歴史は変わっていく
この先どうなるかは分からない
だが俺達は生き残る為に戦う事を選択した
後悔はないかと問われれば迷うが
今を全力で生きていこうと思う
僕たちの独立戦争 第三十話
著 EFF
「ば、馬鹿な……」
画面に映る光景に草壁はその一言を言うだけで精一杯だった。
士官達は声も出ずにその光景を見ていた。
(やはり源八郎の言った通りになったな。
木連は敗北するのか)
白鳥九十九はその光景を見て最悪の事態を想像していた。
ユーチャリスUのブリッジでアクアは指示を聞きながらシステム掌握の準備を始めていた。
「マーズコロニーへ侵攻する部隊に砲撃を始めて下さい」
『おう任せろ。レオ、タウラスはユーチャリスTの砲撃に続いてくれ。
では反撃の狼煙を上げるぞ』
シュン・サワムラの指示を聞いた砲撃手はユーチャリスTの主砲を発射した。
それに続くように重砲撃艦レオ、タウラスの砲撃も始まった。
マーズコロニーへと侵攻する部隊は軌道上からの連続砲撃にフィールドを削られて撃沈していく。
『よっしゃ―――!
この地域に存在する敵艦を足止めするぞ!
木連の旗艦を狙えよ。指揮系統を混乱させて行動を妨害するぞ』
シュンの指示に三隻は砲撃を続けていく。
「こちらも砲撃を開始します。
目標は旗艦を中心に攻撃します。敵の旗艦を落とせば指揮系統に乱れが生じます。
そうなれば動きを封じる事も可能です」
アクアの指示を聞いたスタッフはアクエリアコロニーへ侵攻する艦隊の旗艦を目標にして砲撃を開始する。
「ダッシュ、各部隊に連絡して予定通り旗艦とチューリップの撃沈をするようにと」
『了解しました』
「ハーメルンシステムスタンバイ!」
『ハーメルンシステム起動シークエンス開始します。
各コロニー、各戦艦の中継機の準備を始めて下さい』
ダッシュの指示に従い火星全域で作業が始まっていく。
この戦いで木連の無人兵器を全て押さえて火星で使用するのだ……戦力差を少しでも穴埋めする為に。
(本当は最初に使えたら良かったけど)
アクアは準備をしながらこの状況を見ていた。
当初はすぐに使う心算であったが、木連に敗北という形を見せないと不味いとレイが話したのだ。
「きちんとした形で敗北を見せないと何度でも部隊を火星に侵攻させますよ。
それに新兵にも経験を積ませたいのです、この先の為に」
それに関してはアクアは文句を言う気はなかったが、人が死ぬ場面を見るのは嫌だった。
(叔父様もこんな気持ちに折り合いをつけて、戦場を見ているんだろうな)
理想と現実に折り合いをつけるエドワードをアクアは立派だと感じていた。
(後悔する事もあるけど、一度決めたら泣き言一つ言わないところは見習わないと)
この瞬間も苦悩しているがそれを見せないエドワードを思い浮かべて、
自分もクロノを支えていきたいとアクアは思っていた。
信じられない光景を見せられていた。
ナデシコのブリッジで火星の状況を見つめていたクルーは驚いていた。
「ちょ、ちょっと待てよ!
そりゃ反則だぞ、そのサイズでグラビティーブラストは」
ウリバタケの叫びにクルーも頷いていた。
新型の機動兵器エクスストライカーが放つ攻撃は今までの常識を打ち壊すものだった。
「な、何が起きた?」
「馬鹿な! あれはボソンジャンプ!?」
ゴートとプロスの声が重なるようにブリッジに響いた。
別のウィンドウに映る光景にゴートとプロスは別の意味で驚いていた。
ゴートは突然現れた機体に驚き、プロスは火星が本当にボソンジャンプを実用化している事に驚いていた。
ジャンプゲートを使用して木連艦隊の後方に出現したレオンの部隊は旗艦へと強襲する。
無人艦隊は突然出現した部隊に混乱しながらも防御しようと行動する。
「さて、木連を火星から追放するぞ!」
レオンの声にパイロット達は頷いて目の前の艦隊に攻撃を開始した。
「目標はチューリップと旗艦だ!
俺達はボソン砲を撃つ部隊の露払いをするぞ」
五機で四つの編隊を組んで突入するレオンの部隊はグラビティーブラストで無人機を掃討した。
第一部隊であるレオンの攻撃が終わると次の部隊が再びグラビティーブラストを放つ。
さらに第三の部隊がグラビティーランチャーでピンポイントの砲撃をして射線上の戦艦を撃沈する。
そして第四の部隊がボソン砲でチューリップと敵旗艦を内側から破壊する。
この攻撃は後に火星の標準的な戦術としてマニュアル化されていく。
「無人機は無視しろ!
広域放射のグラビティーブラストで敵の足止めをするぞ」
戦況を把握しつつ、レオンは部隊に指示を出していく。
エクスストライカーのフィールドアタックに無人機は次々と撃破されている。
ブレードストライカーを遥かに超える戦闘力を持つエクスストライカーの初陣であった。
ブリッジは信じられない事が連続で起きていた。
「私達さ、何で生きてるの?」
ヒカルの呟きに誰も答える事は出来なかった。
「う、嘘だろ。死、死ぬ気か―――!!」
リョーコの叫びに全員がそのウィンドウを見ると、
たった一機の鷹に近い形状の戦闘機が一機でチューリップ五隻を目指して、大規模な艦隊に突っ込んで行った。
その機体を撃破すべく砲撃を開始する艦隊を嘲笑うように、その機体は砲撃を回避していく。
そして翼と足の部分からのディストーションブレードから伸びる刃で、戦艦を切り裂きチューリップへと突き進む。
そしてグラビティーランチャーでチューリップを撃沈していく。
「あ、分離した」
「ま、まさにゲキガンガーだぜ!
俺にも操縦させろ――――!!」
ガイの叫びと同時に敵の射程から離れて分離後、
再合体した三機は人型になると両腕のブレードから伸びる刃で残りのチューリップと戦艦を切り裂いていく。
それを見ていたクルーの前のウィンドウが突然閉じると全てのウィンドウが閉じていった。
「オモイカネ、どうしたんですか?!
返事をして!」
クルーが振り返るとルリがオモイカネにアクセスしようと必死に操作をしていた。
『ごめんなさいね。
ここからはまだ見せる訳にはいかないのよ』
新しく開いたウィンドウから一人の女性がナデシコに通信してきた。
『久しぶりね、プロスさん。まさか火星に来るとは思わなかったわ』
「お久しぶりですね、イネス・フレサンジュ博士。
これは博士の発明したものですか?
これ程の戦力が火星にあるなんて驚きですよ。見ていましたが信じられないですよ」
プロスがその女性――イネス・フレサンジュ――に話しかけるとクルーも注目していた。
『そうでしょうね。火星はテンカワファイルによって極秘で研究し、開発に成功したわ。
私はその手伝いを少ししただけよ。
それから私達火星支社の技術者達はここに残るわ。
理由は分かるでしょう……ネルガルを信用できないの』
「……そうですな、私もその選択を選ぶでしょう。
真実の前には地球で生活している彼らにはついていけないでしょう」
穏やかに話すイネスにプロスも仕方がないと思っていた。
『浅はかなのよ、ナデシコ一隻で来るなんて……自分の都合のいい事ばかり考えるからね。
これからネルガルは大変ね、火星からは弾き出されるわよ……まあ自業自得だけど』
「それは仕方ないですね。それだけの事をしましたから助けてもらえるだけありがたいですな」
『そうね、もうしばらくは隠れていて。
あと少しで終わると思うから、それから地球に帰ってもらうわ。
ネルガルが独占しようとして犠牲を出し続けているボソンジャンプでね』
「随分、痛烈な皮肉で帰すんですね。
私としては彼等が驚くのが面白いですが、その後怯えるでしょうな、火星の復讐に」
『いい気味ね、私達が木星にどれだけ命の危険に晒されたか思い知るといいわね。
ホシノさんだったわね、もう少ししたらオモイカネも再起動できるから安心していいわよ』
ルリを安心させるように話すとウィンドウが閉じて、ブリッジは静かになった。
「良い機体だよ。久しぶりに本気で動かしたくなってきた」
ライトニング・ナイトを操縦するクロノは慣れ親しんだサレナ以上の機体を手にして喜んでいた。
肉体のハンデはなくなり万全の状態で戦える事に感謝しつつ、クロノは高機動戦闘を開始する。
闇の王子に新しいパートナーが誕生する。
ライトニング・ナイト―――状況に応じて形態を変える事で対応する機体。
「コイツなら今まで以上に戦えて、みんなを守る事が出来るな」
アクア達家族を思い浮かべてクロノは必ず守ると決意していた。
「チューリップ、旗艦の破壊に成功しました!」
ユーチャリスUのブリッジのオペレーターからの報告を受けて、アクアは宣言する。
「ではハーメルンシステム起動します。
ラピス、セレス、クオーツ、ママに力を貸してね」
「「「うん」」」
『ハーメルンシステム起動します、アクア様』
三人の子供達のバックアップを受けてアクアは火星全域にシステム掌握を開始した。
『アクア、約束通り協力します』
「ありがとう……ごめんなさい、オモイカネ」
アクアはオモイカネに申し訳なく思って謝るが、気にしないようにとオモイカネは言う。
このシステム掌握はまだネルガルに知られる訳にはいかないのだ。
オモイカネに迷惑をかけるが、子供達の為だと言い聞かせてアクアは作業する。
「な、何が起きた!?」
画面が乱れ始めて砂嵐のような画面になると草壁は叫んだ。
士官達も慌てて無人兵器に指示を出すが返事はなかった。
「返事はありません。おそらく……」
士官の一人が草壁に告げると、
「馬鹿な事を言うな!
艦隊に指令を出し続けろ!」
状況を認めたくない草壁は叫んでいた。
「閣下、我々は敗北したのです」
白鳥九十九が草壁に告げると士官達に動揺が広がっていた。
「馬鹿を申すな!そんな事あるはずが……」
九十九の声に感情的に反論したかったが、状況を考えると事実だと理性が告げていた。
士官達も落ち着きだすと九十九の声に何も言えずにいた。
沈黙の続く会議室の扉が開くと、
「どうしたんですか?」
秋山が報告書を持って入ってきた。
注目された秋山は気にせずに草壁に防衛計画書を渡す。
「もう勝ったのですか?
見事な勝利ですな」
皮肉とも言える言葉に誰も答えることが出来ないでいた。
「では作成した計画書も無駄になりましたが、良かったですよ。
最悪の事態を回避できたのですから」
その一言に士官達は焦り始めた。
最悪の事態とは火星の報復攻撃の事だからだ。
「残念だが源八郎。我々は……敗北したんだ。
だから火星の報復攻撃に備えないと不味いんだ」
「……嘘だろ?
だって楽勝だと全員が話していたんだぞ」
秋山の声に全員が顔を伏せていた。
「では防衛計画を再度変更してもよろしいですか?」
「どういう事だ、変更とは?」
草壁が秋山に問う。
「敗北した以上、火星が報復する可能性があります。
幸い海藤大佐の部隊が火星方面の哨戒を終えて、帰還してきました。
その部隊も入れる事で防衛体制も強化したいのです」
秋山の要望に草壁は戦力の不足を痛感していた。
「分かった。それは秋山君に任せよう。
現状の戦力で防衛は出来るのか?」
「港湾施設の防衛が出来なければ、我々の敗北です。
遺跡からの供給が出来ない状態で戦争を行ったツケが出て来ました。
遺跡にまた核を撃ち込まれたら食料の供給もできなくなります」
その言葉に草壁は事態の深刻さを理解していた。
その声に士官達の動揺が始まり、周囲にが喧騒が溢れ出した。
「……秋山くんはどうするかね、この状況をどう思うかね」
草壁の問いに秋山は答える。
「どうしましょうか、和平は無理でしょうから……降伏しますか?
その場合、閣下と我々全員の命で許してくれると助かるのですが……難しいですね」
その一言に自分達の死を士官達は知り動揺していた。
「そんな事は出来んよ、我々の正義が負けるはずがないのだから。
……そうこれは間違いなんだよ!あってはならない事なんだよ!!」
机を叩き草壁は叫んだが、
「現実はここにありますよ、我々は火星の恐るべき罠に陥り敗北したのです。
彼らはこの為に一貫した戦略で戦い、我々は無策のまま彼らの前に立って敗北したのです。
これから彼らは木連に反撃するでしょう、木連市民が殺されていくのですよ。
完全な防御など出来ないですからね。まあ当面は我々軍人の頭上に核の火が落ちますかな」
淡々と話す秋山に周囲が沈黙し、これから起きる報復に恐怖した。
「まだだ、我々には優人部隊がいるではないか!
ジンシリーズがあれば恐れるに足らん。
最後に勝つのは我々木連なのだよ」
「そうですな、切り札の優人部隊を忘れていましたよ。
閣下申し訳ありません。自分も動揺して少し弱気になったみたいです」
草壁は頭を下げる秋山に言う。
「気にしなくてもいい、私も動揺していたみたいだ。次からは気をつけてくれたまえ」
(優人部隊だけでは勝てませんよ、さてどういう結末になるのか。
とりあえず海藤さんに相談して、防宙態勢の強化と火星の戦力の分析を始めるか)
頭を下げながら秋山は次の手をどうするか思案していた。
「無事、作戦は終了しました。
私達、火星の大勝利です」
レイの宣言に指令所は沸きかえっていた。
「何とか生き残ったな」
「はい、とりあえず火星の解放が出来ました」
エドワードとグレッグが握手をして作戦の成功を喜んでいた。
『破壊したチューリップの回収を含めて、これから忙しくなりますよ。
地球への独立宣言と宣戦布告をしますから』
『悪いがエドワード、一段落着いたら地球に行かなければならなくなった』
『何かあったのか?』
『実はダッシュの報告でマシンチャイルドの非合法実験施設を発見した。
俺は生存者がいるのなら救出したいんだ、レオン』
その言葉にレオンは不快な顔になる。
二人の子供達の事を知る者は誰もが同じ様になっている。
「そういう事ですか……仕方ないですね。
分かりました、こちらの方は私達でなんとかしますよ」
「そうだな、書類は残しておくから早めに帰って来い」
『システムの変更が終わるのが三日掛かるので、その後で私達は地球に行きます』
『状況にもよりますが、準備は既に完了しています。
後はマスター達が襲撃するだけですよ』
『そうか、じゃあ火星に帰って来る時はセレス達もお姉さんになるかもな』
『一緒にいっちゃダメなの、パパ』
『残念だけどみんなは火星でお留守番よ。
ルリちゃんに火星での生活を教えてあげてね』
『まかせて、ママ!
わたしがお姉ちゃんに火星の事を教えてあげるから』
『あ――――!
ずるいよ、ラピス。わたしがしたいのに』
『クオーツはどうするんだ?』
『どうしようかな、みんなも心配だし』
『みんなって誰かしら?』
アクアが不安そうに聞く。
この通信を聞いていたスタッフも真剣な様子で見ていた。
(直っているのか、それとも……)
一部のスタッフでは賭けの対象になっているのだ。
……アクア達がクオーツの朴念仁が改善できるのかが。
そんな雰囲気など知らずにクオーツは言う。
『サラちゃんにミリアちゃんにそれに……………』
クオーツが告げる女の子の名前にアクアは眩暈を感じていた。
『それに僕の最初の男の友達のカイくんも』
(増えてるけど男の子の友達も出来たんだ。それを良しとしようか)
聞いていたスタッフは多少は改善できていると思いたかった。
(……ダメかも知れない。いえ、諦めないわ)
アクアは崩れそうな意思を奮いたたせていた。
そんなアクアの様子にエドワードは思う。
(気を付けないと、サラが苦労するかもな。
ジェシカに相談しておくか?)
アクアのように娘が未来で苦労する事がないように対策が必要だと思い始めた。
……エドワードも親馬鹿なのかもしれない。
「では皆さん、作戦は終了しましたので帰還して下さい。
明日より次の準備をしますので、今日はゆっくりと休んでください」
レイが全員に告げると各自基地へと帰還していった。
第二次火星会戦は計画通り、短期で終了した。
この作戦で得た無人兵器はソフトを変更して木連より効率良く動いていく事になる。
火星は最大の問題である戦力不足を解消する事に成功した。
……その事を木連も地球も知らない。
「今なら逃げられると思いますか?」
「やめときなさい、艦長。向こうはずっと監視しているわ。
迂闊な行動は禁物よ。万全の状態ならともかく今のナデシコは火星の重力圏を抜けるまでに撃沈されるわよ」
ジュンの質問にムネタケが答えるとブリッジに光が溢れて二人の人物が現れた。
ゴートが動き出そうとするのをプロスは手で制して状況を把握しようとする。
一人は今まで行動を共にしていたアクア・ルージュメイアン。
だがもう一人の人物は初めて見る顔だった。
紅銀の髪で表情を覆い隠すように大きなバイザーを着けている。
黒い軍服を身に纏いマントを着けている、ちょっとどころか、かなり怪しい人物だとクルーは思っている。
(誰だ?)
「オモイカネ、約束通りルリちゃんを迎えに来たわ♪」
クルーがその青年に注意を向けている間に、アクアの弾んだ声に沈黙していたオモイカネは再起動して答える。
『はい、アクア♪』
アクアは呆然とするクルーを気にせずにルリに近づいて抱きしめて話す。
「これからは火星でみんなと一緒に生きていきましょうね。
ここで人として幸せになりましょうね、ルリ」
呆然としていたルリもアクアの話した内容に気付くと、混乱しながらもアクアに聞く。
「みんなと一緒ですか?」
「ええ、ラピスもセレスもクオーツも待っているの……貴女が家族として来るのを」
その言葉を聞いてルリは何故か胸が温かくなってきた。
「あ、あれ、変ですね。
どうして泣いているんでしょうか?」
自分の頬を濡らしている涙に気付いてルリは拭おうとするが涙は止まらなかった。
そんなルリの様子にアクアは微笑んで言う。
「人ってね、嬉しくても泣く事が出来るのよ」
その一言にルリはアクアに抱きついて泣いていた。
アクアはルリの背を優しく撫でて、ルリの思うようにしていた。
「さて、オモイカネ。
ナデシコをアクエリアコロニーへ移動させようか」
二人を見つめながら笑みを浮かばせながらもう一人の青年はサブオペレーターシートに座って告げた。
『はい、いつでもよろしいですよ』
その様子に再びゴートが動こうとするが、プロスが手で止めて尋ねる。
「あなたがクロノさんですか?」
「そうだ、アクアと同様に廃棄処分されて死ぬはずだった存在だ。
残念だがプロスペクター、ネルガルの非合法実験施設を発見したんで俺達はそこを攻撃する予定だ。
邪魔をするなら……」
(これほどの人物を敵に回したのか)
淡々と話しながら殺気を放出するクロノにブリッジのクルーは押し潰されそうな重圧を受けていた。
「クロノ、そこまでですよ。
皆さんが怯えていますから」
その一言でクロノは殺気を消してしまうが、息がつまっていたクルーは呼吸を乱れさせていた。
「一つ聞きたいのですが、最初からナデシコを拿捕する心算だったのですか?」
「正確にはルリちゃんをネルガルから解放する事が目的でした。
大事な妹を救い出したかっただけです」
「そういう事だ。俺達は道具じゃないんだ。
自分の生き方は自分で決める……ただそれだけだ」
その生き方を貫く為に相当の苦労をしてきたのだろうとプロスは感じていた。
(会長、先代の遺した負の遺産が形を持って報復してきますよ。
一応、努力しますが期待はしないで下さい)
自分を遥かに上回る戦闘力を持ち、
およそ情報戦では無敵の強さを発揮する二人にプロスはネルガルが潰されない事を祈っていた。
ナデシコはクロノの操作でアクエリアコロニーへ寄港して修理を受ける事になった。
―――ネルガル会長室―――
「……通信が途絶したか?」
アカツキが呟くと報告したエリナも沈黙していた。
「やはり、あの艦長ではダメだったか」
「そうみたいね、ナデシコの信号も途絶えたから撃沈された可能性も出てきたわ」
状況を報告するエリナも渋い表情で話す。
「強引に火星に降下して木星蜥蜴の攻撃から逃げた事は確認しているけどその後は不明よ。
通信もそこまでしかないわ」
「報告では機動兵器の新型は確認したみたいだけど、この分じゃ戦艦もあったみたいだね。
どうやら火星の罠に嵌ったな」
「副提督のおかげで軍と衝突してないから良かったけど、火星からの抗議は確実にあるわね」
「そうだね。でも大丈夫じゃないかな。
大事にはならないだろう。連合も火星の独立には反対しているから」
「そうよね。いくら火星といえど地球と戦争する気はないでしょう。
抗議するのが精一杯ね」
二人は内心の不安を隠すように会話するが、状況は切迫している事に気付いていなかった。
―――クリムゾン会長室―――
「いよいよ本番ですな」
「はい、木連と火星の事を知らない市民に真実を教える日が来ました。
そして地球に決断を迫る時になりました」
ソファーに座っているロバートとタキザワは楽しそうに話していた。
「ジャンパー処理の問題も一部は解決できました。
まだまだ問題はありますが、B級ジャンパーへの調製は完全にできそうです」
「やはりA級は難しいですか?」
側に控えていた秘書が訊くと、
「戦争のおかげで、人員を回せないので研究が進まないのが現状です。
幸いにも条件に関しては重要な手がかりを得られました」
「それはアクアの事ですか?
あの子がC級からA級に変わったのなら、そこに重要なヒントがあるのですな」
「やはりわかりますか」
「ええ、ですがあの子をどうこうする気はありません。
ボソンジャンプの危険性を理解したからには独占する気はなくなりました」
野心は今もあるが人類が滅亡する危険性に手を出す気はロバートにはなかった。
その事はタキザワも理解していたので二人は苦笑していた。
「連合政府の対応を考えないといけません。
なんせ都合のいい事しか考えない者が多いから大変です」
そんな二人の様子から話題を変えるべきだと思った秘書は次の問題を話す事にした。
二人のその意図に従って次の話題へと移った。
「ナデシコの拿捕に成功しましたので、予定通り作戦を始める事になりそうです」
「ではこちらも準備を始めないといけませんな」
「それとは別にアクアさん達が一度地球に来る事になりそうです。
ネルガルのマシンチャイルドの非合法実験施設を見つけたそうで」
「……まだありましたか」
「……はい」
覚悟していたとはいえ、聞かされるとロバートも秘書も何とも言えなくなった。
「助かる子供がいると良いですな」
「そうですね」
「こちらからも人員を派遣しましょうか?」
「いえ二人で行うそうです。
ネルガルにマシンチャイルドの報復と思わせるみたいです」
秘書の意見にタキザワが二人の考えを告げるとロバートはそれ以上は言わない事にした。
(自らの手を血に染めてでも行動する……か。
アクアもまた道を見つけたんだな)
一人で歩き始めたアクアを嬉しいような寂しいような何とも言えない思いでいた。
(ならば、わしも自分もやり方で援護してやるか)
「ではタキザワさん、我々も準備を始めましょう。
これからが我々の戦いの始まりですな」
「はい」
二人は表情を引き締めると火星と地球の状況を話し合い、地球に一つの決断を迫ろうと考えていた。
この事がこの戦争が蜥蜴戦争から火星と木連の運命を変える事になるとは誰もまだ知らない。
―――アクエリアコロニー行政府―――
(絶対オペレーター用のIFSをつけるわ)
シャロンは書類を決裁しながら決意していた。
現在、行政府は戦争終了の宣言から大忙しだった。
コロニー自体は被害はないが、事後処理は山積みだった。
「姉さん、これの決裁をお願いしますね」
横ではアクアが涼しい顔で自分の倍以上の仕事をしていた……IFSによる電子書類で。
「あんたねえ、これ以上増やさないでよ。
私を殺す気なの」
アクアがシャロンの机に回す書類を見てシャロンは怒っていた。
「でも他の皆さんに回すと潰れそうですから」
周囲を見るとスタッフは泣きそうな表情でシャロンを見ていた。
彼らも同じ様に書類の山に……埋もれている。
「だからってねえ、私も手一杯なのよ」
「急ぎじゃありませんよ。
私が戻るまでの分を回しただけです」
その一言にシャロンは聞く。
「何処に行くのよ?」
「地球に行くんです。
ネルガルの非合法実験施設を襲撃してマシンチャイルドの子供を助けるんです」
アクアが真剣な顔で話す内容にシャロンもラピス達の事を思い出した。
「時々夜に魘されるけど……そんなに酷いの?」
「名前で呼ばれずに番号で呼んでいますよ。
彼らにとっては人間じゃないんです。ただの実験材料なんです。
子供に危険な未調整のナノマシンを注入して苦しませて、死んだら廃棄するような人間しかいないんです。
しかも誰も罪悪感など持っていない人しかいない場所ですね。
人類の発展の為という免罪符を掲げて、平気で子供達を殺していく地獄を具現化した所です」
裏の事を知るシャロンもこれには絶句していた。
そこまで酷いとは思わなかったのだ。
そんなシャロンを見ながらアクアは続ける。
「同じ様な事はクリムゾンでもしていましたよ。
姉さんはまだクリムゾンの闇を全て見てないんです。企業の持つ怖さをまだ知っていないんです。
お爺様が私達に見せないようにしたのも悪いんですが。
私達はクリムゾンから逃げようとしていましたから、見せるのは不味いと判断したんでしょうね」
過去を振り返って話すアクアにシャロンも苦い顔をしていた。
「……あの子達もそうだったの?」
辛そうに聞くシャロンにアクアは頷いていた。
二人は家にいる子供達を思うと悲しくなってきた。
子供を犠牲にしなければならない社会に悔しさと憤りを感じていた。
そして自分がそんな社会の一員だった事を思うと、今更ながらではあるが反省もしている。
自分を信じて甘えてくれる子供達を守りたいと思うのだ。
「未来では生き残った火星の人は草壁の理想の為の犠牲になりました。
このまま行けば火星は地球と木連の両方から都合のいい道具にされます。
それだけは何としても回避する心算です。
姉さんはどうする気か分かりませんが、覚悟だけはして下さい」
アクアはそう告げると退室していった。
残されたシャロンは考えていた。
(覚悟か……お爺様にも言われたけど、私も決断しないといけないわね。
その為にも火星で地球と木連の事を知らないと)
シャロンも自分の進むべき道を探そうとしていた。
彼女もまた未来を見据えて行動を開始する事になる。
(いつになったら終わるかしら、この書類の山……)
当面の問題である事務仕事にシャロンが潰れなければの話だが……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
無事に第二次火星会戦が終了しました。
この先の展開をどうするか、思案中です。
少々強引なやり方でルリをナデシコから引き離したので、ナデシコをこのまま残すか迷っています。
クルーもこの戦争の事実を知り、どう行動させるか考えないと。
では次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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