朝の4時。
同じ部屋で寝ている一夏の目覚ましが鳴るより前に、あかりはいつものように目を覚ました。
当然、あかりの隣のベッドで寝ている一夏は夢の世界の旅行中。
そんな一夏を起こさないように、あかりは足音を立てないようにベッドから立ち上がり、寝る前に枕元にある棚に用意しておいた運動用の服を着る。
青いジャージを着込んだあかりは、洗面所にある鏡で軽く身だしなみをチェックした後、先日手合わせの際に用いた竹刀が入っている物とは別の竹刀袋を手にとり、静かに部屋を出て行った。
結局、最後まで一夏のいびきが途切れることは無かった。

部屋を出たあかりが向かったのはIS学園の敷地内にある、半ば森のようになっている場所。
そこには今からあかりが行おうとしている事をするのに適した場所があるのだ。
寮を出て、朝の清涼な空気を肺いっぱいに吸い込みながら、あかりは歩を進める。
たどり着いたのは、先ほど説明した森のようになっている場所の中でも、何故か木が生えていない場所。
木に隠されることなく太陽の光が燦々と降り注いでいる。
これから行おうとしている事は、あまりおおぴらにやっていい事ではない。
それ故、周りからの視線をさえぎれる場所で行わなければならない。
かといってあまりに障害物が多くても邪魔なだけ。
その点この場所は、周りが木で囲まれていながら広い範囲で木が生えていない部分が存在している。
これからやろうとすることをやるのにふさわしい場所だった。

そんな場所で、あかりは背負っていた竹刀袋の中身を取り出す。
出てきたのは竹刀ではなく、黒塗りの棒状の物。
あかりは棒状のそれを袋から完全に取り出すと、袋を脇へ置き、その棒状の物の上辺りを掴み、一気に引き抜いた。
金属が空気を裂く、凛とした音が響く。
現れたのはやわらかい日の光を反射しきらめく白銀の刃。
それは、一振りの刀だった。
鍛錬では刃を潰した刀を使う場合もあるが、これはそのような事は一切行われていない、正真正銘の真剣だ。

刀を抜いた後、鞘を腰にくくりつけ一通り素振りをする。
空気さえも切り裂くかのような音が一回聞こえるたびに、刃に反射した陽光が刃が辿った軌跡をなぞる。
やがて素振りを終えたあかりは、刀を腰に括り付けてある鞘にしまい、しかし柄にかけた手は放さない。
そのまま腰をやや低めに構え、目を閉じる。
風が周りの木々を揺らし、木の葉同士が擦れる音があかりを包む。
深呼吸を一回、二回……
そんなあかりの目の前に、風に揺られて枝から離れた葉がひらりひらりと不規則な軌道を描きながら落ちて来る。

瞬間、あかりは目を見開き、今までより一際鋭い音が響く。
しかし、あかりはといえば端から見ればさきほどと代わらず腰に佩いた刀の柄に手をかけているだけだった。
そしてあかりの目の前に落ちて来ていた一枚の木の葉がそのまま地面に向かっていき、地面に着地する瞬間に二つに割れた。
その後も、その音は何度も発生し、その度にあかりの目の前に落ちて来ていた木の葉が二つに割れる。

それは、もはや神速の域に達した居合いだった。

あかりは刀を振るうのをやめ、構えることすらやめる。
そして地面に落ちた、先ほど自分が二つに斬った葉を持ち上げ、自分の目の前に持ってくる。
その葉の断面を真剣な眼差しで見つめ、そして不満げなため息をつくとその葉を地面に落とした。
その後、木々の間から見える空を見上げ、しばらくそのまま空を見上げた後、刀を袋にしまいその場で一礼。
そのまま寮へと向かって駆け出していった。
途中、数多く植えられている木のうちの一本に鋭い視線を一瞬向けながら。


あかりが立ち去った後、彼が帰り際に鋭い視線を向けた木の陰から、一つの影が現れた。
その影は、あかりが立ち去っていった方向をしばらく見つめる。

「……まさか、気づかれたなんてね」

その影は、手に持った扇子を口元で開き、自らの動揺を隠すかのように振舞いながらそう呟く。
影が持っている扇子には、『天晴』の二文字が達筆な文字で描かれていた。


※ ※ ※


「お、あかり兄。どこ行ってたんだよ」

あかりが自分の部屋へと戻ると、既に一夏が起きて台所での作業を行っていた。
そんな一夏の様子を尻目に、あかりは自分のベッドに来ていた上着を脱ぎ捨てながら一夏の問いかけに答えていた。

「ちょっと早朝の鍛錬をね」
「へぇ。毎日やってるのか?」
「そりゃ、『千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とする』って言う言葉もあるくらいだし。あ、シャワー使ってもいいかい?」
「ああ、俺はもう浴びたから問題ないぜ」

一夏の了解を得たあかりは、そのまま換えの下着もちシャワールームへ向かい、朝の鍛錬で流れた汗を洗い流す。
いくらこの後一夏が使わないからと言って、あまり長い時間シャワーを使っていては遅刻してしまうかもしれないということで、ほとんどカラスの行水と言っていいほどの時間しかかけていないが、それでも汗は十分洗い流せたようだ。
シャワーを終えたあかりは、先ほど用意していた下着に着替えると、そのまま部屋へと戻った。
そして不満げな顔をしながらポツリと呟く。

「こういうときしみじみ思うね。早く大浴場が使えるようになれって」

風呂は体を洗うだけにあらず。
心を洗うもの。
シャワーで体は洗えても、やはり日本人としては湯船にゆったりとつかりたいと思うあかりだった。

「あれ? 使えなかったっけ?」

あかりの呟きに耳ざとく反応した一夏が、台所のほうから顔を出す。

「昨日僕達が手合わせから帰ってきたとき、山田先生が言ってただろ? 聞いてなかったのか……間違って大浴場に突入とかしないでね?」
「な!? ばっ! んな事しねぇって!!」

もっとも、あかりのからかいの言葉にすぐさま顔を引っ込めることになったが。
そんな一夏の様子を苦笑交じりに見ながら、あかりはIS学園の制服へと着替える。

まだこの制服の袖を通したのは今回を含めて二回だが、やはり年齢的に通うなら大学生な自分がこうして高校の制服を着るという行為に違和感を禁じえない。
サイズがあわないわけではないのだが、やはり本来の高校生と比較するとどこかおかしいという印象を持ってしまう。
そして、おそらく卒業するまでこの違和感が無くなるということは無いだろう。
あかりが制服に着替え終わると同時に、弁当包みに包まれた弁当を二つ持った一夏がやってくる。
そのまま一夏は二つの弁当箱を鞄につめた。

「二つも食べるのかい?」
「いんや、一個は千冬姉の分だよ。昨日作れって電話きてたし」

そういえば寝る直前になって一夏が電話越しに誰かと話していたなと思い返す。
わざわざ夜中にそのような電話をするあたり、よほど千冬は一夏の料理に飢えているのだろう。

今日の支度を済ませ部屋を出た二人は一路食堂へ。
その途中、同じく食堂に向かっていた箒と出くわした。

「お、箒! おはよ」
「む? 一夏か、おはよう。あかりさん、おはようございます」
「おはよう、箒ちゃん。これから食堂? 僕達も食堂なんだけど、どうせなら一緒にどう?」

当然、箒にも断る理由は無く、あかりの提案を快諾。
三人は食堂へと向かっていった。


※ ※ ※


食堂は、三人がたどり着いた時点で既に多くの生徒が食事をとっていた。
そして、その全員が食堂の入り口にあかりと一夏がいると気づいたとたん、妙にそわそわとし始める。

「? なんだ?」

一夏がその様子に疑問を唱え、さすがのあかりも一瞬怪訝な顔をしたがすぐさま得心した様な表情になる。
ちなみに箒は周りの女子に視線での牽制を開始していた。
端から見ればさながら犬の威嚇の様である。

何はともあれ、三人はそれぞれ料理を注文し、あいている座席につく。
あかりは塩鮭定食を頼み、一夏と箒はそれぞれ日替わり定食を頼み、雑談もそこそこに食事をする。

「……なんか、俺達って見られてるな」
「仕方ないよ。たった二人の男、しかも片方は20なのに高校一年だし」

とはいえ、周りからの視線で針のむしろと言う物はあまり気分がいいものではない。
無論、周りの生徒に悪気があるわけではないので、強気な態度で見るなという事もできない。
その現状を再確認し、あかりと一夏は二人でため息。
箒も二人の心中を察しているからか何か声をかけようとしているが、何を言うべきかの判断に迷い結局声をかけれずじまい。

「はぁ、せめてこう、見てるだけじゃなくて話しかけてくれないかなぁって思ったりするんだよなぁ。少なくとも、じっと見られるよりまだそっちのがマシだぜ」
「へぇ〜、じゃあちょっと失礼しま〜す」

なんとなしに一夏が呟いた言葉に、何者かが反応し、箒の隣にちょこんと座る。
その一連の動作があまりに自然且つ停滞無く行われたため、あかり達もその何者かの行動に違和感を覚えることはなかった。
しかし、若干のタイムラグの後、三人はいつの間にか輪の中に入り込んでいたその少女に気がつく。
その少女は、自分が三人から注目されている事に気がつくと、その袖を余らせた腕をパタパタ振りながら満面の笑みを浮かべていた。

「……誰?」
「ん〜? 布仏本音って言うんだ、よろしく、おりむー、あかりん」

特に取り決めたわけでもないが、代表として何者かを聞いた一夏に、彼女はのほほんとした様子のままで答える。
その行為に何の意味があるのか、相変わらずあまらせた袖を揺らしたままでいる。

「か、かわいい……」
「だからって急に抱きしめたりしないでね? なんか話がこじれそうだから」

篠ノ之箒、剣道一筋な凛とした戦乙女といった雰囲気をかもし出しているが、意外にも可愛い物に目が無かったりする。
寮の部屋には、ルームメイトに見つからないように巧妙に隠されたぬいぐるみの数々があるとか無いとか。
そんな彼女の琴線に、このぽわぽわした小柄な少女は触れてしまったようだ。

閑話休題

その後、本音と一緒に食事をしていた途中だという二人もいつの間にか混じり、6人で食事を取っていると、千冬が食堂の入り口から入ってきた。
何事かと入り口を見やる生徒たちを視界に納め、千冬は声を張り上げた。

「ゆっくりと食事をしているところ申し訳ないが、私がここの寮長なのでな、遅刻を見逃すわけにはいかん。時間が押しているぞ! さっさと食い終われ!! 一秒でも遅刻してみろ、グラウンドを10周走ってもらうことになるぞ!!」

その声を聞き、唖然としていた生徒達が一斉に食事をかきこみ始める。
最早マナーを度外視し、ひたすら早く食事を済ませる事を重視した動きだ。
当然、一夏や箒も急いで残った食事をかきこみ始める。
ひとえに先日見たあの広大なグラウンドを10周も走らされないため。
普通の高校とは明らかに規模が桁外れなあのグラウンドを走らされると考えただけで背中につめたい汗が流れる生徒達だった。

「ふぅ、ごちそうさま」

しかし、そんな生徒達を尻目に、あかりは食事を平らげ、食器を返却口に返しに行く。
そして、一夏たちの傍を通って一言。

「早く食べ終わらないとほんとに走らされるよ?」
「って、あかり兄もう食い終わったのか!? ちょ、ちょっと待ってくれよ!!」
「遅刻は嫌だし、待ってられないよ」

一夏の嘆願もむなしく、あかりは悠々と食堂を後にした。
ちなみに、本音は例の如くごくごく自然にあかりの後ろについていった。

「あれ? 君はもういいの?」
「もう食べ終わってたからだいじょ〜ぶ。って、いまさらだけど年上だし敬語のほうがいいですか?」
「いや、普通にしてくれていいよ。そのほうが気が楽だし」

あかりのその言葉を聞き、今まで以上に袖を揺らす本音。
どうやらあの袖を揺らすという行為は彼女の感情を如実にあらわしているらしい。

「お〜、あかりん話がわかるねぇ」
「でもあかりんはやめてくれ」

「……まるで仲のいい兄妹、あるいは親子のようだ」

会話を弾ませながら去っていく二人の背中を見て、一夏はポツリと呟く。
その呟きを聞いていた全員が、その表現に違和感を覚えなかったのはどうでもいい話だろう。



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