外伝2『太平洋戦争編』
百一話『エースとは2』
――42年。坂本やラルの想定よりもG化が早まった智子は、同志のハルトマンを引き連れて、スオムス攻防戦に参戦した。40ミリ砲は早くに弾が切れたため、本格参戦の際には、ほぼ手ぶらの状態で飛来したが、空中元素固定能力で好きに武器を作れるので、問題は無かった――
「あ、智子さん、周りの連中が奇異の目で見てますよ―」
「手ぶらだからでしょ?問題ないわ。こうやるから」
その瞬間、智子は弾切れの40ミリ砲を量子化させ、そこから空中元素を再固定させ、黒江も、後には調も愛用する武器を生成した。それは自身の友である甲児がカイザーで使っていた双剣であった。
『ショルダースライサ――ッ!!』
「つか、弾を作れば良いんじゃ?」
「そうなんだけど、ロケット砲だったから、仕組みをよく覚えてないのよ。そういう時は勝手知ったる武器のほうが確実よ」
至極当然なツッコミだが、智子はもっともらしい理屈で誤魔化した。実は勢いで持って来たので、仕組みを把握していなかったのだ。
「取り寄せ(アポート)の固有魔法ってことで誤魔化すわ、これ。今の時点じゃ空中元素固定なんて、アインシュタインでも理解できないし」
「うーん……智子さん、備前長船借りますよ」
「良いの?」
「体が覚えてるかの確認ですって」
「ほら、一応、芯鉄の構成素材は超合金ニューZに組成を変えといたから、折れないと思うわ」
「まー、この時期の量産型の軍刀は質悪いから、ありがとっす」
この頃、軍刀を用いるウィッチは扶桑海以来の古参のみになりつつあり、ウィッチの間でも軍刀の需要は下がっていた。ハルトマンは極秘に扶桑から軍刀を得ようとしたが、数年後に黒江が使っていたような質の良い軍刀はまだ出揃っていない時期であったので、智子の愛刀を借用した。(扶桑で軍刀が正式に復権するのは、あと3年後のレイブンズの復活を待たねばならない)智子はショルダースライサーを二刀流で、ハルトマンは備前長船・智子スペシャルを借用して、ドッグファイトに打って出た。智子はショルダースライサーの扱いを熟知しており、超合金ニューZαの切れ味と魔力を以て、容易く爆撃機型怪異をコアごと切り裂く。これはマジンカイザーの戦いを間近で見ていた事で覚えた事である。
「はぁっ!」
ショルダースライサーを操り、踊るかのような剣戟で、怪異の装甲外殻を斬る。(この時期の軍刀では『叩き割る』ようにしかダメージが与えられないので、破格の威力である)
「コイツでトドメだぁ!!」
最後にコアを双剣で一気に切り裂き、落とす。当時最新の二式戦闘脚二型乙の性能を活かした一撃離脱戦法の真髄だった。後に、後輩の中島錦が対抗心を黒江や智子に剥き出しにしたのは、キ44最終型のテストパイロットだった自負からだが、智子はキ44そのもののテストパイロットを兼ねていたし、黒江も初の実戦部隊たる『かわせみ部隊』(47F)のOGだった。二式戦闘脚を育てたのはこの二人なのだ。
「さて、後でやってくる錦に先輩風を吹かせられるわね、これで」
「あー、あいつか。キャラがナオとかぶり気味の」
「あの子、キ44最終型のテスパイだからか知らないけど、綾香とあたしに対抗心満々でさ。こっちは初期試作機の頃から乗ってたつーの!!」
ムキーとむくれる智子。智子はキ44の開発主任の糸川博士と際どいところに行きかけた経験もあるので、彼女の産んだキ44を第一次現役時代の最終搭乗機にしていた。その経緯すら後輩に知られていないのは、ウィッチの悪しき風習と考えている。実際にこの後、50Fでお局様扱いされ、『運の穴拭』という渾名を頂戴するので、智子が現役復帰後は前線に居続けたのは、引退後の後輩からのぞんざいな扱いへの怒りが理由の半分だったりする。智子が後に、エース制度導入の旗振り役の一人になった理由の一つが『引退期に於ける後輩からのぞんざいな扱いと、呼び捨て』であるのは、広報にとっては皮肉であろう。智子が遊撃隊を組織する理由がその時期の鬱憤晴らしである。智子が50FのOGである事は、後に同隊から複数の離反者が出、それが在籍当時の智子の理解者だった事で封印され、やがて忘れ去られる。その人物は智子が前史でも戦い、最終的に倒した親友にして、神闘士である。智子はその運命を知っているが、親友だった頃の彼女とまた歓談したいという願望も抱いていた。その点で『人間臭さ』を残すのが智子であった。
「そろそろ、エイラ達が見える頃ね……あ、いた!狙撃される絶好のタイミング!ニパもハッセもいるわ!ラッキー!」
智子は転生前の時に、自らの後任として着任した『ハンナ・ウィンド』のことも覚えている。後で分かったが、容姿はニパと一卵性双生児レベルで瓜二つ(髪の分け方、使い魔と胸の大きさで見分けはつく)である。智子はエイラ、ニパ、ハッセの三人が狙撃の任務で対戦車ライフル(ハッセが砲手、エイラがサポート、ニパが護衛)で狙撃しようとし、逆に攻撃の予兆を先読みされ、メガ粒子砲張りの極太ビームで逆襲される絶好のタイミングで割り込んだ。小宇宙を使い、ビームを手刀で切り裂き、ビームの威力を拡散、減衰させて弾いた。
「イッル、ニパ、ハッセぇぇ!」
地上でアウロラがこの世の終わりのような顔で悲痛な叫びをあげる。撃墜されたのかと思い、思わず目を閉じる。アウロラにしては弱気な態度だったが……。それはすぐに歓喜に変わった。爆煙を左の手刀で払って霧散させ、その姿が顕になる。三人を庇うようにして立ちふさがったウィッチが誰であるか、アウロラには『分かった』。アウロラは無線がオープンになっているのを承知で、歓喜の叫びをあげる。それは智子への彼女なりの『合図』だった。
「あ、あんたは……『扶桑海事変』最大の英雄ウィッチ集団『レイブンズ』が一角!!扶桑海の巴御前!!穴拭智子ッ!!」
実にわざとらしいが、アウロラなりの挨拶であった。アウロラもGウィッチだったのだ。それを見て、苦笑交じりの智子だが、気分がノッてきたので、剣鉄也の十八番を真似して応えた。
『そう!!偉大な勇者よ!!』
智子もなんだかんだ言って、若き日の流され気味体質は変わりない。当時は19歳なので、中二病じみた台詞を吐くのは反応が怖かったりするが、アウロラのおかげで救われた。だが、やはりニパやエイラからはツッコミが入る。
「あんた誰だよ!?扶桑のウィッチみたいだけど、コミックのヒーローみたいな事を言ってる場合かよ!」
「今、あんたのねーちゃんが言ってたでしょうがー!カウハバの戦闘隊長って言えば分かる?」
「あ、あそこの戦闘隊長って、もう引退間近って……。つか、こういう時に何やってるんですか!」
「るさいわね、ニパ!ブレイクウィッチーズしてなさいよね!」
「つーか、初対面でいきなりその呼び方ですか!?つか、なんでその事を!?扶桑にも知れ渡ってるのかなぁ…」
「気合い入れるには多少のバカも必要よ!んじゃ、アウロラに群がってきた雑魚どもを一掃するとしますか!それと、ニパ。スオムスの国内に居れば噂くらい聞くわよ」
「そ、そんなぁ…」
智子は流すが、ニパは不思議そうに、また、落ち込むような顔を見せる。エイラとハッセは笑いを必死に堪えているようだ。三人は直後、奇跡を目の当たりにする。かつての英雄の起こす奇跡を。
『雷光電牙!!』
打ち出された拳から雷が放たれ、それが地面を伝って相手へ向い、電撃の柱となって吹き上がり攻撃する。智子も黄金聖闘士の端くれ、光速拳と雷を操る力は持っているのだ。ウィッチの力は飛行に必要なもの以外は使っていない。雷が吹き上がり、更に輝きを以て、アウロラに群がる怪異を一掃する。事を知る者以外には凄まじい光景でしかない。拳を突き出すだけで、怪異が雷に粉砕されるというのは、全く自重していない光景だ。
『雷光放電!!』
智子も会得していたライトニング系の闘技。ライトニングプラズマが奔り、光の軌跡が怪異を打ち砕いてゆくのは、他のウィッチからすれば『奇跡』そのものでしかない。智子の左腕には紫電が散っている。これは智子が全能力を開放され、神の領域となった証でもある。エイラもニパもハッセも、『腕が光って、怪異が光に包まれたと思ったら、粉々に粉砕されていく』光景を前にしては開いた口が塞がらない。
「これがレイブンズが一人、穴拭智子の力よ!白色電光戦闘穴拭の名は伊達じゃないわッ!」
これ見よがしにアピールする。当時、智子は引退間近と言われている。黄金聖闘士となった後は、雷を操れるようになったので、渾名として使っている内の一つ『白色電光戦闘穴拭』はあながち嘘ではなくなった。今回、他国にレイブンズの復活の噂が早くから流れたのは、智子がこのように自重していない活躍を見せ、それを知ったラルと坂本が『自分達の統合戦闘航空団設立の準備資金確保』のために更に誇張して流したからである。これに当の扶桑皇国が困惑した末に、44年、未来世界にレイブンズを行かせたことで、全ての運命の歯車が動き出すのだ。坂本とラルはリバウ時代に結んだ密約の通りに動き、智子の覚醒を知ってから、約一年半後に当たる1944年の上半期頃を目標に、『予定調和』を起こすための言動や行動を友人の協力で行う。芳佳を赤松のラインで見つけ、竹井にそれとなく示唆する。(竹井も分かっていて、協力した)下原を502に行かせるため、ラルの裏工作を黙認するなどの下拵えを済ませ、43年から少しずつ、少しづつ、レイブンズの復活を確実にするための工作を進める。全てが無事に済んだ後、竹井に『肩の荷が一つ降りたよ』と述べたという。智子とハルカが予想より早くにG化した事を受けて、予定を繰り上げた事項も多い。流石に、ライトニングファングなどを駆使した戦闘は『お前、自重せんか』と坂本も諌めた程だが、智子は『良い狼煙になったじゃんー!エイラもニパも予約できたし』と返し、坂本を呆れさせたが。実際、42年の攻防戦での智子は、自分の当時における立場など忘却の彼方で、絶頂期と変わりない活躍をして見せた。そこが当時の参謀本部を悩ませた。当時に既に19歳の智子は言うならば、『蝋燭の最後の輝き』と取られていた。そのため、召還予定を半年ほど繰り上げられたのだが、攻防戦での『フリージングコフィンやライトニングファング』などの闘技の映像をスオムス政府が外交の道具にした事で、広報配属の内示を取り消し、急遽、当時の実戦部隊であった50Fの教官に充てられた。飼い殺しのようなものだ。スオムスへのパフォーマンスを兼ねての。扶桑本土のウィッチ研究者達も首を傾げたのは、『19歳という年齢にしては強すぎる』という事実だった。圭子のアフリカでの『やんちゃ』、智子のスオムスでの暴れぶりは扶桑のウィッチ学者をさんざ悩ませた。皇国大のお偉い教授達がこの難題に挑んだが、結局、未来人や時空管理局の手助け無しには謎は解けなかった。42年から44年上半期までのウィッチ閥の増長も、坂本やラルにとっては想定内の出来事なのである。
――攻防戦での智子最大の見せ場はこれだった――
車輪型超大型怪異が一気に加速しようと、ブースターをオンにしたところ、なんと肝心の車輪部が凍りついてしまい、ブースターをいくら吹かしても微動だにしない上、氷が徐々に広がっていく。智子は手のひらから氷の粒子を解き放ち、護衛集団ごと怪異を瞬時に凍結させた。あがり寸前のウィッチの行使できる力ではない。
『フリージングコフィン!』
氷は陸上にいた全ての怪異を一瞬で凍結させた。まるで氷の棺のように。智子がコフィンを解くと、氷ごと怪異は全て崩壊し、跡形もなく消えていった。これはミッドチルダ式魔法でフリージングコフィンの力を強めた事で生じた現象であった。
『眠りなさい。氷の棺の中で、永久に』
智子は静かにキメ台詞を終えると、怪異は効果範囲にいた全てが消滅した。この時に撮影された映像が扶桑に提供されたのだ。結果としては、エイラ、ニパ、ハッセの見せ場を奪う形となった。
「悪いわね、貴方達の見せ場を奪って」
「あの、これどうすれば?」
対戦車ライフルを持ったハッセが戸惑いつつ、智子に聞く。智子が片付けてしまったため、作戦用の20ミリ徹甲弾が無駄になったからだろう。具体的にはL-39だが、後々の戦いでも、スオムス出身者達がM4中戦車などに対し、履帯や燃料タンク狙いなどで戦果を挙げていく名銃である。
「あれでも撃てば?L-39なら、ウチの九七式自動砲より取り回し楽だし」
援軍の飛行型怪異に撃てと指示する。九七式自動砲は60kgあるため、流石の圭子も今回はあまり使用していない。L-39は49.5kgと、九七式より遥かに軽量であり、Gウィッチ化後はアフリカに取り寄せて使用しているほど、携行は楽だ。つまり、九七式は空戦用途に使うことは想定されていない設計なので、結果として、圭子が先駆者になったその運用法は陸軍兵器行政本部(後に防衛装備庁と統合)を悩ませたという。今回においては、坂本も前史と反対に、九九式二〇ミリ砲のグレードダウン版を開発することには反対論を唱えている。これは45年以降に相対する敵は怪異ではない事からの知見だ。前史や今回の45年以降の出来事が証明しているが、ウィッチとある意味では、相性のいい怪異相手では、中口径弾で良いのだが、B-29やP-47などの『30ミリ砲を撃たないと落ちにくい』重装甲機相手には、いくら撃っても火を吹かないからだ。坂本のこの意見は同期達の多くからも相手にされず、結局は12.7×99弾(M2と同規格)仕様が量産されたが、対非装甲目標用の重機関銃程度の口径では、ティターンズの繰り出すB-29には全くの無力に等しかった。更にそれが数百の単位で飛来するので、現役世代のウィッチ達の多くは人と戦うことへの恐怖で萎縮してしまい、ダイ・アナザー・デイの際は黒江曰く、『現役世代の連中は4割が使えれば上等だ』と坂本はその未来を知るが故、12.7×99弾(M2と同規格)仕様を普及させることには反対だったのだが、その意味を周りのウィッチ達が悟る頃には、B29どころか、B-36すら現れ、日本連邦がそれを撃墜するために、第4世代ジェット機を続々と量産しだす時代になり、46年度に設立されたMATにウィッチの少なからずが駆け込んだのは、アイデンティティを守るため、実階級の降格への反発であった。
「あの怪異、後退翼にプロペラが後ろについたみたいな形だ……」
「本当だ。変ダナ」
「いや、あの形は各国で研究されてる『推進式』のそれよ。もっと革新的な推進器が発明されるから、実用生産品はあまり出回らないけどね」
正確には、近代の航空機には、というだけで、推進式自体は当初から存在するアイデアではある。黒江であれば、その辺りを踏まえた説明が出来るが、あいにく智子は本格的にテストパイロットには行かなかったので、あまり詳しくない。そのため、後でエイラから話を聞いた黒江に、『はぁ?お前、ライト兄弟からして推進式で、エンテ式だろーが』と突っ込まれたのは言うまでもない。智子はエンテ式というと、史実の震電を思い浮かべるが、技術開発に一度は身を置き、自衛隊でも経験がある黒江からすれば『小学生でも言えそうなことなんだぜ?』と呆れてしまう。後年(45年ごろ)、黒江がエイラから話を聞いて、腹が捩れるほどにバカ笑いし、智子に『航空機講座』を即席で行ったという。黒江は審査部のテストパイロットであった時期があり、後の戦争中にはそれを部隊内で兼任しだす際には、航空技術史を改めて専攻し、真田志郎からも英才教育を受けている。その違いだった。因みにこの解説をアウロラと聞いていたハルトマンは『あー。あーやがいたら大笑いされること間違い無しだ、これ。ライト兄弟のヒコーキ、エンテ式だよ』とコメントしたという。
「智子さん、ライトフライヤーも知らないのか、エーリカ?」
「あの人。覚醒で、ある程度は改善されたけど、基本的には門外漢なんだよねー。あーやみたいに資格取れるくらいに勉強するタマでもないし。それでも、後で出てくる『若い連中』よりはマシだけどさ」
黒江はハルトマンをして、『勉強の虫』と例えられるほどに勉強熱心な性質で、45年以降の事だが、VFの整備を自分でも出来るようにと猛勉強し、整備士資格を取ってしまうほどである。自衛隊内部でも整備士と仲がいい事で知られているように、機械いじりが好きだった気質が覚醒で強化され、VF、可変MS、スーパーロボットすら乗りこなしてゆく。エーリカがアウロラに漏らしたのは、二人のその差だろう。
「アウロラさんが目覚めてて良かったよ、これで原隊に戻るまで退屈しなさそうだ」
「ウルスラに驚かれるぞ?今のお前なら、それこそ排気管を推力式単排気管に変えたほうが良いとか、高高度飛行のための出力増強装置の開発だって具申出来るし」
「まーね。だけど、今の状態じゃ無理さ。あたしが意見具申しても、トゥルーデに一蹴されて終わりだもん。ミーナも本気と取らない。我ながら若い時の振る舞いには考えさせられたね」
ハルトマンは未覚醒であった友人との関係に疲れている節が見受けられた。先行してG化したための孤独もあるだろうが、バルクホルンの悩みである、クリスが昏睡状態にあることでのギスギスした雰囲気や冷徹な軍人を装おうとするあまり、トラブルメーカーとなっている事に疲れていた。
「トゥルーデ、この頃はまるでダメダメだよ。あー見えて、重度のシスコンだから、クリスが昏睡状態になってからは死に急ぎって感じでさ。周りともトラブル起こしてねー。これじゃラウラ・トートが追い出されるはずだよ」
「ああ。501の初期メンバーの」
バルクホルンは前史での晩年や老齢期は、若かりし頃とは真逆の『悟ったように温厚な性格』になっていた。ハルトマンがF-104の導入で鬼教官となった頃には、すっかり役割がかつてと入れ替わっていたが、その傾向が続いたのだ。
「あーあ、トゥルーデが早く覚醒して、『昔』の落ち着いた性格に戻ってくんないかな〜。あの性格なら好かれるしさ」
バルクホルンは若かりし頃の感情的な性格よりも、老齢期や晩年の人物像のほうが人気があった。それは精神的に安定したため、徐々に本来の優しさが表に出たためでもある。G化以降に感情的な側面が鳴りを潜め、シスコンが加速して、次第にギャグキャラ的な面も目立つようになったのは、根本的な性格が晩年期の温厚なものになったためで、マルセイユと和解したのもその後の事だ。ハルトマンも『トゥルーデが早くに覚醒していれば、トラブルメーカーって悪評も立たなくて、将来的に空軍総監の芽もあっただろうに』と嘆くことになるが、それは45年以降の事だ。(実際、若かりし頃の感情的な面が問題視され、ガランド後継の空軍総監の座を逃している)これは後年にバルクホルン自身が『クリスの事で、私は冷静さを欠いていた』と述懐している。バルクホルンはG覚醒後は根本的にはシスコンだが、概ねは温厚になっていて、マルセイユとも和解するなどの態度の変化が表れている。また、ウィッチ世界が未来世界や21世紀世界の都合に振り回されるようになる時代の前の頃を『ある意味では、秩序が保たれていた』と評するなど、性格面では優しさが強調されている。ハルトマンはG化後のバルクホルンを『優しいんだよ、トゥルーデは。軍人としてはお武さんに似てる』と評する。そのため、自制心が付加されるG化を待っている事をアウロラに告げる。
「それは個人差があるから、私からはなんとも言えんな。ただし、お前らと交流を持てた事で得た事には感謝しているよ。それはこれだ!」
アウロラはオーラパワーの制御に転生を経て成功したようだった。組んだ九字護身法は『列』である。つまり、光戦隊マスクマンのブルーマスク/アキラと同様で、武器も彼と同じく、トンファーだった。
「これはルーッカネンにも見せていない戦法だったが、お前がいるし、使っても問題なかろう」
トンファーを生成し、残った怪異を粉砕してゆくアウロラ。前史で光戦隊マスクマンのブルーマスクに師事していたのか、動きが彼に似ていた。
「この戦法を表に出せなかったのはだな、この世界だと、中国はもう滅んでるって事だ」
「あー。明の頃に滅んだもんねー、この世界だと」
中国拳法なども扶桑に伝わる過程で、扶桑の既存拳法に飲み込まれていったため、21世紀世界で存在する形での中国拳法は殆ど死に絶えていた。琉球空手に名残がある程度だ。
「いや、待てよ。沖縄の方の空手にはトンファーあったな。それを習った事にしておこう」
「いい加減だなぁ」
「お前のほうが説明ややこしいだろうが」
「確かにね」
微笑うハルトマン。不意を突く形で現れた怪異を飛天御剣流の剣技で斬り裂く。ハルトマンは剣技においては智子を上回り、黒江と同等に達している。黒江曰く、踏み込みでは負けるとしているあたり、飛天御剣流の神速ぶりが分かる。ハルトマンはカールスラント人でありながら、扶桑人以上に扶桑剣術を極めてしまった初の例と言えるだろう。
「さあて、出来るかどうかやってみよう。飛天御剣流『九頭龍閃』!」
九頭龍閃を放つ。これは九つの斬撃を同時に放つ技で、熟練していれば相手は回避も防御も不可能となる。ハルトマンの周りに九つの文字が浮かんだかのようなビジュアルから突進が行われるようにしか見えないが、実際は瞬時に九つの斬撃が放たれているのだ。ビューリングの命令でエーリカと智子の様子を確認しに来たウルスラは、思いっきりショッキングな光景を目の当たりにする事になった。
「な、何……あれ」
息を呑むウルスラ。姉が地上で扶桑刀を使って大暴れし、空中では智子がすっかり現場の指揮を取っていて、自らも暴れていたのだ。智子は往年のレイブンズとしての力を行使し、エーリカはウルスラには隠していた技能を見せる形になったので、ショックだった。
「ありゃ、ウルスラァー?みてたー?スゴイでしょー?」
「ね、姉様!!これはいったい!?」
「あたしさ、黙ってたけど、扶桑の古剣術極めちゃったわけよ。多分、もう智子さんより強いよ」
「中尉と知り合いなんですか、姉様!?」
「ああ、驚くと思ったから黙ってたんだ」
「中尉、それは本当ですか?」
「本当よ。ビューリングの差し金ね?まー、見ておきなさい。この私の本気をね、フフ」
「中尉がすごいご機嫌だ……珍しい」
「智子さんはスオムスに来る前は、扶桑有数のエースで鳴らしてたし、今でも衰えてないって言うから、見ておきなよー。引退しても飛べる体質になったとか言ってたし」
エーリカはその場を取り繕う。実際、この時の戦功で智子は白バラ勲章を授与された結果、広報に異動させてキャンペーンガールのような扱いにするわけにもいかず、結果としては、一貫して空中勤務者であり続けている。また、お互いに出会った経緯は『リベリオン経由で欧州入りする時にニューヨークからブリタニアまでの船で一緒だった時に揉んだ(揉まれた)との事。一応は嘘ではない。
――この戦闘は智子の第一次現役時代最後の華として記録され、智子はその数ヶ月後、いらん子中隊の戦闘隊長の任を解かれ、44年まで扶桑本土で錬成中の50Fに在籍し、そこから未来行きを経て、古巣の64F復活に当たっては幹部として抜擢され、以後は一貫して同隊に在籍する。一時は広報でカメラマンをしていて、前線から離れていた圭子と異なり、前線部隊に在籍し続けていたので、家族や親戚、後輩の多くからも奇異の目で見られたが、ともかくもG化が公式に認められて以降は『扶桑最大の英雄の一人』と祭り上げられている。智子のキャリアはスオムスの攻防戦を堺に雌伏の時と称される休眠期に入り、復活がメカトピア戦争であり、前史ではここで、黒江と親友になった。智子はその美貌とは裏腹の好戦的な性格から、『後方任務に向いてない』とされているので、44年下半期以降は、常にどこかかしらの戦場にいた。黒江はテストパイロットとして後方に下がったら、周りに反発されたので、厄介払いで前線部隊に戻され、結果としてエースとして不動の地位を得たという経緯とは多少異なる。お互いに似たようないじめや誹謗中傷を経験したことも、友情がより強固になった理由である。黒江の場合は44年の出来事が起きない限りはG化はしなかったのもあり、より陰湿ないじめを受けた。黒田は自分の持つコネクションで組織存続に関わるほどの大事にすることで、黒江を守ったが、そのいじめは黒江の心に傷を残した。こうして、陸軍航空審査部/海軍横須賀航空隊の系譜は結果的に、この不祥事がきっかけで絶たれ、後に64F内で作られた『開発審査部』は空自の全面的援助で設立されたこともあり、組織的系譜も絶たれてしまう。表向きは『航空開発実験集団への統一』という説明である。戦時中に新規部隊を立ち上げる暇も余裕もないので、テストパイロット経験の多い64F内部に独立部署として置かれたのが最初という異例の部署となる。飛行開発実験団の全面的援助で立ち上げられ、その影響下にあるとされた。これは空自が黒江の能力をどうにかしてテストパイロットで活用したかった末に考えた策であった。48年までには各々の色々な思いや策謀が入り乱れる事になるが、Gウィッチの思いは一つ。『レイブンズを復活させ、ウィッチ全体の守護者として君臨させる』事でウィッチ社会を保全させる事。それが科学の異常発達の中で、ウィッチの居場所を守るという大義にも合致していた。Gウィッチ達はそのために数年がかりの策謀を張り巡らせ、見事に成功を収めたのである。坂本はラルに『どうして、私の予定調和的な策に乗っかったんだ?』とリバウ航空隊在籍時に問われると、『前史で私をずっと血眼になって探し続けていてくれた黒江たちへの恩返しだよ、グンドュラ。前史であんな事を起こし、娘の制御にも失敗した私を黒江はずっと探し続けていた。それを思うと、恩を仇で返すような真似は御免なんだ』と嬉しげに返したという。坂本は今わの際の事を転生後も気に病んでおり、黒江への恩返しをしたいと考えていた。ラルの策謀は渡りに船だったのだ。前史で娘の勝手な行動で軍関係者とのコネを潰されていった坂本だが、娘も黒江たちの事までは手が出せなかった。幼少期に遊んでもらっていたからだ。また、黒江達は扶桑のフィクサー的地位にいたので、一介の弁護士に手が出せるものでもない。その事が嬉しかったらしい。軍人とは交流有るが、あくまで個人的交流なので娘も手を出せない。黒江達はその線だった。
『あいつらは私を探し続けてくれた。娘が老け込んだ私を病院に隔離したのにも関わず、見つけてくれた。嬉しかったが、恥ずかしくもあったよ。その時には皺だらけの老いさらばえた老婆だったし、あいつらは今の姿のままだったしな』
『仕方がないさ。あの時、あの方達はもうGだったんだ。老いさらばえたお前を羨ましく思ったところもあるだろう。2000年にはあの方たちも、本来は孫と遊んだり、ゲートボールしてる年代だしな』
『そう言えばそうだな。まぁ、今回は孫と若い姿で会えるから、前史でのツケは払えると思っとるさ』
『孫に見せたかったのか?』
『ああ。前史ではもう老け込んでたし、クロウズの名声も私に関しては忘れ去られていたからな。Gになれた事は私へのZ神からの贈り物と思っている』
――坂本は自分なりにG化をポジティブに考えていたが、話をラルから聞かされたミーナは精神的意味でG化を『今生きている自分の消失』と解釈した事で恐怖を抱いた事でG化が抑制されていたが、芳佳の覚醒が最終的なキーとなり、遂に覚醒を遂げるのだった――
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