の陥った状況が似ててな。繰り返させたくなかったんだろう。取り返しがつかなくなっちまう前に」
ハルトマンの評価が急上昇したのは、新501の潤滑油としての役目を、シャーリーと共に努めていたのが高く評価された事、ガランドにF-104導入の際に直談判したなどの仲間思いの面がクローズアップされたのが要因だ。これまでがウソのような速さで、今や少佐である。
「そちらでのハルトマンは幾分、真面目になったのか?」
「と、言うよりは、仲間を重んじる性格がプラスに評価されたのと、自分が信じたものにとことん入れ込むようになったから、だな。ずぼらさは変わらねーし」
「ふむ……。あ、そうだ。北郷先生はそちらだとどうなっている?こっちだと、佐世保でウィッチ学校の校長に収まって、事実上は隠居しておられるのだが」
「こっちだと、統合参謀本部ウィッチ部の高官だよ。再編の時に、空軍できて、基地航空隊を取られる海軍を黙らせられる格好の逸材だったしな。江藤さんが第一候補だったけど、あの人は陸の出身で、おまけに手が早いし」
北郷の進路も世界線が異なると、根本的に異なる。完全に退役したBの世界線では、北郷は佐世保でウィッチ訓練学校の校長に収まったが、この世界線では『統合参謀本部の高官』である。リウィッチ化しているとは言え、おいそれ前線に立てる立場でもないので、統合参謀本部でデスクワークをしている。江藤と共に名が上がったが、北郷が選ばれた。海軍を黙らすのにうってつけの逸材だったからだ。
「うむ。あの時もそうだったしな。先生はどちらに?」
「今日は本土で防空部隊の視察だったかな?」
「防空部隊、か。ウィッチの状況も、ここだと随分変わったようだな」
「なり手が随分減ったしな。一番多かった5、6年前の半分程度だ。今じゃ軍に入ること自体が『物好き』って言われるしな」
――日本などとの交流は、反戦思想なども持ち込まれる事でもあった。そのため、1948年にもなると、軍隊の募集制度が完全に志願制へ移行した事もあり、一時のブームが収まった現在では、志願数は最盛期の半分程度に落ち込んだ。そこから航空へ行ける者は更に限られてしまうため、前線の補充どころか、『櫛の歯が欠けたように』減っている有様であり、リウィッチ化作戦が完全に取り止められていない理由でもあった。そのため、リウィッチと現役世代がぶつかり合うことも珍しくなく、64Fの存在理由の一つは『リウィッチの受け皿』でもあったのだ。
「『物好き』、か。私達が子供の頃は、皆、『国家に奉仕する事が、女子の最大の誉だ』なんてのたまっていたのに、リベリオンの思想が入っただけで、この有様か」
「坂本B。この世界の時勢で、それ言ったらまずいぜ」
「民主主義は大いに結構だが、義務はあるだろう?守るべき義務が」
「お前は修身の授業、真面目に受けたクチか?ったく、お前の発言は誤解招くぞ。誰が聞き耳立ててるかわかんねーんだぞ?この世界のおめーの未来に悪影響出たらどうするんだ?」
「すまん。時代遅れなのかな、私の考えは。親や姉妹たちから、常に言い聞かせられて来た事だが……」
――どこの世界でも、坂本は『ウィッチたるもの、国家に奉仕するべし』という思想を持っているのが分かる。これがこの世界における『自身の子』との確執、後々の『子と孫の確執』に繋がってしまうのである。坂本の『扶桑撫子の最大の誉は国家に奉仕する事』という考えが時代遅れになりつつあった証は、ウィッチ志願者の減少という事実だった。また、日本の教育関係者が『教え子に銃を持たすな』運動を扶桑でも展開した事も複合して作用した結果であった。そのため、後々に自衛隊が設立される。幹部の多くがこの時期に魔力が発現した世代だったのは、軍に行かなかった事を後で後悔した者、軍に行かなかった事が家族関係の崩壊に繋がってしまった者たちが、せめての罪滅ぼしにと、入隊を次々と志願したからだった。自衛隊のそもそもの設立目的は『殺し合いが出来ないウィッチへの救済措置』だったが、いつしか『ウィッチ達にとっての義務の果たし方の一つの手段』として定着するのだ。(坂本の子である美優が死後に批難されるのは、優秀なウィッチになり得たのに、自衛隊にすら行かずにウィッチの力を疎んじたためだ)
「確かに、お前みたいな考えのやつは少なくはないさ。ノブレスオブリージュの考えは生きてるしな。だけど、結構多いんだよ。銃を取るよりも、農業とかやったほうが褒められるって考えの奴。日本の奴らには多いから、それが伝染したのもあるな」
「ああ、別世界の扶桑だろ?なぜ、軍隊は警察以下の存在なんだ?意味が分からん」
「相手にすんな。奴らの左翼系の連中は自分達の過去の軍隊とあたしたちとをごっちゃにしてるから、クレーム処理が大変なんだからよ」
扶桑軍に新設された部署が『クレーム処理』専門部署である。これは前線に配備予定の飛行隊を『本土防空を軽視している』という日本からのクレームにより、本土防空部隊に改変せざるを得なくなった事で、今度は自軍の前線からクレームが来た事が原因である。扶桑は基礎工業力と資源の差により、史実日本軍よりも数段、強力な防空網が既に構築されてはいたが、本土空襲の恐怖を覚えている日本からは『せめて近接信管を備えた高射砲くらい用意しろ』、『高度10000mまで上がれない戦闘機はガラクタ』とまでのたまう者もおり、広報二課がそれに応対した。結果、ストライカーもレシプロ機の殆どは1948年には『戦闘爆撃機』、あるいは『戦闘襲撃機』と分類分けがなされ、紫電改・烈風・疾風・雷電・震電以外のレシプロ機は甲戦から外されていた。
「どこが対応してるんだ?」
「広報二課だ。あそこがクレーム処理を一手に引き受けてるよ。そう言えば、閃電と陣風っていう計画機をプロパガンダに使ってるってのも聞いたな」
「閃電?陣風?聞いた事がないぞ?」
「計画だけの機体だよ。作る前に計画が消えたり、モックアップは出来たけど、その段階で統合されたりの」
「あるのか?」
「うんにゃ、結構ある。景雲とか迅電とか、陸風とか……」
既存機の改良による性能向上で存在意義を失ったり、ジェットの登場と普及でそもそも作る意義が消えたりして立ち消えになった航空機は多い。烈風はかなりの段階まで進んできていたため、連邦も日本も中止には出来ず、早期にターボプロップ機化することになった。また、ストライカーの方は紫電改に一本化されたため、震電用のハ43を改良し、大馬力化させた紫電改を最終モデルとしている。
「烈風はストライカーの方は試作機で打ち切りになったから、パニックになったよ。一部のエースにもう試製品は出回ってたところに『ライン閉じる』なんて言われたんだぜ?」
「だろうな。強引すぎないか?試製品が出回ってたのを量産しないとは」
「仕方がないといえば仕方がない。P-51Hなんて、780キロで、震電より速い。それが現れてるから、量産の意義も無くなってたし」
烈風ストライカーは、敵のレシプロに於ける極限を極めた新機種群により、その存在意義を奪われ、試作段階で打ち切られてしまう。だが、素直な操縦性は評価されており、若本はしばらく、ジェットの使えない時は本来の量産仕様に改良させて使用させた、西沢は『排気タービン』を積ませて、予備機として長らく愛用したという記録が残されている。
「なるほどな。で、今はジェットを主力に?」
「お前の世界では、まだまだ欠陥だらけなんだっけ?」
「ああ。部下が墜落してな。ハルトマンが特に警戒感持ってるよ」
「バルクホルン少佐か?」
「知ってるのか?」
「一緒にドンパチした事がある。こっちじゃ、ハルトマンはバリバリでジェット使ってるぜ?」
「う〜む。当人が聞いたら腰抜かすぞ?」
歩きながら話す、西沢と坂本B。坂本Bの常識ではありえないような出来事の連続に、坂本Bは関心したりだった。新京の副都心を歩く二人。すると。
「おーい、宮藤」
「あ、西沢さんと、若い坂本さん」
芳佳Aだ。坂本Bとはこの時が初めて面と向かっての邂逅だった。
「なんだ宮藤。若いとはなんだ若いとは。ここの私とは、たった2、3歳しか違わんのだぞ」
「あはは、すみません」
坂本Bは芳佳Aを観察してみる。一見して、自分の知る芳佳と姿形は同じだが、撃墜王としての風格があり、姿勢も剣技をしている人間のそれになっていた。
「休暇か?」
「はい。みんなから頼まれた買い物の途中で。これがメモです」
「ふむ。服部もいるのか?」
「はい。それと雁渕さんの妹のひかりちゃんが移籍してくるんで、雁渕さんが色々頼んじゃって」
「雁渕……。あー、リバウの撤退戦のときにいたあいつか」
坂本Bは、記憶の引き出しを探り、探し当てた。記憶力のあまりいい方でないらしい。西沢もそうだが、坂本よりはマシと思っているので、安堵している。
「雁渕さん、相当なシスコンですよ。バルクホルンさんと同じ感じがしますけど、程度は軽いかな?」
「お前、意外に辛辣だぜ、そのコメント」
西沢が呆れる。雁渕にシスコンの毛があるのを、バルクホルンで慣れている芳佳は感じ取ったのだが、お固いバルクホルンよりは接しやすいので、その辺は楽らしい。
「でも、雁渕さん、結構あそこ……気持ちよかっ……」
「義子!」
「分かっとる!……公共の場じゃわきまえろってんだろ!」
「いったーーー!」
デコピンが飛ぶ。
「後で、黒江さんにお仕置きしてもらうかんなー」
「うぅ……すみません〜」
「このおっぱい星人め。自重しろ、自重!」
謝る芳佳。怒る西沢だが、リバウ三羽烏(クロウズ)の中で一番の問題児であった西沢が叱る側にいるという事が可笑しくなったらしく、大笑する坂本B。世界の違いを実感した瞬間かもしれない。
――64戦隊隊舎
「ふぇーくしょん!!」
「なんだ雁渕、風邪かよ」
「いえ、誰かが私のことを噂してるんじゃ?」
「大方、宮藤がお前のボインちゃんの事でも妄想してんだろ?」
「せ、先輩!!」
「ハハハ、じょーだんだよじょーだん」
黒江と雁渕はこの日、ローテーションのシフトの日では無いので、待機組であった。二人でスマホをいじっていたりする。武子や智子、圭子が空中で戦っている中、待機組の黒江と雁渕は暇であった。
「菅野の奴は姉さんと休暇取ってるし、宮藤は買い物に行かせた。他の連中は前線。私達二人だけってのも、なんかなぁ」
「もしかして、寂しいんですか、先輩」
「ガキの頃のトラウマなんだ。6つくらいの頃、お袋から激しい折檻を受けてからというものの、こういう場面に弱いんだ」
「意外ですね、戦場じゃあんなに強いのに」
「ガキの頃の恐怖ってのは、なかなか拭えねーもんだぜ。雁渕。今でもな、時々、夢に見ちまうんだ、その時のこと。昨日はゴメンな。寝ぼけて添い寝しちまって」
「それでなんですね。それでなら構いませんよ。人は誰にでも、忘れられない恐怖の一つや二つはありますから」
黒江は実のところ、寝ぼけると、ランダムに誰かの部屋に行き、添い寝をしてしまう。そのため、武子は圭子、智子、自分の順番で黒江の私室に近く配置しているのだが、トイレなどを挟むと別のところに行ってしまう事もままあり、スリーレイブンズ以外では武子、芳佳、菅野、西沢が、そしてついに雁渕孝美も被害者になったのだ。
「すまんな。ガキの頃から上の兄貴達にも言われてるんだが、未だに治らん」
「そう簡単に乗り越えはしませんからね、子供の頃の恐怖は。無理に治そうとするより、受け入れたほうが」
「そうかなあ」
「ええ。……あ、先輩!」
「どーした?」
「サーティ○ンアイスクリーム、今日からバーゲンです!」
「何ぃ!?どこでもドアだ!どこでもドア!」
「は、はい!」
なんだかんだでお年頃の女子である二人、スイーツには目がなかった。バス○ン・ロビンス社の展開するチェーン店『サーティ○ンアイスクリーム』が大好きで、どこでもドアで新京の副都心の店舗に行き、フライトジャケット姿で買いにいく。その姿を目撃した芳佳たちは……。
「西沢さん、坂本さん、あれ」
「……あのバカ!」
雁渕がどこでもドアで基地から直接、フライトジャケット(下は海軍第二種軍装)姿でアイスクリーム屋に駆け込む姿に、西沢は思わず額を抑える。が、坂本Bはまたも大笑し、『ハッハッハ、お前だって通った道だろw」と笑い、西沢を赤面させる。
「さ、坂本!お前って奴は……」
「お前だって若い頃、団子屋に入り浸ってたろう」
「うぅ、やっぱり……」
「ポッピングシャワーと、ラブポーションください」
と、店頭で注文する雁渕。雁渕も『リバウの翼』という映画の主役であったので、スリーレイブンズやクロウズに次ぐ知名度を持つ。そのため、まるで、人気ゆるキャラがきたかのような様相を呈する店内。元々、64Fはプロパガンダも入る部隊なので、ファンサービスは黒江の指令でしっかりするように言いつけられているのと、誠実かつ、人当たりの良い人柄なため、ある程度の人数のサインをさばき、西沢達に会釈をして、どこでもドアを開けて戻る。
「あー、ずりぃぞあいつ!坂本、宮藤!こうなったら、あたし達も行くぞ!」
「まて、今行けばもみくちゃにされて、アイスどころじゃないぞ。クールダウンしてから行こう」
「お前、頭いいな……」
「常識だろう、義子……」
「い、いえ、もう遅いらしいです」
「まじかよ……ファンサービス忘れんなよ、お前ら……こうなったらやけくそだぁ!!」
と、言いつつ、自分達は雁渕以上に顔が知られた有名人なため、すぐに見つかり、客や付近の通行人達が突進してくる。こういう時の一同ももはや慣れたもの、着実にファンサービスをこなす。西沢はアイスを食いたいがため、心の中で嘆きつつも、サインを書いたり、写真を撮られたりするのだった。
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