外伝2『太平洋戦争編』
八十一話『オペレーションラグーン』
―ーウィッチ世界の太平洋戦争の『やり直し』に当たり、黒江達は方策を立て、ニューレインボープランの早期発動や、重慶のジオフロント化を進めた。今回においての開戦準備の一環として行われたのは、連邦準備銀行への襲撃で金塊を強奪する『オペレーション・ラグーン』だった。46年の5月、黒江はその準備のため、『月詠調』の容姿を取り、観光目的を名目にリベリオン本国に入国した。1945年頃のリベリオン第一の都市のニューヨークは当時、世界最高峰のメガシティであり、20世紀中盤時点では『地球上で一番栄えていた』街だ。
「ふむ。これが46年当時のニューヨークねぇ。2004年とあまり変わんねーな」
黒江はもっともな感想を述べた。ニューヨークは当時の時点で既に超高層ビルの摩天楼が存在し、2000年代でも残っている建物があるためか、マンハッタンに世界貿易センタービルや国際連合ビルが存在しない以外は殆ど変わりない。違うのは、ティターンズ政権の統制により、有色人種が大手を振って歩いているくらいだ。
(違うのは、アースノイドにゃ寛容なティターンズのおかげで、有色人種が大手を振って歩いてるくらいだな。本当なら、大和系ですら収容所送りだったしな)
ティターンズ政権になったことで有色人種の差別政策が転換されたため、黒人やアジア系、ヒスパニック系などの人々が溢れている。白人はティターンズの政策で富を奪われた者も多いのか、多くはそれまでの状況を裏返したように卑屈な態度をとる者も多い。ティターンズは元が治安維持目的の憲兵も兼ねていた。西海岸の二つの都市が消えたせいか、それらの代わりにシアトルが栄え始めるなどの差異がある。ニューヨークは、ティターンズの自分達が吹き飛ばした西海岸の二つの街の埋め合わせもあるのか、再開発が始まっており、幾分が後年の姿に近づき始めている。
「ん、映画か。この時期のスターたちは亡命してるし、本来なら関係ないはずの連中が祭り上げられてたりするんだよな。面白いから見てみよう」
見てみると、聞いたこともないような、当時の二流や三流俳優達の西部劇映画で、この時点から見てもチープ感のあるものだった。制作会社も聞いたこともないところで、黒江はマカロニ・ウエスタン以下のチープ感を感じ、欠伸をするほどだった。見終わり、劇場から出ると、待っていたのか、黒い背広とスーツ姿の男達が出迎えた。
「私達はダグラス・マッカーサー元帥閣下の配下の者です」
スーツ姿の男達が案内する先に、歴史書でも見たキャデラックが止まっており、中にはマッカーサー本人が乗っていた。キャデラックの後部座席で二人は会話をする。市内を走りながら。
「マックのおっちゃん。どうして亡命しなかったんだ?」
「倅と妻が反対してな…」
「ああ、たしか、アーサー・マッカーサー4世……だっけ?息子さんの名前」
「うむ。日本からの記録では、名前を変えてヒッピーになったそうだが……。まさかな」
マッカーサーは、自身の子息が事もあろうに、ヒッピーの一人になり、その後にジャズピアニストに就職したものの、大成はしなかった事を知ったらしく、微妙な感情を見せた。息子では期待をかけるような事はしないマッカーサーだが、子息が辿った道の一つを知ったためか、落胆したような雰囲気で、おなじみのコーンパイプを咥える。しかもマッカーサーの名は重荷でしかなかったと記録された以上、ジャズピアニストの道を歩ませたくないのが本音だった。
「なんで奥さんが反対を?」
「儂が参謀総長になれるのを期待しておったし、あわよくば大統領候補にも……だよ。今の妻はフィリピン暮らしが長くてな」
マッカーサーは色々なしがらみで亡命できず、本国軍の参謀総長に落ち着いた事を告げる。だが、裏で協力はするとはっきり明言した。
「なら、おっちゃん。PTボートを何艘か使いたいんだけど、鹵獲品でさ。部品を都合してほしんだわ。できる?」
「お安い御用だ」
「それとホテルの手配、できる?」
「よろしい。最高のホテルを儂の名で手配しよう」
と、いうわけで、マッカーサーの図らいで、ニューヨークの高級ホテルのスイートルームを確保し、そのまま送迎してもらった黒江。費用はマッカーサー……と言うより、本国軍参謀本部持ちという贅沢し放題な状況。黒江はここぞとばかりに贅沢をしまくる。また、マッカーサーから、たんまりとチップ用の貨幣をもらっておいたのもあり、ルームサービスを使いまくる。普段の容姿では『恐るべき三人の少女』という触れ込みでリベリオン国内で有名であったので、行動もままならないため、こういう時に調のツインテールの容姿は役に立った。背丈の違い(165cm)を除けば、彼女の姿であるので怪しまれることもない。(声もきちんと変えてある)。が、この日から準備は初めていた。マッカーサーのツテで、銃火器を弾薬ごと確保したり、観光客を装っての地理の把握など。そういうところはプロだった。
「出来れば、ベレッタのM1934は勘弁して。この時期のは粗悪品多いし」
「ガバメントは有りふれてるぞ?対策もバッチリされている」
「コルトパイソンとかの357マグナム弾使えるの、この時代にある?」
「M27が最高級品としてあるはずだ。パットンが持っとるから、容易に手に入る。手配しよう。だがあれは6発しか入らんぞ」
「それはカスタムすんから、大丈夫。メインウェポンじゃねーし」
時代故、44マグナム以降のマグナム弾は連邦軍ルートでないと手に入らない。357が40年代当時の最強の拳銃弾である。自分用だけマグナムにするあたりは趣味だ。
「M1917 リボルバーはお勧めだ。それならすぐに送れる」
「ん?あれって二つあるやん?」
「詳しいな」
「ケイのやつのおかげ。あいつ、ガンクレイジーでさ」
マッカーサーに、電話で圭子の本来の性質を伝える。圭子は表向き、母性を持つレイブンズの常識人で通っているが、転生後の今回における本質は『トゥーハンドのガンクレイジー』であった。血で血を洗う闘争に於いては水を得た魚、二丁拳銃やナイフなどを扱わせたらレイブンズ一の強さを持つ女。そのためか、転生でそれを知る者達からは「おケイさん」と呼ばれ、恐れられている。
「去年の作戦知ってる?ケイが大暴れして、血で血を洗うもんだから、ガキ共がすっかりブルっちまって。あいつの評判が変わったんだよ。加えて、智子と二人で、若手にハートマン式訓練課したんで余計にビビられてる、おかげでこっちが無理できねぇ」
「ハハハ、今の若手に本式の軍隊教育は恐ろしいからな」
「去年のダイ・アナザー・デイのおかげで、若手に骨は入れられたが、こっちはブルられて大変だったよ」
「今の若手は、曾祖母達の時代までの人殺しを体験していない。転生した君らとに壁があって当たり前だ。ましてや、君らは23世紀で殺して来てるからな」
「ま〜な」
電話しつつ、銃が入ったケースを開ける。M1ガーランド、BARなどの当時に手に入る銃火器が入っていた。当時としてはありふれた銃器だ。
「確かに受け取ったよ。M27はこっちでカスタムするわ」
「分かった。また連絡してくれ」
当時には盗聴技術が確立されていたが、謀略に使うほど人々の考えが発達していなかった。未来世界ではご法度の行為も、この世界においては行える。そのため、未来世界において想像されるようなスパイ戦を行った経験があるのは、レイブンズの他には、506出身者のみである。前史では、色々なしがらみで人を殺す事を避けた経験のある邦佳だが、今回はそれへの躊躇は全くなく、今回の作戦にも参加予定である。グランウィッチの利点は『非合法的作戦にも動員できる』事である。因みに、マッカーサーが黒江らとの仲介としたグランウィッチはキャサリン・オヘアであった。彼女はいらん子中隊での功績にも関わず、過去の不祥事の張本人であるという事で、あまり出世していない。当時の階級は大尉で、24歳前後。現職は元・ウィッチの連絡士官であったが、グランウィッチに覚醒し、OSSの亡命側のエージェントとなり、黒江とのマッカーサーの仲介を勤めていた。(過去のキャサリンが起こした事故はレキシントンの誘導装置の不備で起こったと判明したため、その名誉は回復されており、当時のレキシントン艦長は艦長職を解かれ、左遷されたとのこと)
「大尉、元帥にこれを送れ」
「何ですか、それ」
「受話器につける機械で、デジタル式のスクランブラーだ。これを元帥が使う受話器につければいい」
「分かったネ!」
キャサリンは往時とさほど変わらぬ若々しい容姿を保っており、グランウィッチ化した事で往時に態度が戻ったようで、最近は使っていなかった若き日の頃の語尾を、また使うようになっていた。そのためか、年よりだいぶ若く見られるとか。
「智子大尉、いえ、中佐はお元気で?」
「最近はハルカに抵抗しなくなったよ。ハルカは面白くないとかボヤいてるけど」
「なるほど。アナタのせいネ?」
「否定はしないよ。ハルカが嫉妬して、突撃して来るもんだから、宮藤の家がリングだよ」
黒江は調の容姿を得てからは、智子に甘える時も多くなり、それをどこからか聞きつけて来た迫水ハルカ(当時、大尉)が宮藤家に殴り込んで来て、智子を巡っての百合な光景が繰り広げられていた。
「たしかその時の音声が……」
「ワーオ、未来の録音機器ネー!」
――ある時の宮藤家――
「お邪魔します」
「あれ?確かあなたは、穴拭さんの元部下の…」
「迫水ハルカ。海軍大尉よ。智子中佐はご在宅?」
「ゲェ!!ハルカ!!」
「あー、中佐!何してるんですか!それに、誰です、その何処の馬の骨……もとい、ツインテールの女の子は!」
「え?同じレイブンズの黒江綾香だけど?」
「あー、黒江さん。穴拭さんと風呂入ったんですか?」
「おう、面倒いから、これから一緒に入るとこだけど?ん?なんだ、迫水のガキか。智子、こいつをしつけておけと言ったろー?宮藤に迷惑が…」
「いや、この子はそう簡単じゃないのよ……言ったでしょ、百合だって」
「お前、その毛あるもんな」
「いやいやいや!?」
音声からは、すっかり黒江の変身に慣れた芳佳と智子、それと殴り込んで来たハルカの状況を示すものだった。そして、次の瞬間には智子の『きゃあ!?あ、あなた何してんのよ!?』という悲鳴が入っていた。――
「なんです?これ」
「いやー、風呂入ろうとしたら、ハルカのガキが殴り込んで来てなー。そのまま入ることに……」
「ハルカらしいネー。20になっても相変わらずネ」
「私が、隅々まで洗って上げますぅー!」
「い、いやぁー!芳佳、綾香!どうにか……」
「諦めろ(めてください)」
「は、薄情者ー!!」
黒江はサムズアップのポーズをしたため、余計に智子を落ち込ませた。その時のことを笑いながら語る黒江。
「あのー、質問いいですか?」
「なんだ?」
「その姿、変装じゃないネ?」
「肉体そのものを別人のそれに作り変えてるからな」
黒江は空中元素固定能力を応用することで、任意に肉体を作り変えられるようになったため、弟子の一人である調の容姿を使う機会が多かった。他にはなのはや箒と入れ替わる機会もあり、フェイトでさえも言われるまで入れ替わりに気づかないほど、高度な演技力を見せた事もある。これは箒の場合も同じで、肉体そのものを作り変えている上、黒江の演技力もあるため、箒を演じた場合は、一夏や束でなければ違和感を持たない。なのはも箒も、黒江とスキルが互いに似通っていたおかげもあり、黒江と入れ替わる機会を得た時は喜び、面倒事を押し付けたりしていた。元の顔を取る時は最近では少なくなり、デフォルトが調の顔、時々、なのは/箒、場合によれば美琴の容姿を取るなど、姿にはこだわりはなくなっていたが、父や兄達へは元の顔を見せるため、そこが微妙な心境の象徴だった。男性にもその気になれば変身できるが、基本は女性で通し、多くの場合、自身の弟子の容姿をTPOで使い分けるようになる。これはレイブンズの共通の能力であり、圭子は『羽衣マキ』と『古嵐蛍』の容姿を見せるようになる。これはマキは自身によく似た容姿であった事、蛍はケイと飛燕繋がりにより、圭子がなりたいと思っていた人物だからであった。圭子が空中元素固定能力に覚醒するのは、黒江が潜入を始めた月と、黒江よりだいぶ遅い。これは黒江と違い、精神的に安定しているからでもあった。黒江は精神的に不安定であるが故に、神格化した事で得た能力を早期に使えるようになっており、ある意味では純真であるがためのオマケだった。
「神様になったって事ネー。私も似たようなものですネー」
「そういうことだ。智子には私から伝言を伝えておく。今後ともよろしくな」
「よろしくネ、中佐、いえ、大佐」
――こうして、キャサリン・オヘアという意外な仲介役を得た黒江は準備期間中を有意義に過ごせ、ホテルのスイートルーム暮らしを満喫した。映画は有力俳優や制作会社が根こそぎ南洋島に亡命した影響でチープなものが多いので、持ってきたポータブルDVDプレイヤーで名作映画を鑑賞しつつ、当時のメジャーリーグを観戦して暇を潰し、エンパイアステートビルに入って登ったり、自由の女神像で写真を撮るなど、相応にミーハーな面も見せた。その一方で冷静に作戦準備を行い、ニューヨークの連邦準備銀行を襲う際の道順などを記憶していく。マッカーサーからPTボートの部品も届き、それを使って修繕作業も行うなど、意外に多忙な毎日を送った。黒江はXライダーとの縁で船舶免許も未来で取っており、その気になれば、戦艦の操舵もできる。当時は未来でデザリアム戦役、自分の世界では太平洋戦争を控えていた黒江は、自分のマルチスキルを磨くことに専念しており、飛行機操縦資格、一級船舶免許(全領域特殊船舶免許)、戦車に合法的に乗るために大型特殊自動車免許までも取得しているなど、日本では疑問に思われる資格も取っていた。大型二輪免許も保有しており、必要と思われる免許はアチラコチラで取っているため、MS/VF/SR/戦闘機/戦車の操縦資格を有しているという凄いウィッチとなっていた。そのスキルから、ロンド・ベルでは便利屋扱いにされており、新旗艦のシナノの操舵を任された事もある。準備期間でPTボートに慣熟し、連邦準備銀行から金塊を盗むという銀行強盗犯な任務を行うという義務がある。そのためにもマルチスキルを磨いたのが本音だった。合流したハインリーケから『X号装甲脚/パンターU』を受領し、更にグランウィッチらに要項を叩き込ませないと行かないので、なんだかんだで準備期間は過ぎていき、実行の日。
「さて、あれがそうだ。A班は正面から『馬鹿』をやれ。B班は金庫をやれ」
「了解。でも、なんで、デモンベ○ンのナイアの姿になってんのよ」
「架空の人物だし、犯罪には持って来いだ。後で姿は変えるさ。さあ、お前ら。『ロックンロール』だ!」
黒江達は、こうして前史にはない事件を起こす。オペレーション・ラグーン。連邦準備銀行から金塊を盗み、それを重慶市のジオフロント化や1950年代以降の戦争資金にする。日本の行いで生じる被害を最小限度に食い止めるには、連邦準備銀行から金塊を盗むしかないと。圭子率いるA班が『馬鹿な銀行強盗犯』を演じつつ、黒江指揮下のB班が金塊を盗む。映画でありふれた手段であるが、ウィッチ世界は人同士での戦略が未発達だった都合、不気味なほどに上手く事が運んだ。
「よし、正面突破と行きますか!」
圭子は空中元素固定能力で『ブラックラ○ーンのレヴィ』の姿を取っていた。その外見通りに無茶苦茶なバイオレンスもあり、作戦に参加した孝美からは『どっちが悪だかわからない……』と評されるほどガンクレイジーだった。架空の人物になるのは姿をくらますのにはうってつけであり、圭子と黒江はそれをまさに実行していた。自分の特殊能力によるもので、けしてメイクではない。その利点が生き、圭子は大暴れ。既に警官を20人は倒していた。
「銃なんてのは、撃って当てりゃいいんだよ!」
二丁拳銃で警官をなぎ倒す圭子。『レヴィ』の外見を取っているためか、普段よりノリノリで撃ちまくる。これにドン引きの孝美。(覆面は被っている)金塊を盗み出したと、黒江から連絡が入ると、時間稼ぎの意味も込めて、引きつける。すると、警察では鎮圧が無理だと踏んだのか、軍隊が投入されてくる。兵員輸送トラックや装甲車が到着し、兵士とウィッチが続々と到着するが…。
「さて、頼んだぞ〜」
「了解〜」
芳佳(外見は変身で角谷杏寄りになっているが、背丈が違う)がX号装甲脚を履いて乱入、M4も真っ青の大火力で蹴散らす。
「はい〜、シャーマンは退いた退いた〜。死にたい奴は前に出ておいで〜」
M4シャーマン装甲脚が主力を張っていたリベリオン本国陸軍。芳佳の防御力と、スペックでシャーマンをあらゆる点で上回るパンターUの実力により、装甲脚を破壊され、戦闘不能に陥るウィッチが続出する。当然、芳佳の防御力が更に高まるため、クロスボーン・バンガードが初めてビームシールドを使った時のような『敵は一撃で蹴散らされ、味方は鉄壁防御』の光景が出現した。更に芳佳は前世での精密射撃の鬼ぶりで履帯を狙い撃ちし、移動不能に陥らせるなどの所業も見せた。この時のウィッチ隊の無電の内容がこちら。
『畜生、畜生!なんだあの化物は!?75mm砲がまるで通じない!』
『高速徹甲弾もダメだ!打つ手なし、打つ手なし!!救援を、救援を!』
芳佳は装甲巡洋艦の如き存在感を見せ、M4を実車、装甲脚を問わず戦闘不能にし、阻止行動に出たウィッチらに恐怖を埋めつけた。そういうところは前世である角谷杏としての考えが出ているらしく、ニタァと笑い、ウィッチらを失禁させる。
「さて、航空が来るはずだな。皆さん、合流地点で落ち合いましょう!」
「よし、各員、以上だ!」
圭子達は各個に合流地点へ向かった。この時、リベリオン本国側は警察官の殉職が40名、パトカー全損30台、軍隊は装甲脚半壊が40セット、心的外傷後ストレス障害を患ったウィッチは36名、戦車の全損が二個大隊規模に登る大損害がもたらされた。なお、市内のガソリンスタンドが二、三個爆破されており、それらも入れるとバカにできない損失額になる。また、金塊も当時のレートでとんでもない金額相当が持ち出されてしまったため、阻止できなかった警察と軍隊は無能とそしりを受ける事になり、リベリオン本国軍は、前年度から細々と生産していたM26を緊急量産する事になる。また、金塊が大量に盗まれた事で、リベリオンの国庫が傾き、ドルの対外レートも激しく落ち込み、その代わりに『圓』が基軸通貨となっていき、数年で未来世界同様の地位に登り詰めるのだった。
――盗まれた金塊は、主に南洋島のジオフロント化の工費やラ級の建造費に充てられ、ニューレインボープランのための地下ドック整備が急ピッチで進む。また、同時に日本との二重国家化も検討が進む。日本側は軍事組織のいくつもの並立は望まないが、旧軍相当の外征型軍隊と、自衛隊という防衛型軍隊を一つにするのは無理があった。また、日本国民も自衛隊が旧軍相当に飲み込まれるのを望んではいないため、穏やかな連邦制と、軍隊の統制はそれを一元管理する統合幕僚本部会議の設立で決着を見た。国体は緩やかな連邦制になり、軍隊の階級等は人数の多い扶桑側に合わせられ、国の勲章システムも日本のものをベースに扶桑の軍隊関連の勲章が加えられたモノに統一された。これは扶桑軍には大量に金鵄勲章ものの者が多く、褒章しなければならないという扶桑側の事情があっての事だった。そのため、しばらくは日本の野党への配慮として、移行期間中の数年は日本側の危険業務従事者叙勲と、扶桑側の叙勲制度が存続する事となった。また、扶桑の華族の処遇は、扶桑は戦争に負けたわけでもないためと、扶桑側の反対を考慮し、扶桑華族の地位は据え置かれた。二重国家である以上、全てを同一にする事もないからだ。双方の憲法を更にMIXさせた統一憲法も作られ、日本の時間軸で2016年に二重国家として再編された。これにより日本は、バブル崩壊期以来の経済・人的懸案を一気に解決し、扶桑軍の膨大な軍事力を得た事で、真の意味での復権に成功する。また、扶桑は戦艦を多数有していたため、2016年度の日本側で発行されたジェーン海軍年鑑に『日本のウルトラドレッドノート』という項目で、大和型ファミリーが紹介された。21世紀の軍事的常識では旧時代の遺物扱いされている『大型戦闘艦艇の保有の是非』が議論されることにもなるが、扶桑側の現況を鑑み、戦艦群や巡洋艦は旧式艦の処分と、代替の超甲巡の増備で決着した。これは色々な都合によるもので、モンタナとアイオワが量産されて多数が存在する以上、そのカウンターは必要である事、また、23世紀で宇宙戦艦が造られ、その技術が用いられている事が伝えられ、茫然自失。野党は『戦艦は大和と武蔵を象徴的に持ってればいい』、『時代遅れだから、全部廃艦!』という反対論を潰された形となった。また、モンタナとアイオワの防空能力と、護衛艦隊の対潜能力を説明されると、偏狭的な市民団体以外は押し黙るしか無かった。その結果、日本連邦国(連邦制としての国号)海軍の旗艦は、当時の旧海自最新鋭のいずも型護衛艦ではなく、三笠型戦艦『三笠』となったのだった。23世紀の技術で核ミサイルにも耐える防御力と、史上最強の矛を持つ三笠型の存在は、『核兵器を絶対的な存在で無くした』という政治的意義と戦艦の存在の復権という意味で大きかった。原子力潜水艦やミサイル兵器の高額化に悩んでいた海軍は、三笠型の登場で戦艦の同位国からのレンドリースを考え始める。英国もそうだが、大抵は象徴的意味合いで、比較的新しい戦艦を二隻ほどレンドリースを受ける程度だが、なんでもナンバーワンでないと気が済まないアメリカだけは唯一、近年まで戦艦を有していたというアドバンテージがあり、前史と違い、全面的新造を行ってしまう。これはどういうことか。
――ラグーン作戦の最中、日本で行われた初の統一観艦式がその要因だった。観艦式に勢揃いした全戦艦。加賀型を先頭にしての隊列で現れた戦艦群。加賀型、残存する紀伊型(八八艦隊)戦艦、当時に稼働していた大和型の全艦、播磨型戦艦、三笠型の超大和型戦艦……。日本型戦艦の博物館のような陣容だった。いくら時代遅れと揶揄しても、鋼鉄の艨艟達の饗宴はものすごい迫力であった。残念がられたのは、扶桑では長門型戦艦は既に退役済みであった事だった。ただし、加賀と土佐が加賀型戦艦として存在していて、長門型戦艦の名残りを残す姿になっていた事は、日本で余生を送っていた旧海軍軍人を涙させた。世代別に反応を見ると、戦前を覚えている世代は加賀型に、戦後世代は大和型以後に感動する傾向が見られた。造船関係の人間は長門に似た最古の戦艦が『加賀型戦艦』であることに気づき、瞠目した。史実のように空母にならず、廃艦にもならず、全艦が戦艦として生きており、経歴紹介で『20年代末から30年代前半に連合艦隊旗艦を勤めており〜』とされた事も驚きを呼んだ。紀伊型は30年代に整備されたが、連合艦隊旗艦の名誉に預かる事はなく、続く本命の大和型にその座を奪われたと解説されたため、元海軍関係者は納得のようだった。それは造船関係者にも興味深い内容だった。長門型戦艦からのタイムラグが存在せず、中間世代の戦艦で得られた所見が大和に反映された事が明示されたからだろう。
――当時、揚陸支援艦への改装を控えていた加賀型戦艦、航空戦艦への改装を控えてい尾張と駿河にとっては、「戦艦」としてのの姿での最後の仕事となった。紀伊型の建造目的は『戦闘特化の戦闘艦』だが、怪異との戦闘が想定されての防御だったのが仇となり、ネームシップは対大和用戦艦であったモンタナに叩き潰され、近江は45年秋の不埒事件で失われた。その事もあり、本来は移動司令部を兼ねていたはずの大和型が戦闘艦としてのワークホースに、播磨型がそれを束ねる者として、大和型が期待された『移動司令部』を三笠型が引き継ぐという、なし崩し的な役割の移動が起こった。これは扶桑にとっては予想外の出来事で、モンタナ級の大量(7隻以上)建造と登場が全てだった。更に、バダンのヒンデンブルグの登場により、大和型も調達が播磨型に移行した。(大和型の第二世代サブタイプに分類されるため、書類上は準同型艦扱いである)51cm砲を積んでいるのと、350m級への大型化により、播磨型を『超大和型戦艦』、あるいは『改大和型戦艦』と分類する本が出現する事になる。実際は大きすぎた三笠型の規模縮小バージョンであるのが播磨型であり、未来の宇宙戦艦で言うと、アンドロメダとドレッドノート級の関係のようなものだ。三笠は言わば、贅を尽くしての『一点もの特注品』であり、播磨型は、数を生産し易いように一定程度デチューンし、船体サイズを手頃にした『工業生産品』と言える。大部分は共通化されており、積んだ砲の口径が違うだけだ。播磨型の建艦計画は、初期建造の大和型の代替も視野に入れての計画でもあるため、三番艦から六番艦までの計画も立てられていた。ただし、ニューレインボープランの実践により、戦艦建造枠がより高性能で万能艦の『ラ級戦艦』に切り替えられ、立ち消えとなった艦も有るため、実際に播磨型として完成するのは、当初の計画から二隻を差し引いた四隻である。播磨型の後期建造計画が立てられたのが、戦争開戦の半年前である事から考えると、戦中に二隻の追加がなった事は、二重国家化による恩恵と言えた。また、戦時突入までに、他国への日本連邦の威を示す意図は充分に達成されたため、『日本連邦の復活』(地球星間連邦樹立後の再連合)と分ける『第一の連合』時代を支えたと、23世紀の歴史書に書き加えられたという――
――同時に、二つの国が統合した日本連邦の力を、他国が恐れていた証ともなるため、23世紀では、統合戦争の泥沼化の理由が解明され、嘆息の声が漏れたという。ロシア、フランス、アメリカと言った『統合戦争で主戦場だった』地域は、ティターンズを生み出した地域ということで、23世紀では零落していたが、日本からの更なる懲罰を恐れ、星間連邦を実質的に支配する日本に従順になったという。最も、時空融合現象で生じた被害でもあるため、日本は別に咎めはしなかったが、それが三地域の恐怖を煽った。その三地域の償いが、亡命リベリオンや扶桑への技術援助というのも実に皮肉である。扶桑皇国と日本は連合を組んでいた時間があり、それを23世紀連邦との間で復活させたと言うのが、地球連邦政府とウィッチ世界の『真実』だった。あるべき姿に回帰しただけとも言えるが、連邦での日本の立場を盤石にすることでもあるため、統合戦争の引き金を引いた当時のフランス大統領への恨み節を吐く、統合戦争当時の敗者側の国々の末裔達。皮肉な事に、宇宙戦艦ヤマトは30世紀に至るまで、地球(アース)の象徴として君臨してゆくし、復活した日本連邦は以後、地球連邦の支配層として君臨してゆく。ゲッター線と反ゲッター線の調和が取れた地域が日本であったためもあり、地球連邦の『支配層』が日本人になるのも自然な流れだったが、それに反発した層が24世紀以後に『セイレーン連邦』を樹立し、銀河100年戦争を引き起こす。が、それも第18代ヤマトによって滅び、人類は第二の安定期を迎える。ハーロックはその第二安定期を経て、再び堕落した人類がイルミダスなどの宇宙人に敗北する歴史を書き換えるべく、Gヤマトと手を組んでおり、23世紀当時の人類の気概を継続させるため、23世紀の時代の戦乱を利用する。人類への戒めとして――
――ラグーン作戦完了後――
「ん?ケイ、タバコ吸うのか?」
「咥えてるだけだ。この外見だからできる事だけど」
圭子はレヴィの外見を保っているが、黒江は調の容姿に戻していた。最近のデフォルトだからだろう。
「30世紀の連中は、23世紀の気概を維持させるためと言っていた。そうなると……」
「戦乱と安定期が数百年周期で、あと一回づつ訪れるってこった。政治家共は平和が120年も続けば堕落するし、軍も仮想敵がいなけりゃ弛緩する。ハーロックやGヤマトはそうでない連中だって事だ。22世紀から23世紀が最も気概に溢れてたって言うのは、戦乱で人々も鍛えられていたし、宇宙からいつ侵略者がくるかっていう、一種の危機感があったって事なんだろうな」
「長過ぎる平和ってのも困りモノって奴か」
「そういうことだ。かと言って、戦続きだと蛮族に成り下がる。難しいんだよ、文明は」
「ウラノスも考えたもんだ」
「らしい」
「で、これからどうするんだ?」
「超甲巡が迎えに来てくれるそうだ。今の二水戦の旗艦だしな」
――超甲巡。金剛型戦艦の後継ポジションに当たる巡洋戦艦として生み出されたもので、ミニ大和とも言われる艦容の艦。条約型巡洋艦に代わる艦として期待されており、デモイン級重巡洋艦を打ち破る艦とも言われている。それが迎えに来るのだ――。
「なんか未来人の思惑に振り回された感があるな、私らの世界」
「そのおかげで、この能力を得たんだ。そこは感謝しよう」
逃走に使ったPTボートの船上で語り合う二人。精神状態を反映した外見を好みで取っているあたり、二人の遊び心が垣間見える。圭子はトゥーハンド(二丁拳銃)という前史での最終的な諢名を反映した外見として、時たま羽目を外す時などに、『レヴィ』の姿を取るようになる。その辺は、好んで調の容姿を取る黒江に影響されたかも知れない。
「智子がいたら、『バラライカ』の容姿取るかもな」
「だろうな。火傷の痕は再現するか分からんが、あのソ連軍大尉殿の外見は使えそうだから、やってたかも」
「まぁ、戦闘能力も再現できるだけの能力が私達にはある。非合法手段する時は使っていこう」
「だな。おー、孝美。どうだ?通信は」
「合流地点はもうすぐです。追撃、ありません」
「そうか。まさかこうも簡単に行くとは思わんかったぞ」
「強すぎるんですよ、先輩方が。これ、若い子らがみたら信じませんよ」
「いいのさ。それが私達だろう?」
「そうですね……。まさか私が呼ばれるとは思いませんでしたが」
「こういう作戦じゃ突撃馬鹿の菅野は使えねーしな。お前なら、訓練も元から受けていたしな」
「私の次の代からは更に簡略化されてますからね。今の10代前半くらいの世代は、一年半の促成で、使いものになりませんからね。静夏が辛うじて使える程度ですけど」
グランウィッチ覚醒後の孝美は、この時期の若手を『使い物にならない』と発言するあたり、候補生の才能には冷淡だった。静夏やひかりなど、この時期に10代後半に差し掛かる世代が『最後の撃墜王』世代であると自覚している故だろう。
「仕方がない。今いる新人の才覚は、芳佳やひかり、静夏と比べれば遥かに落ちる。急募で集められた寄せ集めだし、忠誠心を重視したから、質も落ちる。『ウチじゃ使えん』連中だ。明野も悩んでる事だろう、質の低下に」
「だから、私ら世代を定年まで使い倒すと?」
「そういう事だ。最低、60にならんと隠居できん。下手したら再任用で65だ。上がりも関係なくなったし、金鵄勲章の等級は上がるし、今回は騎士爵への叙爵でも目指したらどうだ?」
「考えておきます。って、金鵄勲章はリバウでもらってますけど」
孝美は苦笑交じりに答える。リバウでの戦功で、孝美は金鵄勲章を等級が低いものの、得ていて、既に年金がもらえるからだ。
「金額の問題だ。等級上がれば金額増えるし、いいことあるぞ」
黒江らは叙爵がこの年になされた。金鵄勲章の等級も、第一期現役時代より高いものになったため、その年金支給額もグンと上がり、高級取りになっており、金銭面で以前より余裕がでてきている。それを指したのだろう。
「でも、先輩方、華族の義務果たしてます?」
「公務はしてるさ。一応、騎士爵だし」
「あと数ヶ月、叙爵が早ければ、ノーブルウィッチーズの再編に招聘されたかもしれませんね」
「ド・ゴールのおっさんの都合は知った事じゃないが、ペリーヌが頼み込んできたら、籍だけは置くよ。ド・ゴールに借しを作るためにも、な」
圭子はそう言った。それがノーブルウィッチーズの復活をロザリーへの償いとしたいペリーヌへの気づかいであり、ド・ゴールを脅すための材料にすると。レヴィの外見になっているため、冗談に聞こえず、孝美は息を呑んだ。
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