今日は私達にとって大変な一日だった

そして明日からは忙しくなるだろう

私達を苦しめていた無人兵器が全滅したのだ

待ち望んだ平和の時間が訪れた

復興作業は大変だが頑張っていけると思う

平和を取り戻してくれた火星の軍に感謝を

――復興作業に従事する青年の手記より




僕たちの独立戦争  第四十三話
著 EFF


「では先の提案を拒否されるのですか?」

タキザワは草壁を見て木連が再び火星へと侵攻する可能性に危惧していた。

『いえ、火星が独立宣言をした事を踏まえて少し先送りにしたいと考えました』

草壁の意見にタキザワは状況の推移を考えて訊ねる。

「つまり今の状況で木連が宣戦布告を行うと背後に火星がいると思われて火星の独立が危ぶまれると」

『左様です、火星の独立を地球が認めない場合なら問題は少ないですが、

 今の状況では地球と火星の状況が拗れませんか?』

「独立を承認した場合はどうされるのですか?」

タキザワは草壁を試すように質問する。

『その時は火星が木連を国家として承認して地球に紹介するなんてどうですか?

 火星が仲立ちをして連合市民にこの戦争の実態を公表して地球に責任追及する機会を得る事も可能でしょう』

タキザワが少し考え込むと草壁は告げる。

『もっとも我々は地球連合に対して譲歩する気はありませんので戦争を継続する可能性が大でしょう。

 彼らの謝罪が戦争終結への条件の一つになる事は絶対です。

 無論、我々が火星に行った行為は正式に謝罪させて頂きます。

 戦争終結後、私の身柄は火星にお渡ししましょう。

 但し士官達への責任追及はやめていただく、全ての責はこの私が負いましょう』

この意見にタキザワも驚き、同席したクリムゾンの担当者も声が出なかった。

『か、閣下! 何を言われるのですか?』

士官達も草壁の発言には驚いていた。

そんな状況で草壁は全員に告げるように話す。

『平和になれば戦争への責任追及もあるだろう。

 火星の住民を死なせた事に対する誠意はきちんと示さねばならない。

 私は地球のように責任逃れなどというみっともない真似をする気がないだけだ』

上に立つ者の覚悟を士官達に草壁は行動する事で見せたのだ。

『無論、木連の未来を見届けてからになりますが構いませんな』

「それに関しては自分の一存では決めかねる問題ですので何とも言えません。

 確かに貴方の覚悟を聞かせてもらいました。

 公式なものとしてよろしいですか?」

後で言い逃れは出来ませんよとタキザワは草壁の意思を確認する。

『二言はありません。

 責任は全て私が取る事で火星は了承していただく』

次の世代には手を出すなと草壁は言外に告げる。

(本気だな、伊達に木連の指導者まで登りつめた訳ではないか)

「分かりました、では今回の提案を協議の上で停戦への条件に移る準備を進めても構いませんね」

『結構です』

タキザワの意見に草壁も頷いて火星と木連の歩み寄りが始まる事を承知した。

通信を終えたタキザワは状況の変化に戸惑いを隠せなかった。

(木連と地球の戦争が本格化するな。

 火星も対応を考えなければならない状況が増えそうだぞ)

「いよいよ戦争の始まりですね」

担当者も状況の推移を正確に分析していた。

「まさか草壁が謝罪すると言うとは思いませんでした」

タキザワも驚いていた。

それ程に草壁が一皮剥けた政治家へと変わったように感じたのだ。

「今の草壁なら信用も出来ます。

 火星も対応を変える必要も出てきましたね」

「ええ、これから忙しくなりそうですな」

担当者とタキザワは自分達の仕事が本格的に忙しくなる事を考えていた。

戦争終結への一歩が出た瞬間だった。


通信を終えた会議室で士官達が草壁に詰め寄っていた。

「何故です! 我々は負けてはおりません。

 閣下が責を取る必要がどこにあるのですか!?」

「では誰が戦後に起こる責任追及で責を取るのかね」

草壁の一言に士官達は満足に反論できなかった。

「おそらく元老院は責任を取らんだろう。

 世襲制の名誉職くせに口出しはするは、無責任な事を言って我々の作戦の妨害ばかりする連中に責が取れると」

元老院の批判だが士官達には事実なので何も言わなかった。

「それに今すぐ火星に行くわけではない。

 戦後の見通しが立ってからだ」

継続する戦争を放棄などせんよと草壁が告げると士官達も言葉の意味に気付く。

「では閣下は」

「木連が地球連合政府に勝つまでは指揮を執るのだ……安心したか」

笑う草壁に士官達も安堵していた。

「だが覚えておくのだ。

 上に立つ者はきちんと責任を取る覚悟を持つ事を。

 それが出来ぬ者は上に立つ資格はないのだ」

厳しい言い方に士官達も覚悟を持つ事の意味を感じていた。

「高木少将」

「はっ!」

「君の役目は月を攻略して少しでも時間を稼ぐ事だ。

 軽挙妄動は慎み、部下達を木連に無事に帰れるようにしてやってくれ」

「お、お任せ下さい!

 必ずや閣下のご期待に添う活躍をしてみます」

高木も遊びではない本当の戦争を行う事の意味を感じ始めていた。

草壁は自ら行動する事で士官達に責任を取る事の意味を教えようとしていた。


―――アクエリアコロニー独立政府会議室―――


『……以上が今回の交渉の内容です』

タキザワの報告に議員達も驚きを隠せなかった。

「では停戦への交渉も視野に入れる必要が出て来そうですね。

 コウセイさんはこれを公式発表しても良いと思いますか?」

エドワードの意見にコウセイは少し考え込んでから言った。

「……構わないと思うぞ。

 但し謝罪をしてからが、停戦の始まりの条件になるだろう。

 内容的に戦後に草壁の身柄を拘束する事になるからな、何時終わるか分からん戦争の後など保証の限りではないぞ。

 市民にはきちんとした形で木連側の誠意を見せなければ理性では納得で来ても、感情では我慢できないだろう。

 木連が地球に謝罪を求めるように、我々もまた地球と木連の謝罪を求めているのだからな」

公式に謝罪をしなければ、火星の市民に禍根を残す事になるとコウセイは告げる。

戦後を睨んだコウセイの意見に全員が木連の謝罪は必要だと考えていた。

『では木連の火星への謝罪は停戦への絶対条件として盛り込む方針で行きますか?』

タキザワの質問に議員達は全員一致した。

「火星の基本方針はこの戦争にはどちらの陣営にも手を貸さない事が基本です。

 ですが状況が変われば木連への支援も考える必要もあります。

 何故ならこの戦争を始めるように計画したのは地球だからです」

エドワードの発言に連合政府のお粗末な対応を呆れる声が出ていた。

「確かにそうですな、木連の戦力分析も碌にせずに戦争を始めましたから」

「全くです、しかも火星の住民を抹殺しようと企んだ。

 ネメシスの件もありますぞ」

「市民にもこの戦争に至る経緯を公式に発表して対応を考えてもらいましょう。

 今までは起きた事に対して説明してきましたが、

 何故木連が火星に侵攻してきたのか?

 何故地球はこの事実を隠して火星を防衛しなかったのか?

 もう一度詳しく説明を行って理解を求めましょう」

木連との停戦を考える以上、市民には分かりやすく説明を行う必要があると議会は考える。

「ダッシュ、市民に停戦へと至る経緯と会見を行う事を報告して下さい」

『了解しました、緊急提案として市民の皆様に報告します。

 正式な会見は明日の正午に行う事でよろしいですか?』

エドワードのスケジュールを見せて正午に政見放送の予定を入れる。

また報告する内容も議員達の手元のモニターに映し出す。

まず火星の戦争へと至る経緯、次に木連が戦争へと行動を移した経緯、最後に地球が選んだ選択肢の三点を報告する。

中立的な視点で書かれた内容に読んだ議員達も納得する。

無謀とも言える時間跳躍を行い火星に起こる危険を知らせて死亡したテンカワ・アキトの証言と持ち込まれた未来技術。

その内容通りに始まった戦争への経緯。

地球が木連に対して挑発とも言える行為によって起こされた戦争。

木連は火星が地球によって戦場になるのを知らされていなかった事を知らなかった事。

木連を挑発していずれ独立する可能性を秘めていた火星の住民を事前に抹殺しようと企んだ事。

木連にも非はあるが、全ては地球に問題があった事。

誠意のない地球の対応が全ての元凶だと伝えていた。

「ちょっと露骨に地球を非難してはいないか?」

「甘いですぞ、元々の原因は地球にあります。

 彼らは100年前と何も変わっていなかった事が原因ですよ」

「確かにそうかも知れんが……」

『どう言い繕っても非は地球にあるでしょう。

 火星と木連が停戦すれば勝手な事をするなと非難して火星とも敵対する事も考えられますよ。

 政治家は火星を放棄した事に対する責任さえ誰も取っていないのです。

 取らされたのは軍にいた軍人達でしかも敗戦するような結果を最初から考えていた連中に騙された人です』

ダッシュの意見に議員達も地球の現状を知っていたので、彼らの無責任さを再確認していた。

「そうじゃな、未だに謝罪の一つもせんのは事実だ」

コウセイの声に議員達も考え込む。

結局、ダッシュの作成した報告書が採用される事になった。

この報告書とエドワードの政見放送によって火星の市民はもう一度戦争について考える事になっていく。

火星も一つの岐路に差し掛かっていた。


―――トライデント ブリッジ―――


「では今回の作業は一時凍結になるのですか?」

火星からの通信にアクアさんが火星宇宙軍の司令官であるグレッグさんから話を聞いていた。

『そうなるだろう、まず地球の出方を見る事に木連と火星は合意した』

簡潔に話すグレッグさんにブリッジのクルーとロックウェルさんは静かに聞いていた。

但しロックウェルさんは驚きで声が出ないだけだったが。

「そういう状況になりましたのなら、木連との停戦も考えないといけませんね」

レイさんの意見に俺は反対を告げようとしたが、ジュールに押さえられていた。

ジュールに一言告げようとしたが、真剣な表情で通信に耳を傾けているジュールに何も言えなかった。

『謝罪が絶対条件だが、正式に行う事を非公式だが木連側から提案してきた。

 また戦後に火星主導で戦争責任者である草壁の拘束も告げられたのだ』

その事はクルー達にとっても大事件だった。

俺もジュールもルナも驚いていた。

「……微妙な条件ですね。

 では謝罪も戦後にするのですか?」

レイさんが何故か迷いながら訊ねる。

『いや、謝罪はすぐに行うそうだ。

 どうやら木連は地球に戦力を集中する事で連合政府に謝罪を求めるテーブルに力づくで座らせる気かもしれない。

 戦力の一本化をする事で状況が大きく変化するぞ。

 この戦争の最大の戦犯は地球連合政府だからな。

 木連も火星も連合政府の傲慢さが原因で戦争に突入したんだ。

 第一次火星会戦以降に一度でも火星に謝罪すればまだ火星の市民も地球に味方するかもしれないが、

 未だに謝罪も戦争に突入した経緯さえ発表していない。

 そこに木連が謝罪と経緯を教えれば、火星の市民も迷うだろう』

グレッグさんの説明にロックウェルさんは苦い物を口にしたように顔を顰めている。

(まあ、ロックウェルさんの立場なら火星と木連が同盟にまで発展すると困るだろうな)

この戦争の経緯を聞かされた俺はクロノさんに問いかけられた。

お前にとっての仇、または敵とは何だ?と問われた時に俺は最初に木連だと答えたが、

今はそう答える事が正しいのか分からなくなっていた。

確かに実行犯は木連だろう……だが木連を戦争へと動かしたのは地球だった。

地球は火星に警告もしなかったのに、未だに謝罪もしない。

連合軍にいた時も火星の住民の事など気に留めない者が多かった。

「真実を見極めて行動しろ」とクロノさんは俺に話してくれた。

少しずつ俺はその意味を理解している。

木連に対する憎しみは残っているが、今までのようにただぶつけていく事は出来ないだろう。

「大丈夫だよ、ルナ」

俺を見つめるルナに優しく答えるとルナは何故か驚いていた。

「何だよ、そんなにおかしいか?」

「変よ、なんか変な物食べたの?」

俺の問いにルナはすぐに返答してきた。

「少しは考える事にしたんだよ」

拗ねるように言うとルナは聞いてくる。

「じゃあ……火星に戻ったら退役するの?」

「いや、軍に残るよ。

 家族は居ないし、仕事を探すのも面倒だから軍で働くのさ」

ルナは俺の言葉を聞いて不安そうに見つめていた。

「別に憎しみだけで戦ったりはしないさ。

 でも力がないと何も守れない事も事実なんだよ」

「だけどシンが戦わなくても良いじゃない」

「まっそうだな。シンが戦う事も重要ではないぞ」

冷やかすようにジュールは言うが、

「俺はもう誰も死なせたくはないんだよ。

 傷つけるのも嫌だけど、誰かを守る為に戦うのは間違いじゃないだろう」

文句があるかと俺はジュールに話す。

「誰かじゃなく、ルナを守りたいだけだろうが」

皮肉たっぷりに言うジュールに俺は、

「悪いかよ、俺はルナが好きだ。

 ルナを守りたいから戦うんだ……文句があるか」

と自分でも恥ずかしいセリフを言ったものだと思いながら告げる。

真っ赤な顔をしているルナとクルーの生温かい視線は……気にしない事にした。

「悪くはないさ、俺の負担も少なくなるからな。

 ちょっとする事が他に出来たんで、手が回らなくなりそうなんで」

やれやれと言うジュールだが、俺は知っている。

自分と弟達が狙われているから守る事に集中したい事を。

アクアさんやクロノさんに負担を掛けたくないのだろう。

(俺と同じように不器用な奴だよ、お前は)

「安心しろよ、何時までもお前に世話を焼かせはしないさ」

「……信じていいな、その言葉」

真剣な表情で訊くジュールに俺は頷いて答える。

「ああ、そう簡単にくたばる気はないから安心しろ」

「ふっ、ならルナのフォローもしとけよ。

 意外と泣き虫さんみたいだから……泣かせるなよ」

「あんたらね〜何言ってんのよ」

ルナが顔を紅潮させて俺達を睨んでいる。

俺達は焦りながらもルナに言う。

「い、いや、まあ気にすんなよ」

「そ、そうだな、シンの想いを聞けたんだから良しとしておけ」

「衆人環視の中で言われたら恥ずかしいじゃないの……理解してる?」

「ふむ……確かに羞恥プレイかも知れんな」

「ジュール……そりゃないだろ」

俺がなけなしの勇気でした告白はそんなに恥ずかしいものかと問う。

「クロノさん達がブリッジでしているラブシーンよりはマシだと思うんだが」

「……良い度胸ですね、シン」

俺達の会話にアクアさんがこめかみに青筋を浮かばせて割り込んでくる。

俺は仕方なくアクアさんに詫びる。

「あ〜〜ごめんなさい」

「……まあ、いいでしょう。

 今回は許しましょう。ちゃんと未来を見据え始めたお祝いです。

 まっすぐに前を見て歩いて行くのですよ」

素直に詫びたのを評価してくれたのか、アクアさんはあっさりと許してくれた。


何時の間にか火星との通信は終わり、レイさんとロックウェルさんの会話に変わっていた。

「クロム少佐、この事は報告しますか?」

「……難しい問題です。

 出来れば無かった事にしたいのですが、立場上は報告しなければなりませんし」

ロックウェルさんは自分の立場を考えて悩んでいた。

イギリスで合流して作戦に参加して、協力してくれているので友好的な関係が出来ていたのだ。

(悪い人じゃないんだよ、きちんと地球と火星の現在の状況も理解している稀有な人物なんだよな)

お互いの立場が理解出来る分、考えさせられる事が多いのだろう。

これまでの経緯をレイさんから聞かされた時は連合政府の考えの無さに呆れていた感じだった。

(何の為に同僚や部下が死んでいったのかと憤りを感じる事が出来る人だったし、

 艦内にいるルリちゃん達にも声掛けて仲良く談笑するような……軍人には見えない人なんだよな。

 軍人なんて最低の職業だよって俺に話すし、

 実家に金が無かったから弟達に美味い物を食わせたくて軍に入ったなんて真顔で言う人物だからか。

 セレスちゃん達にいろいろな面白いお話を聞かせていたから懐いていたんだよな)

おおよそ軍人らしくない言動をしているが、参謀としてはとても優秀だった事も事実なのだ。

そんなロックウェルさんだからこそ悩むのだろうと思う。

ありのまま報告するのが問題はないが、僅かな期間とはいえ友人として俺達に接してきたのだ。

友人としては不利な証言はしたくないのだろう。

「構いませんよ、どの道を行こうが火星の方針は決まっています。

 自分の身は自分で守り、自分達の未来は自分達の手で切り開いていく。

 欧州での作戦行動もほぼ目処がつきましたので、火星に戻る準備を始めようと思います」

だから安心して報告して下さいとレイさんはロックウェルさんに告げる。

「では次の作戦が終了後に報告します。

 おそらく次の作戦で欧州での木連勢力の大規模部隊はほぼ壊滅します」

これが自分に出来る最大限の譲歩ですとロックウェルさんは匂わせていた。

俺達はロックウェルさんの厚意に感謝しつつ、別れの時が近づく事に寂しいような思いを感じていた。


―――ナデシコ ブリッジ―――


「想像以上に深刻ね……難しい局面を想定して訓練したけど」

ムネタケはシミュレーションの結果に頭を痛めていた。

「大丈夫ですって、作戦は成功していますし、問題はありませんよ」

ユリカが笑顔で話しているが、空元気だという事はブリッジのクルーが気付いていた。

オペレーターが到着する前に艦を制御するAIによる自動制御での演習を終えたクルーは結果に不安を抱いていた。

作戦は成功していたが、艦にもそれなりの損害が出ていた。

シミュレーションでは人的被害はないと出ているが、内容的には被害が出てもおかしくない状況だった。

ユリカの指示にAIが追いつかずにタイミングが狂っているのだ。

訓練を重ねる毎にAIの経験が増えて少しずつ解消はされているが、本番ではどうなるか解らないクルーではないのだ。

「方法はオペレーターが来る前に何度か演習を行ってAIに経験を積ませて対応できるようにしておくしかないわね」

「それしかありませんな」

ムネタケの意見にプロスも賛成していた。

経費を節約したい彼は戦闘の度に小破するような事態だけは避けたかったのだ。

「パターン化するからあまりしたくはないけど、仕方ないわね」

突発的なアクシデントに対応できないとムネタケは判断していたが、ユリカは告げる。

「そこはオペレーターの皆さんに任せましょう。

 緊急時の指示は私がオペレーターの皆さんに指示を行う事で対応できるようにしちゃいましょう」

「だから問題なのよ、艦長。

 貴女は人が死んだ時にパニックを起こさないと言えるかしら」

ムネタケの問いにユリカは答えようがなかった。

「士官学校を出てから戦場に行った事がないはずよ。

 目の前で誰かが死ぬ事をまだ経験してないでしょう。

 だからもしクルーが死ぬような事態になった時に耐えられる自信がある訳」

「でも大丈夫なんじゃない。

 一応ナデシコはは最新鋭の艦でそんな事態になるとは限らないんじゃないかな」

ミナトがムネタケを安心させるように話すが、ムネタケは全員に告げる。

「まあ、そうだけどね。

 上にいる人間はそういう事態も想定して対応出来るようにしておきたいのよ。

 戦場ってね、起きない事が起きる場面が結構あるから常に万が一の事態も考えておく事が艦長の仕事でもあるのよ」

「確かに戦場では何が起きるか分からない事は事実だ」

軍人としての経験があるゴートが告げると真実味を帯びてきてブリッジも静まりかえる。

「艦長の仕事って何だか分かる?」

ムネタケがユリカに問う。

「えっと勝って部下を守る事ですか?」

「違うわ、部下に死ねと言える覚悟がある人物が艦長の器があるのよ。

 一人の部下を救う為に全員の命を危険に晒す事は絶対にしてはいけないの。

 時には非情ともいえる命令さえも出来ないとダメなのよ」

この発言にはクルーも言葉が無かった。

「第一次火星会戦……私は艦隊の殿を勤めたわ」

ムネタケが目を閉じて過去の事を話しだす。

「勝てない戦いだった事は理解していた……だけど全滅する事は避けなければならなかった」

負け戦を知っていながら部下の命だけは救いたいと願っていた。

「私に出来たのは自分を信じてくれた部下を犠牲にして艦隊の全滅を避けて部下達を少しでも生き残らせる事だった」

矛盾する言い方だが誰かを犠牲にして全体を救う手段を取らなければならない事をムネタケは告げていた。

「救われた部下もいるけど犠牲になった部下も大勢いるわ。

 正直に言うと今の連合軍は狂っているのよ」

火星で聞いた戦争の真実を思い出してムネタケは連合軍を非難する。

「あの時は部下達も生き残れない事は理解していたわ。

 それでも生きようと足掻いていたのよ」

必死で艦隊を守ろうと行動した部下達を思い出してムネタケは自嘲するように言う。

「半分以上はアタシが殺したようなものね」

「で、でも提督が最後まで頑張ったから艦隊は月まで戻れたんですよ。

 半数以上の艦を救ったんです」

ジュンがムネタケの功績を話すが、ムネタケは首を横に振る。

「クロノが来てくれなかったら被害はもっと多かったわ。

 それに死なせた部下の家族にはアタシの功績など無意味なものよ」

死なせた部下を思うと誇れるようなものじゃないわねとムネタケは言う。

クルーも慰めようがないと思っていた。

「だから艦長はそういう事態になった時に部下に死ねと言えるように覚悟を持つのよ。

 アンタはこの艦の乗員の命運を握っているのだから無様な事をしてアタシのようになっちゃダメよ」

自分の経験を話す事でユリカに艦長としての自覚を持ってもらおうとムネタケは考えた。

「えっと……が、頑張りますとしか言えません」

部下の死など経験した事も無く、敗走する艦隊で指揮した経験もないユリカはどう言えば良いのか分からずにいた。

「まあ、自分のやり方で頑張ってみなさい。

 クルーを死なせたくないなら勝てる作戦を考えれば良いだけよ」

「そ、そうですよね」

ムネタケの言葉にユリカも賛成していた。

「但し、最悪の事態を想定する事も艦長の役目って事も忘れちゃダメよ。

 クルー一人を救う為に全体の危険がある場合は迷わずに切り捨てる非情さも持つ事も艦長の役目だからね」

ムネタケがはっきりと言葉にしてユリカに警告する。

「……はい」

厳しい言い方だが自分達が戦争を行っている事を理解させるようにユリカとクルーに告げるムネタケであった。

「さて一旦、訓練を終えて休憩しましょう。

 朝から始めていたから昼食後にまた二戦ほど訓練してから本日の問題点を洗い出すわよ」

「そうですな、効率良く仕事をするには適度の休憩が必要ですな」

ムネタケの意見にプロスも賛成してクルーは各自休憩をとる事にした。

「やっぱりここは手を借りるべきかしら」

席を離れていくクルー達を見ながらムネタケは呟く。

「アクアさんのですか?」

プロスがムネタケに近づいて尋ねる。

「ええ、火星の新型のオペレーターIFSを借りようかと思うの。

 使い勝手の良いIFSだから少しはマシになるでしょう」

「それは便利ですが、お貸し頂けますか?」

機密に属するのではないかとプロスは懸念する。

「条件付で借りる事になるわね。

 無断で解析するなとか、オペレーターの人数分のみで立会いの下での使用とか」

「確かに必須事項になるでしょうな。

 では本社には内密で進める事にしますか?」

「いいのかしら?」

プロスの意見にムネタケは問う。

「クルーの皆さんの安全には換えられないでしょう」

状況を考えると艦長はクルーの死に耐えられないとプロスは判断していた。

自分のミスか何かで死なせてから、きちんと現実と向き合える可能性はあるが、

そんな事をさせる訳にもいかないと考える。

「実戦でパニックを起こされた時は提督に期待してもよろしいですか?」

「……ぎりぎりまで何もしないわよ」

突き放すような言い方だが、戦場に出る以上は覚悟するべき事なのだと告げていた。

「ええ、構いませんよ。

 艦長も給料分のお仕事はしてもらわないと」

「アンタも言うわね」

ムネタケも感心するような呆れたような言い方しか出来なかった。

メガネの蔓を押さえて鈍く光らせるプロスの顔は能面のように感情が無かった。

「流石ね、押さえるべき処はきちんと理解しているみたいね」

そこには幾つもの死線を潜り抜けてきたSSのリーダーが存在していた。

「アクアちゃんに相談するわ。

 この先、火星がどう行動するのか、探りを入れておきたいのよ」

「確かにそれも問題でした。

 提督はどう考えておられます」

意見を聞かれたムネタケは少し考え込むと話しだした。

「今の状況で地球連合が火星の独立を認める事はまず無いわね。

 そうなると木連が火星に対してどう行動するかが鍵になっていくわ」

「困ったものですな」

連合の変わらない体質に呆れるような言い方のプロスであった。

「木連が柔軟な対応を始める事が出来れば火星も木連に協力する可能性もあるわ。

 オセアニアと、アフリカ、欧州の3ブロックは火星の独立に抵抗が少ないのよ。

 連合本部のある北米は認めないでしょうね」

「極東アジアはどうします?」

「アジアははっきりとどちらかに意見を出さないわよ。

 いつものように玉虫色の意見しか出さないわ。

 もっともそんな意見を出すようじゃ終わりだけどね」

「そうですな、火星にしてみれば……自分達を抹殺しようとしたくせにその場限りの誤魔化しなど認めませんか」

「そういう事ね、火星が求めているのははっきりとした謝罪と独立の承認よ。

 中途半端な意見など絶対に認めないわ」

いい加減に状況を分かりなさいよとムネタケはぼやいていた。

(会長、くれぐれも対応を間違えないで下さいよ)

プロスにとっても頭の痛い話であった。











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EFFです。

ミスマル・ユリカさんについての考察。
ユートピアコロニーでの事件後に彼女は軍人として行動できるようになったと思うんです。
それまでは士官学校を首席で卒業しただけのアマチュアみたいな部分が残っていたと思うんですよ。
まあ、その後も結構キツイ作戦を実行していますが。
クルーが一流だから何とか上手くいっていた気もしますね。
このSSではユートピアコロニーでの事件が無い為に甘さが残っているような感じにしていく事になりそうです。

では次回でお会いしましょう。




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