外伝2『太平洋戦争編』
六十話『黄金聖闘士』


――黄金聖闘士が三人も来たため、502の存在意義すら薄れてしまう事となった。ネウロイ軍が一気に撤退したため、ペテルブルグが前線で無くなったためで、502の目標だった怪異の中規模の巣、コードネーム『グーリゴリー』もエクスカリバー→ライトニングフレイム→ライトニングプラズマ→オーロラエクスキューション→エアで完全消滅した事で、ペテルブルグの安全が結果的に確保されたからだ。

「……こんな馬鹿げた報告、上に送れるか」

ラルBは、下原B、アウロラBが共同で提出した報告書に頭を悩まされていた。フェイト、黒江、智子の三人の力は下手な国家の軍隊丸ごとよりも強力であり、黒江がエクスカリバーとエアという二つの伝説の聖剣の力を宿していたという信じがたい事実も、ラルBを唸らせていた。

「あの二人のこの世界での経歴書が届きました。いずれもこの世界では『1943年』までにあがりを迎えているはずです。黒江綾香さんの方は505に在籍経験があるようです」

ロスマンが報告と同時に、智子Bと黒江Bの経歴書を渡す。いずれも1943年までにあがりを迎え、黒江はその年に退役→再志願をしている。智子も507の前身→同隊の本格指導の時期まで司令と隊長を兼任している。『この世界では』。

「……扶桑海事変が絶頂期で、この時期には引退して然るべき年齢、か。おかしい。どこで差がついたのだ」

ラルはまたも唸る。年齢層は自分の新人時代の教官から隊長の世代、扶桑海事変の従軍経験者、統合戦闘航空団の在籍経験者。華々しい経歴である。ここまでは同じである。問題は、『ウィッチとして順風満帆な一生』を送っておきながら、どうしてそれ以外の力を手に入れる事を選び、現役復帰したのか?それが謎である。

「入るぜ、少佐」

「どうぞ」

ラルは帰還したばかりの智子と黒江を執務室に呼び出した。黄金聖闘士として、聖衣を着てマントを翻しながら入ってきたので、迫力満点だ。

「その黄金の甲冑は?」

「黄金聖闘士の証、黄金聖衣だ。純度の高いオリハルコンなどで出来ていて、私らの魔力とは違う力の増幅器も兼ねている。この時代の武器じゃ傷もつかんよ」

軽く説明をする黒江。ヘッドギアは外し、片腕で持っている。全身を包み込む黄金色の甲冑は、装飾性にも富み、思い切り目立つ。

「オリンポス十二神が一柱、アテナに忠誠を誓った闘士の中でも最上位の者が纏える物だ。神話の時代から、破壊された事は一度しかない」

「一度とは?」

「聖戦の折にタナトスに破壊された事があるという事だ。あれは死の神だからな」

黄金聖衣は他の聖衣よりも、基礎強度が高いが、神格の攻撃では破壊されうる。そのため、黒江の代の修復の際には緋々色金を修復材に加えている。これはフェイトが提案した事で、フェイトはこの頃から牡羊座への転向準備を始めていたのがわかる。(同時に聖衣の修復術を修行している。フェイトが牡羊座の能力を持ち、サイコキネシスなどの能力を開花させたのも、この修行の成果だ。)なお、加工と精錬に神の助力と加護を必要としたため、現在に至るまでに精錬の仕方を知るのは皇室のみともされる。ただし、大日本帝国の消滅時にそれを放棄したとの説もあり、アテナがその確認に皇室を尋ねる事態にもなった。これは1947年の大日本帝国から日本国への改組の際に武力放棄派と現実主義者派が激しく衝突し、結果、21世紀には失伝寸前である。これは亡くなる前の幣原喜重郎と吉田茂とで対立があり、緋々色金の儀式と精錬を維持するかで揉めたからだ。幣原喜重郎はクェーカー教信者であり、日本国憲法にもその影響があった。が、後任の吉田茂が現実主義の施策を選び、自衛隊の設立と共に緋々色金の儀式を朝鮮戦争を理由に継承させたのは言うまでもない。神器を収める収納用の櫃の補修で定期的に必要なのもその理由で、これは未来世界でも同じだ。アテナは日本の宗教儀式扱いで神道団体の取扱いになっていた同金属の精錬法の伝授を、オリンポス十二神の一柱として公式に依頼。聖闘士世界の1990年のスクープとなったのはいうまでもない。また、未来世界の21世紀日本、23世紀地球連邦本星/極東管区にも同じ依頼をし、数の確保に勤めた。その加工品の一つは智子の手に渡り、軍刀に誂えて46年から正式に使用中だ。

「お教え願いたい。貴方方は神に忠誠を誓う闘士であるのなら、国家に奉仕する軍人としての誇りはまだ持っておられるのか」

「当たり前だろ?聖闘士である以前に日本……もとい、扶桑人だしな。神に忠誠は誓っているが、故郷を守るのは当たり前だ」

と、扶桑軍人としての誇りも持っていると明言する。なので、二人は扶桑/日本を故郷とし、それを護る事も自らに課している。そのあたりでスーパーロボット乗りたちと仲が良い。

「君は、向こうの君自身より気負いすぎのようだ。もっと肩の力を抜け。黄金聖闘士が三人もいるんだ。負ける要素は万に一つもない。オリンポス十二神の加護があるんだからな」

「オリンポス十二神、か。私の国ではオーディンなんだがな、神話は」

「場所柄も有るからオーディンとトールにも願掛けしとくか?」

「気楽に言ってくれる……」

「いや、トールになら会ったことあるわよ」

「ああ、戦神だっけ?神闘士の管轄だけど」

「神闘士が宛にならないからとか言って、先代の黄金聖闘士を生き帰らせた事がある縁で、最近は和解の協議中の時に列席してね……」

「……」

「おいおい、このくらいで固まるなよ。神道で生まれ育った人間には宗派云々は通用しないし……って分かるかな、これ」

「カールスラント人はどうなんしょ」

と、智子もこの調子だ。完全に二人のペースだった。



――別室――

「へぇ。アフリカでマルセイユ大尉の上官なんですか、あなたは」

「まぁね。押し付けられたに近いけど、一応は上官よ。もっとも、アフリカには『ここのあたし』が別にいるから、連絡しないでいいと言っといたわ」

圭子は、この時期のアフリカに転移前のBがいるため、連絡はしていない。ややこしいからだ。また、Bは戦いから離れていた時期があるので、Aよりおっとり成分があるが、対するAは10代当時のやんちゃ成分をそのまま持っているので、歴史改変でマルセイユとの関係に変化が生じている。

「同じ人物でも、平行世界で違いって出るんですか?」

ニパが聞く。圭子は頷く。

「ええ。直枝の例を取っても、あいつはこの世界だと、『強がってて、そのくせ孝美がいると張り切る』でしょう。こっちじゃ、名前の字が一文字違ってて、ここに来た時にはもう大尉だったとか、ウォーモンガー気質だとか、孝美との繋がりが希薄だったって違いがあるわ。それに、あの子が慕う人物も違うのよね」

菅野の場合、管野とあらゆる面で気質も違えば、姉のように慕う人物も違う。Bは孝美を慕うが、Aは西沢を慕っている。その孝美との経緯も違い、A(菅野)の方は同期/同じ343空の同僚であり、B(管野)は訓練学校の教官と教え子である。圭子の場合も似たようなもので、黒江との関係が希薄であったが故、後の『ホテル事件』の際、思いがけない言動が黒江Aの逆鱗に触れてしまい、巻き添えで廬山昇龍覇を食らっている。その事後である故、圭子は話していて、苦笑いを浮かべた。

「何かあったんですか?」

「ええ。ちょっと、ね」(黒江ちゃんの奴、ここのあたしに廬山昇龍覇食らわしてくれちゃって。自分が怯える姿って見たくなかったっての)

と、内心で愚痴る。その際、事件を聞いて、すっ飛んで駆けつけたのだが、そこでは、怒り狂って、拳を叩きつけて壁に大穴を開けながら怒鳴り散らす黒江と、鬼の形相にすっかり怯え、黒江Bは失禁寸前、自分に至っては顔面蒼白で見るに耐えない顔だった。黒江Bの怯えようはまるで、ライオンに出くわした小動物の如き有様で、自分自身は、怒り狂う黒江Aの攻撃の巻き添えを食らってしまったのが智子Aから知らされ、後に黒江を叱り飛ばしている。その時に智子Aが初めて、事態鎮静化のため、黒江Aにフリージングコフィンを使用したのである。そのため、黒江Aはフリージングコフィンの冷凍状態で智子によって連行され、その被害者をなだめるのが自分の役目になった。その事を根に持っているのだ。

「ここのあたしは現役は退いてるから、自衛以外で戦闘に出るのは少ないけど、このあたしは現役バリバリって違いがあるし。使ってる銃も違うしね。例えばこれ」

「ガバメント?」

「ベレッタのモデル92。この時代のM1934の後継の後継モデルよ。友人に選んでもらったのよ」

圭子は、BがM1934を私物で持っているように、Aはその二代後の後継モデル『モデル92』に取り替えていた。のび太がメカトピア戦争の時期に渡しており、それ以来の愛用である。圭子はベレッタ系を愛用しているが、第二次大戦前のM1934では、連邦も採用している9x19mmパラベラム弾が撃てないのと、同銃の使い込みもあり、メカトピア戦争の後から正式に愛銃とした。のび太が選定した部品精度の高い個体であるのに加え、圭子がカスタマイズしているので、既製品と異なる箇所もある。もちろん、現在の扶桑軍の制式採用品ではない(扶桑軍は現在、ブローニング・ハイパワーやM1911を採用しているため)ので、私物扱いだ。

「制式品?」

「いや、私物よ。本当なら、随分後で出てくる銃だもの。友軍との補給の都合もあって、とっかえたのよね」

日本軍は将校の護身拳銃を好きなモノにできるという風習があり、扶桑軍でも、将校文化の一環として、自衛隊の反対を押し切って残された。これはウィッチ閥などからの要望もあっての事だ。そのため、将校に関して、私物の拳銃を持つ軍令が存続している。これは銃社会がある程度あった戦前日本の風土を持つ扶桑皇国の事情があっての事だが、自衛隊の背広組からは『兵站のへの字も知らん』と小馬鹿にされていた。が、扶桑から陸自に派遣された初の部隊の人員から『S(特戦群)の連中や米軍のSEAL'sが予算で必要に応じて自分で装備揃えるのと一緒』と言われ、押し黙った。背広組は旧軍の風習を少なからず小馬鹿にするが、扶桑の将校文化がそのまま花開いている事への嫉妬もあった。そのため、扶桑の将校出身自衛官がそのまま帯刀している事が『特例』で認められる事などへ妬みがあった。扶桑将校出身の自衛官は自衛官であると同時に、扶桑皇国軍人であるので、厳密な意味での自衛官ではないためで、扶桑との国交上の問題も絡むので、扶桑出身自衛官に関しては『背広組の手の出せない聖域』である。生え抜き自衛官から不平の声もあるのはこの点だ。扶桑との国交成立後の扶桑出身者は外交上の都合もあり、優遇措置が取られている。それを背広組は不満に感じている。特に自衛隊を長年牛耳ってきたとされる『内務閥』は旧軍色が濃くなるのを恐れたが、この動きに手を打てなかった。自衛隊の起源は『警察予備隊』なため、旧軍の伝統は海自以外は重んじていない。が、扶桑出身者が増えてきた事により旧軍色が復活するのを恐れた彼らだが、もはや旧内務閥の消滅から幾星霜の日々が経った21世紀では衰退の様相を強めていた。その事もあり、黒江は私物の拳銃を公務で使用しようとしたが、さすがに銃刀法の問題もあり、取りやめたとの事。

「で、あなたの相棒は何を使ってるんです?」

「私物じゃマグナム使ってるわ。たしか44マグナムだったかな。357より強力よ。智子の方はP226だったような?」

「マグナムかぁ。リベリオンで売り出されてるっていう、あの?」

「そそ。この時代だと357マグナムが最新だけど、未来じゃ44マグナム弾も500マグナム弾もあるわね」

この時代でのマグナムと言えば、ジョージ・パットンも愛用する『M27』だが、黒江は私物として『M29』を持ち込んでいる。この時代ではオーバーパワーな拳銃である。もっとも、これはダブルアクションのスーパーレッドホークを現地に持ち込んでも、スタームルガー社が時間軸的に存在しないのを考え、スミス・アンド・ウエッソンにしたという実務上の工夫もある。

「うへぇ」

「あら、一番凄いのだと、素で象も殺せる600NE弾ってのがあって、殆どライフル弾よ」

「えぇええ!?」

ニパが腰を抜かす。しかし、世の中のガンマニアは、コンテンダーと呼ばれる拳銃を改造し、そのマグナム弾を撃てるようにした者もおり、銃本体の軽さと反動で銃が吹っ飛ぶ。その事は有名である。ティターンズの対ウィッチハンター部隊はそれに加え、『460ウェザビー・マグナム弾』をベースに魔力を込め、一撃でウィッチを粉砕したという武勇伝も持つ。その事件が旧式陸戦ストライカーの多くを退役させたのだ。ティターンズはマグナム弾を改造し、補助に魔力や小宇宙を込める事で、空陸ウィッチのユニットを貫通、破壊せしめる方法を陸軍の対処法の一つとして大々的に行っており、チハ装備の陸戦ウィッチを600NE弾でユニットの燃料系と電装系を損傷させ、誘爆させて倒した事例もある。『マグナム弾に魔力をこめた場合、シールドを貫通せしめる』。これは偶々に魔力を持つ士官がその場の460ウェザビー・マグナムを撃ち、ブリタニアのある陸戦ウィッチを倒したことから、ティターンズが先んじて発見した事項だ。ティターンズはマグナム弾に魔力を込めさせ、ウィッチハンター部隊を編成しており、マグナム弾のライフルで狩るという手法を用い、熊か象感覚で狩っている。ウィッチのシールドは拳銃クラスのマグナム弾ならなんとか弾けるが、それでもノックバックした隙に鈍器で殴打され、倒されるという事例も多い。そのため、陸戦ウィッチの防御力の売りも薄れ、更に対戦車兵器をどしどし使われるわ、対MSミサイルすら持ち出すので、1945年から死傷率が跳ね上がっている。ティーガーU計画が頓挫したのもそれが理由だ。ザクの装甲に打撃を与えられる『M-101A3』リジーナミサイルをティーガー掃討に使われ、せっかく量産化された『ティーガー』重ストライカーが一撃で撃破されていく光景がアフリカで発生し、ロンメルをして『悪夢だ……』と嘆かせている。なお、それに耐える防御は新型中ストライカーの『レオパルト』の防御装備『強化テクタイト製透明シールド』の普及を待つ事になる。ティーガーは量産化された時には陳腐化という残酷な運命が具現化し、ティーガーU計画もレオパルト開発に合流する形で消滅している。なお、ティーガーUの試作機は1945年のアフリカ陥落時に投入され、シャーロット・リューダーが使用、M4シャーマン40両をアウトレンジで撃破し、最後の意地を見せたとの記録がある。

「こっちじゃ、バンバン敵も味方もマグナム撃ってるし、陸のストライカーは火力と装甲のシーソーゲームだし、ロケット弾も飛んでくるんだ。こっちは天国に見えるわよ、ニパ」

「そっちはそんなに凄いんですね…。人同士の戦争なんて、夢みたいですけど……」

「何せ、歴史上の最後がナポレオン三世の頃で、私らの曾祖父さん達が若い頃だもの。私だって、最初は夢物語だと思ってた」

「でも、また別の世界じゃ、今頃は世界大戦の真っ只中……信じられませんよ、こんな事」

「世界大戦で多くの人々が死ぬわ。それが20年で二度。分かってるのは、カールスラントがいずれも起こした戦争であること、二回とも、世界を大きく変えた事よ」

「世界を……変えた……」

「この時代には消えてる体制が多いもの、欧州には。ブリタニアもこの時代には、本来、盟主の座を失ってるし、リベリオンが世界を思うがままに操る世界が訪れてる。そう。世界を、ね」

「どうして?」

「大戦の戦火は新大陸には及ばなかった。そのおかげで旧大陸の国が没落した後釜に座った。扶桑でさえ、二度目の時は国土の殆どが焼け野原になったのに、ね。その膨大な資源と国力に物を言わせて、世界を思うがままに動かしていくのが、たいていの場合の歴史よ」

「リベリオン一国がなんでそんな……」

「無傷で大戦をいずれも戦い抜いたからよ。特に二度目の時は対抗できる国が殆ど無いくらいの突出した軍事力で『世界の警察官』を自負するくらいの力を持つわ。もっとも、この世界や私の世界じゃ起きそうもないけどね」

――ウィッチ世界では、リベリオン合衆国には元々、『世界の支配者』になろうとする野心はそれほどなかった。例外的にA世界のフランクリン・ルーズベルトが原子爆弾を用いて、扶桑を没落させ、中国復活の野望を抱いていた程度だ。ティターンズはそれを利用し、リベリオンの内紛を煽り、分裂させたと同時にトルーマンを引きずり降ろした。これが連合軍の大幅な弱体化の要因である。兵站研究で当時最高を誇ったリベリオンという重要補給基地を喪失した事で、動員可能な軍事力が弱体化した上、アフリカに反抗され、ガリアの駐留軍の殲滅&在留民の多くが追い出された結果、ガリアはもはや強国としての権威を失い、相対的にカールスラントが巨大化した。そのため、48年ではカールスラント連合国が欧州方面軍の主力を担っている。A世界では、オストマルクが国としての維持を諦め、大カールススラント主義に乗っかったので、カールスラントの一部となったからだ。仮の名称はカールスラント/オストマルク連合王国で、オストマルクとの連合帝国であることに配慮した国号を持つ。実際の扱いとしては、カールスラント連邦オストマルク州の扱いで、高度な自治権を持つが、外交はカールスラントに丸投げできるので、一国であった時より楽であると評判だ。このように、A世界では、他の世界に近づいた世界情勢となりつつあるが、B世界では戦前の秩序に戻るだろう――

「問題は、怪異の巣を消したから、他の巣の殲滅に回されるかもしれないって事よ。表向き、貴方達の戦果だからね、あれ」

「あなた達の戦果なのに、どうしてですか?」

「第一に、この世界じゃ501の戦果が疑問視されてる事、第二に、あたしらの力は説明できない類の力である事、第三に、あたし達はいないはずの人間なこと、よ」

「そっか、あなた達は本当は『この場にいない』んですよね」

「タイムパラドックスというか、時空分岐を避けるためもあるわ。この世界のあたし達が来るのは、45年の夏頃のはずだしね。あたし達自身はもちろん、友人や元同僚、元部下、家族にも知られちゃいけないのよ」

スリーレイブンズの存在は極秘中の極秘とされ、伯爵には特に強い箝口令が引かれた。もし破れば、スカーレットニードルによる拷問がフェイトから加えられる。が、ウィッチではない者の監視は難しく、兵たちのラインから『噂』は流れてしまった。


――ケース1 数週間後のベルギカ(ベルギー相当)

「は〜る〜とま〜ん!お前、東部戦線に行ったのか!?」

「なぁ!?何いってんの?あんなところにまで行けるわきゃないじゃん!大方、ウルスラの見間違えじゃ?」

「いや、噂が流れたのは502の方面で、先生達がいるところだ。ウルスラは東部戦線には派遣されておらんはずだ」

「ま、まさか……ドッペルゲンガー!?」

「そんなわけはないだろう!しかし、気になるな」


と、噂が気になるハルトマンBとバルクホルンB。彼女たちの場合、バルクホルンBが後にA世界に行くことで謎は解ける。その一方で、その伏線になるであろう疑問を抱く者もいる。扶桑の坂本Bと、ロマーニャの竹井Bだ。

『醇子……本当なのか、その噂』

『ええ。リバウ時代に付き合いがあった整備兵から聞いたのだけど、502に『先輩方』が来てるっていうのよ。』

『誰だ?』

『特徴からおそらく、黒江先輩と穴拭先輩じゃないかっていうのよ』

『馬鹿な。あいつらはもう現役を引退しとるはずだぞ。それに黒江は審査部、穴拭は明野の助教に退いて、前線にいないはずだぞ』

B世界での智子は明野飛行学校の助教に退いており、A世界のように『生涯を前線で過ごした』わけではない。その経歴の違いも、来訪の際の智子Bの狼狽えの理由である。坂本と竹井が転移まで結論を出せなかったのは、二人との接点が薄かった上、当時の記憶が薄らいでいたからだ。黒江と比較的接点があった坂本も『候補生時代に教えを請いた』程度である。また、噂で流れた性格が、知られている二人の性格と大きな違いがあった上、当時の年齢的に『同姓同名の別人』と判断した。が、この疑問はこの半年ほど後の転移で証明され、黒江B達が危うく死にかけた『ホテル事件』が当事者から知らされると、黒江Bをガビーンとさせる返しを坂本Bは行う。

『それはお前が悪いぞ。お前、そっけなくしたんだろう?どうせ』

『ひどい!!こっちは危うく殺されかけたんだぞ〜〜!鬼の形相で睨まれるわ、人間の力じゃないパワーで首根っこ掴まれたんだぞ!危うく漏らしそうだったんだ〜!』

黒江Aが激昂し、前後の見境なく暴れたその事件。智子Aがフリージングコフィンを放って止めていなければ、間違いなくエクスカリバーを放っていただろうとは、圭子Aの言だ。智子Bが必死になだめようとしたが、黒江Aは止まらず、圭子Bを廬山昇龍覇の余波で吹き飛ばし、鬼の形相で睨みつけた。智子Aがフリージングコフィンを放ったのは、廬山百龍覇を放とうとしたその瞬間だ。黒江Aはフリージングコフィンの解凍後、全くその記憶は無く、智子Aに連れられ、謝罪に行く際には大いに困惑している。あーやの存在が知られたのは、事件後の心療内科の診察の際の事だ。

『いいか。接していて分かったが、あいつはお前と違い、精神的に歪なんだ。二重人格になるくらいのショッキングな出来事があり、その傷と、44年以後の経緯から、穴拭と加東に家族関係を求めている。お前はあいつの琴線に触れてしまったというわけだ。それも根幹的な』

『嘘だろ?あいつらに家族関係を求めるくらいに、私は弱くなっているのか……?』

『お前、教え子を失った事はあるか?』

『教官やったことはあまりないからな……。ん、ま、まさか!?』

『そうだ。ここの加東から聞いたが、ここのお前は教え子に『置いてけぼり』にされて、後で戻ったら、隊舎が消えていて、教え子の腕だった何かが残されていた……という悪夢のような光景に出くわし、心が壊れてしまったそうな。そこから立ち直る過程で、人格が二つに分かれてしまったそうだ。その後遺症で、『自分が無力である』事、『誰かに置いてけぼりにされる』事に異常な恐怖に駆られるようになった。お前が出くわしたのは、おそらくその傷を刺激した時の自己防衛反応だろう』

坂本Bはそう分析した。黒江Aの精神の歪さを。強くあろうとする一方で、仲間の絆に縋る弱さを持つ。『家族関係』を守ろうとする自己防衛反応は強く、別の自分相手であろうと容赦ないほどのものである。黒江Aの心の傷は、本能を司る『あーや』を生み出したが、坂本Bが間違っているのは一つだけ。『人格の再構築』による性格の純化だ。黒江本来の元気っ子成分が純化で呼び覚まされ、主人格の時の『べらんべぇ口調ながらも人懐っこい』ところとして表れており、45年以後に表面化してきている。また、黄金聖闘士としての使命は前世代のムウほど真剣には考えておらず、積極的に前線に出ている。その証明がB世界での暴れぶりだった。これは星矢達のハーデス戦で負った傷が深いことにも関係しており、黄金聖闘士が戦線の矢面に立つ事が許容される背景が成り立っていた。



――話は戻って、B世界――

『電弧放電(アークプラズマ)!!』

黒江はエイトセンシズに到達し、更に智子同様、ナインセンシズへの扉を叩きつつあり、山羊座の聖闘士として歴代屈指の実力に成長しつつある。これは継承技以外にも、ライトニングプラズマ/ボルト系の技を身に着け、引き出しが増えた事も関係しており、更に廬山系の技も引き出しとして持っているので、聖闘士としての引き出しは豊富であった。怪異などは敵でなく、ジョゼや下原を引き連れて哨戒に駆り出された際には、ライトニングプラズマの上位技『アークプラズマ』を使い、自分で怪異を始末した。しかも腕を掲げただけで物凄い電撃を放ったようにしか見えないので、これが超光速のパンチ乱打とは思うまい。破壊力は通常のライトニングプラズマよりも上であるため、オラーシャの凍土さえ溶かす勢いの熱が発生する。

「これが……少佐の力なんですか……?」

「ああ。と、言っても、ここの私じゃねーがな。ビジュアル的には見栄えいいが、ケイの方がやってる事エグいぞ」

この頃から黒江は、次第に『ケイ』と圭子を呼ぶようになる。逆行前の記憶が蘇って来たからだ。

「たしかに、斧でボコボコにして、マシンガンぶち込みますからね、加東少佐。あれがあの人の?」

「いや、違うよ、ジョゼ。あの人は昔の映像だと、狙撃専門家って感じだったんだけど、なんか荒々しいっていうか」

「ああ、そりゃ戦闘スタイルが根本的に変わったからだ。あいつのパンチ乱打は効くぞ?」

「でも、本当に一度あがってるんですか?」

「本当さ。超技術で若返って力を戻した以外はその状態だ。この力はウィッチとしての力じゃないし、ウィッチとしての限界には気づいてる。だから、この力を求めたのさ」

芳佳という大器と出会うことで、ウィッチとしての限界に気づいた黒江は聖闘士となる事で、別のアプローチから強くなった。同時に、心の傷を癒そうと努力しているらしく、第二人格と向き合おうとしている。これは自分の闇が生み出してしまった『あーや』への、綾香なりのけじめだった。そのため、あーやであっても聖剣を撃てる。その影響で、あーやにも綾香の攻撃性が多少なりとも出てきており、怒ると前後の見境が無くなる。二つの人格の境界線も、怒りという感情の前では薄れるという事だ。そして、三人の前に飛来する一機のガンダムの姿があった。

「あれはクスィー……。顔を出しに来たな、あいつ」

「クスィー?」

「Ξガンダムって言う機体なんだが、あれ乗ってるの、マルセイユなんだよ」

「アフリカのエースだっていう?それがどうしてあんなモノに!?」

「昨日、艦隊の故郷の世界についてレクチャーしたろ?その世界の最高級品の一つだよ。向こうじゃ、エース専用に超高級機材が与えられるんだが、それをウチに適応したら、ああなった。あれ単独で空飛べるし、超音速飛行もなんのそのだしな」

Ξガンダムは第5世代MSの完成型に相当する。ミノフスキークラフト搭載の都合、30m級と大型になっており、連邦軍上層部からの受けは悪い。が、用兵側からは『サブフライトシステムの必要が無く、フレーム構造だから、小型機ほど整備が難しくない』と好評だ。艦載運用にはヤマトやアンドロメダ級以上の大型が必須であるので、追加生産が躊躇われたが、費用対効果の大きさから追加生産が行われている。ニュータイプ専用機だが、ガトランティス戦以後はニュータイプの素養が開花した者も多いので、意外とエース達の選択肢になっている。マルセイユは現在、その中で彼女にサイコミュシステムが最適化された試作3号機に乗っている。

『お、いたいた。何してるんだ、大佐。こんなところで』


「お義理立ての哨戒だよ。ジョゼと下原を連れてな。ここの世界に恩は売っておかんとな」

『なら安心しろ。片付けておいたぞ』


「そりゃ嬉しいが、こいつらを鍛えられなくなったな」

『私が仕込んでおくよ。あいにく、ライーサのやつはクラスターガンダムの慣熟訓練中でな』

「それでお前一人か。よし、皆、帰還だ」

「は、はい」

――数十分後、ロスマンBは基地に着陸したものが巨大ロボットなので、唖然とした。しかも乗っていたのが、元同僚のマルセイユなので、余計にびっくりだった――。

「やぁ、先生」

「あ、あ、あ、あなた!ど、どうしてここに!?しかもあんなモノにぃぃ!」

「先生、まずは落ち着いてくれ。説明するから」

マルセイユは自分が黒江たちと同じ世界の自分自身であり、既に中佐に登りつめている身であること、クスィーガンダムは自分の愛機である事を説明する。

「……というわけだ。分かってると思うが、極秘にしてくれ。ここの私に来られても面倒だしな」

「そう言えば、未来から来た割には老けてないような」

「若返ってるからな。そうでないと戦線が維持できないからだが」


マルセイユは肉体の処置を受けたものの、精神的には大きく成長を遂げたので、雰囲気はまるで違い、どこか自嘲的ですらあるような影を背負っている。これは一時、精神的ショックで酒浸りになった後遺症によるもので、これがマルセイユの固有魔法のニュータイプ能力への昇華に繋がった。そのため、以前より人当たりが良くなっている。ただし、リウィッチ化の副作用で『アルコール類で泥酔できなくなった』ので、酒浸りが治る一つのきっかけになった。今は酒の代わりに炭酸飲料を好む。そのため、酒に酔っていた時の明るさが普段の時に表れ、今では面倒見のよい面も見せている。

「さて、ラルのやつに挨拶でもかますか」

と、ラルの執務室のドアをバタンと開けて入る。ラルもこれには驚く。

「マルセイユか!?お前……」

「ここでのお前は苦労してるそうじゃないか。顔を見に来たぞ」

「すると、あの三人の世界にいるという……。その階級章……敬礼をする必要があるか?」

「こちらでは空軍どころか、三軍の総監になろうっていうお方だからな、お前。こっちがするほうさ。様子を見に来たが、大変なようだな」

「あの三人のおかげで目的は達せられてしまったから、宙に浮いているがな」

「ハハ、あの三人らしい」

「あの三人は何者だ?」

「扶桑海の三羽烏だよ。ただし、メンバーが一人違うがな。聞いたことはあるだろう?初期の頃に名を馳せた三人」

「ああ、噂はな。あの三人の記録は取り寄せてみたが、一人は該当せんが」

「こちらではそうなんだ。メンバー構成が変わっている。扶桑海の隼が三羽烏ではないからな」

「どういう事だ」

「隼はウチの空軍総監殿と組んでいたからだ。だから、アナブキ、クロエ、ケイの三人がスリーレイブンズだったのさ」



三羽烏。ウィッチ世界(A)ではスリーレイブンズ有りきで数えられ、坂本達クロウズを二代目、菅野、宮藤、ひかりの三人を三代目とする見方が出てきた。スリーレイブンズは構成メンバーが人外に到達したA世界では『世界最強』であるのに疑いの余地は無く、クロウズに過剰な期待がかかった元凶として、海軍ウィッチの一部からは敵視されている。クロウズは時勢の都合もあり、戦局を変えられるほどの強さを見せられなかったからだ。個人戦闘力では凌ぐとさえ言われていたのに、だ。特に、坂本達三人は絶頂期がリバウの好調時であったという不幸も有り、期待されていた実力の証明機会を転出という不可抗力で失った。その事が前評判の『個人戦闘力では凌ぐ』という謳い文句のもっともらしさを奪ってしまった。元祖側がその後に人外になった事もあり、クロウズの立場は微妙なまま、代替わりしつつある。これは次世代の三人の台頭もあるが、坂本が他の二人と違い、現役ウィッチでは無くなった事による再結成の可能性が潰えた事による。ただし、坂本は空母の防衛のため、魔力の回復もあり、飛ぶことをまた始めているので、完全に消滅してもいない。そのため、スリーレイブンズとクロウズとでウィッチ内部の人気は二分している。スリーレイブンズは当人達も知っての通り、基本的に親族が指定席で受け継ぐが、クロウズはやがて四天王体制に移行し、当代の撃墜王達が先代に選ばれて継承するという方式に変化する。レイブンズは、当人達が不死の存在となって永劫在世する都合もあり、基本的に親族が継承し、名乗る地位になっていくのに対し、クロウズは軍の年次最優秀部隊に与えられる称号に変化していく。その事もあり、『クロウズがレイブンズと並び立つ存在とされていた』1940年代を懐かしむ者も後世には多いという。


「なるほど。あの機体はなんだ?」

「クスィーのことか。私の愛機だよ。下手に整備班には触れさせるなよ?手に負えん。魔導エンジンとも全く違うからな」

「わかった。しかし、お前が20を超えても現役で有り続けなくてはならない世界とはな」

「仕方がない。介入者達のせいで、世界の調律が崩れた上、ウィッチの需要と供給が崩壊したも同然で、今や、エクスウィッチと言えど、おとなしく公園のベンチで隠居生活を楽しむわけにはいかんのだ」

と、マルセイユは言う。どこか影のある部分を匂わせつつ、以前より成長した姿を見せる。そのマルセイユが三人宛てに持ってきた情報には『グレちゃんとゲッちゃん誕生』という驚きの情報も含まれていた。また、本来ならもっと後で完成のはずの新マジンガーの情報も。それを伝えられた智子は驚く。

「エンペラーが!?早まったっていうの!?あれが!?」

「ええ。状況は早まってるわ。Z神が急がせたんでしょう。ハーデスかアベルが復活でもしたら事だから」

「そのためにエンペラーを?」

「でしょうね。そうでなければ、Gカイザーで間に合うでしょうし」

智子と圭子は、自室でマルセイユから受け取った写真に驚く。それは『もっと後で完成のはずの』新マジンガーの写真である。グレートの発展型に位置する『マジンエンペラーG』である。本来より遥かに早いペースで完成にこぎつけている。建造開始から信じられない速さだ。しかも前の歴史では使われていない『ゲッターロボアーク』の技術も採用されているらしく、翼がヒラヒラマントのように舞っている。

「ゲッターロボアークの技術まで入れたのか……こりゃZEROと戦えるレベルだな」

「でも、今の世界にZEROと対等のなんて…」

「デビルマジンガーが進化を続ければ、ZEROと同等になる。そうしたら月は崩壊まっしぐらよ。それを阻止するためのエンペラーでしょうね」

「つまりゴッドとエンペラーでデビル、いえ、ドクターヘルのクソジジイを止めるのね?」

「そういうこと。あのジジイ、甲児のばーちゃんに片思いで、それが破られたのまだ根に持ってるんだから。あーバカバカしい」

ドクターヘルは青年期、甲児の祖母となる女性に片思いであり、その恋が人生で常に不幸だったドクターヘルが唯一、充実していた青年時代の思い出で、その時の親友が兜十蔵である。後継者と言える剣造と甲児を持ったのが羨ましいのか、甲児を『立派な跡継ぎ』と評している。その点が彼の人間臭さである。そのため、剣造も甲児も『妙に人間臭い』と評価している。デビルマジンガーとなっても、その点が出るらしく、甲児を妙に意識しているのか、ドクターヘルの年齢からは若々しい『俺』という一人称も飛び出る事がある。これはドクターヘルの地であるとも取れる。

「妙に人間臭いのよね、あのジジイ。甲児のばーちゃんに若い頃にフラれたからって、悪のマッドサイエンティストになるか?ふつー」

「それでナチスに傾倒して、地下帝国を作って、甲児に倒されて、地獄大元帥として鉄也に敗れた。そして、今度はZEROに匹敵する悪のマジンガーとして。何がやりたいのか……」

二人が唸るドクターヘルの人生。そしてその原動力。それが甲児の祖母であり、剣造の母になる女性にフラれたからという私的な理由であり、幼少期から冷たい仕打ちを受け続けた自らの復讐心という人間臭さである事に、圭子は同情している。しかし、その復讐で多くを不幸にするのは間違っている。ゼウスはマジンエンペラーGの完成を早め、グレちゃんとゲッちゃんを誕生させた。ドクターヘルが第二のZEROになる可能性を阻止するため。そして、智子に黄金聖闘士の資格を与えた。

「ゼウスはなんであちこち手を回してるの?」

「ハーデスやアベルが復活したら厄介だから、テコ入れしたんじゃない?」

「これでますます、あたしらとクロウズの差が広まるわね」

「神に愛されしスリーレイブンズと、そうでないクロウズの差、か……。元の世界の後輩連中には苦労かける事になるのね」

「そうね。あの子達は『個人戦闘力では凌ぐ』と謳われたけど、あたし達が強くなって戻ったり、あの子達自身の絶頂期が終わった時に統合戦闘航空団入りだもの。差がついて当たり前よ。そもそも、この状況は黒江ちゃんがあれこれ弄くりまくって招来させたものだから、歪みは出るわ。武子が許してくれたのは本当に僥倖よ」

「あの子が望んだ未来ではあるけど、それで運命が暗転する者も出てくるって奴?」

「その最たる例がクロウズなんでしょう。リバウ攻防戦での不在はこの二度目でも叩かれてるしね」

「まぁ、一度目よりはマシな状況だけどね。艦娘もいたし。色々と変えてみたけど、やっぱりあの子、坂本に幸せになってもらいたいのは確かよ。あの子が逆行者になった時、大喜びしてたし」

「でしょうね。そうでなきゃ、葬式の時に弔辞読まないし、最期を看取りたいってドラえもんに泣きつくはずはないわ。あの子、坂本が前の時に『あれ』をした時、あーやの声色になるくらい狼狽して、坂本当人も動揺させたのよね。それくらい大事に思ってるから」


坂本Aは現在、若い自分から老人の自分自身の精神が肉体の主導権を奪い、逆行者として生きている。黒江Aへの贖罪のためだ。最近は何かと黒江に便宜を図るのが通例であるが、やはり後半生の事を罪と思ってるからだろう。

「あの子、やっぱりあれを?」

「あれはいくらなんでもタイミングも最悪だったし、やり方も不味かったもの。三日三晩泣き続けて、欠勤の連絡、あたしが入れたもの。何せやったのがあいつの誕生日の近くで、もうプレゼントを用意してたのに、あの仕打ちはないわ」

「直枝もあの時、坂本を殴ったものね。で、あん時は坂本にあーやの事は言ってなかったし」

その事件は坂本も起こさせまいと考えている『絶縁事件』で、坂本が最悪のタイミングで最悪のやり方で事を起こしたので、黒江にあーやが出現しかけ、それを察知した菅野(当時は大佐)が激怒し、坂本を殴打したというものだ。その事件の事が坂本に罪の意識を抱かせ、贖罪と称し、黒江に尽くしている原動力となっている。坂本は若い精神と老人としての精神が同居しているため、言動に矛盾が見られる事があり、それが坂本の苦労だった。それを竹井がどうにか誤魔化すというのが、最近の坂本だった。竹井は現在、14歳に再成長している。言動は11歳当時と18歳時の中間点といったモノになっているが、声色のトーンは11歳当時のままである。元504メンバーに好評であるのもあり、竹井の肉体的成長はそのラインで止まった。以前より歳相応の若々しさの関係となっており、竹井は美緒ちゃんと呼んでいる。それが地だからだろう。

「竹井に任せてあるけど、若返らせすぎたような」

「いいの。今頃に14、5くらいになるんだし。それに記憶はあるんだし、上手く手綱を引いてくれるでしょう。明日はどうする?」

「やることないし、模擬戦で鍛えましょう。また孝美にはギャフンと言ってもらうけど」

「あなた、本当にあの子をいじるの好きねぇ」

「昔の自分見てるみたいだし、あそこまで堅物だと、弄くりたくなるのよね。不思議と」

「コン太の影響ね」

「フフフ、見てなさいよ、ハルカ!今回こそは逆襲よ!」

智子は自分の思考が使い魔の影響により、スケベ臭くなった事を肯定的に捉えていた。生真面目な孝美を弄りたくなるのは、使い魔と融合したおかげだろう。智子は本来、『わたしはッ!こんなんじゃないッ!断じてこんな女ではないッ!もっとクールでッ!もっと凛々しくてッ!扶桑海の巴御前でッ!』とクールぶりたい少女だったが、現在ではむしろその逆に、黒江との漫才要員である。コン太の意識が融合したおかげで、以前より落ち着いた言動を取る事も多くなる一方、『んー、カッコつけるのは闘うときだけで良いかな?式典?もちろん闘いに決まってるじゃない。皆に印象付けられるかどうかの大勝負よ!』と発言し、以前よりも砕けた物言いをする事が多くなり、偶像としての自分に捕らわれない奔放な面も見せ、これまた人気者である。それでいて、水瓶座の黄金聖闘士としての仕事はきっちりしており、これも人気上昇の要因だった。

「ん?あなた、あの特撮監督とコネでも持ったの?」

「あんたの映画の時に再会して、ちょっと未来の事を話してあげたのよ。ウル○ラシリーズの撮影現場見たいし。ウル○ラQにでも出ようかしら」

「アンタねぇ」

その言葉通り、後に智子はコネでウル○ラシリーズにカメオ出演した。ウル○ラセブンの時にはオペレーター役でカメオ出演する事が数回あり、ウィッチ界を賑わせたとか。それに対抗し、黒江はウィッチ世界における仮面ライダーシリーズにゲスト兼監修で出演し、本郷達を大いに笑わせたという。これは些か未来の話だが、軍の高官(当時、少将)が子供番組(扶桑国内での認識)の監修に本気で乗り出すという事に驚いた放映局が軍へ問い合わせる事態となったとの事。これはモデルとなっている『当人』達と親交があるからでもあり、台詞回しなどに監修を入れたりし、仮面ライダーシリーズをウィッチ世界でもロングヒットさせた立役者の一人としても、その名を残すのだった。



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