歴史は歪んでいく
生きている筈のない人物が歴史を変えていく
だが俺はそれで良いと思っている
此処で生きていると思えるからだ
そして今度は家族を守って生き残るのだ
僕たちの独立戦争 第三十七話
著 EFF
「あ〜う〜〜なんで仕事が増えるのよ〜」
ミズハはサセボに着いてから増え続ける仕事に泣き言をいい続けた。
周囲にいるスタッフも増え続ける仕事に上層部を罵っていた。
ミズハは毎日シミュレータールームで対艦フレームのチェックと新型のエステカスタムの調製に明け暮れていた。
しかもそこにウリバタケの考案したフィールドランサーのシミュレート。
更にはナデシコのパイロットの意見を交えた対艦フレームの再調製も加わり、加速度的に仕事が増えていく。
「超過勤務手当てじゃ足りないわよ―――!」
ミズハの叫びにスタッフの意見は統一されていた。
「仕方ありませんな、では明日はお休みにしますので今日は頑張って下さい」
困ったものですと言わんばかりにプロスが仕方なさそうに告げるが、プロス自身も仕事を抱え込んで疲れていた。
ナデシコは整備班とパイロットと主計班を除いて暇だった事も一因だと思う。
ナデシコ自体は穏やかな空気で一杯だった。
何故に?と問いかけたくなるスタッフはかなりハイな状況に陥っていた。
「なんだ、なんだあ〜もうへたばったのか?
根性がなっちゃいねえな〜、整備士魂が泣くぞ〜〜♪」
ウリバタケ率いる整備班だけがハイな状況でも独特のノリで作業を進めている事にスタッフは思う。
(やっぱり天才と○チガイは紙一重なんですね)
ナデシコは一部を除いて阿鼻叫喚の混沌の世界へと突き進んでいった。
「……そう、作業は遅れそうなのね」
『はい、アクアさんの置き土産に加速度的に仕事が増えていますから』
プロスの報告を会長室で聞くエリナは訊ねる。
「……やっぱり嫌がらせかしら」
『…………違うと思いますよ』
一瞬、間が空いてエリナに答えるプロスであった。
「まあ、こっちとしては武装の変更に時間が掛かると軍に説明はしているから大丈夫だと思うよ。
それにエステの改良も軍から言われているから問題はないよ……多分ね」
『連合政府の内部はどうなっていますか?』
プロスの質問にアカツキは一言で答える。
「混沌だね」
「今までのツケをいきなり払わされているわよ。
木連の動きが鈍いから助かっているけど、火星が要求した期限までに返答なんて出来ないわね」
『火星は最初から期待なんてしていませんよ』
「それって」
『時間を稼いでいるんですよ。
おそらく木連との交渉も始めているはずです。
先の通信のように次は火星の仲介で木連の宣戦布告もあるかもしれません』
「そうだね、火星はこの戦争を終わらせる方向にする為に木連に宣戦布告を促すだろうな。
彼らの存在が明らかになった以上、泥沼の戦争へと発展する事は回避できそうだね」
『その通りです。
木連の思惑は知りませんが、地球は勝てると勝手に判断して戦争を始めました。
しかも国家として認めていないし、存在も明らかにしていない。
これでは休戦もできませんよ。
完全にどちらかが滅亡するまでの戦争に発展していきますよ』
プロスが告げる事に二人は顔を引き攣らせていた。
いずれ技術力でも追い着く地球が最終的には勝てるかもしれないが、その時には損害は馬鹿にならないと判断していた。
『もう少し先を読めるようにしていただかないと困るのです。
戦後の事をきちんと計画してもらわないと』
呆れるような声のプロスに二人も困っていた。
「悪かったわよ」
「すまない」
二人とも都合の良い事を考えていたと後悔していた。
『クリムゾンはこれから本気で動き出しますよ。
こっちもきちんと一枚岩で行動しないとドンドン引き離されていきます。
今は互角でもこの先どうなるか』
「そうだね、向こうは完全に一本化してきたよ。
会長が陣頭に立って活動しているよ」
「社長のリチャード・クリムゾンは飾りみたいなものに変わってきているわね。
後継者としては失格の烙印を押されたのかしら」
クリムゾンの変化の報告に二人は手強い相手になる事を懸念していた。
「やっぱりプロス君の言う通り、彼女が後継者になるのかな?」
『それは不明ですが、まだ隠し玉があるように思えるのです。
なんせペテンにかける事は超一流ですから』
プロスの声に二人は冷や汗を掻いていた。
(なんかとんでもない事になるかも)
ネルガルSSのリーダーをペテンにかける人物に自分達が相手になれるのか不安だった。
『いいですか?
必ず正攻法で相手をするんですよ。
罠に嵌めようとしても逆に利用されて自分が罠に陥る可能性もありますから。
真正面から来る相手にはきちんとした対応で来ますが、裏からは苛烈な手段で対抗してきますよ。
私としては部下達を不始末で死なせる気はありませんので』
プロスの注意に二人も焦っていた。
この先、起こりうる事態を真剣に考えておこうと二人は思っていた。
―――オセアニア連合軍基地―――
「……一つ聞きますが、何故クロノさんが其処にいるんですか?」
俺は目の前の状況についていけずに、無意味な質問をしていた。
「何故と言われてもな、子供達に朝食の用意をしているだけだが……変か?」
火星から来た新型艦――トライデント――の厨房でクロノさんはコックとして朝から働いていたのだ。
(動きに無駄がないよな……慣れてるのか?)
食堂の一角には戦艦には似つかわしくない子供用の椅子があり、まだ幼児と言える様な子供達も座っていた。
(何時から此処は保育所になったんだ?)
椅子に座る子供達はクロノさんのほうを見ながら楽しそうにしていた。
側にいるスタッフも気になるのか、何度も視線を向けていた。
(しかもメイドのおばさんまでいるのは何故だ?)
子供達に朝食の用意をしているおばさんに俺は此処が戦艦なのかと疑っていた。
「それではいただきます」
アクアさんが子供達に言うと子供達は手を合わせて、行儀良く食べだした。
(結構食べるんだな)
「朝からボケっとつっ立っているんじゃないわよ」
俺の頭を小突きながらルナが食堂に入ってくる。
「……うそ」
ルナも俺と同じように食堂の異常さに気付いて驚いていた。
「おはようございます、クロノ兄さん」
「おはよう、ルリちゃん」
「ところで……この二人は何をしているのですか?
通行の邪魔なんですが」
「さあ」
「ルリちゃん、気にしちゃダメだぞ。
この二人はバカップルだから相手にすると大変な事になるから」
「それは姉さん達と一緒なのですね」
「そうなのか?」
「はい、傍で見ているとあてられて困っています」
「……大変だな」
「全くです」
呆然と立ち尽くす俺達の側でジュールとこれまた小学生くらいの青みがかった銀髪の少女が話していた。
「ど、どういう事よぉ―――!?」
ルナの叫びを俺は何処か遥か彼方から聞こえたように感じていた。
「朝から叫ぶなよ」
「……悪かったわね」
俺達は肩身の狭い思いをしながら子供達のいるテーブルで朝食を食べていた。
「相変わらず落ち着きがない二人だ」
「ですが、説明を聞けば理解できない事もありません」
呆れていたジュールに、ホシノ・ルリちゃんが俺達を庇ってくれていた。
(いい子だよ……それに比べて……)
「何よぉ?」
「いえ、何でもないです」
ルナに目を向けるとジト目で返された。
「あれが尻に敷かれている男という奴だよ」
「そうなんですか?」
「ジュール!」
「むっ、事実だろう。
シンはダメな奴でな、すぐに熱くなって突っ走るんだよ。
いつもそのフォローが大変でな。
ルナもシンが好きなくせに妙に意地を張って喧嘩ばかりするんだ」
「ちょっ、ジュール!」
「苦労しているんですね、ジュールさん」
「……もう慣れたよ」
「ジュール兄さん、これあげるから頑張ってね」
「セレス、好き嫌いはいけませんよ」
「う〜〜、ルリお姉ちゃんの意地悪〜」
ジュールに自分の嫌いなセロリを食べてもらおうとしたセレスちゃんにルリちゃんは注意している。
(しっかりしているな、それに比べて……いや、よそう)
ジト目で俺を見るルナに気付いて、俺は子供達を見ていた。
(みんなが金色の瞳なんだよな。つまり全員がマシンチャイルドって呼ばれる存在か……)
昨日のクロノさんの言葉を思い出して、なんだか悲しくなってきた。
(ミアより幼い子供を道具として扱うのか……人って……何なんだよ?)
「また余計な事を考えているな、シン。
お前はまず自分の事をしっかり考えてから他の事を考えろ。
自分の事も満足に出来ない人間に他人の事をどうこうする資格はないぞ」
「だけどなっ」
「ではどうする心算だ?」
まっすぐに俺に顔を向けてくるジュールに俺は何も言えなかった。
「これも現実なんだよ。
幸せはな、何かの犠牲の上に存在しているのさ。
今、俺達が食べている食事がいい例だな。
動植物の犠牲があるから俺達は生きていられる。
だから出された食事は残さずにきちんと食べるんだぞ」
ジュールは俺から子供達に諭すように話していた。
子供達もそれぞれに答えると残さずきちんと食べていった。
「いいお兄さんになれそうですね」
俺達の会話を聞いていたアクアさんが楽しそうにジュールを見ていた。
(あっ、ジュールが照れてる……嘘だろ?)
何か信じられないものを見せられた俺とルナであった。
どこにでもある普通の日常の1コマだと俺とルナは思っていたが、
後に子供達の過去を知るとその光景が如何に大事なものかと知った。
世界は美しくも醜いものであると誰かが言っていたが、それは真実だと言う事を俺とルナはまだ知らなかった。
「さて、ジュール君。
昨日、説明したように君の身体の治療を始めるわね。
まず君のナノマシンを取り出して解析する。
そして悪性ナノマシンを作り変えるナノマシンを作成して体内に入れてお終い。
それで補助脳の大きさも元に戻ってIFSの機能も正常に戻るからオペレーターとしてもやっていけるわよ」
(なんでこんな簡単な説明が三時間も掛かるんだ?)
ジュールは目の前にいるイネス・メイフォード博士に聞きたかったが、また説明されると思うと嫌なので止めた。
「メイフォード博士、時間はどの程度掛かりますか?」
「イネスでいいわよ……そうね二週間は掛かると思ってね。
悪性ナノマシンの解析に時間が掛かるけど、治療用のナノマシンは簡単に出来るから」
「どうして簡単に出来るんですか?
普通は何年も時間をかけて、やっと解析できるものだと考えるんですが」
「それはお兄ちゃんのおかげなの」
「……お兄ちゃん?」
理知的なイネスからそんな言葉を聞くとは思わなかったのでジュールは聞き返した。
「クロノさんが私のお兄ちゃんなのよ」
楽しそうに愛しそうに話すイネスにジュールは尋ねる。
「つまりイネスさんとアクアさんの二股なんですか?」
「聞きたい?」
「いえ、いいです」
昨日の悪夢再びを避ける為にジュールははっきりと告げた。
イネス博士が舌打ちする様子にジュールは確信していた。
(危なかった……昨日の再現だけは避けないと)
「ま、いいわ。
お兄ちゃんはね、悪性ナノマシンのおかげで五感が破壊されていたの。
その時の医療データーのおかげでジュール君の治療も出来るのよ」
「五感全てがダメになったんですか?」
驚くジュールにイネスは頷いて話していく。
「そうなの、その時はマシンチャイルドの少女がリンクシステムで五感の補助をして生きていけるようにしてたの。
その後、色々あって回復したけど、その時の資料を基に火星のナノマシン分野は発展していったの」
「嘘ですね、そんな簡単に治る訳がありません。
何があったんですか?」
「やっぱり分かる?」
「ええ、母さんが苦労していましたから」
自分の目の治療に苦労していた母の事を思い出してジュールは話した。
「誰にも言わないなら……教えるわ。
これは火星のトップシークレットになるから迂闊には話せないのよ」
真剣な表情でジュールを見つめるイネスにジュールは少し考えてから頷いた。
「お兄ちゃんは2203年からこの時代に帰還した逆行者なの」
告げられた事実にジュールは声が出なかった。
テンカワファイルを読んでボソンジャンプの事は知ったが、まさか本当に時間移動出来るとは思わなかったのだ。
「戻った時にね、未来からの技術が火星に入ってきたの。
特に医療データーは凄い量があったの。
IFSに関しては一気に技術革新しているわ。
完全に地球の医療機関とは差を開く事になったし、他の分野でも地球とは技術力で勝っているのよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、お兄ちゃんね。
一度、古代火星人の元にジャンプしたの、そこで様々な技術を提供されたの。
殆どが理解できないブラックボックスみたいなものだけど、この二年で僅かだけど解析できた物もあるのよ。
特にナノマシンの分野が一番解析が進んでいるわ。
ジュール君の治療もそのおかげで出来るの」
「……到底信じられないんですけど」
少し落ち着いたジュールはイネスに自分の気持ちを伝えた。
「普通はそうだけど、実際にジュール君の治療ができる事が真実なのよ」
「は、はあ」
「ジュール君の治療は簡単なのよ。
でもクオーツ君のほうがもっと危険でね」
元気そうにしていたクオーツを思い出してジュールは不審に思っていた。
「あの子の体にあるのは遺跡から運び出された未分化のナノマシンがある状態なの。
しかも休眠状態でいつ動き出してもおかしくないのよ」
「それって……爆弾を抱え込んでいるようなものじゃないですか」
「そうよ、悪性化するのか、休眠し続けるのか……全然分からないのよ。
一番いいのが良性化して身体機能の向上が良いんだけど」
「そんな良い事尽くめなんて……」
「だから問題なのよ」
「クロノさんとアクアさんは知っているんですか?」
「教えたわ」
「……そうですか」
「迂闊に手を出すと危険だから定期的な検査で変化がないか、確認する事だけしか出来ないのよ」
悔しそうに話すイネスにジュールは上手く行かない事ばかりだと改めて実感していた。
「まあ、現状維持が出来る間に医療技術が進歩すれば大丈夫よ」
「火星は進んでいるから大丈夫ですね」
そんなに上手く行かないと思う二人だが、それでも信じたいと願っていた。
「クロノさんはどうしてそんなに強くなれたんですか?」
シミュレータールームでクロノさん相手に全員が敗北して落ち込んでいた時にルナが聞いてきた。
「簡単だな、他にする事がなくて……気付いたら強くなりすぎたってとこだ」
「絶対に変です」
ルナがはっきりと告げるとパイロット仲間は何度も頷いていた。
「そうか?」
「そうですよ。
其処まで強くなる必要があったんですか?」
「強くなければ何も出来なかったんだ。
全部……奪われてな、取り戻す事も出来なくなって……これしか出来なかったんだ」
「それって……復讐の為ですか?」
俺が聞くとルナは俺とクロノさんを交互に見ていた。
「復讐の先には何が残ったんですか?」
「シ、シン! やめてっ!」
ルナが慌てて俺を止めようとしたが、俺はクロノさんだけを見つめていた。
「何も残らんよ……あったのは虚無だな。
達成感も満足感も無かった……」
「後悔はなかったんですか?」
「あったよ……だがそれがどうした。
後悔するくらいならしなければよかったと言うのか?」
「そ、それは……」
俺はこの人が自分の行き着く先だと思った。
(何もする事がなかったんじゃないんだ、これしかなかったんだ)
「殺したさ、必要な事だから平気で無関係の人間も巻き込んで殺し続けたさ。
だがそれがどうしたんだ?」
「で、でも……それは」
ルナがクロノさんに反論しようとするが、それは蟷螂の斧だと俺は思った。
俺には奪われる事の痛みを知っている。
あんな事が正義だというのなら、俺は悪と呼ばれた方が救われると思う。
(ただ火星で暮らしていたから殺されたなど認められない。
無差別に火星の住民を殺していく無人機の行為を俺は絶対に忘れられない)
あの時殺された家族の姿を忘れる事など出来はしないのだ。
「あの時は全てが憎かったよ。
世界そのものを破壊したかったよ。
正義なんて綺麗事を述べて人間を切り刻んでいく連中など許す事は出来なかった。
そしてそんな連中を認めるような世界など必要なかった。
俺が悪だと言うなら構わんさ……正義など必要ないさ、悪で結構だ」
クロノさんの言葉にルナは何も言えずに泣きそうな顔になっていく。
それに気付いたクロノさんは苦笑していた。
「……言い過ぎたな。
シン、お前は俺のような人間になるなよ。
まあ、俺も自分の幸せを考える事にしたから復讐者に戻る気はないが」
そう言うとクロノさんは午前の訓練の終了を告げて解散させた。
「シン」
「なんだ?、おおっと」
振り向いた俺にルナはしがみついて言う。
「あんたはあんなふうにならないでね……お願いだから」
「……難しいな」
「やだっ!
何処にも行かないでね……傍にいてよ、シン」
力を込めて俺に抱きつくルナにどう言えばいいのか迷っていた。
(あの人のようになるんならルナを捨てて行く事になるのか?
俺にそこまでの覚悟があるのか?)
ルナを失う事がとても怖いと俺は感じていた。
俺はクロノさんのようにはなれないとこの時に感じていたのかもしれない。
……この温もりを捨てられない自分を情けなく思う反面、嬉しかったのだ。
「本当に馬鹿ですね」
呆れるように話すアクアに俺は苦笑していた。
「……すまんな」
ブリッジで作業しているアクア達の元に向かった俺に、先程の件をモニターしていたアクアは怒っていた。
「ルナちゃんを泣かしてどうするのですか?」
「別に泣かす気は無かったんだが……ついな」
「ついな――じゃありません!
折角、子供達のいいお姉さんになってくれる少女を泣かせてどうするんですか!?」
「……ごめんなさい」
ブリッジ要員はいつもの光景なので気にしないで作業を続けていた。
「馬鹿ばっか」
オペレーター見習いで作業していたルリのこの一言がブリッジに響き、スタッフも納得済みだった。
『マスターが馬鹿なのはいつもの事です』
『久しぶりに聞いたよ、ルリの『馬鹿ばっか』を』
追撃の言葉に俺は味方がいない事に焦っていた。
「まあ、クロノが自分の事を考えていると言ってくれた事は嬉しいです。
でも反省はして下さいね」
「すまん……だがシンには教える必要があったんだよ。
復讐なんて何も残らない事を。
あいつは家族を失ったが、まだ全てを失っていない事に気付いて欲しかったんだ」
俺のような歪な生き方をして欲しくないとアクアに言う。
クルーもクロノの言葉に沈黙している。
火星の住民は誰もが復讐の言葉に躍らされる可能性があるのだ。
政府もその事を理解しているので、カウンセリングなどを行い住民の感情を和らげる努力をしていた。
それには時間が最良の薬だとイネス博士は言っていた。
ゆっくりと時間を掛けて癒すしかないと誰もが思っている。
「でも……もう少し考えてください。
クロノはもっと自分の事を大事にしてください。
あんまり心配ばかりさせないで」
不安だと言わんばかりにアクアは力のない声で話す。
そんなアクアを俺は優しく抱きしめて囁く。
「ごめんな、馬鹿で」
「そんな馬鹿を好きになった私も馬鹿なんですよ」
(やってらんねえな〜〜)
バカップル全開の二人にブリッジは無言のまま作業を続けていた。
クルーは作業を切り上げて、交替で各自ブリッジから出て昼食を取る事にした。
この二人の行為は日常茶飯事の事になりつつあった。
「そんな事になっていたか」
「はい」
俺は医務室から脱出?して食堂へ行くとルリちゃんから午前中の事をシン達と一緒に聞いていた。
「なんか悪い事を聞いたな。
アクアさんに謝らないと不味いか?」
「そうね……クロノさんにも謝らないと」
シンとルナがクロノさんに言いたくない事を言わせたんだと感じて、暗い顔で反省している。
「気にしないで良いですよ。
クロノ兄さんはそんな事を気にするような人ではありませんから。
アクア姉さんは感謝していますよ。
兄さんの本音が聞けましたので」
「でも……いいのかな」
「まあ、反省するなら復讐なんて考えない事だ。
経験者がわざわざ教えてくれたんだろ。
復讐なんて意味が無い事を……だったら前向きに生きる事を考えるんだな」
俺はシンに苛立つように話していた。
(八つ当たりだ……俺は出来なかったのに、あの人は復讐を成し遂げた)
自分にできない事をされた悔しさが何故か胸にしこりの様に残っていた。
「どうかしたのか?」
驚くように俺を見るシンとルナに、なんでもないと話すが信じてもらえずに不安げに俺を見ていた。
「悔しいのですか?……クロノさんは復讐を成し遂げ、出来ない自分に苛立つのですか?」
まっすぐに俺を見つめるルリちゃんに何も言い返せなかった。
俺は観念してルリちゃんに話す。
「そうかも知れない……母さんが死んだ時にいつか弟達を助けて、奴らを見返してやると誓ったんだ。
だが現実は何も出来ずにクロノさんとアクアさんが弟達を救い出してくれた。
俺は自分の無力感に悔しい思いでいたのかな」
「それでいいと思いますよ。
私は比較的安全な場所で生かされてきましたけど、みんなの事を知って悔しい思いで一杯でしたから」
「ルリちゃんもそうだったんだ」
「はい……何でも出来ると思っていました。
でも現実の前には無力だと思い知らされましたから、力をつける為に此処にいるんです。
いつかお姉さんを支えられるようになりたいのです」
俺はその時見たルリちゃんの笑顔がとても綺麗だと思った。
「もしかしてジュールって「ロ○」なのか?」
「まさか……だが……そうなのか?」
何故か失礼な事を小声で話すルナとシンに怒りを感じていた。
「「ロ○」って何ですか?」
意味を知らずに聞くルリちゃんに、助けを求める二人の視線はお仕置きを兼ねて……無視する事にした。
俺はこの手で何が出来るのか、少しずつ考えていこうと思う。
いつか二人を借りを返す時の為に。
―――木連作戦会議室―――
『どうでしょうか?
我々としても最悪の事態を考えて提案しますが』
ボソン通信で火星との交渉の席でタキザワは草壁のある提案をした。
「ふむ、悪くない提案ですな」
草壁の発言に士官達が驚くが、タキザワは気にせず話を続ける。
『戦争とはある程度は落とし所を設けるべきなんですが、地球はそれを全く考えていない。
上層部は傲慢な人間ばかりですからな。
それならばいっそ無視をして連合市民から落として行くのも悪くはないでしょう』
「搦め手ですかな?」
『そういう事です』
「か、勝手な事をほざくな!」
怒り心頭で叫ぶ高木を無視してタキザワは草壁に提案する。
『どうでしょう……地球に宣戦布告してこの戦争の正当性を連合市民に訴えるのは悪くないです。
火星は先の独立宣言の際に木連の存在を連合市民に暴露した。
無論、連合政府も連合軍も未だに否定している。
この際、あなたの手で彼らにとどめを刺しませんか?』
(ふむ、この提案は悪くはないな。
前線で戦っている連合軍兵士の士気を落とす事にもなる。
市民にも連合政府と連合軍への不信感を増す事が出来る。
最大の利点はこの戦争の終結の道が出来る事になる)
『どう足掻いても今の地球に責任ある対応は不可能です。
出来ていたならあなた方の火星への移住を認めていたでしょう……違いませんか?』
タキザワの告げる言葉に士官達も理解していた。
……地球は信用できないと。
沈黙する士官達を見てタキザワは諭すように話す。
『急ぐ必要はありませんが、お互い消耗戦は出来ないでしょう。
国力の差はどうにもできません。
ならば相手に拳を振り上げないようにさせるしかない。
次回の交渉時に返答してくださればいいです』
タキザワは答えを聞かずに通信を終えた。
「閣下! 必要ありませんぞ!
正義は我々にあります。
必ず我々が勝利する事は間違いありません」
高木が根拠のない意見を述べて士官達の一部は追従するが、秋山が意見を述べる。
「火星の力を借りるのは悔しいですが、正義は我々にあります。
我々の軍事行動の正当性を訴える為にも地球に向けた宣戦布告をするべきではないでしょうか?」
秋山の意見に反対する理由が士官達にはなかった。
連合政府にした宣戦布告を市民達は知らない事を火星から教えられたのだ。
正義を標榜する木連は騙まし討ちで火星に侵攻した事になる。
火星は仕切り直しをしないかと持ちかけたのだ。
(渡りに船と言うか……こちらとしては都合がいいな)
「閣下、火星の提案を受け入れては如何でしょうか?
我々は現在、遺跡の恩恵を受けられません。
時間を稼ぐ事は間違いではありません。
この提案を実行に移すまでは火星も木連を攻撃する事は出来ません」
海藤が全員を落ち着かせるように話して、木連の現状を説明すると士官達は悔しいが納得せざるを得なかった。
高木も悔しそうにしているが、予備兵力が殆どない木連には時間が必要な事を全員が理解していた。
「悔しいが我々が勝つ為には時間が必要な事は事実だ。
最後に勝つ為に此処は我慢するしかないだろう」
悔しそうに話す草壁に士官達も我慢しようと考えていた。
火星からの提案とは通信システムの強制的な割り込みによる地球全域に木連の宣戦布告をしないかというものだった。
この提案を実行する事でどちらかの陣営が滅びるまで戦うという事態を回避できる事に気づいた者は賛成した。
(火星の提案のおかげで士官達の篩い分けもできそうだな)
草壁はこの先、和平も見据えた行動に出る時に邪魔になる士官達を数えていた。
(半数以上か……再教育も考えなければな)
足を引っ張りそうな人材が多い事に草壁は頭が痛くなってきた。
火星の提案の意味を考えず、火星を罵り続ける士官達を呆れた様子で見ていた。
「とりあえず火星が木連を生き残らせる為に動いた事を喜ぶべきかな」
海藤から意見を聞いた村上は安堵していた。
「そうだといいんですが」
「どのみち火星には選択肢はあまりないのさ。
地球に従い続けるか、独立して生き残る為に独自の道を進むかだな」
「地球の傲慢さには驚きましたよ。
我々の存在を隠して市民に戦いを強要させるとは思いませんでした」
「確かに困ったものだね。
何を考えているんだろうな」
「はい」
「邪魔するぞ」
二人の会話を中断させて部屋に入ってくる人物に海藤は驚き、村上は懐かしい人物に会って覚悟を決めていた。
「まさかお前が来るとは思わなかったよ、辰」
「北辰だ、今はそう名乗っている」
「そうか……末期の酒くらいは飲ませろよ」
「勘違いするな、これを渡しに来ただけだ」
懐から資料を渡すと北辰は告げた。
「草壁からの伝言だ。「秋山を鍛えておけ」との事だ」
北辰は全てを言い終えると去って行った。
資料に目を通した村上は草壁の真意を読んだ。
「あいつ……死ぬ気じゃないだろうな」
「どういう意味ですか?」
動揺から立ち直った海藤が訊ねる。
「元老院の資料だよ。
木連の老害を排除する気なのかもな」
「ほ、本気ですか?」
驚愕に満ちた表情で海藤が訊く。
「本気で木連を残せる状況を作る気だな……馬鹿野郎が…なんでも自分独りで背負いやがって」
草壁の本気を知った村上は覚悟を決めた二人に何をするべきか考えていた。
(秋山を後継者に育てるのが俺の仕事か……いいだろう、鍛えてやるよ)
木連がこれから混迷を迎える事を予感した村上は秋山を鍛える事で生き残りを賭ける事にした。
木連も前史から大きく変貌する事を誰も知らない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
木連って草壁が支配者だとは思えないんですよね〜。
こう木連を作り上げた連中が今も口出ししているように思えたんですよ。
あくまで草壁は軍人であり、政治に係わる存在があってもいいかな〜と思いました。
当然、暗部である北辰の出番があるかも。
では次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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