新しく動き出す
それぞれの考えの下で戦争が始まろうとする
終わらせる為に戦う
その考えを持つものは何人いるだろうか
僕たちの独立戦争 第四十一話
著 EFF
「さて一度私は火星に戻らないと」
トライデントのブリッジでアクアさんが言う。
「確かに木連との共同作業がありましたね。
安全の為にユーチャリスTを使用する予定でした」
レイさんの声に私は慌てて尋ねた。
「ど、どういう事なんですか?」
慌てる私にアクアさんとレイさんは楽しそうに見ていた。
「前にした火星の独立宣言と同じ事を今度は木連がするのよ」
「そういう事です。内容は違いますけど」
「それって地球に対する宣戦布告なんですか?」
「そうです、戦争とは落とし所が必要なんですよ。
ですが現状では無理でしょう、ですから状況を変える為に火星が提案したんですよ。
連合市民に自分達が戦争を行っていると自覚させる為にね」
私の質問にレイさんは分かり易く話してくれた。
(イネスさんじゃ長いんだろうな)
と私が考えていると、
「もう少し詳しく説明してあげましょうか?」
耳元でイネスさんが囁いた。
「い、いえ、結構です」
焦る私にイネスさんは今度説明してあげるわねと言ったので、シンを盾にしようと考えていた。
「ルナちゃん、シンを盾にしたらダメよ〜」
「なっ何の事ですか?」
アクアさんの楽しそうに話す声に私は焦っていた。
(何でバレたのかしら?、私って単純なの)
「一応、艦内の風紀を乱す事はしないように」
「そ、そんな事はしませんよ!
それならアクアさん達はどうなんですか?」
私の質問にレイさんはきっぱりと答えを返した。
「もう諦めていますので問題はありません。
両者とも避妊だけはきちんとしてくれるそうなので大丈夫です」
「別にできても研究さえ出来ると問題ないわね。
ママがいるから子供の世話は大丈夫だから」
「とりあえず子供達の安全を確保してからなら、何も問題がないんですけど。
後はジュールが代わりを務めてくれそうですから」
イネスさんとアクアさんの発言にブリッジのクルーは当事者であるクロノの苦労を思っていた。
(美人の奥さんなんだけど……苦労しそうですな)
「ルナはまだ未成年に当たるので控えるように」
「だ、だからまだいっ――ではなくて」
慌てて口を閉ざしたが……遅かったみたいで三人はニンマリと微笑んでいた。
「聞きましたか?、レイ」
「ええ、聞きましたとも」
「今度はシンを弄って聞きだすわよ」
「あ、あう〜〜」
私が凹んでいても他のクルーは助けてくれなかった。
(ごめんね〜もう少し我慢してね)
被害が他に及ばないのでクルーはルナを生け贄のように差し出していた。
「さて、ルナちゃん弄りでストレスを解消した所で本題に入りましょう」
「そうですね」
「そうね」
(わ、私の存在って……)
私が拗ねてコンソールを涙で濡らしていると、
「そんなに拗ねないで、今度いい物あげるから。
これならシンをその気にさせる事も可能だから期待してね」
「そ、そんなの……要りません」
アクアさんの言葉に迷いながら話した。
「イチコロらしいわよ……それでもいいの?」
「うっ、……いいです」
「もう少し素直になりなさい、ルナ。
火星に戻れば会う機会も少なくなりますよ」
「そうよ、戦争中だから今生の別れになってもいいの」
レイさんとイネスさんの言葉にからかいは無く、本気で心配してくれるようだった。
「ルナちゃんはご両親の承認がないと軍には残れないけど、シンは保護者がいないから志願制になる可能性もあるの。
あの子の事だからこのまま軍に残る事になると思うわ。
だから……後悔だけはしないようにするのよ」
アクアさんのこの一言に私は動揺していた。
「でもシンだって兵役を避けるんじゃ」
「……憎しみってね、簡単に消える事はないの。
忘れようとしても無理なのよ。
きっかけさえあれば何時でも出てくるものなの。
時間だけが最良のお薬みたいなものよ」
「そ、そんな……だって…でも」
アクアさんの意見を否定しようとしたが、言葉が出なかった。
どういってもシンの痛みと苦しみを完全には話せないという事が理解できたからだ。
「だからルナちゃんはしっかりと支えてあげるのよ。
憎しみよりも大きな愛情で守ってあげるの」
優しく諭すように言うアクアさんの笑顔はとても綺麗だった。
アクアさんは私にハンカチを渡すと背を向けてレイさんとイネスさんと話を続けていた。
(あっ、泣いてたんだ……恥ずかしいな)
自分の状態に気付いて恥ずかしくもどこか嬉しかった。
心配してくれる人がいる事が嬉しくて、暖かい気持ちになっていた。
「これでシンも大丈夫でしょう。
まあ余計なお世話かも知れませんが」
「いいじゃない、二人とも死ぬには早いわよ」
「そうですね、幸せが一番です。
やっぱりあのアイテムを渡しておきましょう。
クロノには効果がありませんでしたが」
アクアが残念そうに話すと、
「無理よ、お兄ちゃんには効かないわよ。
筋金入りの朴念仁よ」
「そうです、それにマリーさんやテニシアン島で見慣れた事も原因でしょう」
「……という事はクオーツ達にも通用しませんね」
イネスとレイの意見を聞いたアクアが告げると二人は頷いていた。
「では早めに準備をして効果を立証しないと」
アクアが楽しそうに話すとイネスも笑う。
「いいわね、シンに通用するか、賭けましょうか?」
「では艦内で内密に賭けをしますか?」
レイの意見に二人は賛成する。
「「メイド服はシンに通用するか、否か?」」
二人の笑みは邪笑とも言える顔であった。
ルナに気付かれる事なく三人は作戦を計画する。
シンとルナの命運は風前の灯だった♪。
―――サセボ地下ドック―――
「予定通りには行きそうにないな」
ブリッジでオペレーターシートの増設をしていたウリバタケはそう呟いた。
整備班のいる格納庫内の非常時の第二艦橋でオモイカネシリーズのセットアップに梃子摺るスタッフを思い出して、
想像以上に難しい事だと判断していた。
「こりゃあオペレーターにシミュレータールームで演習させるべきかな?」
「確かに必要かも知れませんな」
「そうね、いきなり実戦をさせるのは危険だわ」
ウリバタケの意見にプロスとムネタケも賛成していた。
「じゃあ、ここが完成したらオペレーターを連れてきてくれ。
艦長と副長だけじゃなく、ブリッジ要員全員が参加してのシミュレーションを出来るようにするぜ」
「なら、私も軍のデータバンクから戦闘記録を持ってきて試してみようかしら」
「そうだな、今までの戦闘記録だけじゃない他の記録もあると助かるぜ。
パターン化しないようにしねえとな。
エステ隊もシミュレータールームから参加するように設定して状況分析も出来るようにしようぜ」
ウリバタケの意見を聞いてプロスはブリッジ要員とパイロット達の予定を変更しようと考える。
ムネタケも軍のデータベースにアクセスしてここ半年の戦闘記録を見ながら幾つかの作戦を選んでいく。
いよいよナデシコも出陣しようとしていた。
「分かった、オペレーターの手配を始めておくよ」
『よろしくお願いします、会長』
プロスからの報告を聞いたアカツキは準備を進める事にした。
「エリナ君、オペレーターは揃いそうかな?」
「本社から四名を送るわ。
それと軍からパイロットが一名補充される事になるから、ウチからも送ろうと思うの」
エリナはナデシコの補充要員のリストを見せていく。
「説明はしたけど、軍に入るのを嫌がった人は降りてもらう事になるので各部署に人員を補充したわ。
この先の事も考えてパイロットも補充するべきだと思うの。
ナデシコで次のエステ2の実戦テストを考えているから本社のテストパイロットを送る予定よ」
「そうだね、今はエステバリスも活躍してるけど火星の機動兵器には勝てそうもないからね。
次の新型を開発しておかないとダメかな」
「クリムゾンもブレードストライカーの発展系を投入してきたわ。
ムネタケ中佐が進言してくれたおかげで対艦フレームの受注は増えたけど、この先はどうなるか」
「ウリバタケくんがエステ2の設計を手懸けてくれたおかげで開発も進みそうだね」
「ええ、月面フレームの開発を中断させて、エステ2の開発にスタッフを回したわ。
エクスストライカーを見てショックだったのか、文句を言う事も無かったのよ」
渋い顔で話すエリナにアカツキも顔を顰める。
「あの機体は反則だね。
相転移エンジン内蔵でレールガンを装備、しかもグラビティーブラストを低出力だけど使用できる。
更にバックパックウェポンを装備する事で様々な戦況に対応も出来る」
「月面フレームの先を行っているから困るのよ。
追いつくのは難しいわね」
「まだボソン砲を使用してないよ。
つまり戦闘力はまだ半分くらいなんだよ」
軍から回して貰った戦闘記録を見た二人はため息しか出なかった。
ネルガルが追い着くには二年から三年は掛かるだろう、だがその頃には火星は新型を開発している事は確実だと思う。
技術格差に悩む二人だが、問題は戦後にあるのだ。
この戦争で得られた技術を民需に移行できた者が勝利者になる事を……まだ気付いていない。
―――クリムゾン会長室―――
「ネルガルの小僧は軍需に目を向けて、民間への技術転用にまだ気付かんようだな」
「はい、相転移エンジンの売り込みに躍起になっております。
現状の戦艦への改装はネルガルに任せて、我々は新型艦の売り込みに専念して民間への需要を伸ばす事にしましょう。
当面は戦争状態が続きますが、いずれは戦争も終結します。
その時こそ我々の勝利にするべきです」
会長室でロバートとミハイルは戦後についての情勢を考えていた。
今は睨み合いが続いているが、経済的な問題で地球はいずれ戦争を終わらせる方向へ向かうだろう。
木連のようにプラントを使っての無限の生産能力を持ってはいないのだ。
戦争への経緯を知った連合市民もこの状態が続く事を嫌うだろう。
大規模な被害は出ていないから、大きな問題へと発展していないが被害が出た時こそ連合への責任追及が始まると思う。
まだ対岸の火事のようにしか思っていないのだ。
「何時まで暢気に構えていられるかな?」
「そう長くはないでしょう。
まもなく木連の宣戦布告が始まります」
火星からの報告を聞いていたミハイルは本当の意味で和平への道が開く事を知っていた。
「そうだったな」
「はい、そろそろ目を覚ましてもらわないと困ります」
「平和ボケした連合市民が簡単に目を覚ますかな?」
「覚まさなければ、戦争が続いていくだけの事です。
これも自業自得というものです」
はっきりと告げるミハイルにロバートは苦笑していた。
そこへSSからの通信が入ってきた。
『申し訳ありません、会長。
リチャード様の監視をしていた者達が殺されました。
現在はリチャード様の所在は掴めず、完全に見失いました』
「な、何だと!?」
「それでSSの方の被害は?」
焦るロバートと被害の確認をするミハイルにSSは告げる。
『殺害方法ですが、おそらくサイボーグによるものと推定できます。
監視していた人員は全員死亡、リチャード様はおそらく……彼らと合流後に逃走したものと思われます』
「……分かった。大至急に捜索を行い、発見後リチャードを含む関係者全員の処理を開始せよ」
「か、会長!?」
叫ぶミハイルを片手を挙げて制止させると更に続ける。
「あの馬鹿者の事だ、おそらくマシンチャイルドの子供達を自分で処理すれば復帰できるなどと考えたのだろう。
これ以上大人の都合で子供達に迷惑を掛ける気はない。
先の読めぬリチャードが黒幕ではないだろう。
万が一欧州でテロ行為が行われたら、火星の独立も上手くはいかない。
そうなれば戦争も長引き被害は拡大する危険性もある。
発見次第、処理せよ……責任は私が取る。
これはクリムゾン会長としての厳命だ」
完全に非情に徹したロバートの宣言に二人は驚きながらも従った。
『了解しました』
「では私はアクアお嬢様に注意を呼びかけます」
「身内の恥を晒す事になるな。
リチャードの背後にいる者に注意せよ。
目的が判らん以上は何をするか……それにサイボーグだとすれば戦闘力もあるだろう」
『では、直ちに追跡します』
「私は連絡後にサイボーグ関係の科学者を中心に背後関係の調査を優先します」
「うむ、まかせたぞ」
「『はっ』」
ミハイルは部屋を出ていき、SSも通信を切り、ロバートは独り会長室にいた。
「リチャードの馬鹿者が……」
息子すら切り捨てなければならない椅子に座るロバートは泣きたくなっていた。
「全てはわしの所為だが、ここで終わらさなければ」
この先、誰がクリムゾンの会長になるか分からんが、自分のような思いだけはさせる訳にはいかんとロバートは思う。
そんな思いを持ってロバートは生きていく。
次の世代にはもう少し暖かみのある椅子にするべく、仕事を再開する。
自らの生き方にけじめをつける為に。
―――木連作戦会議室―――
士官達は真剣な表情で佐竹の報告を聞いていた。
この先の月の攻略戦で使用する事になる機体とジンシリーズの違いを戦術に組み込む事になるからだ。
「この機体を活用するに当たって艦長は使用を禁止させていただきます。
大体艦長が艦を離れて先陣を切る事がおかしいのです。
この際にきちんと部隊を再編成する事を進言させていただきます」
「何の心算だ―――!
俺達を馬鹿にしているのか、貴様ぁ!」
月臣元一朗が叫ぶと士官達も文句を言うが、佐竹は呆れたように告げる。
「当然でしょう、戦艦の艦長が自分の職務を放棄して戦場に立つ事が素晴らしいと言われるのですか?
地球や火星では乗員の区別はしているみたいです。
第一戦局全体を把握しなければならない艦長がいない艦隊など誰が指示を出すのですか?
命令系統の問題が起こる前に改善するべきです。
ジンや飛燕の操縦がしたければ艦長ではなく搭乗者になれば問題はないはずです、違いますか?」
艦隊決戦もあるのに艦長が機動兵器で戦うなど何考えているんだと、佐竹が言うと草壁が応える。
「つまり状況が変わってきたから、我々も対応できる部隊に変更しろと言うのだな」
「左様です、飛燕は機動性に関してはジンを大きく上回りましたが、防御に関してはジンには及びません。
したがって現場の指揮官が搭乗して戦死されると命令系統がおかしくなります。
指揮官不在の烏合の衆が勝てると思いますか?」
正論を告げる佐竹に士官達も考え込むが、月臣は馬鹿にするように言う。
「なら防御力は上げればいいだろう。
相転移エンジンを小型にして組み込めば問題はないだろう」
「じゃあ、代わりに造ってくれるか」
売り言葉に買い言葉と言ったふうに佐竹が喧嘩上等と告げていく。
「こっちは予算も人材も回されずに仕事してんだよ。
何度も相転移エンジンの小型化の研究予算を申請したがな、全部却下されてんだよ。
お前らみたいに優遇されていないんだよ。
今頃になって急いで造れなんて言われて困ってんだ。
地球や火星みたいに相転移エンジンを一から開発している連中と、
遺跡から造られたエンジンを改良もせずにそのまま使っている俺達と一緒にすんなよ、ど阿呆が!」
造って欲しいんなら予算を回せと言う佐竹に士官達は罵るが、全然佐竹は気にしていない。
「言っとくけど、この先の戦闘で勝ち続ける気なら開発費を回せよ。
正直に言うと飛燕だと今は勝てるが、開発競争が盛んな地球ならいずれ上回る機体が出るからな。
予算を回してもらえないと作るのは難しいですよ、閣下」
死にたいなら金出すな、生き残りたいなら金を出せと佐竹は言う。
物分りの良い士官達は黙り込むが、理解してない者は文句ばかりを言っている。
「理解してないようだが、おそらく火星の機体はジン同様に相転移エンジンを搭載してるんだよ。
判るか、向こうは小型化に成功してんだよ。
ジンなんざ、火星の機体の前には役立たずなんだよ。
機動力、攻撃力、防御力で上回り、そして跳躍可能な兵器なんだぞ。
しかも跳躍砲すら装備してる機体にジンが勝てると思うのか?」
現実を見ろよ、馬鹿どもがと告げる佐竹に文句を言っていた者もそれ以上は言えなくなっていた。
「では予算を回せば作れるのかね?」
「時間は掛かりますよ、閣下。
なんせ最初から始めていくんだ、二年から三年は掛かると思います。
元老院のジジイどもは山崎ばかり優遇してまっとうな技術者の方には予算を回しませんでした。
そのツケを俺達は命で支払っていくのさ……悪くはないだろう。
お前達ゲキガン馬鹿のおかげで市民の犠牲は増えていくんだから、文句は言うなよ」
木連は火星に技術で追い抜かれ、地球にも追い着かれてきていると佐竹は冷静に一技術者として草壁と士官達に告げる。
冷水を浴びせられたように背筋に寒気を感じる士官達であった。
「まっ予算を回してもらえれば、死にたくはないから全力は尽くすさ」
肩を竦めて技術屋の誇りを胸に秘めて佐竹は話す。
「分かった、予算に関しては考えよう。
佐竹技術主任の言う事も一理ある。
この先にある艦隊決戦時に指揮官不在の艦隊など勝てはしないだろう。
ならば勝つ為に人員の配置も考えなければならない」
草壁の宣言に士官達も口を挟まなかった。
「状況は刻一刻と変化している。
我々も勝つ為に対応する必要性があることは間違いない。
高木君には悪いが急ごしらえの部隊になる可能性もあるので、月では訓練も出来る限りしてこちらに報告して欲しい。
君達の部隊の編成に木連の命運を預ける事になるかもしれんからな」
「はっ! 全力を持って事に当たらせていただきます」
月の攻略という重要な立場になった高木は真剣な表情で言う。
しかも実験部隊とはいえ自分が木連の命運を担うのだ。
高揚する感情が高木の中に溢れていた。
(閣下も口が上手いよな。
これで高木さんは全力で攻略するから時間を稼げる事になるかも)
秋山は次の新型の機動兵器が出来るまでは時間を稼ぐのだろうと思っていた。
「あっそうだ、撃墜王には優先的に新兵器を渡すから頑張れよ」
搭乗者のやる気を煽るように佐竹が言う。
言葉の意味を理解した者は苦笑していたが、士気の高揚には悪くないと考えていた。
木連も仕切り直して戦いに臨む環境へと移行していった。
―――墓地にて―――
初夏の到来を告げるような陽射しの中で女性は独り墓の前で手を合わせていた。
「……叔父さんが死んでから三年が経ちました。
あの頃は叔父さんが死んだ意味が理解できずに泣いてばかりでしたが、今は少し理解できました」
腰まで届く長い黒髪の少女とも大人の女性との間の娘は静かに話していく。
「人体実験なんて馬鹿げた事をした叔父さんも悪いですが……死んでどうするのですか。
例え罵声を浴びても生きて欲しかったです」
遺された家族の想いを口にして娘は目に涙を浮かべる。
「今度、戦艦に乗る事になりました。
職務権限が上がれば叔父さんの事も調べる事もできるようになります。
叔父さんは反対すると思いますが、私は真実が知りたいです」
娘は立ち上がると告げる。
「死ぬかもしれませんが、後悔はしたくありません。
見守ってください、叔父さん」
娘は静かに前を向いて歩き出す。
大好きだった叔父の死の真相を知りたい……その為に命を賭ける事も後悔しない。
アリマ・カスミは真実を求めてナデシコへと乗艦する事を決断した。
―――会議室にて―――
「給料は上がるんですよね?」
新入社員の少女に教育係の先輩社員は話す。
「まあ、上がるけど戦艦の中で生活してると使い道はないよ。
それに使わずに死ぬ事もあるぞ」
付き合いこそ短いが死ぬには惜しいと彼は判断していた。
(オペレーターとしては優秀なんだよな。
できれば本社に勤務させておきたいんだが)
戦艦に乗れば死ぬ事もあるかもしれない。
戦争中とはいえ自分よりも年下の少女を死なせるのは気が引けた。
「戦争中だから死ぬ時は死にますよ」
あっさりと話す少女に彼はため息を吐いていた。
「それにウチの戦艦なんですから信用しないと」
「自社製品だから信用してないんだよ。
上層部が馬鹿やったせいで危険なんだが」
苦笑して状況を理解させようとする先輩社員に少女は笑って話す。
「でも業務命令だから拒否は出来ませんよ」
「命あってのものなんだが」
「私が拒否したら他の誰かが行くんですよ。
その人に悪いじゃないですか」
ニッコリと笑って話す少女――アリシア・ブラインを見ながら、こいつは大物だと先輩社員は思っていた。
―――ネルガル社員食堂にて―――
福利厚生に力を注ぐネルガルは社員食堂の充実差には定評があった。
そこで二人の女性が食事を終えて話していた。
「グロリアはどうするの?
私はコスモスに乗船の予定だったから問題はないけど」
肩で髪を揃えた栗毛の女性は静かに目の前の赤毛のショートカットの女性に聞いていた。
「ふむ、特に問題はないな。
六年ほど軍に在籍した事もあったから今更戦場に出る事など気にはしないが」
「そうなの、貴女って経歴不明な所が多いわね」
呆れるような感じで話す女性に、
「女は謎が多いほうが面白いだろ、セリア」
楽しそうに話を返していく。
「貴女とは付き合いは長いけど未だにわかんない事が多いわ」
「お互い男がいない事が共通点だな」
「……そうね、どうしてかしらね」
青筋浮かべて目の前の女性を睨むが相手の女性は気にしていないようだ。
「私の場合は単に興味がないだけだが、セリアの場合は男に問題があるな。
もう少し理解のある奴なら長持ちするかもな。
そうか、セリアがもう少し相手を持ち上げてやるかだな」
「……無理よ、今更自分を変える気はないわよ。
そんな事できるならとっくに結婚でもしてるわ」
「なら当面は独り身だな」
容赦ない言葉にセリアは反論したかったが、相手のほうが先に言った。
「まあ気分転換に戦艦に乗るのも悪くないだろう。
生死が掛かった状況なら心境も変化するさ」
「ホント、貴女ってドライなのね」
「そうかもな」
セリア・クリフォードの嫌味など気にせずにグロリア・セレスティーはコーヒーを口にする。
(気ままに生きる女って貴女みたいな人なのかもね)
セリアの考えなど知らずにグロリアは次の仕事場であるナデシコの状況を考える。
(まあ死なない程度に頑張るさ)
自分だけは生き残る自信があるグロリアはナデシコでの生活を快適にするように仕事の内容を分析していた。
―――開発室にて―――
「ナデシコに乗るか、本社に残ってエステ2の開発に従事するか……か?
どっちに転んでも仕事の量は増えるじゃないの」
勘弁してよとミズハは嫌そうに目の前の現実に向き合っていた。
「まあ仕方ないわね。
ナデシコにはウリバタケさんがいるから開発室にいるより仕事が増えるわよ」
「そうね、プロス氏が目を光らせていたけど絶対に何か開発してるわよ。
……マッド系だから」
「リーラさんもエリノアさんもサブパイロット扱いでナデシコに行くのですか?」
ミズハが二人に尋ねる。
「行く事になると思うわ。
オモイカネの調製も万全とは言えないし、現場で調製を考える必要もあるから」
「実戦での稼動記録を録りながら作業する方が楽といえるわね。
月の状況も厳しいからこっちでエステ2の開発も行うみたいだから忙しい事には変わりはないのよ」
木連が月を攻略する為に部隊を増援しているとの情報に本社も技術者と家族を避難させる決定を下したのだ。
「条件は一緒みたいだからナデシコの方が良いわよ。
移動の手間は省けるから」
サセボでの仕事の後で自宅に帰った時の状況を思い出してミズハとエリノアは考え込む。
「確かに大変でしたね」
「そうね、予定を越えてサセボに滞在したから」
「そういう事よ。本社勤務だから負担は少ないけど忙しくなる事は間違いないわ。
だったら条件の良い方に決めるべきよ」
リーラが告げるとミズハがナデシコでの生活を思い出す。
「ホウメイさんの御飯……美味しかったです」
「そうね、艦内で泊り込んでいたから掃除や洗濯の負担も少なかったわ」
「戦争だから何処にいても危険があるわ。
後は私達次第じゃないかしら?
ただ……ナデシコに乗るという事は自分から人殺しの仲間入りになるからきちんと考えるのよ」
リーラの意見に二人も一日ほど考え込んだ。
ミズハとエリノアの出した答えはナデシコに乗る事だった。
「今更綺麗事を言う気はありませんよ」
「いい気分じゃないけど、戦争だから割り切るわ」
こうして三人はメカニック兼パイロットという役割でナデシコに乗艦する事になった。
―――極東連合軍支部―――
ドアをノックして私は部屋に入る。
「失礼します、イツキ・カザマ入ります」
会う事もないトップの人間からの呼び出しに私は緊張していた。
「うむ、実は君にナデシコへの乗艦をしてもらう事になった」
ミスマル提督の言葉に私は困ったように尋ねていた。
「えっと、左遷ですか?」
「いや、そうではない。ネルガルとの共同でエステバリス2の開発を進める事になったのだ。
君の役目はテストを兼ねて報告をしてもらいたいのだ」
ムネタケ参謀が私の質問に答えてくれた。
「現状ではエステバリスでも十分に対抗しているが、この先は木連も機動兵器を出してくるだろう。
それまでに少しでも早く新型を出せる状況にしたいのだ。
これにはネルガルも賛成してくれたのでナデシコで実戦形式での試験運用を行う方向で合意した。
君は私の息子であるムネタケ・サダアキ中佐の部下としてナデシコに配属される」
(フクベ提督と協力してこの戦争の真実を公表したムネタケ中佐ですか。
内部告発は軍では許される事ではないのですが、
毅然と不正を明らかにして部下達の命を無駄死にさせないようにした立派な人でもありますね)
口調こそオカマだが、部下を大事にする良識ある上官と言われている。
実際にはエステバリスの運用方針も中佐の資料から決定されていた。
一時期は軍と喧嘩別れしていたネルガルとの間に入って和解させるなど、
この戦争で一気に才能を開花させた人物と噂され、話の分かる上官との声も上がっていた。
「ではイツキ・カザマはナデシコへの配属を拝命します」
「うむ、君は少尉としてナデシコへ配属される。
ナデシコは対艦フレームの操縦できるエースクラスのパイロットが何名かいるので腕を磨くといい」
「はいっ!」
対艦フレームの性能の良さは操縦している私には理解できた。
ナデシコには自分以上の実力を持つパイロットがいる事に私は嬉しくなってきた。
そんな私にミスマル提督が話す。
「すまないが、君にはもう一つ重要な任務がある。
ナデシコの艦長は私の娘だと知っているね」
「は、はあ、それが何か?」
どう答えるべきか迷っていると、ミスマル提督は言う。
「君はユリカの近況を私に知らせるように……いいな」
(お、親馬鹿ですね……)
私は呆れて声が出なかった。
ミスマル提督の親馬鹿ぶりは聞いていたが、まさかここまでだとは思わなかったのだ。
「息子が拒否してな、週に一度でいいから送ってやってくれ」
ムネタケ参謀長が苦笑して話した。
「参謀長はどうしますか?」
「私は要らんよ。息子は自分の道を歩き出したんだ。
もう大丈夫だからな」
「ヨッちゃん、それは嫌味かな」
ミスマル提督がムネタケ参謀長に訊ねる。
「そう思うんだったら、いい加減自由にさせてやったらどうかね。
はっきり言ってあの子の言動のおかしさはコウちゃんが甘やかしたせいだぞ」
呆れた様子で話すムネタケ参謀長にミスマル提督も考え込む。
「で、では私はナデシコへの配属でよろしいんですね」
「ああ、これを持っていきなさい。
君はナデシコに乗艦と共に少尉へと任命される。
ネルガルと協力して新型の開発に現場の意見を加えるように」
ムネタケ参謀長は私に辞令と幾つかの書類を渡して退出するように話した。
落ち込むミスマル提督を見ながら私は部屋を出るとドッと疲れが出てきた。
こうして私はナデシコへの配属が決まった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
いよいよナデシコが再起動します。
新規に配属されるクルーの事をわずかでも書いてみましたがどうでしょうか?
少しずつクルーの事も書いていけるといいんですが。
では次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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