何も悪いことはしてないはずなのに、妙にいたたまれない。
着慣れない服を着ながら、あかりはそんなことをぼんやりと考えていた。
何故ここまでいたたまれないかを考え、考え、考え抜いて、彼はふと答えに行き着いた。
「そっか、場違いなんだな、自分が」
周りに聞こえないように、そう呟く。
あかりが現在いる部屋はやけにざわついているため、もともと小声だったこともあり誰もあかりが何かを呟いたなどとは気づかなかった。
もっとも、気づかれなかったとしてもその部屋のほとんどの視線は、既にあかりともう一人に集中しているのだが。
そんな視線も、ガラガラと部屋の前のほうにある扉が開けられる事で数を減らしていた。
いっそ全部無くなって欲しいとあかりは思っていたのだが、その思いとは裏腹に視線がゼロになるということは無かった。
そんな現状にため息をつきつつ、あかりは先ほど部屋に入ってきた人物に視線を向ける。
「はい、皆さん始めまして。私がこのクラスの副担任を務めさせていただきます、山田真耶です。これから一年間、よろしくお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げる、眼鏡をかけた女性。
その身長はあまりにも低く、一瞬あかりは中学生が紛れ込んだのかとも思ったが、先ほどの自己紹介で彼女は立派なこの学校の教師だということが判明した。
なお、頭を下げた際に胸部にある豊かな双球が揺れ、何人からか「乳お化けが……」などという言葉が、おぞましいオーラとともに出てきた。
その何人かに含まれている人物が後ろに座っているためおぞましいオーラを背中でひしひしと感じているあかりは、冷や汗を流しながら絶対後ろは振り向かないようにしようと心に誓う。
少なくとも、山田真耶と名乗った彼女がこの部屋を出て行くまでは。
もっとも、そんなオーラを向けられている本人は、よほど肝が据わっているのかはたまた天然か。
向けられているオーラなど気にしないとばかりに話を続けていた。
「―――と言うわけで、これから一年間一緒に生活していくということになりますので、まずは皆さんの自己紹介から……って、皆さん、何故か視線が怖いのですが……?」
どうやら、肝が据わっていたのではなく、かと言って天然だったわけでも無く単に気がついてなかっただけだったようだ。
いや、この視線の圧力に今の今まで気がつかなかったということは、別な意味で肝が据わっているといえなくも無いが。
部屋のあちこちから向けられている視線に涙目になっている真耶を見てため息を一つつくと、あかりは自身の服のポケットから小さめの手帳を取り出し、中身を見た。
中には、あかりの顔写真と名前、その他もろもろが記されている。
その項目の中の一つを見て、今度は先ほどよりも大きなため息をついた。
IS学園一年一組 東堂 あかり
「……いくら何でも、年齢的に大学生ないし社会人の僕が、何でまた高校一年生からやり直さなきゃならないんだろう」
世界で二番目にISを起動させた男として、既に世界中に知れ渡ってしまったあかりは、そうぼやきつつ、こうしてIS学園に通う羽目になったいきさつを思い出していた。
※※※
「……ナイスあかりん!」
サムズアップをしながら自分にそう言ってくる貴文に、あかりは思わず装甲に包まれた手を頭に当てた。
その装甲はひんやりとしていて気持ちが良かったが、それでもあかりの頭痛を消し去ってくれることは無かった。
そんなあかりを無視し、貴文は嬉々とした表情で端末を高速でいじくりまわす。
「いやぁいやぁいやぁ! さっきはほとんど、8割がた冗談で言ってみたんだけど、まさかあかりんが本当にISを起動させちゃうなんて! あ、動かないで、今データ取ってるから」
「……貴文、今度は何をしたのさ?」
ようやく明かりが絞り出した声は、いろいろな感情をない交ぜにした声だった。
その声に、「ん〜」と顎に指を当てて何かを悩むしぐさをする貴文。
「……うん、今回ばかりは僕は何もしてないよ。倉持からただISを借りて、それをいじる前にあかりんが起動させちゃったってだけ。神に誓って、って僕は科学者だし神様なんて非科学的な存在は信じてないから……うん、この僕、桐島 貴文の名に誓うとしようか。ともかく、今回ばかりは僕は何もやってないとここに宣言しよう」
先ほどまでの表情とは一変、真面目な顔つきになりながらそう言う貴文に、あかりは追求をやめた。
普段はふざけたような言動などが目立ち、不真面目だと思われがちだが、彼は決して嘘はつかない。
出来ることは出来ると言い、出来ないことは出来ないとはっきりと言う。
何かをしでかしたときは後で制裁を食らうことになったとしても、正直に言うような人間。それが桐島 貴文という人間だということを貴文の友人全員が知っている。
『嘘をついて、なんとかその場を切り抜けようとする奴が世界を驚かせる物を作れるはずが無い』と言う彼なりの持論から来るその正直さは、少なくともあかりにとっては信じるに値する物だった。
「……分かったよ。じゃあ次の質問だ。これから僕はどうすればいい?」
あかりの質問ももっともなものだった。
現在、男でISを起動させたのは全世界何処を探したところで織斑一夏ただ一人。
しかし、ここで東堂あかりと言う二人目が現れた。
当然、世界はまた大騒ぎだろうし、今後あかりが今まで通りの生活を平然と送れるはずが無いのだ。
あかりの質問に、再び顎に指を当てて悩む貴文。
あーでもない、こーでもない、いやむしろこうすべきか? 等と、なかなかに傍で聞いている側にとっては不安を駆り立てるような呟きを繰り返し、やがて答えを導き出したのか、頭の上に電球を幻視させるようなしぐさをする。
そして、9割方何かを含んでいるであろう笑みを浮かべながら、あかりにこう言ってのけた。
「うん、いろいろ考えた結果……いっそIS学園に行っちゃえば? わーぉ、二度目の高校生活だね!」
「……いや、何がどうしてどうなったらそういう答えになったのさ?」
まったくもってあかりの言うとおりである。
貴文は簡単にIS学園に行けというが、IS学園とは言ってしまえば高校に分類される場所だ。
既に20歳であるあかりが行くのは普通に考えれば無理。
その事を貴文に説明するあかりだったが、貴文はと言えば「だったらたばちゃんと結託しないとね〜」などと言って、あかりの言葉を聞く気はまったく無いらしい。
「心配ないさ、たばちゃんと僕が結託したら、大概の事は出来ちゃうから、あかりんをIS学園に保護してもらうのもたやすいことさぁ」
「……保護?」
「おっといけない、口が滑っちゃった」
鼻歌交じりに投げかけられた言葉に、物騒な雰囲気を放つ単語を耳聡く聞いたあかりは、当然その言葉に反応する。
それに対し、貴文は言葉では軽く言っているが、心底しまった! と言う表情を隠そうともしない。
何とか話をそらそうと思ったのか、視線をあちらこちらに彷徨わせ、結局そらせないだろうという結果にいたったのか、たびたび出てくる真剣な表情をあかりに向けた。
「……いいかい? 今のあかりんの立場は非常に危険な物なんだ。世界で一人しかいなかった織斑一夏というIS操縦者。彼は既にIS学園の庇護下に入っているといっても過言じゃない。それでも、彼からしか取れない『男性がISを運用した際のデータ』は全世界が喉から手が出るほど欲しい物だ。そんな時に颯爽と現れた第二の男性操縦者。どうなるかは予想がつくだろう?」
「……なるほどね」
何も貴文はふざけてあかりにIS学園へ行くことを勧めたわけではない。
あかりをIS学園に行かせようとしたのは、他でもない、あかりを守るため。
事実、かの織斑一夏がISを起動させたと世界に広まってから、一夏は黒い服に黒いサングラスを装着した妙にガタイのいい男の集団や、白衣を着込んだ怪しげな研究者に連日家まで押しかけられたこともあるし、本人は気がついていないが、何度か某国に誘拐されそうにもなっている。
もっとも、誘拐に関しては何故か誘拐を画策した下手人が全員警察の前で気絶しているという事が相次いだため未遂に終わっており、なおかつ一夏本人は気がついていないが。
とにかく、それほどまでに世界は男性操縦者を中心に大きく動くのだ。
しかし、IS学園に行ったとなればどうだろうか?
あの学園には、適性はあれどもISなど触ったことが無いという生徒がほとんどだが、国家代表候補もおり、挙句には国家代表もいる。
そして訓練用という名目は付くが、ISの数は下手な国よりも保有している。
つまり、なまじ軍より強力な戦力を保有しているということになるのだ。
そんな半ばライオンの檻とも呼べそうな場所に好き好んで進入してくる奴はいるだろうか? まったくないないわけではないだろうが、まずいないだろう。
「それに、確かあそこの教員にはちーちゃんもいるみたいだし、確実に安心だとおもうんだ。あ、ちなみに同じIS学園に行くにも、教員として行くって言うのも考えたんだけど、あかりんISの知識無いから教員は無理でしょ? あそこは普通科目の知識のほかにもISに関する知識も必要だから」
「だから生徒として、ねぇ……」
提案の理由は分かったものの、かといって乗り気になるかといえばそれはまた別問題。
貴文の意見の正しさも十分わかって入るが、だからと言って年齢的に既に卒業してる高校生という身分を再びもらうという選択を簡単に選ぶ事は出来ないようだ。
しかし、その後の貴文による再三の説得により、いやいやながらもその選択肢を選ぶこととなった明かりだった。
※※※
ひとしきり回想を終えたあかりが意識を周りに向けると、どうやら現在は自己紹介の真っ最中だった。
その途中で、世界で最初にISを起動させた男である織斑一夏の自己紹介の際、懐かしい顔が彼に出席簿をたたきつけるという場面に出くわしたり、その直後のやり取りのせいでその懐かしい人物と織斑一夏が姉弟であるということがクラスにばれ、やや騒がしくなったりしたが、それはあかりにはどうでもいい事だった。
やがて、あかりの自己紹介の番になると、教室中の視線が一斉にあかりへとむかった。
その視線には、明らかに好奇の感情が見て取れた。
しかし、その好奇の視線の中にまぎれることなく飛んでくる、純粋な憧れを込めた視線が二つ。
その二つの視線のおかげで、あかりは大して気負うことなく自己紹介を始めることが出来た。
「えー、はじめまして、東堂あかりといいます。女みたいな名前ですが見ての通り男です。何の因果か、ISを起動させることが出来たため、この学園に通うことになりました。これから最低一年間、最長三年間よろしくお願いします」
そう言って頭をさげ、ふと思い出したかのようにこう付け加えた。
「ちなみに、僕はこうして一年生ですが、実際の年齢は20歳ですので、そこの所よろしくお願いします」
こうして、東堂あかりはIS学園での第一歩を踏み出した。
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