事の始まりは、本日の授業を担当する織斑千冬のとある提案だった。
「それでは、この授業ではISの武装の特性について説明しようと思う。武装の特性を把握しておけば、場面場面での適切な運用が可能となるため、しっかり覚えるように」
そこまで言い、黒板への板書を開始しようとしたとき、ふと思いついた、または思い出したかのように生徒達の方へ振り返った。
「そう言えば、クラス対抗戦もそれほど遠くない頃に行われるな。ならば、授業の前にクラス代表を決めてしまうとしよう。クラス代表とは読んで字の如くクラスの代表だ。代表として各行事に参加してもらうこともあれば、委員会への参加もしてもらう。自薦他薦は問わない。我こそは、彼こそはという生徒はいるか?」
千冬の問いかけに、答えるものはいない。
それも当然だろう。
何せ、この場にいるほとんどがISと言う存在は知っていても、実際に扱ったのことがあるのは入学試験時ぐらいという者だ。
経験をつまねば上のステップには上れない。しかし、自分に出来るのか? という不安が彼女達に自薦という手段をとらせないでいた。
そして、そんな生徒達の思いが如実に現れている光景を、さも当然だと言うように見ている生徒が一人いた。
イギリス代表候補のセシリア・オルコットである。
今この教室にいる生徒の中ではぬきんでてISを習熟している彼女は、他の生徒が抱く不安が手に取るように分かっていた。
何せ違いはあれど、ISに関する不安を彼女は感じたことがあるのだから。
かつて自分付きの侍女にだけ、その不安を吐露したこともあるセシリアだからこそ分かったことだろう。
そして、そんな彼女だからこそ、その心中ではこう思っている。
(やはり、ここはわたくしが代表になるべきですわね)
自分には代表候補にまで上り詰めた実力もある。
代表になるには適した人材であると自負している彼女が、そう思うことも無理は無いことだった。
だからセシリアは、自らを推薦すべく優雅に手を上げる。
しかし、ここで彼女には二つの誤算があった。
一つは目はこのクラスには代表候補などよりもよほど大きな看板を背負っている存在が二人いたこと。
二つは目はこの代表決定の話し合いに……
「はい! だったら私は織斑君がいいと思います!!」
「うぇ!? 俺!?」
他薦という選択肢があったということだ。
セシリアが手をあげきる前に、勢い良く手を上げた生徒が織斑一夏を推薦する。
自分がなるのは不安だが、誰かがなる分には一興にかまわない。
なりたくないなら誰かを仕立て上げろ。
そんな思惑があったのかは定かではないが、どんな思惑であろうと、彼が推薦されてしまったのは事実だ。
そして、その推薦を無碍にすると言う選択肢を千冬が持っているはずが無かった。
自薦他薦問わずと言ったのは、他でもない彼女なのだから
「そうか、ならば他には?このままでは織斑がクラス代表ということになるが?」
「ちょ! ちょっと待ってくれよ千冬姉! 俺素人! ISに関しては素人だから!! そんな俺がクラス代表なんて無理だって!!」
もちろん、槍玉に上げられてしまった一夏はたまったものではない。
今回の代表云々の話しさえ、自分には関係ない出来事だと思い、半ば意識をどこぞへと飛ばしていたのだ。
それだと言うのに、気がつけば自分が代表にさせられそうな展開。
彼が反論するのも当然のことだった。
しかし、彼の反論に帰ってきたのは言葉ではなく、出席簿による無慈悲な一撃だった。
「うごっ!?」
「織斑先生だ馬鹿者。それに私は自薦他薦問わずと言ったはずだが?」
「うぐぐ……な、なら拒否権くらいは!!」
「あると思うか?」
「ですよねー」
その後に続く切り捨てるような正論。
彼の反論は誰かの心に届く前に一刀両断、真っ二つ。
切れ味鋭き名刀に断ち切られたかの如く地に臥せることとなった。
だが、手負いの獣、もとい人間を侮る無かれ。
追い詰められた存在は時に何をしでかすか分からないからだ。
「ぐぬぬ、だ、だったらおれはあかり兄……東堂さんを推薦します!!」
「……は?」
どうあがいても逃げ道が無いなら、いっそのこと他の誰かも道連れにしてしまえ。
そんな、半ば立て篭もり犯のような思考を抱いた一夏は、こちらをなにやら微笑み混じりで見ていたあかりを推薦する。
いきなり自分の名前が出てきたことにより、唖然とした表情をするあかり。
そして、一連の出来事ですっかり騒がしくなってしまった他の生徒達。
生徒達はおのおの、やれ『一夏がやればいい』、それ『あかりがやればいい』と言った旨の話を隣の席や前後の席の生徒としている。
最早拒否できる空気ではない。
拒否権は無いらしいのでどの道拒否は出来なかったが。
そんな展開は、セシリアにとっては当然面白くない。
何故代表候補である自分を差し置いて、素人を推薦しているのか。
しかも、推薦されているのは男。ISを使えず、腑抜けきってしまっている、『男』という存在。
面白くない。非常に面白くない。
「待ってくださいませ!! 納得がいきませんわ!!」
そんな思いを込め、セシリアは立ち上がりながらそう声を荒げる。
瞬間、クラス中の視線がセシリアに集中することとなった。
今までバラバラだった視線が一気に自分に集中したため気圧されてしまったが、既に大声をあげて注目されてしまっている。
ここで「何でもありませんでした」と言うわけには行かなくなっていた。
「……っ、男がクラス代表など、それではクラスの恥さらしですわ!! このセシリア・オルコットにそんな恥を一年間味わえと!? そのような屈辱的な事、認めるわけにはいきません!!」
彼女にとって、男とは情けない存在、弱い存在だ。
ISと言う存在によってその牙を抜かれ、腑抜けきった飼い犬のような存在だ。
そんな存在が代表になるなどということは、見過ごすことが出来ない。
故に、セシリアは熱弁する。
いかに男を代表とする事がクラスに悪印象をもたらすか。
いかに自分が代表になるにふさわしい存在であるかを。
そんなセシリアを、冷めた目つきで見つめる視線が二つ。
一つは篠ノ之箒。もう一つは……
「大体! 日本などという文化面で見ても後進的な国で暮らすことさえ苦痛ですのに、代表が極東の猿? ありえませんわ!!」
その言葉に、二つの冷めた視線は孕んだ温度をさらに下げていく。
その視線を放つ二人を見てしまった生徒は、すぐさま顔をそらし、自らの記憶から先ほど見た光景を抹消する。
あれは見ただけで死ねる。
二人を見た生徒達の思いはこれで一致していた。
そんな生徒をよそに、セシリアはヒートアップしていく。
そしてそれを見て視線の温度はセシリアとは反比例するかのように低下。
最早最悪な循環となっていた。
「何が後進的だよ。その後進的な国の科学者がIS作ったんだろうに」
そんな循環を壊したのは、織斑一夏であった。
彼の額には、髪で隠れて見えにくいが井桁マークがはっきりと浮かび上がっている。
完全に頭に血が昇っていた。
「第一、文化面で後進的だ? ハッ、日本のサブカル舐めんなよ? それに食文化だって、世界で随一とは言えねぇかもしれねぇが、イギリスのマッズイ飯よりは上等だと俺は思ってるぜ?」
「なっ!? あなた、わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「先に日本を侮辱したのはそっちだろうが!」
「分かりましたわ! そこまで仰るのでしたら決闘ですわ!! 我が祖国への侮辱、しっかり撤回していただきます!!」
「上等だ! 四の五の言うより分かりやすいしな!」
互いに拳銃を撃ち合うかのごとく怒涛の売り言葉と買い言葉。
その会話の中で、あれよあれよという間に決闘についての取り組みがなされていく。
その途中に、小間使いだの奴隷だの、現代社会ではおおよそ聞くことは無いであろう言葉が飛び交っていたが、もはや誰も止められない。
やがて、一夏とセシリアの言葉の応酬がひと段落ついた頃合いを見計らったかのように、千冬が手を二回たたく。
「話はまとまったようだな? ならばその決闘はクラス代表決定戦として、一週間後執り行うとする。織斑、東堂、オルコットはそれまでに準備を済ませておくように」
「……あの、織斑先生、何で僕の名前まで?」
「言っただろう? 『クラス代表決定戦』として執り行うと。決闘騒ぎには関係ないかもしれんが、他薦されている東堂も戦うに決まっているだろう」
「ですよねー」
今回も、やはり拒否権は無かった。
※ ※ ※
「ほんっとごめん! あかり兄!!」
本日の授業も終え、放課後となった瞬間、あかりに対して一夏が急に謝罪を始めた。
最敬礼の尺度、45度を超え、最早90度曲げているのではないかと思われるほどの曲げ具合だ。
「俺がいろいろ話しややこしくしちまって、なんか巻き込んじまって……ほんとごめん!!」
「別に気にしてないから大丈夫だよ、一夏。うすうす、自分が誰かに推薦されるだろうなぁとは思ってたし」
なにせ、このIS学園の中で決して埋もれないどころか突出している看板の持ち主だ。
その看板のせいで目に留まったから〜などという理由で選ばれるであろう事は予想済みだった。
だが、まさか一夏に推薦されるとはあかりも予想はしてなかったが。
「まぁ、決まってしまった事をとやかく言ってもどうしようもあるまい。と言うわけで一夏、オルコットを完膚なきまでに叩きのめせ」
「あの、箒さん? 無茶言わないでくれると俺は助かるんだが?」
自らが尊敬するあかりと自らが並ならぬ好意を寄せている一夏が、やれ極東の猿だと馬鹿にされ、箒もどうやら堪忍袋の緒が切れているようだ。
見ると、その顔には大きな井桁がかなりの数見受けられる。
「篠ノ之の言うとおりだ織斑。男なら、あそこまで言われてそのまま言われっぱなしという訳にはいかないだろう?」
そして、箒の背後から現れた千冬も箒の意見に賛同する。
そして千冬の顔にも大きな井桁。
先ほどの授業中の二つの視線の内、もう一つは千冬の視線だった。
いくら学校では教師と生徒という関係であるとはいえ、一夏が自分の弟であることには変わらない。
弟が馬鹿にされたとなれば、怒りを感じるのは無理もない話だろう。
しかし、それだけにしてはやけに怒りの度合いが大きいように思える。
「東堂もだ。年下にあそこまでコケにされているのだ。年上として灸を据えてやるべきだと思うが?」
「別に僕は気にしてないんだけどなぁ」
「私が気にする。兄弟子があそこまで馬鹿にされたとなれば、私も平静ではいられないぞ?」
千冬はかつて箒の父親の道場で剣を習っていた。
あかりは千冬より前からその道場で剣を習っており、あかりと千冬との関係は、それぞれ兄弟子と妹弟子だったという間柄なのだ。
当然、千冬もあかりの強さに魅せられた人物である。
そんな存在が、彼女から見て小娘であるセシリアに馬鹿にされると言う出来事は、彼女にとっては非常に許しがたいことだろう。
「……たかだか代表候補に小娘が、偉そうに語りおってからに」
「織斑先生、それ口に出して言っちゃ駄目ですよ。代表候補ってたかがって物じゃないでしょうし」
それこそ、口に出してしまうくらい許しがたかったようだ。
あかりの突っ込みも何のその。
今の彼女の発言をは、全世界の代表候補を敵に回しそうな発言だが、世界最強の称号『ブリュンヒルデ』にとっては代表候補はたかだかで済まされてしまうらしい。
未だにぶつぶつと呟いている千冬に、あかりはやや顔をしかめてこう言う。
「織斑先生……いや、千冬。そうやって他人の努力を見下すようになったら駄目だ。彼女だって努力して代表候補って地位を手に入れたんだ。その努力の証を、『たかだか』なんて言葉でけなしたら駄目だよ。努力の尊さを一番知っているはずの千冬だったら、なおさら」
「っ! ……そうだったな」
今のあかりの発言で、ようやく自分の失言を悟った千冬は、すぐさま考えを改める。
かつて弟を守るために、あこがれた兄弟子に少しでも追いつくために努力していた千冬は、努力の尊さ、努力を続ける辛さを知っている。
確かに、今の発言は不適切だったな。と一人ごちる。
このように、妹弟子の千冬を兄弟子のあかりがいさめる。
それは、かつて篠ノ之道場で見られた光景そのままだった。
「ふぅ……だが、兄弟子が馬鹿にされてはやはり気分がいいものでは無い。やはり容赦なく叩きのめせ、東堂」
「……ま、全力は尽くしますよ」
もっとも、改めた考えとは代表候補をたかだかと称することであり、セシリアを叩きのめせという考えは変わっていないようだった。
「で、用件はそれだけって訳ではないですよね?」
「ん? あぁ、そうだった。織斑と東堂に専用機の話をしようと思ってな」
「専用機?」
千冬の発言に、一夏が疑問の声を上げる。
その言葉には「専用機って何?」と言うニュアンスが込められていた事は言うまでもない。
それを感じ取った千冬はため息一つ。
後で部屋に出向いて、参考書の内容を今日中にでも叩き込もうかと半ば真剣に考えた千冬だった。
「……予備機が無くてな、だから少し待て。織斑には学園で専用機を用意するそうだ」
「俺に専用機……って、俺だけ?」
あかりから参考書を用いた、専用機についての解説を受けていた一夏が、千冬の言葉の中で気になる点を挙げた。
今千冬は、「織斑には学園で専用機を用意」と言った。
じゃあ、あかり兄には無いのか?
そんな言葉の裏の思いを感じ取ったのか、千冬が一夏の言葉に頷く。
「ああ、学園で用意するのはお前のISだけだ。」
「ちょっと待ってくれ……じゃなかった、待ってください。それじゃああかり兄には専用機は無いんですか?」
「いや、僕にも専用機はあるよ?」
「でも、用意するのは俺のだけって……」
「『学園』が用意するのは、ね。僕のは……なんていうか、個人が開発……いや、改造かな? ともかく、そんな感じで用意されるんだ。でも、もうちょっと遅れると思ったんだけど」
あかりの言っている事でまだ分からないことはあるが、あかりにも専用機があるならいいやということで、一夏はそれ以上の追及はしなかった。
「いや、俺だけ専用機もらうのかって思うとなんかあかり兄に申し訳なくてさ」
「別にそれぐらい気にしなくてもいいのに」
妙な部分で律儀というか、お堅い一夏であった。
「予備機の数がないからISの訓練はそうそうできる物ではないが、まぁ体を鍛えるなりはしておけよ? いいな」
千冬の言葉に了承の意を伝え、あかり達は教室を後にした。
なおこの後、決闘をする本人達以上に燃えている箒により、一夏はキツくしごかれる事となった。
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