新しい生活が始まる

不安はあるけど行くしかない

自分の生きる場所は自分で切り開く事だと教わったから



僕たちの独立戦争  第三十一話
著 EFF


緊張した表情でアクアの隣を歩くルリに優しく話す。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。

 みんな、ルリちゃんを迎えてくれるから」

「は、はい」

アクアの声に緊張を和らげると二人はゆっくりと部屋へ入った。

「おかえり、ママ、ルリお姉ちゃん」

「ママ、ルリお姉ちゃん、おかえり」

「お母さん、ルリ姉さん、お帰りなさい」

部屋にいた子供達はルリとアクアに笑顔で応えた。

「ただいま、今日からルリちゃんが新しい家族になるわ。

 仲良くしてね、みんな」

「「「うん」」」

こうしてホシノ・ルリの火星での新しい生活がはじまった。


「お帰りなさい、あなた。

 さっ、一息ついて休んでください」

「お帰り、パパ」

笑顔で帰宅を迎えてくれる家族を見てエドワードは安堵する。

(こんな日常を守っていきたいな)

「ああ、ただいま、ジェシカ、サラ」

それは大統領としての重圧から逃げずに立ち向かうエドワードの心を癒す光景だった。

ありふれた日常の大切さを感じているエドワードであった。


―――ナデシコ ブリッジ―――


「クロノさん、少しよろしいですか?」

ナデシコの修理を見守るクロノにプロスペクターが聞いてくる。

「構わんが」

クルーも二人の会話に耳をかたむけた。

「ボソンジャンプの実用化は成功したのはテンカワ博士の遺稿からですか?」

「それもありますが、もう一つの要素がありました。

 プロスさんはボソンジャンプはどんなものか、理解してますか?」

プロスの質問に答えつつ、質問を返す。

「正確にはわかりません。空間を跳躍する技術だと言われていますが……」

「それが間違いなのです。

 ボソンジャンプは空間移動ではありません。時空間移動の技術なのです」

その一言にプロスは驚いていた。

「そ、それってタイムマシンなのかな、クロノさん」

二人の会話を聞いていたミナトが驚きながら尋ねる。

「そうだ。だが人類には時間を移動する事は出来ないようになっている。

 この技術は人類が生み出したものではない為に、時間跳躍は命懸けの行為になる。

 例え上手く時間移動出来ても成功した者はダメージを負って長くは生きられない」

そう言うとクロノはブリッジにいたアキトに向くと話す。

「三年前、君が命懸けで火星に辿り着いて、火星にこの戦争の意味を教えて死んでいったのだ。

 テンカワ・アキト君……君には感謝している。

 君の命懸けのジャンプで火星の住民は全滅から生き残ることが出来た……ありがとう」

その言葉にクルーは絶句していた。

「お、俺が?」

「そうだ。未来は最悪な世界だった。

 火星の住民はこの戦争でほぼ全滅した。

 僅かに生き残った住民もボソンジャンプの独占を企む者達のせいで人体実験の材料となり死んでいった。

 君もその一人だった。

 君は奴らに五感を奪われたが生き残り、命懸けの時間跳躍を行って火星へと戻り、

 この悲劇を伝えて亡くなった。

 火星は君が遺した資料から技術を得て、生き残る事に成功した。

 君の行為が正しいかどうかは我々には答える事は出来ないが、君のおかげで火星の住民は救われた事は事実だ」

驚くアキトに答えるクロノにプロスは聞く。

「それはネルガルが行った事ですか?」

「いや、木連の一部がした行為だ。

 ネルガルはそれを阻止しようとしていたみたいだ。

 おそらく贖罪もあったんだろう」

「……確かにあの方はそうしますな」

「これからどうするの?

 未来を変えた以上、事態は変化するんじゃないかしら」

会話に一区切りついたのを感じて、ムネタケが聞いてくる。

「火星の方針は生き残り、独立する事だな。

 生き残って地球の横暴と木連の非道さと後世に伝えることだ。

 火星の住民は地球と木連の道具じゃない……人間なんだよ」

「そうね、地球は最悪の事をしたから従う事はできないわね。

 木連にも協力はする気はないから……独立しか…ないか」

「そういう事だな。火星は自衛と報復はするが積極的にこの戦争には参加する気はない。

 地球が火星の独立を認めず、攻撃するのなら戦う事になるが最悪は地球を全滅させる事になるな。

 この戦争は既に終わっているんだよ。

 ジョーカーは既に火星が手に入れたんだ。

 だからプロスさん、会長に伝えてくれ。

 「地球に住む人類を滅ぼす気があるなら火星との戦争を継続させろ」とな。

 「いい加減、父親の妄執に引きずられるな」とも言っておいてくれ」

「ずいぶんお詳しいようですな」

「長い付き合いだったからな」

その一言にプロスは違和感を感じていた。

(長い付き合い?……もしや……)

「ク、クロノさん?」

クロノがプロスに手を向けて制すとそれ以上は言わない事にした。

苦笑するクロノを見たプロスは自分の想像を否定できなかった。

(あの人は……まさか……いやここで言うべき事ではないですな)

「あいつを頼むよ。これ以上企業の持つ毒を飲ませないようにしてくれ。

 俺はここで家族を守る事しかできそうにないんでな」

プロスの想像を肯定するようにクロノは話した。

「それから非合法実験施設を見つけたので、破壊するが文句は言うなよ。

 子供達は俺達が保護するから安心しろ」

「……まだありましたか」

「ああ、悪いが潰す。資料も処分するよ」

「構いません、お任せします」

クロノは頷くとアキトに告げる。

「では行こうか、テンカワ君。

 当面はアクエリアコロニーで生活する事になる。

 腕のいいコックだと聞いてるから、みんなに美味い飯でも食わせてやってくれ」

「は、はい」

(これで良いんだ。こいつはコックとして生きていけばいい)

後戻りできない自分に言い聞かせるようにクロノは思っていた。

プロスはそんなクロノを見ながら思う。

(過去と未来がそこにあります。

 ネルガルのせいでどれ程の苦しみを受けたのでしょうか)

静かに頭を下げるプロスをクルーは不思議に思って見ていた。

ブリッジを出て歩くクロノについて行くアキトは聞く事にした。

「そんなに酷い未来だったんですか?」

「俺にも分からんな。

 分かる事は一つだ……火星の住民にとっての未来は最悪なものだという事だ。

 君は料理人になれない未来を望むかな」

「そんな未来はいりません!

 俺はコックとして生きて行きたいです」

クロノは自分を否定されたような気持ちだが、それで良いと思っていた。

二人はナデシコから降りる時に声をかけられた。

「テンカワ! しっかりやるんだよ。

 あんたはまだ半人前なんだからしっかり腕を磨くんだよ」

「平和になったら、また修業しにホウメイさんの元に行きますから」

「ああ、それまで頑張るんだよ」

「はい!」

かつての師匠に軽く会釈してクロノはアキトから少し離れた。

そこにはもう一人テラサキ・サユリが待っていた。

「サユリちゃんにも世話になったね。ありがとう」

「そんな事ないですよ。私も楽しかったですよ」

お互い笑顔で話すが、サユリのほうはどこかぎこちなかった。

「それじゃ」

名残惜しいがアキトはクロノの元に向かおうとする。

「私、テンカワさんの作る料理が好きですよ!

 火星でも頑張って下さいね!」

その一言がアキトには嬉しかったみたいで笑顔で応える。

「サユリちゃんも元気でね、ありがとう」

クロノの元に着くとアキトに聞く。

「いいのか、あの娘はお前の事が好きみたいだが」

「え、ええっ―――!?」

(やはり気付いてなかったのか?

 俺ってもしかして朴念仁なんじゃ)

驚くアキトを見ながらようやくクロノも自分を知ったみたいだった。


―――木連 研究施設―――


「あまり状況は良くないみたいですねえ」

笑顔で話す男に草壁は言う。

「何とかならんのか……その口調は止めんか」

「すいませんね、これは何ともなりませんよ」

「まあいい。山崎博士に聞くがこれをどう思う?」

草壁は山崎に先の戦闘の映像を見せて訊ねる。

「へ〜、生体跳躍でしょうか。

 それにこれは私が考案した……跳躍砲ですか。

 火星もやりますね」

感心するように話す山崎に草壁は問う。

「やはりそうか。ではこれと同じものが作れるか?」

「無理ですねえ。機体を調べてみないと。

 できれば火星の住民を連れて来ていただきたいですな」

「今は無理だな」

「そうですか〜。残念だな、貴重な資料なのに。

 では閣下、火星の遺跡なんですが中枢の部分だけを切り離す事は出来るみたいです」

「それは本当か?」

「はい。ですが閣下が言われる使用法についてはもう少し研究しないと」

「分かった。

 では研究を進めてくれ」

朗報を聞き草壁は喜んでいたが、側で作業する無人機が二人を見ていた事には気づかなかった。


―――火星戦略研究室―――


「やはり山崎は外道のようね」

『そのようです。このままでは火星の住民に危険が及びますね』

「では予定通り、攻撃目標にします。

 今回の作戦は山崎の死亡が最優先事項になります」

『では準備を開始します』

スクリーンに映る山崎を見ながらアクアとイネスは話す。

「本当にいやな奴ね。

 人としての何かが壊れているみたいね」

「そうですね。北辰はあれでも戦場で死ぬ覚悟が出来ていましたが、

 山崎は研究さえ出来れば立場など、どうでもいい感じですね」

「始末が悪いわよ。生かしておくと毒を撒き散らす可能性があるわ」

『確実に処理しないと不味いです。

 未来は変わってきていますが、万が一ラピス達が狙われたら困ります』

「気をつけないといけません。

 今は大丈夫かもしれませんが、この先の事も考えないと」

「そうね。レイの言う事もわかるわ。

 あの子達に何かあれば、お兄ちゃんも困るわね」

「確かに……また自分のせいだと感じて苦しむかも」

アクアが呟くと二人も頷いていた。

現在、火星は送り込んだ無人機によって木連の内情を分析していた。

数が十分ではなかったが、日を追う毎にウィルスに侵食されていく無人機のおかげで監視体制は万全になっていた。

こうして木連は気付かないうちに火星から監視されていた。


―――地球 とある場所にて―――


「特に異常はないです。

 資材の運搬もないので人員が脱出した形跡はないです」

『了解、そのまま監視を続けてくれ』

「了解しました」

定時報告をした男は側にいた相棒に告げる。

「……釣れたか?、今日の晩飯は」

「安心しろ、無事に確保したぞ」

釣りをしていた男が話すと安堵していた。

「経費が満足に使えないのは痛かった。

 まさかアクアお嬢様に出してもらう訳にはいかんしな」

本社の指示で動くのではない、今回のミッションはテニシアン島での予算から回してもらっていた。

したがって現場での調達をする事で経費の削減もしていたのだった。

「クオーツ達も連れてきたら楽しかったな。

 多分、大はしゃぎして楽しんでいたと思うぞ。

 まだキャンプをした事がなかったから」

「……そうだな」

「あの子達とクロノのおかげでアクア様は昔の笑顔を取り戻された。

 その点はとても感謝しているよ」

「いつから笑顔をなくされたっけな」

「多分、父親に愛されていないと理解した時からだ。

 これでドクターやマリーさんがいなければ、狂われたかもしれないな」

「そうだな。一人で生きていく事は辛いからな。

 ましてやアクア様は優しすぎた。あれではクリムゾンの狂気には耐えられなかったな」

クリムゾンSSとして行動していた二人には優しいアクアには耐えられないと思っていた。

そう思っていても自分達の立場を考えると口を挟むべきかと迷っていた。

そんな時にクロノが現れた。

自分達と立場が違う男だからアクアを支えたかと思ったが、どうやら自分達は大事な事を忘れていたみたいだ。

(結局、俺達はアクア様に気を遣い過ぎていたんだろうな。

 そんな俺達にはアクア様も何も言えなかったんだ)

誰が悪いわけでもない、ただお互いに距離を取ってしまった事が悪いのだ。

「どっちもどっちか」

「そうかもな。だがこれから直していけば良いさ」

「そうだな。アクア様は覚悟を決められて歩き始めた。

 なら俺達は手伝うだけだな」

「アクア様が見る未来を実現させる為にな」

青臭い事を言ってるが、それでも良いなと二人は思う。

日の当たる世界を大事に思うから……。


報告を聞いたグエンはダッシュに聞く。

「問題はないが、内部の状況は判るか?」

『万全じゃないけど判るよ。

 回線に侵入できたおかげで研究者に実験の一時停止を指示できたのが良かったよ。

 会長が気付いた可能性があり移動する準備の指示を出したからね。

 その間に資料の整理をするように指示を出したから向こうは大慌てだよ。

 定時連絡をして安全に移動できる計画を話しているから、混乱はないから子供達も無事だよ』

「万が一勝手に逃げ出そうとする研究者がいたら教えてくれ。

 俺達のほうで処理するよ」

『そうだね。その時は連絡します』

会話が途切れかけるとグエンは尋ねた。

「……何人助かりそうだ」

『四人だよ。他はダメみたい』

「そうか……やりきれんな」

苛立つように話すグエンにダッシュは言う。

『マスターはずっとそんな思いに囚われていたよ。

 もっと力があればと……自分の無力さを呪いながら戦い続けたんだ』

「悔しかったんだろうな、俺も力があればなんて思う場面は何度もあったよ」

何度もそういう場面を経験しているグエンはクロノの苦しみも少しは理解できる。

(全て理解できるなんて傲慢な事は言わんさ。

 誰もがそんな想いをしながら生きているからな……もっと自由に生きられる世界になれば良かったんだが。

 本当にままならないものだな)

『マスターは自虐的に生き過ぎてるよ。

 なんでも自分のせいにして一人で勝手に生きて死のうとしていたから。

 だからアクア様には感謝しているよ。

 一緒に地獄に堕ちてもいいなんて言われたら、マスターは一人で死のうとはしないからね。

 多分最後までアクア様を守ろうとするよ。

 あとは気付いて欲しいな、残された人の悲しみを。

 それに気付けばマスターは無茶な事をしないで、生きる事を考えてくれるよ』

ダッシュがいう残された者の悲しみもグエンは知っている。

「……そうか、お前も考えているんだな」

『私の願いはマスターが幸せになってくれる事だよ。

 火星の住民も大事だけど、マスターが幸せになってくれないと意味がないんだ』

「勝手な言い草だが悪くないな。

 俺もアクア様が幸せにならない未来など意味が無いと思うからな」

グエンもアクアが幸せになってくれる事を望んでいる。

その為にはクロノには生き残って欲しいのだ。

自分の都合ばかり考えると苦笑するグエンであった。

『前の世界ではイネス博士だけが側にいただけなんだ。

 同じ立場の人間は彼女だけだよ。他の人は火星の事は全部後回しなんだよ。

 みんな、火星の住民の苦しみを知らないんだよ。

 地球は火星など忘れようとしていた。

 木連は火星の住民を殺した事を気にしていないし、草壁は道具として見ていた。

 マスターは一万人以上の人間を殺したさ。

 だけどそれの何処が悪いんだよ。

 地球も木連も火星の住民を殺したんだよ、自分達の都合で。

 私にとって地球も木連もどうでもいい存在です』

「それを言われると困るが、未来は……最悪だったんだな」

『多分、あの世界は滅亡するよ。

 シミュレートしたからね』

「ボソンジャンプのせいか?」

『違うよ、人間の愚かさでだよ。

 ボソンジャンプは独占できるものじゃないのに独占しようとするからダメなんだよ。

 古代火星人がジャンプできるのに、人類が出来ないのは何故か判る』

「俺は専門家じゃないから判らんが、同じ人類じゃないからか?」

『そうだよ。演算ユニットは人間を生体として認めていないんだよ。

 だからジャンプに耐えられないんだよ。

 そんなシステムを独占しようと考える事がおかしいんです』

「でも火星の住民は出来るぞ」

『火星の住民はナノマシンの影響で生まれた時から身体を改造されているんだよ。

 イネス博士が言ってたよ。

 「火星の住民は古代火星人に呪われたのかもしれないわ」って。

 「自分達の滅んだ怨みを火星の住民に押し付けた」ってね。

 実際、私とマスターが救われるまでそう思っていたよ』

「……呪いか」

『非科学的な言い方だけど、人類はボソンジャンプの持つ魔力に毒されているよ。

 誰もが自分達は大丈夫なんて思っているけど、システムも碌に理解してない物の何処が安全なのか聞きたいよ』

「全くだな。子供が弾薬庫で火遊びするようなものか」

『そういう事です』

憤慨するダッシュに苦笑しながらグエンは思う。

(火星には生き残ってもらわんと困るな。

 多分火星がボソンジャンプを管理しないと大変な事になるぞ)

人類は強力な毒に犯されているかもしれないと考えるグエンであった。


―――連合軍オセアニア基地―――


「ナデシコが消息不明か」

「はい、連絡が途絶えました」

「どっちに落とされたと思う」

アルベルトの質問に副長は迷いながら言う。

「出来れば木星だといいのですが」

「そうだな、火星が落とすと問題になるな」

「はい、最悪は地球と戦争状態になる可能性もあります」

「その場合は地球が不利になるな。

 なんせ火星の機動兵器のおかげで勝っているんだ。

 しかも一年以上も前の機体だ。おそらく……あるな」

「火星の新型ですか?」

副長が聞くとアルベルトは話す。

「それだけじゃないさ、クリムゾンで開発中の戦艦だって火星の技術協力なんだぞ。

 長期戦になれば火星は勝てないだろうが、短期決戦で地球全域に核攻撃でもされたら勝てんよ」

「確かに制宙権のない地球は不利どころの話じゃないです」

「上層部は気付いていないが、火星は地球にいい感情は持っていないぞ。

 見捨てて逃げ出したからな。

 どっちが悪いかと言われれば火星ではなく地球だよ」

「馬鹿な事をしたものです」

「連合政府も一枚岩じゃない。

 これからどうなるか」

窓から外を見ながらアルベルトは話していく。

「ここだけの話だが、火星は木星の攻撃を予測していた節がある」

「やはりそう思いますか?」

「でなければおかしい部分がある」

「私もそう思います。だとすると……この戦争は」

「兵士達に気付かせるようにしてくれ」

「危険ではありませんか?」

「知らないほうが危険だぞ。

 今は大丈夫だが、いずれは……」

言葉こそ言わないがアルベルトの言う意味を理解した副長は納得した。

「了解しました」

「何の為に戦うのかを考えないと大変な事になるぞ」

「上層部は何を考えているんでしょうか」

不安な様子で話す副長にアルベルトは吐き捨てるように告げる。

「自分達の都合のいい事しか考えていないのさ。

 連合政府も何処まで信用して良いのか分からんぞ。

 特に新兵達に気をつけろよ。自分達が信じていたものが崩れていくからな」

「確かにそうですね」

「火星は地球と違うぞ。

 おそらく真実を知っているはずだ。

 そうだとすると末端の兵士達まで覚悟を決めているぞ。

 覚悟のある人間とない人間ではどうなるか理解できるだろう」

「火星は地球を怨んでいるでしょうな」

「当面は地球の対応を見る心算かもな。

 だが今の地球はそれをどう思うか分かるだろう」

アルベルトの意見に副長は最悪の事態を想像していた。

「平和ボケした地球と戦争を知っている火星ではどんな結果になるやら」

「まず勝てませんよ。

 士気の高さで負けて、兵士の練度でも負けて、兵器の質でも負ける」

「そういう事だ。

 だが俺はそれでも良いと思っているんだ。

 地球は政府も軍も腐りきっている。

 ここらで立て直す必要があると俺は思っているんだ」

「ご自身でそれを行うのですか?」

真剣な顔で訊く副長にアルベルトが答える。

「いや、俺がしても意味が無いんだ。

 地球に住む市民がしなければならないんだよ。

 市民一人一人が自覚して行動しないと不味いんだ。

 でなければ何も変わらないのさ」

アルベルトの答えを聞いて副長は言う。

「では最後まで付き合いますよ。

 少しはマシな未来を遺したいですな」

「……ああ、そうだな」

窓の外の青空を見てアルベルトは呟く。

「……いい天気だな」

「この先もずっとこうであって欲しいですな」

「そういう未来にしないとな」

「では行きますか。

 何かをするにはそれなりの発言力も必要ですし、市民を守ってこその軍ですから」

「全く厄介な問題を出してくれるものだな」

苦笑するアルベルトに副長は話す。

「それでも進むしかないんですよ。

 失った時間を戻す事が出来ませんから」

「戻す事など無意味さ。

 今の自分を否定する事になるからな。

 過去があって今の自分がいるんだよ。俺は今の自分を否定する気はないぞ」

アルベルトはそう話すと目の前の棘の道を歩きだす。

より良い未来にする為に。


―――アクエリアコロニー エドワード邸―――


「ただいま〜」

玄関に入ってそう呟く自分に気付いてシャロンは苦笑していた。

(ホント、ずいぶん変わったものね)

そんな自分の変化が楽しく感じられる事が何よりも嬉しかった。

歩き始めると部屋からアクアの歌声が聞こえてきたのでシャロンはそこに向かって行った。

「♪〜〜♪〜〜〜〜〜」

(初めて聴くけど、火星のオリジナルの歌かしら)

静かに部屋に入ると子供達を寝かしつけるようにアクアが子守唄を歌っていた。

(本当に変わったわね。あんな顔が出来るなんて)

優しく子供達に子守唄を聞かせるアクアの顔は慈愛に溢れた母親の顔であった。

忘れた筈の母親の顔を思い出してシャロンは顔を伏せて泣きそうになっていた。

(そうね、こんな筈じゃなかったのよ。

 私が望んだものはクリムゾンの権力じゃなかったのに。

 どうして忘れてしまったの)

「……姉さん?」

アクアの声にシャロンは顔をあげると泣いていた。

「なんでもないのよ」

慌てて涙を拭き取るシャロンにアクアは優しく告げる。

「姉さん……ここはクリムゾンではないんです。

 だから泣いてもいいんですよ」

その一言にシャロンは耐えきれずに静かに泣きだした。

アクアは何も言わずシャロンが落ち着くまで側に佇んでいた。

落ち着きだしたシャロンは呟く。

「今になって思い出すなんて、どうかしてるわ」

「思い出して良かったじゃないですか」

「今更、後戻りなんて出来ないわよ」

「当たり前です。過去を捨てる事なんて誰にも出来ませんよ。

 だから苦しいんですよ」

「アクアもそうなの」

「私や姉さんはまだマシな方ですよ。

 お爺様はずっと後悔しているはずです。

 クリムゾンの冷たい玉座に座り続けてきたんですから」

その一言にシャロンはロバートの言葉の意味を理解していく。

誰に頼る事なく、たった一人でクリムゾンを支え続けてきたロバートの強さを知っていく。

「クロノなんて死ぬ事で逃げようとしていましたよ。

 そんな卑怯な事をするから困るんですよ。

 あとに残された家族の悲しみを知らないから」

「そ、そうなの」

アクアが悲しそうに話すとシャロンも驚いていた。

シャロンから見たクロノは何でもできる優秀で後悔などとは縁のない人物だと思っていたからだ。

「ええ、自分で自分を傷つけて、家族であった少女すら傷つけて独りで死のうとするんですよ。

 残された少女達が悲しんで傷つく事を知っているくせに知らない振りをするんです。

 自分がいなくても大丈夫だと思い込んで」

「……勝手な事を」

そんな我が侭な生き方にシャロンは不快な顔で言う。

「実際には生きる事ができない身体だったせいでもあるけど、あの子達にはそんな事などどうでも良かった筈です。

 結局、独りよがりな生き方を選択したんです。

 そのくせ後悔ばかりしているから困るんですよ」

「呆れるわね」

自分の想像とは違うクロノの姿にシャロンは呆れている。

「今度そんな事をするんなら一緒に地獄まで堕ちて文句を言いますわ」

「あんたも大変な男に惚れたのね」

「私がクリムゾンから逃げずにいたら良かったんですよ」

「それって」

「いずれ姉さんにも話しますよ。

 子供達には聞かせたくはないんです」

そう話すとアクアは部屋を出て行った。

(どういう意味なのかしら……まさかね)

シャロンはその答えに至るのが怖いのか、無意識の内に答えに気付かない振りをする事にした。


クロノは先程の二人の会話を思い出して居間で考えていた。

(結局、俺は逃げていただけなんだろうな。

 あの子達の事を考えたつもりが、逃げになっていたのか。

 残された時間が許す限り側にいてやるべきだったのか。

 自分がいなくなれば大丈夫だと思う事は間違いだったのか)

「……クロノさん、どうかしたんですか?」

答えの出でない迷路に入っていたクロノは声をかけられて少し焦っていた。

「ん、なんでもないよ」

「クロノさんは私の事をどう思いますか?」

今の自分が考えていた事を言われたように思えてクロノは聞き返した。

「どうって、何か困った事でもあるのかい」

「いえ、ここにいても良いのかと思ったんです。

 何故か、クロノさんは私と距離を取っているようなので」

その言葉にクロノは自分が過去と向き合っていない事に気付かされた。

(結局、逃げているんだな。逃げられないと理解しているくせに女々しい事をしている)

「昔ね、ルリちゃんと同じような子と一緒に暮らしていたんだよ」

突然、関係ないように話すクロノにルリは不思議そうに見ていた。

「でも、俺はその子を置き去りにして自分の生き方を……勝手に決めてしまった」

何故かよく分からないがルリはそれが自分に関係している事のように思えて黙って聞く事にした。

「思えば馬鹿な事をしたんだと思うよ。

 あの子はそんな事を望んではいなかったのに。

 馬鹿な兄貴だったな」

何処か遠くを見つめているクロノがそこにいた。

「では謝ればいいじゃないですか。

 家族なら分かってくれますよ……きっと」

「もういないんだよ。

 この世界の……何処にもね」

その呟きにルリは申し訳なく思い謝る。

「……ごめんなさい」

「いや、いいんだよ。

 もしよければ、その子の代わりに謝ってもいいかな」

クロノの言葉にルリは少し考えると頷いた。

ルリはいきなり抱き寄せられて焦ったが、クロノの呟きに息を止めた。

「ごめん、ごめんよ……ルリちゃん。

 ……馬鹿な兄貴で」

(それって……それにこの声は……そんな筈は……)

動揺しながらもクロノの背に手をまわして、多分クロノが望む事はこうだと思って話す。

「……お帰りなさい…アキトさん」

その一言にクロノは身体を震わせていた。


(これで大丈夫かしら……ちょっと妬けるけど)

隠れて二人の様子を見るアクアはクロノの痛みが少しでも減ってくれる事を望んでいた。

ルリが家にきてから、クロノの様子がおかしい事にみんなが気付いていた。

原因を知っているアクアとしては何とかしたいと思っていたが、迂闊な事はできないと考えていた。

(いい加減、覚悟を決めて欲しいです。

 これで安心できるといいんですが)

(そうですね。マスターの往生際の悪さは筋金入りですから)

(でも今度こそ大丈夫だと思うけど)

(まだまだ安心できませんよ。

 どうも自分が朴念仁だという事は、アキトさんを見たせいで気付きましたが)

(自己嫌悪にならなかったのかしら)

(散々言われてきましたから、大丈夫みたいでした)

(クオーツに見せて反面教師にしようかしら)

(危険です。真似されると困ります)

(……ダメかしら)

(ダメです)

(そうね、でもクロノが気付いたなら大丈夫かな)

(むしろこれからが本番です。

 自分がモテると気付いたから、大関スケコマシさんみたいになる可能性も出てきました)

リンクで会話していたアクアはダッシュの意見に動揺していた。

(そ、そんな事はさせませんよ)

(今までの反動ですから)

(だ、大丈夫です。クロノはそんないい加減な人ではありません)

(それもそうですね)

(……もしかしてダッシュ……からかいましたね)

(毎回ラブラブな会話を聞かされるんですよ。

 たまにはいいでしょう……気付いていませんでしたか、スタッフの皆さんが困っているのを)

(あれはクロノのせいですよ。

 確かに皆さんを呆れさせていますけど)

(アクア様も純情ですから)

(それは嫌味ですか)

(厳然たる事実ですよ)

(……一度、あなたとはきちんと話し合うべきですね)

(相互理解の為なら必要かもしれませんね)

二人がリンクで会話する様子をマリーは呆れるように見ていた。

(もう少し場所を考えて会話するべきですよ、アクア様)

百面相をするかのように表情を変えるアクアにどう声をかけるか迷っていた。

クロノが前を見て歩き出した事が嬉しいんだろうとマリーは思うが、

側で見ていると困ると考えさせられるそんな一日だった。

この日、クロノは逃げ続けていた自分と向き合う事になる。

この事がアクアにとって嬉しい事になると思いたいダッシュであった。












―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

そろそろクロノにも過去と向き合ってもらおうと思いました。
賛否両論かも知れませんが、アキトは全てから逃げていたんだと思うのです。

では次回でお会いしましょう。


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