エリア11、ブリタニア軍チョウフ基地
現在この基地内にはブリタニア軍がエリア制定以来追い続けた来た男が収監されている。
皇暦2010年8月10日、神聖ブリタニア帝国が旧日本国に宣戦布告したことを契機に起きた、ブリタニア軍の侵攻(極東事変)
極東の島国と世界一の超大国による戦争は、ブリタニア軍の当時最新兵器である人型自在戦闘装甲騎、通称KMFにより旧日本軍を壊滅状態に追いやり、それから日本がブリタニアの属領になるのも時間の問題であった。
しかしこの極東事変において、当時破竹の勢いで本土の侵略を進めていたブリタニア軍に唯一土をつけた男がいる。
それが現在チョウフ基地に収監されている男、藤堂 鏡志朗だ。
旧日本軍の軍人で階級は中佐。彼は限られた人員とブリタニアのそれに比べてはるかに劣る重火器のみで、侵攻してきたブリタニア軍を撤退させ、当時の戦いに「厳島の奇跡」そして自らには「奇跡の藤堂」という異名が与えられた。
日本占領後は日本解放戦線の客分であったということが明らかになっているが、解放戦線が壊滅したあとブリタニア軍の網にかかり収監されたのだ。
そしてその男が今牢を挟んだ俺の目の前にいる。
ブリタニア軍製の拘束衣で身動きを取れないように拘束され、自害できぬよう猿轡をかませてある。そんな状態の中、藤堂は自らの運命の時を待ちわびるかのように瞑想している。
「この男が藤堂 鏡志朗か。思っていたよりも普通の男だな」
俺の声に藤堂は閉じていた目をゆっくりと開き、そして俺の姿を確認すると驚いたように目を開く。
「藤堂、キミの処刑の日時が決まった。今から1週間後、此処チョウフ基地で君の処刑は実行される。あぁ、私自身の紹介をしてなかったね。私は今回君の処刑を担当するレイス・リンテンド、しがないブリタニア軍人さ」
藤堂の処刑を担当することになったのは俺が自ら望んだことだ。ルルーシュの手助けをしない、ブリタニア軍人として生きると決めた俺が、最後の決別のためにこの処刑の担当を自ら願い出た。
藤堂は何かを話そうとしているが、猿轡のせいで何も話すことができない。
「猿轡を外してやれ」
「よ、よろしいのでしょうか?」
俺の指示に側で控えていた警備兵がおずおずと尋ねてくる。きっと藤堂が自害しないかが心配なのだろう。
「かまわない。この男はそんなつまらぬ死に方で死ぬような男ではないだろう。もしそんな死に方をすれば、ブリタニア軍で大々的に報じてやればいい。日本解放の精神的支柱、藤堂は死の恐怖に耐えきれず自ら自害する道を選んだとな」
俺の言葉にきっと眼を鋭く藤堂だが、藤堂は絶対に自害などしない。それはいま言った通り彼が日本の精神的支柱であるからだ。
その男がそんな恥じた死に方をすれば、あとに残される日本人たちは解放への意志をなくすかもしれない。
強い責任感を持つこの男が、そうなるとわかっていて自害などできるはずがない。
警備兵は牢の扉を開き、藤堂の口から猿轡を外す。しかし藤堂は猿轡が外されてもしばらくは何も話さなかったが、やがて静かに口を開く。
「……私の処刑を担当するのがブリタニア最強の騎士の一人というのは、私という男もよほど過大評価されているのだな」
「私のことを知っているんだな、藤堂?」
「敵国の重要人物、いずれ戦闘するかもしれない人間のことは諜報部の人間から資料を渡されていた。1年ほど前に渡された資料の中にキミの姿もあった」
1年、実際にはもう少し長いが俺がラウンズに選ばれてもうそんなに時間が経ったのか。
「私も君のことは話に聞いていた。KMFを用いず、ブリタニアに土をつけた名将、その男がブリタニア人でないことは残念だと思うよ」
俺の言葉に藤堂の表情は曇る。
「自分はあの時ブリタニアに勝つべきじゃなかったと考えているのかい?」
「!」
図星だったのだろう、藤堂の瞳は大きく見開かれていた。
「確かに君はあの時ブリタニアに勝つべきではなかった。あれがあったからイレブンは「日本解放は不可能ではない」という夢を抱き、今でも反帝国活動はなくならない。もしも君が厳島で勝利を得なかったら、このエリアは今よりも安定し、イレブンの生活レベルも今よりもはるかに上昇していたかもしれない」
「……君の言う通りかもしれない。私も時間があればそんなことを考えていた。私がいなければ今も生き続けている人々がいたのではないか、私がいなければ人々は今も悲しみにとらわれる必要はなかったのではないか。考え始めればそんなことばかりだ」
藤堂はつらそうな表情で自らの思いを吐露する。
「だがそれは仮定の話だ。私は今を生きる者たちのために責任を果たさなければならなかった」
「そうでしょう、そしてその責任からついに解放される。君は見事に責任を果たし、エリア解放の柱はブリタニアの手によって叩き折られる。安心していい、私が全霊をかけて君の処刑を執行する。君は英霊として天からエリアの繁栄を眺めてくれればいい」
俺はそれだけ話すと警備兵に猿轡をかけさせた。藤堂は何かを言いかけていたが、それは結局何か分からなかった。
本当なら藤堂は黒の騎士団によって助けられる運命だった。そして黒の騎士団の軍事総責任者としてブリタニアとの戦争に再び身を通じるはずだったろう。
しかしこの世界ではその運命は覆される。俺はブリタニア軍人として生きると決めた。ならばこの男の処刑も確実に行わせる。
藤堂への罪悪感を打ち払うように俺は牢を後にした。
その後、3日間は何の問題も起こらず平和な日々が続いたのだが、その話が飛び込んできたのは4日目のこと。藤堂の処刑の3日前のことだった。
コーネリア殿下に呼び出された俺は政庁の総督室にやってきた。俺が部屋の中に入ると、そこにはコーネリア殿下、ダールトン将軍、ギルフォード、その他コーネリア軍の主要な人員が集まっていた。
「遅くなりました」
「構わん、それではリンテンド卿も到着したので話を始める。ギルフォード」
コーネリア殿下が彼女の騎士であるギルフォードの名を呼ぶと、ギルフォードは政庁内に用意されていたプロジェクターの横に立ち、話を始める。
「これは昨日イシカワで撮影された写真です。先日よりイシカワにおいて不穏な動きがあるとして調査を行っていたところ、鋼髏の存在が確認されました。バックにはEUもしくは中華連邦の存在があると思われますが、これは北陸平定の好機であるとして、総督は派兵を決定しました。政庁にはダールトン将軍と最低限の兵力を残し、我々は北陸へと向かいます」
「なお、今回リンテンド卿はチョウフ基地で藤堂の処刑執行、および警護に当たられるので本作戦には同行されない」
コーネリア殿下の言葉に幕僚たちは驚きの様子で俺の顔を見つめてくる。
当然と言えば当然だろう、俺はエリアの平定の補佐として派遣されているのだ。それなのに今回の派兵に参加しないと言えば、彼らにすれば疑問に思うのも当然だろう。
「藤堂の処刑に際し、彼の奪還を狙うものが少なからず出てくるだろう。日本解放戦線の残党や黒の騎士団が手を組んでくればチョウフ基地の戦力では不安が残る。そこで私が現地で指揮を執ることにした。何か質問は?」
俺の説明に幕僚たちも納得がいったのか、それ以降は先ほどの視線は向けられなくなった。
「各部署はこれより1週間で北陸に戦力を集結、北陸制圧作戦を開始する。各員、これより直ちに準備を開始せよ。作戦の詳細は追って通達する」
「「「Yes, Your Highness!!」」」
集まっていた人間はコーネリア殿下に対し敬礼を行うと、それぞれ己の担当する部署へと戻っていく。なので俺も自分の部屋に帰ろうとすると、コーネリア殿下の方から声をかけてきた。
「リンテンド卿。チョウフの件は私も承知したが、やはりこちらの作戦には参加してもらえないのだろうか?」
「コーネリア殿下、お気持ちは理解できますが藤堂はイレブンの精神的支柱です。ここで確実に折っておかないと後の憂いになりかねません。解放戦線はなくなったとはいえ、このエリアには黒の騎士団という新たな勢力が大きくなりつつあります。彼ら、いえ、ゼロが藤堂を手に入れようと行動に出る可能性が1%でもある限り、私はこちらに残るべきです」
俺の言葉にコーネリア殿下は複雑そうな表情を浮かべる。自らもゼロに苦い思いをさせられている以上、コーネリア殿下も俺の考えに強く反発することができない。
「幸い藤堂の処刑と北陸制圧作戦は予定日がずれています。私も藤堂の処刑を完遂すればそちらに向かう余裕も出るでしょう。コーネリア殿下は先にイシカワに向かい、万全の準備を整えておいてください。私は後から朗報を携えて向かわせてもらいます」
別にどちらか一方しか出ることができないわけではない。チョウフでよほどのことがない限り、北陸作戦に参加することは可能だろう。
先ほどは幕僚たちにも参加しないとは言ったが、あとから俺が参戦するとなったら部隊の士気も上がるだろう。
「わかった、それでは私たちは北陸で卿の到着を待つことにしよう」
コーネリア殿下も納得してくれたようなので、今度こそ俺は部屋を退室させてもらおうと思う。
コーネリア殿下に一礼をして部屋を退出しようとすると、後ろから肩を掴まれる。振り返ると先ほどまでと違い、すごくいい笑顔のコーネリア殿下が俺の肩をつかんでいる。
普段なかなか笑顔を見せないコーネリア殿下の笑顔、明らかにただ事ではない。
「リンテンド、お前にも聞いてもらいたい話があるんだ。少し話をしようじゃないか」
コーネリア殿下が俺の名を卿と付けずに呼ぶ。つまりこれは軍務上のでの話ではなく、何か個人的な話があるということだろう。
コーネリア殿下が俺を呼ぶときは大抵卿をつける。これは彼女の父親の騎士である俺に敬意を払っているということであり、人前では確実に卿が付いている。
しかしリンテンドと呼び捨てにするときは、大抵が軍務以外のプライベートな、正確にはユフィが絡んだときは俺を呼び捨てにする。
半ば強引に総督室の応談スペースに座らされた俺は、目の前に座ったコーネリア殿下にきつい視線を浴びせられる。
「それでお話とは?」
「実はそろそろユフィにも専任の騎士を選ばせて、身の回りの安全を確保させたいと考えている。しかし優秀な騎士候補はいるのだがどれも男ばかりでな、ユフィの性格上私が決めれば黙って従うだろうが、騎士とうまく付き合っていけるかどうかはわからない」
コーネリア殿下の言葉に、俺はギルフォードに目を向けながら質問する。
「コーネリア殿下もギルフォード卿という男性の騎士をお持ちではありませんか。確かにユフィ…ユーフェミア殿下のことを心配されるのはわかりますが、気にしすぎではありませんか?」
ユフィという愛称で呼ぼうとしたらコーネリア殿下の鋭い視線を浴びせられた。
「もともと私とギルフォードは古くからの知り合いだ。それゆえギルフォードを私の親衛隊隊長、専属騎士に指名したのだ。しかしユフィの場合は違う。初めて会う騎士と信頼関係を築くのは時間がかかるだろう」
「まぁそれはそうですが」
俺がコーネリア殿下の考えに同意の言葉を表すと、彼女はバンと机を叩き俺の方に顔を寄せる。
「そこでだ! まずは私の方でリストアップした騎士候補たちでユフィの親衛隊を作る。ユフィには時間をかけてその中から騎士を選んでもらうつもりだ」
「それを俺に話してどうしろと? 言っておきますが俺は彼女の騎士になることなどできませんよ」
「貴様は父上の騎士の一人であろう、それになれるとしても私が許さん」
何を馬鹿なことを言っているという目で俺を見つめるコーネリア殿下、俺泣いてもいいよね?
「お前に頼みたいのは最近お前の下についた副官がいただろう。あの女官を当面の親衛隊の隊長として貸してもらいたい。ユフィが騎士を決めればその騎士とともに新たな親衛隊が組まれる。それまでの間、その女官をユフィのもとに貸していてもらいたい」
俺の副官ということはヴィレッタのことだろう。しかし俺としても彼女を送るのはあまりいい気がしない。
つい先日俺の下につくことを決めた彼女に、すぐに別の人間のもとに行けというのはあまりに酷な話だろう。
だがユフィの騎士を選ぶ間だけでも彼女を貸せてあげたいという気持ちもある。
「彼女にも話を聞かせたうえで、彼女に決めさせてあげてください。彼女の判断に俺は従います」
結局俺はそう答えるしかなかった。
それからヴィレッタを総督室に呼び出し、20分もすると彼女はなぜここに呼ばれたのかわからないといった様子でやってきた。
「貴様がヴィレッタ・ヌゥか」
「は、ヴィレッタ・ヌゥ大尉であります!」
ヴィレッタは総督に敬礼をするとその場で待機の姿勢を取る。
「貴官を呼び出したのは他でもない、私の妹のことだ」
「ユーフェミア殿下……のことでありますか?」
ヴィレッタ自身にはユフィとのかかわりはない。そのため何のことかわからず首をかしげている。
「そうだ。そろそろユフィにも専任騎士を選ばせなければならない。だが初対面の騎士をいきなり専任騎士にするには妹も抵抗があるだろう。そこで騎士候補の人間を集めて親衛隊を作らせることにした。貴官にはその親衛隊の隊長を務めてもらいたい」
「私が…でありますか?」
驚くべき内容にヴィレッタはきりっとした表情を崩し、呆けた表情で聞き返す。
「無論、専任騎士が決まるまでの暫定的な隊長ということになるが、もしもユフィが望めば貴官の残留も認める。リンテンドの副官の地位も開けておくそうだ。この話を受けるなら貴官の階級を一つ上げることになる。悪い話ではないだろう?」
副官を開けておくということは言ってないが、まぁ急いで新しい副官を補充するつもりもないし、いいとしよう。
「コーネリア殿下、もうひとつ彼女に与えるものを増やしてあげてくれませんか?」
「……それは何だ、リンテンド?」
コーネリア殿下は何を言い出すんだという表情で俺に目を向ける。
「彼女に一代限りで終わることのない貴族の爵位を」
俺の言葉にその場にいた全員が驚き、目を見開く。
「彼女はその飽くなき向上心から私の元に来ることを決めました。そしてその彼女なら本国のつまらぬ貴族よりも立派にその責任を果たしてくれるでしょう。いかがですか?」
「……よかろう。ただし貴族の爵位を与えるのはユフィの専任騎士が決まってからだ。それと私が用意してやれるのは男爵の地位までだ。それ以降は己の才覚だけで切り開け」
コーネリアは俺の要求をのみこんだ。これでヴィレッタは望み通り貴族の地位を手に入れることができる。
「私は……」
「なんでコーネリア殿下の話を受けなかったんだ?」
総督室から俺に与えられたラウンズ専用の部屋に向かう途中、隣を歩くヴィレッタに問いかける。
「私はあなたの副官ですので、自分の職務に準じただけです」
「話を受ければ少なくとも男爵の地位は約束されていたのに」
「確かに魅力的な話ではありました。ですが」
一度話を切っておれの目をじっと見つめる。わずかに睨まれているような気もする。
「私はあなたの部下になり忠誠を誓いました。それをいきなり裏切るような人間がどうして貴族の地位を得ることができますか」
ヴィレッタの言葉に俺は思わず口をポカーンと開く。……ヴィレッタってこんなに忠誠心が厚い人間だったのか。
「そんなこと気にしてたのか、いいチャンスだと思って話を受ければよかったのに」
俺は初めてヴィレッタの前で自然な笑みを浮かべたと思う。
「しかたない。こうなったら俺が思いっきりこき使って、自分で貴族の地位を手に入れられるように武勲をたてさせるしかないか」
おどけた様子でそういう俺に、ヴィレッタも真面目な表情を崩して初めて笑みを浮かべる。
「yes,my load」
この時初めて俺はヴィレッタとうまく付き合っていけそうだと思ったのだった。
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