外伝その412『ユトランド沖海戦の再来10』


――模擬戦は続く。それとは別に、のび太が持ち帰った情報から、敵はラ級『ガスコーニュ』を投入準備済みであり、フリードリヒ・デア・グロッセも調整中である事が確認された――

―長官室―

「ガスコーニュ、か。仏が無くしたラ級というが…」

「アルジェリア戦争の際に行方不明になったという代物であるとの事です。」

「やれやれ。兵器の管理は戦後にはいい加減になった証拠だな」

「いざという時の『保険』はかけておいて正解ですな、長官」

「うむ」

小沢治三郎はガスコーニュの写真を一瞥してそう頷く。リベリオンのニューヨーク海軍工廠で調整を終えたその威容を捉えた写真。艦尾にドリルがある異形の形状だが、四連装砲塔を前部に集中配置した火力は侮れず、フランス軍の思想が見え隠れする。

「元はドイツ軍を倒すための兵器が、我らの敵になったとはな。フランスのいい加減さには参る」

「ガリアのアルザスの船体も鹵獲されておりますからな。ガリア海軍は無茶を言う」

「鹵獲しろ、かね」

「ハッ」

「わがままだな。彼らの海軍などは名ばかりになったというのに」

小沢治三郎はガリア海軍を名ばかりと明言した。開戦時に世界四位の地位にあったはずのガリア海軍は本国の陥落によって零落し、自由ガリア海軍は戦艦数隻とわずかばかりの巡洋艦しかない弱小海軍に成り下がった。この打撃は十数年後にも尾を引き、それが後々のアルジェリア戦争での海戦での有様へと繋がっていく。また、大和型戦艦に比肩しうるような『リシュリュー以上の大戦艦』を持てなかった事はガリア海軍のトラウマとなり、ペリーヌは国会議員としては、軍部の抑え込みで著名な議員となっていくため、軍部から恨まれ、後年に軍部がマフィアとグルになってのあわや暗殺という事態に何度も遭遇する羽目となる。ペリーヌ・クロステルマンの軍人としての名声は揺るがないが、政治家としては『反軍的』と見做され、在任中は暗殺未遂に何度も遭うことから、『不死身のクロステルマン』という渾名を得たという。








――最近はガリア議会と前線を行き交う日々のペリーヌ・クロステルマン。今は半引退状態にある。(戦闘はトワとモードレッドに任せているが、必要に応じ、キュアスカーレットの姿を維持しつつ、ペリーヌとしての演説もできるため、そこも敵を作ったという側面はある)政治の世界に飛び込むにあたり、予備役編入願いを出したが、ド・ゴールの意向で退けられ、軍籍は維持されていた。また、ペリーヌが恨みを買ったのは『ノーブルウィッチーズの隊長を固辞したせいで隊の結成ができなかった』という一点が強く、ペリーヌはそこから攻撃をされていた。また、議会にはキュアスカーレットとしての能力を自身の人格でも行使可能な事の表れか、赤いジャケット姿で登院する――


『何時でも戦場に舞い戻れる様に、返り血が目立たない服を選んだだけですわ』

そう公言するものの、実際はキュアスカーレットとしての自覚がペリーヌ自身にも出てきたからでもある。ペリーヌとトワの双方に言葉づかいの差が少ないため、どちらの人格が表れているかは『プリキュア・プリンセス・エンゲージ』をどちらの姿でするかで判断するか、納豆が食べられるか。それで判断している。(人格がモードレッドの場合は言葉づかいが粗野であるため、わかりやすいのだが)


――ガリア議会――

「私を反軍議員と誹る方々に聞きたいのですが、今は軍の増強より国土の復興の方が喫緊の問題でしょう?国力の回復も出来ない内に軍の増強で何を成さりたいの?国内の経済基盤の安定無くして軍の増強なんて夢物語そのものでは有りませんの?」

ペリーヌは赤いジャケット姿で弁舌を振るう。ドゴーリストではないが、愛国寄りの信条を持つ彼女だが、親類縁者の一切を開戦時に喪ったため、財産には一切の興味がない。軍人としては大尉となったが、501で入隊後初期は振る舞いが高飛車であった事が衆目に分かり、軍人としての評価は手放しで良いとは言えない。そこは『若気の至り』と断りつつ、先祖が領主であった身としては、トワに共感と憧れを感じており、また、尊敬するジャンヌ・ダルクとの邂逅で一皮抜けたため、精神的には大きく成長したと言える。

「しかしだ、クロステルマン大尉。貴官は知らないだろうが、我がガリアの国際的権威の低下が叫ばれておるのだぞ」

「お言葉ですが、将軍。今のガリアのどこに日本連邦の誇るヤマトとムサシに対抗できる軍艦を建造できる工廠があるんですの?カールスラントのレーヴェに対抗できる重戦車は?そんな余裕はガリアのどこにもありませんわ」

ペリーヌは前世知識とトワ、モードレッドからもたらされた知識で現在のガリアの窮状を理解していた。ドゴーリストが声高にして叫ぶ『軍の再建』は1940年代の内には無理である事、史実より荒廃した国土でどうやって大和型に並び立つ軍艦を作るのかという疑問をド・ゴールとその取り巻きの国防系議員にぶつける。

「皆様、もはや搾取前提の植民地は生産性が上がりません、教育や人材育成で総合生産能力を向上しなければならないのです!これは私のルートで取り寄せた日本連邦の海外領土経営の資料です」

ペリーヌは理詰め戦術でドゴーリストを抑え込む。

「国の守りはどうするのだ!他国に依存するなど、独立国とは言えんのだ!」

「それは領内にアメリカ軍がいる日本、UK、ドイツ等への侮辱ですわよ、皆様方」

淡々と答えつつ、次の一言はまくしたて戦術を使う。黒江が授けたディベート術だった。

「この焼け野原から日本が世界一の経済力を誇る所まで駆け上がるのに50年、しかも軍事に予算を殆ど振り向けられない状態で、です。ガリアの復興もコレと同じくらいじっくり腰を据えて行うべき大事業なのです!!」

左派や中道派議員からは感嘆の声とペリーヌへの拍手がなされた。『国土が焼け野原にされた日本が終戦から50年後の1995年には世界有数のメガロポリスとして東京を再建させている』様子を終戦時の焼け野原と1990年代後半時の新宿副都心の様子の写真を掲示してみせる。日本の東京は僅かな間に1000万都市に成長し、世界最大の首都圏を誇るまでになっている。その繁栄ぶりはガリアの良識ある議員には希望となった。

「では、大尉。そうなる前に攻撃されたらどうするのだ!軍備を怠った国に繁栄はない!」

「皆様、そうなったとしても、私達がこの国を守ります。そのような宿命のもと、戦士となる事を選んだのですから…。『プリキュア・プリンセス・エンゲージ』」

ペリーヌは自身の覚悟の証として『プリキュア・プリンセス・エンゲージ』を行い、自身の人格を維持したままでキュアスカーレットとなる。霧が炎となって身を包み、衣装へと変化する形での変身である。現役時代の頃の変身アイテムを用いない直接変身という形だが、変身者の人格が違っていても、変身は可能である(歴代プリキュア共通ポイントでもある)ため、ペリーヌはそこを活用した。(確認できる記録では、キュアパインと魂が入れ替わった妖精のタルトが変身したりしている)

『深紅の炎のプリンセス!キュアスカーレット!!』

ペリーヌの人格を保ってのプリキュアへの変身はこの時が始めてであった。かなりの羞恥心があったが、ドゴーリストの高慢ちきな姿に堪忍袋の緒が切れたのである。

「これが私の覚悟の証ですわ、皆様方」

キュアスカーレットとしての姿はあどけなさをまだまだ残していたペリーヌ・クロステルマンとはかけ離れたもので、紅を基調とし、鳳凰をモチーフにした紅と白のドレスを身に纏ったエレガントで凛々しい女性そのものである。ドレスのオリエンタルな雰囲気もあり、凄まじく鮮烈な印象を議員達に与えた。

「今の状況はガリア一国の問題ではありませんのよ、将軍。世界全体の問題なのです。私はそのために、この戦士としての姿を受け入れたのですから」

ペリーヌとしてよりも大人びて落ち着いた雰囲気の声色も雰囲気づくりにピタリであった。『小娘』と侮っていた人間達はスカーレットの持つ凛々しさと『覚悟』(スカーレットは元々、夢への憧れと、悪事への贖罪の心が産んだプリキュアである)を感じさせるその表情に圧倒される。ペリーヌの作戦勝ちであった。

「君はどうするつもりだ。何故、予備役編入願いなどを」

「ペリーヌ・クロステルマンとしての願いは叶いましたから。確かに、親類縁者の仇討ちは出来ましたが、私はもっと大事な何かを背負っている事を思い出したのです。黄泉帰ったおふた方の英傑が生前の自分に縛られていないように…。そういう事ですわ、将軍」

ペリーヌはこうして、自身の想いを、軍のプロパガンダからの反抗の意思をキュアスカーレットの姿を使うことで表明し、議会での答弁を終えた。キュアスカーレットの姿を使うことではっきりと自分の意思を表明したのだ。予てから、ペリーヌを過剰に持ち上げるプロパガンダ戦略に夢中だったドゴーリストはこれで完全に出鼻を挫かれた。黄泉帰った二人の英傑もガリア(フランス)一国のためには戦っていないからだ。この事は全世界を駆け巡ぐり、日本では『キュアスカーレット、ペリーヌ・クロステルマン大尉が変身者?』という見出しで報じた。センセーショナルなニュースであるが、のぞみと北条響が転生済みであることから、日本では割に大人しめの報じ方であったという。キュアスカーレットの姿で『私はピエレッタ(女道化師)としてでも、この国の国民を護る為に何でもすることにしましたの』と声明を発表し、その後はペリーヌの人格でスカーレットになる事も増えたという。




――そんな事がガリアで起こっている頃、キュアドリームは死闘を展開していた。一航戦の古豪『板谷茂子』少佐を相手に模擬空戦となったが、彼女の卓越した空戦センスの前に苦戦を強いられていた――

「くっ、単純な左旋回じゃ振り切れない…!」

シャイニングドリームとしての翼を使い、左に旋回するが、旋回半径が異常に小さい上、馬力に一定の余裕があるために旋回力も各型式で一番を誇る零式二二型を横方向の旋回で振り切れないのは当然の結果であった。

「なら、これで!」

ドリームは旋回し終えない内から上昇し、ハーフループの態勢に入る。そこからのダイブアタックをかける。拳での一撃であったが、板谷も正拳突きで反撃し、お互いに一撃をもらう。

「あたしのスピードに対応した…!?」

「フッ、いい拳だ。だが、まだ小童の間合いだな」

扶桑ウィッチにはどういうわけか、格闘術の達人が多い。事変経験世代を中心に何人かは必ずおり、のぞみの素体になった錦もそのクチであった。板谷は事変世代の後ろの方とは言え、七勇士の活躍を生で見て憧れた世代のウィッチであるため、この時点ではかなりの達人になっていた。歴代スーパープリキュアの標準となるスペックを最初に備えたとされる『シャイニングドリーム』の攻撃に対応可能な反応速度を彼女は備えていたのだ。

「ハッ!」

「あ……が…!?」

板谷の右のボディブローがドリームの土手っ腹にクリティカルヒットする。ドリームは現役時代には味わってこなかったからとは言え、攻撃を無防備に食らってしまい、体をくの字に曲げ、反吐を吐く。その一撃はとても重く、ドリームの意識が飛びかける。

「もう一丁!」

「あ……!ぐ……!?」

まさかの連続ボディブローで更に大きく仰け反り、かなりのダメージを負う。通常形態であれば、ノックアウトされていただろうダメージだ。

(嘘……この姿で……このダメージ…!?)

「どうした、もう終わりか?」

「……まだですっ!」

負けん気でどうにか意識を保つと、反撃を開始する。こんな光景はこの時期のウィッチ世界では当たり前であった。スーパープリキュアよりも遥かに強い者が軍隊に普通にいるので、単純にスーパープリキュア化しただけでは戦場で勝てるとは限らない。また、頼りの身体スペックにおいても、贅を尽くした戦闘用サイボーグとして生み出された昭和仮面ライダー達には及ばず、宇宙刑事のコンバットスーツに並び立てるか否かであるという事実はプリキュアの基礎スペックに自惚れていると負けてしまうという事の証明であった。

「はぁああっ!」

手加減の余裕がないと判断したドリームは戦法を錦が得意としていたズーム&ダイブに切り替えるが、板谷はそうはさせじと波状攻撃を仕掛ける。空中での殴り合いである。そのため、ボクシングを空中で行うようなものであるが、手刀も織り交ぜて板谷が放つので、ドリームは防御に追われ、予想外のダメージを負い、口の中を切ってしまう。

「はぁ…はぁ…。つ、強い…!」

「俺は空手を十年はしておる。大先輩ほどではないが、お前のような陸式のヒヨッコには負けんよ」

「そいつはどうですかね、板谷さん」

「何?」

「見せてあげます、あたしの切り札はこの姿での技だけじゃないって事を」

ドリームはここで草薙流古武術の使用を決断する。扶桑においては実在したが、口伝であるために文献が残っていないが、日本には『ゲームの中の設定』という形で資料があり、黒江と圭子が覚えさせた。炎を使う武術であるため、炎属性であるルージュ/りんはこの時からぶーたれているが、黒江と圭子曰く、『錦の先祖に継承者がいたのなら、覚えさすに越したこたぁねぇよ』とのこと。

「!!」

『百拾四式・荒咬改!!』

炎を纏った、横殴りのブローをかます。板谷も流石に驚愕し、目を白黒させ、攻撃を食らう。

「草薙流古武術……まさか、陸式の小童ごときが会得していたとはな…!」

『百式・鬼焼き!!』

ドリームは草薙流古武術で猛攻を仕掛ける。加減の余裕が無くなったため、全力である。肘を打ってから裏拳のように腕を伸ばし、炎を纏って舞い上がるこの技、草薙流古武術の奥義の一つである。板谷を炎が包み込み、炎上させる。

「小童よ、お前だけがその武術を使えると思うなよ?『弐百拾弐式・琴月・陰』!!」

肘打ちから、相手を掴み炎を爆発させるこの技は草薙流古武術のもう一つの流派『八神流』の奥義であった。この場合、頭部を地面に叩き付けるのが本来の流れだが、首根っこを掴んで爆発させた後に一本背負いに変えている。空中であるが故の変更だ。

「まさか…、板谷さん。八神流を…!」

「悪いな、小童。どうもお前と俺の会得した武術は表裏一体のものらしい」

ニヤリと微笑う板谷。草薙流古武術・八神流の使い手は代々が短命であるが、彼女はそれを承知の上で使ってきたらしい。その影響か、板谷の発した炎は青紫色であり、禍々しさを印象づけている。それをトリガーとし、板谷の戦術は荒々しくなり、爪でドリームのコスチュームを斬り裂くなど、荒々しい戦術を取っていく。

『参百拾壱式・爪櫛!』

炎を纏った爪を振り下ろし、鮮血を流させる。しかも、青紫の禍々しい炎をオマケにして。なんと荒々しく、禍々しい攻撃であろう。ドリームは板谷のスイッチが入った猛攻で負傷しつつも、カウンターを狙う。

「板谷さん。アンタがそれを使うのなら、見せてやる。草薙の『陽』の拳を!」

ドリームは賭けに出た。自身の最大スピードで肉薄し、そこから……。

『秘奥義が一!伍百伍拾伍式・神威!!』

巨大な火柱を奔らせ、相手を焼き尽くす秘奥義が一つ『神威』。空中では至近距離からの発動しかできないため、実用性は低い奥義だが、威力は充分である。念入りにもう一つの奥義も放つ。そこは同じ武術の使い手であると認識した故の念入りだ。

『念入りだ!!裏百弐拾壱式・天叢雲!』

直線状に炎を飛ばし、更に火柱を巨大にしてノックアウトする。ドリームは拳から炎を出す構図になるため、その天使を思わせるコスチューム(ズタボロだが)とは裏腹に、火の神『カグツチ』のような様相を呈していた。また、天叢雲剣の名を冠する奥義を放つので、日本武尊にも通じるだろう。この様子をモニター映像で確認したルージュはというと……。

「ねぇ、のび太さん、フェリーチェ。一言言っていい?」

「いいよ」

『炎はあたしの属性だっつーの〜!★※!』

最後の方は息が切れ、声が枯れている。だが、元祖炎属性のプリキュアとしては譲れないところがあるらしい。

「いいじゃない、君の後継者は中々いないしさ。パッションは風だし、サニーはバレーだし」

「技の後継者のソレイユは黄色ですしね。同じような技持ってた気がするけど」

「何よそれー!断固抗議よ、抗議ぃーーっ!」

ルージュと同じサッカーシュートが必殺技のプリキュアで最も最新のプリキュアはキュアソレイユである。フェリーチェの証言によれば、ルージュと技の構図が被ってるとの事。そのため、コミカルなツッコミを入れるキュアルージュ。

「ここでぶーたれる暇があるんなら、お前も覚えろや」

「って、なんでそうなるんですかー!」

黒江にもサラリと言われ、コミカルな姿を見せるルージュ。戦闘指揮所の皆が笑いを堪えているのが丸わかりな囁きが聞こえてくる。ルージュはその囁きで正気にもどり、顔から湯気が出るほど恥ずかしくなったか、恥ずかしそうに黙りこむ。

「ま、お前のツッコミにゃ感服するよ、りんちゃ〜ん?」

「うわぁ〜ん!自然にツッコミ入れちゃうんですよぉ〜…」

黒江にからかわれ、一同の笑いを誘うルージュ/りんのツッコミ。黒江から『全自動ツッコミマッスィーン』というありがたくない渾名がついたのはその翌日のことである。









――ダイ・アナザー・デイ当時、通常兵器のスペックが急速に向上し、ウィッチのストライカーの性能を超えてしまう事例が続出していた。航空兵器においては顕著で、当時最高レベルの速度性能とされる『P-51D』ストライカーを遥かに凌駕する速度を持つ『P-80』、『F-84F』が登場し、通常ウィッチが圧倒されるようになった。カールスラントの『Me262』ストライカーもそれらの前では色褪せた存在でしかなく、安全性の観点から、投入が現場の判断で見送られたため、対応できるウィッチ部隊は64Fのみであった。維新隊も出向組のプリキュアを中心に迎撃戦を戦い、『F-8』、『F-20』ストライカーの投入が極秘裏に行われた。記録には残されていないが、ジェット機にはジェットストライカーというのがごく自然な対処法であった――


オーバーシュートしたP-80をADENで狙撃し、撃墜する孝美。陸上の防空担当の維新隊も多忙であった。


「これで30機目……。敵の物量はおかしいレベルになってるわね」

「昔の日本軍なら、数ヶ月は動けないレベルの損害ですよ」

「国力と補給量の差なのだろうけど、敵の物量はありえないわね…」

空中で30機もの『P-80』を撃墜した維新隊。その中隊長に昇進した雁淵(雁渕とも)孝美と、その副官の役目を担うキュアフォーチュン/氷川いおなは雲霞のように飛来してくるP-80に気が滅入っていた。地上での制空権維持も一苦労であり、レシプロストライカーの整備が連戦でまるで追いつかず、F-8とF-20ストライカーが新選組から回されるに至った。孝美は元々、マイティウィッチーズ(第508統合戦闘航空団)にいた関係もあり、F-8ストライカーを履いている。

「まいったわね、ここらで引き揚げましよう。Gフォースに連絡を入れて」

「了解です。あ、隊長、サンダーストリークが!」

「しつっこい連中ね!!落ちなさい!!」

ADENをすれ違いざまに叩き込み、血気に逸ったF-84Fを撃墜する。孝美も苛つきが顔に出るほど疲労している。敢闘精神旺盛ながらも、比較的に冷静沈着な彼女だが、敵のあまりの物量に苛つきを隠せず、かなり荒くADENを取り回す。以前は対物ライフルを使っていたが、最近はジェットでリボルバーカノンを愛用している。隊長の任についたため、近接格闘は控えている他、安全性が担保できない絶対魔眼を事実上封印している。

「今度こそ引き揚げるわよ。各員、続いて」

隊員の疲労度を勘案し、この日は30機ほどを撃墜した段階で引き揚げる。新選組は隊員全員が人外魔境なので、軽く300機は数分間で落とせるが、維新隊は幹部層はともかくも、末端の隊員には高い戦闘力がないためと、孝美が周囲に気を配る性格であることもあり、割と常識の範疇に収まる戦果であった。しかし、30機も落とせば充分に大戦果と言えるものである。交代のGフォース航空部隊に連絡を入れた上で。レシプロ機とジェット機が同じ戦場で戦う戦場なので、必然的に大空戦となる。そのため、Gフォース航空部隊は大忙しであった。

「いおな(キュアフォーチュンの事)、帰ったら整備班長を呼んでくれる?発破はかけたくないのだけど、緊急時だし」

「分かりました。それと天誅組の林大尉からお手紙が」

「珍しいわね、あの子から手紙なんて」

天誅組の隊長である林大尉は本土で予備隊員の錬成を担当している。紅海戦線で鳴らしていた撃墜王で、元343空の中隊長陣の中では真ん中の性格と源田に評されていた。なお、寡黙だが、優しく人当たりの良い性格であり、菅野の同期でありつつも、諌め役であるという。孝美に送った手紙には『新人は肝が据わっとらん連中が増えた。貴様もわかると思うが、口ばかり達者なトーシローが増えとるよ』との一文があり、ミーハー心で軍に入隊した者が近年は増加傾向である事を憂いているのがわかる。343空時代から天誅組の隊長をそのまま務めており、黒江に反発した志賀を諌めようと努力をしていた事もあり、坂本からも信頼を勝ち取った若手である。

「新人を何人か他部隊に送り込みたいとの事ですが」

「了解と返事を書くわ。あの子の天誅組はそういう役目も担ってるもの」

後日、正式に極天隊が公式化され、新人育成飛行隊として編成され、浅川正子大尉(菅野の一期後輩)が指揮官として、徳島基地で産声を上げる。戦闘任務を名目上の編成目的だが、実際は予備隊員の選抜場所であり、64の飛行隊では最後発にあたる。これは天誅組の前線投入も視野に入れられていたからで、非公式に結成済みの教育飛行隊を公式化し、正式に組み込んだ体裁となった。天誅組の人数が増加した故でもあり、正式に教育専任中隊が必要となったのがこの頃である。天誅組では捌き切れなくなったという事情も伝わり、源田が後日に林の案を呑み、極天隊が予備隊員の育成専任部隊として結成される。

「例の教育部隊の事でしょうね。あの子たちも前線投入が噂されだしたから」

「そうですか」

「ええ。司令に報告するわ。隊長の了承は取り付けてあるでしょうし」

孝美は林の手紙の内容をだいたい当て、源田に報告する。源田は二つ返事で了承し、その更に二日後に極天隊は正式に産声を挙げた。


――『天誅組の投入については不明であるが、心の準備はしておけ』――


源田から通達が出され、軍部は天誅組も前線に送り込む構想を持つ事を示唆する形となった。後日、日本連邦国防会議にかけられたのだが…?


押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.