外伝2『太平洋戦争編』
八十七話『加藤武子の心の傷』
――デザリアム戦役後、ジェガンからの改修アップデートという形でフリーダムが採用された地球連邦軍。ジェガンからの設計の流れを汲んだ本格的な新型である『ジェイブス』の値段が高騰したのもあり、ジェガンからのアップデートで配備できるフリーダムは重宝された。デザリアム戦役でジェガンの初期配備機が老朽化しているのが明るみに出たので、その代替機が早急に必要にされたからである。武子が持ってきたガイアには、パルチザン当時の艦載機がほぼそのまま残されており、ガイアの古代などのガイアヤマトの面々の要望が伝えられたアースのガイアへの政治的配慮と現場の要望とで、同艦を扱いあぐねていたかが分かる。武子は指揮権があるのを理由に、同艦を引っさげて帰還。黒江の命で共同戦線を命じられている自衛隊の面々が腰を抜かした――
「わー……アンドロメダ級ですか、加藤閣下」
「地球連邦宇宙軍から借りてきたわ。空自に源流があるから、理屈こねて借りてきたのよ。反地球のヤマトクルーがA級に文句言っていたから、一線から下げて、ブルーノアで代替する予定がたって」
地球連邦軍(アース)が次期戦闘空母を早めた理由は、ガイアヤマトのクルー達が意見を表明(勘違いが前提のもとであったので、真田志郎は技術の違いに気づき、早期に謝罪をしている)した事に、退任直前の大統領(後任はユング・フロイト)が配慮した結果なので、ガイアは顔面蒼白であった。アースの軍備整備計画をガイアヤマトクルーのわがままで変えてしまったようなものだからだ。内政干渉になるからでもあり、ガイア古代も流石に、真田から知らされ、事の次第を知ると顔面蒼白に陥り、自らの短慮さをアース側に詫びる文章を送っている。結果として、ガイア古代はアンドロメダ級を一線から退ける役目を果たした形となったので、その後のしばらくは手当カットという懲罰を受ける事になった。アースの波動技術が、自分達のものとは根本的に違うものであると知った時の彼の顔は『この世の終わりのような』表情であり、免職をも覚悟していたという。これはタキオン粒子をエネルギー源とするサンザー系イスカンダルの波動理論がサレザー系イスカンダルのそれと別物であるのを知ったからだろう。アースとしては第二世代波動エンジン艦隊構想が立ち上がっており、その予算確保の良い方便に使っただけだが、ガイアが事の重大さに慌てたのが本当のところだ。
「ああ、23世紀に発見されてる『反地球』ですか。あそこのヤマト、リメイクバージョンらしいですな」
「ええ。だから、古代進さんがドレッドノートとアンドロメダの存在に露骨に不快感示して、意見を述べちゃったのよね」
「リメイクバージョンの古代君、大人に見えるけど、元祖の要素も微妙に残ってますからね」
空自のある佐官がガイアを基地に着陸させ、艦から降りてきた武子と会話を交わす。航空基地の駐機場に宇宙戦艦を置くのも、なかなかシュールな光景である。海軍が見たら発狂しそうな勢いの光景だが、海軍のウィッチ閥が蒼龍型(史実の翔鶴型と同規模なので、実質は翔鶴型)の二隻を自分達専用に確保した空軍のバーターという名目で、宇宙戦艦を4隻保有というのは、海軍ウィッチ閥が聞いたたら目を回す案件だ。これは空母機動部隊の重要戦力になろうかという艦を自分達の居場所を守るためという名目で自分達専用にしてしまったため、第一線空母がたった五隻という窮状に陥らせたための空軍と海軍の密約だった。海軍ウィッチ閥は窮地に陥っていたのは事実だ。若本/坂本以外の殆どの有力者は空軍に取られ、しかも坂本は引退済み。ウィッチの数が減った上、存在意義に疑問も呈され、居場所を守りたかったのは理解出来るが、決まっていた計画を無理に捻じ曲げたのは頂けない。そのため、第一線の空母機動部隊の数の不利をカバーするため、空軍が宇宙戦艦を持つことになったのだ。しかも地球連邦軍の有力艦級を。
「カイラム級、アンドロメダ級にペガサス級ですか。空母機動部隊の数の不利もコレさえあれば補えるでしょうね。20世紀後半の軍隊に使うにはオーバーキルですよ」
「仕方がないわ。飛鷹型、雲龍型の一部、蒼龍型はウィッチ専用艦になったから、これで数の不利を補わないとおっつかないわ。相手はミッドウェイ、ユナイテッド・ステーツ、エセックスだもの」
連邦から400m級の超大型空母を二隻購入し、在来改装型を三隻用意したが、数が違いすぎる。蒼龍型の改装はそれを少しでも軽減するための施策だったが、海軍ウィッチ閥は通常兵器の数の猛威に理解を示さず、結果として海軍をピンチに追い込んだ。その結果に慌てたウィッチ閥は、88艦隊の建造予定艦の竜骨を流用した新造予定空母の権利を放棄したが、規模的にはミッドウェイ相当が三隻である。これはミッドウェイなどの膨大な搭載機数に目を回したことが原因であり、ウィッチ閥は『敵の空母はこんなに巨大なのか?』と無知ぶりを晒し、海軍残留組のGウィッチ達を憤らせた。これはF4Fなどの世代で基準が止まっていたからだが、F6Fなどの大型機を90機以上積めるキャパシティを持つ米正規空母の事が若本によってもたらされると、彼女らは孤立無援の状況に陥っている事に気づいた。また、ウィッチ専用の空母には護衛機も殆ど積めないため、47年に入って初の海戦で無残に敗北し、後ろ指を指されていた。その際、若本が殆ど敵機を落としたようなモノで、『オレも空軍行きゃ良かったぜ』と脅している。若本は海軍の強い慰留で残ったが、坂本が引退する事態により、有力者のほぼ唯一の生き残りとなってしまった。北郷を前線に戻す案も出るほど、海軍ウィッチは駒不足であり、それが空軍部隊の空母搭乗で補われる事で急場をしのぐ事になる。
「先の海戦で負けてから、若本中尉一人で看板支えてるようなものですし、無理がありますよ」
「だから、私達が空母に乗ればいいのよ。あの子、この間、『小松』で宴会してた派閥連中に『ウィッチだけで何でも出来るとか思い上がるから、この体たらくなんだ!うちらの我が儘嫌った母艦航空隊があっさり戦果かっさらってったじゃねぇか!!』って怒鳴り込んだのよね。あの子と連中が取っ組み合いしたもんだから、小松のバーラウンジが半壊してね。井上閣下が『加藤くん、君らが乗艦したまえ』と指令したのよ」
「ああ、井上成美閣下、空軍に移られてましたな」
「ええ。それで瑞鶴を指名したわ。新撰組を載せるなら、あれでいいし」
「そのためのメンバーですか」
「本当なら統合戦闘航空団に行ってる連中を集中させてる上に、全員が転生者だから、戦闘機での任務にも耐えられるのも理由よ」
新撰組が最強と言われるのは、全員が統合戦闘航空団に行って然るべき人材である上、Gウィッチであるからである。今回においては、服部や雁渕妹などは維新隊に在籍しているので、新撰組の精鋭の謳い文句は事実である。しかも機材の自由使用権も持つ。これは64Fなどに許されたものだが、同隊がもっとも自由度が高い。
「シンフォギアやISまで使うんですな」
「あれらはレイブンズとその関係者の特権ね。レイブンズなんて、二人が黄金聖闘士よ?」
「統括官、それカミングアウトして、ウチの公安警察を顔面蒼白にしてましたよ」
「何故、公安警察なの?」
「実は、統括官がまだ任官間もない頃、公安警察が彼女をスパイと疑い、逮捕しようとしまして」
2000年代前期の任官間もない頃、黒江は公安警察に正体を疑われ、スパイ容疑で逮捕されようとした。しかし、今回においては既に黄金聖闘士であるので、彼らは地獄を味わった。この出来事により、公安警察は当時の総理大臣であった『ジュンイチロー』に激怒された。既に防衛省と防衛大臣、総理大臣は黒江の正体を把握していたからで、彼らは総理の怒りに無力であった。公安警察でも屈強で鳴らした若めの男たちが一見して、モデル体型の黒江に挑んで、手も足も出ないまま『死なない程度に』手加減されて、普通の警察に暴漢として突き出された。この出来事は、黒江が自衛隊で味わった第一の災難であった。黒江が後に扶桑の人間である事を公表した際、当時の関係者は、自分達の捜査は『無駄な努力』であった事を嘆いたというが、黒江にとっては災難そのものであり、公表後に訴訟を起こされた事もあり、黒江は相当に忍耐を強いられた。そのため、調と成り代わった時期は本当に楽しんでいたとも言える。しかしながら、扶桑出身者初のブルーインパルス在籍、教導群在籍経験者という華々しい経歴を誇り、幕僚長就任を期待されたが、内規でポシャった。この時は過去に黒江を苦しめたマスメディアが味方に回り、渋る防衛省を最終的に動かした。しかし、黒江は飛ぶ時間を得るため、空将昇進を渋ったため、防衛省は内規の存在を利用し、兼ねてから構想されていた『ウィッチ総監』と『対外任務統括官』を兼任することで幕僚長のポストに代える事で落ち着いたのだ。
「あの子、それは言ってなかったわ」
「公安警察の不祥事なので、警察庁から口止めを頼まれてるんですよ。公にバレたら、公安委員長や警察庁トップの首が飛ぶんで」
「随分と勝手ね、内務系は」
「戦後は内務系が最大派閥でしたから、治安維持での」
「ったく、自分達に非があると、なあなあですまそうとするのはどこの組織にもあるけれど、これは内務の怠慢ね」
呆れる武子。警察を内務というあたり、この時代の人間らしい。軍部を糾弾する割に、自分達も同じ穴の狢だったりする、日本の警察関係部署に呆れを見せる。武子にしては珍しい態度である。
「貴方にしては珍しいですな」
「亡くなった姉の事があってね……」
珍しく不快感を見せるが、それには、自分と同じ軍人だった亡き姉『農夫子』が亡くなる前、ハイカラな私服姿で闊歩していたところを郷里の駐在が逮捕して、駐在所の牢屋にぶち込んでしまった出来事がある。病弱だった姉の体を悪くした一因であったと言える上、武子は当時まだ幼少であったため、軍人である事が分かった途端に平謝りで態度を変えた巡査の姿に怒った。不運にも、その後に農夫子が結核で夭折してしまったため、武子は警察嫌いになった。武子は彼女をとても慕っており、トラウマ級にショックだったのがわかる。士官学校で将来を嘱望されていたエリートであったのもあり、家族に姉の代わりを求められた面があり、黒江と似た側面と言える。武子は妹や弟を複数抱え、家族を養っている事もあり、出世しても私生活は質素で、出世した後はツーリングや釣りが趣味である、遊び人の黒江とは対照的である。武子は黒江とは性質が間逆なようで、馬が合う。そこは真田志郎と古代守の間にある関係に近いかもしれない。
「お姉さんの?」
「ええ。弟や妹達は覚えてないから、姉の事を覚えてるのは、私だけなんだけどね。その事があるから、内務は嫌いでね、綾香に処理任せてるのよね」
「統括官も警察関係とは折り合い悪いですがね。不祥事のネタ掴んでるからか、警察関係者は泣いてるそうですし」
「公安関係者はそうでしょうね。必死に調査して、動いたらボコボコにされた挙句の果てに、上が責任取らされて交代じゃねぇ」
「公安の連中、統括官の名前聞いただけで怯えるそうです。自分達のミスをバラされたら、公安委員長とかの交代は必至、幹部は島流しでしょうから」
「あの子、そういう取引は上手いから。昔から兄弟との間でそういうことあったらしいから、身についたんでしょうね」
「統括官も『裏でこそこそやるのが得意だ』とは公言してますよ」
「あの子、今は休暇であじあ号の中なのよね。坂本の姉さんが南洋鉄道株式会社の重役だからとか?」
「そちらでは南洋の観光列車ですか?」
「ええ。扶桑海事変の頃、大陸領を実質的に放棄した代わりに南洋に投資する過程で本格運転されだしたの。そちらと違って、ブリタニアとカールスラントの技術が使えたから、かなり速いとか」」
伝聞なので、情報に誤りがある。重役なのは、坂本の義兄にあたる姉の夫である。坂本は義兄に頼み込み、あじあ号の一等車のチケットを確保してもらい、黒江に送ったのである。あじあ号は観光列車であるため、オリエント急行と同じように、人気がある。再開発事業の進む新京を起点に、南洋島全体を結ぶ鉄道を広軌で走る。日本側の過去と同じ外見の『パシナ型機関車』が史実の性能より数割増しの時速175キロ(ブリタニアのフライング・スコッツマンやリベリオンの技術、更にカールスラントのフリーゲンダー・ハンブルガーなどの技術が取り入れられていたために実現した)の速度を発揮していた。もちろんこの時期には。日本側は電化を見込み、新幹線を売り込んでいる。軍部は爆撃による変電設備の破壊を恐れたので、電化は避けていたが、日本側の列車は電車である事、防空体制が整い、都市爆撃の可能性が減ったなどの理由で電化を予定している。この頃には、扶桑の鉄道会社は運輸省の鉄道局といくつかの私鉄があり、それらで運行されていた。南洋鉄道株式会社は戦後日本の国鉄と同様の形態の特殊会社であるので、それにはカウントされていない。なので、日本側は鉄道セクションの『分離』を要請した。要は『せめて独立採算の鉄道法人に移行をしないと赤字が累積するよ?放っておくと腐るぞ』という事を示唆する程度だが、扶桑の国民は鉄道を民間に全面的に託す選択肢は嫌っており、この頃は軍部も装甲列車/列車砲を使用していた都合上、いきなり『HR』なる鉄道会社になるのは無理である。そのため、戦後に国有鉄道を立ち上げ、いずれ民営化する道筋を作っておく事が理想とされたが、扶桑の国民は民営化を許さなかったので、半公社化で株式会社にして国が株式の過半数持って経営に介入出来るようにする程度で落ち着く事になる。これは民営化で田舎の路線が合理化で廃止される事が地主らに懸念されたからである。結局、扶桑の鉄道は概ね、戦後日本の形態で推移する事になるのだった。
「統制官は今頃、あじあ号のランチかぁ。いいなー。」
黒江は当初、三等車の予定であった。しかし、義妹の恩人であり、かのレイブンズの一人であると知った坂本の義兄が一等車に自分の権限で振り替えた。黒江には『義兄さんが一等車にねじ込んだらしい』と連絡してきて、一等車に乗車した。これは『レイブンズとあろう者を三等車に乗せたと知れ渡れば、会社の沽券に関わる』と思った坂本の義兄が自らの指令でチケットを一等車に振り替えさせた。その他に、彼の上役にあたる専務が『有名人を三等車になんぞ乗せたら三等車がパニックになるだろ!!』と、乗客名簿管理担当を怒鳴ったとも、社長がレイブンズのファンで、『馬鹿者!!国の英雄を三等車になんぞ乗せる奴があるか!!なんとしても、一等車にねじ込め!!社長命令だ!!』と喚いたとも言われる。
――あじあ号 車内――
「坂本か?なんで一等車に変わってんだ?」
「義兄さん曰く、社長命令だそうな。お前らのファンなんだと」
「マジかよ」
「お前ら、あの時好き勝手暴れたろ?その時に助けた民間の避難団いたろ?それに社長の孫娘がいたとか…」
「うーむ」
「で、義兄さん曰く、『お前の恩人がレイブンズだと上役に報告したら、上役連中が腰抜かした』そうだ。義兄さんの出世は間違い無しだと」
「んな事か?」
「馬鹿者、今のお前らは新華族だし、おまけに国の最大の英雄だ。上役もお近づきになりたいんだろう。お前のバックには黒田がいるだろ」
「お前らより待遇いいな。なんかわりぃや」
「仕方がない。私らクロウズはお前らには及ばないと、よく書かれたし、リバウ撤退戦の時は徹子の不在が叩かれた。私らだと、知名度も落ちるから、せいぜい等級一つ上げてくれるかお土産付くか、だぞ」
「お前、その時にシグナムの技を使ったそうだな」
「黒田から聞いていたからな。ファントムフェニックスだと『まんま』だし、捻ったんだよ」
「確かに」
「お前、こっちついたら調の容姿借りとけ」
「え、なんでだ?」
「新京の『漣堂書店』がケイの本の映画化記念フェアしてるんだ」
「な、何だって――っ?!」
坂本は黒江にカモフラージュを指令する。新京最大手の書店で、圭子の著書の映画化記念フェアを開催しているからで、レイブンズのブロマイドがデカデカと飾られている。街を歩いていたら騒動を起こすのは確実だ。坂本は黒江に容姿を変えておけと指令する。
「あじあ号降りたら変身しろ。お前は唯でさえ、歩いてるだけで、女子学生からキャーキャー言われるんだからな」
「有名になるとこれだ。まぁ、変身出来るから良しとするよ」
有名になるのを望んではいたが、アイドルのような過熱ぶりには参っている黒江。そのためもあり、調の容姿はいいカモフラージュになる。ウィッチは本来、世代交代と共に、その功績が次第に忘れ去られる宿命であり、黒江と智子は転生前、それに耐えられなかった。それが転生後の行動に繋がった。しかし、あまりにやりすぎたため、二回目の転生後の今回においては、軍ウィッチの存在を国民に示すプロパガンダに利用された事もあってアイドル化しており、三人は本来の容姿での私生活が困難となった。そのため、この時期には外出の際には、全員が変身している。黒江も外出の際などは調の容姿を使っており、坂本はそれを指示したのだ。これは一時でも成り代わっていたため、自然に振る舞えるからである。
「さて、食堂車行くかな」
あじあ号はオリエント急行を意識したところが多分にあり、当時のアジアでは唯一無二、オリエント急行に引けを取らないサービスが提供できた。日本では旧満鉄の象徴であったので、日本の一部からは廃止の声もあるが、歴史上、戦前日本が誇れたモノの一つであるため、引退後に日本が引き取る案も出ている。実質的に日本初の豪華列車だったからだ。ただし、史実と異なり、北方ではなく南方で運用されているため、子供向けにソフトドリンクが多めに出されていたり、史実では戦後に販売されている冷凍みかんが40年代の時点で存在している。(これは黒江達のおかげだが)黒江はあじあ号の食堂車で、ステーキを注文する。あじあ号の中でも高めのメニューだが、坂本の義兄が食堂の費用を会社で持ってくれると明言したので、注文した。
「おお、これだ、これ」
ステーキをたいらげる。食堂車で食事出来るものはこの当時、日本人以外の扶桑人では富裕層に限られたが、それでもかなり贅沢である。黒江のかつての給金では夢のような話だ。
(うおおおお…。旧満鉄の生存者が聞いたら泣いて喜ぶなぁ、これ)
21世紀の時点では旧満鉄の関係者の多くは鬼籍に入ったが、終戦時の若手が辛うじて生きており、その生存者らしき日本人の老人が家族とともに食堂車で食事をしている会話も聞こえてきた。
(ん、噂をすればなんとやら。その関係者乗ってたんだな。あの爺さんにして見れば、戦後社会に切り捨てられた戦前の思い出だもんな。もう二度と食べられないと諦めてたんだろうな)
黒江から見て、斜め後ろのテーブルに座っている家族の会話が聞こえてきた。ボケ気味だった100歳近いはずの老人があじあ号を見た途端にスイッチが入ったか、ハキハキとしだし、食事について熱く語りだした。戦前にあじあ号に関わっていたのだろう。おそらく、扶桑旅行の規制が決まる前に新京のホテルの予約でもしていたのだろう。この時代ではあり得ないハイカラな服装と、電化製品がそれを物語っている。
(日本人か。政府や自衛隊関係以外の人間の旅行は規制決まったはずだが。決まる前に駆け込みで来たんだろうか)
扶桑は戦時中であるため、扶桑側の47年の秋を最後に、一般人の旅行は終戦まで規制されるという事になっているが、日本側の国会で揉めており、法令としての施行はできていない。これは日本の野党が扶桑の強固な戦時体制構築に反対している表れだが、扶桑としては戦時体制を少しでも構築したいのだ。経過措置として、貨物割当を増やしたが、今度は市民団体に抗議されるという、戦時体制構築派にとっては踏んだり蹴ったりの状況である。これは日本の女性政治家らが猛烈に扶桑の戦時体制構築に異を唱え、平時社会を維持させろという無茶な事を述べ、扶桑軍や扶桑内務省を呆れさせた。要するにアメリカと同じことをしろというのだ。リベリオン(アメリカ)とて、戦時動員はかけているし、扶桑は日本よりも女性が高い社会的地位を持つので、批判の殆どは的外れである。軍の英雄も女性であるレイブンズとクロウズである。扶桑の弁務官は『国民を危険にさらしたいなら自由になさると良い。こちらも戦地からの避難民を此方で確保した場所ではなく日本に脱出することの規制を止めさせて頂きます。 構いませんな?』と彼女らにずばっと言い、顔面蒼白にさせている。つまり、扶桑は日本とは似て非なるものというのを改めて示したのだ。軍の英雄が女性であるのも、日本側の女性政治家には衝撃的であった。
(日本の連中は自分らが戦時中に抑圧されたからって、戦争遂行に理解がないんだよな。扶桑は軍需生産を倍増し始めたってのに)
ステーキを食べ終わる。すると、新京に隣接するハルビン市の郊外に入る。南洋島はかつて滅んだ明国や李氏朝鮮の亡命民の居住地としての側面もあり、地名は元は中国のものである地名や、その変形の名を持つ。東西南北が反転してもいる。新京は再開発事業で改名した都市で、元は長春市であった。そのような側面から、華僑、その末裔が多い。車窓から映る景色は大正期までの煉瓦造りの風情ある建物が残るロマンあふれるモノで、ハルビン市は再開発事業が始まったばかりであるのが分かる。新京は近代的なビル街が数年で構築されたが、ハルビン市は風情が残っている。新京の近郊都市としての再開発事業が決定してはいるが、戦時中なので、完了は未定だ。
(お、ハルビンに入ったから、6時間もあれば新京だな。降りたら変身していくか)
あじあ号は中央ターミナル駅に再開発された新京駅へ向かう。本土の東京駅のように、南洋での起点になっており、外観も似通っている。これは東京駅を元に外観を模したからだ。新京は台湾よりも暑いので、夏服姿に着替えた者が増えてきた。黒江も軍服を脱ぎ、私服の夏服に着替えている。21世紀ではありふれた服装であるが、変身後の姿を意識し、ちょっと可愛い系を目指している。黒江の年齢(47年では25歳)にしては若々しいが、調の姿ではピタリである。
(この格好も板についたなぁ。アイツに成り代わったせいだな。後で、断りのメールでも入れとくか)
黒江は思いを馳せつつ、調の姿で行動するための服装でソフトドリンクを頼む。年齢を考えると、かなり無理があるが、調に成り代わっていた時の名残りで、黒江のファッションセンスはミドルティーンの服装がかなり入っている。これは調の影響であり、その事もあり、10代後半を違和感なく演じられるのだ。出されたソフトドリンクは部隊で飲みまくっているコーラ。黒田の影響で部隊の重要物資と化しており、亡命リベリオンの精鋭部隊とは、ペ○シの新味の確保を争っている仲である。窓を流れるように消えていく風景を見つめつつ、コーラを飲む。黒江は、服装が自分の年齢にしては無理があるのは自覚しつつ、あじあ号の食堂車で旅を満喫するのであった。
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