――遺跡の最深部。
城一つは軽く収まるだろうと錯覚させるほど広大な筒状の空間。
その中央に、白い繭で守られるように、その鎧は安置されていた。
磨かれた石畳より尚滑らかそうな外見。
布地とは明らかに違う金属光沢を持ちながら、鉄や鋼とも違う柔らかな印象を与える材質。
装飾などほとんどなく無骨な見た目ではあるが、その周囲の制御装置を含めて創造物独特の魅力がある。
――待て、今私は何を思った?
制御装置とは……いったい何のための?
否、そんなことではない。
私は、サタンはコレが何なのか知っている――?
ふと我に返りハイシェラの横顔を見ると、どうやら彼女はコレに魅せられかけていたらしい。
何かを振り払うように首を振り、恍惚としているアムドシアスに命じて鎧を繭から取り出す方法を探し始めた。
……このまま眺めていても仕方が無い。
確かに引っかかるものはあるが、捜索に加わることにする。
それにしても、コレはいったい何だというのだろう。
兵器であることに違いはないのだろうが、このようなものについての知識は私にはおそらく、ない。
更に近づいて、その構造を見てみる。
形は間違いなく鎧だ。
胸の辺りが乳房を支えるような造りをしていることから、これが女性用のものだと分かる。
普段私たちが行使している魔力とはまた別の得たいの知れない力を感じるが――。
『この鎧、どこかで……』
アイドスにも既視感があるのか、何かを悩むように言葉を濁らせている。
『……そう……思い出したわ。ルシファー、すぐにハイシェラと一角公を呼び戻して――!?』
何かを思い出したらしいアイドスの叫びと、遺跡全体が揺れ鎧が光を放ったのはほぼ同時。
眩い光が消え目を開けると、鎧は繭の中には存在せず――代わりに、それを纏った一角公が虚ろな瞳でこちらを見下ろしていた。
消した翼はそのままに、放たれた砲撃を闘気を込めたアイドスの刃面で逸らし、地面を蹴って大きく後退。
その間に遺跡の稼動に気づいたらしいハイシェラが到着。
すぐに状況を察し、召喚石に魔力を流す。
相手に視線は向けたまま、強化魔術をハイシェラたちに一通り施しリタの水弾に合わせてペルルと共に接近する。
「邪魔だな……」
私をより脅威と感じたのか、アムドシアスは片手で握った突撃槍で私を牽制。
雷の放電でこちらを寄せ付けようとしない。
私に気を取られている隙にペルルが接近する。
しかし、もう片方の手に握られた、チャクラムに刃をつけたような武器で迎撃されている。
「アムドシアスめ、兵器に魅入られよったな」
苦虫を噛み潰したような表情で悪態を吐くハイシェラ。
知っている者であるためか、私の刃も僅かに鈍る。
「とくと見よ、我の姿を。真の美と一体化した喜びを……。そしてルシファー、貴様を我のものに……ははははは!」
鎧に支配されているのか支離滅裂なことを叫び、次の獲物を探すように視線を動かすアムドシアス。
無色の魔力弾と共に突き出された槍に、私は一度仕切りなおすため距離を置いた。
『あれは、先史文明期に人間たちが造った機工女神の前身、機工戦姫よ。
纏ったものを生贄――動力源として稼動。
全ての記憶を消去した上で、目的のためだけに行動する機工兵器に作り変える。
だから機工戦姫の本体は鎧なの。早く私が思い出していれば……』
「後悔は後にせよ。……白銀公が忌避するのも当然であるな。
兵器は使うためにあるのであって、兵器に使われるなど虫唾が走るというものよ。
……だが、なるほど、力は本物というわけか」
光の弾による攻撃。
女神の体を得たハイシェラの頬に掠り傷を負わせたそれは並みの威力ではない。
そういう私も傷こそ負ってはいないが、捌ききれなかった槍の一撃を脇腹に一つ貰っていた。
魔力による障壁がなければ、今頃服ごと脇腹を持っていかれていただろう。
……どうやら、手加減などと言っている場合ではないらしい。
改めて一角公を正面から見据える。
「……アイドスの言葉が正しいなら鎧を壊せばアムドシアスは止まる。多少痛めつけることになるが、構わないな」
「仕方がないだの。こちらがどうこう言って止まる相手でもない。何より――」
アムドシアスの視線が再びハイシェラを捉える。
「あれは、余程我を屈服させたいようなのでな。挑まれたからには答えねば我ではないだのッ!」
言葉と同時に繰り出された槍を彼女は回避。
カウンターを取るような形で一角公の背中に純粋魔力爆発を放つ。
それに合わせる様に、私は闘気を込めた大剣を気合と共に二閃。
風鎌剣によるカマイタチを発生させ、攻撃直後で体勢を崩しているアムドシアスの槍とチャクラムに叩き付けた。
「うぐっ!」
衝撃に耐え切れなかったのかチャクラムは砕け、槍はその手を離れ地面に落ちる。
直後、魔神の背中から襲い来る魔法。
その挟撃に一瞬動きを止めた一角公を見逃すようなことは、ここにいる誰であってもあり得ない。
四方から放たれた魔術と斬撃。
魔神といえども全力で放たれたそれらの威力に成す術などなく、一角公はその全てをその身で受け、そのまま地に倒れ伏した。
「渡さぬ……この力、誰にも渡さぬ」
おかしい。
倒れたアムドシアスはその魔力を失い、その場から動くことはもうできないはずだった。
事実その通りで、呪詛のように言葉を繰り返し立ち上がろうとしているようだが、力が入らないのか直ぐに倒れてしまう。
しかし、煙を出している鎧が放つ光は、一向に消える様子が無い。
そればかりか逆に強まっているような印象すら受ける。
「一体、どうなっておるのだ?」
『私にも分からない。もしかして、暴走を――』
瞬間、光が全てを覆った。
◆
「……何が起きた」
意識が朦朧としている。
ひどい頭痛と、はっきりとしない視界。
青白い輝きがぼんやりと見えるだけで、状況が分からない。
「アイドス――?」
返事は無い。
痛む頭を抱え、起き上がろうとして、
「何だ……?」
床がないことに気付く。
いや、それどころか、どうやら私はどことも知れぬ空間に浮いている状態にあるらしい。
次第に視界がはっきりとしてくる。
――暗い。
周りには何もないどころか、明かりすらない。
音は一切聞こえず、外界からの刺激を感じられない。
「……ここは、どこだ?」
否、ここを私は知っている。ここは――
「いつまで呆けている戯け。余が折角出向いてやったのだ。いい加減気付いたらどうだ」
声に視線を向ける。
それは、先程感じたぼんやりとした光の正体。
消えたものと思いつつも、身の内に薄々感じてはいた、私の最初の盟友。
私と同じ黒い髪を腰まで伸ばし、切れ長の紅い目をした十二枚の黒い翼を背負う男。
――かつて全ての悪魔の王であった者。
「私をここに呼び戻したのはお前か、サタン?」
サタンと私が呼んだことに対してか、あるいは別の理由からか、彼は口元を吊り上げた。
「そんなはずがなかろう。ここに呼んだのは確かに余だ。
しかし余はすでに汝と融合した身。ここは汝の精神世界であって“名も無き世界”そのものではない。
故に呼び戻したというのは不適切であるな」
相変わらず面倒な言い回しをする男だ。
「それでだ。汝の視界を通じて状況を見ておったのだがな。
貴様が目覚めさせたあの兵器、あれは装着した者の記憶の一切を引き出し消去するというのは、理解しておるな。
それが暴走したのだ。どうなったか理解できるであろう?」
まさか――
「その様子なれば理解したようだな。暴走し、あれはアムドシアスのみならず、その周囲のもの全ての記憶を消すように働いた。
汝には余がいた故、ここに呼ぶことで免れたのだ」
「……アイドスは、ハイシェラたちはどうなった?」
「女神ならば安心しろ。ここには居らぬが、あの者も汝と繋がりを持っていたからな。
余が力を貸せば、奴とて一級の古神だ。そうそうどうにかなりはせん。
あのハイシェラとかいう機工女神の方は――」
唐突に口篭る。まるで何かを憂えるように、彼は一度目を閉じた。
「まあ、戻れば分かるであろう。それは兎も角だ。汝、余と完全に融合するつもりはないか?」
「どういう意味だ。私はお前の精神と融合したのではなかったのか?」
「――で、あったならば、余がここに居る筈がなかろう。
余は確かに汝と融合したが、それは汝に力を貸し与えるという形でだ。汝自身の血肉になったわけではない。
完全に融合すれば今まで以上の力を扱えるだろうが、神核すらなかったあの時の汝に完全に力を明け渡してみよ。
汝は余の神力に押し潰されて今頃この世に居らぬわ」
哄笑するサタン。それは……笑い事ではないのではないか?
「何故今になってなど申すでないぞ。汝、漸く己が惹かれるものを見つけたであろう。
何に対しても興味を持たなかった汝の口から、よもや他人を心配する言葉が出るとは思わなかったぞ」
そうかも知れない。
かつての“名も無き世界”にいた頃の私ならば決して口にしなかっただろう。
「……お前は、それでいいのか?」
「以前も言ったがあやつのいない現世になど、余はあるつもりはない」
サタンはそうして、全てを包むような大きくも温かみのある手を伸ばす。
「だから汝に余の力をくれてやるといっておるのだ」
「……そうか」
伸ばされた手を握る。
いつの間にか、私はこの男を“父”と呼んでいたが、本当にそんな感じだな。
まあ、本当の父親などというのは、私にはいないのだろうが。
「汝と会うのもこれが最後になるであろうが、一つ忠告をしておく。
汝はあの何も無い世界に、汝自身しかいないと思っていたようだがな、汝の他にももう一人居ったのだぞ。
そしてその者は、汝と同じ時期に、この世界に堕ちている。
汝と同じ虚ろを抱え、目的もないまま、死ぬためだけに生まれた憐れな幼子よ。
汝なれば分かるはずだ」
それは……
「言うなれば、奴は汝の兄弟だ。その絆は強い。
あのオリンポスの女神達のように互いに力の補填――神の力の行使、その負荷の軽減を行うこともできる。
逆に互いに惹かれ、必ずいつか相対する運命にあるのもまた事実だ」
光が溢れる。
サタンの体が粒子となって私の中に消えていく。
「覚悟せよ。汝がこの二つ回廊の終わりで生き続ける限り、それは回避できぬ運命。
決着を付けることができるのは汝と、裁きの神の力を継ぐ、あの神殺ししか居らぬ」
――ではな、我が……“息子”よ
◆
意識が覚醒する。
最初に視界に入ったのは、破壊された魔導鎧の残骸。
次に感じた右手の冷たい感触。
視線を向けると神剣アイドス・グノーシスが傍らにあった。
「無事か、アイドス?」
『ええ、気を失っていたらしくて何が起こったのかは分からないけど――』
――瞬間、閃光が奔る。
『これは……』
「聖なる裁きの炎、だな」
ハイシェラは使えないと言っていた、神の御業。
その炎によって、記憶を消去せんとする、古代の兵器は完膚なきまでに破壊されていく。
――視線を、正面に向ける。
捉えたのは、五十年前の、かつての姿に戻った魔神ハイシェラ。
そして、その蒼い髪の魔神を守るように立っている紅い髪の女神。
『セリカ……いえ、でもあの一瞬の気配は確かに……』
アイドスが呟いた言葉も、耳に入らなかった。
サタンから聞いたこと。
そして、目の前の光景。
未だにわけが分からず、頭の中が混乱している。
ただ一つだけ言える事、それは――
「目覚めたか、セリカ・シルフィル」
――神殺しの覚醒だ。
◆
「くっ、何ぞ記憶がおかしいぞ。ターペ=エトフがハイシェラに落とされたとはどういうことだ!
おいエルフの長よ、何があった!」
柔らかな日差しの差し込む、トライスメイルの森の中。
オメール山を脱出した私とアイドス、ハイシェラ、そしてアムドシアスは、白銀公に案内され、この地で世話になっていた。
だが、目覚めたはずのセリカとその使い魔たちは、この場にいない。
「起きたら起きたで騒がしいやつだ。それだけ吼える元気があれば問題ないの」
永き眠りより目覚めたセリカは、相手を問わず精気――魔力を求めて彷徨う、一種の飢餓とでもいうべき状態に陥っていた。
それは古の遺物を破壊するために、聖なる裁きの炎を用いた代償だったのだろう。
「……貴様ハイシェラ、か? いや、我が知っている姿はもっと別の……」
魔力を全て使い切り、動くことも難しいハイシェラの胸に、まるで乳飲み子のように吸い付いたセリカ。
獣のように、ただ貪欲に魔力を求めている。
その状態を察したのか、ハイシェラはなけなしの魔力を用いて性魔術を行った。
「ルシファー……黒い髪の……何だこの記憶は……?」
「どうやら記憶は取り戻せそうですね。魔神ルシファーならば、あそこに」
どんな心境の変化があったのかは分からない。
荒々しい魔神としてではなく、愛しい我が子を抱く女神のように、ハイシェラはその身にセリカを受け入れた。
「……なんぞ難しい顔をしておるが、大丈夫なのかあの者は?」
「くくく……ああ、問題ないだの」
何度その行為を繰り返したのかは、私には把握する余裕はなかった。
だが、私が気付いたときには、セリカの状態も大分落ち着いたようだった。
「あやつを見ておると……くっ、何だこの、何とも言えぬ感覚は……。我はいったい……?」
一方で、今でこそ意識が戻っている。
しかし機工兵器に取り込まれ破壊は成されたものの、目覚める気配のなかったアムドシアス。
そこで何を思ったのかハイシェラは、裸の一角公に視線を向け、私に、
『御主が覚まさせよ。我からの“頼み”だの』
と告げてきた。
「記憶を失う以前の御主は、あやつに惹かれておったようだからの。
感謝せよ、あやつが居らねば御主の記憶は消えておったやも知れぬ。
まあ、それが原因であのようなことになっておるのだがの。何、ただ鬼嫁の無言の抗議に参っておるだけじゃ」
意識が戻らぬままのアムドシアスの、その精神に干渉して覚醒させるために必要な――性魔術。
強力な使い手が用いれば、触れるだけで効果を齎すその魔術は、当然ながら性行為の最中に扱った方が効率がいい。
反応からしてそれが理由なのだろうが、アイドスはオメールから戻ってから、ずっと口を開こうとしない。
『誰が鬼嫁よ!』
行為が終わり、ハイシェラの持ち込んだ精霊石によって現れた白銀公。
彼女は古の遺物という脅威を排除したことにまず礼を言い、そしてセリカのことについて語った。
曰く、セリカをこのまま連れ出せば、魔力を求めて彷徨い人々を襲う災厄となるだろう。
故にその身を永い時の間、この空間に封印することによって魔力を回復させる。
「我があの者と性魔術を行っただと……? い、いや、悪い気はせんが……。
そ、それが原因であのような顔にとは――いや待て、その前に鬼嫁とは何だ?」
「さあの」
そしてセリカを封印するもう一つの理由は、オディオという邪神から弱りきった状態のままの女神の体を守るため。
……どうやら、白銀公も私と同じ考えに達したらしいな。
来るべき災厄を破る可能性を持つものとして、セリカを守護することを決めたそうだ。
ハイシェラではなく、セリカに仕えていたリタ・セミフを始めとする使い魔たち。
彼女らも、ならばセリカを守護するためにと、オメール山の遺跡に残った。
その後、様々な邪気を浴びたその体を癒してはどうかという白銀公の言葉に甘え、トライスメイルを訪れることになったのだった。
◆
「ハイシェラたちも去った。私もセリカが目覚めるまで、今一度自分自身を鍛え直したいと思う」
トライスメイルにてしばしの休息を取り、使い魔となったアムドシアスと共にケレースを離れると告げたハイシェラ。
残された魔軍にはすでに連絡はしており、シュタイフェならばどうにかするだろうとのことらしい。
理由を尋ねても答えることはなかったが、その顔はひどく穏やかだったように思う。
共に行くかとは言われたが、同じところに魔神が三柱もいたのでは問題だろうと断ることにした。
何故かアムドシアスは残念そうにしていたが、お前が覚えていればまた会うこともあるだろうと言うと、大人しく引き下がった。
次に会うときは一曲披露してやろうと、声高に叫んで去っていったのが気にはなったが。
「セリカ・シルフィルが目覚めるまで百数十年の時を必要とします。それでも……?」
「少し考えたいこともあるからな。その、猶予期間とでも思えばいい」
それは兎も角、私はオメール山、精神世界の中でサタンの残した言葉が気になっていた。
あいつの言葉が正しいとすれば、私には兄弟がいることになる。
それも、私と同じ時期にこの地に降り立った者……。
思い当たることは――
今考えたところで、答えなど出るはずもないが、私はどうにも気になってならなかった。
人間の邪念だけで構成されたあの存在が、もしかしたら……と。
『私は、ルシファーに任せるわ』
去り際のハイシェラに何を言われたのかは知らないが、アイドスは漸く機嫌を直したようだった。
感謝しなければならないだろう。
思考を一度打ち切り、改めては白銀公に視線を移す。
静かに波打つ泉の水を眺めながら、彼女は何かを思案しているようだった。
「貴方の生まれはハイシェラから聞きました。古の魔王の精神と、その力を受け継いだ魔神――古神だと」
振り向き様、僅かに放たれる殺気。
しかし、直ぐにそれは霧散し、
「ですが、貴方の気性はあまりに穏やか。他の魔神に類を見ないまでに」
「私はあの男に言わせれば、理の外より生まれるはずだった魔神だそうだからな。だからだろう」
今度は完全に取り込んだ以上、多少の変化は出てくるかもしれない。
魔力も今は抑えているとはいえ、サタンと私自身が保有していた本来の魔力。
それらを合わせて開放すればそれこそ全盛期のサタンに届くだろう。
少なくとも、もはや魔神の域ではないのは確かだ。
「……貴方の生い立ちは、レスペレント地方にかつて君臨したという姫神フェミリンスに似ています」
「姫神フェミリンス?」
「ええ、レスペレント地方のエルフに伝わる伝承だそうです。このトライスメイルで知っている者は私くらいかもしれません」
それから白銀公は朗々と語りだした。
遥か昔、レスペレント地方に生まれた、女神の系譜にして現神に神格位を与えられた王家の娘。
彼女は他の女神の誰よりも美しく、その魔力は青太陽の女神パルシ・ネイにも匹敵すると謳われた。
だが彼女は人間族だけを愛し、やがてそれが偏愛に変わり、それ故に他種族を虐げ続ける女神となる。
――他種族に続く暗黒の時代。
それを嘆く、時の女神エリュアの悲しみを聞いて現れた、ブレアードという一人の魔術師。
三度に渡る戦の末、彼によって、ついに女神は人間に墜とされ、永劫続く呪いをかけられる。
そしてその殺戮の魔女の呪いは、今もその末裔たちに引き継がれているという――フェミリンスの隠し名と共に。
現神より力を与えられた、女神の系譜に連なる王族。
そして、古の魔王より力を受け継いだ、古神である魔神。
両者は他者より力を与えられて大いなる存在になったもの。
故に私と姫神は似ていると、白銀公は語る。
「女神の力を受け継ぎし系譜の者の行方は杳として知れません。
ただ、当時の人間たちが嘆き、現神に嘆願した結果予言された解呪の方法があるという話ですが……」
その在り処までは、流石の白銀公でも分からないとのことだった。
「貴方の力には制限があり普段は感じられない。
ですが剣に封じられた慈悲の女神の力と合わせれば、現神にとって脅威となるほどのものでしょう。
……姫神フェミリンスは元は人でありながら、身に余る力故に道を違えました。
貴方は――その力に耐えられますか?」
耐えられるか、耐えられないか。
力に溺れれば身の破滅を招くと言いたいのか、白銀公は。
だが、力は所詮力でしかない。
要は、使い方を間違えるか間違えないか。
前例を考えればそれは、共に歩む者がいるかどうかで決まるのだろう。
「例えそうなったとしても、私には諌めるものがいる」
「……そうですか」
私の言葉を予想していたのか、白銀公は口を閉じ、ただ一度だけ私の言葉に微笑んで見せた。
「世話になった、白銀公。セリカが目覚めれば、また会うこともあるかもしれないが、それまでしばらくの別れだ」
◆
『この地に来て、少し分かったことがある。人は神に慈しみ憐れんで貰わなければ生きていけないほど、弱くは無いってこと』
トライスメイルを出て歩くこと数刻。
力に惹かれるように襲い掛かってきた数体の魔物を片手間に屠る。
魔力を吸収すると同時に、唐突にアイドスがそんなことを告げてきた。
『でも、やっぱり私は私の考えを変えることはできない。憎しみ合うために生まれたのではないのは確かだもの』
小高い丘の上から、暗い森が続く大地を眺める。
『だからねルシファー、私がもしも間違えたその時は――』
「――私がお前を諌めよう。言った筈だぞ、私はお前の半身だと」
答えは無い。だが、決して悪い沈黙ではない。
深凌域と呼ばれる地、ケレース地方。
後の世に、おそらくハイシェラが残した神殺しの軌跡は伝説となって残るのだろう。
アイドスの伝えてくる雰囲気に暖かいものを感じながら、百数十年後、セリカの封印が解かれるその日を想う。
確かめなければならないことがいくつかある。
サタンと完全な融合を果たした、もはや古神と言っていいこの体の全力は当然。
それから、彼の告げた私の兄弟とは一体何者なのか……。
そんなことを考えながら、私たちは旅を再開した。
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