選択を迫られる時が近づく
家族を守る為に私は戦い選択する
また己の尊厳を懸けて戦いを選択する
間違いを正そうとする事が大事な事だと思う
それは簡単でとても難しい事だと感じるから
僕たちの独立戦争 第四十二話
著 EFF
「はぁ〜これからどうしよう〜」
深いため息を吐いてユリカは艦長席で悩んでいた。
これまでの事を考えると自分は役に立っているどころか、足を引っ張っていると思うのだ。
戦争が始まる――そうムネタケ提督は話していた。
過去の遺恨ではなく、自分達の存在を懸けて戦いに挑む木連。
連合政府の犠牲になって全滅させられかけた火星。
しかも未だに反省していない地球。
木連も火星も地球との間には深い溝があるのだ。
「どうすればいいのかな〜」
戦術シミュレーションではトップであった彼女でも政治的な問題に対処するのは難しかった。
戦いに勝っても両者の間には遺恨が火種のように残ると分かるからだ。
そして火種はやがて火事へと発展しかねない状況でもあった。
「ねぇ、ジュンくんはこの戦争を終わらせるにはどうすれば良いと思う?」
「え、ええっ、急に言われても今の状況じゃあ終わらせるのは難しいよ、ユリカ」
突然の事でジュンも満足には答える事は出来なかった。
「だよね〜、木連さんは連合政府には宣戦布告したけど連合市民は知らないんだよね」
簡単に地球と木連の状況を話すと、
「そうだね、木連を国家として認めていないから終わらせようがないんだよ」
ジュンが今の状況を考えて難しい顔で話す。
「火星の独立を認めないなんて言うのも問題だよね〜」
「提督が調べて公表した情報を見る限り、連合政府は最初から火星を切り捨てていたから問題だよ。
火星はもう連合政府には従わないよ。
ネメシスの一件もあるから信頼関係はなくなったようなものだね」
「もしかしたら火星と木連は協力して地球を攻撃する可能性もあるかな?」
「う〜ん、今のところはないと思うけど、この先の地球の行動でそうなる可能性もあるかも」
状況的にありうる可能性にジュンも心配していた。
「そうなったらアキトと私は敵味方になるのね」
「ユ、ユリカ?」
いきなり話題が変わっていくのでジュンはついていけなかった。
「もしかしたらロミオとジュリエットになるの?
愛し合う二人が戦争で引き裂かれて……それでも運命に抗って幸せを求める……いいかも」
恋愛問題へと何故か発展するユリカの考えにジュンは絶句していた。
「なに言ってんのよ。
アンタはフラレたのよ、いい加減にしときなさいよ」
ブリッジに入って来たムネタケが呆れるように告げる。
「そ、そんな事ないですよ。
アキトは私が好きなんです」
慌てて反論するユリカにムネタケは言う。
「別れの挨拶もないのに。
テンカワはブリッジのクルーや食堂のメンバーには別れの挨拶をしてから降りていったわよ」
「そ、それは……そう恥ずかしかったんですよ。
アキトって照れ屋さんですから」
「まあ……いいけど仕事はしなさいよ。
アンタの指揮でクルーの生存が決まるから、いい加減な事をするなら本気で降格させるわよ」
いつでも斬り捨てるわよとムネタケが話すとユリカも真剣な顔で言う。
「だ、大丈夫です。艦長の責任はきちんと果たします」
「言っとくけど、ナデシコはオペレーターが変わるから本来の性能を発揮できない事を覚えておくのよ。
ホシノさんがいる時とは違うから注意しなさいよ」
「提督、そんなに変わるのですか?」
副長であるジュンが尋ねる。
「ホシノさん一人でしていた作業を4人で分業する事になるの。
つまり一人にしていた指示が四つに分かれるわ。
その為に発進前にシミュレーションで確認する事にしたのよ」
「えっと、私は一つの指示を四つにしないといけないんですか?」
「そこまでいかないけど、火器管制、出力管制、航法管制、防衛管制の四つに分けるわ。
エステ隊の指揮は副長に任せる事になるから艦との連携にも注意しなさいよ」
ユリカの質問にムネタケは簡単に話す。
「通常の移動時は?」
「二人でする事になるわ」
ジュンの質問に答えるムネタケにユリカは訊く。
「ほえ〜ルリちゃんとアクアさんって優秀だったんですね。
じゃあ他のマシンチャイルドっていないんですか?」
無邪気な問いにムネタケは呆れていた。
一般の人間には彼らの痛みなど理解できないかも知れないとムネタケは思う。
「マシンチャイルドを作るのは違法行為なのよ、そんな事も知らないの。
それにアンタの都合で子供を戦場に出していいのかしら?」
「えっと……すいません」
さすがに自分の意見が間違っていた事に気付いて謝るユリカにムネタケは続ける。
「廃棄処分ってどういう意味か理解してる?」
「それって……まさか」
顔を青くしてジュンがその先を言えずにいる。
「廃棄処分は言葉通りの意味よ。
モルモットみたいなものね、基本的なデーターを取り終えて……後は危険な実験をして殺すのよ。
かろうじて生き残ってもまた次の実験をされて死ぬまで苦しませていく事なのよ」
冷めた目でユリカを見るムネタケは思う。
(何、青い顔してんのかしら。
まあ世間知らずのお嬢様だからこんな現実なんて知らなくて当然か)
「だから言っとくわよ。
もしアクアちゃん達の前で今みたいな事を話したら殺されても仕方ないかもね。
あの子達はアンタみたいに痛みを知らない人間を嫌うわ。
ミスマル提督に甘やかされて育ったみたいだけど、少しは現実の怖さも知っておくのよ。
自分らしく生きたいなんて言ってるけど、
恵まれた環境で生きてきたアンタの言葉はアクアちゃん達から見れば只の我が侭よ」
そう言うとムネタケは自分の仕事を始めた。
「やっぱり世間知らずのお嬢様なのかな、私って」
「僕もユリカと同じみたいなものさ。
分かっていたけど、現実は厳しいものだね」
「……うん」
ジュンがショックを受けていたユリカを慰めていた。
ジュンも少なからず動揺していたが、
自分以上に動揺していたユリカを立て直す方を優先したのは長い付き合いからか、
副長としての責務なのかは分からないが、フォロー役としての資質はあるとムネタケは見ていた。
(問題は戦闘時のフォローね、艦長がミスした時にすぐに対処できるかどうかね)
出来る限り自分は口出しせずに才能ある二人に任せてみたいとムネタケは考える。
(副長はどっちかというと軍官僚型で、艦長は前線指揮官になれそうだけど言動を何とかしないと)
あんな言動ばかりしていては部下も耐えられないだろうとムネタケは思う。
戦争終結後に軍に戻ってもトラブルが起きる可能性は大きいのだ。
民間人で構成されているナデシコだからトラブルは少ないだけで、軍人で構成された艦艇なら絶対に問題になるだろう。
(まあ余計なお世話かもしれないけど、注意しておくわ)
ムネタケは苦笑して二人を見ながらナデシコの出航準備のスケジュールを確認する。
改修されたナデシコの出航まで後二週間だった。
―――トライデント艦内 アクアの私室―――
「そういえばもうすぐ誕生日でしたね。
簡単なパーティーの準備を進めておきますか、アクア様」
戦艦にいる為に派手な事はできませんねと残念そうにマリーは私に話す。
カレンダーを見ながら、私はもうすぐセレス達の誕生日が近づくのを感じていた。
「そうね、去年は初めてだからあの子達も意味が理解できなかったかも知れないけど、
今年は楽しみにしてくれると嬉しいんだけど」
「はい、三人には二回目ですが、他の子供達には初めての経験です。
楽しんでもらえると良いですね」
微笑むマリーに私は子供達が幸せになってくれる事を願っていた。
「六月に三人の誕生日、七月にはルリ様の誕生日、来年には今いる子供達の誕生日を祝ってあげられますね」
「そうね、マリー。
来年にはこの戦争が終わると嬉しいけどね」
「大丈夫です。
その為にクロノさんも火星の皆さんも頑張っているのです。
来年は無理でも再来年には終わっていますよ」
悲観的に話す私にマリーはもっと皆さんを信用しなさいと言う。
やはり私にとってマリーは亡くなった母親同然の存在なのかも知れない。
そんな想いになっていた時にその連絡は入ってきた。
『アクア様、緊急回線でミハイルさんから通信が入ってきています』
「ダッシュ、繋いで」
私の指示にダッシュは通信を繋ぐ。
ミハイルさんはお爺様の懐刀とも言える存在だった。
どんな時も冷静に判断を下して、最小限の動きで最大限の結果を導き出そうとする人だった。
お爺様もミハイルさんを信頼して、クリムゾン内部の監査を任せる程の人物だった。
『取り急ぎ用件だけを先にお伝えします、アクア様』
「何か問題でお発生しましたか?」
『はい、リチャード様が姿を消しました。
おそらく目的はそちらにいるジュール、モルガ、ヘリオの三名を狙っての行動だと推定されます。
問題はリチャード様を唆して、裏で操る人物の存在です。
もしかすると三名だけではなく、他のお子様も狙われる可能性もありますので警戒を。
既にSSのメンバーが何名か死亡しています。
サイボーグか、強化人間の可能性も考えられます。
クロノさんにも十分な警戒を促してください』
告げられた事に私は泣きたくなってしまった。
(お父様は何を考えているの……まさか私から家族を奪うのですか)
動揺していた私に代わってマリーがミハイルさんと話していた。
「分かりました、クロノさんには伝えておきます。
周囲の警戒はグエンさんに任せておきますが、人員は回せますか?」
『安心して下さい、こちらからも護衛のメンバーを周囲に展開させます』
「ではよろしくお願いします」
『はい』
通信を終えて再び部屋には私とマリーだけになっていた。
「アクア様、気を確かにして下さい。
あなたは子供達の母親であり姉でもあるのです。
何時までもあの頃のままの泣き虫のままでいるつもりですか」
マリーの叱咤する言葉に私は今しなければならない事を考えて実行に移そうとした。
「クロノとグエンを呼びなさい、マリー。
私は打つべき手段を用いて家族を守って見せるわ」
「はい、それでこそ母親です。
ダッシュ、オモイカネ、子供達を守りましょうね」
『『任せて』』
微笑んで私に頑張りなさいと告げるマリーはダッシュ達にも力を貸してくださいと言う。
「あの頃のように独りではないのです。
皆さんの力を借りて大事な家族を守りましょう、アクア様」
マリーに頷き返すと私はクロノとグエンを待つ。
家族を失う怖さを振り払って愛する家族を守る……ただそれだけ考える。
―――連合軍本部 司令官室―――
苛立ちを隠せずに司令官は舌打ちする。
「ちっ、計算外だな。
まさか火星の部隊がここまで活躍するとはな」
欧州戦線で活躍する《マーズ・ファング》に司令官は不味い手を打った事に気付いていた。
「このままでは欧州も火星の独立を承認しかねないぞ。
そうなれば私は破滅だ」
火星が独立すれば、先の第一次火星会戦の責任追及が始まるだろう。
戦争中は誤魔化せても、戦後に必ず追求してくる事は間違いなかった。
そうなれば最悪は戦争犯罪人として処罰を受ける可能性も出てきたのだ。
「不味い、不味いぞ。何とかしないと」
グルグルと部屋を歩き回りながら彼は考えていく。
「クリムゾンを……いやダメだな。
なら敵対関係のネルガル……もダメだな」
様々な考えを巡らせるが、良い案は浮かばずに悩んでいた。
「いっそ火星の独立を許さない組織を利用してテロでも起こすか」
軍人としてあるまじき考えをする男であった。
この部屋での会話と行動記録はクリムゾンが押さえている事に気付かない男は策謀が失敗する事に気付いていない。
―――クリムゾン 情報二課―――
表向きは資料編纂室と言われ、閑職になっている部署ではあったが、
その実態はクリムゾンSSのメンバーで構成された部署でミハイルは会議を行っていた。
「厄介な事になりましたね。
軍人としては無能なくせに、陰湿な策謀だけは優秀とは」
呆れた声でミハイルは状況が最悪な方向へと動いている事に苦い顔をしていた。
「そうですな、未だリチャード様の行方は判明しないのに」
SSの一人がリチャードの消息不明の状態に顔を顰めていた。
「最悪の事態も考えないといけませんね」
ミハイルの言葉にリチャードは既に殺された可能性もあると考えざるをえないと誰もが思っていた。
「サイボーグ、ブーステッドマン――強化人間――の関係で浮かび上がってきた人物はいますか」
ミハイルの質問にスクリーンに一人の人物の詳細が映った。
「ゲオルグ・ラング――生体工学の第一人者だった人物です。
ただその思想に問題があった為に学会からは追放され……現在は行方が分かりません。
他にサイボーグ関連に該当する人物はいましたが、全員の所在は明らかになっております」
「続いて偶然にもSS殺害現場に残っていた映像から犯人の正体が判明しました」
別のSSからの報告にミハイルは問題の映像を見る。
「……惨いな、ここまで生体強化できるものなのか?」
SSのメンバーの肉体を紙の様に引き千切りながら狂ったように笑い続ける男にミハイルは疑問を感じていた。
「この人物の身元は判明しましたか?」
「現場に残されていた指紋等から判明しています」
該当する人物の資料を読んでミハイルは疑問が氷解していく。
「マインドコントロール……かな」
「その可能性は十分あります」
目の前に映し出された映像とその男の履歴があまりにかけ離れていたのだ。
「優秀で冷静な軍人……なんだが」
「まるで正反対になっていますな」
「勝てますか?」
「難しいですな……狂人なら勝てますが、どうやら理性もまだ残っているようです」
損害を考えて苦渋にまみれた顔でミハイルに話す。
「まずは彼らの拠点を捜す事にしましょう。
こちらにはクロノ・ユーリさんがいます。
正直なところ彼に力を借りるのは心苦しいですが、我々がバックアップすれば何とかなるかもしれません」
アクア様の大事な人を危険な目に合わせるのは避けたいが、確実に倒さねばならないことも事実だ。
ならば万全の状態で戦える状況にしたいとミハイルは考える。
「では連合の馬鹿の監視を強化してすぐに対応できる準備と、
欧州に潜伏していると思われるゲオルグ・ラングの拠点捜しに全力を尽くします」
「お願いします」
ミハイルは最善の選択をしたいと考える。
(できればリチャード様の安全を確保しつつ、クロノさんを使わずに我々だけで解決したいですね)
ロバートの苦渋の決断、アクアの憂いを無くしたいと思う。
状況は最悪の方向に進んでいるが、ミハイルは諦めない。
―――ナデシコ格納庫―――
「よろしくお願いします、提督」
私は目の前にいるムネタケ提督に敬礼をして着任の挨拶を告げる。
ムネタケ提督は渡した着任届けを読み終えると話す。
「ここは民間人で構成された戦艦だからもっと気楽にしてもいいわよ。
軍艦に乗っている感覚で行動していたら身が持たないから気をつけなさい」
「は、はあ」
私はどう答えるべきなのか分からずに曖昧な返事をしていた。
そんな私にムネタケ提督は苦笑して話していく。
「内容は聞いてるわね」
「はい、開発中の新型の機動試験ならびに実戦での稼動試験ですね」
「そうよ、貴女が乗る機体はスタンドアローンも視野に入れて作られる機体よ。
今はエステバリスでも十分通用するけど、この先は木連も新型を投入してくるわ。
とても重要な任務になるけど命を粗末にするような事は許さないわよ」
「は、はい」
ムネタケ提督は想像以上に出来た人物に思えた。
命を無駄にするな、生きていれば何とかなると私に告げるのだ。
(ここは居心地の良い場所になりそうですね)
そんなふうに私が思っていると整備士の方が声をかけてきた。
「おっと新人かい、提督」
「ええ、軍から派遣されたパイロットのイツキ・カザマさんよ。
彼はナデシコの整備班班長のウリバタケさん、新型の開発にも携わっているから問題があれば相談しなさい。
腕は一流だけど、ちょっと趣味に走る人だから気を付けなさいよ」
笑いながら提督は私に紹介してくれる。
「言ってくれるぜ、提督。
まあ新装備の実験もやるから忙しくなるが、不具合がでたらすぐに話してくれ。
ネルガルからも技術者とテストパイロットが来るから負担は少なくなるから安心していいぞ」
笑顔で話すウリバタケさんに私は挨拶する。
「イツキ・カザマと申します。
よろしくお願いします」
敬礼する私に二人は苦笑していた。
「軍艦であって軍艦じゃねえから敬礼はいらないぞ」
「そういう事よ。では艦長に挨拶して明日から作業を始めるわ。
ここには熱血馬鹿とバトルマニアがいるからペースを奪われないように気をつけなさいよ」
意味不明の事を告げる提督に唖然とする私を見ながらウリバタケさんは違いねえなと笑っていた。
この艦が規格外れの人物が多数いる事に私は気付かない日常の一コマであった。
翌日、イツキはナデシコ食堂のご飯の美味しさに感動していた。
豊富なメニューに美味しいご飯……軍の食堂では考えられない事だった。
(幸せです。ナデシコに来て良かった)
軍での食事を思い出してイツキは泣きそうになっていた。
「なあホウメイさん、あいつはなんで泣きそうにしながら飯を食ってんだ」
「そりゃあ軍の食事が不味いからだよ。
軍ってね、無駄な事は全部省略していくもんなんだよ。
当然食事なんて食べられたら問題ないと考えているんだね。
リョーコも戦後に軍に入るなら飯の不味さには文句を言うんじゃないよ」
従軍経験のあるホウメイは軍の士官と食事の事で揉めた事を話していた。
内容は味など気にするな、コストを下げて無駄を無くせなどと言う内容だった。
「軍って大変なんだね〜」
「そんなものよ、軍なんて」
昨日紹介された同僚三人のパイロットの会話に気付かずにイツキは食事を楽しんでいた。
「うむ、飯が美味い事は良い事だぞ。
軍にいた時は食事の度に美味いもんが食いてえと思ったもんだな」
「何だヤマダか」
会話に割り込んできた人物を見たリョーコは気にせずに食事を続ける。
「ふっ、ヤマダ・ジロウの名は仮の名であったな。
今の俺はダイゴウジ・ガイへと生まれ変わったのだ」
得意げに話すガイにリョーコは叫んでいた。
「ホ、ホントに変えたのかぁ―――!?」
「マジ?」
「やるわね、ヤマダくん」
「そう、その通りよ!
生まれ変わった俺の名はダイゴウジ・ガイ!
これからはガイと呼んでくれよ!」
アクアのアドバイスを聞いて本当に名前の変更を行ったヤマダ・ジロウに三人は驚愕していた。
「ちっ、仕方ねえな。
本気で名前を変えた以上はガイと呼べばいいんだな」
舌打ちしてリョーコは悔しそうに言う。
アクアのアドバイスを聞いて本気で改名するとは思わなかったのだ。
「じゃあ、ガイ君でいいんだね」
「仕方ないわね、ダイゴウジ君で良いわね」
呆れながらもヒカルとイズミも言う。
「おう、これからはそう呼んでくれ」
新たな名を得たダイゴウジ・ガイは満足して応える。
三人は目の前の熱血馬鹿が本当の馬鹿になったと思っていた。
そこへ食事を終えたイツキがやって来る。
「えっとおはようございます、リョーコさん、ヒカルさん、イズミさんに確かダイゴウジさんでしたね」
「おう、ダイゴウジ・ガイだ。よろしくな」
「イツキ・カザマです、よろしくお願いします」
(既に洗脳済みなのか?)
リョーコがそう思っているとヒカルが聞いてくる。
「えっとガイ君とは初めて会ったんだよね?」
「ええ、昨日乗員名簿でパイロットの皆さんと整備班の皆さんのプロフィールを確認したんです」
何かおかしかったかと不思議そうにヒカルを見るイツキだった。
何時の間に乗員名簿まで変更したのかと驚愕の思いで三人はダイゴウジを見つめていた。
―――木連作戦会議室―――
「では部隊の再編に伴い女性の社会進出を考えるというのですか?」
士官の一人が気まずそうに草壁に問う。
「うむ、現在の木連は女性は家を守る事が最大の仕事だが、
戦争が長引く事を懸念して社会での活動を男性の代わりに行ってもらわないと社会体制が崩壊する恐れが出てきた」
草壁も苦虫を潰したような表情で苦渋の決断だと答える。
少年兵を学徒動員する気はないと草壁は考えていた。
「いずれ動員令を発動した時に女性が木連の社会体制を肩代わりしてもらう事で後顧の憂いを失くすのが目的だ。
いきなり作業を行わせるより今のうちに慣れて貰いながら準備を進める方が混乱もないだろう」
決戦時における木連の体制に不備が出ないように配慮する草壁の考えに士官達も不本意ながら従う事に決めたみたいだ。
「また火星との共同で行う木連の宣戦布告だが、少し遅らせる事にしようと思う」
草壁の発言に士官達は火星との決戦を行うのかと考えるが、内容は正反対のものだった。
「現在火星が地球に対して独立宣言を行っており、その返答期限が差し迫ってきている」
草壁はここで一度説明を閉じて士官達を見つめる。
士官達は火星と現在の状況で戦う事の危険性を感じる者と、未だに簡単に倒せるなどと考える者に分かれていた。
(ふむ、7割が反対派で残りは未だに現状を把握しない者達か)
予想より反対派が増えている事に安堵した草壁は発言を再開する。
「地球が火星の独立を認めない時は我々にとって最大の好機になる。
私は木連が火星の独立を承認して国家として共に認める事で、
先の戦いで無差別攻撃を行った事を謝罪する事で火星との停戦を行い、
木連の攻撃目標を地球への一本化へと進めようと思う」
草壁の発現を聞いた士官達は驚愕の表情で見つめていた。
そんな彼らに草壁は説明を行う。
「まず我々の敵は何かと聞かれれば、やはり地球連合政府だと私は思うのだ。
火星と地球に住む市民は者達は我々の存在を知らされていなかった。
即ち連合政府そのものが隠蔽してこの戦争を行う事にした卑怯者達の集団だと確信した」
この言葉に士官達もこの戦争が地球の特権階級による私的な戦争にされた事を感じていた。
「火星はかつての我々より酷い立場になっていた。
独立するかどうかも判らない状態であったにも係わらずに、
地球は火星に我々の事を知らせずに我々の手を汚させる事で火星の住民を亡き者にしようと目論んだ」
かつて月を奪われた祖先は独立を宣言した後に追放されたが、火星は地球に従っていたにも係わらずに切り捨てられた。
士官達も流石に火星の状況に気付いて顔を顰めていた。
そして地球の悪辣な手段に憤りを感じていた。
「我々も感情的に火星に侵攻した事は間違いだったと反省するべきだろう。
間違いは正せば良い……こちらがきちんと誠意を示せば火星とは分かり合える可能性もある。
彼らは攻撃をしてきたが、その行為は先にこちらがした事が原因なのだ。
彼らは決して自分達からは攻撃してこなかった」
今までの火星の攻撃を思い返して草壁も士官達も火星は報復以外の攻撃は行わなかったと知っていた。
「敵を読み違えた我々にも責任はある。
戦うべきは我々の存在すら認めずに、木星蜥蜴などと蔑んだ地球連合政府なのだ。
火星は敵ではなかった……友人となりえる存在だったのだ」
草壁の言葉に士官達の中にも火星の事を地球の属国と考える事は止めようと思う者もいた。
「しかし今更ながら火星に謝罪して協力できる体制を作れますか?」
士官の一人が告げる現実の重さに草壁も士官達も悩む。
「ですが謝罪する事で火星との停戦は可能になるかもしれません。
本格的な戦争に突入する今はきちんと敵対するものを見定めて一本に絞る事も必要です」
「秋山君の言う通りなのだ。
二正面作戦を出来るだけの余裕は我々には無い。
ならば我々の存在を否定した者を討つ事で我々の尊厳を取り戻そうではないか」
秋山の意見に草壁がはっきりと現状を告げて、何が最善の方法かを士官達に提示する。
「戦う相手を間違えるな。
我々の敵は唯一つ地球連合政府である!」
草壁の宣言に士官全員が納得していた。
木連は道を正してこの戦争に生き残る為に戦う決意を新たにしていた。
木連もまた惑星国家としての道を歩もうと動き出していた。
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EFFです。
木連も本格的に戦う事を決断していきます。
今までと違い戦うべき相手を見定めて戦争を行おうと考えています。
なんだかスケールばかり大きくなりそうで不安になってきます。
意外な展開になってきましたが、結局の所ナデシコが戦争を中途半端に終わらせた事が元凶ではないかと思います。
戦争を始める時は正義を掲げて行う事が大半で、終わらせる時は人命を尊重する。
木連も地球もそんな状況にならずに戦争が終わった事が劇場版へと発展した原因ではないかと思います。
火星の住民はほぼ死滅して戦争責任の追求も無く、木連は戦争で人を殺した事を気付かない者がいて、
地球も火星の事を気にせずにいたせいでジャンパーであった人達を保護さえしなかった。
こんな無責任な世界は滅ぶんじゃないかと思うのです。
私的な意見なので反論もあるでしょう。
私も正しいかと聞かれれば答える事が出来ませんから(オイ)
ちょっと暗い後書きになりましたが、次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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