同胞を救い出そう

俺達はその為に来たのだ

愚かな事をした連中に力を見せつけようか

そう俺達の本気を見せてやろう




僕たちの独立戦争  第三十八話
著 EFF


クリムゾン会長室にリチャード・クリムゾンの声が響いている。

「父さん! どういう心算なんだ!?」

「お前の不始末を処理しているだけだろう。

 面倒事ばかり起こしおって」

ロバートは底冷えするような視線で息子であるリチャード・クリムゾンを睨んでいた。

(甘やかし過ぎたな……図体ばかり大きくなって中身は我が侭な子供のままか)

平時なら問題ないが今は状況が変化しやすい戦時である以上リチャードを放置する危険性をロバートは認識していた。

「勝手に人体実験施設を作るとはな」

極秘で何年も作業していた事にロバートはどういう心算だと目で問うている。

「別にいいだろう……ネルガルに対抗するには必要なんだよ」

鋭い視線のロバートにリチャードは怯えを見せている。

「何故自分の遺伝子を使ったのだ。

 情報が漏洩した時の危険性を認識していたのか?」

「だ、大丈夫だって管理は十分だったからね。

 それも実験体だから後腐れないように手配しているよ」

慌てて誤魔化そうとするが、ロバートは訊く。

「一人脱走して生き残ったそうじゃないか……おかげで後継者の問題をややこしくしたな」

「そ、それは……」

全部知られているとリチャードは思い、部下に責任を押し付けようとして口を開こうとしたが先にロバートが告げた。

「まあ良い」

「と、父さん」

不問に処すと思ってリチャードは安堵したが、ロバートの次の言葉を理解できなかった。

「お前がクリムゾンから出て行けばいいだけだ」

「…………」

ロバートはもう済んだとばかりに机の書類に目を通し始めてリチャードを見る事はなかった。

「と、父さん! 僕が出て行くとはどういう意味なんだよ!?」

慌てて詰め寄るリチャードにロバートは宣告する。

「言葉どおりだ。

 お前をクリムゾングループから追放する。

 お前の持つ株は既に押さえてある、現金は残してやるがお前がクリムゾンの経営権を持つ事はないと知れ」

ロバートはリチャードを見ずに書類に目を通して話す。

「な、何を言っているんだ!

 僕がクリムゾンの後継者だ!

 誰が跡を継ぐというんだ……シャロンか、アクアか!?」

信じられないと言わんばかりに叫ぶリチャードにロバートは告げる。

「出て行くお前が知る必要は無い」

「ふ、ふざけるなよ……糞爺が!」

激昂するリチャードをロバートが睨むとその鋭い視線に後ずさる。

「既にお前の社長解任は決定している。

 お前の居場所はクリムゾンには無い……静かに暮らせる分の財産は残してやる。

 これ以上醜態を晒すな」

射抜くような視線に耐えきれず部屋から逃げ出して行くリチャードにロバートはやりきれない思いだけがあった。

(厳しく育てるべきだった……仕事にかまけて息子の教育を怠った私のミスだ)

「監視をしておいてくれ……何かする可能性があるだろう」

側に控えていたミハイルにロバートは悲しそうに話していた。

「もう少し説明してもよろしかったのでは」

「無駄だ……子供がそのまま大人になったものだ。

 自分の都合の良い事しか見えないのだろう」

息子を切り捨てなければならないロバートの心情を思ってミハイルは指示をSSに告げるとそれ以上は言わなかった。

この時ばかりはロバートが疲れきった老人に見えていたとクロノにだけ話していた。

息子を切り捨ててでもグループの存続を優先するロバートにミハイルは企業を経営する厳しさを思い知っていた。


「くそっ、くそっ、僕がクリムゾンの後継なんだ!」

苛立ち部屋にある物に八つ当たりしながらリチャードはロバートを罵っていた。

何でも自由にできていたのはロバートのおかげだとは知らずに自分一人で成し遂げていたと勘違いしていた。

その光景は我が侭な子供が物に当り散らすのと変わらなかった。

「見てろよ、糞爺!

 僕の力を見せてやるぞ。

 僕こそがクリムゾンの後継だと思い知らせてやるぞ!」

濁った目で自分の都合のいいように考えるリチャードは動き出す。

自らの血を分けた家族だが、都合のいい道具として扱いロバートに報復する為に……。

クリムゾン一族に試練の時が近づいていた。


その男は優秀な科学者であったが、その優秀さが人格を歪めていた。

自らの優秀さを知らしめる為に命を軽んじていた。

自分を優れた存在であると過信して、より優れた存在を作ろうとしていた。

……創造主の如く。

その結果、彼は光ある世界から追放されたが、自分を理解できない世界など彼の方からも不要だと感じていた。

彼は自分の研究さえできれば問題が無かったのだ……相手が何者であろうとも。

マシンチャイルドを更に発展させて完全なる存在を生み出す。

その歪んだ欲望を叶える為に彼はリチャード・クリムゾンに従っていた。

「くっくっ、これはいい!

 私の道具になってもらうぞ、リチャード。

 マシンチャイルドを手にする事で私の研究は更なる飛躍を遂げるのだ」

輝ける未来を想像して愉悦に浸る男の存在をクロノ達はまだ知らなかった。


―――ネルガル会長室―――


「まあ、言いたい事は理解したけどアンタ達……本気なの?

 ホシノ・ルリのセリフだと「馬鹿ばっか」かしら」

呆れた様子でムネタケは目の前の二人の人物に言う。

「火星とのパイプは軍でも必要でしょう?

 その為のコネクションがナデシコなら軍も都合がいいと思いますが」

問題でもあるのかとエリナはキツイ視線でムネタケを睨むが全然堪えない様子であった。

「何を言うかと思えば……火星は既にこの戦争を終わらせる事が何時でもできるのよ。

 アンタ達が火星の住民を皆殺しにして手に入れようとした技術を使ってね。

 いきなり高度1000メートルの上空に核の火を出現させる事も火星には可能なの。

 きちんとした謝罪もせずに交渉のパイプを作ろう等とはちゃんちゃんら可笑しいわよ」

ボソンジャンプの軍事転用をあっさりと二人に示したムネタケに事態の深刻さを実感してない二人は唖然とする。

「火星で見た技術はね、アンタ達の想像以上のものなの。

 もう少し謙虚にしなさいよね。

 連合軍は気づいていないけど、この戦争はもう勝ち組は決まっているのよ」

「それは火星とクリムゾンなのかな?」

真剣な顔で聞くアカツキにムネタケは告げる。

「理解してるならきちんと対応しなさいよ。

 そんな事だからアクアちゃんに父親以上の外道なんて思われるのよ」

アカツキはムネタケの言葉に動揺していき、エリナも顔を青くしていく。

「戦争を始めたら死人が出るのは当たり前の事でしょうが!

 動揺するくらいならしなけりゃいいのよ」

何考えているんだかとムネタケは二人を呆れるように見ていた。

「一応、秘匿回線で連絡は取れるようにしておくわ。

 アタシの立場も理解しなさいよね。

 軍とネルガルの板ばさみになりそうだから軍と喧嘩するような事は避けてよ」

厄介事を増やすなとムネタケは言外に告げるとナデシコに乗艦する為にサセボへと向かった。


「一応、こちらの言い分は聞いてくれたと思ってもいいかな」

「……そうね。但し軍との関係を悪化させるなとの注意付きですけど」

部屋を出て行ったムネタケとの会談を回想して、二人は状況を把握する。

「やっぱり謝罪が条件の一つになるね」

「ええ……私達のせいじゃないけど」

「責任逃れはできないよ。

 火星の事は僕達は気にしなかったから……本来なら殺されても文句は言えないよ」

馬鹿な重役の尻馬に乗った二人は火星の怨みを背負う事になると思っていた。

もうため息しか出ない状態の二人はこれ以上の厄介事を減らすべく重役達の引き締めを考えていた。


―――サセボ地下ドック―――


「……そうですか、助かりますよ」

会長室での一件を聞いたプロスは自分の負担が減る事に感謝していた。

「見通しが甘いわよ。しっかり手綱を取っていてよ。

 状況はあまり良くはないからね」

「はい」

ムネタケの言葉にプロスもまだまだ先は長いですなと思っていた。

「今なら直接連絡を取る事もできるわよ。

 オセアニアで訓練中だからね」

「ではクリムゾンが提案した《プロジェクト マーズ・ファング》はもしや……火星が?」

「そういう事よ。

 連合軍内部の混乱を利用して、軍に志願した火星の住民を帰郷させる気なのよ」

「……本当に無駄がありませんな」

呆れる様な感心する様な言い方しかプロスにはできなかった。

「ならオセアニアにはゲキガンガーがあるのか?」

「……ライトニングの事?」

「おう、副提督から聞いてくれよ」

「残念だけど共同作戦の予定はないから乗れないわよ。

 私達は遊撃部隊で、彼らは欧州の最前線で戦う事になるから」

「大丈夫なの? 最前線に送るなんて酷いわね」

ダイゴウジが隣で燃え尽きているのを無視してミナトがムネタケに訊く。

「確かに地球には最前線だけど彼らには最前線にはならないわ。

 だって一年以上火星の最前線で生き残ったパイロット達が中核になるのよ。

 地球と火星じゃぬるま湯と熱湯くらいの温度差があるかしら。

 単艦で行動する私達のほうが危険度は上だから気をつけないと」

ムネタケは状況を分かりやすく話して、クルーの気を引き締めようとしていた。

(本当に助かりますよ。人員の補充も急がないといけませんな)

ムネタケがナデシコクルーの引き締めをしてくれるので、プロスは自分の仕事に専念できそうだと思っていた。

残ってくれる者がいれば、去っていく者もいるのだ。

それぞれ考えた末の行動に文句を言う気は無いが、残った者には出来る限りの事をしたいとプロスは思う。

また来てくれる者にも不自由な事が無いようにしたいのだ。

(なんせ腕は一流ですが、性格は問題だらけですな)

ナデシコの運営はプロスの双肩に掛かっているといっても過言ではない。

プロスの心労は減る事は無い……合掌。

今日もまた胃薬を飲む事になるだろう……胃薬を常備する男プロスペクターであった。


「出航前のデーターとサツキミドリでのデーターを比較したけどマシンチャイルドの優秀性ははっきりと出ているわ。

 オモイカネシリーズを運用するには不可欠の存在ね」

「ワンマン・オペレーション・システム……ね。

 マシンチャイルドを閉じ込める牢獄とは皮肉だけじゃないわ。

 実際にそうなるわよ……彼女がネルガルを嫌う理由も理解出来るから困るのよね」

「現状では満足に活用できないわね。

 マキビ博士の息子さんを迎え入れるのかしら?」

「それこそ火に油を注ぐようなものよ」

エリノアとリーラはため息を吐いて作業が遅れる事を痛感していた。

「仮にセットアップをしてもらっても前以上の事はできないわよ。

 まだ6歳くらいの子供にホシノ・ルリ、アクア・ルージュメイアンの代わりが勤まると思う?」

「絶対無理ね……ホシノ・ルリの方が潜在能力では上だけど、経験ではアクア・ルージュメイアンが勝っているわ。

 いずれはホシノ・ルリが追いつくけど、今の状況では勝てないわよ。

 マキビ博士の子供がそれ以上の存在になれると思う?」

「結局そこに行き着くわけね。

 オペレーターIFSの改良が絶対条件の一つになる訳か」

「火星はその点はどうしているのかしら?」

「マシンチャイルドの保護を考えている以上、火星には新型のIFSがあるのかもね」

二人はまだ見ぬ火星の技術力を知りたいと思う。

側にいたスタッフもオモイカネシリーズを運用できる火星の凄さを感心していた。

「火星にとってはマシンチャイルドも不要なのかもね。

 数でフォローできるだけのオペレーターIFSが開発されたんだわ。

 ナノマシン研究でも火星は地球より進んでいるのよ。

 ブレイクスルー、一気に革新的な技術発展をしているのかもね。

 プロスさんが話した未来からの技術を応用して進化した技術が火星にあるのよ……行ってみたいわ」

技術者として最先端の技術に触れたいとリーラは言う。

スタッフも最先端の技術を見てみたいと考える。

「はいはい、現実逃避しないで作業に戻る!」

エリノアの声に全員が終わらない作業から逃げたいと思っていた。


「馬鹿野郎! そこはこうするんだ!」

ウリバタケは今日も新人のスタッフに仕事を教えていた。

ネルガルから来たスタッフもウリバタケには感心させられる事が多く、ナデシコの改修を手伝ってもらっている。

整備士として確固たる信念を持つウリバタケは新人達にとってよきお手本になるのだ。

ただ性格には問題はあるが、それでもナデシコの改修のペースが遅れないのはウリバタケのおかげである。

オモイカネシリーズの調整に関しては手を出さないが、

外装や武装の追加には様々な意見を出して改修を更に進めていた。

またエステバリスのカスタム化も意見を出していた。

おかげでネルガルの整備士の新人研修も兼ね始めて、プロスに感謝されている。

「何とか外側の改修は終わりそうだが、問題は中身か?」

「はい、オモイカネに替わる新しい管制システムの調整に苦労しています」

「オモイカネの代わりなんざ、そう簡単にはできねえよ。

 ルリちゃんやアクアちゃんがいればすぐにできるが、今のスタッフにそれを要求するのは酷だぞ。

 最初に作ったのはネルガルかもしんねえが、その後を引き継いでカスタマイズしたのはあの二人だぞ。

 同じものを作るのは不可能だと言わせてもらうぞ」

「……不可能ですか?」

一流の技術者であるウリバタケの意見にプロスは苦い表情で聞いている。

「無理だぞ……俺達はコンピューターと会話なんてできないだろ。

 あの二人は会話するんだよ……電子の世界でな。

 そんな事をスタッフにさせる事は不可能だぞ」

キーボード叩くのとは訳が違うぞとウリバタケは言う。

「火星ならどうするのでしょうか?」

「さあな……新型のオペレーター用のIFSがあれば何とかなるかもなぁ。

 多分未来からの技術を分析して応用すればできねえ事もない」

「……結局、そこに行き着く訳ですか?」

肩を落としてプロスが話すと、

「クロノがどの程度の未来からの技術を持ち込んだか……次第だな」

こっそりとウリバタケがプロスに耳打ちする。

「いつ……気が付きましたか?」

「声だな……抑えていたが似ているよ。

 バイザーのせいで顔が見えねえから確信は出来ねえが、あいつはナデシコを知っていた。

 艦内を迷わず行動できるなんざ……誰にでもできる事じゃねえよ」

クロノ=アキト説を話すウリバタケにプロスも事実かと思う。

「ただな……あのバイザーの奥は金色の瞳になっている可能性がある。

 その場合、強制的にIFS強化体質にさせられた事になる……それがどういう意味か分かるだろう」

「ええ……人体実験ですな」

「お人好しのアキトがあんなふうに変わっちまうなんて相当酷い未来なんだぜ」

殺気でブリッジを満たしてクルーを怯えさすクロノとお人好しのアキトの違いを比べて激しいギャップを感じるのだ。

どれ程の事が未来であったのか、想像がつかないのだ。

「誰も気づいていないが、まるで別人だぞ」

信じられるかとウリバタケは言う。

あまりの変化に二人はクルーには話せないと思う。

「これは私達だけの秘密にしましょう……迂闊には言えません」

「……そうだな」

言うべき事ではないと二人は思う。

それは言ってもどうにもならない事だから、そして傷つく事になるから……。

いつか笑って話せるようになるといいなと思うウリバタケとプロスであった。


―――オセアニア連合軍基地―――


目の前のエクスストライカーを真剣な顔で見つめるクロノにアルベルトは声を掛ける。

「もうすぐ出陣だな……」

「ああ……不本意な戦いだが、全力を尽くして生き残らせるさ」

「すまんな……碌でもない連中のせいで苦労を掛ける」

「全くだな……尤もあいつらには何も期待などしていない。

 この戦争のツケは自分の命で支払ってもらうさ」

平坦な声で何の感情を交えずに話すクロノにアルベルトは本当にすまないと思う。

(火星には迷惑をかけっぱなしだ……地球の傲慢さを何とかしないと本当に火星とも戦う事になるぞ)

「俺は軍人は嫌いだ……奴らは正義の免罪符があれば何をしても構わないと思っている。

 そして自分達が正しいと思えば、力を使って平気で人を傷つけていくんだよ。

 この戦争がいい例だ……自分達の都合のいいように戦争を演出して火星の住民を死なせようとする。

 俺は火星人として地球人が嫌いだ……これ以上の暴挙など認めん」

周囲の空間が殺気に満たされていく状況にアルベルトは首に刃を当てられている感覚になっていく。

「だがお前のように市民を大事に思う軍人は嫌いじゃない。

 まだ信じてもいいかと思う……そんなお人好しの自分がいるからな」

殺気を消して苦笑するクロノにアルベルトは言う。

「本当に何とかしないとな……木連の事もきちんとしないと不味いんだが」

「あっちも問題だらけだぞ。

 今の状況では停戦もできずにどちらかが滅びるまで戦う事になるぞ。

 まあ、火星としては共倒れでも悪くないと思うがな。

 その後で生き残った陣営に止めを刺すのも悪くないからな。

 安易に戦争を選択した愚か者の末路など滅びが相応しいと思わんか?」

クロノの意見は極端だが、両陣営が火星にした行為を考えると文句など言えないと思う。

地球は自分の都合のいいように火星を扱い、木連は正義の名の下に火星の住民を殺していった。

(後の歴史書には地球も木連もどういうふうに書かれるやら)

呆れてものが言えないとはこういう事なんだろうなと苦笑するアルベルトだった。

そんなアルベルトにクロノも苦笑していた。

「お互い生き残る事を考えような。

 お前のような奴がいなくなると火星が困るからな」

勝手にくたばるなとクロノは言う。

「お前こそ死ぬなよ……カッコはアレだが話の分かる上官は部下にとっては非常にありがたいからな」

「褒めてんのか、貶しているのか分からんが生き残るさ。

 子供達が成人して巣立つ時までは守ってやらんと」

そんな時、警報が基地内に鳴り響いた。

二人は何も言わずに駆け出す……守るべきものを守るという当たり前の事をする為に。


「戦闘準備を始めるぞ!

 敵の総数と方向は判明したか?」

アルベルトの声にオペレーターが答える。

「チューリップ二、戦艦十五、無人機1500、チューリップよりまだ吐き出されています!」

報告にアルベルトは舌打ちして副長に意見を述べる。

「こいつはオセアニア周辺から集結してきたみたいだ。

 どうやら俺達の存在を快く思っていないようだな」

「でしょうな……裏を返せばこれを撃破すればオセアニアの安全を確保できますよ」

やりますかと副長は告げるとクルーもアルベルトの指示を待っていた。

「当然だ! 俺達は勝ってオセアニアの安全を確保する!」

憂さ晴らしとばかりクルーも部隊に指示を出していく。

アルベルトの部下達は連合軍のスキャンダルなど、もう気にしていなかった。

彼らは市民を家族を守る為に戦う事を決断したからだ。

(さぞ、上層部には扱い辛い部隊になるだろうな)

連合の思惑など気にせずに行動していく事になる部隊に奴らは苛立つだろうと思う。

しかも実績がある以上は無碍には扱えないときた。

奴らの渋面を思うとアルベルトは愉快になってきた。

「勝ってアフリカに殴り込みをかけるぞ!

 俺達は市民を守る為に戦う軍人だからな!」

了解とクルーも叫んでいく。

『手を貸すぞ……そろそろ訓練にも飽きてきた。

 ここらで実戦をしておかないと勘が鈍って困るからな』

空母ミストルテインに火星から来た三隻の艦が近づいていく。

旗艦トライデント、戦艦ランサー、空母チャリオットにクルーも火星が本気で生き残ろうとする決意を感じていた。

「すまん、手を借りるぞ」

『気にするな』

クロノは指示を出しながらアルベルトに話す。

いよいよ火星の実力を見る事になるなとアルベルトは思う。

そして彼らはナデシコのクルーと同様にとんでもないものを見る事になる。


「全艦戦闘準備! エクスストライカー発進準備を急がせろ!

 我々《マーズ・ファング》の実力を見せるぞ!」

クロノさんの宣言にブリッジは活気を帯びていく。

「でも俺たちは見学なんだよなあ」

「しょうがないでしょう……まだエクスの操縦が上手くできないんだから」

「ブレードも慣れるまでが大変だったが、エクスはブレード以上に難しいからな。

 地球人にはまず操縦できない」

「どういう事よ?、ジュール」

ルナが不思議そうに訊ねる。

「IFSの考え方の違いだな。

 火星では日常でも使っているが、地球では操縦する時以外使い道が無いだろう」

「確かにそうだな」

俺は火星では車から電化製品までおよそ日常で使用する物がIFSで動く便利さが当たり前だと思っていた。

(地球じゃIFSを付けた人間なんて改造人間呼ばわりだもんな……便利なのに…馬鹿じゃねえかと思ったよ)

「日常で使い慣れている火星の住民はIFSの経験値が、地球とは完全に差が出ているのさ。

 実際に俺達はブレードの操縦に慣れるまでそんなに時間は掛からなかったが、地球の連中はどうだった?」

「結構……苦労していたわね」

「そういう事だ。

 絶対的な経験値が足りないのさ。

 地球人は環境が整った所で生きているせいか……臆病者が多いのさ。

 だが火星は違う……恵まれた環境じゃない火星では生きる為に使える物は何でも使うという意識ができている。

 だからIFSに対しても使えると判断すれば、子供でも平気で使うだろう。

 操縦のみの地球人にエクスの操縦は難しいぞ。

 対策としてはOSを大幅に変更して出来る限り操縦を簡素化する事だな。

 そんな事をすればエクスの性能を完全に発揮させる事は無理だろうな」

「お前……本当によく考えているな」

「そうですね。ジュールならオペレーターとして艦を任せる事も出来そうですね。

 期待してますよ」

「いえ、俺はパイロットで……」

言葉を濁してジュールはオペレーターになるのを避けようとしているみたいだった。

だがそんなジュールにアクアさんが言う。

「申し訳ないけど、ジュールにはオペレーターとしての訓練を受けてもらいますよ。

 私とクロノしか軍にはオモイカネ級の相手を出来る人材がいないんです。

 本当はルリちゃんも見習いにはしたくはなかったのよ」

「……そういう事ですか?」

「ごめんなさい、ジュール」

アクアさんの言った意味にジュールは気づいたが、俺達は分からずに首を捻っていた。

「子供を戦場に出す事はいけない事ですからね。

 せめてルリちゃんが成人してから軍に入隊するなら、何も言わないけど」

アクアさんが苦しそうに話していた。

(確かにそうだよな……俺もミアが軍隊に入るなんて言ったら反対するよ)

「仕方ないですよ……人材がいない以上は誰かがしなければならない事です」

気にしないでとルリちゃんは言うが、親代わりの立場のアクアさんとしては苦しいんだろうなと思う。

「でも俺にオペレーターが勤まりますか?

 新型のIFSに変更してもまだ足りないような気がしますよ」

『そうでもないわよ。

 ジュール君の場合は未調整で不完全な状態のナノマシンが形成する補助脳が脳を圧迫しているだけよ。

 きちんと取り除いて訓練すれば十分勤まるわよ』

「イ、イネスさん」

(ジュ、ジュールが怯えているぞ。

 ……誰なんだよ?)

この部隊に入ってからジュールの知らない面をよく見るなと思う。

唖然とする俺とルナをよそに戦闘が始まろうとしていた。


「…………」

アルベルトも副長もクルーも絶句していた。

それだけの事が展開されていたのだ。

「……それは反則だろう」

クルーの一人が呟きが静寂に包まれていたブリッジに響く。

空母チャリオットから発進した火星の新型機エクスストライカーの戦闘力に驚愕したのだ。

「あのサイズでグラビティーブラストがあるのか?」

「……みたいです」

「本気で連合上層部に文句が言いたくなってきたぞ。

 火星を敵に回すような行為をするとはな……馬鹿が」

吐き捨てるように話すアルベルトに全員が連合の馬鹿さ加減に呆れていた。

勝てないと思わせるような光景が広がっていた。

僅か40機の機体が戦場を縦横無尽に駆け抜ける。

バッタとジョロを気にもせずに弾き飛ばして、戦艦を撃沈していくのだ。

ブレードとは完全に違う存在だと感じさせるだけの性能がその機体にはあった。

エクスストライカー……それは火星宇宙軍が満を持して戦場に出してきた最新鋭の機体である。

小型相転移エンジンを内蔵する結果、今までにはない出力を持って戦場を駆け巡る機体なのだ。

「火星は本気で生き残る為に戦う心算なんだな」

「地球は自らの愚かさで味方だった者を最大の敵にしたかもしれませんね」

副長の言葉にクルーは本気で連合上層部を呪いたくなってきた。


「ボソン砲を封印しても当面は大丈夫だな」

「そうですね。

 敵の無人兵器もまだ学習能力も未熟ですから現状では十分戦えます」

クロノさんとレイさんが戦況を見ながら話しているが、俺には十分すぎると思った。

「ボソン砲って何ですか?」

ルナがクロノさんに質問すると見学していた他のパイロットも目を向ける。

「詳しい説明は後日イネスがしますが、火星宇宙軍の最強の武器だと言っておきましょう」

イネスさんの名を聞いたジュールがビクリと肩を震わせていた。

「……つまり奥の手はまだ使わずにあの強さなんですか?」

「そういう事です」

レイさんがはっきりと告げると俺達は顔を引き攣らせていた。

(俺達の実力じゃ……まだまだって事だな)

上には上がいると実感させられる光景に、俺達は火星が本気で俺達を最前線から生きて帰らせる気だと思っていた。

俺達の新しい翼になるエクスストライカーが戦場で羽ばたいていた。

この日、オセアニア周辺から木連の無人機は完全に排除され、俺達はいよいよ欧州の最前線へと向かう事になった。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

当面は地球篇になるかな。
たまに木連篇を挿入したりしますが、メインは地球篇にしたいと思います……多分?(おい)

では次回でお会いしましょう。



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