朝早くでありながら、しかしその教室は大いににぎわっていた。
一年一組。
その教室には、一組の生徒のみではなく他クラスの生徒さえもが集っていた。
良く見れば、上級生も何名か混じっているようだ。
「……で、その話は本当?」
「ほんとほんと! 今度の学年別トーナメント、優勝したらななななんと! 織斑君か東堂さんと付き合えるらしいよ!?」
「それ、上級生も対象? だったら東堂さん狙っちゃおっかな?」
「ねぇねぇ! デュノア君は対象外?」
何故彼女達がこんな朝早くからこのように騒いでいるかと言えば、今まさに生徒の一人が言った言葉が原因だった。
最初は誰が言ったのかは誰も知らない。しかしその話の内容のみがあらゆる場所を走り回り広まっていくと言うことはよくあることだ。
今回もまさにその典型で、誰かが言った「トーナメント優勝で一夏かあかりと付き合える」と言う噂が広まりに広まり、まさに学園全体に伝わったのだ。
こんな朝早くにこれほどの生徒が一組に集結しているのもその噂のおかげ。
そんな噂が広まっている中、寝ていられっか!! と言う生徒の心意気のなせる行動である。
「おはようございますぅ!? な、なんですかこれは!?」
優雅に教室へと入ってきたセシリアが思わず吹き出してしまうのも無理はない。
何せ一組教室の人口密度が明らかに異常なのだ。
「あ、オルコットさん、知らないの?」
「なにがですか?」
首をかしげるセシリアに、女子生徒が懇切丁寧に噂の内容を説明する。
それを聞いたセシリアは、しかし未だに首をかしげる。
「ですが、所詮噂では? そこまで騒ぐほどでは……それに本人は知っていますの?」
「なんでも本人は知らなくて、女子の間での取り決めっぽいのよ。夢があるじゃない! 興味ないの?」
「ええ、まったく」
女子生徒の問いかけに即答するセシリア。
もとより他の女子生徒と違い、一夏やあかりに恋愛感情を持っていないセシリアにはこの話もなんら根拠の無い噂以上の物ではない。
言い方は悪いが、気にするだけ無駄と言うものだ。
「あれ、でもセッシーってあかりんと結構いい感じじゃない?」
「セッシーって……いえ、それはともかく、あかりさんはそうですわね……頼りになる兄、と言ったところでしょうか? ですので恋愛感情を向けるような相手ではありませんわ……ところで布仏さん? 何故セッシーなのですか??」
「だってセシリアだからセッシーだよ」
相変わらず袖を余らせた状態でぽわぽわとした笑みを浮かべる本音に、セシリアは思わずため息をついた。
そしてふと思う。
このままわたくし、ため息キャラになってしまうのでは? と。
一方、教室のとある一角では周りとは違い暗く思い空気を纏っている存在がいた。
「……おかしい、何故、何故こんな事になったのだ?」
そう呟きながら箒は頭を抱える。
何故ここまで彼女が頭を抱えているかと言えば、周りで今まさに話題になっている「一夏かあかりと付き合える」と言う噂の出発点は、紛れも無い自分だと言う事を承知しているからだ。
「まさかあれが他の生徒に聞かれているとは……いや、そもそも何故あかりさんが追加されているんだ……いやそんな事より、もし他の誰かが優勝してしまったら……」
彼女が思い浮かべるのは昨夜の話だ。
なにやら部屋の引越しだとか言う話で自分の部屋に一夏が引っ越してきた際、これぞ千載一遇のチャンスと言う事で箒は一夏にこう宣言したのだ。
「一夏! もし今度の学年別トーナメントで私が優勝したら……私と付き合ってもらう!!」
しかし、それが他の生徒に聞かれていたのか、朝起きてみればこのような有様。
同学年のみでなく上級生までも巻き込んだ一種の祭り状態。
「……いや、私が優勝すればそれで問題ない。ああ、何も問題はない、そうだろう? モッピー」
そう自分に言い聞かせるように呟く箒。
「……なにこれ」
「さぁ?」
「なんだか騒がしいね」
このような状況は、一組教室にあかり達が入ってきた事に女子が気づくまで続いた。
※ ※ ※
未だに朝の一件で騒がしい放課後。
しかしそんな事自分には関係ないといわんばかりにセシリアはまっすぐにアリーナへと向かっていく。
そんなセシリアが、同じくアリーナへとまっすぐに向かっている鈴音を見つけた。
「あら? 鳳さん?」
「あれ、セシリアじゃん」
アリーナへ入ろうとしていた鈴音が背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはセシリアの姿があった。
しかし、いつもであれば一緒にいるはずの一夏、箒、あかりの姿が無い。
大抵は一まとまりで行動しているはずなのだが、何故今日に限って一人でいるのだろうか?
「一人なんて珍しいじゃない。どしたのよ?」
「まぁ、秘密の特訓と言う物でしょうか、少々先日のやり取りに思うところがありまして」
「先日のやり取り……」
はて、と鈴音は首をひねる。
果たして先日のやり取りの中で彼女を秘密の特訓に駆り立てるようなやり取りがあっただろうか。
思い返しても、ラウラが一夏に襲い掛かって来たという、一夏を特訓に駆り立てるような出来事しか鈴音は思い出すことが出来ない。
ならばここでそれを問いただしても良かったのだが、本人が秘密と銘打ってる手前、それを自分に教えてくれるとは鈴音は思っていなかった。
そこまで思考して、鈴音が下した決断とは……
「……ま、いっか」
ここでこの話を切り上げる事だ。
別にセシリアが秘密の特訓をしてもいいではないか。
なんだかんだで自分も似たようなものだ。
もっとも、別に秘密と言うわけでもなく、ただ単に他の面子より訓練時間を延ばすというだけなのだが。
「……というわけですので、出来れば特訓に協力していただけませんか?」
「は?」
ふとした拍子に意識が思考の海から戻ってくると、何故かセシリアにそう提案される鈴音。
鈴音としてみれば何が「と言うわけ」なのかが分からず、もとよりなに勝手に話を進めているんだとも思った。
が、考えてみれば一人で寂しくやるよりだったら相手がいたほうがいいのではないか? と言う結論に至る。
故に、鈴音の返答は決まっていた。
「感謝いたしますわ。正直、一人での特訓にそろそろ限界を感じていましたし」
「別にいいわよ。でも、さっき言ったとおり、私の訓練にも付き合ってもらうわよ」
「もちろんですわ」
各々のISを纏った二人がアリーナで向かい合う。
放課後すぐにやってきたと言う事もあり、現在アリーナには二人以外の姿はおらず、ようやく数名の生徒がピットで訓練の準備をしているか否かと言った状況だ。
いずれは自嘲しなければならないが、少なくとも暫くは広くアリーナを使えるだろう。
鈴音はそのまま両手に分割状態の双天月牙を呼び出し、その場でそれを舞うように振るう。
それをウォーミングアップ代わりとしたのか、暫く続けた後鈴音は剣舞をやめた。
「おっけー。で、どんな特訓に付き合って欲しいのよ?」
「それはですね……」
そういうとセシリアはスターライトの銃口を鈴音へ向ける。
「こちらの攻撃をとにかく避けてください」
「……それだけ?」
拍子抜けではある。
特訓と聞いてどんな無理難題に付き合わされるかと思えば、まさか相手の攻撃を避け続けるだけとは。
「えぇ、それだけで結構です。それでは、お願いいたしますわ」
「それが何に繋がるのかは分かんないけど、まぁ付き合うって言ったのは私だしね」
避けるだけならむしろ手に持った双天月牙はデッドウエイトでしかない。
使うわけでもないのに呼び出し、あまつさえ剣舞まで見せてしまったことに若干の恥ずかしさを感じつつ、鈴音は双天月牙を収納する。
そして、セシリアが一端スターライトを天空へと向け、もう一度鈴音へとむける。
それと同時にブルー・ティアーズが分離し、セシリアの後ろへと配置される。
「行きますわ!」
「おっしゃ! 来い!!」
それから暫く、彼女たちはアリーナを広く使って模擬戦をし始めた。
※ ※ ※
「……で、これ何の特訓なのよ? ほんとに私避けてるだけで終わったし、あんたは一歩も動かなかったし」
彼女達が模擬戦を開始してから数十分後、そこにはやや息が荒い鈴音と彼女以上に息が荒いセシリアがいた。
鈴音は自分より明らかに動いてないくせに自分より疲れ果てている様子のセシリアを見て何かまずい事に付き合ってしまったのではと言う思いに駆り立てられる。
「はぁ……はぁ……やはりこれでも無理……ですか」
セシリアはと言えば、暫く息を荒くしていたが何とか会話が可能なレベルにまで呼吸が落ち着いたのか、鈴音へと今回の訓練の意味を説明する。
「ふぅ……鈴音さん、ブルー・ティアーズを含むイギリスのBT兵器搭載型のISの真髄を知っていますか?」
「全然。私他の国のISとかあんま興味ないし」
「……代表候補として知っておくべきだと思うのですが……まぁいいです。偏光射撃ですよ」
「??」
セシリアの言葉にも首をかしげる鈴音にため息を一つつき、セシリアは偏光射撃について説明を始める。
偏光射撃とはBT兵器搭載型ISにのみ使用可能な能力だ。
IS操縦者の適正がA以上であり、なおかつBT兵器稼働率が最高状態となったときのみ使用可能となる能力で、その能力とは簡単に言ってしまえば曲がる射撃である。
スターライトから放たれたものだろうがブルー・ティアーズから放たれたものだろうが、脳波制御でその軌道を曲げると言う物だ。
しかし、現在セシリアはその偏光射撃がまったく出来ない。
セシリアのIS適正はAランクではあるため、一つ目の条件は達成している。
となれば偏光射撃が出来ない原因はただ一つ。BT兵器の稼働率の問題である。
この特訓では、セシリアはとにかくBT兵器稼働率を何とか上げるように努めた。
鈴音に回避のみをしてくれと頼んだのも、自身がその場から一歩も動かなかったのも、それにもかかわらず鈴音よりも疲労していたのも、すべてはブルー・ティアーズの制御に神経を集中させていたためだ。
それに偏光射撃が出来なくとも、せめて取っ掛かりを掴めたらとの思惑で行ったようだが、しかしセシリアの表情を見るに結果は芳しくなかったようだ。
何故いきなりこのようなことをしようとセシリアが考えたのかと言えば、先日の一夏とシャルルの射撃訓練のとき、自身の射撃があかりに斬られたという話があり、偏光射撃が出来ればそのような事もされないのではと思ったからだった。
「ですが残念ながらうまく行きませんでしたわ。せっかく協力していただいたのに、申し訳ありませんわ」
「いや、それは別にいいんだけどさ……あー、その、なんていうの? あんま焦らないほうがいいんじゃない? こういうのって」
鈴音があーうーと唸りながらもセシリアへのフォローをいれる。
その様子を見ていたセシリアは、やがて我慢の限界だと言わんばかりに吹きだした。
「……ぷっ、鳳さん、慰めると言う事が下手ですわね」
「な!? 人がせっかくなぐさめちゃろうってのに、失礼じゃないの!?」
そういいながらセシリアを睨みつける鈴音だったが、やがて鈴音も笑みを浮かべる。
「ま、確かに若干苦手って自覚はあるんだけどね」
そういいながら互いに笑いあう。
ひとしきり笑いあった後、セシリアがピットへと向かおうとする。
「まぁ、鳳さんの言ったとおりですわね。確かに特訓初日でうまく行くわけもありませんわね。気長に……というわけでありませんが、焦らずにやっていこうと思います」
「そうしなさい、そんときゃ私も付き合ってあげるからさ」
「え?」
鈴音が言った言葉に、セシリアが思わず振り返る。
振り返ったセシリアの視線の先には、笑みを浮かべた鈴音。
「私も大なり小なり努力してきた身だからね、努力してる人に協力してやりたいって思うのはおかしい?」
「ですが、鳳さんも代表候補ですし……」
「鈴でいいわよ。親しい人は皆私をそう呼ぶし」
鈴音の表情を見て、セシリアはまたため息をつく。
鈴音のあの顔は何を言っても聞かないと言う顔だ。
「……分かりましたわ、そのときはよろしくお願いいたしますわね? 鈴さん」
「まっかせなさい」
そして、二人がその手を握り合った、まさにその瞬間だった。
「ふん、美しき友情とでも言うつもりか? ……くだらんな」
その声に、二人は声がいたほうへとむく。
そこに居たのは、黒い装甲を纏った小柄な少女……ラウラ・ボーデヴィッヒだった。
※ ※ ※
「なんか俺、いつも以上にちらちら見られてる気がするんだ」
「僕もだよ」
「一夏とシャルルもか……朝のあの騒がしさとなんか関係あるのかな?」
放課後になっても未だにちらちら見られている三人は、千冬を探して校舎を歩き回っていた。
何故千冬を探し回っているかと言えば……
「と言うか、課題忘れちゃうなんて、一夏って意外と抜けてるところあるんだね」
「何を言ってるんだいシャルル。何を隠そう一夏は入学時に必読だった参考書を古い電話帳と間違えて捨ててしまうような奴だよ?」
「あかり兄! それをいまさら蒸し返さないでくれ!!」
この会話で分かるように、一夏が授業の課題を忘れたため、それを今提出するために千冬を探し回っているのだ。
ISを学ぶための学園ではあるが、高校としての側面も持つIS学園。
課題を忘れると言う事は許される事ではない。
最初は職員室に行ったのだがそこに千冬はおらず、仕方なくこうして校舎を歩き回っているのだ。
ならば千冬の机に提出しておけばいいという考えもあるだろう。
しかし、千冬の性格からいってそのような行動は誠意の無い行動と捉えられ、出席簿による一撃与えられる可能性があるのだ。
それに忘れたのは自分の落ち度なのだから、せめてこのぐらいはきちんとしたいと言う一夏の頑固さのせいでもあるのだが。
しかしいくら探せど千冬は見つからない。
このままでは冗談抜きに提出が不可能になってしまう。
そう三人が思っていたとき、一人の女子生徒が三人の下へと駆け寄ってきた。
「あっ! 織斑君! 東堂さん! デュノア君! ちょうどいいところに!!」
慌てた様子で駆け寄ってきたその女子生徒に首をかしげる三人。
そんな三人の様子がじれったかったのか、女子生徒は「あ〜もう!」と叫ぶと一息に言葉を言い始めた。
「今アリーナでオルコットさんと二組の鳳さんがドイツからの転校生の子にボコボコにされちゃってるの! もう二人ともISがボロボロなのに、まだ攻撃されてて……っ!」
それを聞いた一夏の行動は早かった。
手に持っていた課題をあかりへ押し付けるとそのままアリーナへ向かって走り去っていく。
それをあっけに取られた様子で見ていたあかりとシャルルだが、あかりが一足先に再起動し、女子生徒に問いかける。
「何で教員じゃなくて僕達に?」
「先生達、今会議中なんです。だからせめて専用機持ちの人に伝えようと思って」
ならば自分達に白羽の矢が立ったということも納得が出来る。
専用機持ちであればすぐさまISを起動でき、即座に対処がしやすい。
仮に上級生に頼ろうとも、上級生全員が専用機を持っているわけではない。
訓練機を借り受けるまでの間に取り返しがつかない事になってもおかしくは無いのだ。
そう考えれば、教師が見つからないから学年関係なくとにかく専用機持ちの人物を探すと言う判断は間違ってはいない。
「とりあえず、君は先生のところにもう一回行ってくれ。会議が終わってたらそれでよし、そうじゃなきゃ緊急事態って事で会議を中断してもらうように。とにかく状況を教師陣に伝えるんだ」
「は、はい!!」
あかりの指示を聞き終えると、女子生徒は来た道を引き返すように駆け出す。
その背中に、あかりはいい忘れていたことを言い放った。
「少なくとも僕の名前を出せば織斑先生は動いてくれると思う! 頭の片隅にとどめておいてくれ!!」
「分かりました!!」
「よし、僕達も行こう、シャルル」
「あ、はい!!」
去っていく女子生徒の背中を見送った二人は、そのまま一夏の後を追うようにアリーナへと向かっていった。
※ ※ ※
二人がアリーナへたどり着くとそこには白式を纏った状態で雪片をラウラに振り下ろそうとする一夏と、何かしらの障壁を発生させているのか、かざした手のひらから少し間を空けた地点で雪片の刃を受け止めている体勢のラウラがいた。
普段であればバリアが張られているはずのアリーナにバリアは無く、恐らく一夏が零落白夜でバリアを破壊して突入したのだろう。
そして一夏の背中側にはボロボロになった状態で地面にうずくまっているセシリアと鈴音が居た。
「シャルル! セシリア達を!!」
「分かりました!!」
シャルルにセシリア達を安全な場所へ運ぶように指示したあかりは刃鉄を起動しブレードを呼び出す。
そのままあかりはラウラへと向かっていきそのブレードを振り下ろす。
「むっ!?」
その攻撃はラウラに察知され回避されてしまったが、少なくとも一夏とラウラの距離を離すことには成功する。
そのまま滑るように一夏とラウラの間に入り込む。
「あかり兄!!」
「一夏! 頭に血を上らせて戦うなんて二流のやる事だって言ったはずだよ!!」
一夏の方を振り向くことなくそういったあかりは、ブレードの切っ先をラウラに向け、切っ先と同様に視線さえもラウラに向ける。
突然のあかりの乱入に最初は驚いた表情をしていたラウラだが、しかしすぐさまその表情が変わる。
まるで怨敵を見つけたといわんばかりの獰猛な笑み。
小柄な少女が浮かべる、その体躯に似つかわしいとは到底思えない表情に、あかりの表情もやや厳しいものとなる。
「貴様か。存外早く戦う機会が巡ってきたものだ」
「まったくだね」
そして、向かい合う二人の動きが止まる。
相手の一挙一動を決して見逃すまいと、ただ相手の動きを見極める事のみに集中する。
やがてアリーナのバリアが再び展開される。
それと同時にあかりは空打を起動。一瞬のうちにラウラの懐に踏み込んだあかりは、そのままブレードを振るい……
「駄目だ! なんだか分からないけどそいつはこっちの動きを止めてきやがるんだ!!」
一夏の言葉が耳に入ると同時に背筋を伝うざわりとした不快感。
それを感じた瞬間、刃鉄のPICを最大限稼動させすぐさま後退する。
「ほう、逃げたか」
「……今何をした?」
あかりの頬を一筋の汗が流れ落ちる。
目には見えなかったが、確かにあかりは自身を捕らえようとする何かを感じていた。
普通であれば感じれない、あかりでさえ一夏の言葉を聞きようやくその存在を感知できた。
「私の停止結界の前では貴様の刃もなまくら以下だ。そもそも届きすらしない」
「停止結界……」
もしラウラの言葉に偽りが無ければこれ以上ないほど自分とは相性が悪いものは無い。
近接武装しか持ち合わせていない刃鉄は停止結界で止められてしまえばそれでおしまいだからだ。
「さぁ! 先ほどまでの威勢はどうした!?」
「ちぃっ!」
ラウラのISからワイヤーに繋がれた何かがあかりへ向かってくる。
それをブレードではじき返そうとし、しかしその何かはまるで意思を持っているかのようにブレードを回避してあかりに迫る。
空打を併用し滑るような機動でその何かを回避したあかりは、先ほどまで自分が居た地点の地面に刺さったそれを見やる。
「ワイヤーに繋がったブレード!?」
地面に刺さったそれは、しかしワイヤーに巻き取られ宙へ舞い、そこから再びあかりへと襲い掛かる。
いくらブレードで迎撃しようとしても、ワイヤーを用いて操られているそれは先ほどのようにあかりの振るうブレードを潜り抜けて来るだろう。
それを理解した瞬間、あかりはブレードでの迎撃と言う選択肢を自ら潰し、さらには何を思ったのか回避と言う選択肢さえも潰したのか、その場で動きを止めた。
「あかりさん!?」
「あかり兄! 早く避けろ!!」
シャルルと一夏の声にもまったく動く様子を見せないあかり。
それをみたラウラはその顔に笑みを浮かべ、ブレードのすべてをあかりへと殺到させた。
そのブレードは微妙に時間差をつけており、いざと言うときの回避もやりにくいようにしている。
彼女の脳内では、ワイヤーブレードに蹂躙されるあかりの姿が浮かんでいる。
そしてついにその光景が現実のものに……
「……捕まえた!」
「なっ!?」
ならなかった。
あかりは迫り来るブレードをまっすぐ見据え、それが自身に当たるか否かという瀬戸際で、それを左手で掴み取った。
それは一瞬の事で、さすがのラウラもその瞬間にのびてきた腕をかいくぐらせると言う事は出来なかったようだ。
ブレードを掴まれた事に驚愕し、他のブレードの制御が一瞬緩む。
あかりにとってはその一瞬で十分。
制御さえなければただまっすぐに自身に向かってくる刃。
時間差で自身に向かってくるそれを、右手のブレードで次々に叩き落していく。
時間差をつけてあかりに向かわせた事がこの時点であだとなった。
そしてラウラがワイヤーを巻き取り始める前に、あかりは左手に握ったブレードについたワイヤーを渾身の力で引っ張る。
そのままあかりの方へと引き寄せられると言う事はなかったが、それでもラウラの体勢は大きく崩れる。
そして、体勢を崩したままのラウラの懐に、ワイヤーを引っ張ると同時に空打を起動させたあかりが飛び込んでくる。
先ほどのように自身を捕らえようとする感覚は……無い。
「ふざ……けるなぁ!」
体勢を崩した状態で、しかしラウラは雄たけびを上げる。
それと同時にあかりのブレードを自身のISの腕で防ぐ。
その腕には光を放つ刃状のものが展開されている。
「っ! 近接武装まで!」
「このシュヴァルツェア・レーゲンが遠距離しか能の無いISと思ったか!!」
そのままラウラはあかりのブレードを弾き飛ばす。
一瞬弾き飛ばされたブレードに視線を向けたあかりだったが、しかしすぐ視線をラウラへと向ける。
既に手を離れてしまった武器に気を取られている暇は無い。
あかりは空打を起動させ、空打により加速された蹴りを放つ。
その衝撃で両者は弾かれたように吹き飛ぶが、あかりはそのまま空中で体勢を整え、未だに宙をまうブレードの元へと向かいそれをしっかりと握り締めた。
「馬鹿めっ! 隙だらけだ!!」
当然そのような隙をラウラが逃すはずも無い。
あかりと同じように体勢を立て直していたラウラは、右肩に備えられた大型レールカノンを空中にいるあかりに向け、そしてそれを放つ。
ブレードを掴むために無防備な状態にあるあかりは回避が間に合わない。
故に、あかりに残された手段はただ一つ。
あかりは躊躇うことなく自身へと向かってくる砲弾の軌道上にブレードをもって行き、さらに左腕をそのブレードの後ろに置いた。
そしてブレードと砲弾が衝突すると同時にブレードが砕け散る。
それでも砲弾は突き進みISの表面に張り巡らされている不可視のシールドにぶち当たる。
しかしブレードへの衝突により威力をそがれていた砲弾は、決して小さいとはいえないが普通に当たった状態に比べれば明らかに小さいと呼べるダメージを与えるにとどまったのだった。
その結果を見届ける暇も惜しいのか、あかりが次の行動へ移る。
あかりは刀身の真ん中から刃が砕け散ったブレードをラウラへ向かって投げつける。
当然それはラウラのプラズマ手刀によって弾かれるが、一瞬でも意識がブレードに移ったことは事実。
ブレードを投げると同時にブレードの後を追いかけるように飛翔したあかりは、そのままラウラへと向かっていき、右の拳を握り、それを振り上げる。
ラウラもそれを迎撃しようと腕を振り上げ……
「そこまでにしてもらおうか」
突如両者の間に入り込んできた影にそれを留められた。
あかりは影が入り込んできた事に気づくと同時にその場で急停止し、ラウラはその影が持つブレードにより押さえ込まれている。
「……先生、遅いです」
「これでも急いできたのだがな」
両者の間に入り込んできた影……千冬はあかりにそう言うと、周りに向けて厳しい視線を向ける。
「アリーナのバリアが一旦破壊されたのならば、アリーナに何かしらの影響が出ていると思われる。即刻アリーナから出ろ、いいな!?」
その言葉を聞いたラウラが腕の力を抜いた事をブレード越しに感じ取った千冬は、ブレードを地面につきたてる。
「それとまたバリアを破壊されたらたまらんからな。以降の一切の私闘を禁ずる! 模擬戦がしたい場合は教師の監督の下行うように! それでも決着をつけたいと言うのなら、学年別トーナメントで思う存分つけるがいい!」
ほかに言う事は無いと言わんばかりに、千冬はそのままアリーナを立ち去る。
地面に突き刺さったままのブレードは、問題を起こした当事者が片付けろと言う千冬の考えの表れか。
地面に刺さったブレードを抜き、さらに先ほど投げたブレードの残骸を回収し、一夏達の下へと向かおうとしたあかりが、ふとラウラの方を振り向き口を開く。
「……決着はトーナメントで」
「……次こそ叩きのめす」
ラウラの返答に返事を返さず、あかりはそのまま一夏達の下へと歩いていった。
そのあかりの背中を、ラウラはただただじっと見つめていた。
あとがき
戦闘描写が難しいです
読者の皆さんにうまく戦闘の様子が伝わってるでしょうか?
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m