「織斑君、お引越しですよ〜!」
そう言い放ちながら真耶があかり達の部屋にやってきたのは、あかりと一夏が寮の部屋で緑茶を飲みながら今日の授業の復習をしていた時だった。
ちなみに緑茶はつい先ほど部屋に帰ってきたあかりが復習をしている一夏に淹れた物だ。
そんな真耶に対し、一夏は暫く唖然とした後にこう言い放った。
「……いきなり言われても訳分からんのですがとにかく……なにゆえ?」
これに対してはあかりも大いに頷く。
いきなり結論だけを言われたところでその結論に至る理由が無ければ納得できるものも納得できない。
「山田先生、いきなりそれだけを言っても分かるはずないでしょう。あぁ、引越しの理由か。この部屋にデュノアを置く。だからお前が別の部屋へ移るということだ」
「はぁ!? ちょっと待ってくれよ千冬姉!! それってどういうぶふぉ!?」
自身に詰め寄ってくる一夏に出席簿を叩き落した千冬は痛みにうずくまった一夏を見下ろし言葉を続けた。
そこに先ほどあかりに見せた弱々しい雰囲気は無く、いつも通りのブリュンヒルデだった。
「織斑先生だと何度言えば理解する。デュノアはここに来たばかりの男だ。いろいろと今までと勝手が違うという事で戸惑うだろう。故に、東堂にデュノアの生活のサポートをしてもらうための処置だ」
「うぐぐ……だ、だったら俺が面倒見るってのは駄目なんですか?」
千冬の言葉に、そのまま部屋を移されてたまるかと何とか反論をするが、そのような事態は最早千冬は予想済みだった。
軽いため息を一つつき、千冬は口を開く。
「ではお前に問おう。東堂と自分、どっちが頼りになる人間だ?」
「……あかり兄です」
「よろしい」
結局、一夏の必死の訴えも届かず、一夏は泣く泣く部屋を移ることになった。
一夏は移った先は、箒がいる隣の1025号室。
ここならば女子とは言え相手は幼馴染。
おまけに隣にはあかりがおり、いざと言うときに頼りやすいだろうとの判断だった。
なお、1025号室にいた箒の元ルームメイトは、生徒の人数の関係上、一人で部屋を使っていた親友がいる部屋に移ったため、さしていざこざは起きなかったという事を伝えておく。
※ ※ ※
こうして部屋を去っていった一夏と入れ替えに部屋にやってきたシャルルをあかりは出迎える。
「えっと、よろしくお願いします」
「まぁまぁ気楽に気楽に」
部屋に入ってきた当初は必要以上に固くなっていたシャルルだったが、あかりの様子を見て多少やわらかくなる。
しかし、完全に固さがなくなったかといえばそうでもなく、やはり相手が年上の存在だという事で緊張は残ってしまうようだ。
「授業前にも言ったけど、別に何が何でも敬語ってわけじゃなくてもいいんだよ? って言うかあまり敬語ばっかりで話されるとただでさえ強いアウェー感がもっと強くなるから、出来れば自然に話してくれたほうがこちらとしても嬉しかったりするんだ」
IS学園に入学し早数ヶ月。
多少慣れたもののやはり今だにアウェー感を感じるあかりであった。
自身の年齢的な問題でアウェー感を感じるのは仕方ないと理解はしていても、あまりに強く感じてしまうと参ってしまうのだ。
「あぁ、思い出したくもない。入学当初のあの上野のパンダを見るようなあの目。あれは今思い出してもきついよ……」
「……ぷっ」
あかりが入学当初の周りからの視線を思い出し体を震わせていると、それを見たシャルルが我慢し切れなかったかのようにかすかに笑う。
そしてその笑い声をあかりが聞き逃すはずが無かった。
だいぶシャルルが緊張を解いてくれてきた事に微笑を浮かべつつ、あかりは寮の部屋に備え付けられてる台所へと向かった。
「そういえばデュノア君、これから僕のお茶のおかわりついでに君にもお茶を入れようと思うんだけど、緑茶は飲める?」
「シャルルで大丈夫です。緑茶……ですか? 飲んだ事はないんですけど……」
「ありゃりゃ、だったらコーヒー……はないか。だったら紅茶にしておこうかな」
シャルルの敬語による返答に、多少肩を落としながらも、まぁそのうち何とかなるかと気を取り直したあかりは、台所の食器棚にあるティーカップ二つとティーポットを取り出し、やかんに水をいれ、火にかける。
その間に、少々の水を入れたティーポットを電子レンジにいれた。
「ポットを電子レンジにいれた!?」
「あ、ちなみにこれRSCが推奨してるやり方だから何もおかしいところはないよ。おまけに生粋の英国人セシリアのお墨付き」
「何でそんな事を国をあげて……イギリスって分からないなぁ」
シャルルの言葉に答えながらもあかりはてきぱきと紅茶を淹れる準備を整える。
電子レンジであたためたポットを取り出し、中の湯を捨てたと同時にやかんが甲高い音を響かせ始めたため、あかりは火を止め、ティースプーン山盛り2杯分の茶葉を手早くポットにいれる。
そしてポットをやかんの傍に持って行き、ポットに勢い良く熱湯を注ぎ始める。
湯を注ぎ終えた後、すぐさまポットに蓋をし、キッチンタイマーを3分で設定したあかりは、一段落とばかりにシャルルの下へと戻ってくる。
「なんかごめんね、ほんとはもっとぱぱっと済ませたいんだけど、癖と言うかなんと言うか、どうにも淹れ方をこだわっちゃって」
「気にしないでいいですよ。でも、なんと言うか、手馴れてますね」
その言葉に、あかりは「まぁね」と軽く答えると、そのまま言葉を続ける。
「IS学園に入る前は喫茶店に住み込みで働いてたんだよ。淹れ方はそこで叩き込まれたんだ。それまでは普通にティーバッグで飲んでたんだけど、この淹れ方のを飲んじゃうとどうしてもね」
「そんなに違う物なんですか?」
「うん、全然違うよ」
二人が雑談をしている間に、キッチンタイマーが3分を知らせる。
それを聞いたあかりは台所へ戻り、用意していたカップに冷蔵庫から取り出したミルクを注ぐ……前にシャルルに声をかける。
「シャルルはミルク多め? 少なめ?」
「えっと、多めで」
「了解」
その答えを聞き、シャルルの分をいれるカップには多めにミルクをいれ、自分の分には少なめに入れる。
その際、先ほどの問いかけの際にやけにシャルルの声が近くから聞こえたような気がし、ふと横を見るとそこには興味津々といった様子であかりの手元を熱心に見ているシャルルがいた。
「うわっ!? びっくりしたぁ! 熱心に見てるけどそんなに面白いかい?」
「はい、なんと言うか興味深いです……それで質問なんですけど、先にミルクをカップに入れるんですか?」
「あぁ、これもRSCが言ってたんだけど、先に入れたほうがいいんだって。ミルクのたんぱく質が壊れないとか何とか。まぁ、ここについては好みの問題かな?」
その後、ティーストレーナーを使い、カップに茶葉が入らないように紅茶を注ぐ。
当然、最後の一滴まで残さず淹れきり、ようやく紅茶を淹れ終えたあかりは、台所であかりの作業を見ていたシャルルにティーカップを運んでもらい、自分は棚から茶菓子としてクッキーを取り出してシャルルの後に続いた。
「お待たせ、さぁ召し上がれってね」
「それじゃ、いただきます」
あかりの言葉に頷き、シャルルはティーカップを口元で傾ける。
そして口に含んで暫くの後、はっとしたような表情を浮かべた。
「あ、前に飲んだ事があるのと全然違う……けど、渋い?」
「紅茶に限って渋みはむしろいいんだよ。苦味が出たら駄目だけどね」
「へぇ」
シャルルの反応をみながら自分も紅茶を一口飲む。
今回の出来具合に納得がいったのか、あかりの顔には笑みが浮かんでいる。
そして二人とも同じタイミングでテーブルの上に用意したクッキーをサクリと一口。
「紅茶の味がしっかりしてるから甘さが引き立っておいしいなぁ」
「これぞ至福のティータイムってね」
その後、暫く無言のティータイムが続く。
紅茶を飲む音と、時たま聞こえるほっと安らいだかのようなため息以外は音が無い時間だが、それでも息苦しさは感じない。
そうして暫く経った後、あかりが紅茶を一口飲んだ後に口を開いた。
「そういえばシャルル、一つだけいいかな?」
「なんですか?」
「……なんで男装してるの?」
瞬間、シャルルが立ち上がりながら後ずさる。
それでもティーカップを手放さないあたり、あかりの淹れた紅茶がもったいないからなのか。
そんな様子を見ていたあかりは、しかし慌てず、紅茶をまた一口飲む。
その何もしない様子が、むしろシャルルには恐ろしく感じられた。
シャルルの頬を、一筋の汗が流れ落ちる。
そしてその汗が顔の輪郭を伝い、顎の先端から落ちたという感覚を感じた後、彼は口を開いた。
「な、なんの事ですか? だだだ、男装って……」
「君って、実は嘘つけないタイプでしょ?」
「うぐっ」
端から見ても無茶なはぐらかしをしようとしたシャルルは、当たり前だがそれが失敗したという事でとぼとぼとテーブルに戻り、そして腰を下ろす。
「……何時から気づいてました?」
「ん? 実習の前に君を小脇に抱えたときかな? 男にしてはやけに軽かったから良く見たら骨格も微妙に男とは違うって気づいてね」
「そっかぁ……あ〜あ、これでも結構男の真似する訓練したんですよ?」
「いくら訓練でも骨格ばかりはさすがにね」
そうですかと答えるシャルルの顔には悲しみなどの表情が浮かぶ。
「……目的は白式、ないし刃鉄のデータかな?」
「はい。僕のファミリーネーム、知ってますよね?」
「デュノアだよね。でも、それが?」
「フランスのISメーカー、デュノア社の名前は社長のファミリーネームから来てます。ここまで言えば分かりますよね?」
そこであかりは気がつく。
つまり目の前にいるこの少年の格好をした少女は、デュノア社の社長の娘なのだと。
「社長さんの娘か……どうりで行儀とかがしっかりしてたわけだ」
あかりの言葉に、シャルルは一瞬表情を曇らせる。
そしてそんなシャルルの様子を訝しげに見つめるあかりに対して、彼女はこう告げた。
「ええ、確かに社長の子です……ただし、社長と愛人の間の子どもですけど」
「っ!?」
それからシャルルが語ったのは、彼女の辛い来歴だった。
彼女の母親はデュノア社長の世話係だったそうだ。
しかし、ある日社長は彼女の母親に手を出し、そして生まれたのが彼女。
当然、妻がいる身でありながら世話係との間に子どもをもうけたとなれば問題なのは最早明白。
そして彼女の母親はデュノア社を追い出される事となる。その当時、まだ幼いシャルルを連れて。
母親は女で一つでシャルルを育てていたのだが、度重なる心労が祟ってか帰らぬ人となった。
それから暫く経った後だったと言う。
彼女の父親であるデュノア社社長がシャルルを呼び出したのは。
「その時はただ呆然とこう思ってました。『なんでデュノア社長に呼び出されたんだろう』って。母親は頑なに父親の事を話してくれませんでしたから。だから、デュノア社に呼び出されたときは何がなにやらって感じで」
「それで、その後社長に会って自分が社長の娘だと?」
あかりの言葉に、シャルルは首を横に振る。
「その前にデュノア婦人に会ったんです。でも、婦人は僕を見るなり僕をいきなりはたいてきて、そしてこう叫んだんです。『泥棒猫の娘が!』って。そこでおおよそ察しました。まったく、母さんもそうならそう言ってくれれば僕も驚かなかったんです……?」
シャルルの言葉は最後までは言えなかった。
何故なら、あかりがシャルルを抱きしめていたから。
しかし、それは下心からではない、まるで兄が妹を守るような、父親が娘を守るような、そんな暖かさを感じられるような抱擁だった。
「それ以上はもう言わなくていいよ。そんな辛そうな顔で言われたら、聞いてるこっち辛くなっちゃうから」
「辛そうな顔って、僕はそんな」
「だったら、君は何で泣いてるんだい?」
そういわれシャルルがあかりから体を離し指を顔に当てると、確かにその指は濡れていた。
しかし、彼女自身、自分が泣いていたという自覚はまったく無い。
だというのに、気がついたとたんに涙は視界を侵食し始める。
涙でぼやける視界を何とかしようと、シャルルは何度も何度も指で目を擦るが、しかし涙は尽きる事がない。
「あ、あれ? おかしいな、悲しくなんか無いのに、辛くなんか無いのに、どうして……っ」
そんなシャルルを、あかりは再び抱きしめる。
彼女を慰めるように、彼女を脅かすありとあらゆる物から守るように。
「泣く事を我慢しなくていいんだよ? 泣きたいなら泣いてもいいんだ」
---ここには、泣いた君を責める存在なんかないんだから。
その言葉を聞き、シャルルは動きを止める。
そして、次第に顔をくしゃくしゃにしながら、最後には大声で泣いた。
まるで今までこらえていたすべてをここで吐き出すかのように。
そしてその泣き声を、涙を、あかりはただただ受け止めていた。
慰めの言葉をかけるでもなく、ただただ受け止めていた。
※ ※ ※
「……ぐすっ、すみません、みっともない所を」
「いいや、かまわないさ。むしろ泣ける君がうらやましいというかなんと言うか」
「へ?」
シャルルが泣き出して暫く、ようやく落ち着いたのか、目の周りを赤く腫らしたシャルルがあかりから離れる。
一度大声で泣いた事ですっきりしたのか、シャルルは先ほど中断していた話を再開する。
「今回、僕が男としてIS学園に入学したのは、一種の広告みたいな理由もあるんです。フランスに三人目の男性操縦者、それもデュノア社の社長の子となれば会社のいい宣伝ですから」
「でも、どちらかと言うと白式や刃鉄のデータ入手の方が優先度は高い……それは一体? たしかデュノア社はフランストップのIS関連会社なはず……」
あかりの言う事ももっともだ。
デュノア社が作り出したISは非常にバランスが良く、IS学園もデュノア社開発のIS、ラファール・リヴァイヴを訓練機として採用している。
そんなデュノア社が、果たしてこのようなリスクが大きい手段を使ってまで何故自分達のISのデータを手に入れようとしているのか。
「確かに、シェアはトップです。でも、デュノア社のISはラファール・リヴァイヴで止まってしまっているんです」
「止まっている……つまり新型が作れないのかい?」
「正確には、第三世代のISの開発が行き詰っているんです。だからこそ、第三世代のデータが欲しい。それが男性が扱えるISの物だったら? ……そんな理由です」
そこまで聞いてあかりはようやく納得が言った。
確かにそのような事情があるなら、危険を冒してでも情報は欲しいだろう。
そしてあわよくば男性操縦者のISのデータを手に入れ、それを解析。
うまく行けば男性にも使えるISを開発しよう……と言ったところだろうか?
そこまで聞いたあかりは、机の上にあった端末を持ってきて、それを拙い指使いで操作する。
「……あかりさん、操作苦手なんですか?」
「実は機械系全般駄目。ビデオデッキで録画できないくらい。ISみたいに直感で動かせたりするのは大丈夫なんだけど、ああもボタンとかが多いとちょっと……」
その様子を見かねたシャルルがあかりに許可を得て端末を借り受ける。
そしてあかりとは比べ物にならない速度で端末を操作しはじめた。
「でもあかりさん、いきなり端末を持ち出してどうしたんですか?」
「ん? いや、いっそのこと刃鉄のデータあげちゃおうかなって思って」
「は!?」
あかりの発言に、シャルルの端末を操作する手が止まる。
そんなシャルルの様子をよそに、あかりは言葉を続けた。
「たしか第三世代ってイメージ・インターフェースを用いた特殊武装が搭載されたISだったっけ? だったら刃鉄の空打がまさにそれだし、刃鉄の基礎は第二世代の打鉄。同じく第二世代のラファールを改良する際に有用なデータが取れると思うけど」
「いえ、あの、そうですけど! でもそう簡単にデータを僕に渡しちゃっていいんですか?」
「そりゃもちろん、いいわけないじゃないか」
「じゃあなんで!?」
「それでシャルルが解放されるなら、僕はデータを渡すよ」
あかりのあまりにあっけらかんとした態度に、シャルルは問い返す。
しかし、あかりが最後に言った言葉でシャルルは言葉をとめた。
「シャルルがこのIS学園に入学してきたのが白式ないし刃鉄のデータを得るためだったなら、いっその事こっちからそれをくれてやるよ。ただし、こっちは情報を取られる側じゃなくくれてやる側だから、条件をつけてさ」
「その条件って……なんですか?」
「そのデータはくれてやるからシャルルに今後干渉するなってね。このままじゃ君は社長にとって都合のいい駒だ。今回うまくいったから次もやらせようってなるかもしれない。だからそんな事にさせないように、僕はこの情報をデュノア社にくれてやろう」
あかりの目に、冗談だという雰囲気は無い。
シャルルはその目を見て確信する。
あかりは間違いなく、宣言した事をやってのけるつもりだ。
たとえ、自分がどうなろうと。
「そんな……そんなこと駄目ですよ! 下手したらあかりさんが裁かれちゃうかもしれないんですよ!? ISの情報はその国にとっても非常に重要なものなんです! それを他国に渡したなんて……スパイ容疑とかがかかっちゃいますよ!?」
「うん、そうだろうね」
シャルルの言葉にも、動じた風でもないといった反応を見せるあかり。
その様子がむしろシャルルにとっては腹立たしかった。
どうしてそんな平然としていられるのか!
どうして自分がひどい目にあうかもしれないのにそこまで平然としていられるのか!!
「貴文とかならもっとうまい事やれたんだろうけど、僕に出来るのはこれぐらいだしね」
「そんなの……そんなのって……」
その言葉を聞いて、今まで感じていた腹立たしさが一瞬で方向を変えたのをシャルルは感じた。
どうしてここまで自分の事より他人の事を優先しているのだろうか。
いや、優先なんてものではない。
もとより、あかりは自分のことなど考えていない。
その事がシャルルにはひどく悲しかった。
止めなければならない。
少なくとも、ここで止めなければ自分は一生後悔するだろう。
シャルルはそう確信する。
そしてあかりをとめようと口を……
『はいはいちょぉぉぉぉっとタンマァァァァァァァ!!』
開こうとしたのだが先ほどから起動したままの端末から響く男の声にそれは中断させられた。
端末を見るといつの間にかそこには通信ウインドウが開いており、そこには一人の男性が映っていた。
『まったく、さっきから聞いてればあかりんは! どうしてそこまで自分をないがしろにするかなぁ!?』
「あ、あなたは……?」
『む? 問われたなら答えてあげよう。僕こそが世界にとどろく大天才に次ぐ天才、その名も! 桐島! 貴文! だ!!』
何故か端末の中でクラッカーが炸裂する映像が流れる。
それを呆然と見ていたシャルルだったが、先ほど名乗られた名前が聞き捨てなら無い物だと気がつき、端末に食いつく。
「も、もしかしてドクター・キリシマ!?」
『いやぁ、そう言われるのも久しぶりだねぇ。その通りだよ』
シャルルにあっけらかんとそう返すと、貴文は咳払いをし、表情を改める。
『さて、こうして僕がわざわざ通信をしたのは他でもない。デュノア社の問題、僕がすっきりばっちり解決してやろうと思ってね。というか自分の会社行き詰って娘利用するとか親の風上にも置けねぇなおい。娘のアイデア聞くとかならいざ知らずスパイとして利用とかふざけてるよね〜自分で蒔いた種が芽吹いた結果が君だって言うのにね〜と言うか避妊ぐらいすればいいのにね〜盛りのついた野生動物じゃないんだしさ〜』
「は、はぁ……」
相も変わらずマシンガンの如く吐き出される言葉。
それに圧倒されシャルルもまともな返事が出来ない。
そんなシャルルをよそに、貴文はまだまだ言葉を吐き出す。
『と言うわけで後はすべて貴文さんにお任せあれ。刃鉄のデータは悪いけど渡せない。だったら僕がラファール改良したデータ送ればいいじゃない? なに多少時間はかかるだろうケドそうそう難しい事でもないさ。なにせ刃鉄も打鉄を改良して作ったんだし、ラファールで同じことができないなんて理由はないよね〜。それに国云々じゃなくて個人の手による改良だからそこまで怒られないだろうし、日本政府にはフランスに恩売ってやったんだぜと言えば問題ないよ! うんうん、だから君は安心して学園生活をエンジョイすればいいのさ! なんだったらアフターケアも……』
「貴文」
ここまで来て、ようやくあかりが口を開く。
しかし、その顔に表情は一切浮かんでいない。
能面のような顔だった。
ある意味憤怒の表情を浮かべるよりもそれは恐怖をかりたて、思わずシャルルが悲鳴を上げる。
『ん〜? どうしたのあかりん。何か問題でもあった?』
「さっきから聞いてたって、どうやって聞いてたのさ?」
『そりゃもちろん盗聴……あ』
瞬間、空気が凍る。
暫く慌てた貴文は、立ち直るとシャルルに向かって口を開いた。
『……と、と言うわけで話が進展したらまた連絡するよ! じゃあね!!』
そして切れる通信。
それを見たあかりはゆらりと立ち上がり、自身の荷物がおいてある場所へと幽鬼のような足取りで歩いていく。
そしてそこから竹刀袋を一つ取り出すとその中身を取り出した。
取り出したのは……真剣。
「ちょ!? あかりさん!?」
「シャルル止めないで! この端末叩っ斬ってやる!!」
「落ち着いて〜! 端末斬っても意味ないですよ〜!! って言うかそれ本物ですか!?」
その後、暫く1024号室からは騒がしい声が聞こえていた。
「……あかり兄、なんか楽しそうだな」
「そうか? 私にはそうは聞こえないが……」
なお、1025号室の住人はこのような会話をしていたらしいが、真偽のほどは不明だ。
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