戦い――決闘が終わり、私はセリカに城砦探査の協力を依頼していた。
もとより彼らもカラータに、行方不明者探索に行くつもりで来ていたのは知っている。
しかし、それでは不法侵入になってしまう。
だが依頼という形になれば、私はどうやら水の巫女の騎士扱いらしいので、レウィニアから依頼料が出る。
これならば彼らに断る理由はない。
『ルシファー、これでいいのか?』
『ああ、ちゃんと伝わっている。一度身に付けたものはそうそう忘れないようだな』
『……そのようだ』
もともとレクシュミと話し合って、そういう方向にしようとは決めていた。
一般人をこの先に通すわけにはいかない。
もしそんなことをすれば国の体面を汚すことになる。
危険と分かっていて民衆を素通ししたと。
『心話というのは、なかなか便利だな』
『しかしセリカ、誰でも通じるわけじゃないぞ』
『そうなのか?』
『何かしらの強い縁がないと無理だ。私とお前、アイドスの場合は……まあ記憶を取り戻せば分かる』
『……そうか』
だから計画としては、彼らがカラータに出向くと知って、それに同行することでセリカの人となりを知る算段だった。
騎士が共に行き、国からの依頼という形式にすれば、その時点で一般人ではない。
体面を守り目的を果たせる、一石二鳥の方法――だったのだが……。
私の行動で全て破綻したこの状況下では、もうそれも大して意味を成さないだろうな。
『ところでお前、魔力の方は大丈夫なのか?』
『少し厳しいかもしれない』
『……ふむ、なら――』
まあ、結果的にセリカからは承諾を得ることに成功した。
元々原因は究明する予定であったし、有能な戦力ならば多い方がいい。
だがセリカもシャマーラに雇われている身のようで、彼女の方と契約する必要があるようだ。
そちらはレクシュミが、シルフィルという姓を知ったことに対する忠言と共に説得するだろう。
セリカが神殺しであるという事実は内に秘め、私は自身の目で如何なる人物なのか見極めると。
そんな打ち合わせはしていないが、彼女の在り方から予想すれば、おそらく……。
『待ちなさい、ルシファー! 貴方いったい何をしようとしているの!』
そんなことを考えていた私は、突然の怒鳴り声に動きを止めた。
また私の“うっかり”が発動したのだろうか。
『何をって、セリカに魔力をやろうとしただけだが』
『だからって……いいわ、分かった。そういえば貴方は、性魔術をただの魔力補給手段としか思ってなかったわね』
『そうだが、何か間違いでもあったのか?』
ハイシェラに聞くべきとは思っていたが、アイドスが知っていて間違った知識ならば今すぐ正しておく必要があるかもしれない。
しかし今は、セリカも大分魔力を消費して行動に支障が出ている。
目覚めたばかりの彼には、やはり負担だったのだろう。
記憶の方は兎も角、魔力を消費し過ぎるとそうなるとは分かっているようだった。
だから今のセリカにそれほど動揺はない。
しかしあれだけの傷を負い、魔力を消費したにも関わらず、セリカは私を吸収しなかった。
アイドスの言も気になるが、このまま放っておけばセリカの魂が消滅してしまう。
まだ女性体にはなっていないため、余裕はあるのだろうが……。
『いや……流石にこの状況とはいえ、男からその方法で魔力を得るつもりはない』
『セリカ、貴方どうしてそんなに冷静なの!?』
アイドスの言に、私とセリカは互いに小首を傾げる。
『え、何? 私が間違っているの? ……確かに、光景としては問題ない気もするけど』
『お前が何を言っているのか分からない』
『分からないのは私の方よ!』
何だというのか。
……仕方がない。
セリカもこれ以外の方法を希望した。
ならば、何か別の手段を探すことにしよう。
取り敢えずは手当たり次第に魔物を倒して、その魔力を奪うということが考えられるが、
『以前もその方法を取った。あの時は今よりも酷かったが』
『なら、今回もそうするしかないだろうな』
結局、城砦内部の調査で倒す魔物から奪うということになった。
結論に達すると同時に、レクシュミとシャマーラ、二人の姿が視界に入る。
遠目から確かめた分には、シャマーラの顔に浮かんでいるのは僅かな影。
しかし急いで駆けつけるその姿は、弟を心配する姉のようで……
『レクシュミには礼を、シャマーラさんには謝罪をしないといけないわね……』
『そうだな。……おそらく忌避されるだろうが、それも私が選んだ結果だ』
◆
魔術城砦カラータの内部を、私とレクシュミ、セリカとシャマーラの四人は歩く。
その傍らにアイドスから聞いた話によれば、性魔術は普通異性間ですべきものなのだそうだ。
思えばこれまでも同性間で行った覚えは無い。
……確かに想像すると“それはない”かもしれない。
セリカは女顔のため、あまり実感は湧かなかった。
しかし例えば長い旅の間で出合った、屈強な兵士が相手と思うと……。
ああ、アイドスの言は正しい。
『これからは、ああいう発言は止めなさい』
『……そうしよう。よく分からないが、悍ましい感覚になった』
『そうね。それは正しい感性。……まあ、相手がセリカなら問題ない気もするけど』
『いや、悪いが俺も遠慮しておく。しかし……何かを期待しているような、俺の意思とは違う感覚が身の内に湧いたのだが』
『えっ、お姉様!?』
「お前たち、重要なことなら会話をしてくれ。何を話しているのか全く分からない」
レクシュミの言葉で、私とセリカ、アイドスは心話を止めた。
シャマーラが怪訝な顔をしているのは、どういうことなのか分かっていないのだろう。
「あのー、レクシュミ様。話って、別に二人ともただ歩いていただけじゃないんですか?」
「私も詳しくは知らないのだが、巫女様によれば、この二人は心話という頭に直接語りかける方法で会話ができるらしいのだ」
「へぇー、それは便利ですね」
『すごい順応力よねこの娘……』
レクシュミが知っているのは、あくまで私とセリカが心話ができるということだけ。
アイドスの存在までは知らないし、その心話が出来る理由に関係していることまでは、水の巫女から聞いていない。
私の正体はレウィニア上層部には知られているため、おそらく彼女も知っているだろうが。
アイドスの存在を知っているのは、私の使い魔となった空の勇士。
水の巫女、白銀の君、ハイシェラ、アムドシアス、そしてセリカという限られた存在だけだ。
彼女たちが黙っている以上、わざわざ話す必要も無い。
今はただの魔神という扱いになっている。
しかし一級の古神アイドスを封じた剣を持っていて、その力を引き出していると知られたら、現神からは間違いなく目を付けられる。
だからといってすぐにどうこうなるわけでもないが、自分から目立つ必要もないだろう。
「別に大した話はしていない。ルシファーに常識を教えていたところだ」
「あんたが常識を語るの?」
セリカをじと目で見つめるシャマーラ。
やがて私の視線に気付いたのかこちらに目を向け、少し気まずそうに逸らした。
思ったとおり、やはり彼女には多少の忌避感を抱かれた。
何となくという感覚ではあるが、彼女がセリカを大事にしていることは理解できる。
そんな存在とあれだけ大規模な戦闘を行った私だ。
忌避されるのも無理は無い。
ただ……
「貴方にも事情があったのは分かります。
でも、いきなりセリカに剣を振るった貴方をあたしは許せそうにありません。
……でも、あたしもあいつを一度は怖いと思ってしまいました。
だって、伝説の神殺しですよ。ある意味魔神より化物扱いされている存在です。
……襲われそうになったし、人じゃないっていうのは薄々気付いてたましたけど。ひどいことをしたのはあたしも同じ。
だからっていうわけじゃないんですけどね。一緒に行動するのは許します」
アイドスの微笑が月のように穏やかなものならば、シャマーラの微笑みは太陽に似た暖かなものだった。
なあ、アイドス。
人はこうして優しい心を持ち続けている。
確かに争いはなくならないかもしれない。
それでも、こういう人間がいる限り、決して絶望するような世界ではない。
そうは思わないか。
◆
どれほど、城砦の内部を歩いただろうか。
魔術城砦の名に相応しく、内部は魔術を用いて造られた照明で照らされていた。
道が短距離転移の魔術によって繋がっていて、簡単に先に進めないようになっている区画。
また、大量の魔力を注がなければ開かない門。
果ては、冥き途に通じているらしい長距離転移の魔術陣が見つかる。
魔術陣の周囲には、この城砦で行方不明になったと思われる者たちの遺品が散乱していた。
おそらく、生存は絶望的だろう。
だがこれ以上調べるとなれば、冥き途に行くしかない。
となれば、転移門が使えない以上は徒歩になる。
しかし私は兎も角、レウィニアの騎士であるレクシュミが簡単に国外に出るわけにはいかない。
調査はここまでかと思われたが……シャマーラの提案によって続行されることになった。
曰く、まだ調べていない場所がある。
せめてそこを確認してからでも良いのではないか、ということだった。
確かに魔術陣の方は兎も角、門の方は短距離転移陣の先にあった魔力の結晶体。
それを門の手前の広場にあった、柱の窪みに設置すれば開くだろう。
私とセリカは判断をレクシュミに任せたが、最終的には続行ということになった。
セリカも何やら転移陣の先、冥き途にいる何者かから呼ばれている気がするらしい。
意識を集中すれば微かにだが、オディオの気配もする。
それとは別に、懐かしい気配を二つほど感じた気もするが、行ってみれば分かるだろう。
話は変わるが調査の途中、メルキア王国西部の腐海から逃げ出してきたというドワーフに出合った。
彼の言によれば、どうやらいつからかは分からないが、メルキア近郊の土壌が毒物に汚染されているらしい。
それに伴い、メルキア周辺の住民は命を落とし、おかしな魔物も現れるようになったそうだ。
十中八九、オディオの分体たちで間違いないだろう。
――噂は真実。
ならば、尚更ここの調査が終れば出向く必要がある。
それでだが、その状況を改善するため、メルキアの住民たちは腐海から一人の魔術師を招いた。
魔術師が提案したのは、生贄を用いた浄化の儀式。
しかし、このドワーフはその提案を受け入れられなかった。
彼らが信仰する山神も、好ましくは感じていない。
そこでかつて似たような状況下で、浄化を果たしたという伝承が残るスティンルーラ女王国を目指す。
そのために転移門があるとされる、この城砦を訪れたのだそうだ。
確実な道を行くべきだというレクシュミの忠言に従い、ドワーフはその場を去った。
しかし、その招いた魔術師とやらが気になる。
生贄を用いた魔術ということは闇勢力の者なのだろう。
招いたのがダークエルフであれば、それも理解はできる。だが……、
『生贄の儀式か……。ハイシェラの話が真実なら、確かその術を用いた魔術師がいたわね。
尤も、もう生きてはいないでしょうけど』
セリカを襲ったらしい魔術師。
普通に考えれば人間が百七十年もの間生きていられるはずはない。
だが、そこにオディオが何らかの影響を与えていたらどうだろう。
名前は忘れたが、確かその魔術師もオディオに狂わされたのではなかったか。
『ルシファー、オディオのことで過敏になるのは分かるけど、考えても仕方がないわ』
「まあ、そうなのだがな」
「……どうかしたのか?」
「…………」
突如呟いたのを不思議に思ったのか、レクシュミがそう尋ねてきた。
聞こえているはずのセリカは無言。
シャマーラは少し訝しげな表情をしている。
「先程のドワーフの言葉を考えていた。その魔術師とはいったい何者なのだろうとな」
「そうおかしなことでもないと思われるが。
ダークエルフは闇の陣営。マーズテリアに依頼するわけにもいかないだろう」
「……そうだな」
今はそのことよりも、この城砦で起こった行方不明事件の真相を解明する方が重要だ。
魔力の結晶は大分集まった。
後は柱の窪みに設置し、調査が終っていない残りの場所。
開かずの間の先に何があるのかを確認しようと思う。
……そして、扉を開いて先に進み、辿りついた広場。
そこにあったのは、台座の上に置かれた大きな水盆だった。
何の変哲も無い、僅かに魔力が残留しているだけの水鏡。
本当にこんなものに、見たいものを見せる力があるのだろうか。
しかし最初に発見したセリカが、シャマーラに促されて覗き込んだ瞬間、異変が起こる。
水盆は真っ二つに割れ、やがて冷たい空気を伴って腐臭を纏う怨霊が出現した。
レクシュミは双剣を構え――逃げられないと判断したのかセリカは、シャマーラを庇うように剣を構える。
同時に、おそらくずっとセリカを守っていたのであろう。
彼の使い魔たちが宿る召喚石に魔力を込めた。
「久しぶりだな、お前たち。漸く真の主に会えたようで何よりだ」
私の声に、使い魔たちが笑みを零す。
セリカが目覚めたのは、彼女たちにとってはそれほどまでに喜ばしいことだったのだろう。
「お久しぶりです、主の盟友よ。でも今はかの者の相手を」
「分かっている、リタ。お前の魔槍、見させてもらう」
そう告げて、私は一歩彼女たちから距離を取り、セリカ同様に召喚石に魔力を流し込む。
「出番だ空の勇士。お前にとっては、少々物足りない相手かもしれないがな」
「……久方ぶりに召喚されたと思えば、相手が死霊とはな。
御主はつくづくこの手の相手に縁があるらしい」
「……言うな」
――と、そこでレクシュミとシャマーラが驚いた顔になっていることに気付いた。
セリカは僅かに動揺を示したが、私を見て何か納得したように落ち着きを取り戻した。
それでシャマーラは兎も角、なぜレクシュミまで驚愕しているのだろうか。
シャマーラは行商人だから、空の勇士の名前くらいは知っているだろう。
だから、彼女を私が使い魔にしていたことに対する驚きなのは分かる。
しかしレクシュミは――
「ルシファー、私は貴方が空の勇士を使い魔にしているなど聞いていないが?」
「……そうだったか?」
「そうだったか、ではない! そういう大事なことは先に言っておけ!」
怒り心頭に発したらしいレクシュミ。
そのおかげかどうかは知らないが、幾分技の威力が増している気がする。
『ごめんなさい、ルシファー。私も当たり前になっていて忘れていたわ』
『お前が謝ることではない』
『そうじゃな。アイドスは念話しかできぬ。言葉を発せぬ以上、儂のことを話さなかった御主が悪い』
『……どうでもいいが、来るぞ』
呆れたようなセリカの言葉で、私たちは意識を死霊に向けた。
◆
魔術と斬撃を駆使し死霊を全滅させるのに、そう時間はかからなかった。
余り長居すべきではないと、水鏡の部屋から冥き途に繋がる転移門があった場所まで戻る。
「ここまで来れば安心じゃろう。儂は再び召喚石に戻ろう。
……次はもう少し手応えのある者が相手だと良いの」
「私たちも戻ります。主よ、またこのようなことがあれば、いつでも」
そう告げて、それぞれの魔石に姿を消していく使い魔たち。
見慣れた光景なのか、シャマーラは特に驚くようなことはない。
レクシュミも同様に関心はあるようだが、表情に変化はなかった。
「水鏡は不良品ってことは分かったけど、結局事件の原因までは分からなかったですね」
「いや、だが遺品だけでも回収できた。お前たちには礼を言う。
後日、依頼料は払わせてもらう。城を訪ね、私の名を出すといい」
当初の予定の通り、レクシュミは支払いの交渉に入っていた。
その話を聞く傍ら、何かに意識を向けているセリカに気付く。
「どうした?」
「……転移門が起動している」
視線を向ければ、確かに陣は起動していた。
それと共に、オディオの気配が先程より強く感じられるようになっている。
――それだけではない。
「セリカ、この先は冥き途。冥府とこの世を繋ぐ場所だ」
「冥き途……。誰かに呼ばれている気がする。この先にいる誰かに」
冥き途にいる者は、転生を待つ死霊と冥き途の番犬ケルベロス。
冥府そのものである、古神タルタロス。
そして番犬と共に門を守護する一角公と同じ、ソロモンの魔神。
「……ナベリウス」
呟いた言葉は半分懐かしさを含んでいたように感じた。
そう、客観的に思うのも無理も無い。
私は会ったことはないが、熾天魔王は会った事があるのだろうから。
……しかしもう一柱忘れている気がする。
何か重要な――。
いや、所詮は他人の記憶なのだから、気のせいかもしれない。
それよりセリカの言動。
そして、向こうから感じるオディオの気配。
かの魔神になにかあったのだろうか。
だが、ならばそれ以外に感じる懐かしい二つの魔神の気配はいったい何を意味している……?
あの二人は確か、ナベリウスの盟友ではなかったか。
それだけではない。
この先から感じるのだ。
オディオの他に気がかりな気配。
アイドスではない、もう一人の私の半身の気配を。
レクシュミとシャマーラの反対はあったが、この門を利用すればいつでも戻れる。
私は何とかアイドスの手を借りてレクシュミを説得し、彼らと共に転移門に足を踏み入れた。
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