カタカタと、その部屋の主は目の前にあるキーボードをいじる。
その動作と同時に高速スクロールしていく、これまた目の前にあるウインドウの情報をみて、その人物はポツリと呟いた。
「うん。ISって奴を研究してみたいね」
その何気ない一言が、すべての始まりだった。
その人物は、目の前におかれた物体を見て、非常に満足そうな笑みを浮かべながら、しきりに頷いていた。
そして、そのまま首が痛くなるだろうというくらいまで頷き続けた後、目の前にある仮想キーボードをカタカタといじり始める。
それと同時に、キーボードの上に展開しているウィンドウを流れていく情報を見て、その顔に浮かべる喜色をよりいっそう強めた。
「うんうん、やっぱりいいねぇ。実に興味深いよ」
知的好奇心がバリッバリだよぉ!! と奇声を上げながら、その人物はキーボードをいじくるのをやめると、目の前に鎮座している物体に頬ずりをし始めた。
端から見ればただの変態であるが、残念ながらそれを指摘するような人物はこの場にはいなかったし、そもそも彼は常にこの様なテンションなので、彼の知り合いもそろいもそろって彼の異常さを言及するようなことはしない。
彼の知り合いにとって、これは最早日常茶飯事なのだ。
「相変わらずだね、貴文」
「やや!? この声は! 我が心友ならぬ親友の東堂 あかり!! 最近また怪我が増えてきたと噂のあかりんじゃないか!!」
「何でわざわざ説明口調なのさ? というかあかりんはやめてくれ」
そうやって際限なくテンションを上げていく彼に、背後から声がかかる。
声をかけたのは、一見すれば普通の青年。
その青年に貴文と呼ばれた彼は、風を切る音がするほどの速度で背後に振り向き、自分に声をかけた青年を見た。
その際、周りに積んであった紙の山が崩れ、ただでさえひどく散らかっていた部屋がさらに散らかったが、貴文にとってそのようなことはどうでもいいらしく、一切気にしていなかった。
もっとも、その様子を見て、あかりと呼ばれた青年のほうは顔をしかめたが。
「相変わらず汚い部屋だね。こんなところで研究なんて出来るの?」
「汚いとは失礼な。合理的な部屋と言って欲しいね。片付けてしまえば逆にどこに何があるか分からなくなっちゃうからね。これはどこに何があるかすぐ分かる、いわば合理化の結果だよ」
「片付けたらわからなくなるって、それは片付け方が下手なだけだよ」
「……あ、そうそう! 実は今回あかりを呼んだのには理由があるんだ!!」
「あ、話題そらしたな」
あかりの言葉に、貴文はしばらくだんまりを決め込んだ後、不意に表情を明るくした。
誰が見てもわかりやすいくらいに、一杯一杯な話題そらしだった。
内心そんなことを思っているあかりを無視し、貴文はあかりの背後に回り、ぐいぐいと背中を押し始める。
貴文に押されてあかりがたどり着いたのは、その部屋の奥。
その一角は先ほどまでいた場所よりはまだ幾分か片付いており、そのぎりぎり片付いていると呼べるスペースには何かの機材が置かれていた。
そして、その機材に囲まれるように鎮座している物を見て、あかりは驚愕の声をあげる。
「これ……IS?」
「そう! IS、インフィニット・ストラトス! 直訳すれば『無限の成層圏』だけど、それじゃあ味気ないから、意訳して『無限の空』、ないし『無限の翼』とかってのはどうかな?」
あかりの目の前に鎮座している鉄の塊は、数年前に世界に発表され、今では世界に大きな影響力を持つにいたったマルチフォーム・スーツ、IS。
そして、そのISでも第二世代分類され、『打鉄』と名づけられたISだった。
「なんでISがここに?」
「いやぁ、ついおととい、ふと興味がわいてね。だってそうじゃないか! 現代の女尊男卑の風潮の生みの親で、以前まで世界中の軍備の中心だった戦車や戦闘機を蹴落とした存在。それが女性しか扱えない、所謂普通に言ったら欠陥品であるんだから。興味がわかないほうがおかしくないかい?」
「興味がわいたいきさつはどうでもいいから、何でISの本物がここにあるのかってことだよ」
やや陶酔した様子で語る貴文にげんなりしながらも、あかりは今度は語気を強めて問いただす。
それでようやくあかりが本当に聞きたいことを理解したのか、陶酔で緩んでいた表情を引き締めて、あかりに向き直った。
「僕が興味を持った物の解明を先延ばしにするわけが無いじゃないか。だから研究目的って事で、倉持技研から一機貸してもらったのさ。もちろん、力づくでなんて無粋なマネはしてないさ。ほら、政府からの許可ももらっている」
そういって、脇にあった机の上から一枚の紙を手にとり、あかりの眼前に突きつけてくる。
突きつけられた紙を見ると、確かにその紙には彼、桐島 貴文にISを一機を貸与しろとの旨が記されており、なにやらテレビでも何度か見たことがある大臣の名前と、その人の判子も押されている。
以前から、突飛な発想でさまざまな物を作り出し、日本政府からも天才と公認されている彼のコネを全力で使ったようだ。
突きつけられた紙を見ながら、あかりは脳内で知り合いでもない倉持技研の方々に謝罪した。
あぁ、姿も知らぬ技研の皆様、自分の親友が大変申し訳ないことを……と。
しかし、あかりは知らない。
貴文がISを一機貸してと、政府の許可証をもって出向いた際、倉持技研の方々は貸し出しを渋るどころか、
『いっそ思いっきり魔改造しちまってください!!』
という風に、むしろ貸し出しを快諾したと言う事を。
そして、そうやって快く打鉄を借りられ、意気揚々と帰っていく貴文を、貴姿が見えなくなるまでまぶしい笑顔とサムズアップで、しかも技研の研究員総出で見送っていたなどということは、あかりは知らなかった。
現在、世界中に名をとどろかせている大天才は篠ノ之 束だが、とある筋ではむしろ神として、篠ノ之博士よりあがめられている貴文だった。
閑話休題
とにかく、これで目の前にISがある理由が分かった。
だが、あかりにはもう一つ説明が必要だと思っていることがあった。
「で、僕が呼ばれたのは何で?」
そう、あかりが貴文の研究室に呼ばれた理由だった。
ISの研究がしたいなら、男である自分でなく女性を呼べばいい。
男を呼んだって、先日世界で始めてISを起動させた織斑一夏じゃあるまいし、ISを起動させれるわけが無い。
ISをしっかり研究したいのなら、確実にISを起動できる女性を呼ぶべきなのは、最早誰だってわかる。
彼は変人の括りには入るが、交友関係は決して狭くは無い。
そして、その狭くは無い交友関係の中には女性もそこそこいるのだ。
「ん? ああ、あかりんを呼んだのは他でもな「あかりんはやめてくれって」……可愛いじゃん、あかりんって呼び方。まぁそれはいいか。とにかく、他でもない……自慢したいだけさ!! なのに、今日暇だったのがあかりんしかいないだなんて……!!」
「理由それだけ!?」
さすがの理由に、あかりも表情を崩す。
しかし、そんなあかりの様子を見ても、貴文は胸を張ることをやめない。
「当然じゃないか! いまだかつて、個人でISを研究できた人物が開発者であるたばちゃん以外にいた? いなかっただろう? つまり、僕は今世界で二番目に、個人でIS研究をした人間になったんだよ! それってすごくないかい!?」
そう興奮しながらあかりに詰め寄る貴文。
やがてテンションが最高潮に達したのか、あかりに背を向け、なにやら天井に片腕を突き出し始めた。
あかりはそこまで興奮するもんか? とでも言うような表情をしていたが、貴文の興奮の度合いが尋常ではないため、そんなものかと自分を納得させた。
「いやね、実はあわよくばあかりんが起動させれないかなぁって言う下心もあるんだけどね? ほら、つい先日一坊が起動させちゃったじゃないか」
「あぁ、そういえば……」
貴文の言葉に、最近どこのニュースでも見る昔馴染みの顔を思い浮かべる。
昔は自分のことをあかり兄って慕ってくれたなぁなどと、この場ではどうでもいいこともついでに思い浮かんだが。
「まぁそれはともかく、あわよくばって……そんな簡単起動しちゃったら、世の中ここまで女尊男卑になってないよ」
貴文の下心発言に、そう苦笑しながら答えるあかり。
しかし、そうは言っているが、あかりは確かに自分もISを起動させれたらなぁとひそかに思っていたのだ。
その思いが無意識に出ていたのか、あかりの手は打鉄に吸い寄せられるように近づき、そして触れた。
「……は?」
その瞬間、あかりから間抜けな声が出てきたが、それも致し方ないことだろう。
そんな声が口をついて出てしまうぐらいの出来事が、彼に起こったのだから。
「ん〜? どうしたんだいあかりん、なにやら間抜けな声をだしちゃ……て……」
その声に反応し、貴文があかりのほうへ振り向くと。
「あ、あははは……なんか、ごめん貴文……これって起動したって事、だよね?」
その身に打鉄を纏っているあかりがそこにいた。
それを見て、貴文はしばらくじっとあかりを見つめた後、
「……ナイスあかりん!!」
サムズアップと素敵な笑顔でそう言い放った。
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